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FCYCLEコミュの紀伊半島Tour18

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コミュ内全体

 「今年のGW、どこへ行こうかな」と思って調べ始めると…
 何と2004年以来14年間通行止めで、てっきり廃道になると思っていた三重県の水呑峠が、昨年暮れに開通したことを知りました。

 とうわけで、今年は 3年振りに紀伊半島に行ってきました。
4/27(金) #1三瀬谷→上池原 水呑峠・国道425八幡トンネル・坂本貯水池・池原貯水池
4/28(土) #2上池原→湯ノ又 国道425白谷トンネル・引牛越
4/29(日) #3湯ノ又→小口 牛廻越・瀞峡
4/30(月) #4小口→近露 和田川松根スーパー林道・国道371・合川貯水池
5/1(火) #5近露→御坊 日高川

 順次このスレッドにUPしてゆきます。まだしばらくお待ちください。

■■■2018/5/13
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

コメント(36)

 お待ちしておりました。期待しております。
2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-1

三瀬谷→宮川貯水池→水呑峠→上里→相賀→クチスボダム→八幡トンネル→坂本貯水池→池原貯水池→上池原
 ルートラボ https://yahoo.jp/guCEFb 121km

 名古屋8:05発の南紀1号で9:47、三瀬谷着。私以外に降りた乗客は、大きなリュックを背負った人が10人ぐらい、普通の格好の人が2〜3人。ハイカーの人々は大台ヶ原への登山客と思われる。大台ヶ原か。おれも行ったことはあるよ。行ったことだけは。
 タクシー運ちゃんに水の場所やコンビニの場所を聞くが、あまり都合の良い回答は得られない。自販機のあるうちにおとなしく水を買っておく方が良さそうだ。

 標高差550mの水呑峠に標高差540mの国道425八幡トンネル、坂本・池原貯水池経由で距離120km。夕食のタイミリミットは19時半頃、やはり18時〜18時半には着きたい。普通に走れば全く不安は無いボリュームだ。ただ、余裕があるという訳ではなく、ちょっとした目論見違いがそのまま全体の狂いに直結する。そして距離と標高差だけじゃないコースの見込み違いは、紀伊半島の細道で当たり前の話だ。わかっているので一応そういう前提で行程を考えてはいる。でも余裕が少ない、そのこと自体がやはりちょっとした緊張に繋がっていた。
 コース上の制限とは別に、水呑峠には13年振りの因縁がある。2005年4月29日。紀伊半島Tour05の初日、松阪から三瀬谷まで来ていながら、三瀬谷で撤退させられたのだ。この水呑峠を含む大杉谷全ての山が、前年の台風で入山禁止になっていたためだった。その後13年間、水呑峠の通行止めは1度も解除されなかった。時々水呑峠のその後をぐぐってはいたものの、調べて出てくるのは松阪土木事務所の通行止め情報と、途中で撤退したという訪問の記録ばかり。もともと通行が多いとは思えない道でもあり、てっきりこのまま廃道になると思っていた。
 それが昨年末、この道は突如(としか言いようが無い)開通していた。今回私がそれを知ったのは4月上旬。この時点で、今年のGWツーリングは紀伊半島に決まったのだ。だから標高差550mとはいえ、水呑峠に問題無く向かえるというだけで、少々緊張していたのだ。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-2


 10:15、三瀬谷発。天気は晴れ時々曇り程度。紀勢本線北側、旧市街というか民家の間の、旧道というか普通っぽい細道を少し経由して県道31へ。
 広めの川幅にたぷんたぷん、鮮やかな青緑の水面が特徴的な宮川とその谷間は、ゆったり大きく曲がりくねりつつ、瀬越えのような大したアップダウンも無く、比較的平坦なまま上流方面へ続く。切り立った山に囲まれて平地は狭いものの、全体的に谷間の空間にせせこましさは無く、大らかで開放的だ。集落は県道沿いやもう少し上の斜面、そして対岸にも点在しながら断続している。
 今風に広めの道は、しばらくごく普通に対向1車線づつ。ところどころで道幅は多少狭くなってごく普通の県道っぽくなったり、更に狭くなって対面通行となった。拡幅工事が継続して少しづつ進行中ながら、あまり絶賛拡幅進行中という雰囲気でもない、緩めの県道である。
 ルートラボのプロフィールマップでは、確か三瀬谷から宮川ダムの手前まで100mぐらいしか登らず、そこからダムまで一気に80mぐらい高度を上げ、ダム外周で平坦区間が続いてから最後に水呑峠へ向けて一気に登るということだった。今日の時間配分は、何しろまず宮川ダムの手前に辿り着いてからだという理解をしていた。このため、暑くもなく向かい風でもない、淡々と平坦な谷間の行程なのに、何となく気が急く気分になっていた。

 県道13は江馬で道幅4〜5m程度に細くなり、民家の低い軒が道に迫って続く、旧街道然とした表情の道となった。途端に気持ちが落ちついてきた。うん、ツーリングの道はこうじゃないとね。
 11:00、天ヶ瀬着。まずは最初の45分、希望想定通りだ。三瀬谷から上流側に11km。標高はほとんど上がっていないのに、雲が厚くなり始めていた。でも今すぐ何かが落ちてくるような気はしない。問題無いだろう。

 天ヶ瀬からは立ち上がる山の斜面が急になり、渓谷全体が急に山深くなった。道幅は相変わらず狭くなったり広くなったりで、途切れがちの集落の中の方がむしろ狭い箇所が多い。
 道路標識はいつの間にか、逆立ちおむすびの国道マークに変わっていた。地図を見ると、さっき天ヶ瀬で国道422が山中から合流していたのだ。そう言えば、なんかそんな分岐信号があったような気がする。道がぐっと田舎っぽく静かになったので、そちらに気を取られていた。
 その国道422は、渓谷がいよいよ狭く山深い雰囲気を帯び始めた古ヶ野で、どこかの山中へ分岐していった。後で調べるとこの道も420番台細道国道ファミリーのメンバーのようだった。こちらの道は県道53と名前が変わり、宮川ダムまでの登り区間へ突入。
 ぐっと道幅が狭くなって木々が路上に梢を伸ばし、森の中の道となる。確か宮川ダム外周は標高300m。とりあえず登りは80mだったはず。

 11:50、宮川ダム着。想定ペースには乗れたままだ。このまま行程を順調に進めていきたい。
 2005年の撤退から13年後、初めて眺める宮川貯水池である。湖面の幅自体はそう広くなく、入り組んで奥へ続いてゆくタイプの人造湖だ。切り立った岸辺の山は、もりもりと広葉樹林に厚く覆われて鬱蒼としている。入り組んだ湖岸の山側はがけが露出し、木々が道に覆い被さっている。ダムから先更に細くなった道道53の路上には、岩の細片が絶えない。人間の領域が森に勝負を掛けるハードボイルドな雰囲気は、ここまでの人里でみられた細道の整然とした親しげな表情とは全く別だ。まさに紀伊半島の、コアな細道のイメージ通りだ。
 しかしそういうワイルドな雰囲気の道なのに、意外にもかなり古びた公衆便所(夜は足を踏み入れたくない位)や水場など、そういう裁けたものがしばしば現れるのが特徴的だ。おそらく道の開通時に作られた物と思われる。特に、こんな谷の奥まで来て、食堂が存在するのには驚いた。

 12:10、新大杉橋着。かなり細い鉄骨橋で県道53は対岸へ分岐し、道の標識は県道603に変わった。いよいよ水呑峠を越える道の名前である。
 橋からまだしばらく湖岸沿いだと思っていたら、意外にすぐ湖岸を離れ、桑木谷をぐいぐい登り始めた。このまま峠の短いトンネルまで続く登りである。地形図では、一見谷の折り返し地点まで等高線があまり横断していないように読めた。このためしばらくあまり登らないと思っていた。実際には早くも面白いように高度が上がっている。地形図をよく見直すと、確かに湖面から折り返しまで70m以上登っているはずなのだった。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-3


 道は山腹を登り続けた。ルートラボの通り斜度はほぼ均等で、10%程度。これならギヤをぐっと下げ、淡々と登ってゆける。まあ遅いが。
 周囲の森は、広葉樹林と杉林が入れ替わって続いた。杉も植林だと思われるが、奥武蔵のような整った雰囲気は全く見られない。どちらにしても鬱蒼と深い森である。森の中には猿が多い。時には行く手の道を横切って山中へ逃げていったり、斜面の上の方からギャーギャーと、多分こちらに向かって鳴いていた。恐らく威嚇しているのだ。路上には真新しい緑色の糞もみられる。熊の看板が無いのが救いである。熊も猿には辟易するだろう。

 谷間の道から、行く手正面の切り立った斜面に道がくちゃくちゃ貼り付いているのが下からよく見えた。峠手前のつづら折れだろう。たかだか100〜200mの標高差に思えないほど上に道が見え、心が折れそうになるものの、視覚はあまり当てにならないことも毎度の事だ。あと200mと知っていれば、いつもの200mである。
 つづら折れの上からは、深い谷間と緑もこもこながら鋭角的に切り立つ山々、そしてさっき通ってきたばかりの道が見下ろせた。上から眺めると尚更、山間にくねくねと随分細い道である。
 峠近くの稜線には丸裸の斜面も見えた。森を伐採してその後なかなか木が定着しにくいのか、それとも何年か前に大伐採したばかりなのか。ひょろひょろと草だか樹だかよくわからない茂みの斜面は、何とも他でみかけない異様な雰囲気を醸し、13年前の崩落によりなかなか開通してくれなかったこの道に箔を付けていた。

 谷間を見下ろす展望ポイントから最後にひと登り、13:15、水呑峠着。標高650m。
 13年間の思いが叶った瞬間だった。雲は宮川貯水池辺りより更に厚く、やや薄暗い程。しかしこちらは53歳の誕生日。最高のお誕生日プレゼントだ。思えば曇りで風景がやや重い反面、暑くないので水をあまり飲んでいない。雨さえ降ってなければ上々だ。ツーリングの神様、どうもありがとう。
 そして、上池原着18時のスケジュールとして、水呑峠から下った海岸の相賀を14時に通過できれば、後は安心できると思っていた。今水呑峠で13時15分なら、かなり上々である。
 峠の向こう側には地図通りに怪しげな細道が分岐している。少し東側へ道が続くというような話をネットで読んだ気もするものの、今回はそんな行動は割愛、行程貯金を殖やしておくことにする。

 峠から国道42まではほぼ650mの下りである。20分ぐらいだろうと思っていたら、甘かった。くねくね入り組んだ山肌の細道は、急カーブ連続で意外に距離があり、路面には細かく鋭い岩が散らばっている。それに、ガードレールの外側はほぼ空中だ。怖くて速度を抑えて下ってゆくと、更に時間が掛かる。
 怖いのと、切り立った道の外側の眺めは大変素晴らしい。見下ろす山々はダイナミックに、そして鋭く隆起し、岩肌は新緑の密林に埋められるように覆われていた。空間が地形と生命で充たされている、そんな感覚につい目を奪われる。遠くには、これから向かう相賀っぽい営みまで見渡すことができた。
 しかしそれと同時に、自分がいる高度も思い出してしまう。全体的には素晴らしい景色もさることながら、むしろ早く下ってしまいたい恐怖の方が強い。下りながら、以前水呑峠の代わりに越えた藤阪峠を思い出した。あちらもやはり早く下ってしまいたい細道だった。ただ、藤阪峠は標高520m弱。高所恐怖はこちらの方が大きいと思う。
 標高差700mのボリュームを覚悟しつつ、怖いのであまりあちこち横見しないようにして下る。途中から下り斜度が更に増した。もう気持ちの余裕が無い。あっという間に標高が下がるのが救いだった。

 谷底に降りて折り返し、やっと標高160m。そこから大河内川の谷間がまた長かった。密森に細道がくねくねで、なかなか地図上での位置が進まない。とはいえ、森の中の細道は涼しく静かでとても楽しい。
 谷間が拡がって畑や民家が現れ、やっと里っぽくなったところで正面に大型車が通る道が見えた。国道42だった。13:50、上里着。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-4

 想定ペースに乗っているものの、下りの見込みはやや甘く、相賀通過14時は越えそうだ。GPSトラックには、矢口浦・引本と相賀まで海岸を経由するコースが、上方修正オプションのつもりで入っている。2006年に訪れた、内海と漁村の風景が素晴らしかった道だ。しかし今日はこのオプションは割愛し、先へ脚を進めることにする。
 この辺の国道42は、熊野市で見かける渋滞の印象ほど車は多くなく、しばし車が途切れることもある程度の交通量だ。しかし、ここまで辿ってきた県道603の静かで危険な細道とは、やはり路上空間が根本的に違う。上里や中里で旧道へ逃避したり、やっと登場した自販機に立ち寄ったりし、何とか脚を進める。
 相賀ではファミマで小休止。そろそろ腹が減ってきているし、県道760の分岐も近づいている。県道760から先、もう宿まで55km自販機は無い。そして、宿に電話しておく。転落事故が多い国道425を通るなら、国道425に入る前に電話するように言われているのだ。

 14:20、相賀発。希望想定14時からは少し遅れてしまったものの、タイミリミット15時からはまだまだ余裕がある。焦らず急ぎすぎず心穏やかに楽しく、粛々と脚を進めよう。
 県道760は、相賀から国道425のクチスボダムまでをショートカットする道であり、3月から続いていた工事通行止めが今日の午前中に解除されているはずだ。今日の終着下北山村上北原へ向かう国道425は、尾鷲が支店となっている。県道760が通れなければ、私は相賀から国道42で一旦尾鷲に出て、国道425を起点から登り始めなければならない。やや遠回りのみならず、尾鷲トンネルまで100m強、展望に乏しく交通量の多い道を我慢して登る必要がある。また、この100mは、海岸沿いの尾鷲まで下ることでほぼ丸ごと無駄になってしまう。そして尾鷲からの国道425それ自体は2009年に一度訪れていて、あまり再訪したいとは思っていない。
 県道760経由だと、静かな未済経路を通りつつ、尾鷲経由のデメリットが全て解消される。そういう道が、私が訪れる今日の午前中に通行止め解除となって、待ってくれているのだ。やはりこれもツーリングの神様のお誕生プレゼントとしか思えない。

 相賀の分岐から銚子川の谷間に曲がった途端、いきなり交通量が皆無になる。国道42とは全く別の世界なのが何だか可笑しく楽しい。銚子川の対岸、尾鷲トンネルへ向けて山肌を登ってゆく国道42を眺めることもでき、尚更こちらの長閑さが際立つ。
 「種蒔き権兵衛の里」などという看板も見られた。「♪ごんべが種蒔きゃ、カラスがほじくる」の歌の起源らしい。そういやあ前回国道42のこの辺を通った2005年にも眺めているな、あれはまさに水呑峠を撤退した時だったっけ、などと思い出す。

 谷間は地形図どおりすぐに狭くなり、谷間の奥、木津の橋で終了。銚子川から支流の又口川となった渓谷の登りが始まった。
 登り斜度は10%ぐらい。今日はもう水呑峠でそれぐらいの登りに対しては免疫があるような気になっている。斜度よりも目を引かれたのが、屈曲する狭い渓谷が溢れそうな程ごろごろ転がる巨大な岩だ。どういうわけか巨大な岩はどれも不自然なほど角や面が滑らかで、中には平滑とも言えるような大きな面を持つものもみられた。狭い渓谷の川の透明度は凄く、カワトンボが飛び交うのが楽しい。1箇所、いかにも崩落土砂を撤去したばかりのような急斜面があり、これが問題の箇所かと思った。今日開通したばかりということを知っていると、何か谷間全体に対して厳しい雰囲気を感じてしまう。
 県道760区間の終盤では、境界線を引いたように突如谷間と川原が拡がり、巨大だった岩も皆無となってごく普通の石の川原に変わった。行く手の小山には、下ってきた国道425が見え始めた。前回2009年八幡トンネル側から下って来たときは、クチスボダムの尾鷲側に軽く登り返しがあったな、などと思い出した。
 国道425との合流点には、通行止めのA型バリケードが置かれていた。脇が通行し放題のAバリだし、歩行なら工事の都合をみて注意して通行して欲しい旨を、事前確認済みである。
 15:00、クチスボダム着。行程は再び希望想定ペースに乗っていた。県道760のショートカットのお陰だ。標高146m、八幡トンネルは標高540m。あと400m登ればいい。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-5


 小さな貯水池はすぐ川原に変わり、そのまま又口川は更に谷間を淡々と遡り続けた。切り立った狭い谷間にしては、平たい川原が延々と続くのは前回の記憶通り。というより、9年振りの記憶を現地に来て思い出すことが多い。今日は尾鷲から山を越えて又口川に合流する国道425じゃなくて、又口川の谷間を県道760で遡ってきたので、山中に不自然な平たい川原が又口川の谷間独特の表情だということがよくわかる。
 谷間が狭くなって周囲がやや密な森の中に替わり、国道425は次第に斜度を上げ始めた。森からはあまり景色が開けることは無い。又口に9年前に見かけた民家は、記憶より大分寂れた佇まいだった。何だか一方的な片思いが肩すかしされたような気分の行き場は無い。
 更に山腹の森をとぼとぼてれてれ、あきれるほど登りが遅い。でも出発から80km以上、残りの登り量も距離も次第に少なくなっている。もう焦る気は全くしない。静かな新緑の森の、楽しい登りである。
 時々、上から工事資材を満載した車が下ってきた。通行止め区間の工事車両が、連休に工事現場を閉め、資材共々一旦引き上げるのだろう。ならば工事場所で工事車両は動いていない可能性が高い。自転車なら全く問題無く通行できるかもしれない。

 峠の少し手前で、周囲の展望が開け始めた。前回眺めた風景、というより写真で何度も眺めている山々を眺めてみる。写真では夕方の赤い光に染まっていた山々は、今日は雲の下でやや重い色だ。しかし天気予報通り雨が降る気配は無いし、これで今日のまとまった登りはほとんど終了なのだ。このまま脚を進め、一気にトンネルを抜け、下ってしまえ。
 16:15、八幡トンネル着。ここまで通行止めの原因らしい箇所は全く無かったが、トンネル入口にやっとその工事現場があった。その実態は、トンネル入口のすぐ手前で、大きな岩や土砂が道幅の90%位にうず高く崩落している、というものだった。これを撤去するまで、車の通行は明らかに無理だということが一目でわかる。オートバイもなかなか厳しい。まさに歩いてなんとか通過できる、という位のものである。自転車の私は、2〜30m担いでそっと通過させていただく。

 トンネルの尾鷲側が空中に開けた山の斜面だったのとは対照的に、上北山村側は岩が切り立つ渓谷の底である。広葉樹の新緑が瑞々しく生い茂るのはさることながら、道の山側の岩肌や、川原にごろごろ転がる岩がごつごつ荒々しい。谷間のやや厳しい表情は、国道309の川迫渓谷にちょっとだけ似ているような気がする。あちらは浮世離れした印象が勝ち、こちらは厳しさの印象が強い。2009年の訪問時は余程泡を食っていたのか、こういう渓谷を眺めた記憶があまり無い。或いは川迫渓谷の印象があまりにも強く、訪問の記憶として心に残ったのかもしれない。今改めて、やや頼りない人工物が自然に無駄な抵抗をしているような、何というかハードボイルドでスパルタンな道の表情が、国道425独特のものなのかもしれないと気付き始めていた。

 坂本貯水池に下ってしまう前に、地形図にナゴセと片仮名で名前が書かれている集落がある。集落というより、今となっては空き家が集まっている場所という方が正しい。2009年に少しは生活感のようなものを見つけることができたような気がする。
 ナゴセから先、下り斜度が落ちついて川面が谷間一杯に拡がった。坂本貯水池が始まったのだった。坂本貯水池湖岸でも道幅は相変わらず細く、上流川からダムまでほぼ平坦だ。道は上流部の対岸が近い場所では切り立って入り組む岩場に貼り付き、湖面も行く手もよく見渡せる。湖の幅が拡がり始めると道は木立の中に続く。木が茂っているため、湖面はちらちら見える程度になる。時々釣り人のものらしき車が道端に停まっていた。車に人気は無いものの、クチスボダムからここまで一般車がほぼ皆無だったため、何だか懐かしいような嬉しい気分になる。
 不動橋、出会橋と、ここが国道425だとわかっていてもか細く感じる橋で湖面を渡った後、坂本ダムまで意外にすぐ到着。前回2009年訪問時の、池原貯水池+坂本貯水池区間の長い長いという印象があったため、意外に短く感じているのかもしれない。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

2018/4/27(金)紀伊半島Tour18#1三瀬谷→上池原-6


 坂本ダムと池原貯水池は完全に連続していてて、国道425の湖岸区間は合計20kmにもなる。池原貯水池の外周道路も坂本貯水池と同じく木立の中だが、木立の茂みが深く、湖の展望が見えそうで見えないぐらいに遮られることが増えた。
 坂本ダムから下流の池原ダムへ少し下った後、早くも道が登り返し始めた。池原ダムの外周区間にはけっこうアップダウンがあることをやっと思い出した。アップダウンは最大40mぐらい。岬越えのよくあるパターンのものが多く、次から次へ途切れることが無い。池原貯水池湖岸だけで標高差100mは軽くありそうだ。そういえば前回、果てしないアップダウンにうんざりしたんだった。

 相変わらず道幅は狭くカーブは厳しい。カーブミラーはあっても、路面が少し荒れていたり岩が散らばっていて、下りでも20km/h台前半ぐらいしか出していない。
 対岸に切り立つ山が木立の向こうにちらちら見える。所々岩肌が露わで、そうでないところは新緑色とりどりの広葉樹林が密に茂っている。貯水池全体として果てしなく山深く、これはこれで国道425の際だって個性ある区間だと思う。
 しかしカーブと等高線と周囲の風景により、少しづつ池原ダムまで次第に近づいていることはわかっていた。湖岸区間終盤では、1日楽しんでそろそろ帰り始める観光客のものらしきワゴン車が急に増えた。
 正面に池原ダムの構造体が現れれ、最後の坂を下ったことがわかった。17:40、池原ダム着。ダムサイトから堤体へ続く細道がそのまま国道425指定の道となっていて、一度対岸に進んだ道が更にその先で別の堤体上を渡っているのが見渡せる。堤体を挟んだ貯水池の反対側は100mの高低差で落ち込んでいて、うねる谷間に北山川がジオラマのように見下ろせる。
 2009年に見た風景、いや、空間感覚を思い出した。三瀬谷から120km。オプションコースは省略したものの、急がず焦らず淡々と、しかも楽しみつつ、希望予定通りに池原ダムまで着くことができたのを実感できた。

 二つ目のダム堤体を渡る手前で、細道が分岐して道端の森へ下ってゆくのに気が付いた。というよりこの道、地形図では破線で描かれている。この後宿に着くには、ダム堤体から対岸に渡って国道169に合流し、谷底へ100m以上一気に下り、再び対岸から北山川をこちら岸に渡ることになる。その行程を、手前の山の中だけでショートカットする道なのだ。
 道の存在は当然のように意識していた。破線だったのでダートか山道なのではないかと思っていた道が、今もの前では普通の白抜き細道ぐらいの舗装道路であり、ひょっとしてこのまま下まで舗装なのではないかとも思われる。
 とりあえず、と思って行ってみると、結局下まで全く問題のない舗装道路が続いた。最後の嬉しいショートカットだった。

 北山ダムの下、ぐるっと回り込む谷底に、運動場や温浴・宿泊施設を備えた「下北山きなりの郷」がある。裏手から敷地に降りて宿泊施設棟を探していると、「下北山きなりの郷」という看板を発見。この施設自体、2002年の初紀伊半島で見かけていることをようやく思い出した。何事も再訪しないと思い出せない。
 荷物を降ろして宿の手続きを終えて18:00。最後はぴったり、こうだといいなという目論見通りだった。何か無理をした訳じゃない。写真だって撮る場所で撮っている。9年振りの国道425も心に残る良い道だったし、コース全体を比較的かっちり決めてきた今回の5日間に自信が持てるようになった、幸先のいい1日だった。

 団体のお客さんが別室で宴会中のため、夕食は通常の食堂で私一人。オプション無しの通常メニューだったが、充分に充実していてとても美味しい。HPで見かけた温浴施設併設レストランのピザの写真がとても美味しそうで、夕食後に絶対食べに行こうと思っていたが、全く必要無くお腹いっぱい大満足なのだった。

■■■2018/5/20
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-1


上池原→寺垣内→白谷トンネル→滝→十津川→牛廻越→湯ノ又
ルートラボ>https://yahoo.jp/ax354Y 97km

 4時。もう辺りは薄明るいが、どうせ朝食は7時だし、夏の北海道と違って荷物も少ない。5時半まで2度寝できる幸せ、ああ、休暇中なんだと実感。
 5時半にはもう完全に夜が明けていた。カーテンを開けて引き戸を開けると、谷間は切り立った山に囲まれていて、その山肌はまだ薄暗い影の中。見上げる空は真っ青で、朝の光が迸るように明るい。予報通り、今日は日中下界が暑くなるのだろう。

 朝食前に荷造りを全部終え、フロントバッグだけ手元に残して自転車にくくりつけてしまう。時間があるので日焼け止めもべたべたに塗りたくっておく。べたべたに塗りたくるのは、3年前に亡くなったとある友人の影響だ。自分は今日も元気にツーリングできる、と周りの山の緑を眺めて思う。
 7時から食堂で朝食。昨夜の夕食同様充実していて大変美味しい。昨夜は別室で宴会だった大団体さんと、今朝は食堂で一緒の朝食だ。部屋毎にやって来るのか、眠そうに何人かづつまとまって、言葉少なに朝食を食べ始めている。グループツーリングの時の自分たちもそんな感じだと思う。
 今日は大まかに言えば2つの峠越えで、終着は和歌山県田辺市龍神村だ。まずは昨日に引き続き国道425。最初のハイライト白谷トンネル越えは、標高差600mの登りにかなり長く続く山腹空中区間、そして全体的に交通量極小。ツーリング天国の細道だ。過去には2005年、2007年の2回訪問している。3度目の再訪が、崩落通行止めや雨天運休でずっと延期になっていた。今回は天気最高、行程は朝一の余裕たっぷりで、満を持した11年振りの訪問となる。

 7:45、「下北山きなりの郷」発。上池原の谷間には日差しが当たり始めて、辺りがすっかり明るくなっていた。
 谷間が狭くて大きく曲がりくねっていて、道の向きも頻繁に変わるため、国道168を経由して再び国道425へ向かうまでGPSトラック頼りだ。途中今回の行程全体でも珍しいコンビニとなるヤマザキデイリーストア「カーブの店」へ。同チェーンにありがちな萬屋とコンビニの合いの子みたいな雰囲気のお店で、「きなりの郷」予約時に聞いていた通り、ここなら朝っぱらから食料を仕入れることができると思った。今日のところは軽くチョコを購入しておく。朝食をたっぷり食べた後だし、昨朝地元ファミマで仕入れたバームクーヘンも4つ丸ごと残っている。お昼前には白谷トンネル越え区間を下りきり、確か食堂があったような気がする十津川温泉に着けるだろうし。

 8:00、上池原発。
 標識に従い国道168から国道425へ曲がると、いきなり道は集落の生活道に替わった。民家の軒が続く静かな細道が日なたで明るく、今朝もツーリングが始まったという実感が嬉しい。
 集落外れから、道は早くも180mの登りへ。もちろん地図でも過去の訪問でもそんなことはわかりきっている。10%位の坂がしばらく続く筈で、以前何度か下った時にこんな坂絶対登りたくないと思っていたこと、途中谷間を見下ろす眺めに脚が止まったことは覚えている。
 杉主体の森につづら折れの折り返しが3回、途中やはり上池原の谷間を眺め降ろす場所があった。青空の下、明るい谷間に集落の営みが感じられた。

 折り返しなどで日なたは日差しが厳しいものの、最上段はほぼ木立の中。まだ空気は暖められていなくて、ひんやり涼しく快適だ。この後すぐ寺垣内まで下ってしまうので、朝一の幟無駄遣いではある。しかし、上池原から国道168を5km走らせられるのに比べたら、こっちの方が随分楽しいことには間違い無い。
紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-2


 杉の森の向こう側は池峰の集落。ピーク部分は何故かゴルフ場のアプローチとクラブハウスに占拠されていた。
 西ノ川の谷底を5km強、標高差100m強。池峰の集落から寺垣内の上手までは集中的に、しばし結構な斜度で杉の森に下りが続いた。2007年の訪問では寺垣内から逆方向、登りでこの道を通っている。ややしんどかった記憶があり、この坂なら登りはしんどいだろうと納得させられた。
 寺垣内は下北山村の中心部。村役場は国道169沿いではなく、この寺垣内にある。学校もあって、山の暮らしが明るく朝日に照らされていて、ところどころで朝餉の煙が上っている。青い山影、日なたの透けるような輝くような明るい新緑とともに、山間のごく普通の風景こそがツーリングを実感させてくれる。
 景色を眺めて下りに身を任せているうち、以前泊まった「松葉館」は通り過ぎてしまったようだった。9:05、寺垣内の分岐から国道425方面へ。まずは奥地川の谷から白谷トンネル越えだ。峠の名前が付いていないだけで、標高差550m弱の堂々たる峠越えである。

 道幅が急に狭く、カーブが急になり、辺りは広葉樹林が路上に梢を伸ばす明るい木漏れ日の密林となった。鮮やかなピンクのツツジ、木々に巻き付いた藤も、新緑ととも道を彩っている。広葉樹林は時々杉の森に替わった。杉は当然のように植林っぽい。しかし他の場所で見かける杉に比べ、何故か梢の下の空間に鬱蒼とした密林の風格が感じられる。でも、それは細道ならではの気分かもしれない。
 ほぼ平坦に近い渓谷に、そういう深い森がしばらく続いた。凄い透明度の渓谷を森の隙間から時々眺めつつ、木漏れ日と瀬音とひんやりした森の空気に包まれていると、緑に染まりそうな気分になってくる。緑に染まりそうという感覚を、今回のツーリングではよく感じる。紀伊半島訪問毎度の気持ちである。やはりこの緑は格別なのだ。

 狭かった渓谷が更に狭くなり、渓谷が道に寄り添い始めた。ルートラボの高低差断面を思い出してそろそろかと思っていると、おもむろに坂区間が始まった。斜度は初っぱなからもう10%以上。細かい緩急はあり、急な場所では15%ぐらいはある。緩い場所でも10%は下らないんじゃないかと思われる。もう白谷トンネルまで600m弱ぐらい、殆ど斜度は変わらないはずだ。
 渓谷沿いの森の中からは、前方に高い山が立ちはだかるのが見えた。確か上の方に…と思って探すと、法面吹付コンクリートが以前の記憶通りに見えた。あれが行く手の道のはずだということを知識で知ってはいるが、その見上げ角度は標高差500mとは思えない。あれ本当に行く手の道なのかと思うのも、知ってはいる。
 道は谷底からくるっと回り込んで折り返し、山腹を離陸開始。相変わらず斜度が厳しいだけあり、すぐに面白いように高度が上がる。しかしそれは進んだ距離にしては高度が上がっているというだけの話で、位置は一向に進まない。
 切り立つ岩場に貼り付く容赦無い登り、岩場の切り立ち度、小橋で渡ってゆく沢、緑の美しさなどなど、風景の要素が南アルプスを望む丸山林道に酷似していることに気が付いた。入り組んだ山肌をショートカットする短く小さなトンネルも、何だかそれっぽい。無いものは残雪の南アルプスぐらいか。
 峠下の80mぐらいまで斜度は殆ど緩むことなく、道は山肌をどんどん登ってゆく。最後のつづら折れで尾根を折り返すと、谷間を見渡す展望が開けた。そうだ、向こうから来た2007年は、白谷トンネルから少し下ったところで展望が開けたんだっけ。ガードレールの中から谷底を見下ろしてみると、かなり見下ろし角度が急なのに、真下の谷底が見えないほどの急斜面だ。何か落としそうで少し怖い。道端の法面補強には見覚えがある。まさにさっき、下から見上げた法面補強なのだった。
紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-3


 10:20、白谷トンネル着。標高870m。
 空に開けた山肌の岩場にトンネルが穿たれていて、その手前に稜線から急降下する沢がある。沢と行っても水は涸れていて、大小無数の岩が転がって積もっているだけなのだが、それが何とも厳しく荒々しく、いかにもこの国道425のハイライト地点らしい。こういうところも山梨辺りの林道、それも2000m級の林道と表情がほぼ同じ所である。しかしこちらは国道なのが凄い。
 見下ろす谷間は、かなりの急斜度で谷底へ落ち込んでゆく鋭角的な空間だ。鋭角的というより、何重にも続く両側の斜面に隠れて、落ち込む谷底が見えない。ひたすら斜面を埋め尽くした山肌を駆け上がる濃淡の木々が、視界を埋め尽くしている。岩場も緑も荒々しい表情の場所だ。過去の訪問では先を急ぐばかりで、あまりこういう雰囲気を味わうことはできていなかった。一転して平和に拡がる青空が見上げ、こういう天気の良い日に再訪できて良かったと、つくづく思う。

 ライトを点けて943m。狭くひんやりしたトンネルを抜けると、向こう側は狭い谷の中。やはり細かい岩が散らばる路面の細道を気を付けて下り始める。
 山腹を下って一度谷底まで降りてから、向こう側でまた100m程登り返す。こういうことはわかっていれば粛々と進むだけだ。やや近くに見上げる涅槃岳の整った形はが新緑に彩られ、濃い色の青空をバックに存在感がある。
 涅槃岳登山道にもなっている白谷池郷林道の分岐が登り返しの谷底になっている。標高650m、あっという間に200m下ったことになる。谷池郷林道は標高1060m位まで登り返してから、今朝出発した上池原まで下る道だ。車両通行止めはいいとして、見える範囲では路面がやや不安定気味なので、あまり立ち入る気はしない。こちらは引き続き国道425の登り返しへ。
 再びギヤを目一杯落とし、まずは最初の10%基調約60m、ゆっくりゆっくりではあるが、岩場に続く静かな新緑の細道は楽しい。道の外側は細目の木々が茂っているものの、外側に谷間の対岸の山々がちらちら眺められる。谷底は全く伺えないし、そんなことは地形図でわかっている。

 順当に60m登った辺りから斜度が落ちつき、約3kmの水平区間が始まった。かなり切り立った急斜面の岩場中腹に道が貼り付いて、まず3kmで僅かに40m登り返し。その後6kmで段階的に260m程下ってゆくのだ。その先少しだけ登り返し、「21世紀の森森林植物公園」から先は白谷の名前が変わった芦廼瀬川の谷底まで一気に230m急降下、白谷トンネル越えと呼べそうな区間は一段落する。岩場としては細かく屈曲しつつも、比較的通りのいい谷間とその空間感覚、谷底からかなり高い位置に続く空中の細道、瑞々しく緑に染まる岩山。
 道は屈曲する岩肌に貼り付いてひたすらくねくね、先へ先へと続いてゆく。道の外側には木々が茂り気味で、外側の展望はちらちら見える程度。谷の奥で見上げた涅槃岳はもう見えなかったが、白谷対岸の山は切り立って高く聳え、岩肌が緑に埋もれていたり、或いは岩が現れていたりした。登り返しが終わった辺りからブナらしい巨木が増え始めた。大きな模様に彩られた太い幹には、人工物が必死に自然に抗うこの山奥の山の神様のように存在感が感じられた。
 沢を横断する谷の部分では、道の脇から斜面が落ち込んで茂みすら無い。カードレールが無く「転落危険」の看板が立つ道端から、落ち込んだ谷底を見下ろすのが怖ろしい。路面には崩落岩石のかけらが多く、滑って転んで道の脇から転落しようものなら助かると思えない。結局数台だけだったものの、忘れた頃に車もやってきた。16〜18km/hぐらい、平坦な道としてはかなりゆっくりなペースで進まざるを得ない。

 道端に「しゃくなげ園」の幟と、石楠花の木が現れ始め、21世紀の森森林植物公園まで道が少し登り返した後、いよいよ下り始めた。明日向かう予定の上葛原トンネルへの分岐を過ぎ、更に斜度は急になり、山肌から向きを変えて切り立つ山肌を一気に緑溢れる谷底へ。下り途中ぐらいからハルゼミが鳴き始めた。もう少し季節が下ると、きっと谷中でハルゼミの大合唱が聞けるのだろう。
 下りきった小川で白谷の名前が変わった芦廼瀬川を渡り、まだ6km谷底に下りが続く。道幅は相変わらず細く、カーブが続き、路面には細かい石が途絶えることが無い。
紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-4


 のんびり下るうちに次第に木立の空間は拡がり、気が付くと次第に谷間も拡がり始めていた。気温も天気予報通りにかなり暑くなり、木陰や沢のひんやりした空気を感じることが無くなっていた。
 もう12時前。白谷トンネルに着いた時点では、もっと早く下ってこれるのではないかと思ったこともあった。事実、過去の訪問では強より遙かに短い時間でで通過できている。今日は登りではなく、白谷トンネルのこちら側でイメージより時間が掛かったような気もする。それなのに、山間の道が里に近づくにつれ、きらめく木漏れ日に渓谷の瀬音、ひんやりした木陰が遠ざかるようで、何だか寂しいような気もする。

 12:05、滝着。見覚えのある国道168へのトンネル手前の上空、コンクリート橋がずばーんと横切っていた。この道を訪れていなかった11年以上の間に開通していた、国道168のトンネル新道である。そしてこちらの国道425からそのコンクリート橋を、同じくコンクリート造のループ橋が結んでいる。ルートラボで見て随分強引な合流だなと思っていたが、これがその実態だ。
 当然旧道を通る予定だ。しかし国道168旧道の、これから向かう十津川方面に通行止めとの標識が立っていた。事前情報では見た記憶が無かったのに。
 一度はそのまま進んでみたものの、結局すぐ先でかなり凄まじい崩落により撤退。谷間全体が曲がりこんで先へ続き、旧道が川面近くを渓谷とともに下ってゆくのを眺め、おとなしく新道へ。十津川街道、久しぶりに通りたかったな。

 ループ橋を登り、粛々と今戸トンネルへ。さっきまでの国道425の緑と光と水の世界から打って変わった、コンクリートとアスファルトと照明の薄暗闇を1.85km。トンネルを抜けると次は橋梁、その先で旧十津川街道と合流し、やや落ちついた風情の折立市街から更に広い川幅の十津川の渓谷へ。
 しばし下って12:30、十津川温泉着。標高は160m、曲がりくねった渓谷は全部青緑色のダム湖になっている。小島が浮かぶような陸地を十津川街道が繋いでいて、そこに十津川温泉の小さな市街が集積している。記憶通りにバス発着所もあった。
 道端に飲食店かコンビニを探しつつ、そろそろ市街が一旦終わる辺りで、何か食べられそうな「ドライブイン長谷川」へ。ここまで来る間にラーメンの幟を見かけたが、脚を停めた決め手は店の名前だ。だってもしかして世田谷の長谷川支店だったら嬉しいではないか。ここはツーリングの聖地十津川街道なんだし。
 等と思いながら、ラーメンを注文。出てきたのは独特の優しく味わい豊かで素朴な塩ラーメンだった。チャーシューじゃなくてバラ肉(或いは猪かも)に、野菜は白菜が入っていたのも珍しい。
 食べながらこの後の行程を確認してみる。今日の宿は龍神温泉だ。行程としては、県道735の引牛越を経由するトラックがGPSに入っている。実は国道425も牛廻越という峠を経由して直接龍神温泉に向かっていて、むしろ県道735の引牛越より距離は近い。
 ただ、今日はここまで曲がりなりにも予定通りに事が運べている。天気もいい。この先も予定通り、やや大回りの引牛越経由で龍神温泉へ向かうのに全く問題無さそうだ。2005年の訪問では、引牛越経由で龍神温泉より大分南の龍神村安井まで3時間。蕨尾発の段階で15:50だったので、相当に泡を食った訪問だったのだ。今はもうそんな走りはできないし、今日はもう少しゆっくり落ちついた再訪にしたいという大義名分もある。
 13:00、蕨尾発。温浴施設「昴の湯」の看板が見える。昼食が食べられたかもしれない、等と思いながら、いや、ツーリングなんだからやっぱり長谷川だよ、などと思ったりするうちに、すぐに上湯川の谷間とこれから向かう県道735が国道425から分岐。国道425よ、しばしの別れだ。

 県道735が遡る上湯川の渓谷は、川原の縁からすぐに高く切り立つ山に挟まれている。深い谷間の川幅は広く、谷間は比較的見通が良い程度の屈曲なので、薄暗いという雰囲気ではない。谷間を挟む山肌はボリュームたっぷり、何か下界から隔絶されたような清らかさが漂う稜線まで良く見渡せる。時々思い出したようにごく小さな集落か民家が現れては山中へ消えてゆく。全体的に、道の斜度の割には初っぱなから山深い表情が印象的だ。
紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-5


 谷底に貼り付いた道は、その幅が再びというか順当にというか狭くなると、川面近くから高度を上げ始めた。渓谷が道から50m位の深さになり、周囲の山々の眺めががらっと変わる。標高220m辺りまで登ると斜度が一旦落ち着き、渓谷を遡りつつ細かくアップダウンを重ねながら標高400m弱ぐらいまで次第に高度を上げてゆく区間に移行。その後約10km、下出谷、殿井、小壁と、小集落というより民家がまばらに現れる地域が続く。

 細道は、広葉樹林や杉の森、渓谷の断崖に、時々その長さが不思議になるほど延々と続いてゆく。道の周囲は森と渓谷ばかり。登っている気はするが、実はあまり標高は上がっていない。時々民家が出現して、自分のいる場所を地図で探し、「まだここなのか」と驚いたりする。もともとペース自体が遅いのに加え、風景がなんとなく変わらないので、ますます進んでいない感が増幅されているのだ。またペースが遅いのは登り斜度のせいより、急カーブが続くために転ばないよう自然と自主規制していることも大きいかもしれない。地元軽自動車が時々通るので、尚更あまり調子に乗って真ん中を進む訳にいかない。
 ただ、午後の日差しでまぶしい木漏れ日、杉の森の涼しさは厭きることが無い。空腹なのにおにぎりを食べるのも憚られるほど泡を食った2006年とは違い、たっぷり時間を取っている今日、落ちついてこの道を辿れている。時間に追われてとても不安だった前回、午後の薄曇りだったせいもあって、良い道だと思いながらこの道を楽しめていなかったことを反省した。
 また、自販機は国道425が蕨生で国道168と分岐してから全く登場していないものの、岩場の所々には湧き水がみられ、中には塩ビ管で配管されているものもあった。今回はこれらの湧き水は飲まなかったものの、地図で見て上に集落が無い場所がほとんどだったことから、この道で水に困ることは無いと思われた。

 大桧曽を過ぎて標高400m辺りから、杉の森の中で急に斜度が上がった。細道の登りは、くねくねカーブの内側で前輪が浮く。多分軽く10%以上を越えそうだ。記憶通り、スパルタンな登りである。
 寺垣内の小さい集落もお構いなしに、その先もぐいぐいと登りが続いた。ただ、牛廻山登山道の分岐がある古谷川を過ぎると、斜度が少し緩くなった。大分高度が上がったためか、道はいつの間にか谷沿いから離陸していて、杉の森の間に周囲の山がちらちら見え始めていた。この長い道も引牛越まで最終段階だ。気分的にだいぶ楽になった。そうなっても、山肌の細かい屈曲は引牛越の手前まで続いていた。その尾根部分では、行く手の落ち込んだ稜線に道がくるっと回り込んでいるのが見え始めた。前回1度越えているからわかる、引牛越である。訪問前はこういうことは全く忘れているのだが。
 何度も次が引牛越かもしれないと思った末に、15:20、引牛越着。標高770m。
 記憶以上に狭い岩壁掘り割りの、補強法面の間をくるっと回り込むように通り抜ける峠だ。引牛越の名前が付けられてから長い間、この掘り割り部分は無かったに違いない。それでも鉈の刃のようにエッジの効いた稜線が、峠部分だけ落ち込んでいたのだろうと思われる。そこだけなら、何かまるで渓谷谷底の岩場のようでもある。○○峠などと名前が付いていないのも、国道425の牛廻越と同じように牛の一文字が付けられているのも、何か歴史的な厚みというか、全体的に不思議な存在感が漂う峠道だ。ただ、場所としては道幅だけなので、道端の岩に自転車を停める以外にやることはない。

 峠の龍神村側を下り始めると、意外にすぐ丹生川の渓谷に降りてしまう。裏を返せば、高い場所まで谷底が高度を上げているということだろう。相細い道幅、荒れ気味の路面は相変わらずなので、こちらもあまり調子に乗らず、速度を抑え気味にそろそろ下ってゆく。というより今までゆっくりのんびりなので、下りもあまり急がなずのんびり下りたくなっているのだ。
 ほぼ空き家数軒だけが残る河俣を通過した後で、おもむろに和歌山県田辺市の看板が登場。そうそう、引牛越は峠が県境ではなく、ここまで奈良県吉野郡十津川村なのだった。改めて十津川村がここまで続くという、凄まじいまでの十津川村の広さに驚かされる。でも、東西だけじゃなくて、南北にも十津川村は大きいのだ、確か。さすが日本一の面積の村である。そういえば和歌山県南部も、何処へ行っても田辺市と新宮市ばかりになった。今は田辺市のここは、以前は龍神村だったな。

紀伊半島Tour18#2 2018/4/28(土)上池原→湯ノ又-6


 丹生川沿いには緩い下りだけが淡々と続き、あまりアップダウンは無い。自転車が脚を進めるのに、こういう断面形状の道は大変効率が良い。道幅、路面、細かいカーブに岩肌に森、極小の交通量。道そのものは終始ここまでと全く変わらない。
 午後になっても相変わらず空は晴れまくっていたが、15時を過ぎるとさすがに谷間が翳り、ひんやりした心地よさを感じられるようになってきた。下りに身を任せている分、ひたすら風と緑の湿気、そして壬生川の瀬音にカジカや鳥の声が感じられる。十津川側より谷間の深さ自体は浅いのだが、加庄口、友、東平、加財、峰、森と森の狭間に小集落の間隔がやや短い。全体として谷間の営みが感じられ、それが景色の変化となり、時間の経過をより早く感じさせてくれていた。

 16:05、三ツ又沢出合着。何だか雰囲気たっぷりの細い橋が現れた。その向こうで、こちらよりやや幅の広い道が分岐している。ここは龍神温泉への、鋭角三角形の短辺のようなショートカット道の分岐だ。実はその手前から「龍神温泉」の標識が出ていたので、通過してしまいそうな分岐を見落とさずに済んだ。
 ショートカットのこちらは龍神温泉まで12km、登りは標高差200m程度で三ツ又林道は未済経路だ。このまま県道735を終点の龍神村西まで下ると、距離は20km以上、国道371の拡幅済み新道をまた100m以上登り返す必要があり、更に全部既済経路である。全く問題無く、ショートカットの三ツ又林道へ向かうことにした。

 三ツ又沢はかなり狭い谷間だ。まるっきり森の中だったり、岩が切り立って渓谷らしかったり、景色はそこそこ変化があるものの、屈曲して狭い谷間空間はやや閉鎖的な印象が勝つ。斜度は標高差200m未満ぐらいの途中まで淡々、後半の古溝手前から緩くなる。最後までずっとこれだといいのにと思っていると、古溝から三ツ又トンネルまでのラスト30mは10%を軽く超える、この時間にややしんどい劇坂だった。まあ、こんな坂今日は珍しくもないし、地図で何となく覚悟はしていた。
 三ツ又トンネルからの下りでは谷間の風景に迫力があり、下るとともに山深くなるような気すらした。少しどきどきしつつ、しかしやはり順当に地図で読めた距離感覚位の場所で、唐突に五百瀬の集落が登場。渓谷を越える国道371の橋も見えた。もう宿まであと数kmも無い。

 時間があるので、曲がりくねった渓谷を湯ノ又トンネルの新道で通過してゆく国道371を少し離れ、大きく曲がりくねる日高川沿の旧道へ脚を向けてみた。
 旧道は渓谷沿いへ進んでゆく。舗装面にやや草生す箇所が見られるものの、そんなことは今日通ってきたような細道と全く同じ、今更何の問題でもない。曲がりくねる谷間の先っぽで集落が登場、渓谷の細道は集落の生活道へと表情を変えた。小学校の脇から小橋、萬屋、民家の軒先へ。こんな細道で人の営みに出会えるのが嬉しくて、宿到着間近なのについ自販機休憩をする。鮎友釣りの看板が掛かった萬屋の軒下では、おばさんがおじさんを散髪していた。もう風景全体が赤くなり始めている。夕方こんな状況で宿まであと60kmだとつらいのだが、今日はもうあと2kmぐらいのはず。

 湯ノ又で国道371から分岐、岩の切り通しに面した狭い旧道へ。16:55、湯ノ又「民宿龍神」着。
 宿の存在自体は2002年の計画時点で知っていたし、国道371の新道を何度か通る度、日高川の対岸に写真通りの佇まいを確認していた。旧道沿いの宿に自転車を停めて荷物を降ろしていると、元気そうな少年、続いてそのお姉さんっぽい少女が飛び出てきた。二人とも日焼けで真っ黒な顔に目がくりくりきらきら、大変元気そうだ。野球のユニフォームを着ていて、「お客さんですか」「自転車なんですか」と話しかけてくれるのが嬉しい。
 民宿龍神は日高川の岸、崖地の斜面に建っている。1階は龍神街道旧道、階段で降りた地下1階は客間、地下2階はお風呂になっていて、国道371の鉄骨橋を渓谷とともに見上げる高さにある。特に客間とお風呂からは日高川の川原がとても近く、熊野川の瀬音と軽やかなカジカの声を間近に聞くことができる。
 まずは温泉へ。その後の夕食は大変盛りだくさん。猪鍋に鹿肉唐揚げ、他にも田辺のお刺身など、気さくな女将さんが説明してくれた。お米がまた美味しいものの、若い頃のように4杯も5杯も食べられないのが心苦しい。
 部屋に戻ってもまだ明るい。日高川では、カジカが夜中まで軽やかに鳴いていた。春のいい宵だ。何ともステキな宿である。でもすぐ寝てしまった。

■■■2018/5/28
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

 14年前、2004年は台風の当たり年でした。さらに、梅雨前線等の豪雨、新潟県中越地震もあり、年末に発表された「今年の漢字」は「災」でした。北近畿では台風23号による大被害が全国に伝えられました(水没したバスの上で一夜を明かす人々のニュースなど)。その23号かそれ以外か、とにかく台風の波状攻撃を畳み掛けられるなかで、国道482号線の兵庫・鳥取県境区間(正確には国道に昇格予定の町道)が通行止になったまま。時を同じくして通行止になった水呑峠が開通したのならば、国道482号線も再び通れる日が来るのでしょうか。
 他にも、井川雨畑林道、安倍峠山梨側、月夜沢峠開田村側なども復活の日が来るのでしょうか(復旧工事が行われているのでしょうか)。三国峠埼玉県側(旧中津川林道)は、まだ通行止になってから2年足らずと日が浅いので、復旧工事が行われているとして不自然に長い工期ではありませんね。行われていると信じていますが。
 ku-riさんの活動エリア(?)の福島・新潟県境の六十里越もたびたび(冬季閉鎖以外の、つまり土砂崩れ等による)通行止めとなりますが、不死鳥のごとく復活していますね。前述の道たちも見習ってほしい物です。
 紀伊半島のツーレポのコメントとしてそれてますね。次はちゃんとコメントします。
 おはようございます。
 仰るように、ツーリング的名所だった全国のいい道に、2000年代中ば以降管理が不安定なものが目立つように思います。
・地球温暖化の影響とみられる天候不順
・維持管理予算削減?
・別ルート新道の開通
・そもそももともと造りすぎ
などいろいろ原因は考えられ、通行止めそれ自体も昔のように簡単に突破できないものが増えているように思われます。
 税金を投入された以上、道にはそれなりに公共物としての目的があることになっているのではないでしょうか。それ故代替ルートを確保した上で大義名分が無いと、廃道にもしにくく、苦労して通した道ほど理想的な安全ルートを通る道ばかりでもないでしょうし。常に通行可能を維持するのもお金次第なのでしょう。
 公共物の道だけではなく、後継者などの不足やその他福島阿武隈のように諸般の事情で、昔やっていた宿がもうやってないなど、旅先は経年変化により諸行無常です。そういう旅先を、かつて連れてきていただいた教えていただいた友人達(場合により故人)を思い出したり、走れる現地や自分の現状をありがたく思いながら訪れることが、近年の自分では多くなっています。細く長く続けてゆければ。

■■■2018/5/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-1


湯ノ又→牛廻越→蕨生→滝→上葛川→東野トンネル→オトノリ→竹筒→宮井→日足→小口
105km ルートラボ>https://yahoo.jp/6oIavM

 目覚めてももう少し布団の中でうとうとしてから、タイミリミットの5:30に布団から出ることにした。ちょっと肌寒いのだ。さすがは標高400mだけのことはある。
 でもちゃんと5時半前には起きて、フリースを着て昨日のメモやら今日の行程チェックやらを遂行してゆく。日高川の渓谷はまだ青い影の中だが、空は真っ青で朝日が一杯なのが、影の中からでもよくわかる。
 今日の予定コースは国道425牛廻越・上葛川から瀞峡の再訪、終着は新宮市熊野川町の小口「新宮市小口自然の家」だ。
 龍神側から牛廻越を越えるのは今日が初めてだ。逆方向からは2006年に訪れている。その時は十津川発13時。牛廻越を越えた後は、紀伊田辺の宿に向かう必要もあったため、急いでもあまり早く登れない私が精一杯急ぐという、まるで国鉄末期東海道山陽のEF62みたいに悲惨な詰め込み行程となってしまった。その結果、昨日の引牛越前回訪問時と同じく、山深いこの道の風景に感動はしたものの、具体的に記憶に残ったのはとにかく想定以上に時間が掛かるということだけだった。
 今日は一応午前中丸ごと牛廻越に費やせるような計画にして、満を持して牛廻越に向かいたい。まあ計画自体はかなり大雑把なのだが、天気予報は1日じゅう晴れ。何度も通行止めや現地での雨天に阻まれているこの道の再訪に、絶好のsチャンスだ。

 朝食は無理を言って7:00に準備していただいた。やはり色とりどりでボリュームたっぷり、植物主体健康系で美味しい。こういう食事をしっかり食べ、朝なるべく早く出発することが、ツーリングの1日には大変重要なのだ。お弁当のおにぎりについて女将さんから
「高菜入りご飯を高菜で巻いたおにぎりでもいいか」
とお申し出いただいた。美味しそうだし、地元の食べ方らしい。喜んでお願いするものの、1個だけにしていただく。朝食をしっかり食べたから多分お昼まで腹は保つだろう。万が一午前中に腹が減ってしまっておにぎりを食べても、昨日飲食店を見かけた十津川温泉の辺りを今日もお昼前後に通る予定なので、更に何か食べることができるだろう。それに、バームクーヘンだってまだ3つもあるのだ。あまり過剰に荷物を持ちすぎる必要は無いし、バームクーヘンをもうひとつぐらい食べてしまいたいところだ。そうすれば残り2日でバームクーヘンも残り2つになる。
 表に出ると、渓谷の山肌にはもう日差しが当たり始めていたものの、谷底はまだ影の中だった。空気がきりっと寒い。レッグウォーマーは要らなさそうだが、フリースを着込んでおく。7:50、湯ノ又「民宿龍神」発。良い宿だった。

 宿の隣がこれから向かう国道425が通る小又川を渡る橋で、橋を渡ったその袂から国道425へ。あまりにあっけなく、今日最初のメインイベント開始である。
 深くくねくね続く谷間の道は、最初は拡幅済み。1km強ぐらいで津越の民家の小さい塊とともに段階的に細くなり、最後の集落上瀬から森区間に入るとともに、幅も路面もすっかり国道425そのものになった。この段階で、湯ノ又を出てまだ2.5km。そしてもう牛廻越の向こうまで集落は無い。

紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-2


 装いをすっかり林道っぽく変え、国道425は小又川の谷底に続く。渓谷の谷間は狭く、山側に切り立った岩が続く。岩肌はごつごつ露出し、吹付補強箇所があまりみられない。路面はやや荒れ気味で細かく砕けた鋭い岩が多く、急カーブも頻繁だ。
 狭く深い渓谷の道である一方、路面と小又川は近い位置にある。広葉樹の梢が覆う木漏れ日の明るい道では、日なたの斑と、木々の間にきらきら輝く川面がまぶしく、時々現れる鬱蒼とした杉の森も程良いアクセントだ。登り斜度はかなり緩い。登るというより、そろそろとのんびり辿るのがとても楽しい道だ。渓谷の酷道というより「岸辺の細道」という言葉が自然と頭に浮かぶ居心地の良さが、同じ国道425でも一昨日昨日の道に比べて特徴的だ。と言ってもやはり道幅は狭く、しょっちゅう立っている「転落事故多発」の看板通り、この道に車でやって来るのは自殺行為なのだろう。狭い道幅で細かいカーブの出会い頭などはかなり難儀しそうだ。オートバイでもあまりパワーは出せないような気がする。そう考えると、この酷道を訪れるのに自転車は一番便利なのではないか。
 今日の私はタイヤを切らないように注意する必要もあるため、たとえ平坦に近い斜度であっても速度は10km台中ば前後。時間の経過に対して位置は全然進んでいない。でも、そういうことをとても楽しめている。
 こんなに素敵な道を焦って通った2006年の自分が、かわいそうになってきた。「緑に染まりそう」という言葉以外に具体的な風景を全く覚えていないのだ。緑に染まりそうという意味ではまったく相違無い。しかし、我ながらもっと感動することがあっただろうと思う。そう考えると、今日自分が遅いのは悪いことではないという気もする。ある意味、これがベテランツーリストの弁証法というものなのかもしれない。自分がこんなことを考えるようになるとは。

 道が坂をぐいぐい登り始めた。川縁だった国道425の外側は深い森に変わっていて、木々の間には何となく明るい光が伺えた。ちらちら見えるその距離感覚や断片の脳内合成により、それが谷間や周辺の山だということが想像でき、谷底から離陸を始めている状況は何となくわかった。
 地形図で見ると、道は山肌というより入り組んだ急斜面をトラバースで高度を上げている。300mを超えて一旦斜度が緩くなり、450mを超えるとまた斜度が上がった。ところどころでは斜度が一段落し、妙に平坦に近い区間がある。進んでも進んでも実際にはあまり登れていないじれったさは、1本南側を通っている引牛越とよく似ている。
 谷底区間の岸辺の道とは対照的に、木立はなかなか途切れることが無い。標高600m手前からやっと正面の木立の間に、稜線が落ち込んだ場所が見えてきた。確かあれが牛廻越だ。地形図上で峠の場所と周囲の地形を確認しておく。

 峠手前、最後の山肌一巡りで高度を更に上げる場所で、やっと峠部分が見えてきた。ひと登りの高度差と、逆光でシルエットになっている周囲の森を纏い、なかなか山深い風格が感じられる。さすがに「牛を峠の手前で帰した」かつての習わしがそのまま峠の名前となっているだけの使い込まれた道、いや、道とともにある山の雰囲気、ということなのかもしれない。いい峠だ。
 9:25、牛廻越着。鉈の刃みたいな岩を掘り割りでくるっと向こう側へ回り込む峠部分の形態、峠そのものがあまり他では見かけない狭さ、峠の場所そのものに取り付く島が全く無いこと、特徴的な多くの部分が引牛越とよく似ている。位置的にも牛廻り山を挟んで南北に位置し、名前も「牛」の文字が共通している。ペアで把握しておきたい、紀伊半島のツーリング的名所の一つだと思う。

 十津川側の下り始めは、道の外側の木が途絶えるほど山肌の岩場が切り立っている。道の外側が開けて谷底と一体の空間となり、ただでさえ自分がいる高度をひしひし感じるのに、そんな岩肌をきりもみ急降下してゆくのは荒れ気味路面の細道なのだ。気持ち的に絶えられず、峠から少し下った見晴らしの良い日なたで少し脚を停めてみる。
 肌に熱さが感じられるほど日差しが厳しい。木陰が涼しかった龍神村側の登りを思い出す。詳細を楽しめた今回の訪問でも、前回と同じ「森の道」という印象が強く残った。ど晴天の朝一番、最高の裏の返し方だったと思う。これは昨日から続く下北山の池神社の御利益かもしれず、池神社にはツーリングの神様がお出でだったのかもしれない。
 見下ろす谷間に改めて高所恐怖を感じたり、周りの山肌の新緑と青空に眺め入ったり。まだ9時40分。こんなところで出発から2時間半強もかかっているものの、この分なら11時の国道168蕨生合流は楽勝だろう。などとこの時は思っていた。
紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-3


 杉の森の中、岩場や山肌に貼り付いた道を200mほど一下りすると民家が登場。迫西川だ。この強烈な山間の空中集落は、さすがに印象深く記憶に残っている。
 学校跡の集会場に石垣、道幅に軒を寄せる農家、畑、庭先のツツジ等々、山中に突如拡がる生活感。「チロルのような」という形容がぴったりの営みに再び脚が停まる。この段階でもう10時前。牛廻越から国道168蕨生まで28kmなのに、30分でまだ4kmしか下っていない。さっき楽勝だと思った11時まで、あと1時間。これから引牛越・牛廻越の両方を合わせた中で一番くねくねしている区間なのだ。もしかしたら、国道168合流は12時近くになってしまうかもしれないと思い始めた。それぐらいおれにもわかるぞ。

 十津川側の谷間には小坪瀬・小山手・西中と小集落が断続する大字が続く。西川の谷底と追いかけっこしながら、国道425は少しづつ高度を下げてゆく。目立ったアップダウンなど無く緩い下り基調が続くため、脚をあまり動かさずに下り続けることはできる。しかし相変わらず道が細く、谷間がくねくねと曲がりくねっているため、下り経済運転可能とは言え、速度は速くても20km前半止まりでペースが全然上がらない。そんなこと今日までの国道425では当たり前なのだが、この十津川側区間はそれが特に際立っている。
 さっき想定した11時で、国道168までまだ7km手前の玉垣内を通過。集落、というより民家があまり絶えないのは、上瀬から牛廻越まで12km完全に無人の谷間が続いた龍神側、そして場所的には1本南側の昨日通った県道760に比べて大きな特徴だ。小集落と小集落の間には森が続くものの、全体として集落が連続しているようにも見え、もう国道168の近くまで下りてきてしまっているような気分になる。そんなことも時間が掛かるという気分の一因かもしれない。牛廻越、本当に手強いのは下りなんじゃあないかとも思わせられる。
 でも、実は12時まで掛かっても、今日の予定にはあまり影響は無いぐらい余裕はあるのだ。焦る必要は全く無い。

 西川の川原と谷間の空間全体がが拡がり始め、まもなく昨日看板を見かけて何か食べられる食堂があるのかもしれないと思っていた温浴施設「昴の湯」が登場。立ち寄ってみると、敷地内の建物外部レベルでは特にそういう文字はみられない。しかし自転車を停めて内部を伺うほど、まだ食料に不自由していない。民宿龍神の美味しそうなおにぎり、バームクーヘンだって食べずに残っている。ちょっと昨日の興味を確認してみたかっただけかもしれない。
 気を取り直して「昴の湯」の前の短いトンネルを抜けると、そこが昨日の県道760との合流点だった。すぐに11:25、蕨生でやっと国道168に合流。

 今日は十津川温泉のドライブイン長谷川は通過しておく。昨日のラーメンはとても美味しかったのだが、町中に見かけた「ラーメン」の幟が気になっていて、とにかくそちらに行ってみないことには気が収まらなかったのだ。幟など普段は珍しくも何ともない。しかし、実は大変な宣伝効果があるものなのだ、と思った。
 結局十津川温泉の短い町中区間では、昨日あったはずの場所で今日はラーメン屋の幟が見当たらなかったので、そのまま十津川温泉自体を何となく通過。食堂には立ち寄りそびれてしまった。まあいい、特に何か切実に食べたかったわけじゃない。やはり何か、行く手の道程に手がかりが欲しかっただけかもしれない。
 蕨生から昨日国道425で国道168と合流した滝まで、国道168と国道425は一応重複区間となっている。だからあえて「国道425を走っているのだ」と言い切っても全然間違いは無い。しかしやはり、「国道425を通る」と文字で考えるにあたって、168重複区間と純正425はやはり全く別の空間として捉えたい気にはなる。
 国道168は国道168で天下の十津川街道であり、関西の自転車ツーリングコースとして私だって聞いたことがあるぐらい伝統的に有名な道だ。2018年の現実としては、拡幅が進んだり山間で長大トンネル橋梁連続の新道区間に変わり、交通量も多くなっているかもしれない。しかし、神奈川山奥の道志街道が道志みちとなり、全く別のテイストの道に変わったほどの変化じゃない、と自分に言い聞かせつつ、山も水も緑色の大きな渓谷を遡ってゆく。

紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-4


 今戸トンネルの手前の町、折立までは何だかすぐ着けてしまったように感じられた。しかし、所要時間を見たら、実は昨日より5分多く掛かっている。昨日は下りで経済運転、今日はほとんど登らないから平坦と言っていいとはいえ、一応登り方向なので自ら脚を駆動する必要がある。そういう時間感覚の違いがあるのかもしれない。
 コンクリートにナトリウム灯が延々1.9km。映画で見かけるタイムトンネルのような今戸トンネルを抜け、再び昼の光の中へ。11:55、滝着。ループ橋から谷底へ降りて国道168のコンクリート橋をくぐり、放り出されるように芦廼瀬川の谷間まっただ中へ。
 ハルゼミの合唱、渓谷の瀬音、カジカの声、涼しい風。タイムトンネルを抜けて、ツーリングの時間が戻って来た。

 国道425は滝から1〜2kmは拡幅済みだったのが、意識しないうちに何となく段階的に細くなっていて、気が付くとハードボイルドな表情の道が始まるところだった。昨日通ったばかりなのに、道が細くなるまではあまり記憶に残っていないのだ、と気付かされた。
 十津川の手前からずっと広い道が続いたからか、新緑の静かな細道では意識していなかった身体の緊張がほぐれるのが自分でよくわかる。しかし、気を許しすぎて転倒や転落しないように気を付けねばならないのも相変わらず国道425ならではだ。
 広葉樹の木漏れ日と渓谷の川面が、木陰の中できらきらしている。瀬音と鳥の声が響き、日差しの暑さが消え、涼しい気温と湿気が身体に迫ってくる。こういう道を走りに旅に出たのだとつくづく思う。
 先を急ぐ気分が無くなり、この後の行程について具体的に考え始めていた。事前に考えていたGPSトラックは、この後上葛川トンネル・瀞峡・小森から国道311風伝峠とその周辺の細道へ、そして県道780・熊野川から小口へと組んである。このうち後半の国道311周辺に対し、何だかあまり魅力が無いような気がし始めていたのだ。というのは、やや大回りの割に既済経路が多く、丸山近くで拡がる棚田以外、知っている範囲では特に何か景色が良いような場所があるわけじゃない。要するに目新しさに欠けるような先入観があり、それは先入観かもしれないとわかっていても、あまり訪れたいと思っていないのだ。さすがは苦し紛れにくっつけた上方オプションである。
 一方、瀞峡の国道169から先、北山川河岸の竹筒までトンネル新道が開通しているのを、昨夜発見してしまっていた。2003年2015年と、私はここの旧道、300m以上単純に登って下るだけの蟻越峠を、「何でこんな無駄な登り返しがあるんだ」と罵りながら通っている。2015年には「いよいよここも新道か」などと感慨を抱きつつ、開通間近の橋梁を下から眺めたものだ。そしてこの区間は、私が訪問した4ヶ月後の2015年9月、新道として開通していた。水呑峠ほどじゃないがそれなりに因縁の道であり、そちらを通ってみたい、というより通らないと後悔するんじゃないか、と心を奪われていたのだ。かつて骨を折った峠を新道で通過するとか思い出の谷間を大橋梁で通過するとか、もうそんなツーリングをしても良い年齢じゃないか、おれももう53歳だぞ、等とも思っていた。
 それに、国道169新道の方が圧倒的に楽だ。こんなことで悩むのは、3日目になって疲れ始めているのかもしれない。しかしそれなら、尚更今日は早めに宿に着きたい。
 というわけで、あらゆる面で国道169経由に気が向き始めていたのである。登りがちょっと少なくなることだけが何だか後ろめたく、決断するための大義名分を探していたのだ。

 12:50、小川着。滝から白谷トンネルの向こうの寺垣内まで、最後の集落である。集落の一番奥で道は芦廼瀬川を渡る橋でくるっと折り返し、そのまま上葛川へ登り始めるのだ。昨日下って恐怖を感じたほどの、上葛川への190m登りである。
 6時過ぎに朝食を食べてからここまで水分だけしか摂っていなくて、そろそろ腹が減ってきていた。道の登り始め手前の橋が何だか脚を停めるのに区切りが良さそうだったので、ここで満を持して民宿龍神のおにぎりをいただくことにする。
 聞いていた通り、おにぎりは塩味の高菜ご飯であり、海苔の代わりに高菜の葉っぱが巻かれていた。ラップを剥いてかぶりつくと、高菜の葉っぱの香りがお米の香りと合わさって、尚且つ高菜ご飯自体が香り高い。むしゃむしゃ噛むと、濃いめの塩味にやはり瑞々しい高菜の香りがしゃきっとした歯触りで、こりゃあすごく美味しい。フロントバッグ内を多少無理してでも、もう一つ作ってもらうべきだったかもしれない。
紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-5


 上葛川への登りは、やはり昨日下ってびびった通りの斜度の凄い坂だった。インナーローでやり過ごすつもりでのんびり登り始めたが、朝の牛廻越よりかなり気温が上がっていて暑いのにはやや閉口した。岩場を半分ぐらい登ったところでやっと木陰が現れてくれた。助かった。
 岩場から山肌への折り返し辺りから、昨日見慣れた石楠花祭りの幟が見え始めた。まもなく葛川隧道への分岐の青看板が登場。村道へ分岐してからすぐ葛川隧道と思っていたのだが、そう思っていると意外に距離があるような気はした。何しろ15年ぶりの訪問、完全に思い出が美しくなってしまったのかもしれない。期待(希望)が過度だったのかもしれない。道自体はいい感じに涼しげな木陰の峠道だし、葛川隧道手前では周囲が開け、相対する山と谷が見渡せる。
 13:25、葛川トンネル着。大型車ほぼ1台分の狭さにしては長さ400m弱とそこそこ長い。もっと長いトンネルで低い位置だといいのに、等とトンネルの現地ではいつもそう思う。訪問を計画する時はまったく逆のことを考えているのに、勝手だねほんとに。でも勝手な妄想とは別に、ひんやりとした空気が火照った身体を冷ましてくれる。
 トンネルの向こう側は、しばし杉の木立のきりもみ急降下。森のジェットコースターの向こうに何となく屋根が見え始め、放り出されるように上葛川の集落に到着。昨日の国道425、水平区間終端の森林自然公園辺りも上葛川という地名だった。実は山の向こう側のこちらが、地名の本家なのである。
 見下ろす上葛川は、絵に描いたような山岳斜面集落だ。午前中に訪れた牛廻越の迫西川に比べて斜面が急で、谷間空間と集落の範囲が狭いように思う。15年ぶりの訪問は、どういう順番でどういう風景が登場するのかは記憶に無いものの、ふと脚を停めた場所で15年前の写真と全く同じアングルの風景を眺めることができ、「あ、ここなのか」などと何だか少し嬉しくなってくる。

 杉の森、広葉樹林、断続する集落、村道は延々と山中を下ってゆく。途中、崩落工事箇所が登場した。崩落の影響か伐採した斜面が崩壊したのか、切り立つ斜面全体がすかっと開け、その下の道に土砂が崩落していたようだ。道の外側が多少崩れて欠け、少し狭くなった道幅は辛うじて車1台分。ガードレールも無く、真っ逆さまの渓谷があっけらかんと開放的に開けている。通行止めではなかったものの、お尻から背骨がむずむずするような怖さを感じつつ、そろそろ通り過ぎる。ここ3日間こんな所ばっかりだ。まあ好き好んでこういう道を通っているのだが。

 やっと谷底に下りきり、そうかと思うと谷底の葛川がまた更に落ち込むいつもの展開が続くうち、流石にこの山深い谷も高度が下って幅が拡がってきた。いつの間にか道幅が少し拡がると、むしろ高く聳えた高く聳えた山に挟まれた深い谷を意識する。そろそろ国道169と合流のはず、地図でも見ようかな、と思ったところで突如13:50、国道169に合流。
 というより、気が付いたらいつの間にか目の前に国道169があった。な、何だこれは。
 国道169の左側にはトンネルがあり、「東野トンネル」という銘板が。あ、これ思い出したぞ。前回2003年にこの道を通り、いつの間にか国道169新道と合流した時と同じだ。その時は例によって時間がやや押していて、しかも宿に向かう必要があるので、「ここが地図のどこなのか」より「どちらに進めばいいのか」の方がテーマとしては重要だった。また、私の手持ち1/5万地形図「十津川」には100m位下の瀞峡沿い旧道しか載っていないので、この新道と交差点がどういう形で合流しているのかは読み取れない。このため、東野トンネル近くの合流点を、帰ってからツーリングマップルのやや粗い地図で場所だけ確認しただけだった。
 2018年の今、同じ場所に自分はいる。GPSトラックからは少しも離れていないし、道の線形もGPSの地形図画像通りで何も疑う所は無い。と思って少し逆戻りすると、50mも戻らないうちに辺りがすぐ今まで下って来た通りの風景に変わった。そのままもう一度合流点まで戻ると、カーブの正面側補強法面の裏面が国道169の東野トンネルであり、カーブと接線の関係のように二つの道が並行した後、突き当たりではなく、鉄道のポイントのように合流していた。GPSトラックの地図を見ると、確かにそのように描かれている。あまりに新道が高規格で造られてしまったので、旧道細道との合流点も新道基準になってしまったのかもしれない。谷底の道が延々登り返してやっと合流、などということになっていないだけ有り難いと思うべきなのだろう。


紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-6


 過去に通っているので、今は自分が進む方向がわかっている。まずは瀞峡上流側へ。
 この区間の国道169は、高速道路みたいな高規格の新道だ。険しく切り立って聳える山々と深く落ち込む谷間を、長大トンネルと長大コンクリート橋と堀割りで、地形とは全く無関係の直線と単純な曲線で、しかも山の中腹辺りで、可笑しくなるほどばんばん突き抜けてゆく。やや古い私の1/5万地形図には、旧道が大きく曲がりくねる瀞峡の断崖絶壁に貼り付く細道として描かれている。途中から破線となった渓谷沿いの細道は、東野の手前で国道色と破線が途切れ、もう一方の山間細道との間が未通区間となっていて、その未通区間が全く別の場所を通る新道となっているのだ。その差は可笑しくなってしまうほど大きい。ツーリングマップルだと両方の道がちゃんと載っているはずだ。実態としては、あるいは旧道が部分的に廃道になっているかもしれない。
 東野トンネルからもう2つトンネルを抜けてゆく。この先小松から小森ダム湖まで瀞峡沿いに数km、未拡幅区間が残っていて、そのためにこの高規格新道を訪れる車はかなり少ない。
 ツーリングっぽい装いの、一見緩めのロード団体が通過していった。関西のツーリストはこういう素晴らしい道が近場にあって、いやいやいや決して近い場所ではないようだが、これはこれで紀伊半島の、全国に類を見ない個性的な国道の一員と言っていいかもしれない。ならば、今日は国道169で熊野川沿いの宮井大橋まで下りきってしまうのが正解なのかもしれない。やっと気持ちが固まってきた。

 とりあえず細道区間、瀞峡を望む私的ポイントは訪れておきたい。K-1(と重いレンズ4本)を持ってくることに決めた時に、ここは念頭にあった場所の一つだったのだ。
 小松から急に狭くなった道を過去3度の訪問とは逆方向からオトノリへ。大分下って少し登ってみると、やはり道の周囲や登り下りの度合いがよく理解できた。それにしても連日国道425をみっちり訪問した後だと、この山深い瀞峡区間が、谷の空間が上下左右に大きいだけで広々として見えてしまう。切り立つ岩山の可能な斜度まではもりもりと木々が生い茂り、谷底の巨大な岩は赤っぽくごろごろと力強く、北山川は透明度が高くて普通の川離れして見えるほどだ。

 私的ポイントで晴天の瀞峡と自転車の写真を撮り、これで満足できたような気になれた。また次に来るときも、この瀞峡が静かで個性的な渓谷であってほしい。この道が拡幅され、熊野川の渓谷のように車がどんどん通り過ぎてゆくような空間になって欲しくないものだ。
 14:35、オトノリ発。折り返して再び小松、そして新道区間へ。

 前述のように、国道169は高規格道路であっても車は少ない。あまり厳しい斜度の坂は皆無で、時々登り返しつつもほぼ一定の緩い下り基調が続く。橋の途中で脚を停めれば、類を見ない程緑濃厚な山々を中腹の位置で眺めることができる。谷底を見下ろせば、目も眩む谷底から空まで上下に巨大な空間が展開し、圧倒される。旧道系細道のような、周囲の風景と道の空間が一体化した楽しさとは別に、これはこれで充分に見ものだ。
 瀞峡トンネルは2049m。瀞峡の最深部を一気に通過して山の向こうの玉置口にワープしてしまう。トンネル手前の橋からは、前方の山のど真ん中に、斜め上下に並んだ2本のトンネルが眺められる。新道の瀞峡トンネルは下、旧道の田戸トンネルが上。2003年にはまだ瀞峡トンネルが建設中で、田戸トンネルから国道169の旧道へ脚を向けたのだった。2015年の訪問では瀞峡トンネルを通って玉置口で建設中の橋梁を見上げてから、まだ細道旧道の国道169で蟻越峠を越えた。そして今日は、玉置口も橋梁で飛び越え、竹筒まで全部新道で下ってしまうのだ。
 等と感慨に浸っていると、更に少し手前、100mぐらい落ち込む谷間を渡る大きな橋の隣に、旧道の細い橋が並んでいるのに気が付いた。ややか細く見える橋ながら通行止めじゃないようなので、少し脚を向けてみた。
 地図を見ると、谷底は北山川とさっき辿ってきた葛川の合流点である。渓谷が真下に深く落ち込んでいるのに、欄干は細い角パイプで1m程度、何だか転落が怖ろしい。6m程度の道幅のなるべく真ん中をそろそろと通る。でもこちらも、かつては車が普通に通っていたのだ。というより、2003年にこの橋を確かに通ったことを、やっと思い出した。

紀伊半島Tour18#3 2018/4/29(日)湯ノ又→小口-7


 橋の上からは、地形図に描かれている道が見渡せた。道は谷底から対岸を再び山間の集落へと登り返してゆく。この辺りで、山間の一軒旅館がカフェに改装されて頑張って営業していることが、少し前にNHKの朝のニュースで紹介されていた。いつか小松ダムから続く瀞峡とその脇道にたっぷり時間を掛け、旧道巡りをしてみたいと、以前から思っている。しかし今は、これからあそこを訪問しようとは全く思わない。谷底との高低差は100m前後だし、登ってしまえば意外に登れるのかもしれないとも思うものの、やはり疲れているのかもしれない。おとなしく宿へ向かおう。

 瀞峡トンネルへ。長くひんやり薄暗く、照明に照らされたコンクリートの丸い空間断面が、渓谷の風、瀬音と鳥やカジカの声を尚更思い出させる。脚を停めてどんどん下ってゆく2000m強、やはり長大トンネルはタイムマシンか4次元トンネルのようだ。
 トンネルを抜けると玉置口だ。旧道との分岐を確認してから、谷底に拡がる玉置口を一気に飛び越える橋へ。谷底の僅かな平地、曲がりくねる川、旧道の小さな白い鉄骨橋。初訪問時の2003年、山間から下りきって印象的だった風景が、眼下に広がっている。もちろん印象の中には、折角北山川近くまで下ったのに、なんで谷沿いに道が無くて、これからまた300m登り返すの?という恨みがましい気持ちも含まれていた。今となっては何だか可笑しく思える。これが15年後のツーリングなのだ。
 玉置口トンネル、短いトンネルを挟んで竹筒トンネルを抜けると、山中で国道311と合流。思えばここも国道311側からやって来た時に面倒臭い登り返しがあった。北山川の谷間の手前、橋の位置と周りの風景にも記憶がある。あの細道の橋がこんなに拡幅されたのだ、と実感できた。
 そのまま道は竹筒の集落を上手で通過、更に切り立つ川岸を九重トンネルで突き抜け、次の集落九重で遂に谷底へ軟着陸。最後まで緩やかに、整った下り断面である。九重トンネルも、3年前は工事中の状態を旧道から眺めたはずだ。
 九重ではもうすっかり道が拡幅されていて、集落中半の小学校はフリーマーケット的施設に変わっていた。少し休憩するとする。もう宿まで10kmぐらい。

 国道169が国道168と合流する宮井大橋も、始めて訪れた2002年はなかなかの細い橋だった。そして16:00、日足では前回2015年に絶賛建設途上だった国道168の新道橋梁を眺めることができたのだった。まあしかし、16年でこれだけ道が変わる場所も少ないかもしれない。

 日足から宿までは県道44を9km。時間はたっぷり、日差しは時々山影に隠れつつあり、向かい風も無く、過去の訪問の中でもかなり穏やかな条件だ。もう途中は努めてのんびりと、今まで通ったことが無かった旧道の細い橋などもこの際通ってみる。

 16:40、小口「新宮市小口自然の家」着。今日は外人さんが多い。そうでなくてもこの宿、熊野古道を徒歩で訪れる人がとても多い。
 管理人さんに明日は和田川松根スーパー林道へ向かうとお話ししたら、
「この近くに自衛隊が開いた林道があったはずですよ」
と教えて下さった。いずれそちらにも脚を向けねば(翌朝、和田川松根スーパー林道こそがその道と判明)。

■■■2018/6/2
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-1


小口→松根→小屋野→平井→木守→合川→平瀬→近露
 105km ルートラボ>https://yahoo.jp/NoX3Zu

 天気予報は1日曇り。夜が明けても周囲の山や谷間に霧が掛かっていて、空は薄暗い。雨が降るということは無いようだし、明後日はまた晴れだ。この季節で5日間雨が降らないのは快調と言っていい。天気の中期的展開に不安は無い。しかし今この場所では、明るくなってきても近くの山裾にはまだ霧が掛かっている。曇りは曇りでも、晴れに近い薄曇りという訳でもなさそうな気もする。
 今日は和田川松根スーパー林道こと県道229、その後は国道371の北側未開通区間本山谷平井林道、同じく国道371の山間に残っている未済区間18kmを経由し、合川ダムから中辺路の近露へ。国道371の18km以外は、全て過去に訪問した既済区間ではある。
 もう一つ候補として検討したのは、和田川松根スーパー林道まで同じで、国道371は南へ。宮の平から紀伊半島南部山中、県道224・39、コカシ峠、県道36・38・県道225と山の中を経由して日置川沿いに合川ダムへ、後は前のパターンと同じ。こちらには未済経路は全く無い。どちらにも含まれる和田川松根スーパー林道の優先順位は、私の中で非常に高いということになる。次に行きたいのは、本山谷平井林道。黙ってそちらに向かえばいいだけなのだが、山間の天気がやや心配だった。まあしかし、何を深く考えてみても、実際には現地で行けるか行けないかを判断する、それだけだろう。

 自転車に荷物を積んでから朝食へ。「新宮市小口自然の家」は熊野古道を徒歩で訪れるお客さんが多いため、6:00から朝食可能なのが大変有り難い。外人さん、中高年団体の方々など、ほとんどのお客さんが6時から既に出動態勢の格好で朝食に望んでいる。大変活気のある宿だ。
 朝食中、宿の管理人さんから、「自衛隊が造った道は畦畑を通る」ということを教えていただいた。畦畑というのは和田川松根スーパー林道途中の集落であり、それならその道こそ和田川松根スーパー林道で間違い無い。いい予備知識を教えていただくことができた。
 外へ出ると、さすがにもう霧は晴れていた。しかし雲は相変わらず空を覆っていて、あまり爽やかに晴れているという感じではない。8時ぐらいから明るくなってくるパターンを期待しつつ、7:05、「新宮市小口自然の家」発。
 小口の集落を旧道らしき道でぐるっと回り、自然の家の裏手から県道229へ。自然の家を過ぎるとキャンプ場が登場。そうそう、初回の2002年は行程詰め込みすぎの結果、小口到着が18時で、キャンプ場がやっと現れて凄く安心したんだっけ。

 岩山が切り立って狭く深い和田川の渓谷は、10km以上にわたり殆ど高度を上げずに、ひたすら細かく曲がりくねって山間の奥へ続く。石ころの一見平和そうな川原には時々大きな岩がごろごろ転がっている。今は静かでも、一旦荒れると手が付けられなさそうな渓谷を想像させられる。
 谷底がいつまでも高度を上げないのに、道だけはひたすら20m前後登ったり下ったりしつつ、律儀にくねくね岩肌に貼り付いて続く。細かく鋭い岩が絶えず散らばっているやや荒れ気味の細道には、路肩が渓谷に落ち込んでいるのに、ガードレールがある場所は極めて少ない。転落するのが怖いので、例によって速度を下げて慎重に進んでゆく。谷の奥では短いトンネルが断続し始めた。道幅なりにトンネル断面はかなり小さく、その多くが素掘りっぽいコンクリート吹付補強である。
 こういうのは今回山奥系細道で毎度の風景なのだが、今日は特に岩の露出度と山の切り立ち度と広葉樹の密林などに、山深い表情が際立っている。まるで水墨画のような風景だ。或いはインディ・ジョーンズか何かの映画にでもに出てきそうでもある。こんなに山深い表情の道だったかな等と思うものの、前回も岩肌の上から細かい落石が落ちてくるのに驚きながらそろそろと通ったことを思い出した。
紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-2


 過去2回の訪問ではこの風景を、小口で別れてもう少し南を通る、県道44の雰囲気と似ていると思っていた。しかし今改めてこの道を眺めると、県道44の小口川に比べてこちらは谷間が曲がりくねって、岸壁の岩山が切り立っている。切り立ちすぎて木が生えずに岩が露出していることが、風景全体の特徴になっている程だ。山は険しいのに、谷底の幅は意外にもこちらの方が広い。道の位置が川から少し高く、切り立った岸壁に貼り付いて微妙に登ったり下ったりしているため、渓谷空間の大きさ、深さがより際だって感じられる。
 また、県道44は比較的すぐ登りが始まり、登り途中に鎌塚の集落が現れたり、一度下って隠里みたいな滝本の集落を経由し、登り返した先の小麦にまた民家がある。こちらは足郷トンネルを峠とする登り下りにおいて、向こう側の松根までの間民家があるのは畝里だけ。そこに人が住んでいるかどうかわからない。
 こう考えると、県道44と県道229は、似ているどころか全く異なる個性を持った道なのだった。似ているのは山深いということ、鬱蒼とした広葉樹林と透明度の高い青みがかった川面ぐらいのものだ。あと、猿の多さも似ているかもしれない。
 あちらは確か5度目で、こちらは3度目。過去2回の訪問は、予定詰め込み気味のやや慌ただしい行程だった。今回は朝一で全体の距離が抑え気味、この道を楽しむ時間と気持ちの余裕がある。そう考えると、遅さ故に余裕を持たざるを得ない私の旅もそう悪くないのではないか。もしかすると、これが50台のツーリングというものかもしれない。

 雲の隙間から日差しが辺りを照らし始めた。このまま更に日差しが出て、薄曇りぐらいで推移してくれると有り難い。
 9:25、畦畑通過。空き家のような木こり小屋のような家屋が森の中に建っていて、地形図ではその辺りに畦畑と書いてある。かつてはもっと人が住んでいたのかもしれない。そこから森の中を少し先へ進むと、ホイホイ坂林道への分岐がある。空間的に多少開けているこの場所の方が道標としては覚えやすいので、いつもこちらを場所の目安にしている。
 「ホイホイ坂林道」とは大変魅力的な道の名前だと以前から思っていて、いつかホイホイ坂林道を訪れる自分を想像することもある(「行きたい」ということではない)。ホイホイ坂林道の向こう側始点は大塔林道だ。曲がりくねった谷間の、山の低いところをひょいと乗り越えるショートカット山道があり、ホイホイ坂という名前が付いている。ホイホイ坂林道の出口がホイホイ坂の近くなので、林道の名前がそうなったようだ。だからホイホイ坂そのものに興味があるなら、むしろ大塔林道からその道を徒歩か担ぎで越えるのが手っ取り早いと思われる(現状がどうなのかは不明)。
 ホイホイ坂林道そのものは、ダートが15km最高標高800m(つまり最低限600m登る必要がある)と手応えたっぷりすぎる。しかもこちら側の入口には、あまり穏当そうではない鬱蒼とした雰囲気がぷんぷん漂っている。というわけで、この山間の道に実際に訪れる機会は、多分私には来ないかもしれない。

 畝畑の先で、やっと、そして唐突に、谷間とともに道はぐいぐい高度を上げ始めた。それなのに、最初は石ころが多い平らな川原、切り立った岩肌、曲がりくねる谷里覆匹諒薫狼い呂△泙衒僂錣蕕覆ぁただどういうわけか、道が登り始めてから路面は整い始め、細かい岩屑が少なくなっていた。
 川幅が狭くなると道の周囲が木立に変わった。道は山肌に貼り付いて相変わらずくねくねではあるものの、もう谷間が全体で曲がりくねることは無い。行く手に向かってひたすら登り続けてゆく。途中には森林管理小屋らしき倉庫も登場。こういうところは曲がりなりにも県道である。
 トンネル手前の登り返しまで谷間は続いた。最後は折り返して対岸の山肌を少し登り、おもむろに斜面に食らいつくように、9:25、足郷トンネル着。標高560m、我ながら標高460mの登りに随分時間が掛かっている。まあ、平坦な谷底区間であれだけゆっくり進めばそういうことになるのかもしれない。
紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-3


 2002年は全区間ダートだったこの道も、今はもう全舗装され、峠部分は入口も出口も極めてあっさりしたものだ。特に出口側は広場みたいになっていて、この山間にそこだけ見れば心和むような気もする。
 しかし下りでは、切り立つ岩に道が貼り付き、深く落ち込んだ谷底に降りるまでしばらくかかる。さすがにガードレールはあるものの、その外側には2〜300mぐらい谷間が落ち込んでいる。自分がいる道のすぐ外側と見渡す谷底が、大きな一体の空間となっているのを意識するたび、何だか腰骨の先端がもぞもぞするような高所恐怖を感じる。
 拡がる山肌の新緑は明るく、もこもこと生命感に溢れている。正面には足郷山に大塔山が大きく聳えていて、存在感と見応えに溢れている。しかし、眺めに気を取られて道から放り出されないよう気を付けねば。むしろこんな怖い場所は早く下ってしまいたい。
 そして、路上には猿が多い。小さな緑色の糞を踏んで滑ってはいけない。そもそも糞は臭い。気を付けて進まねばならず、結局は下りでも全くペースは上がらないのであった。

 谷底に降りてからもしばらく無人の渓谷が続く。1台だけ通った地元軽トラに心強さを感じる。
 谷底の川は知る人ぞ知る清流の古座川だ。上流から比較的川原が広く、透明度の高い山中の渓流ながら、やはり堂々として誇りのような格を感じる。古座川、日置川、北山川など、紀伊半島の川はどこか堂々とした風格、存在感を感じさせる山中の清流が多いように思う。
 谷はやはり曲がりくねってはいるものの、さっきまであの和田川の谷間を見ていると、あまりくねくねという印象は無い。緑に染まる気がするぐらい新緑色とりどりの森の中を、川面近くを登り返しなど無く一定の斜度で省エネ運転で下ってゆくが、山腹の空中区間で辛うじて道の端を守ってくれていたガードレールがまたもや皆無になっているので、やはり速度は上げにくい。

 市平でやっと民家がぽつぽつ現れ始め、集落になった。次の中番では自販機が登場。紀伊半島の道としてはこの山間に意外な自販機、大変有り難く足を停めた。
 その先は五味の地、原保、惣谷、宇井、小さな集落が深い森と入れ替わりつつ断続し始め、いつの間にか次第に谷間が拡がり、渓谷がどんどん深くなっていった。大字としては松根という名前が付いていて、スーパー林道の名前にもなっている。
 上地には民家が比較的多い。そろそろ分岐を検討しなければならない小屋野が近づいているし、腹も減ってきたことだし、またもや自販機が現れたところでおにぎり休憩とする。今日は「小口自然の家」の熊野古道徒歩参詣仕様おにぎりがたっぷりあるから、早めにおにぎりを食べておいていいのだ。
 「ようきてくれたの〜」の文字と写真入りパッケージが微笑ましい。おにぎりは大型が3つ、アルミ泊入りの薬味も付いている。ボリュームたっぷりで大変美味しく、自転車ツーリストにも有り難い。
 小屋野の何がそろそろかというと、小屋野で分岐する町道下露平井三川線が、この後向かう国道371へのショートカットになっているのだ。町道下露平井三川線は全区間既済経路で登り80mのトンネル越えだ。越えた先で平井まで下ってしまい、登りはほとんど無駄になる。一方、ショートカットしない場合は、国道371の七川貯水池→平井が未済経路であるものの、七川貯水池自体は以前眺めたことはあって何となく雰囲気はわからないでもない気はする。それより距離は2倍近く大回りで、途中のアップダウンのため登り総量は町道下露平井三川線とあまり変わらないように思われる。
 薄曇りの田舎道でおにぎりなど食べつつ、「やはりここは町道下露平井三川線一択ですかね」などと他人事のようにぼうっと考えて3分、5分。自分が何だか次第に田舎の風景と時間の流れに溶け込んでいる気になってきた。ヤマト運輸のトラックがまるでCMのように停まり、大きなamazonの段ボールを抱えたドライバーが民家へ入っていった。amazon、田舎だと便利だろうな。やはり他人事のようにぼんやり考える。いやこれは他人事だ。のんびりと、何だか普段の会社生活からは全く別の世界で、そこに居る自分は同じであり、普段があるからこういう世界があるのだ、などととりとめなく考える。いいツーリングの時間になってきているのが何だか嬉しい。
紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-4


 少しだけ考えて小屋野からのショートカット経由を決めたものの、小屋野に着いてみると、国道371七川貯水池方面の拡幅工事通行止めと町道下露平井三川線への迂回指定情報の看板が立っていた。今日はどっちみちこちらに進むことになったのだ。
 狭い杉の森と出谷トンネルを抜け、狭い平井川の谷底に細長く続く平井へ。谷底の国道371に合流するまで、少し集落の畑や民家の中に続く道を選んでみた。
 谷底の川沿いの道であるということと、路側帯の白線以外に、国道371が国道371である目印は無い。それほど国道371は細道で、のんびりした風景の一要素になっている。そして集落の中で国道371に合流した段階で、既に登りは始まっていた。
 狭い谷間に展開していた平井の集落が谷間を挟む斜面の上の方から次第に狭くなり、渓谷の森へと周囲は推移し、広葉樹森が頭上まで枝を伸ばしてきて道は渓谷沿いに森の中へ。

 前方に青い道路標識と分岐が現れた。左は1.5km先で通行止めと書いてある。それはわかっている。私の地形図では破線に国道色が着いている、国道371の未通区間だ。右はこれから向かう予定の本山谷平井林道、こちらは問題だ。何と崩落により5/30まで通行止めとの看板が、道端に小さく立っているのである。
 本山谷平井林道は、2002年に1度逆方向から通っている。例によって詰め込みすぎの午後(その日は特にひどかった)だったので、ある程度雰囲気を覚えていないこともない程度の印象しか残っていない。とにかくかなり険しい岩山を登る道だったような気がする。そういう道なら、常にどこかで軽い崩落か何かがあっても全然不思議じゃないかもしれない。橋の向こうに立っている通行止めの柵がゲートではなく、A型バリケード、しかも道の脇に寄せて1個だけという所に、通行止めそれ自体の気安さも感じる(そんなことで私は通行止めなのに気安さを感じるようになってしまっているのだった)。押して歩けば全然問題無いパターンなんじゃないか、よくわからないが。
 様子見のつもりでそのまま先へ進んでみると、路面自体は比較的綺麗で、何か枯葉や細かい岩屑が散らばっていたりということは無い。車の通行の跡すらみられる。少なくとも1日に数台以上、毎日車が通ってはいそうだ。うーん、これなら何とか。
 案の上、乗用車が下ってきた。「はい通行止め解決ー」と思ったものの、停まっていただいて様子を質問すると、家族連れの若目のお父さんが
「1kmぐらい先で山菜採りしてきただけで、もっと上の様子はわからない。でも、自転車は行けるんじゃないかなー」
と予想までして下さった。また無責任に希望を持たせて、とは思ったものの、地元の方のありがたいコメントでもある。地元の方の希望的観測は、ツーリングの神様のお告げだと相場が決まっているのだ(ほんとか)。
 まあ、ここが思案の為所だぞとは思ったので、様子見のままもう少し進んでみて、やばさが感じられたらその段階で引き返すことにした。ただ、引き返すなら今日の宿まで当初考えていた南部低山コースの大回りしか無い。でも、穏当な時間に近露の宿に着けるタイムリミットは、そろそろ過ぎようとしている。撤退するなら極力早い方が望ましい。もっと言えば今が撤退のチャンスかもしれない。
 結局、そのまま路面の雰囲気を見ながら谷間の奥へ。優柔不断なおれ、等とは思ったものの、路面から車の通行の痕跡は消えていない。その一方で、道端に古座川町による昨年の熊情報が登場。不安要素に熊の恐怖が加わった。こういうときには新得の熊鈴だけが頼りだ。

 谷間の渓谷が森の中から岩場に変わり、更に奥へ奥へと道はどんどん進んでいた。ここまで進むにつれ落ち枝やら砂利が増えるようなことは全く無い。一喜一憂しつつ、なんだかこのまま最後まで問題無いんじゃあないかという気もし始めたものの、流石にそんなに虫の良いことは無いだろうとも思う。通行止め看板が立っている原因の何かがあるのだ、多分。
紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-5


 道が谷の一番奥にぶつかるようにくるっと向きを変え、離陸が始まった。入り組んだ岩場に貼り付き、よじ登るようにぐいぐい登ってゆく。淡々と登っていた谷底区間に比べて、離陸が始まってから、標高は急に面白いほど上がり始めていた。ホーロー塗装面が錆びて文字とマークだけが焼き付いている斜度看板には14%の文字。連日の10%峠で視覚が斜度に麻痺していることを、この時意識した。なるほど、これぐらいが14%か。14%ならインナーローでも恥ずかしくないね。
 行く手の山肌のけっこう上の方には、明らかにこれから向かう道の続きが小さく見える。道が貼り付いた岩肌が二重三重に連なって、道は更に上へと登ってゆくようだ。まだまだ峠部分まで急な斜度が続くのだろう。そして路上には、細かい岩が至る所に砕け散っていた。道が岩肌に取り付くとともにいろいろな要素の厳しさが少しづつレベルUPして、全体的に道の表情ががらっと変わってしまっていたのだった。

 空中の岩場に貼り付いた道は、何度も谷と尾根を折り返しながら、どんどん高度を上げてゆく。
 標高600mを越えた辺りで工事、いや、岩石撤去作業中の方が現れた。作業員さんとか職長さんというより、社長さんとか現場所長っぽい雰囲気だ。この休日に奥様らしき方と2人で作業されていたので、もしかしたら自主巡回撤去作業なのかもしれない。お伺いすると、まさにここが崩落現場だったらしい。有り難いことにその崩落土砂は全て片付けられた後で、少なくとも自転車で通していただく分には全く問題無かった。
「この道は年中崩落が起こっている。行けばわかると思うが常に石が落ちているので気を付けて欲しい」
とアドバイスまでいただけた。
 その後も舗装路面上にはところどころに小さな岩が転がり、カーブの内側や横断排水溝らしい道幅一杯に落ち葉が溜まっている箇所もみられ始めた。通行に支障があるという程でもないものの、車の通行に好ましいという訳ではない。自転車の私はと言えば、気を付けていたつもりが、枯葉で埋まった横断排水溝に前輪を落とし込み、あわや前転&パンクという場面もあった。超低速だったので、幸いフレーム損傷にもパンクにも至らなかったのは幸運だったと思う。或いは大小様々な崩落が少しづつ整備されて、完了区間が峠部分まで登りつつ途上だったのかもしれない。

 11:50、峠部分着。標高710m。この場所に峠としての名前は付けられていないようだ。しかし場所、周辺状況、標高差、険しさ、道の格など、どこを取っても過去4日間のどの道にも劣らない、堂々たる峠と言っていい。むしろ国道未通部分迂回路として、この険しさは他の細道国道に比べて一線を画しているようにも思われる。それがこの本山谷平井林道が国道371に指定されない理由なのかもしれない。かと言って、じゃあ国道371が山道のままではいかがな物かとも思うし、ここより斜度の厳しい細道国道が無いわけではない。とにかく、交通量の大変少ない道だとは思うが、何とか問題無く通り抜けられる道であり続けてほしいものだ。
 稜線をひょいと越えた向こう側は、曲がりなりにも木々に囲まれて少し広場状になっていて、岩場をくるっと回り込むだけの古座川町側の峠部分手前よりやや優しい表情が漂っている。峠部分だけ少し拡がったアスファルト舗装部分には、A型バリケードが3つだけちょこんと、バリケードというよりまるで路上のオブジェのように立っていた。自転車の通行に全く何かが遮られることは無く、バリケードの内側から外側、つまり通行止め区間の外側へ通り抜けさせていただくことができた。
 これから標高130m強の合川貯水池まで24km、しばらく殆ど登り返しは無いはず。明日も含めて、5日間の大きな登りはこれで終わったことになる。明日は最大でも300m登り、大部分は下り一方の経済コースだからだ。

 下り始めると、少し道幅が拡がったのは峠部分だけだったことがよくわかった。山肌は古座川町側と同じように切り立った岩場で、道は岩場に貼り付いて、大きな谷の空中ををどんどん下り続けた。怖い区間の長さも怖さの度合いも、紀伊半島標準の通りである。
 谷底の中ノ川は森の中。しばし渓流の脇を下り続けて現れた、国道371との合流点には見覚えがある。山に挟まれたこの谷間の中、川原の際にここだけ少し茂みのような草むらがあり、意外な開放感が漂っている場所だ。分岐から草生したコンクリート舗道が山中の茂みの中へ登り始めていて、徒歩だとしても、あまり踏み込みたくないヤバげな雰囲気が感じられた。自転車なら尚更、あっちに私が脚を向けることは無いだろうな。
紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-6


 木守では、2002年に下って来た板立峠からの道と合流する。板立峠の市道沿いにある小森の集落に、森の中から国道371が降りてくるのが、いかにも国道371らしい。そして、やはりこちら側にも道の脇に「通行止」のA型バリケードが立っていた。道幅がやや狭いため、同じA型バリケード1個でも、もしこっちから登っていてこれを見たら中に入ってないかもしれないという程度にややものものしく見える。まあ、それは通った後の言い訳かもしれない。

 木守から清水の大塔山遊館までの18kmが、この辺りの国道371で残っていた未済区間だ。
 中ノ川からいつの間にか名前が変わった前ノ川の渓谷に沿って、細道が深い杉の森の中に延々と続く。森が深く渓谷沿いのため、一見国道425と似た表情に見えないこともないが、谷間はあまり極端に曲がりくねることは無く、比較的先が見通せる。そのため、下りのペースは国道425等よりやや調子が良い。
 等と油断すると、ブラインドコーナーの向こうから軽トラが現れたりする。やはり、あまり調子に乗るわけには行かないのであった。
 下り斜度が大分緩くなってくるとともに、杉の森に木漏れ日が現れ始めた。森の外側、渓谷も明るくなっているようだ。午後になってやっと晴れ始めてきたようだ。GPS画面の道の線形を地図で照合し、ゆっくりのんびりなりにも少しづつ、合川貯水池に近づきつつあることを確認してゆく。

 谷底の渓谷が川幅一杯になってから、やっと以前何回か泊まっていて今は営業休止中らしい清水「おおとう山遊館」が登場。そうか、この道の上流部はこうなっていたのか、と思う。
 14:30、面川渓谷出合着。2002年の初訪問以来毎回脚を停める、橋の細いパイプ欄干に自転車を停め、残しておいた「小口自然の宿」のおにぎりを二つ食べてしまう。宿までもうあと25kmちょっと、総標高差260m。曲がりなりにも山奥の峠を2つ越えてここまで無事に辿り着けたことも、久しぶりに日なたの面川渓谷に出会えていることも嬉しい。多少はらはらした局面もあったものの、今日も平和なサイクリングを楽しめている。

 合川から今日の宿がある近露までは国道371と県道217、2007年の既済経路だ。前回の所要時間は2時間弱。まあ、朝一だったしね。今日はまだ14時だし、もうのんびり行きましょう、等と自分に語りかけるぐらいにのんびり進む。ツーリングの午後はこれぐらい緩いのが気楽で楽しいと、つくづく思う。
 合川貯水池から、谷間の川は日置川に替わった。古座川に日置川、今日は紀伊半島二大清流上流巡りである。いや、日置川についてはそれ程上流ではないし和田川だって清流だ。
 高台の向山の集落へ60m登り返してから、再び少し高度を下げて杉の森の渓谷へ。深い森の中、細道は目立って登ったり下ったりすることは無く、淡々と少しづつ登り続けてゆく。杉の梢の下側は薄明るく、木々の外側に何となく風景が伺えないこともないものの、道が斜面に貼り付いているということ以外に自分の居場所についてあまり意識することは無い。しかし時々周囲が開け、渓谷の深さや意外な谷底からの高度に驚かされたりもする。
 やはりこんなに細い国道が、深い山中に続くことが何だか不思議な気がしてくる。国道371、龍神村ではごく普通に堂々たる拡幅済み新道なのに、紀伊半島細道国道ファミリーの一員としてなかなかの個性を持っているといえる。

 辺りが突如開けて里っぽくなり、15:10、上野着。3セクレジャー施設のようにやや裁けた、しかしそれなりにやや古めの施設の入口に、突如自販機を発見。こんな場所あったかな。道が国道371から県道217に変わる平瀬への途中に、確か商店が無いことに落胆した集落があったような気はする。ただ、合川ダムから近露まで
自販機はここだけと思われるため、しばし木陰で休憩とする。
 もうそろそろ午後も夕方に近づく時間ではあるものの、すっかり日差しが出てきた。日なたが明るく暑く、木陰が冷やっと涼しい。近露まであと登り120m。

紀伊半島Tour18#4 2018/4/30(月)小口→近露-7


 のんびりと小さな集落の平瀬で、国道371は日置川の谷間を離れて北側の山中へと登ってゆく。山を二つ越えた後は、田辺市龍神村の日高川を遡ってゆくのだ。一昨日泊まった民宿龍神も国道371沿いだった。
 一方、近露へ直行する日置川への谷間の道は県道217となる。近露は、日置川の谷としては一番上流にある集落だ。日置川、熊野古道とその新道の国道311が直行する盆地に位置し、山から降りてきた熊野古道と国道311は近露を横切って再び山中へ続いてゆく。一方日置川を遡ってきた県道217は近露で途切れ、近露から先の日置川沿いの道は山中を遡った挙げ句途切れてしまう。このため、近露は日置川の上流というより熊野古道の宿場としての印象が強い。そういう予備知識のためか、或いは山深く狭い谷間から辿り着くためか、盆地縁からの近露の眺めには、何だかパワースポットのような不思議な明るさと開放感が感じられる。

 合川ダムではおにぎりを2つ食べていたものの、もう少し何か食べたい気もしていた。しかし、合川から(もっと言えば出発以来)遂に何か買えそうな商店は無かった。まあもう近露まで8km、このまま近露まで行ってみましょう。と思って県道217への分岐に着くと、この期に及んで「近露方面土砂崩落のため通行止め」の看板が出現した。
 聞いてないぞ、事前調査で調べたつもりだったのに。
 国道371経由だと、あまりに大回り過ぎる。あと2時間以上掛かるかもしれない。絶対に無理という訳ではないものの、通行止めの看板がやや簡素であり、過去事例に照らすと徒歩なら通過できるパターンではないかとも思える。近露へ何か峠がある訳ではないことも、そういう先入観に一役買っていたかもしれない。或いはやや思考能力が減退していたかもしれない。
 結論から言えば、そのまま行ってみることにした。

 県道217は、ここまでの国道371細道区間と何ら変わらない、大変好ましい細道だ。平瀬から近露までは約8km。国道が県道に変わるという程度に谷間は狭くなり、両側の山はかなり険しく、例によって細かく屈曲している。ただ、同じ日置川の谷間だけあって、ここまでと同じく途中目立って大きく登ったりするような箇所は無く、8kmの登り総量はほぼ80m。
 16時に近くなり、やや赤みがかった木漏れ日が森の中に差し始めていた。今日はずっと曇りで、森の中で薄暗い道が続いていたため、明るい景色がいつ土砂崩落箇所が現れるのかというやや緊張した気持ちを大分和らげ、そして勇気づけてくれていた。
 ずっと路面は綺麗で、路面に落ち枝が増えたりすることは無かった。このまま最後まで行けるんじゃあないのか、そういう可能性が高いぞ、などと思い始めた近露まであと2〜3kmの長井への林道との分岐に、やっと次の看板が現れた。
 看板には地図が載っていて、崩落箇所は近露から1kmの場所らしいこと、そして推奨迂回路として長井への林道が記載されていた。なるほど、確かにこちらなら確実に近露に着けそうだが、8kmの大回りで登り総量は+60mになる。
 結論から言えば、もうそのまま行ってみよう、いうことにした。近露までもう2〜3kmという距離に目が眩んだとも言えた。

 結局、最後まで県道217で、何の損害も無く無事に近露に着くことはできたが、崩落箇所は想定よりだいぶ危険な状態だった。今地図を読み返しても、何故この程度を迂回しなかったんだろうと思う。
 しかし後悔しつつ強行突破したそのすぐ向こうが、もう近露の盆地の南端だった。赤く染まりつつある近露の盆地、涼しい風が、近露到着を迎えてくれた。

 16:30、近露着。安心したためか腹が減った。取り急ぎ道の駅でラーメンを貪った後、裏道をGPSトラック+アドリブで盆地北側の山裾から、日置川の渓谷沿いに盆地縁の丘の裏手へ。
 16:50、近露「熊野古道の宿 まんまる」着。
 宿が川の土手ではなく川原に立地しているのが珍しい。瀬音もカジカの声もよく聞こえて趣たっぷりなのが嬉しい。建物は2階に部屋を集中させた造りで、風呂無しビジホ的な雰囲気がやや独特ではあるが、それ自体には何の不足も無い。
 夕食は豪華でたっぷり、とても美味しかった。食事にかなり力を入れている宿なのかもしれない。

 明日は最終日、晴れ予報。日置川の瀬音とカジカの軽やかな歌を聴きながら、明るいうちから寝てしまった。

■■■2018/6/9
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-1


近露→中辺路町栗栖川→龍神村栃谷→龍神村原→平→高津尾→御坊
 114km ルートラボ>https://yahoo.jp/IWtdrf

 窓の外が明るくなってきた。部屋がやや肌寒く、窓を少し開けてみるとひんやりしっとりと濃霧が立ちこめていた。
 その時点で2度寝、次に本格的に起きたのはは5:00。相変わらず濃霧は漂っていて青空は見えなくても、靄が光り輝いている。天気予報通りの晴れで、最終日の行程に臨むことができる。
 今日はまず国道311旧道大坂隧道から富田川の谷へ下り、栗栖川から県道198の水上栃谷トンネルで龍神村へ登り返し。山中を曲がりくねる日高川沿いに紀伊半島西海岸へ下って御坊終着である。最大の登りは県道198のたった240m。大坂隧道は登ると言ってもせいぜい140mだし、一度田辺市龍神村に出てしまえば、その後は日高川沿いでは海岸へほぼ一方的に約330mの下りとなる。
 国道指定から外れた旧道(っぽい道)主体に、海岸近くまで延々と辿る日高川沿いの道は、最終日に取っておいた大きな楽しみである。
 現在、国道は山間をのたうち回って延々と続く谷間を、トンネルと橋梁で突き抜けてゆく。しかし私のやや古い地形図「川原河」ではまだその新道は部分的にしか開通していなくて、日高川沿いに集落を結ぶ細道に国道の色が着いている。もう10年以上前から、この集落と細道に訪れたいと思っていたのだ。雨天輪行時に少しだけバスで通り、想像通りの親しげな表情の農村風景を眺めたこともあった。

 6時から、朝日が差し込む1階の食堂で朝食を頂く。朝食はやはりたっぷりで、特に鮎の塩焼きが大変美味しい。しかも子持である。鮎の季節ではないのにと思って尋ねると、冷凍ではなく氷漬にして保存すると、鮮度が保てるとのことだった。
 7:05、近露「熊野古道の宿 まんまる」発。
 日置川沿いに川沿いの茂みから丘の裾を抜け、朝もやが眩しい近露の盆地へ。田んぼのカエルが全力で鳴く声が辺りに響いている。彼らにとっては生存競争と子孫を残す使命を遂行中、こちらは暢気に旅をしている、これも熊野古道の歴史の中ではほんの一瞬の出来事なのだろうな。
 まずはその熊野古道へ。盆地中程で日置川の橋を渡り西側の山に取り付き、後は逢坂隧道へ緩緩と登っていくはず。2009年には私は逢坂隧道を訪れているのだ。どこから入ったかは忘れたが。
 しかし、細道が盆地の裾を登り始める途中で、「逢坂隧道通行止め」という看板が現れた。ほんとか。熊野古道それ自体には山道区間もあれば、時に短いものの国道と重複している区間もあったりする。そんな中でこの逢坂隧道区間は、細道の国道旧道と熊野古道の重複区間が比較的長く、お手軽に熊野古道を辿った気分になれるのが大変お徳用(?)だ。通った時の雰囲気は悪くなく、小さな断面の可愛らしいトンネルが気になっていたので、その後訪問の予定も無いのに時々通行可能状況を確認はしていた。そういう時は大体通行止めであることが多く、今この道が通行止めと書いてあってもあまり驚かない。更に言うならば、前回も通行止め表示は出ていて、現地へ行ってみたらバリケードすら無く全く問題無く通れたような気がしないでもない。
 まあしかし、もしトンネル入口が厳重に塞がれていたら引き返すのが面倒ではある。何も世界遺産の熊野古道じゃない大坂隧道に文化財的価値があるとしても、必要以上に有り難がる必要は無い。それに国道311の大坂トンネルはまだ通ったことは無いし、大坂隧道と比べて登り140mがたったの60mになる。こっちに行くか。

 まだ7時台、国道311は国道にしちゃ車は少ないものの、当然の如くごくごく普通の、程良く経年が進んだ立派な国道である。この4日間通ってきた細道群の静けさ、包まれるような緑との一体感、楽しさには比ぶべくも無い。60mとはいえ登り区間は道と杉の森しか眺めるものは無いし、道路脇の道の駅も、何台か停まっている車やバイクも、何か自分の周りの空気とは別の場所の、画面の中の画像のように見えてしまう。
 淡々と逢坂トンネルを抜けると、新道と旧道が合流する竹垣内まで150m一ひと下り。急峻な杉の密林を地形図と照合し、くねくねしているはずの旧道を探してみるものの、森が密なせいかどこだかさっぱりわからない。
 まあ、今日はあまりこの辺に目的がある訳じゃない。
紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-2


 竹垣内から栗栖川まで7km、富田川に沿って100m下り続ける国道311には、何だか非常に裁けた雰囲気が漂っている。道幅が広いせいか標高が下がったせいか、或いは谷間全体の雰囲気なのか。青空の下、新緑の山々と富田川を眺めながら、一定の下り斜度によりかなりの経済運転でも20km/h台後半で下ってゆける、そんな絶好調的状況ですら、ただ無為に下りに身を任せている気分になってくる。経由しようとGPSトラックに描いていたはずの、対岸の旧道への分岐もつい通過してしまい、「まあいいや、前通ったんだし」などと思ってしまう。どんどんやる気が失せていた。
 2007年の訪問時、私はこの国道311富田川区間で、急にこのまま帰っちゃえと思ってそのまま紀伊田辺から帰ってしまった。その時は疲れていたせいだと思っていたが、今また、もしこの後ネタが無ければこのまま帰ってしまいたいような気になってきていることに気が付いた。これは多分、国道311と富田川の谷間の雰囲気によるところが大きい。国道311だって、三重県の尾鷲市九鬼から熊野市大泊までは海岸線の絶景細道、ツーリング天国なのだ。
 しかし今日は、この後日高川沿いに西側の海岸線へ下る重要ミッションがある。天気も最高に良い。まずは強い意志を持って転倒などせぬよう気を付けて、栗栖川へ下らねば。

 8:00、中辺路町栗栖川着。今は田辺市となった中辺路町の町役場が、ここ栗栖川にあったようだ。そういう場所だけあって、裁けた道端のどこにでも自販機がある。退屈だった国道311とも栗栖川でお別れだ。とりあえず自販機が数台置いてある商店を選び、缶コーヒーで小休止とする。思えば今朝はまだ缶コーヒーを飲んでいなかった。

 栗栖川南端の覗で、おもむろに県道198へ分岐。
 龍神村までは鍛冶屋川沿いの狭い谷間を9km強、登りは240mぐらい。最後に山間の県道トンネルにしちゃだいぶ長い全長2300mの水上栃谷トンネルがある。
 この水上栃谷トンネルも、長年興味津々だった。最初は昔のツーリングマップルだった。くねくね山間をのたうち回る日高川から分岐して、いきなりまっすぐな直線と曲線だけの道が、等高線が入り組んで詰まってどこが何なのかよくわからない山中に描かれていたのだ。そのため、実態が想像しにくい図柄と、「水上栃谷」という漢字4文字の名前をセットで印象づけられてしまった。その後地形図を見て、状況のイメージは何とかできるようになった。
 実は紀伊半島には他にもこういう道がある。国道311の尾鷲市海岸沿い、それまでくねくね海岸沿いに続いていた道が、いきなり拡幅されてトンネルと橋で山中をショートカットしてしまうのだ。十津川村の十津川街道新道区間もそうだ。どこも現地では、地図で見ていないと全く意識しない程スムーズに通過できてしまう。道路設計とか土木技術とか、あるいはそういうものを詳しく見せてしまう地形図は、大したものだと思う。

 県道198は序盤から谷間をぐいぐい登り始めた。先行きがやや心配になるものの、斜度はすぐに5%〜それ以下程度に落ちついた。でもそれぐらいの坂でも、悲しいことに私のペースはてきめんに落ちてしまうのだった。
 広めで今風の道には、やはりそう多くないながらも県道なりに車がいる。小皆、船原、熊野川辺りまで、道は狭めのくねくね曲がる谷間を、法面やら橋やトンネルで突っ切ったり飛び越えてゆく。
 周囲は山の中だし谷間も比較的狭いのに、谷間の狭さと広い道しか印象に残らず、周りの風景はあまり身近に感じられない、ちょっと不思議なタイプの道だ。よく見ると、橋で入り組んだ山肌の小さい谷を豪快にダイナミックにばんばん越えてたりしていて、一昨日の瀞峡トンネルみたいに下りで通ると、もう少しそういう所を細かく眺めることができるのかもしれない。しかし、日高川の谷で海岸沿いに出ることが今日の最重要ミッションなので、今日近露を出発して水上栃谷トンネルを通るためには、この道を登り方向で通る必要があるのだ。
紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-3


 沢、向垣内辺りになると、それまで谷底にあって道から見えにくかった鍛治屋川と集落の雰囲気が、やっと視界に入ってきたように思えた。それでも、道幅がそこそこ広くて車がいて、やはり全体的に何となく他人行儀でどこか落ち着けない道だ。いや、車の量は普通に少ないと言って構わないかもしれない。辺りの風景は緑一杯で、初日の三瀬谷辺りより余程落ちつく道であるようにも思われる。それに広い道であっても、国道169の下北山村七色貯水池〜小森貯水池辺りは、車が極端に少なくてなかなか落ち着けるのだし。まあ、今回は細道の数々の印象が強烈すぎたかもしれない。

 聳え立つ山肌に真正面から穿たれたような水上栃谷トンネルの入口で、登りがほぼ終わった。実際の水上栃谷トンネルに、地図で見たような線形の違和感は全く無い。そしてトンネルを通っている間はコンクリート壁にナトリウム灯の光が続き、外界の日差しや生命溢れる緑の世界とは全く異なる、人工物だけの世界である。空気がひんやりしているのも、異次元感覚を盛り上げる。これこそが、違和感のある地図表現で読み取るべきものなのかもしれない。

 8:55、栃谷着。
 水上栃谷トンネルの出口から外界に放り出されるように龍神村側に抜けた途端、県道29と合流。県道29は以前、この近くの安井から紀伊田辺までバスに乗った時に通ったことがある。その時には、拡幅された国道425から集落の中へ、まるで民家の軒先に車体が接しそうな旧道細道を辿ってゆく路線バスに感心し、いつかこの旧道を辿ってみたいと思っていた。
 いきなりの交差点から道がすぐ曲がって登って日高川の谷間へ下って、方向感覚が非常に掴みにくい。こういう時にGPSトラックがあって非常に助かる。
 拡幅新道になっている国道425を少し経由し、細い鉄骨トラス橋梁の細道橋梁を渡って対岸の広瀬へ。集落の生活道のような細道へ脚を進める。

 日高川沿いの細道区間とともに、道端の空間と時間が身体を包むツーリングの時間が帰ってきた。広瀬の集落はすぐに途切れ、国道425の新道をオーバークロスした後、細道は曲がりくねった深い谷間の川岸へ降りてゆく。道端には林道っぽい看板が出ているものの、路側帯に細道系国道によくみられる白ラインが描かれているので、元国道なのではないかと思わせられる。でも、この道が元国道でなくても別に構わない。この狭く切り立った谷間で、この道が昔から使われている道なのは間違い無いことだろう。
 激しく曲がりくねる谷の森の中、川縁に続く道は完全に平坦という訳でもなく、しばしば20m前後の登って下ってがある。しかし全体としては岸のどこかを乗り越えたりせず、谷間がいきなり急降下し始めることも無く、至って静かに穏やかに途切れること無く、細道は続いてゆく。
 この辺りの日高川は、いかにも山の川っぽい青緑色の淵が印象的だ。水はまあまあ透明であるものの、流石にこれだけ流域に集落が続いていると、同じ中流域でも日置川や古座川や北山川等のよに水は清らかという程ではない。川底には異物もみられる。渓流というにはやや広い川原は石が主役で、時々荒々しく大きな岩場や見応えのある岩畳も見られるものの、基本的には絶えず石の川原が続いている。
 川原を挟む両側の山はあまり高くないが、裾が切り立って上の方が丸く木々が生い茂る、紀伊半島でよく見られる岸辺の山々だ。時々、対岸への吊橋が現れた。川沿いから100m前後ぐらいの山を越えて次の谷へ移ったり、山の向こうへ向かう道も、その道沿いに眺めが楽しそうな集落が点在していることも、地形図では見かけていた。今日は岸辺をコンプリートで通るべく、極力岸辺に続く道を、そして両岸に道がある場合は、静かで穏当そうな方を選んでGPSトラックを組んでいるので、おとなしくトラック通り徹底的に川岸に脚を進めることにする。

紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-4


 日高川の谷間とともにくねくねぐるぐる回り、原で森の中から川岸の集落へ。岸辺が拡がった応地の集落から、細い橋を、すぐに新道の国道425を渡って北野の集落へ。拡幅新道の国道425は、対岸のトンネルから日高川を橋で渡ってこちらに渡り、また山肌のトンネルに飛び込んでゆく。手持ちの地形図「川原河」では、北野からこちの細道に国道指定の色が付いている。
 また集落の外れから森へ、そして次の芝、津越の集落へ。狭い平地に畑、集落、学校が展開し、集落から森へ、また集落へ、田圃に畑、農家、小中学校や自販機、時々郵便局、農協、萬屋。路側帯の白ラインが続くこちらの道で集落が途切れると、対岸が集落に変わったり、どこかの山中から細道が合流したりまた分岐していったり。
 大きく曲がりくねるこちらの道は、しばらく進んでも地図上の位置は意外な程変わらない。谷間が曲がりくねっているため、似たような場所で距離を稼いでいるのだ。御坊までこういう道を辿る状態ではあるものの、ルートラボにより全体の距離は把握できているので、今日の行程に心配は無い。
 津越で日高川と国道425新道を渡り、鍛冶ヶ谷でまたもや対岸へ渡ってゆく国道425新道と交叉し、こちらは細道のまま森の中を対岸の新道と日高川を挟んで谷間に続いてゆく。
 拡幅別ルート化が進んだ国道425の、山と谷を突き抜けてゆく豪快さには、長い間この谷間の交通を阻んできた谷間の屈曲や岸辺の山坂が、現代の土木技術によりやっと克服されたことが感じられる。交通量が増えて車の排気ガスが谷間の空気に混ざったり、車が通る音が谷間に響いたりはするものの、土木技術そのものは谷間の何かをそれほど破壊している訳ではない。
 新道の道路空間には大型車・乗用車が高速で通り過ぎ、こちらには生活空間が続いている。しかし新道と旧道は同じ谷の新旧の道であり、道が二つあるからこそ私もこの場所に来れているのだ。
 ということを、実際に谷に来れて初めて実感できていた。

 方栗で対岸の道が途絶え、次の集落本村で国道425・424に合流。しばし新道を経由した後、小屋谷口で再び対岸の細道へ。前回2015年に小家まで通ったときは曇りだったためか、一度通った筈の道の風景に全く気付かないまま、小家の金比羅橋で2015年の既済区間が終了。こちらは国道424と別れて対岸に渡り、椿山貯水池沿いの道へ。
 曲がりくねる谷間に集落はすっかり途絶えたものの、山に挟まれた谷間の空間はここまでの谷間より多少拡がり始めた。岸辺には山が続いていて、時々曲がりくねる谷間と川原を見渡す以外に何か脚を停める要素は無い。しかし広い川原の岩畳や緑色の川面、曽気どき水没しそうな岸辺に頼りなく生えている若木、そして山を駆け上がる緑の森は見応えがある。
 対岸に国道424が通っているお陰で、こちらには車が殆どやってこない。道幅はやや広く、岸辺の山は森ばかりで、川をひたすら下っているはずなのにより山深さが感じられるようになってしまっていた。一体この山はどこまで続くのか、あまり里が現れないと却って心配になるほどだ。それでもいつの間にか対岸が遠くなり、谷間が名実ともに湖に変わり始めて、やっと椿山ダムに近づいていると実感できるようになってきた。

 11:15、平着。
 GPSトラックは椿山ダムの堤体を渡り、対岸の集落へと続いている。ここには確かルートラボで何かの観光施設っぽい名前が描いてあり、何か食べられるかもしれないと目を付けていた。そのため、宿にはおにぎりを作ってもらっていない。
 まだお昼前だが、そろそろ腹が減り始めていた。ここまで日高川沿いの細道を辿ってきて現地を見るに、ここ以外に何か食事ができそうな画期的な店が現れるとも思えない。いや、国道に向かいさえすれば、ところどころに道の駅があることはわかってはいる。必要以上に国道を経由せずに、何か食べられるチャンスなのだ。
 案の上それっぽい場所に「美山温泉」という看板がみられた。何となく看板の方へ脚を向け、そのままそれっぽい案内の通りに「愛徳荘」併設の食堂へ。
紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-5


 11:40、平「愛徳荘」発。
 あまり目立った起伏の無いこの谷間にしては、ここで一気に50m標高が下がり、下りきった愛口で標高180m弱。ここからはもう完全にあまり大きな下りも登り返しも無く、御坊まであと50kmちょっと、ほぼ一定に下り続けるはずだ。毎日山奥で10%の峠を登り下りしていた今回のツーリングの、いよいよ最終局面である。
 流域には集落が再び現れ始めた。椿山貯水池の手前から谷間の幅は多少拡がった反面、山々が切り立って川岸には平地があまり無い。そして少ない平地がまとまって存在している。渓谷と集落が一体化していた龍神村に比べ、大きな渓谷の中に平地と集落が点在する、全体としての空間を感じさせる。大分下流に下って来たはずなのに、まだ風景が下流っぽくなることは無さそうだ。
 こちらの岸には相変わらずのんびりした雰囲気が続いていたが、竿元で遂に対岸の国道424へと渡るトラックがGPS画面に現れた。この先こちら側には道が途切れるということだが、現地とルートラボが違う事だってある。今は道が続くような雰囲気を感じたので行ってみたら、やはりすぐ道は廃道っぽくぬかるみ始めた。1%の可能性を信じてそのまま進むより、今はあまり深入りしないことにしておく。御坊で早い時間の列車に乗れる可能性だってあるのだ。昼食を食べ終わり、私もそういうことを意識し始めていた。

 おとなしく引き返してしばし国道424へ、再び対岸へ渡るまで1km足らず我慢。御坊まで登り返しは無いはずだったが、上越方で国道424は山の低いところを乗り越えて、山を挟んでぐるっと回り込んでいる反対側の谷間へ降りてゆく経路になったいた。そのピーク手前の細道分岐は、道の掛け替えで乗り換えポイントは坂の上に変わってしまっていた。しかし、坂の上まで登らされたからと言って国道通りに谷間をショートカットしてしまうと、折角ここまで谷の形通りに下って来たのに画竜点睛を欠いてしまう。それに、やはり川沿いの細道を大回りする方が楽しい。
 地形図の名前にもなっている川原河の集落を対岸に眺めて、ぐるっと谷間を回り込む。阿田木では、さっき通った国道424が行く手の対岸から降りてきて交叉し、こちら側の山中へ分岐していった。いつの間にか日高川の谷間の形通りに沿いにぐるっと回り込んだため、山を越えてショートカットしてきた国道424に対して進行方向は逆向きになっていたのだった。
 前方から山を越えて下ってくる国道424をこちらから眺めると、幅が広く車が多く、何だかまるっきり見慣れない道だ。あの坂の上にいたのは20分も前じゃないのに。

 阿田木から道の名前は県道26となって、相変わらずぐるっと大きな曲線で曲がってゆく谷に続く。青緑色の川を両側の山が相対して囲む大きな谷間に、幅が広がった道は続いてゆく。周りの山はまだ高く、日高川は相変わらずくねっているものの、川幅と谷間空間が拡がったことで、谷間の雰囲気は次第にやや開けたものになり始めていた。
 三十木で県道26から対岸の県道25へ。県道26が日高川沿いから丘越えショートカットするので、日高川沿いに続く県道25へ乗り換えるのだ。その少し先でまたもや対岸の町道へ。この辺り、GPSトラックを描くときに広そうな道より狭そうな道、県道より町道、いろいろ画策して頻繁に川岸を変えたことを思い出した。しかし、より狭い道を選んだつもりが、実はこちらの方に集落が多いためか拡幅済みであり、交通量は少ないものの時々車がやって来る。対岸に眺める県道25は岸辺の木立が道を覆う静かそうな道。舗装の細道に希に軽トラが通る程度だ。もう少し慎重にトラックを選ぶんだった、と思った。
 坂野川橋ではその県道25がこちらの岸に渡ってきて、そのまま山中へ登ってゆく。川沿いの県道はまた名前が変わって県道196となる。こちらは橋を渡って対岸の町道へ。相変わらず道はほぼ平坦な細道だが、この辺りから谷間の幅と平地が拡がり始めた。どこがどこだったかは全く覚えていないものの、我ながらそれなりに意図を持って細かく計画しているのだった。
 全体的には谷間は相変わらず静かで、川幅は更に少し広くなったものの、川原には相変わらず大きな岩や青緑色の川が見応えたっぷりだった。
紀伊半島Tour18#5 2018/5/1(火)近露→御坊-6


 13:40、高津尾通過。というより対岸の賑わいに地図とGPS画面を照合し、その集落が高津尾だということを知った。高津尾は地形図では「川原河」の西側に描かれている。日高川が曲がりくねりすぎているために、「川原河」の東端にある水上栃谷トンネルから、通常の地形図の2枚分以上ぐらいの距離感とともに、やっと「川原河」の西側に到達したのだ。何となく標高はどんどん下がってきてはいて川幅も拡がってきてはいても、周囲の風景は山深くなるばかりの今日の行程なのだが、初めてだいぶ下ってきたことを理解できた。
 ひょっとしたら15時台のくろしおに間に合うかもしれないと思い始めた。

 大分川幅が拡がった日高川を挟んで眺める対岸の道に、いつの間にか交通量が増えていた。一度山越えへ向かった再び県道26が、再び日高川の谷間に降りて対岸の道になっていたのだった。
 こちらの道は県道196という名前に変わっていたが、谷間の幹線道路である向こう側に比べてひっそり静かな細道が続いていた。中津の観音寺橋で県道193がこちらに渡ってきて、そのままこちらの道と合流して道の名前が県道193に替わっても、相変わらず細く静かなままの道だった。
 しかし川沿いの平地部分は増えていて、道が平地の中へ向かって川縁から離れ、結果的に地形の目新しい変化が少なくなってきていた。というのは後で振り返って思い出すことであり、ただ細道沿いの入れ替わる風景を眺めて進んでいただけだった。
 まあそれぐらいに進んでも進んでもあまり変化の無い道だと思ってはいたものの、地形図をみるとどんどん御坊に近づいてもいる。目安にしていた高津尾だって、とっくに過ぎた。行く手の山も目立って低くなり、山の上には風力発電の風車が目立ち始めていた。それは以前紀勢本線乗車時に眺めた、海岸沿いの山々を思い出させた。
 計画時に地形図を見て、静かで楽しそうな谷間が続くんだろうなとは思っていたものの、こんなに延々と山深い谷間が続いたのは予想外だった。しかしやっと、風景が全体的に、海岸近くを予感させる雰囲気となっていたのだった。

 と思っていると、日高川にかなり細い橋が架かっているのに気が付いた。GPSトラックがその橋を渡っている。県道から細道へ逃げるコースをGPSトラックで組んでいた、松瀬に到着していたのだった。ここまで来たらもう御坊はあと数km。
 辺りも急に平地が拡がって、もうすっかり畑の中。自分で組んだGPSトラックはまさかと思うような畑の中へ入っていったものの、その通りに進めば裏道コースに迷いは無い。

 対岸の集落で、タイヤにずりっとした感覚を感じた。後輪がやや潰れ気味だった。停まって自転車をひっくり返して点検、石踏みによるスネークバイト系スローパンクというより予想外に摩耗したタイヤの布部分が露出していて、結論から言えば御坊までそろそろ走ってごまかすことに。
 踏み込まない、変なところを乗り越えない、道の恥っこの砂利は踏まない等細心の注意で御坊まで。

 14:45、御坊着。何とか辿り着けてひと安心。
 紀伊半島Tourシリーズで、過去に始発終着地が紀伊半島西側になったのは和歌山だけ。その時は早朝に出発してからすぐ高野山に登ってしまった。1日かけて半島西側を辿り、海岸に到達したのは、今回が初めてだ。安全に5日間、予定通りにコースを辿れたことに感謝、満足だ。
 次の特急くろしおは15:13、輪行時間は30分弱。これなら余裕である。

 特急くろしおは、新型なのに何故かスピードダウンした経済車287系ではなく、今や少数派となってしまった自然振り子車のオーシャンアロー283系が来た。283系は意外なことに阪和線内でもぐいんぐいんに振子を効かせて突っ走ってくれた。最後に283系に乗れたのも、やはり2日目に参拝した池神社の御利益かもしれない。

■■■2018/6/9
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

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