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反改憲!平和権力育成政治討論会コミュの志位和夫氏へのTwitter_異論を敵視したからではない。人民の言論・表現の自由を敵視したからだ。

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https://twitter.com/reef100/status/1060506198619971584

志位和夫
‏認証済みアカウント @shiikazuo

トランプ氏「(批判を表明する人に)出て行け。つまみ出せ。ママのところに帰れ!」
安倍氏「こんな人たちに負けるわけにはいかないんですよ!」
異論を敵視し、分断をあおる。
民主主義の国で、こういう政治を横行させてはなりません。


17:41 - 2018年11月7日



アステローペ・リーフ
‏ @reef100

これを読むと、日本共産党は自信を無くしているなと思う。


「民主主義だから」と志位さんは言うが「民主主義だから、異論を敵視してはいけないとか、分断を煽ってはいけない」というのは、志位さんの情緒的価値判断であって、Democracyとは何の関係もない。

まるで旧民社党の是々非々の政治というのに似てきた。マルクス主義を捨てる足場を作っているのではないだろうか。ソ連崩壊、中国北朝鮮の現実という、国家権力の一方通行のわかりやすい実例を前に、自信を失い、「是々非々」という曖昧な「情緒的価値判断」の問題、本質的意味定義の世界に逃げている。

Democracyという視点でトランプのこの言葉を批判するなら「異論を敵視している」とか、「分断を煽っている」とか」ではなく、
Democracyという視点でトランプの発言を切るなら、デーモス(民衆)によるクラトス(支配;権力)に反しているのかどうか、という視点で切らねばならない。

おなじく、Democracyという視点で安倍晋三の発言を切るなら、デーモス(民衆)によるクラトス(支配;権力)に反しているのかどうか、という視点で切らねばならない。

首相安倍晋三が、私の言論の自由だ、といって勝手なことをまくしたてるのは、Democracyに反する。
Democracyは、「権力 対 言論の自由・表現の自由」 という構図だからだ。

「権力 対 言論の自由・表現の自由」 という構図において、首相安倍晋三に言論の自由などない。

安倍晋三は国家権力として人民の言論の自由を守る側。
安倍の国家権力の行使に対して人民には自由しかないのだ。

からこそ、忌憚なき言論で安倍晋三の権力と対峙する自由があるのだ。


権力が、人民の言論・表現の自由を敵視することに対して、人民は権力者安倍晋三を敵視して、忌憚なき言論による攻撃をする義務があるのだ。



トランプが「(批判を表明する人に)出て行け。つまみ出せ。ママのところに帰れ!」 安倍が「こんな人たちに負けるわけにはいかないんですよ!」というのを非難するなら、異論を敵視したからではない。
人民の言論・表現の自由を敵視したからだ。
権力に対する、人民の言論・表現の自由を敵視するからだ。

トランプや安倍晋三が人民の自然権を守る国家権力で、人民の自然権を守らない連中に対して、彼らの言論・表現を敵視するなら、それは異論への敵視であっても必要不可欠な敵視だ。「言論の自由」「表現の自由」というのは、対 権力に対するアイテムでありそのアイテムを保障する義務が権力者にはある。

形式的な紳士面のやり取りがdemocracyではない。

人民主権やdemocracyを考える時の基本的な姿勢はこれだ。
「【人民主権やdemocracyについて考える時の、社会科学としての土台】
2018年11月06日01:11 」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969058661&owner_id=38378433



日本共産党の「民主主義」は道徳であり、また、情緒的価値判断での本質的意味定義であり、社会科学ではない。ここを蹴飛ばせばあそこか飛び出るという事実の連関としてのDemocracyではない。論理ではない。

「政治家や政党のいう「民主主義」「民主的」「民主・・・」
2018年11月05日08:13 」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1969058661&owner_id=38378433

日本共産党は、本来ならマスクス主義にのっとり、 『家族・私有財産・国家の起源』を主張して国民に敷衍したいのだろうが、それでは、近代社会契約の国家の約束定義に対立する。 しかし、Democracyというのは、近代社会契約の国家の約束定義の側の論理だ。

その近代democracyを「民主主義」という誤訳で拝借して、その言葉をちりばめたら魔法の言葉の様にみんな静まるから盛んに使っているだけで、根本的にdemocracyとは矛盾する。相いれない。にもかかわらず、『家族・私有財産・国家の起源』に足を突っ込みながら、マルクス主義に足を突っ込みながら

その「民主主義」という言葉でこの紋所が目に入らぬか、静まれーとやるものだから、マルクス主義への自信喪失を、隠して、「民主主義」という用語を拝借してきているから、思想性の無い、借り物の、浅薄な情緒的価値判断レベルでのTwitterになってしまう。


是々非々になったり、本質的意味定義になったり、情緒的価値判断の羅列になったり、それが時には極右顔負けの国粋論になったりもする。
日本共産党は自信を無くしている。マルクス主義に対する自信もなければ、Democracyに対する自信などもとよりない。


まだ、マルクス主義を捨ててないから、かろうじて志位さんの情緒的価値判断、是々非々の一方通行にならずに、資本国有化の理念や、『「人民の視点」の殿堂』のような自己評価の看板でひとくくりにまとまっているが、マルクス主義を捨てたとき、例えば民社党並みの是々非々党になる可能性が必然である。


マルクス主義への自信はすでになくしているのだから、これを捨てる日は来るのではないか。志位さんのTwitterを見ていると、そんな是々非々党の先取りをしているように思えてならない。

主権者人民は、政党におんぶにだっこではなく、人民主権の確立に開眼する必要がある。政党を踏み越えてその先に躍り出ていかねば、Democracyなど永久に実現しない。己の頭の中の「論理という資源」、それを解放しなければならない。


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