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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第22回 肉作 『占い』

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コミュ内全体

「社長、そろそろ決めていただかないと」
 部下につかまってから小一時間。私はまだオフィス三階の会議室から出られずにいた。いつもならそろそろ昼飯に行っている頃だ。私は腹をさすりながら空腹をアピールし、この場面からの解放を婉曲的に望んでみたものの、目の前の部下、日下部は真剣な目でまだ私を見据えていた。
「決めるも何も、俺はそんなところには断じて行かない」
 腹が減ったとは言え、そんな一時の感情に流されるほど私は甘い人間ではない。経営者としてはっきりと部下に対して意思を示した。
「方策は尽き果て、八方塞がりです。今こそ行かなくてどうするんです? 私だって、他の手がある内は、勧めたりはしません」
 流石は私が見込んだ男だけあって、日下部も物怖じせず私に言い返す。部下にこんな思いをさせることに私は罪悪感を感じるものの、やはりその提案に対して、素直に首を縦にふることができないでいた。
 この会社は私の代になってからというもの赤字が続いている。今、目の前で部下が必死になって食い下がっているのはそのせいだった。彼は会社の窮地を救おうと懸命になっている。私なんかよりよほど経営者に向いているのかもしれない。私だってこの窮状をどうにかしたい。そのあたりの意気込みや情熱に変わりはないが、例の方法に頼るというのには、言語道断という気がしてならなかった。
 先代の経営者からは人材やノウハウといった資産だけではなく、会社を切り盛りしていく上で必要不可欠な精神論も伝授されていた。しかし、そんな精神論で会社を動かすなど私にとってはナンセンス以外の何ものでもなく、一笑に付していたつもりだった。そして、今、日下部との間で議論になっている方法というのが精神論に思えて仕方ないのだ。
「日下部、俺があの方法をお前に教えたのが間違いだった。忘れてくれ」
「もう知った以上どうしようもありません。有馬さんにも確認を取りました。有馬さんはかなり信頼されているご様子でした」
「占い師をか? 有馬さんの時代は占いで経営してたとでも言うのか。馬鹿馬鹿しい」
 私はきつく日下部を睨んだ。それでも日下部は怯まずに私を見返す。
「お時間は取らせません。ほんの数分です。予約の手配もすぐに可能です」
「でもなあ」
 日下部の眼力に負けて、目をそらす。天井の蛍光灯は明るく、それを見ていると先代社長の快活ぶりを思い出した。
 私の前の社長は有馬登志郎と言って今や齢八十を越えた御仁である。今は隠居して男やもめになって、東京の西の方で静かに暮らしている。会社の中興の祖とも言える有馬さんは私を後継者に選び、色々と指導してくれた私のビジネスマンとしての恩人であった。
 実直な経営ノウハウを引き継ぐと同時に、経営に効く占いがあると有馬さんからは聞いていた。そのことをこの経営難の折、最も信頼できる部下である日下部に漏らしてしまった。ほんの雑談のつもりだったが、日下部は彼なりにその占い師の「可能性」を探ったのだろう。だから、私に占い師の存在を明かした先代社長の有馬さんの名前が出てきたのだ。日下部は有馬さんに直接占い師の情報やその真偽を聞いたのだろう。すでに引退した人間に助言を求めるのはあまり褒められたことではないが、事態はそれほどに切迫しているということに違いない。有馬さんの名前が出て、硬化したままだった私の気持ちにも変化の兆しがあった。日下部はもう何日も私を説得し続けていた。彼の労にも報いてやる必要がある。天井を見つめ、上の空になりつつあった私は、目の前の日下部を改めて視界におさめ直した。少し様子の変わった私に気付いたのか、日下部は私の言葉を待っている。
 ただ単に占い師に会えばいいのだ。私が無能な経営者だという結果自体が変わることはない。それが証明されるだけのことだった。
「わかった。俺が頑なだったかもしれん。有馬さんなら、即決即断だろうしな。今は藁にもすがる思いだから、会いに行くよ。占い師に。ただ、会いに行くのは夜だ。社員の誰かに詮索されでもしたら困るからな」
「やっとわかっていただけたのですね。ありがとうございます。では、早速、占い師にアポを取ってみます」
 日下部が会議室を出て行った後、私は窓から外を眺めた。オフィスの三階はさほど高くもなく、下を見ると行き交う人々の顔が鮮明に分かった。みなその表情が明るいとは言えない。心のどこかにしまってある不安を誰に相談することなく、自分の中に溜め込んでしまっているのかもしれない。心の内部に降る雨はやがて心身を冷やし、思考を止まらせる。私には相談する部下もいれば、占い師という最後の手段まで残されている。私はきっとまだまだ恵まれている。こんなところで会社を終わりにするわけにはいかなかった。日下部の有能さに甘えていたのかもしれない。もっと私がしっかりとせねばなるまい。
 私は表情を切り替え、晴れやかな雰囲気をまとえるよう気をつけ、会議室を出た。そして、手近にいる部署の人間をつかまえて昼食に行くことにした。

「丸の内線で御苑まで行きます。私とは赤坂見附のホーム上で落ち合いましょう」
 夕方日下部からメールが入っていた。無事に占い師とのアポイントメントが取れたという。日下部は寄るところがあると言い、夕方には会社を出ていた。
 私は一人で定時過ぎに退社した。まだ社内では半数が残業をしている。お先にと声をかけて私は少し罪悪感を感じた。会食などの仕事につながる外出ではない。効果も定かではない占いに行くことが誇らしい経営者の仕事であるとは思えなかった。
 とぼとぼと赤坂の街を進み、見附方面に向かった。秋になり、冬の気配がそこまで来ている。すでにあたりは暗い。深呼吸すると冷たい外気が胸に広がった。
 駅の改札あたりで背後から声を掛けられた。日下部だった。
 才気とやる気に満ち満ちたその顔を見て私は安心した。
「社長、覚悟はいいですか。といっても気休め程度に考えてそこまで気張らず行きましょう」
「そんなことわかってるよ。ところで、占い屋は駅から近いのか?」
「地上に上がったらすぐです」
「そうか」
 私と日下部は新宿御苑で電車を降りた。御苑の紅葉でも見たい気もしたが今は占い屋へと急いだ。勝手に占い館のようなものを想像していたが、実際に着いたのはビルの一室だった。インターホンが設置してあるので、日下部が訪問を告げている。ブザーとともに扉が開いた。中からは香を焚いたような怪しげな匂いが漂ってきた。
 奥に進むと老婆が一人座っていた。その目は落ち着いており、こちらの全てを見透かしているようにも見えた。
「あんた、悩んでるね」
 開口一番老婆はそう告げた。私は馬鹿馬鹿しさで一瞬怒りを覚えた。当たり前である。会社経営に行き詰まっているからこそこうしてわざわざ来ているのだ。それに大の大人二人が来ているのだからそのあたりは察して欲しい。
「おい、日下部、事前に占って欲しいことは言ってないのか?」
 私は思わず日下部を詰った。すると老婆は今度は私を叱責する口調でまくし立てた。
「部下を叱るんじゃないよ。全部聞いておるよ。で、その上であんたに質問だ。あんた、悩んでるね?」
「何を今更。会社の相談があるから来たんだ。悩んでいるに決まっているだろ」
 私はついきつめの口調になってしまったが後悔などせず尊大に振る舞った。相手は占い師だ。ビジネスの相手ではない。適当に話して、帰ろうと私は思い始めていた。
「会社ねえ。本当に会社のことかい?」
 私は老婆のその問いかけに思い当たる節があったため、口ごもった。
「あんた、不倫してるね?」
 先ほどまで持ち合わせていた尊大な気持ちはいつのまにか、私の中からすっかりと消え失せていた。
 
 まさか老婆に私の本心を見透かされるとは思いもしなかった。まさに現在私は不倫をしている。もしも会社経営と不倫の悩みを天秤にかけたら釣り合うかもしれない。ひょっとすると不倫の方に傾く可能性だってある。ものの見事に言い当てられた私は笑うしかなかった。隣の日下部は老婆と私を見比べながら、少し狼狽気味に見えた。私のことを軽蔑しただろうか。日下部という部下の手前隠すことも出来たが、日下部に隠し立てしても仕方ない。何故なら日下部自身も関係あることだからだ。
「占い師さん、待ってください。社長は今、経営危機に瀕したうちの会社のことで精一杯なんです。私生活の問題はいいじゃないですか」
「当の社長さんはそうは思ってないようじゃよ。話したがってるようにも見えるけどね」
「まさか、社長、本当なんですか?」
「事実だ」
「仮に事実だとしても、一旦不倫のことは棚上げでもいいのではないですか?」
「駄目だ」
「そうじゃね。確かに、この社長の不倫問題を片付けないと、会社の問題には手を付けられないね。そう、水晶玉に出ておるよ」
 老婆がボーリング玉ほどある水晶玉をなでつけながら嫌らしい笑みを浮かべた。
「日下部、落ち着いて聞いてくれ」
 私は意を決し、日下部に今まで黙っていたことを告げる。
「はい」
「不倫相手は、お前の娘だ」

 私はどうしようもない男のクズかもしれない。一番信頼している部下の娘と不倫関係にあるのだから。向こうは二十二歳、私は五十二歳だった。ちなみに日下部は私よりも七歳若い、四十五歳だった。
「社長、こんな時に冗談はやめて下さい」
「冗談ではない」
「この男は冗談を言ってはおらんよ」
「占い師さんはちょっと黙っていてください」
「今まで隠していて悪かった」
「そりゃ隠しておくしかないでしょ。でも、まさかよりによって社長だとは。娘は年上が好きだとは前々から言っていて、心配していたんです」
「小さい頃から知ってるからな。身近な大人の男性に惹かれたんだろ」
 会社ではよく家族を呼んでの懇親会やイベントが開かれていた。長年の付き合いのある日下部の家族とは特に仲良くしていたのだ。
「社長がたぶらしかしたんじゃ?」
「この男はたぶらかしちゃおらんよ」
「占い師さんは黙っていてください」
 日下部は私だけを見つめ、話の続きを促した。
「悪いとは思っていた。でも、進学、就職、ことあるごとに相談を持ちかけられてな。仲良くなっていった。ついに、去年は就職祝いを兼ねて、二人で温泉旅行に出掛けたよ。この通りだ。すまん」
 私は椅子からおりて、地面にひざまずき、額をすりつけんばかりに頭を下げた。日下部がどんな顔で私を見下ろしているのか知ることはできない。
「久子が好きになってしまったのなら仕方ないです。とりあえず頭を上げて下さい。社長のことは私が一番よく知っています。誠実なことももちろん。ところで、結婚とかそういうのはどう考えているんですか?」
「それで悩んでるんだ」
「まさか妊娠しているとか?」
「この男は妊娠させてはおらんよ」
「占い師さんは黙っていてください」
「まさか、まさか。安心してくれ。妊娠なんてことはない。悩みの種は私と妻のことだ。離婚しようかどうしようかと悩んでるんだ」
 日下部は当然、私の妻のことを知っている。私と妻が長年うまくいっていないことも含めてだ。
 私が結婚したのは実はそんなに昔のことではない。今からちょうど十年くらい前だ。会社の役職も部長職で、会社の経営幹部からの覚えもめでたく、仕事は順風満帆、サラリーマンとしては飛ぶ鳥を落とす勢いだった。先代社長の有馬さんの口添えもり、とあるお見合いパーティで妻の美紀子に出会った。彼女は当時三十五歳だった。私たちは意気投合し、話はトントン拍子に進んでいき、やがて結婚に至った。結婚生活の最初は良かった。お互い人生経験は積んでいるからつまらないことでの諍いはほとんど起こらなかった。私たちは仕事に精を出していたので子供も作らない方針だった。とにかく安定した結婚生活だったように思う。
ところが、結婚から何年か経って私と妻に転機が訪れた。妻が外に男を作ったのだ。つまり妻は私より先に不倫していることになる。相手のことは知らないが、家の郵便ポストに誰かがいれた封書によってそれは明らかになった。その中には妻が見知らぬ男とシティホテルに消えていく写真、それからメールのやりとりを写真にとったものが入っていた。私は直感的にそれらが本物であることがわかった。それにその頃感じていた不穏な家庭内の空気とも、その直感の示す答えは合致していた。ただ、私は妻を問いただしはしなかった。一時は憤りを感じたものの人間魔が差すことなどあるもので、私は受け入れることにしたのだ。

「社長、早く離婚してください。久子が可哀想です」
「そうなんだけどな。中々踏ん切りがつかなくて」
「どんどん決断しましょうよ、経営と同じですって」
「この男は、あんたの娘を本当に幸せにできるか不安になっておるんじゃ」
「なるほど、さすがは占い師さん。深い洞察です。そうなんですか、社長?」
「まあな。だって、親以上に年が離れてるんだぞ?」
「この男に聞いても埒があかない。娘を呼びなされ」
 老婆はそう言うと奥から黒電話を引っ張り出してきた。骨董品とも言うべき代物に私は唖然としたが、老婆はダイヤルに手を回しいつでも電話を掛けられる状態だった。
「娘の連絡先はLINEしか知らないんで固定電話からは掛けられないですよ」
「へえ、そうなのかい」
 私は日下部のことが不憫に思えた。他人の私は彼女の電話番号も知っていた。最近番号ごと携帯電話を新機種にしたという。近頃ではSNSやメッセージアプリで人同士がつながっているので電話番号やメールアドレスが変わってもそれらをいちいち教えない人間が増えている。親に対してもそういう態度が普通なのだ。時代を感じないわけにはいかなかった。だが、私にはきちっと電話番号などを教えてくれている点、彼女の配慮が嬉しくもあった。
 そんなことよりも問題なのは、彼女がここに来るかもしれないことだ。
「本当に呼ぶのか?」
「もちろんです。社長が女性問題ではてんで駄目なことがわかりましたから。ここは占い師さんの言うことを聞いてみることにします」
「ちょっとトイレに行ってくる」
 テンポよく話が進みすぎ、私は尿意を我慢しているのを忘れていた。部屋を出てエレベーター横にあるトイレに入る。もしかすると彼女がここにやってくるかもしれない。彼女と会うのは一週間ぶりだった。ほんのひと時会っていないだけだったが、その長さは異様に長く感じられた。私はすでに彼女に魅了されてしまっているようだ。それは疑いのない事実だった。今さら自問自答するまでもない。ふと、彼女の髪から香るシャンプーの匂いを思い出した。抱きしめた時、仄かに感じる匂いだった。私は用を足しながら、彼女に会える自分が心底幸せ者だと気付いた。その親である部下の日下部も一応の理解を示してくれてはいる。老婆が言うように決断の時かもしれなかった。問題は山積している。私には経営という茨の道も待っているのだ。

「社長、久子はちょうど新宿にいるみたいで、ここまで十分ほどで来られるみたいです」
 私がトイレから戻ると日下部はそのように報告してきた。
「ついでに、この男の妻も呼んではどうね?」
「占い師の婆さんは少し黙ってくれ」
「いや、いい考えですよ」
 日下部がいい案だとしたり顔で頷いている。
「おいおい、当事者を全員集める気か?」
「そうですよ。占い師さんは流石ですね。我々にはない視点をお持ちだ。さあ、社長、奥さんを呼び出して下さい」
 私は咄嗟に背広の裏ポケットにしまってる携帯電話を探した。しかし、老婆が高笑いしながら私の携帯を持っている。
「ほほほ、これかのお探しものは? 今そこに落ちておったわ。じゃあ電話してみるか」
 老婆は似つかわしくない動作で素早く私の携帯を操作しだす。黒電話しか使えないのかと侮っていたが、敏捷な動きでもって結局老婆は着信履歴の中から妻をみつけ、かけ直したようだった。
「社長、落ち着いてください。占い師さんに任せましょう」
「もうなるようになれ」
 成り行きに任せるしかない。私はどんなことになっても責任をとる覚悟でいた。
「もしもし、今から、言うことを落ち着いてお聞き。あんたの旦那が今から不倫相手と落ち合うところを目撃できるよ。一度しか言わないよ。今から場所を言うから急いでメモするんだよ」
「おい、待て待て。ただ呼び出すんじゃないのか」
 老婆は電話を終えて満足そうに笑っている。
「来るそうじゃ。普通に呼んでも怪しまれるからね。ありのままの事実を伝えておいたぞ。嬉々としておった。飛んでくるそうだよ」

 妻の美紀子と日下部の娘である久子が着いたのはほぼ同時刻だった。私はソファに座って視線を向けただけで応対は全て老婆と日下部に任せた。私は急に意気地なしになってしまったのかソファから立てずにいた。
「社長、大丈夫ですか? 顔色が優れないようですが」
 心配そうに見つめる久子の顔が目に入った。反対に妻は冷酷そうに私を見つめていた。
「ちょっと、私大事な会議を投げ打って、会社から出てきたんだけど。夫が不倫してるって聞いたから面白そうでたまらなくて。で、その相手ってどこにいるの? 日下部さんとその娘さん、それからそこのお婆さんは占い師さんかしら。まさか、そのお婆さんが相手とか?」
「いいえ、違います。奥さん、落ち着いて聞いてください。社長は、うちの娘と不倫関係にあります。そして社長は娘の久子を大事に思っています。奥さんとは離婚したいとのことです」
 本来私の口から語るべきものを、優秀な部下である日下部は一息で言い終えてしまった。そうなると私には立つ瀬がない。
「そう言うと思って、離婚届に判を押して持ってきたわ」
 妻は本当に離婚届を私達の前に差し出してきた。私の欄のところに薄く鉛筆で丸が付いている。私はここを記入すればいいのだろうか。
「私もこうなると思って婚姻届を持ってきました」
 日下部の娘・久子が出した用紙にも鉛筆で薄く丸が付けてあり、私が記入する箇所が明確に示してある。
「二人とも用意がいいな」
 私はそう言ったきり言葉を失った。私は自分の問題にけりをなかなか付けられずにいたが、他の当事者たちは皆、いつもその解決を図ろうとしていたのだろう。だからこそこうして素早く集まることもできたし、道具も揃っているのだ。
「では、社長、順番にサインしましょう」
「うむ、それがええ。この男もここまでお膳立てしてやれば大丈夫じゃろう」
 私はペンを握らされ、判子の準備も並行して行われた。なにやら詐欺に合っているような心地だった。
 私は有馬さんの言葉を思い出した。
「経営者たるものサインの時こそ、十分に注意した方がいい」
 そうだ。その通りだ。ここでサインをするのは早計に違いない。
「待て、待ってくれ。何の確認もせずに離婚届にサインはできない。もう少し話し合おう。それから結婚届もまだだ。君は本当にこんな年の離れた男でいいのかい? まだご両親への説明も十分じゃない」
 私は書類を全て折り畳んでかばんに入れた。この場にいては流れで物事を決してしまいそうなので退散することした。
「日下部、帰るぞ。二人は呼び出して悪かったな。ゆっくり今度話そう」
 私はエレベーターを目指して歩きだした。背後から老婆の声が聞こえる。
「踏ん切りがやっとついたかね。水晶玉にも出ておるよ。やっと悩みが解決したとね。これで経営課題にも本腰を入れて当たれるだろう。先代社長の不倫の時も大変だった。それに比べたらあんたらはマシじゃ」
 そうか、私の問題こそが会社の問題だったわけか。明日からようやく再建に向けて動け出せそうだ。もちろん、美紀子や久子とのコミュニケーションは重要だったが、問題が整理され、表面化した以上、前進あるのみだった。
 追いかけてくる日下部の足音と声が聞こえ、私は前向きな姿勢を取り戻すことができた自分に満足していた。占いだったのか人生相談だったのか定かではないが、たまにはこういうのもいいかもしれない。

おわり

コメント(9)

もっと上手に、緊張感ある会社経営⇒どたばたした感じの社長の不倫という流れに持っていきたかったです。
面白かったです!
不倫からの展開がウケました。割りと受け入れてる日下部の優秀さも面白かったです!
少し星新一的な感じも受けました。起承転結がしっかりしてるからかな? 落語でやっても面白そうな話ですね!
落語にしたら面白そう、と言うのに
私も1票投じたいと思いました。
それぞれの登場人物の気持ちが、反応が理解できません。
前半で、文章力がとても高く、引き込まれるように読み入ってしまいました。しかしそれも後半の落ちを際立たせるためだったのですね。
後半以降の展開もコメディーっぽいのを目指されたんですね、肉さんがどういう感じの作品をお書きになりたいのか、なんとなくわかりました。
ただ私も最後の方で「各登場人物は何を考えてそうしたのか」が適当な感じはしました。

あと、前回は怒ってしまってすいませんでした。
面白かったです。私は、会話に入ってくる占い師の突っ込みがツボでした。

占い師という設定で、何でも分かるという状況を作れるし、彼女の発言は真実だということになるので、会話だけでテンポよく進んだと思います。

経営者としての悩みもありますが、ここは、不倫に焦点を当てたところが良かったと思います。

笑えました。
とても面白く、笑いながら読ませていただきました。

経営課題についての話かと思いきや、まさかの不倫で、しかも部下の娘とは!!(笑)
社長の妻の不倫相手がてっきり日下部かと思ったのですが、そこは深読みしすぎでしたね。(^_^;)
今後、離婚話が進むのか、仮に離婚しても結婚に至るのか、とても気になりました☆彡
全体的に、登場人物がみんなクレイジーな感じがするのが好きです。
「えっ、普通そうなる?」とは思いつつ、あまりにもトントンと進みすぎて、なんだか説得力がありました。なんとなく、日下部と社長の妻が不倫してるんだろうか?と思いましたが予想が外れました。

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