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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第31回 やぐう四季作「告白少女」

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コミュ内全体

 誰もいない美術室で、僕は桜の絵を書いていた。
 静かなのは有難い。鉛筆の音も春の風も美術室特有の匂いも段々と消えていき、ああ消えていくなあという感覚もいつの間にか遠のいていった。
 下書きは順調だ。
 高校入学して最初のコンクール。課題はスケッチ。
 他の部員は外に出て誰もいない。書きたいものが外にあるようだ。
 僕はありきたりにも桜のある風景をスケッチしようと思っている。なぜかこの木だけ、校舎と民家の塀に挟まれた狭い位置に植えられていて、ちょっとかわいそうだと思ったからだ。
 笑うのが苦手な僕は、入学して一か月経ってもなかなか友達を作れないでいた。だから、ちょっとだけ重ね合わせているのかもしれない。
 不規則な中に一定のリズムを忍び込ませ、しばらく自分の手の動きに身を任せていると、キャンバスに木の全容が現れてきた。このまま順調に進められたら、二週間後の締め切りには余裕で間に合いそうだ。かなり良いものができる気がする。
 そうして作業に没頭していると、一人の女の子が桜の木に近付いて来た。幹に手をついて、大きく深呼吸する。
 向こうは二階から見下ろしている僕に気づいていない。
 何かに躊躇い、もじもじしている。変な空気。
嫌な予感がした。
 すってはいてすってはいて。三十秒ほど経ち、決意が固まった様子の彼女は、また大きく息を吸って、次に吐き出きだしたのは息ではなく声。
「あなたのことが好きです!」
 彼女は桜に向かって大ボリュームの告白を始めた。
「わ、わ、私と、付きあ、あっ……」
 僕は呆けて思わず見入ってしまう。あの桜は男なのか?
 ……違う、そこじゃない。
彼女は顔を真っ赤にして言葉を詰まらせていた。そして、膝を抱えて呻く。
「これじゃ、斉藤君に告白出来ないよ」
どうやら、彼女が告白したいのは桜の木ではなく斉藤君だったらしい。僕は、ほっと息をついた。確か、隣のクラスにそんな名前の生徒がいたはずだ。
詳しいことは分からないが、彼が告白されているのを見たことがある。それにクラスメイトが彼のことを格好いいと騒いでいたっけ。僕とは違って、その斉藤は女子に人気があるらしかった。
とにかく、桜への告白は練習のようだ。
 ちょっとおかしな子だけど、秘密の特訓見ちゃって申し訳ないな。
 僕が目をそらせないでいるうちに、彼女はまたとつとつと告白練習を始めた。
 あんまり不器用で、聞いている内にイライラしてきた。そして、傍観者がやきもきしていることなどつゆ知らず、告白の練習は下校時間近くまで続いたのだった。
 夕日の茜色に包まれながら帰っていく彼女を見て、僕も帰り支度を始める。
 その日は結局作業が進まなかった。明日こそは集中して絵に取り組もう。だが彼女は、三日も続けて桜のもとへとやってきたのである。
 僕のやきもきは日に日に増していき、彼女の告白はまったく上達しない。ふと気付けば、僕の周りには消しゴムのくずが散乱していた。
(どうしたら、絵に集中することができるだろう……)
 日当たりだけは良い桜の木の根元で、彼女はボソボソと告白の言葉を呟いていた。
 そうだ、いいことを思いついた。

 次の日、彼女は例の桜の木の下でノートの切れ端を見つける。
 僕はメモを拾い上げる様子を見ていた。それにはこう書かれているはずだ。
『発声練習よりイメージトレーニングすべし』
 これで少しはおとなしくなるだろう。そう思い、僕がしたためたメモだった。彼女は何を思ったのか、桜の木に向かって大きく頭を下げた。
 これで心置きなく作業に没頭できる。僕はようやく安心して、真剣にイメージトレーニングをやっている彼女を横目に桜を描いた。
 あんな紙切れの言葉に従うなんて……。
 少し罪悪感を抱く。彼女、将来悪い人に騙されないといいけど。
 さらさらさら。静かだととてもスムーズだ。
 時々何を想像しているのか頬を赤らめている彼女が気にかかったが、桜への告白を延々と聞かされるよりはマシというものだろう。
 ……桜を描いていると、いつの間にかキャンバスの中に彼女が居て焦った。またまた消しゴムが大きく削れる。
 次の日も、その次の日も、彼女は桜の木の下に現れた。彼女がイメージトレーニングを始めてから、僕の絵はペースを取り戻し、なんとか締め切りに間に合いそうである。彼女はというと、さあもう一度、と語り始める告白の言葉が、どうしてもどもってしまっていた。
 そして、放課後のこの時間が当たり前になりかけていた時、絵の下書きが完成した。
 キャンバスの中心に桜の木がある。その向こう、フェンスと塀をはさんで民家も描いた。
 ひっそりと居座る桜を描きたかったのだからこれで十分だろう。
 しかし、何か物足りなかった。

 それから一週間後、作品は無事に完成し、コンクールの出品も済んで数日が過ぎた。最近は活動することが無くて美術室には行っていない。だから、彼女の告白練習がどうなったのかは分からない。
 桜の木は、花弁よりも葉の方が多くなりつつあるころだろう。桜は散ってしまうが、彼女の告白が成功していればいいなと思った。
 そんなある日の朝。登校して教室に入り、机の中に教科書やノートを入れようとすると、何かに引っかかって上手く収めることができない。引っかかりの原因を取り出してみると、女の子が使うような可愛らしい便箋が出てきた。
 不審に思いつつ、折りたたまれたそれを開いて中身を確認する。書かれていたのは、宛先と呼び出しの内容。


『斉藤君へ』


 ……あれ?
 まさか。
 でも確かに自分は斉藤だ。呼び出されたのは校舎と民家の塀に挟まれた桜の木の下で、彼女が告白練習をしていた場所。
 隣のクラスの斉藤と間違えたのではないのだろうか。
 疑いつつ、急いで指定された場所へ行くと、そこで待っていたのはやはり。
「斉藤君ごめんね、こんなところに呼び出して」
 僕はおかしな気持ちで彼女の告白を聞いた。
 日だまりに吹き込む風が、彼女の声を消してしまいそうなくらい、彼女の声は震えていて、僕は現実味のない世界の中で立っているのが精一杯だ。
 同じ高さに降りてきてやっと分かった。ここはこんなにも緊張する。
 この場所で僕を待っていた彼女はどれだけ怖かったことだろう。
 ようやく分かった。だからこそ、ちゃんと伝わった。
「付き合って下さい!」
 僕の返事は彼女の告白よりももっと情けなくて、涙が浮かんでいるわけでもないのに視界が霞んでいる。
 僕の返事を聞いた彼女の瞳がぱっと見開かれ、桜の花開くような笑顔を見たとき、僕は気づいた。
 全てが桜色だった。彼女の頬も、笑顔も、風も景色も、そして彼女の瞳に映る僕の頬も。
 そのあと彼女とどんな会話をしたのかほとんど覚えていない。ただ、彼女と手を繋いで、一緒に桜の木に頭を下げた。大きな声でお礼を言って、一緒に笑った。
 葉桜の下で、新たな桜がまた、霞む視界で綺麗に色付いていた。


 余談だが、僕の描いた絵は金賞を獲った。
 少し迷って『告白少女』と題を付け、いつの間にか彼女の方が主役となっていた絵だ。二階にいる僕の視点で見下ろされ、彼女に頭を下げられている桜は、僕の生み出した特別のほのかな桜色で色付けされ、暖かく彼女を見守っている。

コメント(3)

自由課題として。

イベントに出す出す詐欺しておいて自分で自分のハードルを上げてきた罰でしょうが、変に緊張しています。とにかく気が変わらないうちにアップさせていただきました。

緊張ついでに、小説家になろうのアカウントをお持ちでしたら、以下のURLから五段階評価を付けていただけると嬉しいです。

http://ncode.syosetu.com/n6391ds/
こんばんは。先日はお疲れ様でした。
「告白少女」
丁寧な文章でほっこりする内容でいいと思うのですが
語り手の僕が斉藤だということを最後に持ってくるためにあえてそうしたのだと思いますが
少女が斉藤君に告白することに気着いた時点でなにかしら反応がないのは不自然な気がしました。
「ぼくも斉藤だけどまさかね」とかがあれば自然なんですが、それだと最後のオチに意外性がなくなるのも
わかります。ここらへんもう少し考えた方が良かったかも。

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