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FCYCLEコミュの北海道Tour17

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コミュ内全体

 今年も北海道に行って参ります。

#1釧路空港→札友内
#2札友内→開陽
#3民宿地平線の根釧台地202km
#4開陽→札友内
#5札友内→生田原
#6生田原→紋穂内又は仁宇布(未定)
#7紋穂内又は仁宇布→天塩温泉
#8天塩温泉→浜鬼志別
#9浜鬼志別→仁宇布
#10仁宇布→大村
#11大村→北落合→幾寅

 いつものワンパターン道東→道北→真ん中コースを更に推し進め、今年は宿も集約(?)。通りたい道、泊まりたい宿のワンパターン化を少しでも変えるのは外的要因です。まずは津別峠の屈斜路湖側崩落通行止め、そして山の日新設・ワークライフバランス推進による日程の11日化。
 このままだと鉄路が途絶えそうな南富良野町の現状も興味津々です。

■■■2017/8/1
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

コメント(20)

 なな何とあっという間に前半が終わってしまいましたが、ずっと寒さに凍えて雨に耐える日々でした。
 明日は早々と輪行決定です。
高地さん、よい旅を。よい出会いを。
晩婚でも新婚ですよ。
>>[2]
今ファームイントントですよ。今年は11日行程、感覚として凄く長いです。
>>[3]
そうそう。今日は歌登でいつか中頓別セイコーマートでお会いした方と再会。キハ82っぽい風貌の方なので間違い無いんですが、自転車はAZUのスポルティーフ。やはり走り屋さんのブランドなんですねー。
北海道Tour17#0 釧路空港まで-1

 毎年毎年変わり映え無いみたいな私の北海道Tour。でも今年は出発前から多少変革があった。
 まずは日程から。大変に大きな出来事があった。何と今年から、お盆前の金曜日が国民の祝日「山の日」ということになったのである。とりあえず私に関しては、ここ数年、お盆休み期間をフルに使った上で更に有給休暇を2日追加し、全11日、走行10日行程を実現できていた。それが有休取得日数はそのままで、行程をまる1日増やせる可能性が出てきたのである。
 しかし、金曜日休日がデフォルトだろうが何だろうが、休暇期間をお盆期間+3日とすることが果たして真っ当な会社員として可能なのだろうか(私的規準です 通常お盆期間だけでもちゃんと休むのが大変な方が多いのはわかってるつもりです すみません)。
 という大変に高いハードルを越えることができたのは、ワークライフバランス推進という社会的風潮だった。そして休暇申請は、ちょっとした勢いで休暇を申請したかもしれない。
 とにかく何かと有り難い条件が重なって、今年の北海道Tourは全12日。考えてみれば、私の旅程は20年近く前の有休+4日パターンに近い規模になりつつある。

 出発にも変革があった。毎年始発の飛行機に乗るために(というより余裕を持ってスムーズに手荷物を預けるために)、都内某所の実家を4時発、自走で都営浅草線東銀座まで向かい、5:14快特羽田空港行きに乗っていた。浅草線の始発が快特羽田空港行きなのは、早朝羽田空港までの需要がけっこうあるのだろう。
 それを今年は、都内某所の駅前からからリムジンバスが出発していることを出発直前に知り、試してみた。以前から一般論としてリムジンバスが空港の時間とバス発着場所次第で意外に使えることは知ってはいた。ただ、私が利用した所沢駅・国分寺ともバスが高速から降りてからの経路が長く、更に両駅とも、地元駅までちょっとだけ電車に乗る必要がある。このため空港からの帰路全体としてはやや面倒な選択となり、その後利用することは無かった。
 結論から言えば、目からウロコの楽ちんさだった。実家からリムジンバスのバス停までは所要時間1〜2分。実家4時発は変えずに、4時40分には輪行完了、当然バス待ちでは先頭を確保。その後5時前から他の乗客がガラガラケースを転がしてうじゃうじゃ集まり、5:10分台の出発段階ではほぼ満席となったのを、終始涼しい顔で他人事のように眺めていた。何より旅の始めの列の先頭確保は、30年以上前の上野駅急行八甲田自由席の頃から幸先がいいことになっている。
 乗客には自転車が3人もいた。もうリムジンバスでも自転車は当たり前のように乗客の一形態となっているようだ。輪行袋の大きさはHPに掲載されている荷物の大きさから若干大きいものの、リムジンバスに自転車を載せたことは過去2回あったし、全ての乗客の荷物がバスに載らない場合は早い者順という記載もあったので、自転車積載に不安は無かった。とは言え、2番目にやってきた地元自転車乗りっぽい方に「自転車載せられますか〜」などと聞いてはみた。念のため。
 時刻表によると、バスは20分足らずで空港ターミナルビルに到着する予定だ。たった20分足らずだよ、本当に着くのかよ、と思っていたら、当たり前だがちゃんと5時半過ぎに第2ターミナルに到着。過去最楽でありながら過去最速の空港早着だし、何より手荷物預けに10分並ばなかったのは大変有り難いことだった。
 手荷物カウンターでは、自転車+サイドバッグの荷物が30kgと出て驚いた。去年までは27kgだったはず。今年は望遠ズームレンズで2kg、その他自転車、サイドバッグとも四捨五入が切り上げで合計すると、確かにそういうことになるのかもしれない。

■■■2017/9/10
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
北海道Tour17#0 釧路空港まで-2

 飛行機自体は毎年変わらない釧路エア・ドゥ便。しかし今年の搭乗口はバス搭乗口の500番台ではなく、左右に大きく張り出した搭乗口の片側先端、55番だった。これが世に言う北ウイングという奴か、などと思った。55番はその一番先っぽなのが、またいい。5月の四国ツアーでは、ここの反対側だったことを思い出す。
 もはや空弁にもあまりどきどきしなくなっているので、朝食として食べるものを食べ、搭乗まで1時間うとうとするだけだ。窓の外はまだ朝7時前にもかかわらず空が真っ青、その青さは正に真夏そのもの。さすがは37℃予報だ。この日、実際には最高気温38℃だったらしい。

 関東平野では筑波山辺りまで快晴だったのが、涸沼が見えてきた辺りから雲が一気に下界を覆った。しかし雲の上は真っ青な空の中、機内も鋭い日差しが差し込んでやや暑い。そんな時に「釧路空港は19℃。東京とは温度差がございます。涼しい釧路をどうぞお楽しみ下さい。」という機長直々のというアナウンスがあった。本当か。毎年8月上旬、私は最高気温19℃という温度の感覚を忘れてしまっている。最高気温29℃ならわかる。空調だって27℃設定なのだし。

 着陸目前、雲の中から眼下に現れたのは、去年の着陸時と同じ阿寒の町だった。一昨年までの、太平洋側から直接空港に着陸するルートから、釧路便のコースは変更になったのかもしれない。
 9:15、たんちょう釧路空港着陸。到着予定時刻は9:25である。確か飛行機の時刻は離陸着陸基準だったように思う。タラップから降りて時刻通り、ということも多い。だとしても、大体10〜5分ぐらい早着と言っていい。やはり幸先がいい。
 機内モードを戻して確認したスマホ天気予報は終日曇り。しかし実態はやや暗めの曇りであるようで、明るく眩しく日差しが暑いほどだった雲の上からは打って変わって薄暗い。しかし今日は雨が降る気はしない。ここまでずっと幸先がいいのだ。何より涼しい空気が無性に嬉しい。

■■■2017/9/10
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2017/8/9(水)#1釧路空港→札友内-1
たんちょう釧路空港→山花→鶴居→ヌマオロ原野→弟子屈→札友内
77km ルートラボ>https://yahoo.jp/bhjTK5


 到着は早めだったのに手荷物受け取りはやや遅め、結果的に輪行作業は普段通りの進行となった。
 空港ポーチ下の温度表示は20℃。内陸丘陵部、しかも釧路市ではあるものの釧路市街地というより阿寒(阿寒も釧路市になって久しい)に近い釧路空港、流石に気温は少し高い。天気予報は1日曇り、晴れ基調ではなくかなりどんより系の曇りのようだ。何であっても、東京の蒸し暑さとはもはや別世界である。
 あまりすかっと晴れそうにないので、いっそのこと最短距離で札友内へ向かうことにした。もともと弟子屈への経路にここは絶対外せない、という道や、今日はこういう所を経由したいという明確なイメージがある訳ではなく、そもそも最短コース以外のめぼしい道はここ2〜3年で大体使っている。去年立ち寄った布伏内のラーメン「真澄」はやや魅力的だし、今日は雨の心配は無さそうだが、やはりあちら方面にも近年経由した道が多い。
 最短コースは1/5万地形図換算でたったの4枚。とは言え、鶴居・ヌマオロ経由で77km。到着は早ければ15時台、セイコーマートで立ち寄るのでまあ16時台だろう。10時半過ぎスタートの初日コースとしてはなかなかいいではないか。

 曇ってはいるものの、日焼け止めとムシペールを端折ると後で後悔する。しかし、ひとつひとつの作業を地道にこなすと全体で時間が掛かり、結局釧路空港発は10:40。いつもとそう変わらない。まあそんなものかもしれない。
 近年重宝する道道65・952で、まずは山花へ。丘陵から低地へ下るのに、地形を上手く使って緩い下りが長く続く。下り経済走行の観点からも、釧路から続く低地を手っ取り早く横断するにも、理想的な道なのだ。
 薄曇りながら北海道を走れている。とはいえそう思わないと、暑くない、荷物が重い以外に普段と何ら変わることは無い。しかしそのこと自体に、やはり北海道にやってきたことがじわじわと感じられ、無性に嬉しい。

 平野部に降りると、向かい風がやや強めに変わった。それが山花で仁々志別川の谷間、道道666に入ると、谷間効果なのか向かい風は目立たなくなった。
 仁々志別川の谷間は、山花付近では平坦で、やや裁けた、ややメリハリに欠けて根釧台地ほど印象的ではない牧場地帯である。それが下仁々志別辺りまでに、茂みと牧草地がややだらっと連続する、のんびりとした風景へと変わってゆく。そして中仁々志別では、周囲はこのままこの谷間を突き進んで行きたいようなのんびりした酪農の里っぽくなってきた。しかし予定コースは、中仁々志別から道道243へ分岐して丘陵を越え、東の谷間へ向かってゆく。仁々志別川の谷間を直進しても、谷間を奥へ10kmほど進んで、道はダート林道に変わるだけなのだ。のんびりした雰囲気は、行き止まりの谷間故なのかもしれない。

 中幌呂下への軽い丘越えには記憶があるものの、あまりメリハリが無いこの辺の風景のせいか、過去の訪問もいつと即答できない程度にあまり記憶に残っていない。しかし確実に過去何度か通ってはいて、一番記憶に残っているのは2005年、下幌呂「まきごや」から道東二期林道へ向かったときだ。まきごやが食事がとても美味しい宿だったのと、これから道東二期林道だという緊張と、その後雨が降ったことで、訪問自体が印象的だった。基本的には根釧台地の拡がりも太平洋岸の寂しさも無く、丘の森と谷間の牧草地がいくつも続く阿寒・鶴居らしい風景である。
 中幌路から幌呂へは町道経由。幌呂で道道829に分岐、またもや軽い丘越えで鶴居へ向かう。途中町民の森とか展望台とかへの分岐が現れ、この道も2010年に通ったのを思い出した。その時はもう塘路YH終着だったこともあり、展望台へ脚を向けた記憶がある。今日は曇りでもあり、お昼前にして確実に何か食べられる鶴居到着目前でもあり、全く問題無く通過してしまう。
2017/8/9(水)#1釧路空港→札友内-2

 丘から下ると、周囲の森は鶴居の市街地西外れに変わった。お昼時なせいか、町外れの住宅地はしんと静かで人気が少ない。背の高い草が生い茂り、住宅地の区画か単なる茂みなのかわからない街区を南から回り込み、市街地の南端部へ。
 12:30、鶴居セイコーマート到着。去年も立寄ったセイコーマートである。Hotchefがある店なので真っ先にチェックすると、首尾良く豚丼が入手できた。大変に幸先がいい。
 他にもゆでとうきび、パック野菜、オレンジジュース、そして缶コーヒーグランディアなど、セイコーマート立ち寄り時に食べたり入手しておかなければならないものを片っ端から買っておく。行程も初日だから何と何をいくつ、という感じですぐ頭に浮かばない。大丈夫、豚丼を食べている間に思い出せばいいのだ。少なくとも弟子屈へ向かうまでの補給食を仕入れておかなければならないことを、豚丼を食べている間に思い出した。

 13:15、鶴居発。町中でヨーロッパ風っぽい(ヨーロッパのどこに実際にそういうものがあるのかは知らない)リゾートホテルと「ホテルTAITO since1916」という看板を発見。釧路空港からここまで、過去の訪問の記憶はややあやふやだった。しかし、鶴居の町中のこういう建物に見覚えが無いのは確かだ。ただ、そう言えば前回鶴居のこの道を北上したのは、確か2004年。去年鶴居に立ち寄ったときには、町中の裏道を通ったのだった。恐らく13年間の間に、旅館がリゾートホテル風に建て替わっていても不思議ではない。とにかく、どちらかと言えば実用的な内陸市街だという鶴居の印象を、リゾート方面へと大きく変える建物である。そして一度は泊まってみたい。

 道道53を北上し、町中を外れて周囲が茂みに変わって気が付くと、頭上には青空が拡がり始めていた。路上の気温はここまでより明らかに上がっていて、町北側の小坂で妙に汗が出はじめた。しかしこの後すぐに再び空が雲で覆われた。そしてこの後、この日はもう晴れることは無かった。
 支雪裡第三まで道道53で北上、国道274へ乗り換えて中久著呂からヌマオロ原野へ丘越えが3回。国道274自体は、道そのものが国道っぽく埃っぽい。どちらかと言えば好きではない道だ。しかしそのあまり好きではない雰囲気と、くねくねしているようではあっても国道だけあって便利な場所に通っているためか比較的経由回数が多いのと、気分的に億劫な丘陵越えの登り下りの印象が強いせいか、この辺りでは他の道より景色の記憶はあるように思う。それに国道274だって、もう少し西側ではとてものんびりしたいい雰囲気の道なのだ。今日だってもしラーメン「真澄」食べたさに布伏内へ脚を向けていたら、ここまでずっと国道274を経由する必要があったはずだ。

 ヌマオロ原野でT字路を道道53へ乗り換えて弟子屈へ。現地の標識には沼幌とあるがヌマオロの方が古めの地形図で見慣れている。また、T字路3方向のうち2方向である国道274が、交差点のT字路を曲がって東へ分岐してゆくのも特徴的だ。ちなみに国道と二桁道道が交わる堂々たる(?)交差点ながら、当たり前のように信号は無い。
 中オソツベツ、上オソツベツ、奥オソツベツと丘越えが数回。弟子屈へ近づくにつれ、ピーク部分の標高は100m未満から200m目前へと段階的に上がってゆく。しかし基本的に道道53は谷間に沿った道であり、この辺りの丘陵地帯にしては地形が伸びやかだ。阿寒、鶴居、弟子屈の丘陵部では、間違い無く好きな道である。
 中オソツベツから上オソツベツは牧場と牧草地が多い。直線基調ではあるものの丘と谷なりに牧草地を抜けてゆく道には人里の雰囲気が途切れずに続く。自販機は無いものの、自販機ぐらいあってもおかしくない規模の農協施設もみられる。
 奥オソツベツは基本的にカラマツ植林の森が続く。今日は薄暗めの曇りで、この道本来の緑豊かな丘陵の風景もやや地味な印象だ。しかし、雨が本降りだった前回から考えると、これでも充分有り難い。この道、雨風で訪問の印象ががらっと変わる道であり、今日の気分は悪くない方だ。
2017/8/9(水)#1釧路空港→札友内-3

 丘陵を降りた最栄利別で平原が拡がった。まだ14時台、時間はたっぷりある。そこで通る度に興味津々でも立ち寄る余裕は無かった山裾の平原、奥春別を経由してみることにした。というよりここに立ち寄る気満々で、GPSトラックも組んであるのだ。
 平たく見えても全体的に緩やかに傾いている北海道の地形の例に漏れず、奥春別の平原も山裾から弟子屈へと緩やかに傾斜している。一直線のいかにも農道然とした細道は、地形の微妙な起伏もそのまま直登で横断してゆく。小さな丘を乗り越えると、下り側では阿寒湖から下ってくる国道241の反対の山裾まで眺めが拡がった。計画段階ではあちらにも線を引いてはみたのだが、いや、なんだか面倒臭そうな斜面だ。晴れの日には広々、雨の日もそれなりに伸びやかな平原は、今日は雨は降っていないものの、雲はますますかなり重く低く暗くなり、更に空中に少し水滴もぱらつき始めていた。

 奥春別から再び道道53へ戻り、弟子屈の南側から桜橋で鐺別川を渡って市街地へ。川岸から町中へは多少高低差がある。摩周駅側から来るとこの坂がけっこう急でしんどいぐらいの登りなのだが、今日の経路では川を渡る橋から町中への登りが始まっているためか、登り量は意外に少なく緩く感じられ、覚悟していた分何だか得をしたような気になった。今後はできる限りこちらから弟子屈に入ろう、とも思った。
 鱒や到着目前だが、弟子屈ではやはりセイコーマートへ立ち寄らねば。明日の朝食も買い込んでおく必要がある。
 というより明日10日の天気予報は弟子屈で9〜12時が雨、周辺の地域も含めて微妙だ。しかし1日じゅう雨予報の11日、12日よりはましとも創造される。明日10日、11日に開陽の民宿地平線に連泊して11日に毎年恒例の根釧台地202kmコースを訪れるのが、今回の北海道Tour旅程前半の大きな流れになっているのだが、このままだと11日は終日運休にせざるを得ない。また、その後12日は民宿地平線から再び鱒やに戻って来ることになっていて、その経路は知床山脈を越えて一度斜里側を経由するやや大回り気味の根北峠・清里峠経由のトラックを組んでいる。しかしこの「170812」と予定日の日付で名前を付けているコースも、雨なら峠越えは極力避けたい。
 天気はどうも今ひとつだが決定できないまま、明日はとりあえず早出できるように朝食は買い込んでおくことにした。いざ店内に入ると、豚丼がHotchefの棚の最下段に並んでいた。人気商品の豚丼に1日2回のセイコーマートで2回とも買えるとは。いいぞ。今年は豚丼には困らないかもしれない。などと思うぐらいに歓喜していた。
 今年の豚丼は去年までとはちょっと構成が変わっていて、肉の脇にタレで煮込んだ玉ねぎが加わえられていた。一方、Hotchefの焼きたてパン系の棚に、ショートブレッドなるかなり分厚いクッキーを発見。このHotchef新メニューはかなり分厚いだけあって意外に食べ応えはあり、その後今回の補給食のレギュラーメンバーとなった。

 弟子屈から先は道道717で札友内へ。いつも青空が現れる美羅尾スキー場手前で雨が一瞬ぱらついた。摩周の山裾も完全に雲に隠れていた。そして気温がかなり低い。
 16:25、鱒や着。

 私の到着から少し経って、いつも鱒やでお会いするバイクの方に、今年もお会いすることができた。しかし、既にビール3本で私は泥酔してしまっていた。
 さて、明日の予報は弟子屈で6時〜9時まで雨、その後は曇り。終着の中標津町も同じ傾向のようだ。明後日11日、明明後日の天気予報は曇り時々雨、降水確率は70%。10年以上前に根釧台地で恐ろしいにわか雨に遭っているので、この予報だと明後日の根釧台地202kmコースは確実に取りやめだ。そしたら11日はどうしよう。連泊なので宿で1日寝るか。それもいいかもしれない。そういうのがおやじの旅というものだ。
 そして明日の方が12日より天気予報は良さそうなので、12日の根北峠・清里峠経由で鱒やへ帰ってくるコースは、明日の実施に変更する方がいいように思えてきた。清里峠は8年振り、根北峠は9年振りだし、このチャンスに是非訪れておきたい。また、12日はやや楽な明日予定の開陽→根釧台地ポタ→弟子屈のコースに変更する方が、13日以降のオホーツク内陸北上に向けて体力温存にもなるだろう。

■■■2017/10/3
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
2017/8/10(木)#2札友内→開陽-1

札友内→仁多→萩野→中虹別→清里峠→緑→越川→根北峠→西北標津→武佐→開陽
159km
ルートラボ>https://yahoo.jp/NCDUmj

 4時、眠気覚ましに天気予報をチェック。弟子屈で6時だけ雨で他は1日中曇り、中標津も同じ。清里峠を越えた知床山脈の向こう側の清里町、斜里町では終日曇り。明後日、明明後日は雨っぽい。今日は昨日考えた通り、明後日12日に予定していた清里峠・根北峠経由を、振り替え実施すべきだ。
 今日のコースが決まったので、明日11日の行動ももう少し詳しく考えておくことにする。明日の予報は中標津町・標津町・別海町・標茶町とも6時と15時の枠が雨でそれ以外は曇り、降水確率は60%と70%。ということは9時と12時の枠、境目でいうと7時半〜13時半は曇りという予報のようにも受け取ることはできる。毎年の根釧台地202kmコースの進行を考えると、この時間帯なら全体の半分以上、いや、3/4近くがここに入るだろう。ということは、明日は根釧台地202kmへ出発すればいいんじゃないかという気もする。が、この季節の北海道、ましてや根釧台地の奥では、あまりからっと明るい曇りは期待できない。というより過去実績を考えても、曇りの実態は多分水滴がぱらつく霧雨〜雨一歩手前状態ぐらいが続く、というぐらいを想定するべきだろう。予報が現地では悪化していたって何の不思議は無い。
 明日についての判断は、まだ先送り可能だ。少なくとも今日は、ますます清里峠、根北峠へ行っておくべきだろう。

 外に出ると、霧雨一歩手前ぐらいでぎりぎり水滴を感じない、という程度に湿度の高さが感じられる。そして半袖2枚にレーパンでかなり寒い。これなら雨具を着込んでも、平地で汗をかくことは無いだろう。
 5:40、札友内「鱒や」発。
 まずは釧路川対岸へ。鱒や入口の道は鱒やへの分岐で通行止めの廃道になっているため、国道243を少し弟子屈方面へ下り、屈斜路湖東岸・野上峠方面への国道391を少し経由してから、おもむろに霧雨の弟子屈原野(という地名なのです)突入。国道243の上手、南北方向に続く町道へ。
 開けた裾野の牧草地、観光牧場っぽい牧場、森の中に道が続く。次に摩周湖へ登ってゆく道道52が現れた。道道52は、1986年に1回摩周湖へ向かって登って以来、脚を向けていない。既に当時、余りに観光バスが多かったのと、登りが長くて辟易したのだ。もはやどういう印象だったかも忘れてしまった道である。ただ、その漠然とした印象に、目の前で直交している道道52沿いの、なんとなく鄙びた観光系店舗の佇まいが含まれているような気はする。そして1986年当時は、そういうものも北海道らしさの一環として受け止めていたように思う。ふと忘れていたそんなことを思い出させるのだから、きっと当時と道の雰囲気はあまり変わっていないのかも知れない。
 ここで本来はそのまま町道を直進すべきなのだが、GPS画面、下手の国道243沿いにセイコーマートのマークを発見。出発したばかりではあるものの、道道52で少し下手へ下って国道238との交差点へ。
 ここのセイコーマートは、2000年代前半、私にとって弟子屈でのデフォルト休憩場所だったように思う。屈斜路湖、摩周湖、釧路湿原方面という道東定番の観光地へ便利なポジションにあるためか、私がよく訪れていた頃にこの店舗が全道で売り上げNo.1だった時期もあったようだ。当時朝6時台にしてレジ待ちに20分掛かって、その頃店の周囲に浮浪者がいたこともあり、その後もう10年以上立ち寄っていない。弟子屈でのデフォルト休憩場所だった「ように思う」とは、あまりに訪れていない期間が長く、その店はもともともう少し先の国道391との交差点にあったのが閉店してしったという話を聞いた気もする。つまり、この店とは別の店だったような気もするし、そうでないような気もする。それぐらいに店の周辺には記憶が無く、とりあえず今日は店の周りに浮浪者はいなくて、レジ待ちも無かった。

 再びさっきの町道で霧っぽい牧草地を更に南下した後、近年仁多から弟子屈へ直接降りるのによく使う道へ。毎年のコースがワンパターン化するのに伴い、開陽から弟子屈へ向かう経路でこの道をいつも弟子屈峠から弟子屈の町に下るのに使っている。今日はいつもと逆方向からの登りで、見慣れた景色や森、畑、牧草地、農家など、細かい起伏と共に逆の順番で登場するのが新鮮であり、弟子屈からどこかへ移動しつつあるという気分にしてくれる。

2017/8/10(木)#2札友内→開陽-2

 牧場農家っぽい生活感が漂う仁多の集落を過ぎると、道は国道243の合流点へ登ってゆく緩斜面へ。
 ここまでで路面は完全に真っ黒くしっとり状態に変わっていた。そして何とかぎりぎりで雨にはなっていなかった空の水分、もっと言えば霧粒が、緩斜面上手、国道243のスノーシェッドが見えてきた辺りで急に雨に変わった。現象としては、空気のバランスが雨側に推移して、大気中の水分が一気に落ちてきたというように思われた。そう思われたというより、覚悟していた事態に推移したという方がニュアンスとしては正しい。もうここから先は清里峠を下るまでしばらく雨なのだろう。

 スノーシェッドを抜けた国道243は弟子屈・虹別間のピーク部分を越え、根釧台地へ。根釧台地特有の開放感より、ひたすら低い雲で薄暗く、水分で重たい風景が続いた。この場所で雨に降られるのは初めてではないので、過去の訪問とその時の気分など思い出しつつ、緩い下りの経済走行で萩野へ。経済走行が可能ということは、幸い向かい風でも横風でもないということだろう。
 萩野へ下っても、農道へ分岐して道道885へショートカットしても、依然として予想通りに雨は続いた。
 道道885は西別川の谷を渡ると、養老牛手前まで続く一直線区間に移行する。清里峠へ向かう道道は道道150だ。その道道150と道道885は、養老牛のながかわ商店の交差点で接続している。しかし今日は清里峠へ向かうのに養老牛まで行かずに、もっと手前の中虹別から、森の中を道道150へ行き着く道へ脚を向けてみた。地図上では、舗装だと有り難いなと思うぐらいに細道で描かれている位の脇道で、そしてルートラボを気楽に脇道系で組んでいるうちに、あまり意図せずにこういう道を選んでしまう場合が時々ある。本当のことを言えば、道道885・150とは三角形の2辺と1辺の関係にある道であり、多少ショートカットになると思っていたのだ。しかし、実際にはむしろ遠回りと言っていいぐらいの関係だったことに、後で気が付いたのであった。
 本日の現実としては、道道885から北側に曲がって2つめのグリッドの途中、牧草地の中でダートに替わった。意外に早い。しばらく牧草地が続いた後、カラマツの大森林に突入。明らかに、清里峠への道道150までしばらくこのままダートが続くのだろうと思えた。
 丸太が留置してある林業系の広場を過ぎ、道にそれまでより明らかに草が茂り、轍は深く足下は柔らかくなった。タイヤの跡もやや薄くなったものの、途切れてはいないのが救いだった。時々、オフロードバイクらしき細目の、そして恐らく昨日着いたと思われるぐらいに新しいタイヤ跡もみられた。そのまま森が密になったり疎になったりして路面も薄暗くなったり意外にも明るくなったりして、ダートは結構長い間続いた。途中で地図を確認すると、道道150までは意外に距離がある。それぐらいにこの道には注意を払っていなかった。
 森の中、滴る水滴は次第に増えてきた。少しづつ標高が上がると共に雨は濃くなったようである。道端の茂みには熊っぽい甘い臭いが時々漂い、そう思っていると風化しつつある大きな糞を見つけた。やはり順当に見知った道道を行くべきだったと思ったものの、戻るのも面倒くさい。まあこのまま突破してしまえ。できるかな。
 そんな状況でも森の中、地図通りに道は続いた。一応ダートでの距離感覚はあるので、いつか必ず道道150に合流できると思ってはいたものの、地図通り合流できたときには嬉しかった。しかしやはり、雨の日にこんな道を通るものではない、とまた思った。

 道道150でも引き続き雨が降り続いた。大変緩い斜度の道なので、そもそも標高300mを超えるまでにしばらくかかった。標高300mを越えるとさすがに斜度は少し増したものの、400mを越えてからは再び坂が一段落。何とほとんど平坦な区間まで登場した。そういえばこの峠、向こう側から登ってきたときに緩いにも程があると驚いたのを思い出した。
 坂は緩くても、峠の標高が450mを超えているのはやや意外である。峠の手前はスノーシェッド。最後に峠の面目躍如的な距離数10m程度の最急勾配の先が清里峠である。到着は9:50。裏摩周展望台への道道1115が分岐している。というより清里峠を越えたこの道の清里側は、道道1115となるのだ。
 確か最後に裏摩周に脚を延ばしたのは2001年だった、等と思い出す。あの日は激晴れで、ゴマフアブに包囲されて泣きながら劇坂を登ったのだった。今日のところは峠に立ち寄る理由は何も無く、そのまま通過。

2017/8/10(木)#2札友内→開陽-3

 下り側も、無人の大森林が延々と緩斜面に続く。幸い自転車で下るには、経済走行に有利なぐらいの下りではある。しとしと降り続ける雨の中、延々と続く森を眺めつつ、あまり脚を動かさず登り返しも無く、かといって30km/hぐらいのいいペースは維持できていて、かなり淡々とした気分で下れる道だ。思えば今日のコース上、清里峠も斜里峠も北海道でも峠区間の距離が長いことが特徴である。
 標高280m辺りまで下ると、ようやく周囲に畑が登場。標高260mぐらいでは急に雨が上がった。と思ったら、路面まで一気に乾いてしまった。周囲の山のすぐ頭上ぐらいの高さには、とろんと濃厚そうな雲がまとわりつき、均質に拡がっている。恐らくこの先、根北峠のこちら側までこんな感じで、ある高さから急に雨が降り始めるのかもしれない。
 更に下り続け、まだかよ、まだなのかよ、と思って地図を読み返そうと思った辺りで、やっと「緑」の文字が道の脇に見え始めた。前回2009年の訪問は緑からの登りだった。その時のとにかく長い登りという印象が、今回上書きされた清里峠訪問だった。
 緑では国道から逸れ、畑の中に続く裏道を経由。確か駅前には自販機は無かったはず、なら国道を通るメリットは薄い(後日、実は駅周辺に自販機が存在していたことを知った)のである。

 緑から更に下った青葉一区で、GPSトラックに従い道道1115から広域農道へ分岐。ここから斜里岳の裾野を時計回りに進む区間である。
 斜里の風景の特徴は、伸びやかに拡がる斜里岳の裾野と何故か少し淡い色に思える空、そしてここ以外にあまり見かけない、不揃い気味の防風林である。中標津や十勝の整然とした防風林より木々の背が低く、1本1本の立ち姿が妙に不整形で、防風林というより少し列を作ってすぐに途切れ、途中で単なる植木になっているような箇所が目立つのだ。それらの要素が、斜里独特のどこか寂しい最果て感を形成している。ちなみに、この淡く寂しいような印象は、さらに先へ進んだ峰浜から知床半島側では、急に全てが濃厚に感じられるように激変するのが面白い。
 斜里岳北側裾野には、所々で中腹から登山道や林道に変わる車道が、単独に山裾を登っている。そういう行き止まり系の道は外し、あくまで穏当な地形の場所主体に、清里峠から根北峠まで斜里まで下り切らず適度に地形の変化を期待しつつ、久しぶりの斜里地方の風景を味わおうというのが、今日の訪問の基本的な方針だ。

 しかし、今日は結局国道244の越川まで、終始空は淡い青色じゃなくてどんよりと濃く重い雲で覆われていた。時々水滴がぱらついたものの降り続くような雨に至ることは無く、覚悟していた範囲の上限ぐらいで天気は比較的安定し、気温も何とか半袖2枚ぐらいでちょうどいい位には上がっていたのは幸いではあったものの、期待していた広々とした雰囲気はあまり味わえなかったように思う。
 区間の前半、川向から江南へは裾野の起伏を横断するようなアップダウン。中半の来運から三井は標高が100m以下まで下がるためか、地形は起伏横断というよりやや平坦に安定する。ただ、平面全体の傾斜は絶えず続いていて、妙に調子良く進める箇所や、その逆に訳もわからず妙に脚が重い箇所が入れ替わりつつ推移した。
 丘陵と平面には森と畑と集落が続く。中標津に比べると畑作農家が比較的多く、時々小集落もある。廃校跡らしき集会場や、近年のものらしき公園的施設なども見かけた。しかし商店の類は全く無く、自販機すら1〜2ヶ所で見かけただけだった。
 何となくのろのろと、いつまでも清里近くの裏道をふらふらしているような気がしていたが、いつの間にか下手に町を遠望する位置に来ていた。何とその町は斜里っぽい。そして、空は次第に暗くなり始めていた。少し道を間違って登り方向に進むと、風が吹いて水滴がぱらつき始めた。何となくこの後の天気が危ぶまれる。少なくとも、少し高度を上げるとこうなるということがよく理解できた。これから向かう国道244に次第に近づく道ではあるものの、この道では国道244合流手前に軽い丘越えがあり、あまりショートカットも期待できないし、越川の早川商店に寄れない。10年以上前、確か既に相当に寂れていたこの早川商店、現在営業しているかどうかはわからないものの、最低限自販機ぐらいはあるだろうと思われる。できればここで最低限水ぐらいは補給していきたい。
2017/8/10(木)#2札友内→開陽-4

 越川への下りは、やはり我ながら人が変わったように好調ペースに変わり、12:40、越川の早川商店着。
 商店という名前でスマホ地図に載ってはいるものの、やはり想像通りシャッターはもう長いこと閉ざされたままっぽく、自販機が1台だけ店の前を守っていた。それでもここで持ってきたおにぎりを片付けるのには何の不足も無いし、流石の国道、腰を下ろすような道の縁石には事書かない。いろはすをボトルに入れてHotchefのクロワッサンを腹に押し込むうち、根北峠方面の谷上空がかなり重く暗くなってきた。山の姿も霞み始めている。さっきの不安通りの展開に変わりつつある。でも今日開陽へ向かうためには、根北峠へ向かわねばならない。

 雨具を着込んで12:55、越川発。
 やはり雨はすぐに降ってきた。「わかってたんだけどね」などとつぶやきながら雨に打たれ、谷底の緩い登りをとぼとぼと進みはじめると、しかしその後意外にも越川上手の、周囲の茂みが森っぽくなってきた辺りで雨は上がり、結局根北峠まで、いや、その後振り続くような雨にはならなかったのは幸いだった。まあ天気予報が大きく外れなかったというだけのことかもしれない。
 雨が弱くなってきた越川上手で、旧根北線の橋脚遺構が登場。来る度に遺構周囲の整備は進んでいる一方、周辺の樹木は成長を続け、10年ぶりの今回は遂に橋脚が足下から見上げられるだけとなっていた。ここに訪れた一番最初の時には、周辺の茂み(確かまだ茂みだった)からすっくと立ち上がった端正な橋脚アーチのシルエットに、思わず脚が停まるほどだったのに。

 長い長い谷底区間の後、国道244は峠の登り終盤でようやく次第にじりじり標高を上げ、離陸後は山腹を巻いてゆく道も、道幅、路側帯、照明やガードレールなど、そこかしこに国道峠ならではの頼もしい構築物がみられるのも、いかにも峠っぽい。
 そういう道の雰囲気、景色にあまり記憶が無い。前回この峠を通ったのはたしか2008年。あっという間にもう10年経っていたことを実感する。しかし峠手前では、観測小屋や機器等諸施設が記憶通り。自分のHPで写真を時々眺めているからである。
 14:40根北峠通過。標高495m。越川は標高70mだったので、根北峠まで標高差420mを約15kmもかけて登ったことになる。やはりかなり緩めの峠だが、自分もそれなり以上にペースは落ちているのが情けない。

 峠下は比較的普通の下りで谷底へ急降下。それからが延々と長い。
 そんなことは予めわかっているし、今日のコースではもう清里峠である程度慣れている。しかし斜度は緩くても、谷を囲む山々の佇まいというか森のボリュームというか、渾然一体の山深さと迫力には「知床山脈」がひしひしと感じられる。さすがの根北峠だ。
 下り区間の半分ぐらい、瑠辺斯辺りで現れる登り返しは、以前のトラウマでかなりしつこいように思っていたが、実際に訪れてみたら勢い+α程度で登れてしまう程度。そう大した登り返しではなかった。その辺まで次第に明るくなってきていた雲が、知床方面へ向かって切れて、遂に真っ青な夏の空が現れた。日差しに照らされた明るく濃い緑もりもりの山肌に、またもや知床が感じられる。
 こちらにもどんどん青空が拡がることを期待してはみたが、だいぶ下った金山橋をピークとして再び次第に雲が空に拡がり、その雲は午前の雲とは違って多少高めの雲ではあったものの、その後開陽まで空が晴れることは遂に無かった。
 金山橋あたりで谷間が急に落ち込み、国道244も谷底を追いかけるように再び下り始めた。延々と続いた山と森が切れ、西北標津の牧草地へ道は着陸するように降りていった。
2017/8/10(木)#2札友内→開陽-5

 西北標津で内陸へ向かう町道裏道へ。あまりダートに踏み込まないように経路を選びつつ、裏道でさらに南下し、内陸から武佐へ向かう道道975に合流。
 武佐までの地形は、平坦なまま全体的に傾斜していてぱっと見坂なのか何なのか全くわからない、根釧台地でよくあるパターンだ。広々とした牧草地の1本道なので、視覚的には斜度が全く感じられない。脚には抵抗と意識しないぐらいに登り抵抗があるため、自分が疲れていると勘違いする程度の傾斜が続いてゆく。途中で地形が下り方向に変わると、急に脚が楽になって、それまで登りだったことがよくわかる。向かい風だとてきめんにつらく、過去の訪問ではむしろつらい印象が強い道だ。今日は追い風気味なのが大変有り難い。追い風がありがたく感じられるのは、過去にここで苦労したお陰である。
 しかしそういう感覚とは全く別に、右手に知床山脈の整った山の姿を望みながら、広々と開放感溢れる牧草地、整然と続く防風林を進む道はとても楽しい。整然とした風景は、牧草地と防風林、つまり人の手が入った土地であることがその理由だ。根釧台地一番北側の山裾に、虹別からずっと道道885・150・町道北19・道道975と続く1本道の共通の雰囲気として、中標津〜標津的な平野部牧草地の風景の、好ましい要素が凝縮されているように思う。そういえばこの道、ミルクロードなどと呼ばれることも多いのであった。

 武佐から大きく角度を変えて町道19へ。風景はここまでにも増して広々としているのに、実態として山裾を登っているこの道は、やはりここまでに比べて明らかに脚に抵抗を感じる。視覚的には登っているという気が全くしないのが始末に悪い。ここまで来ると、毎年の根釧台地202kmコースの一部であり、いつもは下りに使っているので、どれぐらいの登りなのか頭では理解してはいる。
 西北標津からずっと、再び雲が空一杯に広がってはいたものの、午前中のような重く低い雲ではなく明るく高く、もうしばらく雨の心配は無いと思えた。さっき国道244で青空を見て、もしかしたらこのまま夕方へ向かって雲が消え、開陽台では晴れの夕方に会えるかも知れないとまで思った。
 しかし、少し甘かったかもしれない。武佐から山裾へと町道北19が登り始める辺りから、空の雲は再び厚く重くなり始めていた。
 北開陽に近づくと、開陽台の全貌と展望台はよく見えた。更に開陽台の真上部だけ、何故か雲が明るい。すなわち、開陽台からの視界は開けている、ということである。しかし周囲とその外側ぐるっと全周が遠くまで、厚く雲が垂れ込めていて、景色が薄暗い。
 開陽台からのそんな風景、つまり遠くまで視界は開けてはいるものの、雲が厚く全体的に薄暗い根釧台地を、以前何度か見たことがある。そういうときは、開陽台の登りをえっちらおっちら登ってどんより灰色の空と一面薄暗い根釧台地を眺め、それなりに満足して有り難いと思い、すぐ開陽に降りていた。そして直近の訪問として、去年はけっこう晴れた部類の開陽台に会えている。今日開陽台へ脚を向けても、どういう風景に会えてどんな気持ちになってどういう行動を取るか、けっこうな確度で想像が付いているように思えた。そして自分はやはり晴れの日の開陽台の方が好きだ。晴れでも曇りでも霧でも昼も夜も開陽台は開陽台なのだが。
 去年から1年間、再び開陽台に来ようと思い、開陽台の手前まで来ることができていること自体は大変ありがたく素晴らしいことだ。しかし今日の所は、何も無理しないでもいいのではないか、と思えた。可能性は低いものの明日は202kmコースに行けるかもしれないんだし。

 16:40開陽「民宿地平線」。
 明日の天気予報の好転を期待していたが、夕方の時間予報では相変わらず6時に雨、15時に雨。これだけなら3年前の202kmコース訪問時と同じではある。しかし今日の天気を見ていると、曇り予報の実態には全く期待が持てない。恐らく1日中霧雨〜本降りなのだろうと思われた。宿主の石川さんにもご意見を伺ってみると、即答で一言「ザーザー降りでしょう」とのこと。今までもかなり確度が高い石川さん予報であり、天気予報よりかなり悪くてもこちらの方が信頼度は高い。
 少なくとも夜明けに起きて雨が降っていたなら、明日の202kmは即中止することにした。

■■■2017/10/14
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■■■高地 大輔
2017/8/11(木)#3 雨の民宿地平線-1


 4時に起きてはみたが、まだ真っ暗な窓の外に、明らかな雨の音が聞こえる。もう窓も開けず、半分寝ぼけたままでスマホで天気予報を確認。相変わらずの9時まで雨、15時以降雨なのを確認し、2度寝へ。

 次に目が覚めたのは5時。なんだか窓の外が結構明るい。ややっ、これは判断を誤ったか。しかし窓の外を見ると、コンタクト無しの裸眼0.03状態で雨脚がわかるほどの雨が降っていた。防風林が揺れていることから、やや強めの風も吹いていることがわかる。窓を開けたら、牧草地に雨音が響いていた。草に雨が当たっているのだ。
 心から、やはり今日は走るのを止めて良かったと思える。天気予報よりよく当たる石川さん予報、今回もばっちり的中の「ざーざー降り」だ。

 目が覚めてしまったので、ツーリング生活のリズムは守るべくとりあえず5時半過ぎから朝食。のろのろと202km出発用の朝食各アイテムをゆっくりゆっくり食べ、7時半から2度寝へ。腹に物が入ったためか、眠ることに苦労しない。
 横になって次に気が付くと9時過ぎだった。完全に気が抜けている。階下の広間に降りてコーヒーを頂いたものの、石川さん、女将さんとも用事で午前中は外出してしまっている。シーンと静まりかえった家屋の2階に引きこもり、2度ほど居眠りする度30分ぐらいが経過した。寝返りを打つとなんだか身体が痛い。明らかに寝過ぎである。寝ようと思えばいつでもすぐに眠れてしまう。
 だが、やることが無いわけじゃない。今後のオホーツク内陸に道北、あまりよく考えていなかった区間のルートラボを組むのに、今回から装備に加えたLet'sNoteRZ6がとても使いやすい。昨年までのVAIO TypePは小型だったので携帯にはうってつけだったし、キーボードがこの手のPCにしてはなかなか良かったが、横長画面は諸作業には致命的に使いにくかった。そしてWindows7の起動までは問題無かったが、その後何かと動作や反応が遅く、ルートラボを開くまで、そしてたかがテキストエディタにATOKで文章を打つのだけでもストレスが溜まるほどだった。
 RZ6は一見地味で目立つところは何も無いのだが、使い始めると大変に使いやすい。持ち歩くにはこれ以上大きくしたくない、そして使い勝手上はこれ以上小さくできないぎりぎりのサイズ、文書作成ぐらいなら全くストレスの無い動作、LTE搭載でネットすいすい、それでいて電池の持ちがいい。更に通常の今時PCより画面が縦長になっていて、私がやるような文章書きやWeb地図でのトラック検討などに大変使いやすいのである。持ち歩いて使う、ぎりぎりの所が突き詰められている。ただし値段はかなり高い。使ってみれば納得の製品ではあるが。

 お昼前に石川さんが、そしてお昼に女将さんが帰ってきた。13時過ぎ、そろそろ作業にも厭きてきたところで、石川さんが「100kmコースに行きましょう。その後で温泉へ」と声を掛けてくださった。渡りに船と、喜んで温泉の準備をして車に乗せていただいた。
 まずは道道150を南下して町道へ。計根別の北までは、去年民宿地平線から鱒やへ向かった時に通った道の通りである。
 相変わらずまだ雨は降っていて、結局今日は1日じゅう雨なのだ、と思った。少し経つと雨はとりあえず上がったものの、かなり霧っぽく薄暗く気温は見るからに低そうだ。俣落の先、地形は山裾の道道505より余程ダイナミックに変化し始める。根釧台地山裾の平面に溝を掘る川の谷間が、より下手で谷の溝だけが深く広くなっているのだ。中標津山裾の道の起伏が川によるものだということが、よく理解できる。地形の変化に伴い、道も一直線が続くだけではなく、カーブと空間の変化を伴ってゆく。たとえ空が低い雲に覆われて、遠景の知床山脈が全く見えなくても。
2017/8/11(木)#3 雨の民宿地平線-2


 「あそこが計根別です」と石川さんに教えていただいた。その気になれば、100kmコースでは計根別への立ち寄りは可能なのである。そして計根別にはセイコーマートもある。
 計根別の市街地を森の向こうに何となく眺めながら、少し先でコースは90°方向を変えて南下区間へ。202kmコースでは根釧台地の一番縁、泉川の丘陵横断アップダウン区間に相当するパートである。100kmコースでは大分内側の、ほとんど谷の横断が無いフラットな台地上を南下してゆく。道沿いに点在するコンクリート構造物の遺構は、旧日本軍の航空施設のものらしい。この道は確か通ったことがあるかもしれない。いや、計根別へ続く道道311なら、確かに何度か通っているはずだ。

 中西別の外れまで南下して、今度は東向き区間へ。虹別・別海間の国道243と虹別・中標津間の道道13の中間地帯である。外様ツーリストの私には、虹別・中標津・別海の3角地帯を東西へ向かった記憶が全く無い。根釧台地の拠点間の中間部になってしまってなかなか通る機会が無いのだ。
 豊原には郵便局・地区会館がある。ここには自販機もあることを直々に教えていただく。202kmコースにあまりに補給ポイントが無いという反省から、ここを経由するようにコースを組んだとのこと。

 道道8をクランク状に渡って、コースは標津低地の北上区間へ。202kmコースの1本内側であり、少し内陸だからか、この区間の広々とした202kmコースに比べ、アップダウンは多めだ。やや彫りが深い地形をまともに横断してゆくような道である。

 コースが中標津に近づく終盤で、やっとすれ違う車が増えてきた。そう言えば例外的に計根別手前で追い越し車1台の他には、ここまですれ違う車が全くいなかった。
 中標津で、コースは大規模スーパー東武サウスヒルズの駐車場を経由する。駐車場というか、駐車場車路のような道が実は公道、というかなりマニアックで珍しい道なのだ。広々とした波打つ丘陵や平原を一直線の道が突っ切る根釧台地で、人の生業が道沿いに拡大してゆく中標津ならではの現象かもしれない。こういうところもさすがのチョイスであり、100kmコースは様々な見所がぎゅっと詰まっている、202kmコースとまた違う味わいの密度の濃いコースであることがよく理解できた。更に作成中との、130kmコースにも大変期待できる。

 100kmコース完走という趣旨で、最後は開陽台へ。この後町営温泉に入るとすると、一度民宿地平線まで往復するのと変わらないコースになってしまうものの、まあ車だし。私としては、折角中標津に来て、曇りでも雨でも霧でも開陽台に行けることは大変嬉しいことだ。
 中標津の町中では、空は暗いものの一応遠景は見通せるというぐらいに空気は澄んでいた。それが山裾に向かうに連れ、見る見る空気中の水分が増えて霧が立ちこめ、俣落ではもう視界300m程度。そして開陽台まで登ると、視界は50〜100m程度の濃霧となった。もちろん根釧台地の眺めどころか、近くの森すら見えない。
 明日も天気予報が全く冴えない。山側には相変わらず雲がしつこく溜まっているのだろう。それが昨日からの同じ傾向だし、明日の朝開陽台を訪れても多分似たようなものだろうと思われた。そして、今年の夏の開陽台には何となく諦めが付いた。こういう年には毎年思うことだが、これも夏の根釧台地なのである。

 民宿地平線にはもう戻らず、直接町営温泉へ。
 温泉では風呂上がりに生ジョッキと若札内若鶏唐揚げを頂いた。やはり唐揚げの量はかなり多い。しかし今年は持ち帰り用の焼きそば透明ケースをいただいたので、全く焦らずに唐揚げを美味しく頂くことができた。
 明日の予報は曇り、15時以降中標津で雨。標茶〜弟子屈では逆に朝雨で午後は曇り、夜から雨になっている。中標津から弟子屈へ移動するには都合がいい。とは言えここ数日の傾向をみていると、あまり冴えない天気であることは確かだと思われた。あまりうろちょろせずに早めに札友内に行こう。とりあえず朝は、通常通り早出スタートを予定せねば。
 ということで、温泉の後は今日もセイコーマートへ。そして今日もめでたく豚丼を入手できた。

■■■2017/10/18
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■■■高地 大輔
2017/8/12(土)#4 開陽→札友内-1

開陽→中標津→上春別→豊原→中西別→泉川→萩野→多和平→南弟子屈→弟子屈→札友内
142km
ルートラボ>https://yahoo.jp/Z9am6w

 もう身体がツーリングの1日に慣れたのか、4時の2〜3分前に目が覚めるようになった。そして流石に昨日丸1日運休したためか、疲れを全く感じない。
 しかし、今朝も外は濃霧で雨だ。窓を開けると牧草地にさーっと雨の音が細かく響いている。そして寒い微風が部屋に入ってきた。見た瞬間、早朝の開陽台訪問は無しに決定。結局今年は開陽台へは、昨日の車による訪問1回だけになってしまったと思った。

 5:35、民宿地平線発。
 女将さんが宿の外で、そして石川さんが小雨なのに町道へ出て、両手を大振りして見送ってくれた。「また来年来ます」と言って出発したものの、その後9月に中標津再訪を敢行、嫌と言うほど晴れの開陽台を楽しんだりのっぴきならない自体になった挙げ句石川さんにかなり凄まじくお世話になるとは、この時はまだ思っていなかったである。本当に。
 今日のコースは本来一昨日10日に予定していたもので、その分今日予定していたコースは一昨日に通ってしまった。概略は昨日車で連れて行った頂いた根釧台地100kmコースを逆回りで中西別まで経由、昨日予定していた202kmコースのバリエーションルートで泉川へ大回りした後標茶・弟子屈の谷間に降り、9日に泊まった札友内「鱒や」へ出戻りする。
 まずは100kmコースの逆回り。下手の道道150から見上げる開陽台方面は、やはり灰色の暗い雲の中だった。それが俣落から南へ向かうとすぐに雨が止み、路面が乾きだした。昨日もそういう天気の変化があった。やはり開陽は山沿いなので、下手より雨が降りやすい場所なのだろう。だとすると、この先中標津から南では、意外に雨は降らないのかもしれないと思った。

 6:30、中標津外れのセブンイレブン着。4時過ぎからセイコーマートで買った食事を摂ってはいる。しかし、このコンビニが少ない根釧台地でのコンビニ、この際セイコーマートじゃなくても、そして缶コーヒーぐらいしか用事がなくても、休憩しておくことにする。それにちょうど再び空が暗くなり、雨粒もぱらつき始めているので、雨具を着なければならない。
 100kmのコース上では本来終盤に登場するこのセブンイレブン。202kmコース上にほとんど商店の類が無い反省から、石川さんは100kmコースではコンビニと自販機を経由するコースを考慮したとのこと。202kmコースならコンビニを追加するならどこがいいだろう。別海か、西春別か。個人的には9時頃通過する上風連のAコープに、もう少しお弁当デリカ系が充実してくれると全て解決するのだが。等と妄想する。

 中標津から先、100kmコースは標津低地のアップダウンへ。
 道の位置は202kmの1本内陸側というだけなのに、202kmのような広々とした空間感覚と展望が無く、地形の掘りが深くて谷間と台地上は別の空間であり、経由する道の坂やカーブは厳し目だ。100kmコースは202kmコース同様、単にのんびりした走りやすい道を組み合わせたということではなく、地形図だけでは読み取りにくい、エリアの特徴がよくわかるようになっていて、更に202kmを訪れていても、新たに100kmコースも走らなければならないように組まれているのである。
2017/8/12(土)#4 開陽→札友内-2

 ある程度南へ進んだところで、コースは南下方向から西向き方向へ。すぐに根室から中標津への幹線ルート、道道8をクランク経由する。中標津が大きな街になり交通量が増えてしまい、通るとなるとかなり埃っぽい道なのだが、今日はまだ知らない道と風景を進む途上の、ランドマークとして頼りたいような存在である。道道8は根釧台地東部と中央部の境界として自分が捉えていることにも改めて気が付いた。
 事程左様に、この辺りを東西方向へ向かうという発想が自分に無いことを、昨日も感じさせられた。それはこの辺りの東西両端、虹別にも別海・中標津間にも、目的地となり得るような目立つ場所が無く、最短経路として選ぶ道にはならなかったからだ。その結果、虹別・別海・中標津間の南北方向にはけっこうな密度で既済経路があるのに、東西方向の道はほとんど訪れたことが無い。
 道道8から先、100kmコースは農免農道、町道クラスを乗り換えつつ、森と牧草地、牧場を緩やかで適度な起伏とともに引き続き西へ。もう少し西側、計根別・中西別の完全にフラットな地形とまた異なる表情での地形で、中標津から多少別海町らしい雰囲気に変わりつつあるように思われる。道幅は台地上に続くこの辺の道道に比べ、程良く狭く程良く時々曲がり、かと言って走りにくさは皆無だ。
 いつの間にか次第に明るくなっていた空の中に、部分的ではあるものの青空が現れ始めた。そして、やはり時々ではあるものの影ができるぐらい周囲は明るくなり、更に日差しが一瞬出たりもした。しかしまた水滴がぱらつきはじめ、結局その後札友内まで晴れることは無かった。

 豊原の郵便局、集会所には自販機がある。202kmコースでは自販機が少ない、という要望が多く、100kmでは補給場所を考慮してコースを組んだとのこと。そもそも根釧台地では自販機そのものを探すのに一苦労だ。今のところ水は充分に持っているしあまりその必要は無いのに、いつもの缶コーヒーで表敬訪問しておく。
 集会所の脇には小さな広場がある。何とは無しに小学校っぽい雰囲気が漂う場所で休憩していると、昔のサイクリングみたいに小中学校で水を貰って小休止している気分になる。そして、昨日雨で中断された今回のツーリングを再開できている、そんな気分にもなれていた。

 道が養老牛から下って来た道道150に当たって南へ曲がり、すぐに町外れに入った。9:05、中西別到着。ここにはセイコーマートがある。さっきセブンイレブンで休憩したものの、セイコーマートには寄っておかねばならない。
 しかし実際にはあまり用事は無い。缶コーヒーだけ飲んで地図確認後、9:20、中西別発。町の南側には1989年に訪ねた、今は亡き父の(1989年の段階で)古い知人の家がある。あれからもう30年近く経ってしまっている。そんなことを思い出していると、そのお宅に小学生らしい少年が入っていった。確実に私が訪問してから20年近く経って生まれたと思われる少年であり、改めて年月の経過に驚かされた。
 中西別で今日のコースは100kmコースから外れ、より南側の202kmコースへ向かう。しばらく中西別の北側よりやや掘りが深い地形が続く。周囲の雰囲気も相変わらず基本的に人里の牧草地ではあるものの、牧草地と入れ替わりに現れる森の部分の割合が明らかに増えていた。

 GPS画面に202kmコースのトラックが現れ、トラックに従って202kmコースへ。別海町営育成牧場、一面伐採されたカラマツの植林、拡がる牧草地も見覚えがある。昨日202kmを走りたかったと、改めて思う。
 西春別では202kmコースの少し西側、バリエーションルートとしてトラックを描いてみた脇道へ向かうのを楽しみにしていた。ところが、トラックの線は砂利のやや深そうなダートへ続いていたので、そこに入るのは止めておく。やはり202kmはかなり選ばれた、いいところを進んでいるのである。

 国道272を越えてやっと舗装分岐が現れたので、ここぞとばかりにそちらへ。道は国道272の車の轟音が時々聞こえるぐらいに付かず離れず並行し、泉川で以前通ったことがある根釧台地最外周の道を経由した後、再び未済経路区間へ。
 202km外側のバリエーションルートのつもりで経由してみた脇道だった。しかしルートラボでやや無責任気味に拾ったトラックは、やはり終盤でダートに変わった。地形図に建物記号が描かれていることから、その辺りで舗装に替わることを期待していたのに、何軒か断続して登場したそれらの牧場農家では道はダートのまま津拭き、結局最後に道道951に合流するまでダートのままだった。

2017/8/12(土)#4 開陽→札友内-3

 釧路へ続く谷間と根釧台地を結ぶ道道13は、根釧台地の西外周の一部をなしている。根釧台地内で完結する他の道道とは少し雰囲気が違う幹線道道でもあり、朝に越えた道道8よりは交通量は少ないものの、やはり幹線道路として自動車皆無というわけではない。
 道の雰囲気が変わる道道13で、今日の根釧台地のパートは一段落ということになる。この先、南側の標茶へ降りるか、北側へ向かって多和平へ寄ってから弟子屈への谷間に降りるか、道道13へ合流した段階で決めようと思っていた。
 今、時間はまだお昼過ぎ。迷う余地無く15年ぶりの多和平へ向かう余裕はある。そしてこの辺りで何か昼食を仕入れようと思ったら、標茶のセイコーマートか虹別のセブンイレブンか、多和平のレストランしかない。
 セイコーマートには食べたいものはいっぱいある。しかし、3日前からセイコーマートをめがけて休憩したり買い込んだりしているし、昨日買ったクロワッサンもまだ2個もある。ここは多和平が何かありつくのに一番近くて圧倒的に美味しそうだ。それに16年前、私はここのレストランで大分悩んで、やや高い(と当時は感じていた)ビーフシチューを諦めたことを未だに後悔している。本当に後悔しているのだ。

 多和平方面へは、道道13最高地点のスノーシェッド先の交差点で西へ向かう。最高地点というのがやや億劫ではあったものの、すぐ先だしせいぜい50mも登らない。それに今日の202kmコース最後の区間である。今回は根釧台地とここでお別れだ。
 多和平のすぐ下へは、丘陵の谷間にこの辺りでは普通の登りが続く。展望はそう開けないものの、隆起する丘の眺めがダイナミックに変化して、茂みの中よりは風景には退屈しない。この道はここ数年の間に通っていて、そういう雰囲気はだいたいわかっていた。しかしレストハウスへの分岐から先、取付部の登りは15年振り。短いものの厳しい坂は開陽台の坂といい勝負、という記憶があった。実際には少しだけ取付部が厳しかっただけで、意外な程あっけない。これなら開陽台そのものというより町道北19の坂の方が厳しいぐらいだし、今までももっと気軽に立ち寄れば良かったと思えた。全く記憶はあてにならない。
 13:15、多和平着。
 開けた根釧台地から丘陵部へ来たためか、道道13の辺りで既に再び顔面に水滴が感じられ始めていた。それ以上に、急に風が冷たくなっている。明らかにどんどん気温が低くなっているようだ。レストハウスで温度計を見ると、なんと12℃。そりゃあ確かに寒い。私的レーパン限界温度の11℃までぎりぎりだ。あのくっそ暑い東京を羨ましいとは思わないものの、暑いのってどんな感じだったっけ、などと思い出したりした。
 レストハウスの軒下デッキ上に自転車を停め、フロントバッグと望遠レンズを持ってまずは丘の上の展望台へ。

 ぐるっと見回す360°、北部に間近な摩周の山々を除き、丘陵地帯の丘の稜線頂部が地面と空を区切っていて、その境界は意外に近い。標茶町境界看板のカントリーサインには、この多和平展望台が描かれている。中標津町のカントリーサインも同様に開陽台の建物で、この2つは根釧台地周辺では2大展望台と並び称されることが多い、と私は理解している。そしてこれだけの酪農地帯として隣り合う2つの町のシンボルとして、丘陵を眺める展望台が掲げられていることは興味深い。ちなみに根釧台地には、やはり隣の別海町の新酪に展望台がある。
 多和平の展望は周辺の丘陵であり、開陽台で根釧台地の彼方やオホーツク海まで見通す展望とはまた違う味わいではあるものの、同じく広々と拡がる空が充分に感じられる。ただ、今日は低く重く暗い雲が、視界を取り囲む丘陵の稜線ぎりぎりまで垂れ込めて、今にも落ち始めそうだ。そして風は強く、寒い。
 展望台で少し眺めを楽しみ、開陽台で使ってみたかった重い望遠レンズを使ってみた。わざわざこの望遠レンズを持ち運んできた目的は、ある程度果たせたように思えたので、次のミッションに移ることにした。

 レストハウスの建物にはあまり記憶が、いや、どういう姿だったか全く記憶が無い。何しろ16年振りなのだ。しかし自分のホームページの写真は時々眺めていて、その写真とあまり変わらないイメージであるような気はする。
2017/8/12(土)#4 開陽→札友内-4

 店内も全く記憶が無い。そもそも食事メニューが無くなっていないかやや心配だったものの、調べるのも億劫だった。まあ最低限、パンぐらいは食べられるだろうと思っていたし、何も買えなくてもまだパンを持っている。実際には、相変わらずレストハウスで食事が食べられことは大変有り難く素晴らしい。しかも15年前よりメニューはややパワーアップしているっぽい。何を頼むか悩んだ記憶が無かったからだ。
 シチューその他のバリエーション、ジンギスカン焼肉を始めなかなか魅力的なメニューが多い。中でも「標茶牛トマトシチュー」が15年前のビーフシチューに相当すると思われた。しかも身体が冷えていて、温かそうなシチューはとても魅力的に思えた。
 ライスとサラダを付け、自主的にフランクフルトを追加。大変美味しく、量も多く、大満足。開陽台で果たせなかったものを、同じ展望台の多和平で果たせたことがなんだか面白い。旅先でイメージ通りに事が進まなくても、その時その時でできることを楽しんでしまえばいいのだ。そんなことを感じられた、実り多い多和平再訪だった。

 暖かい昼食を食べて多少やる気が出てきた。14:10、多和平発。
 標茶手前まで南下して、また弟子屈まで北上するより、標茶より弟子屈には近い南弟子屈で、弟子屈への谷に降りることにした。その方が国道399を通る距離が少しでも少なくて済む。多和平から南弟子屈へは、地形図上でショートカット気味になっているのも魅力的だ。
 その代わり、丘を一つ越えなければならない。たかだか標高差50mぐらいのこの丘越えは、この手の裏道系農道にありがちなかなりキビシイ坂だったものの、一度登ってしまえばもう車が少ない静かな裏道だけで南弟子屈の国道399まで下ってしまえたのは有り難かった。

 ルートラボで組んだ弟子屈へのトラックは、市街地への登りが楽な、一昨日渡った桜橋へ続く広域農道で組んでいる。その道へ向かうには、国道399を合流点から少し南に戻り、釧路川対岸へ渡る必要がある。
 一方、少し国道399を南に走り始めてみれば、交通量は充分に少ない。そして広域農道では、ほんの少しではあるものの台地上への登りがある。これならどうせもうあと9km、直接弟子屈へ向かってもいいんじゃないのか。
 と思い直し、再び北へ折り返して弟子屈へ。しかし弟子屈弟子屈手前、国道244との合流点まではほんの少しだが登りがあり、やはりいくら何でも国道、広域農道より交通量は多かった。総合的に考えて、やはり次回この経路を通る時には、広域農道を通らねば。

 15:05、弟子屈セイコーマート着。
 明日の宿は遠軽手前の生田原。今のところ天気予報は夜明けだけ雨、9時から15時まで曇りが続くことになっている。根釧台地からから北見地方へ向かう経路として毎年通っている津別峠は、今年は屈斜路湖側で崩落通行止めだ。このため、明日は問答無用で美幌峠を経由する必要がある。そして晴れじゃなければ、単純に大回りな上にダート経由となるチミケップ湖は省略するつもりだ。美幌峠なら標高は400m台後半、早朝雨でも峠を下る頃には雨は上がるだろう。距離も登りも全体的に穏当なコースになる。
 実際の天気が悪化して輪行になる場合は、7:25と9:11摩周発で釧網本線、石北本線で生田原に向かうことができる。やや驚いたのは、この2本でないとその日のうちに生田原に着けなくなっていたことだ。それ程、JR北海道の列車は削減されてしまっていた。よく考えると去年だって生田原に向かう鉄道パターンは朝昼午後の1日3本だった。それが2本になっただけの話なのかもしれない。いやしかし、公共交通機関として、JR北海道シンパを自認する私ですらもうJR北海道のローカル線は壊滅寸前なのではないか、と実感させられる出来事だった。
 とりあえず明日のところは、自走にしても輪行にしても普段通りの早朝出発となるため、朝食をここで買い込んでおかねば。更にここでもう使わない根釧台地の地形図を送らねばならない。セイコーマートの袋に入れて地形図を送ってもらうお願いは、3年連続で同じ店員さんがもう覚えていて下さっていた。

 15:45、弟子屈発。ますます寒くなっていた。空の雲も暗く重い。夜に降る予報になっている、雨が降り始めるのはもう時間の問題であるように思われた。今日はこの時間に宿に着いてしまう行程で正解だった、と確信できた。
 16:05、2日ぶりの札友内「鱒や」着。
 連泊の常連さんとも再会できたが、またもや明日は早出なので、早寝せねば。

■■■2017/10/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

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