ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 学問、研究 > フランス革命 > トピック一覧 > ジャン・ジャック・ルソー著『社...

フランス革命コミュのジャン・ジャック・ルソー著『社会契約論』を読む

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

コメント(10)

第一篇の冒頭でルソーは、社会秩序における正当で確実な統治の原則を見出すために、人間をあるがままの姿でとらえるということと、法律をありうる姿でとらえるということを自らに課している。
人間をあるがままの姿でとらえるというルソーの眼は、果たしていかなるものでしょうか。
この研究においてルソーは正義すなわち法が許すことと、効用すなわち利害の命じることを絶えず結び付けるべく努力すると宣言する。
ここで言われる法とはどの法、いかなる法のことか。
現行法のことを指しているわけではあるまい。
「自由な国家(スイス)の一市民として生まれ、主権者のひとりである自分は、公共の事柄に対する発言力がいかにわずかでも、投票権を持っているということだけで公共の事柄について研究すべき義務を感ずる」とルソーは言う。
今日の私たち一人一人が心すべきことでもありますね。
第一章においてルソーは言う。人間は自由なものとして生まれたのだ、と。
私たち人間ひとりひとりは生まれた瞬間、何をしようと、どう生きようと自由だったはずだ、という意味でしょうか。
このルソーの言明は果たして正しいのか。それともただのロマン以外の何物でもないのか。
生まれた時は自由だった私たちは、やがてすべての者が鉄鎖につながれた奴隷になるとルソーは言う。

この変化、移行がどうして生じたのかは私は答えられないが、この変化移行を正当なものとなしうるものは何かについては答えられると、またルソーは言う。

社会秩序は他のすべての権利の基礎となる神聖な権利だが、決して自然由来のものではなく、若干の約束に基づくものだとルソーは言う。
すなわち、この若干の約束が私たちすべての者の奴隷状態を正当なものとするのだ、という意味だろうか。
また、この「正当なもの」とはいかなる意味だろう。あたかも正当なもの、という意味でしょうか。
>>[6]

肯定的に受けとめていただきまして、ありがとうございます。
>>[7]

ルソーの文章は読む者を興奮させる名文と言ってもいいように思いますが、それだけによく読むと、所々論理の飛躍あるいは断絶があるように感じます。
この第1章「第1篇の主旨」においても、
「自由なものとして人間は生まれたのだ。しかしお互いに約束事をして、自分たちを自ら鉄鎖で縛り、自ら奴隷状態に甘んじているのだ」
という筋が読み取れるのに、この約束事という話の間に「力と力から生ずる結果」の話が挿入されていて、読む者は約束事よりもむしろ力によって奴隷状態に置かれたのだという別筋のメッセージを受け取ることになる。
第2章「最初の社会について」で、ルソーは人間は誰もが平等かつ自由に生まれたのだと高らかに謳い、
生まれて最初の社会とも言える家族を分析してこう言う。
家族という社会においても子供はその父と比べても、平等かつ自由な存在として生まれながら、自己保存のために父親を必要とするから父親に服従しているだけで、父親が必要なくなったなら服従する義務もない。役に立つ間だけ父親に自由を譲り渡しているに過ぎない、と。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

フランス革命 更新情報

フランス革命のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。