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「侮辱する権利」 の考察、ヘイトスピーチについての考察

「侮辱する権利」 の考察、ヘイトスピーチについての考察 2016年11月21日 13:27
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●「侮辱する権利」の概要

ドイツ連邦共和国 第11代連邦大統領ヨアヒム・ガウクは、「極右政党ドイツ国民民主党の党首らを2度に亘って馬鹿と侮蔑する発言をした。同党からこの発言を問題視されガウクは提訴された。2014年6月にドイツの司法当局は「ガウク連邦大統領には、国家民主主義者を侮辱する権利がある。彼は、自分の考えを表すために、自ら必要と見なす言葉を使うことができる。」と判断し同党の訴えは退けられた。」
出典:(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%A2%E3%83%92%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%82%A6%E3%82%AF

日本の国会議員は、アヒム・ガウクを見習うべきだ。日本ナチス安倍晋三等を侮辱する権利が日本の国会議員にもある。国民には無論ある。



●ヘイトスピーチについての考察

ヘイトスピーチと一口にくくることは、事実関係を見えなくする。

ヘイトスピーチを【自然権を毀損する発言】と置き換えてみましょう。

そして、

国家による個人に対する「自然権を毀損する発言」

個人による、個人への「自然権を毀損する発言」

その違いを見てみましょう。


【1】【国家権力による、個人への自然権の毀損について】

【国家権力の側に、自然権を毀損する「言論の自由」はありません】

個人の「自然権」を守る義務がある国家に、個人の「自然権」を毀損する「言論の自由」はありません。

これは国家というものが、【人民の「自然権」を守るために、人民が国家を作った】とする、近代社会契約の約束定義からして当然です。 国家には人民の自然権を守る義務がある。責任がある。


【2】【国家権力による、個人の自然権を毀損したことに当たらない時とはどんなケースだろうか】

【国家権力の側と言えども、国民の自然権を毀損する勢力を、侮辱する権利がある例】

ナチスという、国民の自然権を毀損する勢力に対しては、公務員たる大統領は、ナチス勢力の人間を侮辱する権利がある。

上記、アヒム・ガウク大統領のように。


【3】【個人が、他の個人の自然権を毀損するケースとは?】

個人が、他の個人の自然権を毀損するケースに、刑事罰を与えることは、言論の萎縮をさせ、言論の自由を毀損し破壊する。

「馬鹿」と言って即逮捕、侮辱罪、名誉棄損罪でしょっ引かれたのでは、
それこそ、peopleの自然権は破壊される。

そのような、何でも侮辱罪、名誉棄損罪にしてしまえば、国家権力が、個人の自然権の破壊を、防ぐことができない。

「ここまでは規制しない。ここから先に踏み込めば規制する。」こういう線引きを行えば権力がナチス方向に傾けば境界線はどんどんに人民弾圧に向かう。

だから、人民に対しては、「言論は自由」でなければならない。



【5】【言論は無条件に自由】


「言論は自由」だということ。「言論は無条件に自由」でなければならない。

言論を規律で縛ってはならない。

もし、最高の規律たる自由を規律で縛れば、最高の規律たる自由が死ぬ。

そんなことをしたら「言論の自由」は国家権力にからめ捕られてしまう。

「言論の自由」を刑事罰という規制で縛れば、それに触れないように言論を個人が自分で自分を抑制するようになり、
言論機関は、自主規制で、言論機関として機能せず、報道機関としての役目しかしなくなる。
それも、国家権力に都合のいい情報だけを流す報道機関。

自主規制で萎縮した言論機関も、同じく自主規制で萎縮した個人の言論も、
「権力 vs 言論」の構図の上で、言論の役目を果たさなくなる。
国家権力をはじめあらゆる権力が腐敗する。
今がそうだ。



【6】【では個人が、個人の自然権を毀損する言論をはかないように抑制するにはどうすればいいのだろうか】

完全なる抑制などできない。人間は間違う。意図的でなくても感情的に悪態をつくこともある。
人間は神ではない。

強制的に黙らせる刑事罰を作るのはもってのほかだ。
国家権力が暴力的権力、非合理な権力なら、必ず悪用してくる。
主権者人民の言論の自由を奪うことに利用してくる。
じわじわと。

じゃあ桜井某氏の様な人々がヘイトスピーチであばれまわるじゃないかという議論が出てきますが、これは権力が法律という強制手段で規制するのではなくて、社会の世論として、人々が「そのようなヘイトスピーチは認めないぞ。」「弱者に対するいじめは認めないぞ。」と、弱者にやさしい世論を社会全体で喚起する以外ない。
現状では、そういう自由なる個人の社会において弱者にやさしい世論を社会全体で喚起する以外ない。

ヘイトスピーチを取り締まる法律を制定するのじゃなくて、弱者にやさしい世論を社会全体で喚起する事。

そういう弱者にやさしい世論を、社会全体で共有すること。
更に進んで、国家権力を暴力的権力、非合理な権力から、市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力に変えること。

国家権力が、暴力的権力、非合理な権力なら、国家そのものが国家暴力団なのだから、
かならずあらゆるところが暴力的になる。

国家権力が、市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力にかわれば、あらゆるところに
市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力がいきわたるようになる。



【7】 【公共の福祉にもかかわる】

自民党は「公共の福祉」という言葉をとっぱらい、「公の秩序」とする。

「公共の福祉」は、public welfare。

publicはcommonではない。commonは均質な要素であるニュアンスを持ち、publicは、ワイワイガヤガヤの大衆酒場pubの世界。
価値観も雑多。pubそのもの。仕事が終わって夕暮れ時、見知らぬ人々がテーブルを囲んでワイワイガヤガヤ。しかし、悪漢がやってきてテーブルをひっくり返したら、みんなが暗黙のうちに了解しているルールに反する。みんなで「そんなことはやめろ」と詰め寄るし、詰め寄るような社会でなければならないし、どうしても無理なら、みんなが金出し合って雇っている保安官を連れてくる。
市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力の世界。

しかし、これが、みんなが金出し合って雇っている保安官ではなくて、
誰か強烈な権力者が仕切っていて、
町はそのこわもての権力者で静寂を保っているなら、
こんなものは自由の世界とは違う。国家暴力団の管理する世界。

ナチスファシズムが国家権力を作り、その強権的ルールでしょっ引くような世界は、自由への確信の世界ではない。

welfareは、福祉ですが、この語源は、快適走行を意味するという。
welは気分よく。
fare は ドイツ語の女性名詞Fahrt( ファールト)(「 走行 」「 通行 」 「 旅行 」「 ドライブ 」)と同義語で、女性(弱い立場にある人)が快適に旅することを意味するという。そこには「 福祉 」 と日本語に訳してしまうと見えない意味がある。

public welfareは、ワイワイガヤガヤの市民における、弱者にやさしい快適走行。
最高の規律たる自由、その「自由の持つ自律性」、「自由への確信」というのは、こうした市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力の世界のもの。

「ヘイトスピーチだ。」と、(特高取締り法律を制定して)特高、秘密警察が暗躍していて手錠をかけて連れ去っていく。public welfareは、ここにもそこにも私服の秘密警察が目を光らせているというような、そんな「公の秩序」ではない。


ヘイトスピーチが、public welfareの世界価値観で排除される社会でなければならない。

決して、特高警察、秘密警察、自然権を認めない連中、ネオナチ、そんな勢力が制定する条例や法律で黙らせる種のものであってはならない。

そこには、自由への確信はない。
そこでは、自然権は花ひらかない。
それどころか、一気に狼が牙をむき、秘密警察の闊歩する恐るべき国家、恐るべき社会になる要素に満ち満ちている。

市民的平和権力、市民的平等権力、合理的権力の国家権力を樹立すればすべて解決する。

(了)

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