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孫崎亨・広原盛明・色平哲郎達見コミュの【色平哲郎氏のご紹介】「学」のあやうさ

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コミュ内全体

【色平哲郎氏のご紹介】「学」のあやうさ
「学而」
その基礎概念は言うまでもなく「学」と「習」とである。
p.14

「学」のあやうさ
何かにとらわれて、がんじがらめになって身動きがとれない状態、、、
p.17

「学而時習之 不亦説乎」
何かを学んで、それがあるときハタと理解できて、しっかり身につくことは、よろこび
ではないか。
p.19

「習」
完全に身体化され、、、無意識化され、、、逆に全体が意識化され、「ああこれか」と
わかる、、、不必要なもの、余計なものは解除され、、、呪縛から抜けだす、、、喜び
を感じる。
p.20

「有朋自遠方来 不亦楽乎」
それはまるで、旧友が、遠方から突然訪ねてきてくれたような、そういう楽しさではな
いか。
p.25

「人不知而不慍 不亦君子乎」
そのよろこびを知らない人を見ても、心を波立たせないでいる。
それこそ君子ではないか。
p.25

「信」
これが儒家の言う「徳」による統治であり、その場合には人の振る舞いが「礼」に適っ
ている。
そういう徳が満ちている状態が「仁」である。
あるいはまた、そのような学習過程が開いた個人の状態をも「仁」という。
仁者は心がいつも安定しており、自分自身であることを失わない。
それが「忠恕」であり、そういう人の発する言葉は、その人の心から乖離(かいり)し
ない。
その状態を「信」という。
p.27

「忠」
たとえ君主を相手にしても、自分の心を偽らないことが忠である。
p.60

「恕」
ある状況のなかに魂を開いて自らの身体を置き、そのときの自分の感覚の与える意味を
鋭敏に読み解くこと。
p.69

「克己復禮、為仁」
自分が無意識にしてしまった間違った行為を恥じ、自分自身のあり方に向き合い、己の
魂の隠された傷を明らかにし、悲しみ、さらにそれを乗り越えることで、礼にかなった
振る舞いができるようになる、こうすることが仁だ、という意味と解釈できる。
p.81

「仁」「不仁」
己の魂の動きの、仁なるものと、不仁なるものを峻別する、その峻別ができたとき、己
の不仁を改める回路が作動し始める。
それと同時に、新たに仁とはなにかという問いが作動する。
この過程が作動すればすなわち仁である。
p.166

「礼」
自らの心を閉ざし、学習回路を停止している小人同士の「同」のなかで、表面的な礼儀
作法をいくらやっても、「礼」は実現されない。
仁の力により、人々の学習過程が作動するとき、真の秩序が達成される。
そこでとり結ばれるコミュニケーションは、「礼」にかなっている。
p.103

「和」
それゆえ、君子の交わりは、相互に考えが一致しているかどうかなど問わず、むしろそ
の相違を原動力として進む。
こうした相互の違いを尊重する動的な調和を「和」という。
p.104

「孝」
親子関係が親密であって本当に慈愛に満ちているときに生じる、子供の自然な親への感
情のことである。
p.155

http://www.rinri.or.jp/research_support_Shohyo1207.html 

コメント(2)

己を律する古典、バイブルのような東洋思想のひとつと解しますが、
現在のように、「利」「欲」で、経済がなりたっている資本主義社会で、
どのように、取り入れて学べばいいのか?
なかなか、自然調和が難しいと思うが・・・
>>[1]

おっしゃるとおりですね。

深くうけとめてくださり、改めて考えさせられました。

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