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FCYCLEコミュの北海道Tour17

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コミュ内全体

 今年も北海道に行って参ります。

#1釧路空港→札友内
#2札友内→開陽
#3民宿地平線の根釧台地202km
#4開陽→札友内
#5札友内→生田原
#6生田原→紋穂内又は仁宇布(未定)
#7紋穂内又は仁宇布→天塩温泉
#8天塩温泉→浜鬼志別
#9浜鬼志別→仁宇布
#10仁宇布→大村
#11大村→北落合→幾寅

 いつものワンパターン道東→道北→真ん中コースを更に推し進め、今年は宿も集約(?)。通りたい道、泊まりたい宿のワンパターン化を少しでも変えるのは外的要因です。まずは津別峠の屈斜路湖側崩落通行止め、そして山の日新設・ワークライフバランス推進による日程の11日化。
 このままだと鉄路が途絶えそうな南富良野町の現状も興味津々です。

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2018/2/4

 引き続き、北海道Tour17秋として、#12〜14を追加してゆきます。
#12中標津空港→開陽
#13開陽・計根別方面ポタ
#14(仮題)女満別空港針のむしろ


■■■2017/8/1
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

コメント(74)

北海道Tour17#8 2017/8/16(水)天塩→浜鬼志別-3


 風が抵抗に変わり、路面からの強い照り返しは更に暑く感じられ始めていた。事前のイメージは一気に悪条件に変わり、豊富まで9kmが大変につらい。少しずつ近づく豊富方面の山を眺めて普通に進むだけで、何だか汗だくだ。少しづつ進んでも、豊富方面の山々は近づかない。まあ景色としてはそんなもんかもしれない。
 道のちょっとした向きで、強い横風は時々追い風気味になった。強い風に煽られ、前に進むことだけに何となく一所懸命になってしまっていた。もともとこちら方面は里に近く、雰囲気もサロベツ原野的拡がりというよりごく普通の道北の牧場集落的で、立ち止まるようなネタも少なかった。
 結果的に豊富までサロベツ原野の風景はあまり味わえなかった。当初コースに行っていたら時間は押していたと思うものの、何となく下方修正しすぎた気になった、豊富までの道だった。

 10:15、豊富着。毎度立ち寄る国道40沿いのセイコーマートへ。
 日差しは店に対して正面気味なので、軒の影はほとんど無くなっていて、すっかり高く登った日差しはちりちり暑く感じる程暑い。相変わらず照り返しも顔が火照るようだ。美味しいセコマアイスで身体を冷やしつつ、店の脇の日陰に待避する。もう10時過ぎ、1日で一番暑くなる時間帯に入っていた。そもそもここで休憩する時に天気が晴れなら、大体いつも日差しに炙られている気がする。
 一息付きながら、豊富から先の行程を再確認してみた。予定としては、既知の道道84で東に向かい、谷間の未済経路を繋いで、道道121に合流するつもりだった。ただ、さっきサロベツ原野で下方修正しすぎたという気持ちから、もう少し何かしたいなという気もしていた。
 こういう時はとにかく地形図を眺めるに限る。すると、去年訪れて広々とした風景が感動的だった豊富町営育成牧場に裏から入る別の未済経路を見つけることができた。そう言えばその時、眺めのいい丘の上で突如別の道と合流したことを思い出した。またそれとは別に、その道から分岐し、途中1回の丘越えを経て豊富町育成牧場の北の谷間を回り込む未済経路も発見。やはり地形図は頼りになる。
 どちらも100m〜140mぐらいの登りがやや億劫ではある。ただ、今日の予定全体で考えると、そんな登りは大した差ではない。それに当初予定経路より二つの道は細く描かれていて、のんびりと過ごせそうだ。周辺の地形も、より丘や谷間のバリエーションに富んでいて景色が良さそうに思える。
 とりあえず当初予定の道道84ではなく、有明方面へ向かう町道へ行くことにした。

 10:45、豊富発。開源までちょっとだけ国道40を経由。サロベツ原野だけじゃなくてやはり内陸も向かい風が強い。
 内陸へ向かう町道は、豊富から内陸部へのアクセスに使いやすいので、私的に凖幹線ルート化している道だ。サロベツ原野と内陸の丘陵の天気が違う場合、この辺りがその境界であるという印象がある。今日はさっき日本海沿岸近くの丘陵で眺めた通り、内陸部もサロベツ原野と同様快晴が続くようだ。
 濃厚で明るい色の青空と草原の緑、透けて輝くような木漏れ日に、やはり豊富町営育成牧場を経由する道に向かうことにした。140mぐらいの登りは、まあ一汗かけば済む。

 谷間からの登りでは、やはり一気に汗が吹き出てきた。あんなに寒かった朝を、まるで嘘みたいだと思い出す。しかも道は普通の舗装道路ながら交通量皆無。静かすぎて、木陰の鬱蒼とした背の高い茂みからは、熊が出てきそうな不穏な雰囲気が発散されていた。
 その森と茂みは丘陵の稜線手前から牧草地に替わり、輝くような緑の丘と牧草地となった。丘の背中には、カラマツ防風林が牧草地の縁に続いている。もう豊富町営育成牧場まっただ中である。明るい緑と濃い緑、青い空と白い雲を口実に、脚を停めて水を飲む。日差しと照り返しはやたらと厳しく暑いものの、涼しい風が吹いてほっとするのは流石の道北である。
北海道Tour17#8 2017/8/16(水)天塩→浜鬼志別-4


 丘に登り切ると、牧草地の展望は更に拡がった。去年感動的だった豊富町営育成牧場の、更にもう少し高い場所をまともに乗り越える道なので、去年より景色がいいのは当然の展開なのだった。高さの丘と低山、牧草地と森が、谷間を挟みつつ幾重にも重なり、視界の彼方へ続いてゆく。真っ青な空には白い雲がぷかぷか、けっこう低い位置で早く動いていた。草原の上に大きな影が、やはりけっこうな速度で次から次へとやってきて去ってゆく。
 雲は浮かんでいるものの地平線近くに溜まっているわけではなく、丘の上からは北西方向に未だに利尻岳も見えるのには驚いた。確かに利尻岳は標高1000m以上。道北内陸でも、小高い場所ならどこから見えても不思議じゃない。確か去年は豊富町営育成牧場に登り始めてやっと空が晴れてきた。空の低い場所にはまだ雲が溜まっていたので、利尻岳が見えなかったのだ。

 牧場の最高地点から少し丘のアップダウンが続いた後、するするっと道は下り始め、間もなく去年の道と合流。あとは丘の形なりに牧草地、森の中に下り基調が続いた。
 道道121に合流後も、豊富町営育成牧場の凄い開放感がしばらく身体に残っていた。つい最近まで道北らしい風景を楽しんでいたはずの、道道121の一番静かな区間が、凄く裁けた道に感じられて仕方ない程である。豊富町育成牧場では登り下りだったり下り基調でごまかされていたかなり強い向かい風も、道道121の広い道幅の空間では緩い下りでも全く進めないのが気になってきた。
 早く次の脇道に行きたい。

 12:45、有明着。有明の交差点は丘の谷間に一直線の道が2本交叉している。交差点の近く、ちょっと古めの牧場は、まるで西部劇の田舎の風景のようだ。
 交差点から再びGPSトラックに従い、道道121東裏手からの脇道から小石峠麓の曲淵を目指すつもりで組んだGPSトラックは、牧草地まっただ中の丘を巻くうち、次第に先行き危ぶまれる程の細道からダートに替わり、最後に行く手の先は鬱蒼とした茂みに変わった。明らかに廃道である。
 とは言え、脇道での時間はそれが徒労であっても時間の余裕がある間は楽しい。脇道は路上と周囲の空間が一続きになっている。それは周囲と自分の時間が一続きになっているということでもある。そして自分がいる空間や時間を、外からやってきて外へ消えてゆくことで分断してしまう何者か、例えば高速で通り過ぎる自動車やオートバイの音がほとんどしない。同じ自動車でも、軽トラや牧草トラック、牛乳トロリー車にレッカー車など、その地の生活を感じさせるものなら何の問題も無い気分になれるのは、それはそれでまた身勝手な話ではあるとも思う。
 身勝手な妄想はともかく、かなり内陸部に来てしかも北上しているのに、丘の上や視界が開けるところどころで未だ利尻岳の頭が見え続けていた。今までの訪問ではことごとく、その辺りが霞んでいたり雲に隠れていたのだとも気付かされた。やはり晴れの日に、ここへ来て良かった。

 道道121に戻り、曲淵へは最後の悪あがきで未済経路をショートカット。
 いつもは沼川のA-COOPで物資を補給したり昼飯を軽く食べたりすることが多い。この辺に商店は沼川しか無いので、沼川に立ち寄る必要があるのだ。しかし今日は、豊富のセイコーマートに立ち寄ってきた。物資も水もまだ充分にある。そこで、曲淵へ直接向かうことにしたのである。
 曲淵に着いてみると、道道138に貼り付いた集落が、町未満ではあるものの何とも人里っぽい。毎回通る道道138沿いには何も無いのに、ここなら自販機ぐらいあるんじゃないか、これから小石峠へ向かうに当たって何だか缶コーヒーぐらい飲まないと気が済まない、ぐらいの気分になってきた。
 そこで、旧道っぽい裏道を覗いてみると、何と自販機を発見。実は曲淵にも自販機があったのだ。まあしかし、今後も曲淵を通る時は大体前後に沼川を経由するパターンが多いだろう。ここに自販機があるとわかっても、大体沼川で用事を済ませてしまうのだろうな。

 道道138が小石峠へ谷間を遡り始めると、途端に正面から冷たい向かい風が吹いてきた。ひょっとしてこれ、オホーツクから吹いているのか。暑かった午前中の日本海側とオホーツク海側は全く違う天気になる事を、今実感できた。
北海道Tour17#8 2017/8/16(水)天塩→浜鬼志別-5


 小石峠は標高たったの160m。標高40m程度の曲淵からは、100m足らずしか登らない。坂の斜度も緩い。しかし曲淵辺りから毎回やや表情を厳しくする天気の変化、谷間区間でも離陸区間でも稜線部でも感じられるその意外な程の山深さなど、峠の名に恥じない風格を持つ道だ。稜線部では欺し峠っぽいアップダウンも登場する。

 15:00、小石峠着。
 峠の鬼志別側に落ち込む谷間には、地形図に旧天北線の土手が描かれている。その辺りはもうすっかり茂みの笹に埋め尽くされている。しかし何となくああ、あの辺の山腹からトンネルを抜けた列車が谷を下っていったんだな、ということはわかるようになっている。今回もその雰囲気だけは確認しておく。あまりしげしげ観察しすぎて、熊など発見したくない。

 たかだか160mの峠なのに、峠からオホーツク海までは21kmもある。かなり内陸にあるのは道北の峠に共通する特徴かもしれない。
 峠から下り始めると、向かい風は更に強く、肌寒さを感じる程冷たくなり、空は目に見えて曇り始めた。これまでの夏らしい天気が、がらっと寒々しい雰囲気に替わってしまったのだった。オホーツク海岸の寒々しさがますます想像される。

 フリースを着てもまだ寒い程の低温に震えつつ、峠麓の集落、標高80mの小石まで6km弱。その後も、微妙なアップダウンとともに延々と下り基調の道が続く。アップダウンの一つ一つは大きいものでもせいぜい10m弱。決して大きくないものの、いくつもいくつも連続して、今日は向かい風と共に大変面倒だ。そして風景も、渓谷でも平原でもないだらっとした谷間が続く。こういう時の現実逃避に有り難い自販機も、小石を過ぎると鬼志別まで10km以上無い。更に今日は強い向かい風で寒めの曇りなので、そのじれったさが度合いを増している。

 やっと鬼志別を過ぎ、海岸の浜鬼志別まであと5km。向かい風は更に強くなったものの、空の雲が高くなって切れ始め、青い部分が現れた。海岸沿いだけは青空が現れているようだ。希望を持って、フロントをセンターに落とし、15〜20kmぐらいで何とか前へ、前へ。最後の大きなアップダウンを越え、海が見えてきたときは嬉しかった。午前中には少し下方修正しすぎたかなと思っていたが、今この肌寒さの中で、考えられるのは宿の風呂のことだけ。この時間に着けるような行程で、つくづく良かったと思う。

 15:50、浜鬼志別着。もう宿到着目前だが、道道138と国道237のセイコーマートで小休止しておく。午前中の豊富以来の、有り難く暖かい休憩場所である。ここで明日の朝食も買い込んでおかねば。
 国道237をホテルさるふつまであと2kmちょっと。最後の最後で向かい風は絶好調、冷たい向かい風にもみくちゃにされた。浜鬼志別漁港裏手の段丘登りでは、脚を回しても面白いほど前に進まない。漁港の向こうに拡がるオホーツク海には、やや高い波が次から次へと押し寄せていた。オホーツク海のこういう海面は、あまり記憶に無い。かなり風が強いのだと思われる。
 16:05、ホテルさるふつ着。軒下への駐輪をお願いしたら、何とロビーの片隅に自転車を停めさせてくれた。道北最北部では、2000年代初頭にして既にベテランサイクリストの友人が野宿中に自転車をやられている。屋内駐輪じゃないと心配だという先入観が、私にはあるので、有り難い出来事だった。
 今日も走行距離は120kmちょっとだけ。そしてかなり早めの宿到着だ。浜頓別まで行く計画であったなら、この更にエサヌカ線経由で2時間半強、走行距離は160km台になったかもしれない。いやいやいや、昨日の午後と今日お昼過ぎまで晴れてくれたので、今の現実としては、何もこの寒さと向かい風の中をせこく距離を稼いでもしょーがないよ、というのが正直な気持ちだ。
 昨日今日の快晴は、前半道東で天気が悪かった今回の旅全体の印象まで完全に変えてくれていた。何しろすっかり満足できていたのだった。

 明日の天気は朝から曇り。雨にはならないようだが、仁宇布まで山間の道道120を予定している。天気予報が晴れじゃなければ、実際の天気はどう転んでも不思議は無い。途中で慎重に天気の推移を見定めた上で、極力16時までには山間を抜けて仁宇布に着くようにしたい。状況次第では、或いは国道40・道道60への迂回も必要かもしれないが、さて。

■■■2017/12/29
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

北海道Tour17#9 2017/8/17(木)浜鬼志別→仁宇布-1


浜鬼志別→浜猿払→浅茅野→常磐→下頓別→中頓別→歌登→仁宇布
130km
ルートラボ>https://yahoo.jp/CHrEuZ

 防音断熱空調完備、外の音はほとんど聞こえないホテルの部屋で、今朝も4時から朝食を腹に詰め込んでゆく。まずみかんジュース、並行してカップ麺にお湯を入れ、カップ麺ができるまでおにぎりを1個。カップ麺を食べたら豚丼だ。口に物が入っている間は手が空くので、食べながら、部屋に店開きした荷物を再びサイドバッグへ戻してゆく。無駄に一杯持ち運んでいるような気も荷物であっても、前後左右それぞれのバッグに入れる物は決まっている。そして旅の途中で重量がかさむ地図(紙って重いんです)等を送り返す度、地図が空いた分に他のバッグから重い物を入れ替え、どうしてもカメラでフロントヘビーになりがちな前後の重量バランスをなるべく整えるようにしているのだ。
 早朝で外がまだ暗いとあまり頭は働かない。でも、水アシストも動員して食べ物を身体に押し込んだり、荷物のバランスをぼうっと考えているうちに、今朝も順当な時間に空は少しづつ、何となく明るくなってきた。
 やっと今日も1日が始まる、という気になってくる。人間の生活には、朝の光が必要なのだ。ホテル前、駐車場を挟んでやや遠くの国道238も見えてきた。音は全く聞こえず風景全体に強風が吹いているような動きも無い。静かな朝であるように見えた。これなら、昨日のような向かい風には悩まされずに済むだろう。
 今日の天気予報をチェック。行く先のところどころで、到着予定時刻とは無関係に終日晴れ時々曇りマークが付いている。降水確率は概ね30%以下。劇的な晴れではなくても、雨に悩まされることは無いだろう。最低限、今日は仁宇布まで問題なく自走できるだろうと思われる。もし天気の実態がいい方に転んで、道道120を始めとする私的ポイントで青空が出てくれると、大変に有り難い。
 一昨日と昨日の晴れの感動がまだ自分の中に残っていて、希望を持って1日行動しよう、と思える9日目の早朝なのだった。

 5:30、ホテルさるふつ発。
 国道238に出て走り始めた途端、北東から強い向かい風が吹いていることを思い知った。オホーツク海上の波も高い。ホテルの部屋で、風は止んでいると思っていたのは大きな間違いなのだった。勢いが昨日の夕方ほどではなく、その分草や木が揺れていないので視覚的な動きが感じられないというだけの話だ。
 それでも当面、開けた場所を南下し続けなければならない。網走・稚内間の国道238は、オホーツク街道と名付けられている。しかしオホーツク海の海岸沿いの道となってその名に本当に相応しいと感じられるのは紋別以北であり、更に自転車で走ってまあツーリング的に落ち着けて楽しいと思えると思われるのは興部以北、いや、浜頓別以北と思われる。
 この区間の大きな特徴は、今日のような低い雲と強い風に代表される、いかにも北の海岸らしく薄ら寒く厳しい印象の風景だ。たとえ空が晴れていても、基本的にはやはり何となく薄ら寒い北の海岸である。今この状況を鑑みるに、それっぽい場所でそれっぽい天気になっているだけの話なのかもしれない。そうだとしても、今朝はかなり肌寒い。
 やがて「芦野市街」という分岐が現れた。看板に市街と書いてあっても、10年以上前の訪問では、人が住んでいそうな家屋は数軒だけだった。今はもっと減っているのだろうか。思考がやや愚痴っぽい方向に向かうのは、向かい風で風景が単調で天気が冴えないからだろう。風が強いだけあって、雲の動きはかなり速い。低くボリューム感たっぷりの雲が、次から次へとやってきては過ぎてゆくのが、薄暗い風景に動きと不穏な印象を与えていた。
 しかし時々、海上の厚い雲が切れ、青空がちらっと見えたり、更に薄くなった雲から太陽がそこからかっと射してきた。その途端、面白いように気分がころっと変わり、何だか嬉しくなってくるのが我ながら可笑しい。やはり人間の生活には、朝の光が必要なのだ。日差しは安定しないものの、まずは前向きに浜猿払を目指そう。
 などと取り留めない思いとともに、黙々と国道238を南下してゆく。向かい風で脚は重くても、脚を回しているだけあって確実に前に進んではいる。そういうところが自転車ツーリングの救いである。
北海道Tour17#9 2017/8/17(木)浜鬼志別→仁宇布-2


 浜猿払の手前から、毎度の如くエサヌカ線へ。エサヌカ線でも、当然の如く向かい風は極めて強い。というか、国道238より風は更に強まってしまった。海岸に近い牧草地まっただ中に道が通っていて、牧草地の際は低い茂みだけで防風林など全く無いからだ。ただまあ、それだけに草と空と道だけの眺めはここならではでもある。空に雲が多くても、景色を眺めている分には不自由しない、と考えることもできる。なかなか進まないという違和感がある、それだけの話だ。それにまだ早朝なので、いくらペースが遅くてもじれったいだけで、まだ先行きを焦らずに済む。国道238と違い車が殆ど来ないので、気持ちと身体が随分落ちついているのが自分でよくわかる。
 海岸の牧草地に続く一直線の道は時々クランク状に、段階的に内陸側へスライドしてゆく。拡がる平原の上の灰色の雲の塊は、重く、しかし次々と通り過ぎてゆき、その合間の青空が少しずつ増えたり、また減ったりしていた。今日は内陸側もどんよりしているようだ。

 6:40、浅茅野着。
 GPSトラックに従い、細道を狙い定めて内陸の分岐へ。GPSトラックのお陰で、こういう道でいちいち悩まなくて済む。
 国道238を横断して、道道710に変わった道で、そのまま内陸方面、ポン仁達内から常磐へ向かう。道道710は、この先途中のオビンナイから向こうは2001年に訪問している。しかしそれはもう16年前の話だ。しかも確か今日以上に天気が優れず、辺りは所々で霧すら出ていた。その後2007年にも部分的に訪問しているはずだが、やはり小雨気味で、残念ながら過去2回の訪問の印象は薄く
、断片的にしか風景を覚えていない。全体としては、ほぼ新規訪問のような気がしている。
 コムケ沼北側ではアップダウンが続いた。牧場と牧草地、森と茂みが断続しながら続くその地形は丘陵っぽいものの、実際には丘の上でも標高は20mも無い。それなのに森のパートが始まった途端、辺り全体に何か熊が出そうな山深い雰囲気が急に漂い始める。恐らく熊ぐらいは出るのだろう。それっぽい臭いもプンプン漂っているし、ところどころで8月に入ってからの出没情報も掲示されていた。
 小石峠や天北峠など、標高は低いのに、妙に山深かったり天気がころっと変わったりする峠を思い出す。元天北線の北オホーツク自転車道もかつては好んで通っていたのに、熊出没が続いたのとエサヌカ線が全線舗装されていることがわかってから、脚を向けなくなってしまった。低地のようでいて意外な程山深さが漂う森は、道北最北部全体の特徴だとも思う。流石に道北もここまで北上すると、平地も山地も渾然一体となっているのかもしれない。生い茂る森、ずぶずぶの湿地、夏でも肌寒く安定しない天気など、開拓のご苦労は大変なものだっただろうとも思う。
 圧迫感を感じる森から出ると、途端に周囲には丘が開ける。なだらかな丘に伸びやかに拡がる牧草地は、間違い無く道北らしい風景だ。
 以前来たときは、前日までの行程で溜まった疲労と、時々雨っぽくなる霧のせいか、今日ほどこの辺りの風景を楽しめていなかったように思う。予めわかっていれば、丘陵のアップダウンも気が楽だ。何たって標高差20m程度である。こういうところは、やはり一度来た印象が少しでも残っていることが大きく影響していると言える。
海道Tour17#9 2017/8/17(木)浜鬼志別→仁宇布-3



 前方に現れた谷間と交差点に、何だか馴染み深い雰囲気が漂っているのに気が付いた。浜頓別から豊富へ向かう道道84なのだった。7:30、ポン仁達内着。
 浜頓別ではセイコーマートに寄らざるを得ないので市街地通過には多少時間が掛かり、これまで浜鬼志別発でこの時間に浜頓別辺りを出発できていなかった。ポン仁達内は浜頓別より内陸側なので、今日の行程としては浜頓別の先に位置するというイメージの場所だ。つまり、浜鬼志別から海岸沿いに浜頓別を目指して道道120方面に向かう時の感覚と比べて、この時間にここまで来れている、というお徳用感がある。風景もいい。セイコーマートだってHotchef付き店舗が中頓別にも鬼志別にもあるので、浜頓別でセイコーマートに寄らなければならない必然性は無い。道道710、今後鬼志別・中頓別間のパターンでちょくちょく使おうと思った。

 ポン仁達内から先は農免農道。丘を越えたり牧草地の中を通り過ぎたりして、最後は近年訪れた台地上の牧草地から頓別川の谷間へ一気に下り、8:10、常盤着。
 中頓別まではいずれ国道275を通ることになるのだが、通れる間は裏道を経由するという趣旨で、下頓別まで町道・農道を経由してみた。フラットで安定した舗装路面の農道は、国道や幹線道道と比べてどう違
うのかと言えば、物的にはそんなに違わないのかもしれない。ただ、車がいない、幅が狭い、路盤が低く周囲の牧草地と空間が一続きであるということが、走っている気持ちを楽にしてくれる。それはやはり私のようなツーリストにとって根本的な居心地の違いである。こういう道はいつまでも続いて欲しいのだが、現実としてはあまり続かないことが多い。

 国道275へ戻ると、あとは淡々と中頓別を目指すしかない。寿トンネル、寿のスキー場を過ぎ、寿公園の9600形SLといにしえ国産戦闘機を横目に眺めて中頓別の町へ。スキー場から中頓別は目と鼻の先だと思っていると、そうでもないのがややじれったい。

 8:30、中頓別着。かなりのんびり進んでいるにしてはなかなか好調である。
 とりあえずいつものセイコーマートで一休みとする。出発から3時間経過、大変宜しい頃合いだ。しかもHotchef付きである。先客のバイクが1名、地元車1名を横目で眺め、取り急ぎ休憩系食料を仕入れ、補給的行為をこなしてゆくことにする。思えば今日で9日目。この先セイコーマートでトウキビを買うチャンスも残り少なくなってきていることを、そろそろ意識せねば。
 次は道道120兵知安峠だ。道北の峠の例に漏れず、標高200m台なのにかなり山深い兵知安峠と道道120。一昨日は8時台のため熊が出そうな心配があり、訪問を止めておいた。しかし、それが9時台なら少しは安心できるとも思える。まだ熊出現情報が少なかった2004年以前には、こういう道にもダートにも、平気で早朝からばんばん踏み込んでいたのを思い出しもするものの、まあ、今日のところは少しは安心して通れるだろう。
北海道Tour17#9 2017/8/17(木)浜鬼志別→仁宇布-4


 8:55、中頓別発。
 兵知安川沿いに、低山というより丘に挟まれたような、狭くもなく広々と開放感を感じるわけでもない谷間を8km程遡った後、兵知安で道道647と別れて道道120は兵知安峠へ向かう谷間へ進む。分岐する道道647は国道275の小頓別方面へ向かうため、道道番号はそのままなのに、こちらの交通量は極端に少なくなってしまうのだ。それが私の狙い目である。
 牧草地の外れから先、急に谷間は狭まって辺りの森が急に山深くなり、空気中にこれまで感じることが無かった水滴まで感じられ始めた。さすが仁宇布から延々と山中に続く道道120でも一番山深さを感じる区間だと、改めて感心させられる。
 ただ、9時台ともなると、道道120には意外にも車は時々通っていた。それは静かな道でいて、これなら熊は出ないだろうというぐらいの程良さだった。ちょっと怖がりすぎていたかもしれないが、いや、やはり車がいなかったら怖い道だろうな。

 標高237mの兵知安峠を越えてみれば、一昨日の上問寒→南幌延、道道138の200m台名無し峠よりさらっと越えられたように思えた。或いは昨日と違ってまだ午前中で気持ちの余裕があり、気温も低く、こちらには何度も通っていて道のイメージがあるせいかもしれない。
 しかし谷底に下りきった後の、何か出てきそうな茂み区間の長さは、やや意外だった。基本的にはだらっとした下り基調ではあるものの、とにかく鬱蒼と山深くて何か潜んでいそうな不気味な谷間であるためか、あまり移動した気がしない、ということなのかもしれない。
 オムロシュベツという地名が地形図に書いてある。実際にはかつて集落があったのかもしれないぐらいの拡がりが茂みに埋もれていて、この谷間の茂みでかつて開拓者の方が苦労されていたのかな、等と思わされる。やっと牧草地が現れると、道道12との合流手前である。

 10:45、歌登着。なかなかの早着で調子がいい。今回は前半の道東で雨による運休や下方修正が続いて、気持ちがやや腐り気味だった。しかしここ数日、おれもやればできるではないか、という気に少しなってきた。尤も今日は、もうこの後仁宇布まで辿り着けばいいだけだ。総走行距離はたった130km。この時間なら今日の終着は下川、いや、西興部とか士別辺りまででも楽勝ではないかとも思われる。余裕たっぷりの計画は、山深い仁宇布まで、そして更に山深い仁宇布以南の道道120を、16時過ぎには通りたくないからだ。そう考えると、この道北縦断道路を通る場合、真ん中の仁宇布に16時ぐらいまでに着くという行程は悪くない。16時終着でもあるので、やや余裕をみた分割気味の行程になってしまうということでもある。そもそも仁宇布に泊まることそのものが、私にとって道北訪問の大きな目的の一つになっている。そういう山深さこそが仁宇布の魅力でもあるし。
 等と考えていると、ツーリストがセイコーマートにやってきた。明らかに見覚えがある自転車と、乗り手である。いつだったか(不確か)、中頓別のセイコーマート(確か)で出会った方に違いない。お互い自転車で相手を思い出し「どこかでお会いしましたねー」などとお話しするのが可笑しい。また、何時の日かどこかでお会いするのだと思う。

 いろいろ食べて長居する間に、空はどんどん晴れてきて、雲はそう高くないものの青空が出るぐらいに勢いよく流れていた。普通に辺りは日なたと言える程度に明るく、やや暑くすらある。長居ついでにここで日焼け止めとムシペールを塗り直しておく。

 11:20、歌登発。
 ここからは道道120で終着の仁宇布まで、エスケープにならない分岐が3本だけ。もう逃げ道は無い。撤退するならもうここしかない。今日は時刻は早いし天気もそこそこにまあまあ。もうあまり深刻な事態に陥ることは無いだろう。
 歌登周辺では、そういう安心感があった。しかし盆地が南の端で狭くなり、辺毛内手前で志美宇丹峠手前の谷間に入ると、途端に雲が厚くなってきた。更に志美宇丹峠へたった80m登る間に、空は明るいものの空中に水滴までぱらつき始めた。以前辺毛内のホテルで話を聞いた通りに、歌登の盆地縁で天気はがらっと変わるのだった。
北海道Tour17#9 2017/8/17(木)浜鬼志別→仁宇布-5



 志美宇丹峠を越えても、志美宇丹の谷間は薄暗目の曇り。上徳志別の盆地でもやはり薄暗目の曇りが続いていた。大曲、道北スーパー林道分岐、天の川トンネルと山間区間へ進むと、次第に道道120が通る谷間の幅は狭くなり、その奥に進んだなりに雲は濃く低く、辺りの雰囲気もがらっと替わって重くなっていた。時々空中に漂う水滴の密度が濃くなって、雨具を着込むような局面もあった。ただ、それでも風雲急を告げるというほどではなく、雲は相変わらずやや早めに動いていて、今すぐ大雨にはならないという確信もあった。
 幸い実際にも西尾峠まで、雨は降ることは無かった。14:30、西尾峠通過。過ぎてしまえば随分気が軽くなる。標高440mちょっとの西尾峠まで、全行程の坂の登りとして一番厳しいのは、何と初っぱなの志美宇丹峠登りだ。ここが行ければ次の大曲も行けるし、大曲が行ければ西尾峠なんてだらだら坂の果てなのだ。
 ただ距離はひたすら長く、無人の谷間に深い森が続き、天候は麓から急変することも多い。極力15時前には通過したい峠だ、と改めて痛感した。ならばファームイントントへ向かう今日の行程は、これが最上の選択だろう。

 などと思っている間に、先の空が目に見えて明るくなってきた。あの辺りが仁宇布なのだろうと思っていると、正面にはやや遠くの山影も見え始めてきた。仁宇布の盆地を囲む山々の姿だ。
 行く手の森が開け、牧草地が見え始め、仁宇布の盆地へ。松山牧場の脇を通過しつつ、この時間ならトロッコに間に合うかもしれない、と気が付いた。確か毎時ちょうど発か何かわかりやすい時刻であり、その募集は発車10分か20分前には締め切られたような気もする。ならば14:50か14:40に間に合うか合わないかで、トロッコ乗車は1時間違い、ファームイントントで夕暮れの牧草地を眺めながらビールにありつける時刻も1時間違ってしまう。それは北海道Tour中最大級の大問題だ。急ぐに越したことは無い。
 山間よりは明るいとは言えどうせ空はやや重めの曇りなので、あまり立ち止まらず、下りと追い風に乗って30km/hで仁宇布へ急降下。しかし残り時間を気にし出すと、いつも仁宇布から登るのろのろペースよりじれったい。やはり、あまり急ぐものではない。

 14:40、仁宇布トロッコ王国着。
 早速受付へ。15時発の締め切りは14:45だった。よかった、あと5分残っていた。そして、今回はファームイントント宿泊割引があることもちゃんとわかっていた。受付に尋ねると、ファームイントントに電話して確認してくれた。しかし後でわかったが、実はファームイントントで纏めてお支払いするというのが正しい方法のようだった。
 仁宇布に降りても相変わらず曇りは続いていた。トロッコに乗り、仁宇布の盆地からペンケニウプ川の谷間を下り始めると、時々日差しが現れた。過去の訪問を思い出すと、そういうことは多いような気がするので、そういうものなのかもしれない。木漏れ日の森を疾走するトロッコ、何度乗っても素晴らしい体験だ。

 16:00、ファームイントント着。
 到着後、気さくな女将さんと30分ぐらい話し込んでしまい、16:30から風呂、洗濯、もろもろスタート。ビールは17:10からとなった。満室で予約できなかった14日とは打って変わって、今日のお客は私一人。よくお会いする家族連れの常連さんとの再会も楽しみだったのだが、まあどういう場合も、このテラスで牧草地を眺めながらビールを呑むのが私の北海道Tour全体の後半ハイライトとなっている。今日は相変わらず曇り空ではあるものの、そんなことはどうでもいい。

 次第に暗くなってゆく牧草地を眺めながらの夕食は、やはり今日までずっと楽しみだったジンギスカン。とある道東のサイクリストが、あの素晴らしい肉を夕食に出せるのがファームイントントの凄いところだ、と仰っていた通りの、何度食べても絶品と思わせる美味しさである。

■■■2018/1/14
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-1

仁宇布→上幌内→下川→十和里→愛別→当麻→日の出→東神楽→千代ヶ岡→大村
155km
ルートラボ>https://yahoo.jp/tSSH4N

 天気予報は終日曇り。降水確率は最大30%、全体的には10%ぐらいで低めではあるものの、旭川盆地までは山間が続く。曇り予報というだけなら、山間で雨でも全然不思議じゃない。ここ仁宇布の現実としては、夜明けの空は重く低めの雲に覆われていた。雨は降っていない。
 雨っぽくなるなら、今日は幌加内経由で行こう。と思いつつ1階に荷物を降ろすと、空の中に明るい青い色が浮かび始めた。更に朝食中、それまで厚かった雲が次第に薄くなり、空が何だか明るくなってきた。
 今日は晴れ基調の曇りなのかもしれない。そんなもの仁宇布から5kmも走れば、ころっと変わって雨が降り始めてもおかしくない。何たってまだ早朝である。それでも、見た途端こりゃダメだという感じじゃない。
 ならばとりあえず山間コースを下川まで脚を進めるつもりで仁宇布の交差点へ下ってみて、その時またそっち方面の様子を伺って決めればいい。何事も思い込みは良くない。今年の北海道もあと2日。残り少ない時間、現実に柔軟に対応して行動せねば。

 6:25、仁宇布ファームイントント発。
 上空に未だ雲は多いものの、青空の中に雲があると思える位に、確実に晴れ始めている。緩斜面に拡がるソバ畑、盆地を囲む山々。もうお別れの、緑明るい北国の風景が心に染みる。
 下川への分岐の交差点でも、下川方面の空の表情に特に問題があるようには見えない。ならば予定通り道道60で下川へ向かおう。下川まで45km、無人の森が続く。いや、今のところサンルダム工事中なので、下川手前で多少ましにはなっている。でも、一度脚を向けてしまえば下川までエスケープが利かないことに変わりは無い。そして、下川での予定変更は、事実上輪行含みとなる可能性が高い。しかし今の天気なら、実態がどうであっても自分の選択に後悔することは無いだろうと思われた。
 仁宇布周辺で特徴的な道端の白樺の森は、すぐに鬱蒼と静かな広葉樹林と笹の茂みに替わった。毎度のことながら、なんとなく野生動物が一杯潜んでいそうな不気味さを感じつつも、緩く淡々とした登りを落ちついて進んでゆく。
 美深松山湿原への分岐を過ぎると、谷間は一気に狭くなって周囲の山肌が迫り、道は美深松山峠へ向かって高度を上げ始める。とはいえまだこの段階では5%未満程度。まだ道北の峠らしい緩い坂だ。空にはやや雲が増えているものの、空全体は眩しいぐらいに明るい。一方、茂みの雰囲気は次第にワイルドさを増している。もう仁宇布から数km山間に入り込んでいる。辺りの稜線はそう高くないように見えても、空が明るくても、何だか薄気味悪さで居心地はあまり良くない。未だ6時台、たとえ舗装路面上と言えども、この山中では野生動物が主役なのかもしれない。

 美深松山峠への最終段階は、峠手前2〜300mで斜度が突然上がって8.5%に。道北道道の峠としては異例の急勾配だ。こちらもぐっとギヤを下げてを乗り切って、7:10美深松山峠通過。峠の向こうは、オホーツク海側の雄武町となる。
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-2


 イキタライロンニエ川沿い、狭い谷間の深い密林を上幌内の道道49分岐へ下りきるまで、仁宇布側より更に濃厚な野生動物の雰囲気と、路上にまでぷんぷん漂う熊の臭いが怖い。そのため、上空が明らかに空が雲で一杯になっていることに気付かなかった。南に下るにつれ、内陸の天気は冴えないのかもしれない。或いは一昨日からの例に漏れず、オホーツク海側はあまり天気が宜しくないということなのかもしれない。雄武町は、自治体的にはオホーツク海沿岸である。辺りが山深いので、オホーツク海沿岸の雄武を思い出すことができないだけだ。
 年によって、道北の天気はオホーツク海側、日本海側で、それぞれ独立して絶好調だったり絶不調だったりする。今年は日本海側が好調だったが、オホーツク海側は不調で低温気味だ。オホーツク海高気圧が活発だと、内地の秋の訪れも早い傾向があるようなので、そういう意味でも早くオホーツク海高気圧になっていただき、東京で糞暑い夏が少しは涼しくなって欲しい。東京の鬱陶しい夏は、子供の頃にはもう少しましだったと思う。私は夏が大好きだったからだ。
 等と思いながら、道道49で次の幌内越峠へ。意識せずに登ると6%位の坂はあっという間であり、そう思っていると長く感じられる。そういう捉え方とそれなりの距離感覚とともにこの道を通ることができる程度に、私はこの道を訪れることができている。
 谷間を挟む対岸の山はそう高くない。谷間はややだらっとしたボリュームの空間として感じられる。しかし道の外、木々の向こうに伺える谷間の森には、山深い迫力がある。2002年に訪れたピヤシリ林道を思い出させてくれるこの眺めは、毎年毎年成長している道端の木々が遮り、近年明らかに眺めが悪くなっているのは残念なことだ。

 峠周辺に近づくにつれ、前方に霞みのようにガスが漂い始めた。そして空の色が急に濃くなり始めた。
 7:30、幌内越峠通過。「幌内越峠」という小さい標識がある前後、ほぼ平坦な区間が数百m。道がおもむろに下り始めてから50mも下ると完全に谷間に降りてしまい、下り斜度そのものが一段落してしまう。上幌内側のやや大きな谷間とは打って変わった、なだらかな地形である。
 峠の向こうで雲が引くことを期待していた。しかし道が原生林の山肌を緩緩と下り始める辺りから、雨粒がぱらつき始め、すぐに止んだ。意識してここまで考えないようにしてきた今朝の判断は、やはり間違いだったのかもしれないという気がしてきた。

 峠付近の原生林から谷間に下る途中、周囲は植林っぽい森となってしばし続き、その後更に斜度が緩くなってからサンル牧場が断続し始める。まだ8時前。牧場の間に現れる森は深く、相変わらず大型野生動物が潜んでいるような不気味な雰囲気が漂っている。昔はあまり意識しなかったこういう雰囲気を、近年はとても強く感じるようになった。ただ、思い出してみると、昔から熊の糞は道端に落っこちていたように思うし、オホーツク内陸部のこの一連の道で、舗装路面にかなり巨大な熊の足跡を見つけてびっくりしたこともある。それに実際、鹿ぐらいはしょっちゅう見かける。やはりそういう特有の雰囲気は、漂っているのかもしれない。
 サンル牧場と森が断続する谷間には、かなり緩い下りが安定して続く。登り返しのようなものは殆ど無い。あまり何も考えずに脚を間欠的にくるくる回していれば、それなりに一定のペースで下ってゆけるので、ツーリング的には都合が良い。ただ、下川から登りで訪れるときより通過速度自体は速いにも関わらず、下りの方が登りより距離(というより時間か)はやや長めに感じられるのが面白い現象だ。

 それまでも小雨ぐらいは降っては止んでいたのだが、旧道がサンルダム貯水池周囲の新道区間に移行する辺りから、雲が急に低くなり、向こう側の山が霞み始めた。いよいよ文字通り雲行きがあやしくなってきたようだ。しかしもう何が降っても、少なくとも下川までは勢いで中央突破しちゃえ、という段階ではある。
 道道49は、いつの間にかサンルダム建設に伴うダム湖外周の新道区間に入っていた。道はしばらく山裾の森を進んだ後、おもむろに山腹へ高度を上げ、サンル大橋へ登り始める。将来の湖面はどうせ水平なのだから、あまり湖面から高く登っても仕方無いのに、とも思う。しかし湖岸の道と、湖面を渡る橋では、湖面からの規準高さは違うのかもしれない。ならば多少の登りはこの手の道では避けられないのだろう。それに今日この後通過する予定の岩尾内湖の唐突で露骨な登りに比べると、大分ましとも言える。こういうところはいかにも平成っぽいダム湖だ。
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-3


 サンル大橋の上で谷間を眺めている間、一旦雨は上がった。天気は安定していないのだと思われる。
 いずれこの湖も、岩尾内湖のような風格を帯びる日が来るのだ。そして私も湖がそんな風格を帯びる頃、湖を見下ろして「昔の旧道もけっこういい感じでねえ」などとつぶやけるぐらいに北海道を訪れることができていると有り難い。行く手の天気があまりすかっとしないので、思考は妄想気味に展開してゆく。
 雨具を脱ぎ、サンル大橋を渡って対岸に向かうと、再び雨が降って止んだ。そして何度目かのサンル牧場辺りから、今度は路面がここまでとは違うレベルで濡れ始め、サンルダム堤体から路面はもうすっかりぬらぬらに変わってしまった。明らかに今までけっこう盛大に雨が降っていたようだ。下川到着間近だが、この辺で雨具を着込んでおく。
 ちなみにサンルダム堤体は、何と大体できあがっていた。それもそのはず、サンルダムは遂に来年2018年完成予定なのである。

 9:15、下川着。下川手前から既に、路面は濡れているどころか黒々ぬらぬら、道の轍に大きな水たまりが目立つ。ここ下川では、明らかについさっきまで盛大ににわか雨が降っていたようだ。今この下川では空は明るいものの、雲自体はかなり低く、早く動いている。そして下川盆地を囲んでいるはずの山は、低く濃い色の雲に完全に隠されていた。明らかにあの辺では雨が降っていそうな雰囲気だ。
 仁宇布からここまで南下する間、何とかあまり本格的に雨が降ることは無かった。しかしこの先、早朝仁宇布で決めた通りに山間の道道101を南下すれば、糸魚峠まで少なくとも10km以上山間を通ることになる。その間、間違い無く雨に降られると考えるのが自然だ。そしてその雨は、少し前下川に降ったのと同じぐらいの、というよりけっこうな大雨である可能性が極めて高い。
 今日はここでいっそ撤退し、名寄から輪行するのがいいだろうかという気になってきた。そこでセイコーマートの軒下で天気予報を確認すると、士別市と愛別町に12時以降、何と晴れマークが付いていた。その先の旭川盆地も、雨の印などどこにも見当たらない。ほんとか。
 ということは、今この山間でこんなに雨が降っていても、中広域的には次第に晴れへ推移するということなのかもしれない。ならばこの先多少降られることがあっても、そう長く続かないのかもしれない。折角山間コースをここまで来たのだ。この先1時間ぐらい雨の中を走れば旭川盆地へ自走で到達できるなら、もう少しこのまま進んでみよう。仮に想定外のもの凄い大雨で撤退を余儀なくされたとしても、その時点で名寄まで下れば美瑛へは充分に早い時間に着ける。
 というわけで、ここはとりあえずそのまま進むことにした。

 9:25、下川発。班渓までの下川盆地内では、空の雲は辛うじて落ちてくることは無かった。ただ、南の山間に近づくに連れ、雲は確実にどんどん低く濃くなってきた。雨が降り始めるのは時間の問題だろう。これは予想の範囲内だ。
 ここ数年、仁宇布を早朝に出発して南下すると、この辺りで毎回9時半〜10時になる。道北もやや南に位置する下川盆地。更にそのまっただ中、畑に続く道道101なだけあり、晴れの日に日差しを遮ってくれる木陰などは全く無い。気温自体の上昇と照り返しの相乗作用で、この辺りからたまらない暑さを感じ始めるのが毎度お馴染みの展開である。今日は暑くないのだけは有り難いのを、前向きに捉えねば。
 班渓から先、道は盆地からパンケ川の谷間へ入ってゆく。辺りは畑から森に変わった。ほぼ同時に、満を持したように遂に空から雨が落ちてきた。しかし意外にも雨はぱらぱら気味である。
 流石に道北と言えども下川以南まで南下すると、谷間を囲む山々は明らかに仁宇布以北辺りよりは高い。谷の屈曲も緩く大きく、谷間全体が空間として大きく感じられる。道端は法面補強か森の茂みであり、どっちにしても頭上は開けているとともに、何か適切な屋根のようなものや木陰など全く無い。落ちついて自転車を停めて雨具を着ることができる場所を探す間に、雨は次第に本降りに変わっていった。雨の降り方も思い切りが悪く、これ以上降ると服がしっとり濡れてしまいそうという段階になって、やっと仕方無く雨の中で雨具を着込む始末だ。登り斜度も、糸魚峠へ向かって登りが始まったという段階で5%未満程度。まあこれはこの道毎度の事だし、道北では当たり前の話でもある。
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-4

 何となく登り始めた谷間の直線気味の道を、更に雨が強くなったらどうしよう、引き返すタイミングはどうしよう、等と次第に悩みを増やしながら何となくだらだら進んでいた。茂みから熊っぽい甘い香りが漂ってくるのも何となく怖ろしいs。まあでもさすがに10時台。早朝に比べて車は時々通るようになっているので、多少安心はできる。

 斜度が多少増してきた辺りから、雨の勢いも増し始めた。引き返すなら今かもしれない。と思ったところで車が通り過ぎ、気が付いた。向こうからやって来る車に、この先の展開を聞いてみよう。
 15分ほど後に停まってくれた車は、何と
「トンネルの向こうは降ってないよー。雨はこっちだけみたい」
とのこと。雨は更に強くなり始め、大雨と言っても差し支えない程度になっていた。しかし、じゃあそれならこのまま行こう。

 その後の展開は、意外にも、教えていただいた通りにすぐ雨は上がり、糸魚トンネル手前では路面が乾くまでになってしまった。全く雲が低い日の天気は読めないものだ。今日の場合は、良い方に向かいつつある。
 11:00、糸魚トンネル通過。トンネルの向こうでは、確かに雨は降ってないものの、路面は多少というぐらいには濡れていた。まあここまで来たら、そのまま麓まで下ってしまうだけだ。

 糸魚の集落下手辺りで空気が完全に乾いたという感覚が感じられ、間もなく雲が高くなり空が明るくなり始めた。11:15、十和里着。雲の濃度次第で影ができたり、空の一部に青空が継続して現れるというまでに、天気は回復しつつあった。岩尾内ダム方面にも、どす黒く不穏な低い雲が溜まっているということは全く無い。このまま最後の於鬼登峠を越え、愛別から旭川盆地に到達できる目処が見えてきた。つくづく下川で引き返さないで良かった、とようやく実感できていた。
 岩尾内ダムへは取付の坂を60m程一登り。7%ぐらいの一気に高度を上げる坂道だ。道北でよく見かけた、緩くだらっとした谷間の道とは明らかにちょっと違う感覚の、いかにも内陸の山地を感じさせる登りである。身体が火照るように日差しが暑く感じられ始め、雲が動いて日が翳るのが大変有り難い。
 見上げるダム堤体のコンクリート壁面はやや黒ずんでいて、ボリュームと迫力と風格がある。ダム管理事務所が水飲み場も自販機すらも無く、一般訪問者に対してかなり素っ気ないのも、いかにもやや古めのダムにありがちである。何か飲めるとこの道への訪問にも大分助かるのにとか、すぐ脇の巨大な岩尾内湖には水がこんなに一杯あるのにとか、この道を初めて訪れた1990年から毎回思っている。湖岸外周にはキャンプ場もあるんだから、誰かの予算で1台ぐらい自販機を置く方が、観光資源としての岩尾内湖には役立つ方向になるんじゃないのか。
 岩尾内ダムに着いた段階ではまだ空は明るかったものの、湖岸区間に入ってすぐ空が陰り始め、水滴がぱらつき始めた。さすが山深さが湖面に漂う岩尾内湖、急な展開である。雨具を再び着込みつつ、湖岸区間のアップダウンにも文句があるんんだよな、などと考える。登ってもどうせまた下るから、湖岸区間で高度を上げること自体にあまり意味は無い。それにしちゃちょっと登りすぎるような気がするのだ。自転車としては。単純に建設費用を節約、いや、適正に計画するとこうなるのだと理解はできる。今の交通量を見ると、その選択は正しいとも思われる。まあ、登り量自体はせいぜい60mぐらいだし、何も文句を言う程の話じゃないかもしれない。天気が悪くて湖岸の木々で展望が効かないと、どうしても思考は内向きになってしまう。とは言えところどころで広々とした湖面が拡がるので、なんだかんだ言いつつあまり退屈はしない道だ。

 12:00、道道60分岐通過。
 道道101はしばし岩尾内湖沿いの森に続いた後、湖も終了すると森が開け、広くはないものの比較的開けた、天塩川上流の谷間となる。この間天気は、湖岸区間で一度雨が本降りで降った後、断続しながら小雨に収束する方向で茂志利まで推移。なんとなく雨具を脱ぐタイミングを逸しつつ、しかし未だ空気中から水滴っぽさは消えない。当然のように雲はかなり低く、その下にところどころあやしげで不穏な、雲のようにふんわりした塊ではない、曇りガラスのように不透明に霞んだ空間がある。恐らく、そこだけ降っている雨粒が、空の中で光を拡散しているのだ。
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-5


 行く手の対岸の山も、何だかそんな感じで部分的に霞みっぽい。その辺に近づくと、やはり結構な雨が降ってきた。しかし雨は本当に数10mの範囲だけですぐに止み、その後は遠景まで空気が澄んだ。茂志利の盆地部ももう上手、いよいよ於鬼登峠への登り区間手前だった。
 気が付くと、時刻はお昼。天気予報で士別、愛別が晴れになっていた時間帯に入っている。かなり山間とは言え、ここは士別と愛別の境近くである。やっと天気予報通りの展開になっているのだった。今日はこの先雨はもうあまり降らないだろうと思えてきた。降らないといいな。

 於鬼登峠までは200m弱の登り。5〜6%程度の緩い斜度が、峠手前で斜度が7%ぐらいに変わる以外、極めて淡々と安定した登りである。線形も山腹に沿って屈曲するというようなことは無く、淡々と直線基調で幅広の、やはり安定感が感じられる道だ。ただ、掘りの深い地形とやや鋭いエッジの稜線は、ここ2〜3日間眺めてきた道北の山々とは根本的に異なる上下の振幅を、道周囲の空間に作っている。それが於鬼登峠北側の大きな見所になっているように思う。
 離陸開始すると左側に谷間が落ち込み、間もなく天塩川の最上流部が山中へ分岐してゆく。旧道っぽい段と茂みが見える切り立った稜線が真正面に見え始めると、もうトンネルは近い。連続し始めたカーブの回数と正面の山姿の距離を想像しながら脚を進め、12:55、於鬼登トンネル着。

 トンネルを抜けると、愛別町の標識が登場した。もうこの次点で旭川盆地へやってきたという気になれることが、何だか我ながら自分が可笑しいぐらいに嬉しい。
 愛別湖へ向かってまずは一下り。つづら折れ区間から谷底へ降り、まだまだ下りが続く。愛別湖手前の40m登り返しは毎回ややしんどいが、わかっていればもう焦らずに粛々と脚を回すだけである。坂の厳しさより、旭川盆地らしい暑さが感じられる。それも何だか嬉しい。もう道北じゃないのだ。自走で別のエリアにやって来たという、長期ツーリングならではの実感を感じることができているのも嬉しい。
 愛別ダム手前の貯水池湖岸区間では、空の中に目に見えて青空が増え始めた。もうあとは、晴れてゆくのだと思われる。ただ、まだ確信できるという程ではない。私はここ2年ほど、旭川盆地で遠くのゲリラ豪雨を眺めたり、かなりの土砂降りに遭遇している。ここ愛別湖畔では、かなり大きく濃厚な雨雲に追いかけられたこともあった。はっと気が付いて後ろを向くと、山方面の雲は灰色ではあったものの色は薄く高度もそう低くなく、大きな雷雲が目を血走らせて追っかけてきているという雰囲気ではなかった。ひと安心しておこう。

 ダムから降りると、谷間と言うにはやや広い平地に田んぼが一杯に拡がって、お米関係の施設や看板が目立ち始める。今日の宿、美瑛大村のポテトの丘YHでは、毎回宿主さんが北海道のお米が日本一になったことを毎回説明してくれることを思い出す。美味しい夕食も思い出す。愛別まであと10km。追い風下り基調なのも手伝って、何だか旭川盆地に降りてきた安心感でうきうきしてしまう。下川で撤退しないで本当に良かった。

 13:40、愛別着。
 大分雲は高くなり、暑くなっていたが、未だ空は雲に覆われてはいた。セブンイレブンで休憩がてらスマホ予報を確認すると、お昼以降の予報は晴れから曇りに変わっていた。多少悪化したようではあるものの、しばらく今みたいな天気なのだろう。ゲリラ豪雨っぽくないだけ上々である。
 愛別駅から当麻へ、今回は山裾に近い東側のコースを選んでみた。なるべく登りは避け、山間に入りそうで入らないようにGPSトラックを組んだつもりではあった。しかし途中ほんの少しではあったが10%の坂が現れたり、細道が森の中でダートに変わって1〜2kmほど続いたりもした。ダートが終わってからは当麻まで登り下りは少なく、直線基調ながら静かな道が続いた。
 過去に経由した西側コースも、序盤〜将軍山辺りまで微妙に起伏や屈曲はあった。そう思えば、東回りコースはまあまあ効率はいいような気はした。ただ、今日は向かい風がやや厳しい。日差しも遂に現れ始めていた。北海道でも一番暑い場所の一つである旭川盆地だけあり、かっと照りつける日差しに皮膚がちりちりするような感覚がある。
北海道Tour17#10 2017/8/18(金)仁宇布→大村-6

 14:40、当麻セイコーマート着。
 多分これが北海道で最後のHotchefだろう。ここは満を持して、午後の日差しの中店先で豚丼を食べておくことにする。それにしても暑い。

 15:15、当麻発。休憩前までの追い風は、いつの間にか向かい風気味に変わっていた。埃が目に入って痛く、西日もそろそろ眩しい位に太陽が落ち始めていた。
 東神楽まで、旭川盆地東南部、山裾からすっかり離れてひたすら平地の田んぼまっただ中。今回組んだトラックは、並行する道の中でも幹線道路を選んでしまっていた。この辺はもう何度も訪れているはずなのに。もう1本ずらせば良かった等と思いながら、それでも東神楽手前の東神楽橋まで10km足らず。わざわざ脇道へ向かうほどの交通量でもないし、どうせ東神楽へ着くためには東神楽橋を通るこの道に戻ってこないといけない。結局そのまま行ってしまうことになってしまった。
 16:10、東神楽。旭川空港近隣の町だからか何なのか、いかにも都市部らしい整った街路と住宅地が特徴的だ。さすが旭川郊外。本当はセイコーマートもあるのだが、ここの店にはHotchefは無い。その気になればこの先西神楽で寄り道すればセイコーマートに寄ることは可能だし、さっきの当麻で必要な物はあらかた購入してしまっていたし、ここはもう通過してしまう。

 旭川空港の脇を西神楽へ一登り。標高差30m程の直登が視覚的に応える登りである。
 西神楽から美瑛へは、最短ルートを選んである。平野に拡がる田んぼの1本道国道452から、美瑛の丘へ1回だけ、しかも比較的安定して穏やかに登れる谷間の町道へ。狙って選んだコースは、その意図に合うという意味では狙い通りだった。ただ、狭く薄暗い森に囲まれた谷間を、けっこう最近利用していると思われるのに、いつ来たか全く思い出せないぐらいに退屈ではあった。その分、登り切って突如拡がる丘の風景を、全くの別世界に感じられた。
 美瑛の丘は真っ赤な夕陽の中だった。当麻以降向かい風や小坂や谷間であまり意識していなかった天気がいつの間にか好転し、終着目前にして遠景まで見渡せる程の今日最大級の晴天となっていた。
 東側には旭岳が雲の中から姿を現していた。美瑛で旭岳を眺めたのは、随分久しぶりのような気がする。西から南側に向かう山々は、夕方の青い影に変わりつつあった。遠くから近くまで青い影が、彫りの深い丘、森の木々、畑の作物や畝に続いていた。波のように重なって続く丘の、彫りの深さと空への拡がりを感じられた。
 美瑛に着けた。そして期待通りのダイナミックな空間を、光と影のコントラスト色彩豊かに味わえている。こういう景色の中を走りに、美瑛にやってきたのである。またもや、仁宇布から美瑛まで自走で来れて良かったと思った。

 17:20、大村「美瑛ポテトの丘YH」着。
 明日も晴れ予報。問題無く最終日の行程に出発できるだろう。宿はここに連泊だ。以前はツーリング行程終了後に札幌泊で千歳空港から帰っていたが、美瑛でこの宿に泊まって旭川空港から帰る方が楽しいということに、昨年気が付いたのだ。
 美瑛でも街ではなく西側の丘、畑まっただ中。小綺麗で適度に賑わい、食事は美味しくボリュームたっぷり。唯一の難点はYH特有の相部屋だった。私の場合、朝の出発が早いので、荷造りなどの出発準備に気を遣う必要があるのだ。しかし今年は個室を早くからお願いしている。連泊でもあり、その分YHらしからぬ宿泊料金になってしまったが、いいのだ。こんなに素晴らしい宿で旅を終えることができるのだから。

 夕食が18時半過ぎ。既に夕食前に風呂で汗を流し、サッポロクラシックでほろ酔い状態ぐらいになっておく。
 夕食時、宿主さんのスピーチも毎回楽しみだ。内容は毎年殆ど変わらない。お米、ジャガイモ、野菜、夕食の大豆コーヒー等食材が地元産であること、近所に映画の撮影地があるということ、美瑛観光の際には畑に入らないこと、などなど。しかしこのお話しを聞いて夕食を食べるのがいいのだ。そして、北海道Tourもいよいよ明日で終わり、という気になってくるのである。
 そのままのいい気分で夕食を終えると、もうあとは寝るだけだ。

■■■2018/1/28
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-1

大村→美瑛→上富良野→東山→布礼別→麓郷→西達布→幾寅→上落合→幾寅
155km
ルートラボ>https://yahoo.jp/90FD_m

 天気予報は朝曇り、12時付近から晴れ。最終日のいつものコースを上富良野・ベベルイ基線・麓郷と経由した後、早ければ老節布辺り、遅くても北落合では晴れるのではないかと思われる。
 2015年までは、その後トマムで行程を終えて札幌に向かい、翌朝は千歳空港から帰るというパターンで完成版だと思っていた。札幌ではラーメンやジンギスカンや生クラシックを始めとした食事が1983年以来の楽しみとなっている。JR北海道が誇る各爆走特急や快速エアポートに乗れるのも楽しかった。それに、予約さえ早ければ、比較的安くて便利なホテルも多い。北海道最終日の宿泊地であり、東京に帰る前の日の宿として、申し分無い旅の気分を味わうことができたのだった。
 一方今回は、今日もここ美瑛ポテトの丘YHに戻って、明日は旭川空港から羽田に帰ることにしている。旭川空港から帰るパターンは、かつて2009年に一度、旭川泊で使ったことがあった。その時は、朝に空港まで自走してみたものの、道としてあまり面白くなかったためかその後このパターンを使うことは無かった。しかし去年、ポテトの丘YHからタク輪で旭川空港へ向かってみたら、あまりに楽なことに気が付いたのだ。
 そこで考え直してみると、まず旭川空港から羽田へのANA便は、朝の便は8:55発10:40着と理想的な時間帯だが、次のANA便は13:25発15:10着。便の少なさが理由で今まで旭川空港を敬遠し、潰しが利きそうな千歳空港を選んでいた。しかし、2ヶ月前の予約開始日に忘れずに予約すれば、午前中1本だから旭川空港便が予約しにくいなどということは全く無いことがわかってきた。かつてみどりの窓口で北斗星や急行はまなすの寝台券予約をこなしてきた私にとって、ANAのネット予約など朝飯前なのである。いや、むしろ旭川便の方が、千歳便の同じ時間帯より空いているような気すらする。お土産だって、千歳空港に対して旭川空港に根本的に欠けている物など無い。あとは北海道最後の晩の夕食だが、札幌で食べるいかにも札幌っぽい食事の代わりにポテトの丘YHの美味しい食事があると思えば、これも全く問題無い。北の都札幌で、独特の夜の雰囲気を楽しめないのはやや残念だが、代わりに美瑛の丘で秋っぽい虫の音など聴きながら最後の夜を過ごすことができるのは、大変魅力的だ。
 そんなことに、去年気が付いたのだった。
 ただ、最終日札幌ではなく美瑛に帰る前提だと、自転車行程の終点はトマムではなく幾寅辺りとなる。
 トマム終着の場合、北落合からトマムへの、山深く車が少ない農免農道北落合線と道道1117を通れることが旅程最後の楽しみであり、トマムに向かわない場合はこの道を通れないことがやや残念だ。それ以上に、トマムから札幌へは大変便利である。何故なら、特急がほぼ2時間おきに札幌へ、しかも直通、おまけに所要時間1時間40分強。
 トマム→札幌に比べると、幾寅→美瑛へは各停となる。しかも直通ではなく、途中富良野で根室本線から富良野線への乗り換えが必要で、私が乗りそうな16時頃は接続が悪くて約1時間待ちとなってしまう。更に昨2016年、道央・十勝方面を襲った台風の影響で、そもそも根室本線は幾寅を含む区間が未だに運休区間であり、むしろ復旧すら危ぶまれている。一つ隣の東幾寅から富良野方面に列車が動いているのは、むしろ有り難いとすら言える。そして列車本数は、一昨年のダイヤ改正で全道的に削減されたと知っていても驚く程少なくなっていて、要するに今日は15時には東幾寅で輪行作業を完了していないといけないのだった。いや、富良野発は16時以降なので、脚さえあれば直接富良野に戻ってしまうことも可能なんだが。脚さえあればね。

 というわけで、今日は極力出発を早める必要があった。幸い個室泊のため何かと準備は順調に着々と進み、5時前には荷物を階下に降ろすことができた。
北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-2

 外へ出てみると、空の中には明るい青い色が見えるような気もするものの、基本的にはやや厚めの曇りである。舗装路面は黒々と濡れていた。明るい朝に気分が盛り上がるというよりは、薄暗く冴えない天気にやや出鼻をくじかれた気分だ。
 5:15大村「美瑛ポテトの丘YH」発。やはり大村の丘には、視界200mぐらいに濃い霧が漂っている。丘を美瑛市街方面へ下っても、相変わらず路面は黒々と濡れている。ただ、30分前の大村より、霧の中が明るくなってきたような気もしないでもない。とりあえず天気予報の実現を希望するだけでも、あまり露骨に裏切られはしないような気もする。
 美瑛に下って町外れから美馬牛へ。極力アップダウンが少ない経路を選んだつもりのGPSトラックは、線路沿い気味の谷底に続く。確かにアップダウンは、どの過去経路より少ないところを選べている。しかし谷底なので、単調な木立と茂みだけが続く風景は、間違い無く美瑛らしさに欠ける。やはり頻繁なアップダウンこそが、美瑛の道の本質なのだ。
 今後は、多少の坂はあっても、せめて新栄の丘ぐらいは通るような経路を通るべきだつくづく思った。何事も極端はよくないのかもしれない。最後に見覚えのあるひまわり畑から美馬牛へひと登り。朝の美馬牛は、未だ雲が低くて何だか薄暗い。今日に限っては、もし丘の上を通ってきたとしても、あまり景色は良くなかったかもしれないとも思った。まあ、今日はまだまだ先がある。

 美馬牛から先は下り基調。谷間に下ると、周辺は整った形の丘やすっきり整えられた道端の畑が続く美瑛っぽい景色から、北海道にやって来てから毎日見慣れた、普通にのんびりした北海道の田舎に変わった。上富良野までまだしばらく、そういう鄙びた谷間が続くはずだ。北海道に来てから10日程度で、こういう風景が何だか懐かしさを感じられるようになっていることが、何だか嬉しい。こういう生活も今日までだ。

 6:50、上富良野着。さすが富良野盆地の市街、丘陵地帯の美瑛や美馬牛に比べて霧は薄い。空も明るい。上富良野6時台。まずは順調な進行である。
 道道291沿いのローソンが無くなってからもう久しい。同じく街中の上富良野駅は、こぢんまりのんびり田舎っぽくて好ましい雰囲気の駅だ。だいぶ以前にはここから輪行していて、個人的に一方的に親しみを感じている。しかし、コンビニが無いこの通りに、差し迫って用事は無い。
 市街を通り抜けた南東側のセイコーマート軒先ベンチでPBカップ麺など食べていると、自衛隊のお客さんが次から次へとやって来るのが目立つ。今が出勤時刻(というのかどうか知らない)なのだろう。今朝の営みを始める人々に、北海道では来週から夏休みが終わることを思い出す。
 この間、再び空はどんどん暗くなってきていた。しかしここで帰っても美瑛の町で時間を潰すしか無い。少なくとも麓郷までは、雨は降らないようにも見える。希望的観測ではあり、実際に向こう側の山裾で雲の状態がころっと変わることも過去には何度もあった。しかし、この後の身の振り方としては、せめて麓郷まで行ってみてもs何の問題も無いだろう。

 7:20上富良野発。
 東山へ向かう途中、早くも山の上空だけが晴れてきたのが見えた。位置的にベベルイ基線の本幸辺りかもしれない、などと期待しながら東山からベベルイ基線を登り始めると、かなり低めの雲が動きつつ空を覆い続ける曇りだったものの、途中ベベルイの湧き水辺りまでは左側の山には日が当たり始めていた。いい傾向である。
 日が当たって急激に周囲の温度が上がっているのか、登り始めた途端に汗が噴き出ていた。特に帽子のこめかみからもみあげの辺りに、次から次へと水滴が滴るのが我ながら驚く。ここまで身体に風が当たっていたためあまり意識しなかったものの、足かけ5日ぐらいいた道北より、確実に気温は上がっているのを実感する。
北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-3


 しかしながら麓から約200m登り切った本幸では、再び空は曇り気味に変わり、日差しはすっかり雲の中に隠れてしまった。雲の動きは速いので、しばらく天気は三歩進んで二歩下がりつつお昼頃へと推移してゆくのかもしれない。
 ベベルイ基線道端の私的定位置の赤白スノーポールは、復旧を確認できた前回2015年秋から2年の間に、またもや折れ曲がっていた。前回ほど傾いていないように見えるものの、今回は畑側に少し倒れている。道路関係者の方に置かれましては是非ともまた復旧していただいて、元通りのスノーポールと再会できる日を楽しみにしております。

 ベベルイ基線の道端には、かなり高く育った自衛隊演習場のカラマツ森林が続く。中には近年ブロック丸ごと伐採された箇所も目立ち始めている。この道に始めて訪れた30年近く前、森は確実に今より低かったような気もする。そして伐採されたブロックにもう一度カラマツが高く茂るのを、私はもう眺めることはできないかもしれないなどと思う。
 自衛隊演習林沿いの区間が終わると、開けた裾野の畑の中を、道は布礼別へ標高差100mを下り始める。相変わらず空は曇り続けていて、日差しは姿を消し、富良野岳の裾も今日は雲から上は全く見えない。晴れれば脚が停まるような私的名所ではあるのだが、今日はささっと下りきってしまうことにする。

 9:10、麓郷着。上富良野、本幸に続き、なかなか順調な進行だ。空に雲が多く、途中であまり長い間立ち止まるような状況が無かったので、当然と言えば当然の展開ではある。
 店先露店販売のトウキビ・アスパラなど朝摘み野菜が楽しみな、交差点の「森の駅」ことA-COOPは、何と閉店になっていた。思い出してみると、以前ここに来てA-COOPに立ち寄ったのは2014年。3年も前のことになってしまっていた。2015年、2016年とも夏は天気が悪く、最終日の行程自体を断念していたし、2015年の秋にはこの道には来ることはできたものの7時過ぎの通過だったので、そもそも立ち寄るという発想自体が無く、あまりこの店がどうなっているかなんて考えていなかった。
 しかし元森の駅の隣には、もともとA-COOPの店先でトウキビやアスパラガスを売っていた藤崎商店が、今日はお店が開いたところだった。開いていた。今までここで店をやっていたのを意識したことは無かったものの、相変わらず店先でゆでトウキビが食べられるとのこと。それなら、麓郷でのミッションは全く問題無くこなせる。
 トウキビ3本は多すぎることを以前学習したので、ピュアホワイトを2本注文。結論から言えば、今回のトウキビはやや固めだったかもしれない。獲れたてののトウキビだから、新鮮さ故の張りなのかもしれない。こちらはセイコーマートで毎日2本以上トウキビを食べている。あまりがっつく必要は無かったのかもしれない。
 トウキビを食べながら、少し今後の展開を心配しておくことにした。未だに雲は低く、空は再び暗くなり始めている。早朝の美瑛出発時点で、もし10時台に幾寅に着けたら、問答無用で北落合に向かおうと思っていた。今のところ、麓郷に9時過ぎに着けている。もしかしたら10時台には幾寅に着けるんじゃないのか、という気もする。空は暗く、幾寅に着いたとしても、天気が良くなる保証は無い。いっそここで富良野に下ってしまうか。そうすると、多分この後は富良野市街でネットで調べた即席グルメツアーか何かになるんだろうな。
 しかし藤崎商店のおばさんに麓郷の天気を聞いてみると、「毎日朝はこんな感じだよ。昨日もそうだったけど昼前から晴れだったし。これから晴れるんじゃないかな。」と教えてくれた。それなら、もう少し行ってみよう。
 9:35麓郷発。幾寅に10時台に着くには、25分は長居しすぎだったかもしれない。

 麓郷から先、道道253の峠部分で空は急に晴れ始めた。元々雲はけっこう早く動いていたので、一度晴れ始めたらその後の進行は早かった。平沢の丘では天気が晴れに向かっていることを確信できる程に空には青い部分が増え、東山のA-COOP(というより農協)でコーヒー休憩していると、日差しが暑くて肌がちりちりするほどになってきた。そして老節布では雲は更に少なくなり、気温は目立って上がっていった。これこそ富良野の夏だ。
北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-4


 10:35、西達布着。どう考えても私の脚であと25分以内に幾寅には着けなさそうだ。しかし、空はもう完全に晴れと言っていい。これなら最悪美瑛着が多少遅くなっても、北落合まで行ってみる価値がある。時間がどうなるかは、また幾寅で検討すればいい。
 国道36では、過去の訪問で暑い日がそうだったように、今日もお湯のような東風、つまり向かい風が吹いていた。照り返しもたまらなく暑く、西達布から三の山峠の登り始めまで、じれったくかったるい。しかし、登り始めると幹線系国道にも関わらず木陰(と言うほどのものでもなく単なる森の影)が僅かながら頭上を覆い始め、一瞬でも身体を冷やしてくれるのがとても有り難い。エゾゼミのギーギー声に峠手前の樹海の展望も青々と絶好調。夏のサイクリングっぽい気分になってきた。麓郷で諦めて富良野に下らないで良かった。
 11:10、三の山峠通過。やはり幾寅着は11時を過ぎてしまう。峠から幾寅まで下る途中、今後の予定をおさらいしてみる。
 乗車希望の普通列車は、東鹿越15:13。輪行完了状態で15時が目標として、幾寅からタクシー輪行してしまえば、幾寅14時50分輪行完了状態がタイムリミットだと言える。輪行時間25分とすれば、北落合680m地点出発は14時ぐらいがタイムリミットだろう。ならば北落合に13時に着ければ、680m地点にも行けてそこそこ落ち着ける。幾寅発は12時でいい。
 実際には、今のところ11時半前には幾寅を出発できそうだ。つまり、余裕は一応30分ぐらいあるということになる。絶景目白押しの行程ではあるものの、そういう気持ちで自分に厳しく時間管理すれば、あまり無理しなくてもこなせる行程だろう。更に目論見から余裕が出れば、幾寅に戻って「なんぷてい」でカレーを食べられる時間が生み出せるかもしれない。
 やや駆け足気味かもしれないが、いや、これなら行ける。

 11:20、幾寅「道の駅南富良野」着。速攻で集中的にWC、水など諸用事をこなしておき、11:35、幾寅発。
 農免農道北落合線が谷間に入る前に盆地外れで渡る幾寅川の橋は、未だに復旧工事中だった。のみならず、土手の中、川原の景色が以前とは一変していてぎょっとさせられるほど。一言で言えば、昨年夏の台風被害の爪痕が、未だに一目でわかるほどそこかしこに残っているのだった。流石に根室本線がずたずたになってしまっただけのことはある。橋の通過はほんの一瞬ではあるものの、胸が痛んだ。

 幾寅川の谷間、北落合への登りは2014年以来。最初は久住の畑の中から始まる。下っているとあっという間に通過してしまうこの辺り、登りのためゆっくりのんびりしたペースで、カーブと風景の順番まで新鮮に眺めることができる。
 その後谷間が狭くなり、幾寅川と森と農道北落合線だけが北落合まで続く。東幾寅の分岐を過ぎて登り斜度がやや厳しくなると、身体中汗だくになってしまうものの、狭い谷間故か雲が増えていて、時々日差しを隠すのは却って有り難い。
 前方の低山の上っ縁に畑が見え始め、最後につづら折れ状に台地上に一登り。明るい北落合の畑が開けた。狭い谷間の単調な道だと思って一気に下っていた道も、こうしてのんびり登ってみるとそれとない地形の起承転結があることがよくわかる。そして、幾寅から1時間掛かると思っていた北落合が、40分で着けたのは嬉しい誤算だった。

 12:15、北落合中央着。
 空の低い雲は未だに動き、なだらかに続く丘の畑に大きな影が次から次へと通り過ぎていた。大きい雲が日差しを隠し始め、10分ぐらいは日差しが出てこなさそうだったので、北落合中央ではあまり脚を停めずにすぐに680m地点へ向かうことにした。お陰で、引き続きタイムリミットより45分も早い上々の進行である。
 北落合中央から先、周囲の畑が広々と開けているため、道が全く登りに見えない。センターにしないと進めない脚の重さと毎度の帰り道があっという間なので、けっこうな登りであることは理解してはいる。それでもやはり、身体だけが重くなったように感じられるのが、この道毎度の現象だ。
 途中、空は再び晴れの周期に入ってきた。これ幸いとところどころの私的名所で脚を停めてみる。毎度お馴染みどころか、PC壁紙スライドショーで見慣れている風景なのに、やはり実際の空間感覚、というより実物の北落合が目の間に拡がっていることが嬉しい。この雰囲気は2014年以来、3年振りの再会であることも、またもや思い出す。
 680m地点とか協和の畑とか私的名所が多いというより、北落合全体として好きな土地なのだということを改めて強く感じさせられる。中標津や道北の母子里など、好んで訪れている土地にはそういう場合が多い。
北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-5


 12:45、北落合680m地点着。
 晴れ基調ながら次から次へと雲が低い位置でやってきては忙しく去ってゆく。今日みたいな天気だと、やはり標高が高い分空の雲は多い。でも雲だってもう2度と会えない、今日ならではの夏の風景なのだ、と思える位には晴れてくれている。
 北落合中央の向こう側の山々、更にその先落合の谷間の向こう、狩勝の境から日高山脈へ続く山々。PCの壁紙やら自分のHPやらで眺める風景に、3年振りという気はあまり無い。ただ、2つの目で眺める実際の風景の空間感覚はやはり圧倒的だ。それこそが、この場所へまた来ることができた実感というものなのかもしれない。
 最初空は薄日ぐらいには晴れていたものの。そのうちやや大きな雲がやってきて、10分間ぐらい日差しは完全に隠れてしまっていた、しかし、つい3時間前ぐらいまで考えていたタイムリミットに対し、1時間ぐらい余裕ができている。それに、ここまでの登りでいろいろな地点で脚を停めてきたが、やはりここは長居に相応しい場所だ。のんびりと次の晴れを待てばいいのだ。

 13:05、680m地点発。
 下りはやはりあっという間に、さっきのんびり登ってきた風景が次から次へと逆の順番で登場し、過ぎてゆく。再び幾寅へ下ってしまう前に、一度落合方面、協和の人参畑へ寄っておくことにする。いつの間にか亜鉛メッキの頑丈そうなゲートが建てられ、それが閉まっていて農道にすら入れないこともあったこの場所。今日は問題無く砂利道にか畑の丘を眺めることができた。
 空には相変わらず雲が早めに行き来している。680m地点からだいぶ下ってきたためか、再び雲は少なくなっていて、辺りは晴れの周期に入っていた。ニンジンの明るい黄緑が、午後の日差しに照らされて更に鮮やかだ。
 丘の稜線にアクセントのように立っているポプラの樹は、始めて訪れた1998年以降、かなり成長しているのも改めて確認できた。風景全体が毎回少しづつ変わっていて、今回は今回で2017年の去りゆく夏を見送っている、そんな気になってきた。いやいやいや、東京ではまだまだしばらく暑い夏が続くのだ。帰ったら強く生きねば。
 13:25、北落合協和発。再び北落合中央まで登り返し、その後は来た道を一目散に下って、13:50、幾寅着。

 下りで更に余裕を稼いだお陰で、想定タイムリミットの何と1時間以上前だ。ならばここは、何が何でもなんぷ亭へ行ってなんぷカレーを食べておかねば。
 それには、東幾寅へのアクセスを確実にしておく必要がある。迷う余地無くタクシー輪行である。駅前にタクシーを探すと、その名も「幾寅ハイヤー」の営業所を発見できた。東幾寅15時着として、タクシーならいくら何でも14:50発で楽勝だと思うが、念のため14:45幾寅発でお願いしておく。前のお客さんの都合やら帰ってくる途中の不可抗力で、タクシーが遅れて到着することだってあるのだ。
 13:55、輪行開始。速攻でてきぱき片付け、自転車を幾寅ハイヤー事務所前に置き、さあなんぷ亭だ!14:20にはオーダー、14:25に食べ始めることができていた。
 希望はしていたがまさかなんぷカレーまでこなせるとは思っていなかった。やればできるものだ、と思う。なんぷカレー自体も前回2年前に比べ、期待以上に更に磨きが掛かっていた。もう感無量である。11日間の行程最終日として、北海道に何も思い残す事はない。
 でも、やはり根釧台地に未練はある。かもしれない。と、この時は思っていた。やはり思っているということは、実現への強力な後押しになるのである。

 14:40には完食して幾寅ハイヤー前へ。14:45少し前に、かなり大型のワゴン車が登場して驚いた。「自転車を載せます」と言っておいて、気を回して下さったようだった。
 14:55、東鹿越着。もともと人気の無い場所の信号所みたいなこの駅が、まさか天下の根室本線の終着駅になろうとは、誰が想像できただろう。ひっそりと寂れたホームでキリギリスやエゾゼミの声を徒然なるままに右耳から左耳へ流して10分。15:05、新得からやってきた代行バスが到着した。代行バスは大型の、けっこうゴージャスな観光バス。代行手段の方が本来の手段よりゴージャスになってしまっている。この区間における鉄道と車の現状を象徴しているようで、何だか皮肉だ。ちなみに、バスは「ふらのバス」だった。
北海道Tour17#11 2017/8/19(土)大村→幾寅-6


 乗客の多くは、一目でわかる、近年日本のどこへ行ってもお得意さん(その後秋に似たような構成のメンバーを、大阪京都、丹後の美山、会津の大内宿などで見かけることになる)な、推して知るべしのメンツであることに多少驚いた。彼らは日本の田舎に興味を持っていて、30年ぐらい前に我々がやっていたのと同じような旅を、日本の田舎で楽しんでいるのである。
 15:13、幾寅発。普通列車ではバスで降りてきたメンバーによる、大声での会話、ロングシートで足を組むその足の放り投げ方、ガラガラバッグの通路への置き方(というか占有の仕方)、まあ他の場所で見られる通りの立ち居振る舞いが垣間見られた。ローカル線ののんびりした雰囲気の車内に似合わないとかいう気はするものの、これは国民性のようなもので仕方無いことなのかもしれない。もう少し時間を掛け、国民同士がお互いに理解し合う必要があるのかもしれない。地元の方は少数派で、彼らのやってこない隅の方でおとなしくしているのだった。こういうのはきっともう、毎日の事なのだろうし、地元の方にとっては夏の鉄道マニアが入れ替わっただけなのかもしれない。私も昔は周遊券の旅で車内を占有していたような気もするし、あまり大きなことは言えない。

 富良野には15:52到着。次の富良野線普通列車は16:55で美瑛着は17:38。その前に臨時で、16:12にノロッコ号が出る。折角早めに富良野を出発できても、ノロッコ号の運転はやたらとのんびりしているため、美瑛到着は17:21。16:55の普通列車とあまり変わらない。しかし、ノロッコ号に乗らないと、富良野駅で1時間も普通列車を待たねばならない。そこで、知ってはいたが乗る気は無かったノロッコ号に乗ってみることにした。こういうのをチャンスというのかもしれない。あるいはあまりに美瑛駅に観光客が多く、そのまっただ中で1時間過ごすことが煩わしかったせいかもしれない。
 ノロッコ号はほぼ満員で、車内は大変賑わっていた。車両は客車というのか、オハテフ500とかオクハテ510とか、改造元が51系か50系だというのはわかるものの、オハテフ(考えてわかった)とかオクハテ(調べてやっと理解した)とか全くピンとこない。機関車はDE15。以前1990年台に急行宗谷に乗って以来のDE10系だ。非電化DLのエースDD51に比べ、コンパクトにメカメカしさと程良いかわいらしさが凝縮されたDE10系は、以前からどちらかと言えば好きな位の機関車だった。元々撮り鉄系の私がディーゼル鉄道車両のエンジン音に興味を持つようになったのはごく最近のことであり、改めて機関車の直後で聴くDE15のエンジン音は気動車に比べてなんだか余裕を感じさせあり、それでいて速度が上がるとともに機関車らしい迫力を感じさせてくれた。
 富良野を出発すると、ほぼ西向きの窓から、かなり厳しく熱い西日が差し込み始めてた。しかし盆地をのろのろ走っている間は、むき出しの構体以外のほぼ全面の開口から風が目一杯入ってきた。その風は、たとえ富良野盆地まっただ中の富良野線であっても、美深のトロッコで感じられる森の風と似た開放感が感じられた。ノロッコ号という列車がJR北海道に登場して20年近く経った今、これがノロッコ号か、とやっと納得することができたのだった。
 富良野から上富良野へ必要以上に時間をかけて列車が進む間、日差しも弱くなり始めていた。時々雲が日差しを隠してくれると風が急に涼しく、なんとも夏の夕方っぽい。今日ももう夕方だ。
 上富良野から美馬牛へは丘越え区間の森の中。西日の木漏れ日、時々森が開けて眺める鮮やかな丘陵の緑に、北海道最後の夕方を存分に感じることができた。今回もいい旅だった、明日はもう東京なんだとしんみりさせられる。

 美瑛駅前では盆踊り真っ最中だった。多分これが、去年出会うべき盆踊りの風景だったのである。しかし去年、仁宇布から自走できていたら、美瑛駅前は通らないことにも気が付いた。やはり毎年毎年、旅の時間は連続しているのだ。
 17:45、大村「美瑛ポテトの丘YH」着。
 いよいよ北海道最後の夜。外ではカンタンやコオロギが鳴いている。するどくキリキリキリッと、エンマコオロギが鳴き声で戦っている。初秋を感じさせてくれる音を聴くのが、都会の夜じゃないのはとてもいい。こういう旅が未だにできている、私は幸せ者である。

■■■2018/2/1
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

北海道Tour17#12 2017/9/16(土)中標津空港→開陽-1

中標津空港→開陽台→開陽 20km
ルートラボ>https://yahoo.jp/kfSZsQ


 春の四国Tour17でマイルをある程度放出した代わりに、2017年夏の北海道Tourには航空券購入にはマイルを使わなかった。このため、9月に再び20000マイル(航空券換算26000円分)が貯まる、ということは8月の段階でわかってはいた。また、毎年9月お彼岸3連休の真ん中には、晴れの年間特異日が入っている。このため、夏に道東で雨にやられまくっていた時点で既に、9月3連休に中標津へ行ったらどうなのか、と思い始めていた。
 たった3連休、交通費が勿体無いと最初はそう思った。しかしマイルと手持ち株優を使えば、実質の交通費はほぼ片道分の¥2万6千ちょっと。関西や北東北へ新幹線往復するより安く、航空機なので往復移動の時間はむしろ鉄道より短くて済む。つまり、マイルと株優を使う限り、意外にも中標津はそれほど遠くない場所なのだった。
 天気については、一昨年の北海道Tour15秋の好印象があった。中標津なら、3日間晴れの可能性が高ければ充実した時間が過ごせるだろう。それならあり得ないほど勿体無い話ではない。
 そんな風に考えていったら、9月の3連休に中標津便を予約するまでにはあまり時間は掛からなかった。こうなったらあまり場所は移動せず中標津に絞って、民宿地平線連泊しかない。

 出発の週、週間天気予報が出た。最初は16(土)〜18(月)まで全て晴れ。当然だよ、年間特異日なんだからと思っていた。ところが火曜日晩の辺りから、南方の海上に発生した大型の台風18号が日ごとに発達し、九州の手前辺りを迷走した後連休明けに日本列島を直撃るすかもしれない、という話になってきた。まあ、連休明けなら大したことにはならないよ、と思っていた。
 それが、木曜日の朝の予報で本州通過は月曜の午後に変わり、更にその規模がかなりの大型である、と報じられ始めた。台風が通過するのは日本海側、それなら最悪でも羽田便にはそれほどの影響は無いだろう。そもそも北海道に台風が上陸したこと自体、過去殆ど無いんだし。昨年夏は確かに凄いのが来たが、台風の影響がどうなるかなんて、月曜日の午前中に根釧台地でも走った後にでも考えればいいのだ。
 それぐらいに、北海道出発の事前に気になるぐらいの大規模な台風っぽいことは知ってはいた。

 ANAの中標津便は1日1便、お昼前の出発で到着は13:55。出発当日の朝に荷積みを始め、朝食を食べて更にのんびりした後おもむろに地元駅を出発すればいい。荷物もフロントとサドルバッグだけ、大変カジュアルな北海道Tourである。毎回こうだといいのにな。
 それなのに、到着してみればそこは純粋に中標津そのものなのだった。私にとって本来中標津は、何日か北海道を旅した後に辿り着く場所だ。それが羽田空港から2時間もかからずに空港に着いて、タラップから通路を歩く外の風景からして、既に中標津まっただ中である。空港内装のあちこちに使われている丸太にも、何だか他の空港には無い牧場っぽさが演出されているようで、いかにも中標津っぽく楽しい。1日1便午後到着でイマイチ不便という理由はあったものの、何故今まで中標津に飛行機で来なかったのか、と痛感させられた。中標津空港それ自体は、1986年に始めて中標津を訪れたときに既に存在はしていた。私の無知と思い込みが、中標津を遠くしていただけの話だ。
 輪行袋とサドルバッグを受け取ってポーチへ出ると、午後の強い日差しが照りつけているのが感じられた。皮膚のちりちり感も気温が爽やかなのも、夏と変わらない。トンボが飛び交い、キリギリスも鳴いている。ただ、夏だとこういう状況で必ずやって来るであろうゴマフアブは全くいない。
 やはり間違い無く、来て良かった。中標津周辺を舞台とした「遙かなる山の呼び声」という映画はあるし、中標津が遠い場所というのはそう悪い話ではないのかもしれない。そうでなければ、こんなに嬉しくないだろう。
北海道Tour17#12 2017/9/16(土)中標津空港→開陽-2


 などと思いながらてれてれ出発準備をする間にあっという間に時間が経ち、14:40、中標津空港発。
 まずは空港の東を北上、回り込むように開陽方面へ向かうとする。この天気なら眺めは良いだろうから、宿に着く前には開陽台に行っておきたい。というより、なるべく開陽台で時間を過ごしたい。16時頃までに開陽台に着けば、たっぷり景色を楽しんでも宿には日没までには着けるだろう。
 出発してすぐ、道端にラ・レトリが登場。登場というより、今まで何度も脇を通って存在はわかりきっている。中標津に来たばかりだし開陽台にもラ・レトリの売店はあるし、ここに寄ろうと思っていなかっただけだ。しかし流石にこの季節、開陽台のラ・レトリはは営業していないかもしれない。開陽台での飲食があてにできないなら、何か食べられるのはここしかない。と思い、ソフトをいただいてから再び出発。

 空港から北側の山裾へは、直行グリッドのどちら方向へも、基本的に登りである。風景自体は開けているので、風景の中にいる自分としては全く登っているという印象は無い。しかし、明らかに脚が重い。風景と脚の重さが全く結びつかず、微風のような向かい風すら重い。
 開けた牧草地では日差しが強く、走っていると汗が出てくる程。何とミズナラの林からエゾゼミの声が聞こえる。しかし、やはりアブの類は全くいない。そして緑豊かではあっても、茂みの所々に紅葉の色付きが現れ始めている。紅葉の色が付いているということは、8℃ぐらいまで気温が下がっているということだ。もう1ヶ月もしたら10月中旬。この地ではいつ雪が降っても不思議じゃないのだ。
 また、日差しはかなり眩しい。言うまでもなく、夏より太陽の位置が低いのだ。牧草地を囲む防風林は言うに及ばず、草原の草や土面のかけらに至るまで、影が風景の彫りを深くしている。そういう景色の中の影や、もともと赤みが強い日差しが、やはり夏とは違う鮮やかな色を風景に加えている。一見草の色自体は夏と変わらないようであっても、これが道東の秋というものなのだ、と思った。

 中標津の秋に浸りつつ、歩みは自然にのろのろになって開陽へ。開陽では神社で秋祭り準備中のようだった。意外と開陽まで時間が掛かっているので、ここは自販機表敬訪問だけに留めておく。
 俣落ではすっかり日差しは傾き始め、カラマツ防風林の高い梢の下を明るく照らし、幹の影を縞々で描いていた。やはり夏には見たことが無い、秋の中標津ならではの風景なのだった
 町道北19を登り始めて、開陽台入口へ着いた時点でもう16時前。来てみれば目論見ぎりぎりの時間になってしまっていた。そのまま開陽台入口の坂へ進むと、意外に脚が軽いのに驚かされる。しかも坂は意外に短い。やはり、夏の4サイド装備は重いのだ、と妙に納得してしまった。結局センターローで登れてしまった程ではあったものの、明日の訪問では無理せずインナーにしようとも思った。
北海道Tour17#12 2017/9/16(土)中標津空港→開陽-3


 開陽台の展望台では、なんとラ・レトリが夏じゃなくても営業中だった。しかも、たまたま外に出てきた店員さんっぽい方に尋ねると、営業時間は夏と変わらないという。さすがは中標津随一の観光地である。いや、本当は開陽台以外も良い場所ばっかりなのは、知ってますよ。
 しかし雲は大きく低めだ。まずは光線状態のいい内に、展望台で根釧台地を眺めておく必要がある。
 雲は大きいものの遠景は晴れていて、日なたの中では地平線へ続く牧草地と防風林の層が長い影で彩られ、夏より風景の彫りが深い。西から北側には山影が夕陽の中で、手前の濃い影から次第に薄いシルエットの層になっている。東の彼方には、オホーツク海、国後島の岸壁が明るく照らされている。陸地が岸壁っぽい岩の色から白めに輝く色に変わってる場所は、多分町なのだろう。
 夏の夕方や早朝の風景とは違う表情の開陽台の風景。これこそが、3連休にマイルと株優を投入して得たものである、と実感することができた。

 360°の展望を楽しむ間、空には雲が次々にやってきて去って行った。雲の間に隠れたり現れたりしながら、日差しは次第に傾き、弱くなっていった。私が知っている夏の16時半過ぎより大分薄暗くなっている。気が付くと空気はかなり冷たく、明らかに中標津空港到着時と違う肌寒さを帯びていた。そろそろ半袖で耐えがたい。
 さっき後回しにしたラ・レトリのサンドイッチを食べ、下り始めることにした。2年前十勝で感じたのと同じ夕方の早さに、やはり秋であることを強く感じられた。

 16:50、開陽台発。途中の町道ダートで立ち寄る私的定点ポイントへ。防風林の向こうの牧草地が、やはり想像以上にすっかり薄暗くなっているのを眺め、17:15、開陽「民宿地平線」着。
 今日のお客さんは私一人なので、到着してすぐに温泉へ。その時点でもう、屋外は更に冷え込み始めていた。気温が8℃以下にならないと紅葉は始まらないと言われている。しかし部分的に紅葉が始まっているのだから、それぐらい気温が下がることもあるのだろう。今は8℃ではないにしても。
 中標津にやって来る前には。もし晴れれば根釧台地200kmコースにも行けるかも知れないとも思ったこともあったが、石川さんによると、今朝はもう4℃まで気温が下がったそうだ。晴れの日の放射冷却現象なのかもしれない。早朝4℃と言えば、東京だと12月の寒い日に相当する。そんな耐寒装備は持ってきていない。おとなしく202kmコースは断念しよう。

 明日の天気予報は午前中晴れ、午後は曇り。明日は問題無い。しかし、まだ遠かった台風が九州目前に進み始めていた。今のところ鹿児島沖で大荒れとのこと。軌道も発表された。明日朝はまだ西日本にも達していないのに、明後日13時にはもう道北辺りが可能性の範囲に入っている。そして、その頃にはほぼ全道が暴風雨圏に入るという話だ。
 本当にそうなるのだろうか。去年道東で、台風がやってきて温帯低気圧に変わったときもこんな予報だった。今回も東北地方辺りで勢力は弱まってくれないだろうか。そうだとしても、明後日はあまり走れないような気がしてきた。
 それなら明後日はあてにしないで、中標津と根釧台地を1日で楽しむという前提に変えねば。明日はまず開陽台にターゲットを絞り、晴れている午前中に開陽台から町道北19をたっぷり楽しんで、その後は状況を見ながらアドリブ的にコースを選んで開陽まで戻って来よう。とりあえずこんな感じで、確実に楽しめる計画にしよう。
 夕食時に石川さんから、作成中の根釧台地130kmの構想手書き地図を見せていただいた。当幌などという、中標津市街から比較的近くなのに全く聞き覚えの無い地名も、コースには含まれるようだ。毎度さすがの地元コースだと思う。

 温泉で飲んだ生ジョッキ効果もあり、19時過ぎには就寝してしまった。

■■■2018/2/11
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■■■高地 大輔
北海道Tour17#13 2017/9/17(日)開陽台・虹別・計根別ポタ-2

開陽→開陽台→俣落→北進→高峰→旭新養老牛→養老牛→上標津→虹別→計根別→養老牛→俣落→開陽台→開陽 100km
ルートラボ>https://yahoo.jp/0cLsPZ

 4:15で既に薄明るい。東京はまだ真っ暗なのに、さすが道東だ。昨夜町営温泉からの帰りに仕入れておいた、セイコーマートの豚丼をはじめとする朝食資材を、粛々と腹の中に入れてゆく。夏休みの日々が戻って来た気分が嬉しい。窓から外を眺めてみると、明るくなってきた空と、まだ影の中で薄暗い裏手の牧草地、そしてその向こうに防風林のシルエットが見えた。夏休みではなく、今開陽に来ていることが実感できる。そして空は澄み、雲っぽい霞みなど微塵も無い。天気予報通りの晴れだ。快晴と言っていい。朝の光を見ると、今まで「早めに出発せねば」という義務意識だけで動かしてきた身体が一気に軽くなるのが自分でよくわかる。
 今日は1日根釧台地で過ごすつもりだ。中標津〜計根別の裏道や未済経路を適当に往路は100kmコース周辺、帰りは202kmコースの手前まで、それっぽく未済経路主体で組んである。しかし、この天気なら、朝と夕方2回開陽台に行ってもいいかもしれない。
 また、明日の天気予報は相変わらず午後から曇り、夕方から雨。飛行機の出発は14時過ぎなので、全く走れないことは無いとは思うが、空が曇り始めると、あまり楽しめないかもしれない。2〜3日前の計画段階とはいろいろと状況が変わって、なるべく今日1日に重点を置いて行動する必要に迫られている。特に開陽台については明日をあまりあてにせず、確実に今日のうちに目一杯楽しむ計画をするべきかもしれないような気がし始めていた。

 5:40、開陽「民宿地平線」発。まず、昨日立ち寄ったばかりの町道にまた寄ってみた。折角の晴れなので、立寄れるときには何度も訪問しておかねば。
 森や牧草地には、まだ薄暗さが残っている。しかし空は晴れ渡っていて、光が差すというのはこういう状態なのか、と思うほど明るい。そして日なたの部分は赤みを帯びた朝日に照らされている。それにしても覚悟していた以上に寒い。昨日早い段階で202kmコースを断念しておいてよかった。こういうところはやはり十勝の秋とはひと味違う。

 寒さで凍えていたはずが、開陽台取付の坂を一登りする間にやはり汗だくになった。西側の丘陵は背中は朝日に照らされ、谷は青く影に沈んでいた。早朝らしい眺めにかまけて、ついつい脚を停める。
 6:10、開陽台着。
 少ない雲がたまたま日差しを隠し続けて、根釧台地は影の中に沈んでいたが、天気は文句無しの晴れと言っていい。昨日気温が上がったからか、根釧台地の地面近くに霞みが漂い、地平線へと続いている。昨日はくっきり見えた地平線も、国後島も、霞の中だ。しかし上空は見事に晴れ渡っている。日なたと影、靄を纏った牧草地と防風林が眼下に広がって彼方へ続いてゆく。拡がる大地というより、足下から彼方へ続く大地のボリュームが感じられた。地面と相対する空は、上へ遮る物無く続いている。いや、台地が空気を纏っているのが感じられ、更に空気の外側すら伺えるのだ。こんな気分になれるのは、やはり今朝が快晴だからだろう。夕方も良いが朝も良い。たったの3連休なのに、わざわざやってきた甲斐があった。
 1時間を過ぎても厭きない眺めだ。明らかに開陽台で時間を取りすぎである。何なら1日中ここで過ごすか。
 しかし、山裾に雲が現れたと思ったら、青空の中に次から次へと雲がやってきて去ってゆくようになった。意外に雲の動きは速く、日差しが消えたり現れたりし始めた。
 7時半を過ぎると、明らかに地表付近の靄が澄み始めた。太陽はもう文句無しにすっかり高く昇っていて、空気も朝ほど涼しくない。このまま雲が行き来して増えたり減ったりして、午後から夕方へと推移するだろうということが実感でき、とりあえず朝の開陽台は充分楽しめたという気になれた。また夕方開陽台へ帰ってくればいい。今は次へ脚を進めよう。
北海道Tour17#13 2017/9/17(日)開陽台・虹別・計根別ポタ-2


 7:50、開陽台発。
 俣落に降りてくると、牧草地はすっかり日なたに出ていて、日差しも上から差しているので、風景全体の雰囲気が違う。早朝から朝に移行しているのがよくわかる。中標津2泊3日で狙い定めた中日ど真ん中の時間帯が、始まっているのだと思った。
 俣落から北進へは、2008年に通った下手の道へ向かってみた。いつも通る道道150は、俣落から北進へ80mの登りがある。絶対量はともかく、根釧台地では随一の登りと言っていい。特に北進手前では、段丘を真正面から登る直登区間がある。地図で見ると標高差自体はそう大したことはなく、せいぜい30m。一直線に段丘を一気に昇るその眺めが、視覚的につらいのだ。
 道道150と北進で合流するこちらは、こちらは少しづつ開けた牧草地や防風林の中、視覚的に気付かないぐらいに合流点へ高度を上げてゆく。一括払いか分割払いか、ぐらいの差かもしれないものの、2008年の訪問時はこの道で空がどんどん晴れ始め、真っ青な空と勢いよくどんどん動いてゆく白い雲、そして牧草地の開けた眺め等、いい印象があった。にも拘わらず、今回再訪して、途中の風景は全く覚えていないことに気が付いた。風景が新鮮に感じられるのは、或いは道道150の使いすぎなのかもしれない。
 道が北西方向へ向かい始めると、脚がやや重くなってきた。北側の山裾まで開けた牧草地の道なので、実際には道が登っているようには見えない。自分の貧脚が悲しくなってくるので、「いやいやいやこれは実は登りなのだ」と思う必要がある。そういう葛藤とは別に、整った牧草地に北側の知床山地、なかなか眺めがいい。
 しかし山裾に近づくに連れ空に雲が増え始め、道道150合流点に近づくと、日差しが隠れ始めてきた。今日は全体的に雲の動きが速い。少なくとも1日中、開陽台で眺めたほどの晴れが続くわけではなさそうだ。

 道道150合流点はそのまま直進して北上。もう少し山裾の高峰まで寄り道してみた。開陽台に長居した時点で、今日はもうあまり先を急がず、その時点その時点で天気の良さそうな方向や楽しめそうな道へ向かうことにしていたのだ。この道も以前1・2度だったか訪問したことがある。高峰を調子に乗って進むと途中でダートに変わるので、基本方針としてはダートまで踏み込まないことにしておく。まあ別に踏み込んでもいいのだが。
 ちょうど雲が固まって押し寄せてきていて空が雲に覆われ、一応時々日差しは出るぐらいまで。山裾に近づいたせいかもしれない。まあ天気の都合は仕方無い。
 道道150に戻ると、もう旭新養老牛だ。山裾へ続く牧草地と山の姿がバランス良く拡がる、道道150の中でも一番好きな風景が続く区間だ。空は相変わらず晴れたり曇ったり。知床山脈も隠れ気味ではあった。まあしかし、「これを見に中標津までやってきた」風景の一つを楽しめた気にはなれている。

 8:50、養老牛「ながかわ商店」で小休止。その間に再び晴れてきた。さっきの高峰でこれぐらい晴れてくれたら、とも思うものの、まあいい。まだ8時台。今日はこんな感じで晴れたり曇ったりで推移するのかもしれない。あまり一喜一憂せず、その場その場で事態を前向きに楽しんでしまえばいい、ぐらいの軽い心構えで進もう。
 養老牛の交差点から道道885に名前が変わった山裾1本道を、引き続き少し南西に進んだ後、予め組んでおいたGPSトラックに従い、中虹別から南東へ。辺りは開けた平らな地形ではあるものの、山裾から全体的に南東方面へ下り傾斜になっていて、こちらもするする調子がいい。勢いよく下るとともに、みるみるうちに空が晴れ始めた。やはり山裾から離れると晴れる傾向にあるのかもしれない。
 安定した地形で牧草地は広々と伸びやかだ。空と台地がまさにここで接しているという感覚が存分に感じられた。そして、明るい牧草地の北側には、知床山脈がちゃんと西から左へずずずいっと並んでいるのがよく見えた。

 10:50、行く手が唐突に小さな町っぽくなってきた。というより、目指していた虹別の市街の外れに着いたのだった。
 この町にセイコーマートは無い。確か711はあるものの、市街地のもう少し西側だったはず。少なくともGPS画面の範囲外なので、今この場所から数百mぐらいの距離はあるはずだ。そちらに向かうとか何とか考える前に自販機を発見できたので、ここは自販機立ち寄りに留めておこう。最低限補給食は持っているし、この先計根別でHotchef付きセイコーマートに立ち寄ることができるだろう。
北海道Tour17#13 2017/9/17(日)開陽台・虹別・計根別ポタ-3


 改めて地形図を眺め直し、今後の行程イメージを確認しておく。さっき道道150の旭新養老牛で曇り気味だったので、今日の帰りは予定していた南側の既済経路ではなく、さっき通った道道150をもう一度通ってみたくなっていたのだった。夕方は晴れてくれるかもしれないのだ。一番通りたい旭新養老牛を通るような前提で、しかも開陽台には15〜16時頃に着き、お昼は計根別のセイコーマートで食べる必要があるとすると、恐らく計根別の先のどこかで折り返し、養老牛付近かその辺まで北上してあとは道道885〜150、という感じになるのだろう。
 虹別から計根別は道道13で1本。しかし道道13で計根別に向かっても車がやや多そうだ。多少回り道になっても、楽しそうな道を選びたい。というわけで、道道13を少し経由してからおもむろに北側の町道へ。気が付くと北側の空から雲が去りつつあった。再び天気が晴れに向かいつつある。

 町道を一直線に上標津へ。山裾より下手側のためか地形は安定している。山に近い道道150や875でみられるような小規模のアップダウンはほぼ影を潜め、ひたすらだだっ広く平らな牧草地が拡がっている。牧草地と、防風林がと道が牧草地をグリッド状に囲んでいる様子、そして山裾から知床山脈へと登ってゆく全体像を、程良い距離と空間感覚とともに眺めることができる。
 もう少し南西の西春別は根釧台地202kmコースの主要パートでもあるので、この辺りの地形の形自体は知っているつもりだった。しかし実際に訪れて眺めると、台地を囲む山々の表情が、西春別で眺めるものとは違う。そんな場所が、広大な根釧台地にはまだ他にもあるのだろう。
 町道は次第に細くなっていた。地形図での記号が黒い単線に替わると、実際の道もダートに変わった。道の状態は土地利用状況と一致しているのか、その辺りから地形には僅かな起伏が現れ始め、牧草地であっても茂みっぽくなった。道端〜森の際まで、高い茂みがやや放置され気味で、単に道が未舗装というだけじゃなくて全体的にワイルドだ。牧草地には丹頂まで登場した。場合によっては熊も出るのかもしれない。
 町道は最後は小さな河岸段丘の底へ下り、既知の計根別から養老牛方面へ向かう道道505に合流。こちらは南西へ向きを変えてケネカ川の谷底を計根別へ。

 11:40、計根別セイコーマートきうち着。今日のコース上に、昼食できそうなめぼしい場所はここ以外には無い。時刻的にもお昼ちょっと前。今日は5時台から行動しているので、お昼を食べるには悪くない時間とも言える。ただ、昨夜の見込みでは計根別は距離的に全体の1/3強ぐらいの場所のはず。そういう意味ではやや延着気味かもしれない。というより、朝の開陽台長居を始め、途中で写真を撮るためにかなり頻繁に立ち止まっていることが響いているのだ。
 豚丼、カット野菜、ヨーグルトにみかんジュースなど私的セイコーマートフルセット含みでいろいろ買い込み、のんびり昼食しながら考えた。今日は明らかにこのペースが楽しい。もしこのまま午後も良い天気で推移するなら、そういう余裕を見込むべきだろう。また、あまり冷え込んだり薄暗くなってから開陽台に長居する、などということは避けたい。昨日の16時の気温を思い出すと、15時台、つまりこの後4時間以内に開陽台に到着した方がいい。
 そして明日の天気予報が、午後から曇りではなく10時以降ぐらいから曇りということに変わってしまっている。明らかに前倒しで天気が悪化に向かっているのだ。そもそもこういう時、山裾のこの辺は大体朝から曇りであることが多い。そういうことなら、むしろ前向きに、今日1日で行ける範囲を楽しむという方針で下方修正してしまおう。今日はポタなのだから。
 という観点でもう一度地形図を眺めなおしてみた。まず、今日の往路で使った道道150を、帰路にもう1度通りたい。養老牛から開陽台まで、写真を撮り撮り1時間強。養老牛14時過ぎなら、ここからもう少しもう少し南の大成で13時頃折り返すぐらいがいい線だ。開陽台へも、今日晴れているうちにもう一度訪問する必要がある。養老牛から途中時間の余裕をみて、1時間強。何だか当初のイメージから大分スケールが小さいコースになってしまったな。もう少し自分に脚があればとも思うが、これが秋のツーリングというものかもしれないとも思う。
 まあ、そんな感じで午後も行ってみましょう。
北海道Tour17#13 2017/9/17(日)開陽台・虹別・計根別ポタ-4


 12:25、計根別発。道幅も路面も道端もやや鄙びた町道を、計根別南側の大成へ。頃合いをみて道道957で北西へ向きを変える。今日のコースで一番南側の折り返し区間では、脚に重みが感じられた。向かい風気味の他に、僅かに登っているのかもしれない。確かに、GPSの高度計では1グリッドで10mも登っていた。
 空の中、雲はどちらかと言えばやや低めに比較的早く動きながら、次第に空から消えつつあった。日差しは未だ高い位置から照りつけているものの、光の中に早くも、明らかに赤い色が混じり始めていた。8月の13時台には、まだこういう色は感じられない。やはり秋ならではの光だ。
 根釧台地も道道13より南に来ると、知床山脈の姿はやや遠ざかる印象がある。逆に牧草地はより広々と、山裾まで見通しが良い。光の色が違うことで、風景、特に緑系の色はより鮮やかに、影は僅かに青みがかり始めていた。地形はより平らなのに、風景全体はより鮮やかに変わり始めていた。
 大成という地名は北海道には普通にみられる地名だ。しかし、根釧台地では始めて訪れたような気がする。思えば道道13と国道243に挟まれたこのエリア自体、過去の訪問では南北方向にしか通っていない。さっきの上標津もそうだ。そして訪問時がことごとく濃霧だったせいかその印象は、とにかく延々と続く平地の牧草地と防風林、というだけだ。道道13と国道243に挟まれた、町は概略南北方向に計根別と中西別だけの計根別周辺は、計画して訪れるようなネタが見付けにくい。地元関係者じゃない私にとって、今日みたいなアドリブポタみたいな訪問じゃなければ、訪れにくい場所なのかもしれない。
 あまり偏ること無く、根釧台地もどこも訪れないといけない。とりあえず今日は良い天気で良かった。

 段丘裾にぶつかったところで、段丘上にはもう登らずに裾を北東へ向かう町道へ。道道13を横断し、上標津の牧草地の中、正面に知床山脈を眺めながら更に北東の山裾、養老牛方面へと向かう。
 朝に通った道道885が通っている山裾までは、一望に開けた牧草地。その開けた空間が、午後の日差しに明るく照らされている。一方で空の雲は依然としてかなり速い。全体としては晴れたり雲が増えたりしながら、雲が絶えずにやや低めの位置で勢いよく、次から次へとやってきては去ってゆく。実際に向かい風もやや強い。今は晴れ申し分無い晴れでも、この後は天気が不安定に向かうのだろうとも思わせる。
 上標津では、午前中通った町道ダートを再びクランク経由。比較的通りやすく、それでいてあまり過去に馴染みがない場所を通ろうとしたら、こういう道の選択になってしまった。

 朝通った道道885に合流し、養老牛からはそのまま道道150に変わった道を北東へ。雲は皆無という程ではないものの、午後に晴れの旭新養老牛を通れたことは、近年余り記憶が無い。
 北進から俣落へは道道150を外れて、朝と同じ1本南西側の道へ。段丘を一気に下り、その後俣落まで風景にやや単調な印象がある道道150に比べ、こちらの道では牧場、牧草地、防風林の眺めが変化に富んでいる。いつも80mを一気に下ってしまう北進から俣落で、しょっちゅう立ち止まってなかなか進まない。
 日差しが傾いて光の赤みが増して緑は鮮やかに、牧草地や防風林では陰影が目立ち始めていた。たまたま晴れの周期に入っていたようで、雲が完全に去った空が真っ青だ。この状態で中標津の整った牧草地と、遠景に知床山脈が続くのである。景色が悪いはずが無い。あるいは道の向きに変化があるからなのかもしれない。帰路に余裕を見込んでいて良かった。明日はもう雨なのだろう。結局1日ちょっと開陽周辺をポタしただけだったが、夏の鬱憤が完全に晴れた。今度こそ、もう今年は北海道に思い残すことは無い。
北海道Tour17#13 2017/9/17(日)開陽台・虹別・計根別ポタ-5


 15:40、開陽台着。
 展望台から根釧台地を見下ろすと、やはり朝より地表付近の空気が澄んでいる。遠景は昨日よりは霞んでいて、オホーツク海も国後島もどこだかわからない。しかしほんのり赤みがかって影の長い根釧台地は昨日と同じだ。やはり夏では見たことが無い表情である。開陽台には天気の良い日は毎日訪れる必要がある、と実感した。
 明日は朝から曇りか雨。日中あまりたいしたことはできないだろうし、もし朝からかなりどんよりの曇りなら、民宿地平線でうだうだするだけでもいいのかもしれない。ならばこれが今回、いや、今年最後の開陽台になるのだ。

 いつの間にか気温が下がっていて、冷たい風で身体がどんどん冷える。駐車場でフリースを着込んでおいてよかった。お昼頃には厳しい日差しで汗だくになっていたのに。
 根釧台地全体が目に見えて薄暗くなり、寒さに我慢できなくなったところで、最後のミッション「ラ・レトリ」へ。開陽台ドッグを1つ瞬殺。あまりにあっという間で物足りなかったのでもう一つ。アドリブ気味のポタとは言え一応1日サイクリングしたので、たとえ夕食前でもこんなのは間食のうちに入らない。

 最後にもう一度、夕方のダート町道に立ち寄っておく。秋の夕方ともなると、何だか全体的に光が弱くて、影の中に入ってしまった風景全体が青い色に沈み始めていた。いい1日だった。
 17:10、開陽「民宿地平線」着。
 荷物を部屋に運んだら、食堂に戻ってTVニュースをチェック。台風18号は既に16時頃宿毛に上陸していた。もう四国なのか。想像以上に進行が早まっている。この後は時速60〜70kmで日本海側へ進み、更に速度を上げて北海道へ向かうらしい。表定時速60〜70kmと言えば、ちょっとした寝台列車より速いぐらいだ。何しろ明日午後には北海道に上陸するかもしれないという勢いだ。しかし、進路が日本海側なのであれば、ここ根釧台地に台風がやって来る可能性も、羽田空港周辺を台風が通る可能性もかなり低い。明日は何とか逃げ切って、問題無く帰ることはできるだろう。
 その時には同泊の方が宿に到着し、下階に降りてきた。京都の方で、明後日釧路空港発で帰らなければならないらしい。ニュースの様子だと、むしろ明後日の飛行機の方が心配であるように思えた。

 今夜のお客さんは3人だ。3人目のお客さんが到着するのを待ち、18時頃に町営温泉へ。
 中標津の町まで車で10分強、車内では飛行機の話題になった。京都の方は明後日の釧路便が動かないんじゃないのかと、とても心配そうだった。中標津空港から関西方面への直通便は無いので、釧路空港から帰るとのことだった。私はと言えば、こんなに東にある中標津空港は今回の台風18号とはあまり関係無さそうな気もするし、中標津羽田便は14:35中標津発だから台風18号からは逃げ切れる、と比較的安心していた。
 3人目のお客さんはマイペース。飛行機が不可抗力で動かないんだから仕方無いでしょ、で通せばいいじゃない、と言っていた。しかし、それは休む側の話であり、社内的には「こんな台風の時に2泊ぐらいであんなに遠くに行って、あいつはリスク管理ができない」という人が必ずいることは、私にはよく理解できる。今回の台風が1日ずれたら、私もそうなっているかもしれない。

 楽しかった今日1日の〆は、風呂上がりの生。いい気分で酔っ払って、一応明日の朝食もセイコーマートで仕入れ、一応明日の準備も万端。まあでも、明日はそんなに期待しないでおこう、という気にもなってはいた。
 19:00、町営温泉発。

 宿の夕食中も、TVの台風報道に釘付けの我々だった。というより、NHKは台風非常態勢で台風18号の話しかやってないのだった。
 内容はあまり思わしくない。台風は未だ高知南部内陸にいたが、その後の速度が更に上がり、北海道日本海側〜道南辺りの通過は明日午前中に早まっていた。明日は道内のかなりの便が欠航になるらしい。かなりの便か。千歳空港や、十勝空港辺りも全滅なんだろうな。道東も一番東の中標津で良かった。
 しかし天気予報では、北海道の東の果てここ中標津も明日は朝から雨と強い風。お昼前から「暴風雨」という天気予報サイトではあまり見たことが無い大まかな表現である。雨具を着込んで中標津空港に向かわなければならない。いや、もう朝早めに空港に向かう方がいいかもしれない。そうしよう。最後の最後で厄介そうだな。
 等と思いながら大河ドラマのさわりをちょっと眺め、20時過ぎに就寝。したつもりだった。

■■■2018/2/19
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■■■高地 大輔

北海道Tour17#13 2017/9/18(月)開陽・網走120km夜の乗用車輪行&女満別空港のむしろ-1


 歯磨きしてK-1の電池を替え、布団へ入り、寝入る前にメールだけチェックしておこうと思って良かった。
 メールのリストに、「欠航のお知らせ」という文字を発見。何ですって!
 開いてみると、折り返し便の確保の都合で、明日は欠航になったとのこと。折り返し便が運休か、その手があったか。メールの時刻は19:06。だいぶ前だ。温泉から帰る途中だろう。安心していてすっかり出遅れた。それにしても欠航の決定が早すぎるんじゃないのか。他にどうやって帰ればいいんだ。等々一度に考えが湧いてきて、全体としては頭がいっぱいになってしまって笑うしかない。絶望的なのか何とかなるのか絶望的なのか、いや、諦めてはいけないのかそんなのキレイ事なのか。
 何しろ人生52年北海道旅行34年、初めての事態である。

 こういうときは話を広げるに限る。広間へ戻ると、「お帰りなさい」と皆さんが迎えてくれた。
 まずは明日の中標津便欠航をお知らせする。京都のお客さんにはまだ明後日の欠航の連絡は来ていないらしい。台風18号は、明日の夜には完全に北海道は通過していそうだ。それなら明日飛行機が全道で欠航しようが、明後日は台風一過で問題無く動かすのだろう。
 明日は釧路便ももちろん全部欠航だ。そして1日会社を休む前提で調べた明後日以降の中標津便も釧路便も、何と見事に4日先まで満席だった。普段は休日だろうが何だろうがガラガラなのに、そして平日便なのに。きっと明日乗る予定だったお客さんが殺到しているのだ。
 千歳空港便も、さっきのニュース通りに調べた全ての便が明日は欠航だ。ひょっとして飛行機じゃ帰れないんじゃないのか、と思い始めた。一番飛行機が飛びそうな道東の一番東でこの始末。明日はきっと全道で飛行機が全滅なのだ。そういう前提で動くべきだろう。事態の深刻さがだんだん理解できてきた。まずい、まずいぞ、これは。

 まず、さっきまで私と逆の立場だった京都のお客さんが、中標津発の夜行バスで札幌へ出てはどうかというアイデアを下さり、そんなものがあるのかと目を白黒させる私に替わり、時刻まで調べて下さった。22:40中標津発、札幌6:40着。朝のスーパー北斗で函館に向かい、昼前に新幹線にさえ乗れれば夕方には東京に着けるとすぐに思った。ちょうどその頃台風は函館辺りを通過するようだが、とりあえず接続はそうなる。特急と新幹線が自由席立ちっぱなしでも、全然構わない。東京に帰ることができるのだ。30年前、いや20数年ぐらい前まで、東京から全鉄道で、しかも全自由席で、根室だろうが稚内だろうが到達していた頃を思えば、現在は北海道新幹線開通により到達時刻が比較にならないほど短縮しているのである。久しぶりにスーパー北斗にも乗れる。昔ほど速くなくて振子停止中だが、いや、キハ183系をチューンしてスピードUPしていた頃から私は北斗にけっこうしびれていたのだ。とにかく、今から中標津を出発すれば、鉄道で明日じゅうに東京に着くことができるということが、とにかく新鮮で斬新である。
 もう20時半過ぎ。中標津市街は10km先だが、22時40分に確実に着くにはタクシー輪行すればいい。石川さんも、「じゃあ中標津まで送りますよ」と仰ってくださっている。よし、これで行けるぞ。行こう。行かねば。
北海道Tour17#13 2017/9/18(月)開陽・網走120km夜の乗用車輪行&女満別空港のむしろ-2


 しかし私が有頂天になっている間に、素速く京都のお客さんが調べてくださった、夜行バス運行者の北斗バス札幌営業所では、
「この時間はもう予約は受け付けていない。実際に空いているかどうかは根室営業所か地元じゃないとわからない」
とのことだった。根室営業所に電話してみると、バスの予約は既に満席。もしかしてキャンセルなどというものがあればと思って中標津の乗車券販売元に電話しても、キャンセルは出ていないと言われた。
 ならば明日朝一のバスで中標津を出発したらどうか。6時台のバスに乗れば、釧路バスターミナル着は7時過ぎだ。釧路発札幌行きのスーパーおおぞら1には間に合い、お昼前に札幌に着けるだろう。検索ソフトで調べると、札幌以降の連絡が思ったよりは悪く、新青森に22時着、翌朝6時過ぎの新幹線で東京着は9時台。それでも東京に着いてからスーツとシャツが置いてある都内某所の実家に駆け込めば、お昼前には出勤可能だ。体調崩してとか何とか、遅刻を言い訳すれば、首の皮一枚だが何とか辻褄は合う。
 しかし、ここで気が付いた。近年のJR北海道は、諸般の事情で天災に対して慎重だ。今回みたいな規模の大型台風なら、早めに全面運休となり、スーパー北斗に乗れるような予定で札幌まで辿り着けても、函館に辿り着くことはできない可能性は極めて高い。明日は千歳空港は全運休だし、そしたら札幌で数日足止めを食らうかもしれない。それなのに、未だ宿すら確保できていない。
 この段階で20:50。ちょうど大河ドラマ後に再び始まった台風のニュースで、明日のJR北海道の運休区間が発表になった。案の上、運休は想像以上に山ほどあって、道央〜道南はほぼ全滅。少なくとも朝6時以降、室蘭本線の苫小牧・室蘭間が運休だから、札幌から鉄道では帰ることはできない。
 帰還の道は閉ざされた。2004年だったか、往路に大雨で北斗星が停まった時思い出す。今回の方が事態はずっと深刻だ。そして天気予報精度はあの頃と比べものに無いほど上がっている。ということは、明日東京には帰れなくなったということである。

 ここでまたもや、京都のお客さんが「あー、女満別空港便1席だけ空いてますよ」と教えてくれた!ほんとか!
「今すぐ押さえてください」
などとついお願いしてしまうほど焦ったものの、すぐさま自分のスマホで予約。焦ったために時間が掛かりつつも、18:50発羽田20:55着が1席だけ残っていたのを確保できた。念のため他に紋別空港や帯広空港便を調べても、全部埋まっているか欠航だった。
 今思い出しても、何故道東、いや、道内で唯一飛んだ女満別空港の便が空いていたのか不思議なほどの奇跡的な出来事であり、そして明日じゅうに帰れる道が繋がった瞬間だった。帰れるどころか、常識的な時間に家に着いてちゃんと家で寝て、明後日は無事に出勤できるのである。
 女満別便の運行にしても、天候次第で欠航や引き返しとなる前提だし、中標津便の株優もまだ開放していないのでばか高い正規料金購入である。でも、いくら掛かってもいい。少なくとも現段階で繋がっている、唯一の東京への道なのだ。株優は明日女満別空港で何とかなるだろう。
 天気予報を見ると、女満別空港は日中でも降水量は一桁。中標津の予報より遙かに少ない。時間別予報も奇跡的に安定している。オホーツク海の気圧が偉いのか、又は大雪の壁は高く厚いのか。さすがは冬に流氷が押し寄せるだけのことはある。
 女満別発は明日18:50。中標津からなら自走したって着ける。いや、雨と強風の中自走は無理だが、とりあえずこれでひと安心だと思った。ところが、この時石川さんが
「じゃ、これから網走まで送りますよ」
と仰った。えっ、と耳を疑ったものの、
「明日は、台風に備えて交通機関は全て止まると考えるべきです」
と言われてその場の全員が納得。さすがは地元でプロのドライバー、鋭い。というより、台風の度にこういう事態は何度も経験されているのだろう。
 もう21時。それでもこの季節なら、網走のビジホぐらい空いているだろう。ここでまた京都のお客さんが先回りして、東横イン空いてるみたいですよ、と調べて下さっていた。東横インなら私は会員だ。網走駅近くの宿として、ここ以上の選択は無い。
「網走まで車なら2時間です。24時までに着きますって言って下さい」
 こんなアイデアが石川さんと京都のお客さんからポンポン出てきて、いくら感謝してもし足りない。
 その後は速攻で自転車を解体し、21:20、民宿地平線発。かなり慌ただしく、前代未聞、夜の網走120km乗用車輪行が始まったのだった。
北海道Tour17#13 2017/9/18(月)開陽・網走120km夜の乗用車輪行&女満別空港のむしろ-3


 開陽から道道150で養老牛経由、清里峠越えで緑へ。経路は全て既知の道、道道150はさっき通ったばかりだし、清里峠だって夏に通ったばかり。後半は幹線道路主体で、知ってるつもりでも前回通ったのはもう15年以上前、という道ばかりだ。でも、どこもまるでつい最近通ったような気もする。どの道にしても、前回はこんな秋の夜に、しかも車に乗って通ることになるとは思ってもみなかった。
 周囲は完全に真っ暗だ。道は広く路面も線形も安定していて、ヘッドライトに照らされた道端の茂みや道路端の標識や電柱が、暗闇を次から次へと去ってゆく。森か牧草地か、それ以外は開けている場所なのか谷間なのかは、見ているだけじゃさっぱりわからない。でも北海道の道、あそこを通過したから今こんな感じの地形のはずなどと思い出しながら、助手席でやや受動的に暗闇を眺めているのは退屈ではなかった。BGMは井上陽水カバー曲集の抜粋版で、中でも「嵐を呼ぶ男」が格好良い。そうでなくても知った曲が再び登場する毎、時間の経過を意識させてくれた。網走へ着くまで4周ぐらい聴いたような気もする。
 清里峠越えは登りがだらだら長く、夏に来ているのにどういうわけか自転車でのろのろ登るより距離があるように思えた。下りは更にだらだらと長く。やっと緑の集落に着いたときにはもう網走に着いたような安心感すら覚えた。しかし現実にはまだ半分未満。
 小清水では石川さんが「この町、風景の雰囲気が好きなんですよ〜」とのこと。確か私がこの町に来たのは2009年。とにかく日差しが厳しく干上がりそうになってセイコーマートで休憩したことと、集落以上市街未満の程良い規模の町並みが記憶に残っている。
 海岸沿いの国道238へ出て、藻琴、鱒浦、もうすぐ網走だと思いながら、前回来たのいつだっけと考えてみたら、何と2001年だった。

 23:15、網走着。私を東横インに送り届け、石川さんは再び開陽へ2時間の道程へと出発していった。
 まさか網走で寝ることになるとは、朝には全く想像だにしなかった。事態の把握が甘すぎたと言えば甘すぎた。そして何人もの方のお世話になって、首の皮一枚で明日東京へ帰る道が繋がったことは驚くべきことであり、奇跡的である。このお気持ちに報いるためには、とにかく少しでも確実に事を進める必要がある。飛行機は18:50発だが、空港にはもう7時台の空港行きで朝のうちに着いておくことにする。

 翌朝。5時頃まだ路面は乾いていて、風が強くて雲が暗く重く低く動きが速いだけだったのが、6時半頃から雨が降り始め、7時には早くも雨が強まってきた。やはり朝の内に女満別空港に着いておくのが正解なのかもしれない。
 7:40、網走発。空港行きは各停の路線バスだ。網走、呼人、女満別までは国道35、ここも前回列車で通ったのは思い出せないほど前のこと(1995年っぽい)だが、風景は意外な程に馴染み深い。それでいて、国道35は以前より確実に幅広で路面も平滑、道を眺めている分には2017年そのものだ。
 空港に着くまでにややヒステリックに大雨が降り、女満別手前でまた弱まった。その間、冬のSL撮影で有名な呼人旅館を道沿いに探してみたり、いや、もう大分前に無くなっているのを確認したじゃないか、などと思い出したり。最近の雨の輪行は、内的妄想と目の前の既知の風景と断片的な、しかし意外とはっきりした記憶がやや流されるままにごちゃ混ぜになって時が過ぎてゆく。自転車に乗っているときにはこういう感覚は無い。バスや鉄道など、公共交通機関に乗っているときだけの感覚なので、本当は自転車で移動したかったのにーという残念さが、受動的な気持ちにさせるのかもしれないし、これが50台の旅なのかもしれない。

 8:10、女満別空港着。
 JALの始発、9:20羽田便は運行決定らしく、ちょうど手荷物受け取りが始まったところ。当初からこの始発便で帰る予定だった人々が、予定通り帰れるという安心感の、晴れやかな雰囲気が羨ましい。
 ANAアプリで嫌と言うほどチェックはしていたものの、18:50やその前の羽田便は未だに天候調査中だった。千歳空港便は早々と全面的に欠航となっていた。より遠くに向かう羽田便が欠航になっていないのはやや奇妙な印象だが、それが飛行機の運航というものだろう。
北海道Tour17#13 2017/9/18(月)開陽・網走120km夜の乗用車輪行&女満別空港のむしろ-4


 ANAカウンターは9時からオープンとのこと。飛行機の時間まで時間は腐るほどあるが、まず昨夜から手続きしていなかった中標津便の解約と、普通料金による予約を株優に変更してもらう必要がある。天候による欠航とは言え、中標津便が欠航にならなかったらこんなことにはなっていないのだ。見せてもらおうか、天下のANAのサービスを。LCCとは違うのだよ!というところを見せて下さいよ。

 9時になって取扱を始めたカウンターでは、出発便のキャンセル待ちも始まった。なるほど、そう言えば一昔前は遊ぶだけ遊んでキャンセル待ちで帰る人は多かったな。今日の天気をみてから、旅行を取りやめるお客さんもきっといるだろう。などと思いながら、中標津便解約、普通料金予約の株優変更とともに、とりあえずダメ元で13時便のキャンセル待ちもお願いしておく。まだ朝早いので、私がANAカウンター最初の客であり、当然キャンセル待ちも1番だった。
 株優手続きに時間と手間が掛かることは、以前千歳空港でお手数を掛けたことがあるので知ってはいた。じたばたしても始まらない。ところがすぐに
「あのー、13:35が1席空きました」
と係の方が教えて下さった。迷う訳も無く、
「押さえて下さい」
と即答、いや懇願。取れた!株優購入はそちらでお願いし、18:50便は普通運賃のまま予約を押さえたままにしておくことにした。まだ何があるかわからない。13:35便もやはり天候調査中だった。13:35便が欠航したら、次は18:50便で帰らねばならない。何時だろうが確実に飛んでくれるなら、正規料金どころかいくら出してもいいぞ。

 13:35便については、10:30頃に欠航かどうかの決定があるとのことだった。そうか、その時に決まるんだな。胸が潰れるような思いで出発カウンター近くのベンチで待機していると、10時半少し前に
「まだ天候調査中、次の決定は13時頃」
というアナウンスがあった。この時点では、今の放送がどういうタイミングのどういう意味なのかは私にはわからなかった。ただ、前後2本の千歳空港が早々と欠航になっているのが気を揉ませていた。やはり千歳空港自体が全滅なのであり、羽田への便は動くかもしれないという状況から考えると、道内で飛行機が飛ぶ空港はここ女満別だけなのかもしれなかった。

 次第に雨と風が強まり始めていた。1階のベンチが寒くてたまらなくなってきたので、2階待合ロビーで時を過ごすことにした。
 2階ロビーでは、オリンピックのアジア予選が絶好調だった女子カーリングLS北見メンバー全員のサイン入りストーンが展示されていて感心した。そうか、そう言えば北見や常呂へは女満別空港が一番近いんだな。でも、今日は常呂も強風なのだろう。
 ロビーのTVでは、台風が襲来する前から大雨大風になっている道南各所の中継映像が流れていた。台風が遠くても風が強まっている。この状態だと、函館本線など動く訳が無いことが視覚的に納得できる。昨夜中標津からのバスが満席で本当に助かった、と思った。

 空港内には時々、
「13:35発羽田行きエア・ドゥ78便全日空4778共同運航便について、女満別空港の天候不良により着陸できない場合は欠航となりますことご了承下さい」
とアナウンスがあり、その度不安で胸が潰れる思いがした。しかもこの間風と雨がどんどん強まり、11時過ぎから外構の樹木が遠目に揺れているのがわかるほど風が強まってきた。これは万事休すかもしれない。
 しかし、一抹の望みはあった。ANAのホームページによると、
「積雪や悪天候による、折り返しや周辺空港到着などの条件付き運行の場合で、実際に引き返すのは通年で5%程度。その多くは冬に滑走路が凍結して着陸できない場合である」
とのこと。
 また、未だに天候調査中ということは、網走からの出発が未定であるということで、運行が未定であるとともに欠航も未定であるということだ。つまり、折り返し便はもう羽田を出発していて、こちらで着陸しない可能性は5%と考えていいのかもしれない。東京は全く問題無く晴れであり、女満別空港行きの便はそういう5%の可能性込みで羽田を出発しているはず。これなら行けると踏んでいるのだ。
 というのはカウンターで説明してもらった訳でも何でもなく、希望的観測だらけの想像だ。しかし千歳便が終日全滅なのに、羽田便は未だ出発未定なのである。希望的観測ぐらいしたくもなる、というものだ。
北海道Tour17#13 2017/9/18(月)開陽・網走120km夜の乗用車輪行&女満別空港のむしろ-5


 運行自体は未定のまま、11:30には手荷物預りが始まった。もちろん何のためらいも無く、自転車とサドルバッグを預けてしまう。12:30には身体チェックを通って搭乗待合室へ。搭乗待合室には乗客が集まっていた。次第に出発確度が高まっているという感覚は無い。何も手足が出せない状況下、乗客達は出発への既成事実を、作れるものは片っ端から作っているというだけの話だ。
 「折り返し13:35発となる羽田便は、羽田空港で搭乗待ちで15分遅れたため、到着は13:20になります」というアナウンスがあった。ここでやっとわかった。さっきの10時半のアナウンスは、羽田空港での運航決定であり、次の13時の決定は、折り返し便の女満別空港到着段階なのだ。つまり、折り返し便が女満別空港に着陸できれば、女満別空港発の便もほぼ運航決定とみていいのだろう。着陸できない確率は5%だから、着陸できる可能性は95%。13:35便はほぼ運行するものと考えていいのかもしれない。しかし、これは全て想像でもある。まだ何があるかはわからない。

 一方、13時前からまだ大雨で強風が吹き荒れる滑走路に係員が姿を現し、13時10分過ぎにはコンテナ運搬車が現れた。あれは何だ。着陸と折り返しを前提とした準備作業にしか見えない。急に雨も止んだ。風は強いが、行けるのかもしれない。
 13時20分を少し過ぎて何の前触れも無く、いきなり地上2〜30mぐらいの雨雲を突き破り、折り返しの飛行機が滑走路に着陸した。待合室に軽いどよめきが起こった。この間何も発表は無かったが、着陸した飛行機には交代乗務員らしき人々が飛行機に乗り込み、滑走路に出ていたコンテナが運び込まれ始めた。
 そして搭乗待合室では改札係員が定位置に着き、遂に運行決定が発表されたのだった。
「今まで天候調査中だったが折り返しや他の空港到着の条件無しでの運行が決定した」
とのこと。
 ちょうど外が嘘みたいに急に明るくなった。未だ雲は低かったものの、空の低い位置ににぶっとい虹が出て、間もなく空の一部が切れて青空まで現れた。

 乗客の優先搭乗が始まった段階で、やっと18時便の予約を解放。「ありがとう」と心の中でつぶやきつつ。ようやくサッポロクラシックも飲める。1杯、あっという間に飲み干して旨すぎる。もう1杯、いや、それは酔っ払いすぎるな。

 離陸時にはまだ風はかなり強いようで、空港周辺の木が頭を振っているのがよく見えた。雲の上に出るまでちょっと揺れたが、ここまでの心配が嘘のように順調に、飛行機はぐんぐん空を昇っていった。間もなく苫小牧〜室蘭の海岸線を見下ろすことができた。白い波が空からでもよく見え、かなり波が高いらしいと思われた。
 羽田に着いて飛行機の出口を出て、ようやく帰ってきたという実感が湧いてきた。東京はど晴天であり、真っ青な空と夕方っぽい色の日差しがまぶしい。日中には33℃も出たらしい。
 帰ってきてみれば、当初予定していた中標津便より早い羽田帰着である。昨夜の絶望的状況から、一夜明けてみればこんなに早く東京に着けた。それは昨夜中に女満別便を押さえられたこと、同じく昨夜中に網走に着けたことが直接要因なのだが、そのためにはいろいろな方の助けをいただけたこと、そして詰まるところ自分で帰ることを諦めなかったことが大きな理由だ、と思った。
 「俺が諦めるのを諦めろ!」
と、とある人は言っていた。また、
「強く思い続けてさえいれば、何らかの形でいつか必ず希望は叶うものだ」
と若い頃の私に教えて下さった方もいた。その時は精神論じゃないのかと思ったが、「希望は実現するんじゃなくて実現させるもの」と思うことが、その後の人生で何度かあった。
 普段から願いが強いほど、強い願いへのチャンスや手がかりを見逃さないだろう。自分の気持ちが他人を動かし、助けてくれる場合もある。他人には妨げられたり蹴落とされる場合もあるが、まず自分で強く願うこと、そして他人の共感が、その時に道を繋げてくれるのかもしれない。
 と、東京の生暖かい風の中、鋭い夕陽に照らされてくっきりした風景を眺めながら思った。


 FCYCLEに北海道Tour98をUPして以来、北海道Tourシリーズは毎年続いて20周年。私の北海道Tourも単なる私的な趣味で細々と続けている。しかし北海道Tourは一人で完結しているという訳ではない。北海道ツーリングにより、FCYCLEの尊敬する皆さんを始めいろいろな方のご厚意に出会えている。それもまた、旅ということなのかもしれない。

■■■2018/2/19
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

 ご無沙汰しています。またこちらでもよろしくお願いします。
 相変わらず素晴らしいレポートですね。読めば味がしてくるような食レポのようだというか、走っているような気持になるツーレポですね。近年は自転車を楽しむ人が増えてSNS等もにぎやかですが、ただ何を食べた(どこへ行ってきた)というだけだったり、大食い自慢(距離、獲得標高)だったりが多く、つまらない物が多いのが事実です。
 また、天候不順であろうとも毎年必ず北海道を走られる行動力にも脱帽です。雨の倶知安駅で高地さんとばったり出くわしてちょうど10年が経とうとしていますが、天候に左右され思うように走れなかったあの年の旅に懲りてしまいました。昨年夏も、計画は立てたものの旅立つことはできませんでした。
 夏の天候不順のリベンジを9月に決行した高地さんの思いは痛いほどよくわかります。行って悔しい思いをするか、行かずに悔しい思いをするかの違いはありますが、それが次の旅への強い推進力となるわけですね。
 9月の旅では、最終日台風に翻弄されて大変だったようですが、リアリティがあって読みごたえがあります。
 さて、私の方ですが、3月の下旬に北海道を走ってまいりました。まだ冬場ですので当然道南限定です。本州では夏日の日もあった、安定した空模様。寒の戻りはおろか雨の心配もなく計画通りに走ることができました。夏よりも格段に空気が澄み、蝦夷富士と渡島富士の2つの富士をずっと見ながら走る噴火湾。大きくはっきり見える下北半島の傍らに、津軽半島までうっすらと見えた津軽海峡。道北や道東の後回しとなったコースですが、季節が変わることでまた違う魅力を感じた旅となりました。想定外だったのは強風と、雪解けの路肩に散らばる(忍者の)マキビシのような異物。「春のパンク祭り」を開催してしまいました。
 ツーレポ執筆中ですが、ブログにはダイジェストを上げています。
   haikai.txt-nifty.com/denhai/
 Nobikerさん、お久しぶりです。
 書きっぱなしツーレポ読んでいただいてお疲れ様でした&ありがとうございました。こんな感じで緩めに続いております。もはや毎年毎年経路も日程も同じようなんですが、自分にとって北海道(それ以外も)の旅は全部一つの続き物なのだ、ということを最近特に感じるようになりました。お世話になった方々、知り合った方々に感謝しつつ、今後も細々と続けられると良いなと思っております。
 今後ともどうぞFCYCLE@mixiともどもどうぞよろしくお願いします。

■■■2018/4/16
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔
 うっかり数日経過してしまいましたが、3月末の北海道ツーリングのレポートが完成しております。
   www.geocities.co.jp/Athlete/3519/
 北海道を走れるほど暖かい春先と言うことで、近畿北部、つまり山陰東部の雪は一気に解けてしまい、今年はさびしい残雪シーズンとなりました。近畿地方で海(汽水湖並みの閉じた入り江ですが)が凍るほど低温だった大寒の頃が幻のようです。
 そんなわけで、この春の雪遊びはGWを待たずして終了。代わりにと言いますか、北海道ツーリングの前後には、関西のランドナーが集まるツーリングイベントに参加。そちらは、ブログに報告を上げております。
   http://haikai.txt-nifty.com/denhai/
>>[73]
 スレッドを独立して新規に立てていただいた方が、いろいろな方が見やすく、レスも付けやすいと思いますよ。
 どうぞご検討下さい。

■■■2018/5/14
■■■http://takachi.no-ip.com/
■■■高地 大輔

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