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半蔵門かきもの倶楽部コミュの第22回 ハルト作 『彼我』

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コミュ内全体

 11月が近づくと、私の胸はざわつき、居てもたってもいられなくなる。 その衝動に突き動かされるように、列車のチケットを取り、宿を押さえ、荷造りをする。
 君は、出発の数日前から荷造りをしている私の後姿を見て、「せっかちだね」と笑った。
 君の荷造りはいつも手早くて、的確で、無駄なものは一切なかった。 何かと荷物に加えようとする私に「どうしても必要になったらどこでも買えるでしょ」と言った。
 それでも君は私と同じシャンプーを使うのを嫌がり、自分で使い慣れたものを用意していた。
 私も旅慣れているつもりだったが、君の比ではなかった様だ。 世界中を飛び回り、滞在し、時には数か月そこで暮らしたりもした。 「どこでも住めば都だよ」と君はよく言っていたけれど、私は必ずしもそうでない事を知っていたので、賛同しなかった。

 旅が、君の仕事であり、ライフワークであり、生きる事そのものであったと、私は理解している。 一つの場所に留まる事が出来ない訳ではなく、旅することで、自分の存在を確かめ、自分のあるべき姿を模索していた様だった。

 君と出会ったのも、旅の途中だった。 私もひとり、君もひとりで、山奥の一軒宿に滞在していた時だった。 君は半年間過ごした海外のある町から戻ったばかりで、人里離れたその宿で羽を伸ばしながら、体験記を綴っている所だったと思う。
 秋の山菜が取れる頃になると、それを目当てに来る宿泊客で賑わうという話だったが、私と君が滞在していたのは、もう冬に差し掛かる頃で、そろそろ山頂から雪の知らせが届く時期だった。
 空は曇りがちで、風も次第に冷たくなり、散歩に出るにも厚着をするのが億劫で、ロビーにあるフォーカスの暖炉の近くで、持ってきた本を読んで過ごしていた。
 君は自分の部屋にいるばかりで、食事の時間や、たまに珈琲や酒を貰いに食堂へ降りてくる以外に顔を合わせる事はなかったけれど、最初にすれ違った時に感じた心地良さがずっと気になっていた。 言葉で表すのは難しいけれど、何百年も樹齢を経た大樹に、寄り添っている様な感覚だった。
 初めて話しかけた時、君は少し警戒していた。 今思うと、あんなに世界中を飛び回り、宿の従業員にも他の宿泊客にも人懐こく接していたのに、私に対してだけは警戒心を見せたことが、想定外だった上に、正直言うと少し傷付いた。
 君は愛想良く返事をしてくれるものと、勝手に勘違いしていたのかも知れない。
 だいぶ後になって、君から私の第一印象を聞き出そうとしたけれど、君は笑うだけで、教えてはくれなかった。
 宿にいる間、少しずつ話しかけては、だんだんと打ち解け、寒い中沢山服を着込んで一緒に散歩をして、やがてチラチラと粉雪が舞う頃になると、君は私の部屋で眠るようになった。
 いつの間にか、私はずっとこんな日が続けば良いと願うほどになっていた。 けれど、何事にも終わりは来てしまう。
 自宅へ戻る日、私は「近くに来たら寄って」と、連絡先を渡した。 いつでも良いよ、という言葉を添えて。
 期待はしていなかった。
 君と話をしていくうちに、心地良い雰囲気の中にも、揺るぎない一本の芯が通っている事に気付いたからだ。 その本質的な部分に触れることは許されず、たぶん誰も、君の奥底で静かに佇んでいる大樹の姿を、見たことはないのだろうと思った。 例え溢れ出るような大樹の気を全身に湛え、それに一瞬でも触れることが出来たとしても、そこから先へは決して進めないのだ。

 だから数か月後に、君が突然私の部屋にやってきた時には、すぐに君だと気付かない程驚いた。 実際外見も少し変わっていて、肌は焼けて黒いし、髪も以前よりだいぶ短くなっていた。 荒削りの彫刻の様だった体は、引き締まって無駄な部分はすっかり落ちていた。
 空港から直接やってきたという君は、雨の中、傘も差さずに大きな荷物を抱え、次の旅に出るまでの数日間を、ここで過ごしても良いかと尋ねた。 私は「もちろん」と答え、律儀に宿代だと言って幾らか差し出そうとする君の手を、笑って押し返した。 その代り、君はよく自費で食材を買い込み、私に料理を振る舞ってくれた。 「無駄に調理器具やスパイスが多い」と苦笑しながらも、君はそれらを使って私の好みを上手く引き当てた。 
 仕事から帰ってきた時、家で誰かが待っていてくれるという、何かくすぐったい感じを味わうことが出来たのは、例え、君は宿代のつもりでしかなかったとしても嬉しかった。 どこからか花の苗を仕入れてきて、ベランダで世話をしている君を見ていると、この部屋の住人になったのかと錯覚した。
 でも数日すると、君はまた次の目的地へと旅立って行った。 行き先も告げず、増してや後ろ髪を引かれる事もなかった。 私は、またいつ会えるのだろうという気持ちと、もう会えないのだろうという気持ちが綯い交ぜになった複雑な心境で、君を見送った。 本当は気の利いた言葉を掛けたかったが、君の重荷になる様な言葉が出てしまいそうで、何も言えなかった。

 そんな私の気持ちを見越したのか、君は一月もしないうちにまた現れた。 滞在先が近場だったからと言っていたが、何となく、気付かないうちに物欲しそうな眼をして、君に気を使わせたのかも知れないと思うと、一人で勝手に申し訳なくなった。
 ただ、君は他人の言う事で、自分の行動を左右したり、制限したりする人ではなかったし、実際私に意見を求めたり、相談する様な事もなかった。 だから初めは、私の事にはあまり関心がないのだろうと思っていたので、私が何かに行き詰ったり、悩んだり、近しい人を亡くしたりした時、誰よりも君が側にいてくれた事に、気付かないでいた。
 今思い返してみると、君は何も言わなかったけれど、君なりに私という存在を認め、気遣い、癒してくれていたのだろう。

 そうして私が君の纏った気配を忘れそうになり、不安が募る頃になると、君はそれを察知したかの様に現れて、溺れるほど私と、私の部屋を君の気配で満たした。

 私たちの関係は変わらないまま月日が過ぎ、ある時、どちらが言い出したのか記憶が定かではないが、君と二人だけで旅に出ることになった。
 確か君が「あの寺の境内、今紅葉が見頃らしいよ」と言い出したのがきっかけだったような気がする。
 でも、君が持ってきた情報は少し古かったみたいで、私たちがそこに到着した時には、紅葉はほぼ終わっていて、木々を見上げるよりも、足元に落ちてカサカサになった紅い葉の残骸ばかりを眺めていた。
 そのせいか、境内には人もまばらで、いつも混んでいるという授与所も空いていた。 現実主義の君にしては珍しく、普段だったら見向きもしない絵馬を頂いて、真剣な表情で願い事を書き記していた。
『南船北馬 東奔西走』
 その絵馬を、受験生のものに混じって納めてから、君は思い出したように「来週には発つよ」と言った。
 私は、君が飛ぶ鳥の様に、いつも後に何も残さず出て行ってしまうので、君に関わる何かを手元に残しておきたいと思っていた。
 正直に、君に頼めば良かったものの、何となく言い出せなくて、少し後ろめたい気持ちはあったけれど、君が離れた隙に、私はその絵馬を納所から外し手に取って持ち帰った。
 決して、君から夢を取り上げるつもりは無かった。 君の分身の様なものが、ただ欲しかっただけなのだ。
 それから絵馬は私の宝物になり、大切に仕舞って、時折取り出しては君の書いた文字に触れた。

 君が旅に出ては私の部屋に戻る、という事を数回繰り返し、それがいつしか当たり前になりつつあった頃、海洋上で消息を絶った飛行機の搭乗名簿に、君の名前を見付けた。
 君が誰かから譲り受けた、珍しいチョコレート色のコスモスが、そろそろ咲き終わる頃だったと思う。

 相変わらず行き先は聞いていなかったし、詳しい予定も知らなかった。
 君が予定通りの飛行機に乗らないなんて事はしょっちゅうあった様だし、だから今回も、そんな飛行機に君が乗っているはずなんて、ないと思っていた。 
 
 信じなかった。 信じなかったし、同じ名前の別人だと思いたかった。
 いつもみたいに、ひょっこり帰ってくるのを願っていた。

 君の家族が私の部屋を訪れたのは、それから丁度一年後だった。
 君は私の部屋の近くに小さなアパートを借りていて、何かあった時の為にと、大家にだけは実家の連絡先を教えてあり、前払いしてあった家賃がとうとう底を付いたのを機に、連絡が行ったらしい。
 家族がそのアパートを引き払うために、整理をしようとした所、私に宛てた荷物を見付け、持ってきてくれたのだという。
 私はたぶん、以前君に貸した本か何かだろうと思っていたのだけれど、家族が差し出した箱は思いのほか軽くて、両方の手のひらに乗るほど小さかった。
 
 箱はしばらく開けることが出来なかった。 開けてしまったら、君があの飛行機に乗っていたのだと、認めてしまうことになりそうで怖かった。

 アパートは、本当に私の部屋の近くにあった。 何となく気になって、外観だけ見に行ったけれど、歩いて5分もかからない所だった。 

 こんな近い所にあるなら、何故、私の部屋に寄り付いたりしたのだろうか。
 そう疑問に思ったが、すぐに答えは分かった。

 君のアパートの周りを一周してみた。 何か特別なものがある訳ではない。 でも、ただ一つだけ、特別なものがあった。 
 このアパートから道を隔てた向こうにある、私の部屋がよく見えるのだ。 ベランダに立てば、その姿が確認出来るくらいに。
 
 今なら、君の考えていた事が、全部分かる様な気がした。
 初めて会った時、何故君が警戒したのかも。
 君が帰国する度、私の部屋に来たことも。

 そして、箱の中身も。

 君が絵馬を納めた日、私にも絵馬を書くように促した。 咄嗟に思い付いたのは、私の唯一の望みだった。
『健康で長生き出来ますように』
 心の中でそっと、「君と一緒に」と付け加えながら絵馬を納めた。

 箱の中から出てきたのは、私の絵馬だった。

 たぶん君も、私の願いが叶わないようにしようとか、そんな事は考えていなかったと思う。 きっと私と一緒で、私の手が触れた何かが欲しかったのだろう。
 私たちは、お互いどこかで通じ合い、でもどこかで擦れ違っていた。

 私が書いた絵馬を箱からそっと持ち上げると、ひらりと何かが待って、足元に落ちた。 拾い上げてみると、それは椛の葉脈だった。
 
 あの時、君と一緒に紅葉を見られなかった事の罪滅ぼしと、途切れない葉脈に肖って、私の健康と長生きを祈ってくれたのだろう。

 お互いの絵馬を持ち出してしまった事を、本当なら、お相子だと笑いたかったけれど、めぐり合わせとは不思議なもので、私の願いは別の形で叶えられる事になった。

 先日の検診で影が見つかり、精密検査の結果、余命が宣告された。 私は治療をすることを拒否し、運命だけを受け入れることにした。

 まさか君は、そうなる事を見越して絵馬を持ち出したとは思わないけれど、廻り回って、結果的に私の願いを叶えてくれる事になった。

 君がいないのなら、健康も、長生きも、必要のないものだ。

 それからまた月日が過ぎた。
 ホスピスの窓から見える空は青く、昨晩雨を降らせた雲が、今は切れ切れになって遠くに流れていく。
 君と初めて出会った11月がまた巡ってくる。 

 11月。 山奥の宿、雨の中の君、終わりかけの紅葉、コスモス、そして二つの絵馬。

 思うように動かなくなった指先で、二つの絵馬を並べ君に問うた。

 今ならもう、許してくれるだろうか。

 私は辺りがふわりと温かい気に包まれたのを感じ、それが君の答えなのだと思った。

 その気に導かれるように、私は君の奥底に眠るあの大樹を覗き込もうと、静かにそっと目を閉じた。

コメント(19)

今回は参加出来ないので、作品のみ投稿します。

『彼我』は、 ひが と読みます。

あなたと私、 という意味です。
もしかしたら、ハルトさんの理想とするラブストーリーなのかな。と思いました。
とても切ないお話でした。でもそれが押し付けがましくなく淡々と描かれているのがよいです!美しいです。
しかし、主人公2人の性別が気になりました。男女2人の恋愛とも読めるし、でも性別はどこにも書いていないので、もっと普遍的な友愛なのかもしれないし…。考えましたが、そこがはっきり書かれていないのがかえっていいのかもしれません。
>>[2]

コメントありがとうございます。
私の理想はもっと安定した関係が良いでしょうか(笑)
若かったら、アリかもしれませんが(笑)
>>[3]

男女でも、女男でも、男男でも、女女でも
何でも構いません(笑)
人の魂とか、心髄に触れるような感じにしたかったのですが、それだともっと苦しんで生み出さないと出来ないのかなと思いました。
>>[5]
その読者の判断に委ねる自由度が、この作品のいいところだと思います。各々が「私にもこんな関係があった」みたいに投影できれば、人の琴線に触れるものになってるんではないでしょうか。私は旅先での出会いでの記述に、「そうそう、この旅の出会い感」と自分の中の記憶を想起されました。

苦しんで産む、かー。
うーん、一つ感じたのは、この作品は主人公の独白というか、回顧録ですよね。今という一点から、過去に思いを巡らしていくという。それが、どこかで現在進行形だったり、思い返したり、点と線の混在にしてみたらどうだろう?と思いました。
例えば、「余命を宣告された」という独白にするのか、今まさに診察室に入って、お医者がいて……という場面を描写し始めるのか。臨場感があるシーンがあれば、より心に訴えかけてくる効果はあるかもしれません。
でも一万字という短い制限の中で、敢えて独白型にしたのかな?とも感じました。
ただそう思ったというだけで、提案とか批評ではないのですが(;´д`)差し出がましい意見だったらすみません。率直な感想です。
>>[6]

私の拙い文に、とても心のこもった感想を頂き
ありがとうございます。
文字数には余裕があったのに、最後の辺りは
駆け足になってしまったかなぁと思います。
もう少し丁寧に描写すれば、良かったな…
イメージとしては、「手紙」もしくは「遺書」
でしょうか。
もしこれを映像化するとなれば、過去を現在形にして
「その時その時を生きる」みたいな感じに
なったかも知れませんね。
>>[7]

コメントありがとうございます。
本の装丁!夢ですねー。
「お任せします」とか言ってみたいです(笑)
主人公が絵馬を持って帰ってしまうという、悪いというか、美化できない行為が描かれているためか、対比されて、純愛物語がより美しく見えました。
自分は純愛ものが、あまり得意では無いのですが、こういうポイントが入っていると人間味が増して、物語を受け入れ易かったです!
>>[10]さん

コメントありがとうございます。
本当は、実際に自分がやった訳ではないですが
絵馬を持ち帰るという行為を書くことも
罪深い気がしていました。
そう言う気持ちが、人間味を出すのに
必要なのかも知れませんね。
私はこういう純愛話が書けないし読まないので、うまくは言えないのですが、とても美しい話だと思いました。良かったです。
主人公の感情がとても穏やかに描かれているので、落ち着いて情景を思い浮かべるように読むことができました。
文章も物語も美しく、晩秋のしとつく雨に指先が塗れるような、切ない読後感が残りました。

読者にとっても「私」の視点を通してしか「君」のことを知ることができず、「君」が本当はどんな人間だったのか、何を思っていたのか、答えが永遠に分からないというのがまた、切なく感じられました。

「私」の心情の独白と、物語の展開と、情景描写のバランスが絶妙で、冒頭から悲劇、または別れを予感しつつ、最後まで一気に読んでしまいました。
>>[12]

コメントありがとうございます。
私の中で作り上げた美しい情景を
たかーきさんにも同じように思い浮かべて
頂けたら幸いです。
>>[13]

素敵な感想を頂き、ありがとうございます。
とても励みになります。
悲しい話ではありますが、美しい情景だけを
思い浮かべて作りました。
ある意味自己満足(自己陶酔?)の
作品だったかも知れません。
それでも楽しんで頂けたら幸いです。
私にとって君が、いかに人生を豊かにしていたかに思いを馳せると、とても悲しくなりました。
ナンパから始まる純愛モノというのもわかりやすくて好きです。
>>[16]

コメントありがとうございます。
切ない感じにしようと思って書きました。
切ない物語ですね。私は、最期、病床から、君との思い出を語ったか、手紙に残したのか、そういうイメージで読みました。

絵馬を、こっそり持って帰り、最期にはふたつ並んで一緒になれるんですね。
切ないラブストーリーであるけれど、甘すぎず、独白文であるのに、偏りがなく、ストーリーの流れがよくわかって、文章が上手い方なんだなと思いました。

胸に染み入り、じーんと来ました。
>>[18]

コメントありがとうございます。
手紙、もしくは遺書のつもりで書きました。
でも、どちらにせよ宛てたのは『君』なので
読む人はいないんですね。
二人がこの世から去って、年数を経てから
偶然誰かに発見された、と解釈して書けば
もう少し小説らしくなるかも知れませんね。

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