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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第22回 おたけさん作『価値』

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第22回 おたけさん作『価値』 2016年11月12日 08:52
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 夫は、今日もテレビを視ていた。ソファーで横になったり、縦になったり、折れ曲がったりしながら、彼は一日中、テレビを視つづけていた。
 彼の仕事は、エンジニアだ。だが、今日は平日なのに、彼は仕事を休んで、家でテレビを視ていた。彼は3日続けて同じことをしており、私は、彼が無断欠勤でないことを祈ったが、それも現在の状況では些細なことのように思われるのだった。
 私は、ため息をついた。私も、人のことは言えたものでは無い。自分の意思ではないが、出版社での仕事は、一時休業状態である。私の勤めている会社の経営陣は、今、世界が置かれている状況に関して情報収集を行うために、給与の高い正社員を休ませて、その休業手当との差額で、フリーの記者を雇っている。なぜ、そんなことをするのか? それは、売ることができる情報が限られているからだった。今、世界が興味を持っているのは、極限られたことでしか無いのである。
 こんな現状なので、社員の中には、本来の業務では無い記者の仕事に志願する人もいたが、私は、もし命を失ったり、そうでなくても大ケガを負う様なことがあれば耐えられないと思い、そんな危険な仕事は志願はせず、夫と同様に、家でテレビを視ていたのだった。
 とはいえ、私はオープンキッチンで夕飯を作りながらテレビを視ていた。だから、ソファーにもたれ掛かって、廃人のようにテレビを見つめている夫よりは働いているという自負を持っていたし、持って良いと考えていた。しかし、少し考えれば分かるように、それは虚しい違いであり、必死に情報を追い求めている人々がやっていることを引き合いに出せば、その差に何かを見いだすなんてことは、幼稚な思考の産物でしかないのだった。
 私が、そんな考え事に囚われている間にも、テレビの報道番組は何かを写し続けていた。どうやら、生中継らしく、映し出されているリポーターは、非常に緊張した面持ちをしており、どうやら誰かに突撃インタビューを決行するようであった。テレビは最近、報道番組ばかりである。しかも、その内容は、日に日にエスカレートしているように思われた。
 だが、現状を考慮すると、それは仕方の無いことだった。報道する対象が限られ、それを延々と調査し続けるのなら、内容が詳しく、激しくならないと視聴者は飽きてしまう。それに、このような状況では、誰も造り物のドラマなど視る気はしないのだ。実際、テレビ局側もどんどんそのような番組を休止し、特定のことについての報道だけを流していた。
「おっ、走り始めた」
 夫は驚きの言葉を発して、テレビに向かって前のめりになっていた。彼が釘付けになっているテレビ画面の中では、マイクを持った男性リポーターが何かを目指して草むらを疾走しており、カメラマンも少し出遅れて入るが、リポーターに続いて走り始めていた。
 十数秒後、彼らはターゲットだと思われる男性に近づき、彼を呼び止めると、逃げないように説得し始めた。その背景には、男性の背丈の倍はある小高いフェンスと、その上に備え付けられた有刺鉄線が映し出されており、そのフェンスの向こうに何があるのかを物語っていた。
 リポーターに呼び止められた男性は、最初、抵抗したものの、結局、自分が損するだけだと確信したのか、不承不承、インタビューに応じ始めた。私も、そのインタビュー内容を聞き漏らすまいと、テレビに集中した。
 私は、当然、このインタビューをされている人物が誰なのかは知らなかったが、どういうことをしている人かは想像がついた。この御時世に、インタビューされる人は決まりきっているのだから。
「あなたの農場では、何を作られているのですか」
 リポーターは、最初は相手に答えさせることを意識しているのか、それとも視聴者をじらしているのか、どうでもいい質問から入り始めた。しかし、質問をされた男性は、これは答えないと逆に害になる質問だと判断したのか、落ち着いた様子で、「ニンジンですが」と答えた。
 その言葉を聞くと同時に、私の頭は、既に3ヶ月は口にしていない、あの赤い野菜の味を思い浮かべていた。それは、決して好きな野菜ではなく、むしろ嫌いな方だったが、食べないのは、それはそれで苦痛に感じるのだ。
「では、季節関係なく作れますね」
 視聴者には、窺い知ることのできないリポーターの表情に対して、男性は少し引きつった笑みを浮かべ、「ええ」と答えた。
「ちなみに、最近収穫したニンジンは、どこに卸されました?」
 いよいよ本題であった。しかし、男性は黙り込んだままで何も答えない。そこに、リポーターからの駄目押しの質問がなされた。
「この農場の代表者なら、知らないはずは無いと思いますが」
 農場主であることを意地悪い形で明かされてしまった男性は、苦悶の表情を一瞬浮かべてから、ちらっとフェンスの向こうにあると思われる農場の方を見た。そして、彼は、日本中の人々に嫌われる覚悟を決めたのか、敵意を露わにした、とげとげしい口調で、
「ご存知の通りですよ。誰だって知ってます」
と吐き捨ているように言ったのだった。そう、彼の言う通り、それをどこに運んでいるのかは誰だって知っている。だが、視聴者は、どこなのかを彼の口からちゃんと確認して、それを言質として、彼をテレビの向こう側から罵りたいのである。
「ちゃんと言ってくださいよ。言って頂けないと、またお邪魔しないといけなくなるかもしれませんので」
 レポーターは、相手が嫌がることを熟知していた。抵抗は無意味だと理解したのか、農場主は軽くため息をついた後で、さらりと、こう述べた。
「ご存知の通り、上空の宇宙船にいる《管理者》の方々です」

 それは当然な答えだったのだが、私を震え上がらせた。この男性は農場主であり、その野菜を《管理者》に卸しているのだ。その事実は、この農場主が、《管理者》の誰かと会っている可能性を示していた。私は、未だに報道されたことの無い、彼らの正体が明かされるのではないかと、いつも通り、期待してしまう。
 だが、リポーターは、それを解明するのは、まだ早いと言わんばかりに、《管理者》については質問せず、宇宙船と野菜の関係や、あとどれくらい野菜を卸せば宇宙船が購入できるのかなどのことを尋ねていった。しかし、農場主の回答は、「宇宙船を買うには、審判の日の直前まで野菜を作り続けないといけない」などという、本当か嘘か分からないことを繰り返すだけであった。
 今日も大した情報は得られないのだど半分諦めかけた私は、沸かしたお湯の中に、パラパラと乾いたパスタを入れた。そして、昨日、父が釣ってきて分けてくれた小鯵を、保存食用の南蛮漬けにするために、水分を取り、小麦粉をまぶしていたところ、思いがけない質問が、テレビの方から聞こえてきた。
「宇宙船を共同購入するという計画は、本当なのですか」
 緊張のあまりか、リポーターの声がうわずっていただけでなく、彼は過呼吸になっていた。私は、粉に塗(まみ)れた鯵を握りしめたまま、まるで金縛りにあったかのように、テレビ画面に釘付けになった。そして、テレビ画面から目を逸らすこと無く、横目で夫の方を視ると、彼も固まって動かなくなってしまっているのが見えた。辺りは静寂に包まれていた。この辺りの全てが、テレビの音を逃さないようにするために、呼吸や歩行ですらも止めているのだと思った。そんな中で、冷蔵庫の送風機の音だけが、空気を読まず、薄暗い部屋の中で響いていた。
「ええ、買います」
 それは、さも当然といった風な口調で発された。テレビ画面に映し出された農場主の表情は逡巡している様子を見せる役者のようであったが、ぱっと花開いたつぼみのように、にこやかな顔な顔にも見えた。そう思ってから、私は自分のことを混乱していると思った。私には、リポーターや農場主が、顔に空いた穴から音を発していることは分かったが、ゲシュタルト崩壊しているためか、それらの音の意味は完全に失われていた。
 少しして、私に認識能力が戻ってきた。その時、リポーターは、「乗せるのはやっぱり家族なんですか」とか、「どれくらいの農家が賛同しているのですか」などという質問を繰り返し行っていたが、どの質問にも答えは得られなかった。それは、視聴者にとっては失望以外の何ものでもなかったが、テレビ関係者にとっては希望だと思われた。なぜなら、それらの話題を次の報道に持ち越すということができるからだ。そういった意味で、リポーターと農場主は、未必の故意で繋がっている共犯関係にあるようにも思われた。
「最後に」
 リポーターは、共犯者である農場主に向かってキッパリとした声で言った。
「自分たちだけは救われる可能性があることについて、優越感を感じていますか」
 その質問に、農場主は首を横に振って否定の意を示してから、ちょっと嫌みな口調で、
「こんなくだらない報道をするくらいなら、テレビ局のフロアに畑を作って、室内で野菜でも栽培して宇宙船を購入すればいいじゃないですか。それとも、こんな泥にまみれる仕事はできない?」
 その優越感に浸っている農場主の言葉は、テレビ局が待ち望んでいたものに違いない、と私は思った。きっと今頃、ネットは大炎上し、この初老の農場主は“非地球人”、“宇宙人の友だち”として、叩かれていることだろう。そして、その罵詈雑言は…。
 その時、私の思考を数発の爆発音が遮り、その後に続いて、リポーターの叫びが聞こえた。
「あんたたち、どうかしてるだろ!」
 農場主を写していたテレビ画面は急に切り替わり、二百メートルくらい先のフェンスが映し出す。そして、その部分がズームされていく。黒い、いくつかの点だったものが、何かの破片だと分かり、破片かと思えば、肉片であることが分かり始め、最終的には、腕や足の一部などが、フェンスの麓の草原に転がっているのが、はっきりと見えた。その生々しい様子は、人間がたった今、肉片に変わったことを物語っていた。そして、ズームアップしていくのが止まってから数秒後、肉片の周囲には狙撃銃を担ぎ、覆面をした数人の男たちが、わらわらと群がり始めていた。
 すると、カメラの被写体が急に、農場主の方に切り替わった。そして、彼は乾いた笑いを浮かべ、カメラに向かって、こう告げた。
「彼らにとって価値があるものを守るためなら、どんなことでも《管理者》は許してくれるよ」
 すると、鈍い音が聞こえ、リポーターが音のした方向に振り向いたかと思うと、乾いた銃声と共に、彼は頭から血を流して倒れた。そして、カメラの映像が乱れ、最後に、泥にまみれた長靴を写して、全ての映像と音が途切れたのだった。

 その報道は中断され、画面には砂嵐が吹き荒れた。そうしてテレビ画面に再び色彩が戻ってきた時には、いつものCMが流れていた。それはプランターと野菜の種のCMであり、あと、肥料のCMが揃えば、それが、今の広告の全てであった。私は、それらのCMを視ながら、あれだけ放送していたシャンプーや化粧品のCMなどを全く視なくなってしまったことに驚きを覚えた。今や、野菜の種が強盗に遭う時代なのだ。全ての価値が狂ってしまったと思うしかない。どうやら、都心の方では通貨の代わりに野菜が流通しているらしいという笑い話とは思えない話も聞こえて来るくらいである。
 私は、洗脳されるのではないかと思うほどに流れ続けている野菜関連のCMを脇目に、今、自分が置かれている状況を、頭の中で一生懸命に整理し始めた。
 報道が事実なら、近いうちに、農家の人々や関係者を乗せた宇宙船が新天地に向けて飛び立つことになる。それは、地球から段々と、人が減って行くことを意味しており、しかも最悪なことに、自分は取り残される側に入っているのだ。
 私は、このことが耐えられなかった。人生の中で、私も、おそらく夫も、残される側に立つことなんて、今まで無かったのだ。だが、今回は取り残され、しかもそれは最初で最後の絶対的な分離であるのだ。私は、この事態が多くの報道番組で、《最後の審判》と表現されているのが、尤(もっと)もなことだと思っていた。抗うこともできない様な絶対的な力、そう、《管理者》たちの絶対的な力で全てが変えられてしまった。彼らは、3ヶ月前に、急に世界の主要都市上空に現れ、その宇宙船の中から、空に向かって、あらゆる言語で布告を出したのだ。それは、至極単純な内容であり、しかも、解釈し損ねることができるような内容でも無かった。“3年後に、地球は、宇宙保護区になり、地球に関するありとあらゆる人類の権利は全て失われる。”それが全てであった。
 なぜ、その様になるのかという説明は、現時点まで一切なされていない。というより、地球側の代表団体として《管理者》との窓口を担っている国連側が、そのように主張し続けていて、それに対して、ジャーナリストと名乗る人たちは、真実の解明を合言葉に、地球が宇宙保護区とやらになってしまう理由を追及し続けているのだ。
 しかし、そのやりとりには、誰も関心を払ってはいなかった。あの絶対的な存在としての宇宙船が地球の上空にある限り、この星が、宇宙保護区になってしまうことは避けられないと思われたし、国連の一部の人々には伝えられているかもしれない保護区への制定理由を正義の力が解明したところで、現状を変えられるとは誰も思っていないのである。
 だが、人類が失われる訳ではないのだ。それが、人類へ少なからず楽観的な姿勢を与えてしまっており、私にはそれが《管理者》たちの狙いなのではないかと思えて仕方が無かった。
 納得できない道理があったとしても、《管理者》たちが野菜と果物に価値を置いているのは事実だし、それらとであれば、地球を脱出するためのノアの方舟、つまり、彼らが持っている宇宙船を交換してくれるという状況があるのだ。それは、非常に理不尽な話だとしても、なぜか、そのようになっているのであり、それはどうすることもできないのだった。
 この価値体系を見せつけられて、人類の多くが自分の身の回りを見渡したと言われている。その人たちは、なぜ、今まで自分が野菜よりも宝石や紙幣と呼ばれる紙切れの方が価値があると思っていたのかと悩んだのだ。その中には、その終りの無い問いかけを無限に繰り返すことによってノイローゼとなった人もいるし、もっと酷い人は発狂し、精神病院で拘束されているらしい。私も、もしかすると一歩一歩その状況に近づいているのかもしれないと思うと、無償に自分が信じられなくなって来るのであった。

 このように私が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る野菜と宇宙船のイメージと戦っている間に、パスタをゆでていた鍋からお湯が吹きこぼれ始め、鍋の側面にこぼれたお湯が触れてジュウジュウと音を立てて蒸発しているのが聞こえてきた。私は反応しないといけないと思ったのだが、急にめまいを感じてしまい、倒れそうになる身体を左手でシンクの端を掴むことで必死になって支え、自分の右手で前頭部を押さえつけて、何とか平静を保とうとすることしかできなかった。
 すると、異変に気付いた夫が、台所に駆けつけてきて、コンロの火を消し、私の身体を支えてくれ、そのままソファーの方まで一緒に歩いてくれた。
「大丈夫か?」
 ソファーに座った夫の太ももに頭を乗せて横になった私は、夫の言葉に軽く頷いた。夫は私から不安を取り除こうと、何度も私の頭や肩を擦ってくれたが、心の奥底に巣食っている不安は去って行かなかったし、その“去って行く”という自分で想像したイメージが、再び自分自身を苦しめることになってしまった。
「雨ね」
 急に降り始めた雨は、窓に打ち付けるほどの強さで降り注ぎ、外の風景も音も入ってこなくなった。それは、我が家が世界で唯一の場所であるように思わせる魔力を持っていて、そのためか、私の孤独を無性に掻き立てた。
「このまま雨が降り続けて、野菜が育たなければ良いのに」
 私の言葉に、夫は頷き、再び優しく頭を撫でてくれた。
 私は、このところ、いっそ人類全員が助からないのなら、こんなに不安を感じないだろうと考えていた。助かる人とそうでない人がいて、自分が助からない方に属しているからこそ、こんなにも不安なのだし、助からない方に、いつまでも甘んじている自分の無力さに絶望してしまうのだ。そう、逆にいえば、助かる側に入っている人や、入っていると確信している人は、不安に苛まされていないのだろうし、不安に苛まされている側のことなど考えても無いだろう。
 私が助からないのなら、全体が破滅すればいい。降り注ぐ雨を視ながら、私はぼんやりと考えた。
「残念ながら、明日は晴れみたいだね」
 無音で流れ続けるテレビを視ながら、夫が言った。雨が降り、晴れて、芽が出て、植物が育つ。それは、生命の発露であり、本来肯定されるべきことだ。しかし、私にとっては農場主たちが、また宇宙船を購入し、自分はここに取り残されるのだと思わされる忌まわしい出来事でしかなかった。
「そうだ。明日は、紅葉でも見に行こう」
 夫は、おもむろにそう言い、私の顔を覗き込んだ。その柔らかい笑顔を見て、私は彼の首に両腕をまわし、上半身を起こして、ゆっくりとキスをした。

***

 翌日、私たちは、朝早い電車で箱根へと向かった。新宿始発の特急に乗り、ゆったりとした雰囲気の中、私と夫は思い出話を始めた。
 共通の知人の話、結婚する前に行った海外旅行の話、去年行った箱根の様子。
 しかし、ふと、この思い出話というのが、まるで死ぬ前に見る記憶の走馬燈のように思えてしまい、私は再び楽しめない気持ちになってしまって、夫に「ちょっと景色を見たい」と伝え、会話を中断してしまった。
 車窓の外に広がるのは、何の変哲も無い住宅街であったが、急に視界が開けて、大きな公園が見えた。しかし、そこはもう公園ではなく、畑と化しており、建設重機で周囲を取り囲まれ、それらがバリケードになっているのが見て取れた。公園は誰の土地でもないだろうから、危機を感じた誰かが早々に占有してしまったのだろう。そして、所々に配置されている高所作業車のブームの先についているゴンドラには、テレビで観た男たちのように狙撃銃を背負っている人が乗っていたし、クレーン車のブームの先には重りが付けられており、襲撃者に対してそれを落とすのかと思われた。また、周辺では武装したブルドーザーが巡回しているのも見えた。公園、高所作業車、クレーン車…それらの本来の意味は無惨にも剥ぎ取られ、ここでは新しい価値が与えられている。そのことに私は、ただ恐怖するばかりであった。
 そうして電車は公園を通り過ぎ、田園地帯にたどり着くと、先ほどと同じように建設重機やトレーラーなどが外側の壁として設けた光景が見え、さらに、その壁の中ではテレビで観たように、小高いフェンスで覆われた畑の数々があり、せっせと野菜が生産されていた。
 そこに、農場へと向かう一団が見えた。武装した男たちに、思い思いの衣装をした美しい女性たち、そして、真ん中には、毛皮を張ったトラクターにどっしりと乗った農場主。
 武装した人々は、元国防軍の人々だ。彼らは、任務を放棄して農場の護衛に就いた。そうしても誰も、彼らを罰することはできないのだ。法律上、軍法会議にかけることができたとしても、《管理者》たちは、農場関係者が襲われることを激しく嫌悪しており、それを畏れて誰も何もできない。実際、農場関係者を傷つけることで、《管理者》たちが報復を実行したという事案は、世界で十数例あることが分かっているし、それでも争いを行う地球人の愚かさに呆れた《管理者》たちは、到来時と同じ形で、農場関係者への物理的な攻撃を止めるように布告を世界中に出したのであった。
 一方、美しい女性たちは、全て農場主の妻である。彼女たちは、助かりたいのだ。その気持ちは理解できたが、それはあまりにも前近代的であり、地球全体が一気に、中世にでもタイムスリップしたように思えたのであった。
 私は、思い出には無かったものが見える窓の外から目を逸らし、車内を見渡した。そこには去年と変わらない光景があった。手をつないでいる大学生のカップル、小学生くらいの子どもを連れた家族、20代後半くらいの男女のグループ、老夫婦。去年と変わらない風景が、そこにはあったが、心無しか、誰しもが心の底から楽しんでいる感じがしなかった。
 そんな光景をぼんやりと眺めていると、家族連れの母親が、まるで遺骨でも抱えているかのように、大事そうにバスケットを抱えているのが見えた。そこには、きっとお弁当が入っているのだろう。残念なことに、本来あるものが無い、お弁当が。
 そんなことをしているうちに電車は終点に到着した。そこからケーブルカーに乗り継ぎ、強羅の街へとたどり着いた夫と私は、街を散策した後、ロープウェイでさらに上まで昇って、箱根の関所を見た。江戸時代、手形が無いと通れなかった関所。私は、空を見上げ、今は宇宙と地上の間に関所があるのだと思い、時代を経ても世界が作り出すものは変わらないのだと感じた。

 その後、私たちは、山道に入って紅葉の眺めを近くで楽しみ、去年2人で来た、紅葉が綺麗に見える場所の一角にある石造のベンチの上で、食事をすることにした。
 夫がお弁当箱を開くと、そこには2人で今朝作った肉巻きや魚の照り焼き、おにぎりに卵焼き、そして、海草が並んでおり、2人でそれらを眺めて、顔を見合わせた。あるべき彩りが無い、少々殺風景なお弁当に対し、目の前の風景は、美しい赤や黄色に染まっていた。
 水筒に入った紅茶を注ぎ、2人が無言で食べ始めようとすると、一陣の風が吹き、夫の目に、ゴミが入ってしまった。私が、大丈夫かと気遣うと、夫は「大丈夫」とは言いつつ、目を押さえている。
 本当に大丈夫かな、と私が内心、心配していると、目の前に、はらはらと数枚の葉が落ちてきた。そのうちの赤と緑の2枚が、お弁当のおにぎりと卵焼きの間に落ちて来た。白いおにぎり、赤い紅葉、色づかなかった緑の葉、黄色い卵焼き。その鮮やかな色彩に、私は思わず涙してしまった。
「来年も、また来たいわね…」
 消え入りそうな声で泣きじゃくってしまった私を、夫はそっと抱き寄せてくれた。
 次の瞬間、巨大な音がし、私たちは大きな影の下に入り込んでしまった。上空を、巨大な宇宙船が悠々と飛んでいるのだ。私は、目と耳を塞ぎ、夫にしがみ付くようにして、それが去るのを待った。

 一方で、宇宙船が現れた時、夫は、その宇宙船が、どこを目指すのだろうか、と不思議に思った。いや、目指している場所はあるのかもしれない。しかし、最終的に、飛び立った地球人たちは、一体何にたどり着くというのだろうか?
 彼は、轟音とともに飛び去って行く宇宙船を見つめた。その外壁には、一点の曇りも無く、その船が地球上のいかなる技術を用いてもたどり着けないところにある存在であることを、その悠々とした飛行と共に物語っていた。彼は思った。一体、この大型宇宙船は、ニンジン何本分の価値があるのだろうか、と。 
 そう考えてから、彼は自分の思考に絶望した。そこで、彼は垣間見た。人類が何千年もかけて築き上げてきた全てが、荒野の中で一瞬にして、音も無く崩れ去っていく光景を。
 そして、不幸なことに、それは彼だけの孤独な絶望ではなかった。彼は、同じ光景を垣間見てしまった全ての人とともに嗚咽した。退屈だった日常が、もう二度と戻って来ないことへの悲しみの表現として。

コメント(22件)

[1]2016年11月12日 08:54
今回は、短編で書けましたw 長編もできたらあげようと思います。
ちょうどミヒャエル・ハネケ監督の『タイム・オブ・ウルフ』を視て、崩壊しつつある世界を書きたいと思い、書きました。
あと、雨と聞いて、高止まりしているニンジンのことしか思いつかず、その思いを書いた次第です。
[2]2016年11月12日 15:14
私は最近宅配野菜に凝っています。割高に思えますが、野菜が高騰している時も、一定の値段で買えるのでお得かもしれません。
その仕組は案外、管理者の方々が作りあげたのかもしれませんね。
[4]2016年11月12日 19:40
読み応えありました
やはり完結するとスッキリしますね
ずっと奥さんの一人称が最後二人称になるのは何か意味があるのかな、と疑問が残りました。
[5]2016年11月13日 00:04
まだ全て読めていませんが、今ひとまず言いたいのは、書き出しがすごく好きです。
「横になったり、縦になったり、折れ曲がったりしながら…」
こういうところに、おたけさんの知的かつ上品なユーモアを感じます。そして夫の様子が容易に想像できます。妻から夫に対する感情もこれだけで自ずとわかりますしね。
また残りをゆっくり読んでから、改めて感想を書こうと思います。
[6]2016年11月13日 18:11
地獄の沙汰も金次第、が野菜になっているのですね。
ノアの方舟に乗れた所で、本当に未来が開けて
いるのだろうか…?
色々考えさせされるお話でした。
[7]2016年11月14日 01:03
ニンジンの高騰の連想から、SF的世紀末の世界観を描きだせる作家的センスを羨ましく思います。
第一場面のリビングとテレビで物語の状況を読者に呑みこませ、第二場面の箱根で畑地に変わる公園や紅葉に色づく山を見ることで、終末の世界を身近な物語として感じさせるところに、構成の妙を感じました。
紅葉と野菜のないお弁当の対比も鮮やかでした。

個人的には「幼年期の終わり」の世界観を彷彿とさせるな、と思いました。
「タイム・オブ・ウルフ」とても気になったので、今度観てみたいです。
[8]2016年11月15日 01:29
面白かったです。短くまとまっていて読みやすかったです。
しかし、私は短くて面白いと逆に「続きがあれば読みたい」とどうしても思ってしまいます(笑)
状況の描写や、それの中で営まれる日常を、あまりうるさくなく、それでいて引き込まれるように描くのがおたけさんの作風なんだなと思います。
[9]2016年11月15日 03:44
面白かったです。ニンジンの高騰から、ここまで壮大なストーリーが展開するとは、自分では絶対に思い付かないことなので驚きです。

かとうさんと同じく、冒頭の夫の仕草、ソファーで横になったり、縦になったり、折れ曲がったりしながら……というところから惹き付けられました。おたけさんの文章のセンスの良さを感じます。

現代社会の風刺的なマスコミの報道の場面から、がらっと変わって夫婦での小旅行、紅葉の中でお弁当をひろげ、平和な時間が来たなと思っているところに、ラストの宇宙船の場面で平和な世界が覆さてしまう。その対比が、胸がつまるような悲しみをより深く演出してくれていると思います。

劇的なラストも好きです。そこにいる自分を想像すると、うるっと来てしまいました。
[10]2016年11月15日 14:45
>>[2]  ラディッシュ○ーヤとか、オイ○ックスとかですね! 昔、宅配を頼んでいる職場の先輩から余った野菜をもらってたのを思い出しました。ニンジンばかりくれるので何故だろう?と思っていたのですが、理由は単に先輩が嫌いな野菜だからでした。
[11]2016年11月15日 14:49
>>[3]  残しとくと、宇宙船が買えるかもしれませんよ(笑) 思い付くのは偶然で、そこから概要を数十分で書き上げ、あとは時間をみつけては継ぎ足してました。10時間くらい?
[12]2016年11月15日 14:51
>>[4]  完結させるのは、書く側の精神衛生上も良いですね!
主人公は悲しみにくれているので、空を見て考え事をするのは夫の方が良いと思った次第です。
主人公は感情的なので、達観した視点は別の方がいいかなと思ったのもあります。
[13]2016年11月15日 17:59
ショートショートも上手いですねぇ♪

序盤の「何が起こってるの?」という掴みから、野菜を作らない者たちが陥っている絶望の描写、特に外で降る激しい雨を「我が家が世界で唯一の場所であるように思わせる魔力を持つ」と表現した後に、「私が助からないのなら、全体が破滅すればいい。」と続くあたりなど、深い絶望が伝わってきて上手いなぁと思いました。
そして、最後の不思議な人称変調(?)。わたしもみけねこさんと同じで泣きそうになりました。「最終的に、飛び立った地球人たちは、一体何にたどり着くというのだろうか?」と、それまでの絶望よりもはるかに普遍的ではるかに深い絶望。

「退屈な日常が、もう二度と戻って来ないこと」この恐ろしさを知っているわたしたちには、本当に恐ろしいお話でしたが、おたけさんの文章は、なぜか心の奥深いところを猫じゃらしで刺激されたように感じ、ちょっと優しい気持ちにさせてくれるのがいいですね。
[14]2016年11月15日 18:52
>>[5]  感想ありがとうございます!
出だしは、妙な表現だけど、何となく意味はわかる文章が書けたので、我ながら満足です。最近、カフカを読み直し、妙だけど何となくわかる文章にはストーリー展開以外の、想像を掻き立てるような面白さがあるような気がしてきたので、こういうのをもっと書きたいものです。
[15]2016年11月15日 18:58
>>[6]  この話は、自分が今まで色々考えてきたことを表現したつもりです。例えば、農家が一斉に食べ物の供給を止めたら世界はどうなるのだろうと思うんですよね。。まあ、農家も野菜が腐っちゃうから困るでしょうがw
[16]2016年11月15日 19:09
>>[7]  いえ、和食が基本醤油味であるように、すべてがSF的世紀末に回帰してしまうだけです!

『幼年期の終わり』は確かに最近読んだんですよね(笑)
あの作品の面白いところは、宇宙から宇宙船がやって来るというよりも、法や倫理などのルールがやって来ることのような気がします。
この作品では、価値を転換させてみようという試みです。

『タイム・オブ・ウルフ』は面白いですよ! 文明が停止した次の日からは、こんな世界が待っているんだというのを、何の変哲もない一般人の集団を写し出すことで見せてくれる作品です。
[17]2016年11月15日 19:17
報道に関する揶揄かと思いきや、人類全体、地球全体に話が及ぶ壮大なストーリーでしたか!!
ここ最近、都市伝説でも囁かれている「火星移住計画」を思い浮かべました。
食糧危機、火星移住計画、残る人類の「選定」、これは予言書なのか?と思うほど、引き込まれてしまいました。(^_^;)
[18]2016年11月15日 19:17
>>[8]  僕も読者側だと、常に続きが読みたいと思ってしまいます(笑) なんだか世界が終わってしまうのは寂しい感じがするんですよね。だから、RPGゲームなどは全クリできなくて・・・

あまりうるさくなく書くのは、単に面倒なのもあるのですが、そういった自分の性格に合った書き方で書いた方が長続きできるのではないかと、ふと思いました。
[19]2016年11月15日 19:22
>>[9]  自分でも書いたときに思ったのですが平和な日常が崩れるのは悲しいですよね。僕は、人が残酷な殺され方をするのよりも、物語で体験する分には悲しいのではないかと思ってしまいました。
ラストは、もしかしたら理解されないかも、と思っていたのですが、うるっと来たのなら良かったです!
[20]2016年11月15日 19:28
>>[13]  心の奥深いところを、猫じゃらしで、ですか。何だか、悪い男になった気分です(笑)
普遍的な絶望の部分に注目してもらってありがとうございます!個人的には冒頭とラストに匹敵するくらい好きな部分です。
序盤で、何が起こっているの?となったようで良かったです!そこは、割りと狙って作ったので成功したようで安心しました。
[21]2016年11月15日 19:31
>>[17]  サラリーマンしてる場合じゃないですよ! 脱サラして畑仕事に転向しなければ、滅びますよ!(笑)
ちなみに、昨日、スーパーに行ったら、ニンジンを安売りしてたので、もう少し地球は大丈夫なようです。
[22]2016年11月16日 07:45
おたけさんの発想力にいつも驚かされます。だけど、いつもはやはり長さとボリュームのせいで、その壮大な世界観にばかり目がいっていました。
今回久しぶりに一万字に収まったということで笑、ラストに特異な状況に立った?人が持つであろう絶望が提示されていて、感情移入できるところが大きかったです。
SFの世界観の中で「多くの人がこう感じるだろうな」と思われる、普遍的感情を提示される。そうすると、読者としては「いつか日本にこんな未来が来たら、私も絶望するんだろうな……」とリアルな感覚を抱きます。身につまされるってやつですね。それを、他の方の感想からも感じます。
文章が下手でもどかしいのですが、とにかく突飛なくらい壮大な設定に対して、人間の普遍的な絶望がうまく乗っかって、それが映像として生き生きと浮かんでくる……これは並みの人ができることではないと感じました。素晴らしいです。

ところで、ラストの人称が変わるところは、視点がぐーっと引く感じで、やはり映画のラストシーンっぽい感じがしました。とても良いです。

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