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Rock Cafe シャムロックコミュのシャムロックの99枚のレコード

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 ご無沙汰しています。7月以来の投稿となります。
 いよいよ、「シャムロックの99枚」の選考を始めようと思います。

 70年代、渋谷百軒店に「ブラック・ホーク」というロック喫茶がありました。そして「ブラック・ホークの選んだ99枚のレコード」というのが、マニア垂涎のコレクションになっています。私も「ブラック・ホーク」に憧れた一人でした。2009年4月に「レコードライブラリー&カフェ シャムロック」を開店し、細々とレコード・コレクションを続けてきました。
 この99枚は、あくまでも自分史的な選考をしていきたいと考えています。

シャムロックの99枚、その1
『あがた森魚/噫無情(レ・ミゼラブル)』(74年)
 英米のロックの魅力が薄れてきた70年代中期、英米に負けない日本のロックの魅力にはまりました。中でも、あがた森魚は、特別な存在でした。フォークなのか演歌なのかよくわからないけど、独特な世界観を持ったアルバム『乙女の儚夢(ろまん)』(72年)の虜になり、それをより完成度を高めた『噫無情(レ・ミゼラブル)』は、戦争に突入する時代を背景に展開する男女の物語は、1本のキネマを観るように、その世界に引き込まれてしまいます。「大寒町」や「星のふる郷」など珠玉の名曲群は、いつも魅力的です。

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シャムロックの99枚
その26『BORDERLINE/SWEET DREAMS and QUIET DESIRES』(73年)
 このアルバムを知ったのは、かなり後になってからのことでしたが、もしリアルタイムで聴いたとしても、ノックアウトされていたと思います。当時、私が大好きだったカントリー・ロックの極上のサウンドが展開されているからです。
 ジム・ルーニー、とデヴィッド、ジョン・ガーシェン兄弟は、3人ともSSW&ギタリストで、それぞれが魅力的なミュージシャンです。この3人に、当時のウッドストックの腕利きのミュージシャンが結集しています。リチャード・マニュエル、ガース・ハドソン、ベン・キース、ジョン・サイモン、デヴィッド・サンボーンと、名前を聞いただけでも目が眩みそうです。とても味わい深いアルバムです。
シャムロックの99枚
その27『THE BOTHY BAND/AFTER HOURS』(78年)
 ドーナル・ラニーがプランクシティの後に結成したボシー・バンドは、アイルランドの伝統音楽にはじめてロックの手法を取り入れたバンドです。
 「ロック・バンドがドラムスとベースで作り出すビートをブズーキとギターとハープシコードで作り出した。伝統的なダンス・リールはロックの8ビートと同様のグルーブを生み、若者たちの身体をも揺さぶったのである。さらにハード・ロックのディストーション・ギターよろしくイーリアン・パイプがうなり、フィドルとフルートがこれに共鳴して歪み系のうねりさえ演出した…」(「Irish Music Disc Guide」より)と、圧倒的な迫力で迫ってきます。
 一方、ヴォーカル・ナンバーでは、甘く切なく歌いあげています。まさに静と動のコントラストが聴く者を魅了します。...


シャムロックの99枚
その28『BRINSLEY SCHWARZ/DESPITE IT ALL』(70年)
 イングランドのバンドでありながらアメリカ西海岸への憧れを隠そうともしない潔いバンドです。次作の『シルヴァー・ピストル』以降、南部色を深めていく前段としての魅力にあふれています。チープなジャケ絵も好きです。
シャムロックの99枚
その30『BUFFALO SPRINGFIELD/LAST TIME AROUND』(68年)
 CSN&Yから遡った私にとって、バッファローは後追いのバンドですが、ターンテーブルに乗る機会の多いバンドです。3枚とも好きですが、1枚に絞るならこれです。
 リッチー・フューレイが頭角を現し、ジム・メッシーナやラスティ・ヤングとともに、ポコ前夜の様相を呈しています。「カインド・ウーマン」や「待つのが辛くて」、「メリー・ゴーラウンド」、「雨なき頃」と、リッチーの独壇場です。
 このアルバムが、ストック曲やアウトテイクを集めてつくられたもので、バンド解散後にリリースされたとは後に知りましたが、好きなことに変わりはありません。
シャムロックの99枚
その31『THE BYRDS/SWEETHEART OF THE RODEO』(68年)
 アメリカン・ロックで一番好きなバンド、ザ・バーズ、数あるアルバムの中で1枚選ぶのは至難の業だ。『アンタイトルド』『ファーザー・アロング』『オリジナル・バーズ』等々、好きなアルバムが目白押し。そして選んだのがこのアルバム。バーズのアルバムの中でも特異なアルバムです。
 リーダーのロジャー・マッギンが、軒を貸して母屋を取られたようなもの、母屋を奪ったのは、グラム・パーソンズ。グラムは保守的なカントリーとロックを結合させ、カントリー・ロックという新しい音楽を創りだしました。
 バンジョーやフラット・マンドリン、フィドルそしてペダル・スティール・ギターが大活躍するゴキゲンなサウンドに酔いしれ、以来、カントリー・ロックの虜です。
シャムロックの99枚
その32『SPOOKY SOUND OF CLASSICS検
 このシリーズ、新年第1号ということで、シャムロックらしいアルバムを選んでみました。このアルバム、71年に入手していますが、68〜69年頃のリリースでしょうか。ライナーには、クラシックス犬離侫 璽好函Ε▲襯丱爐判颪い討△蠅泙后
 ラジオで聴いた「スプーキー」を気に入って、シングル盤を買ったのが、このバンドとの出会いでした。このアルバムでは、「スプーキー」と「ストーミー」の2大ヒット曲が収録されています。一番の魅力は、デニス・ヨーストのハスキー&セクシーなヴォーカルです。「スプーキー」では、この曲を最初にヒットさせたマイク・シャープがサックスを吹いています。クラシックス犬後にヒットさせた「トレーセス」も良い曲です。
 このアルバム、ベラジャケ&赤盤というのも魅力です。
シャムロックの99枚
その33『CLANNAD/DULAMAN』(76年)
 クラナド、エンヤ、アルタンの出身地のカウンティ・ドニゴールはゲールタハトと呼ばれ、今でもゲール語が話されている辺鄙な地域です。
 クラナドは、ブレナン家の三姉弟と叔父二人の五人組のファミリー・バンド。三姉弟は、ビーチ・ボーイズやストーンズ、J・ミッチェルの影響を受け、その後ドニゴールの伝統歌の収集をしています。叔父たちのギターは、ペンタングルの影響を受けています。こうした様々な音楽をバックグラウンドにクラナドは生まれています。
 クラナドは、ペンタングル・フォロワーと呼ばれた初期の作品に魅力を感じます。この3枚目のアルバム『デュラマン』は、初期クラナドの最高傑作と言われています。「デュラマン」とは、ゲール語で海草のこと。子どもの遊び歌を見事なアレンジで、クラナド・ナンバーに仕上げています。

その34『CAPERCAILLIE/DELIRIUM』(91年)
 90年代後半にアイルランドに興味を持ちはじめ、それはスコットランド、ウェールズ、ブルターニュのケルト圏へと拡がりました。音楽、映画、文学等ケルトとつくものには何でも興味を惹かれました。当然、CD(レコード)も買い集めました。
 スコットランドのお気に入りバンドにカパケリというバンドがありました。アイルランドでいえばクラナドに位置するバンドでしょうか。しかし、クラナドよりもトラッド色が濃い。それは紅一点のヴォーカリストのカレン・マスシンがほとんどの曲をゲールで歌っているせいかもしれません。
 カパケリの中心メンバーのアコーディオン奏者ドナルド・ショウとカレンは、ハイランド地方で生まれました。スコットランドの西海岸の小さな村で、この地域はケルトの伝説が残り、ゲール語が話されています。二人とも伝統音楽やゲール語の歌を家族から教わっています。
 カレンの美しいゲール語の響きは、私たちをいにしえのケルト世界へと誘ってくれます。ジグやリールの楽しいダンス・チューンもスコットランドをより強く感じさせます。
シャムロックの99枚
その35『CHEB KHALED/KUTCHE』(88年)
 90年代のワールド・ミュージック・ブームの中、ユッスー・ンドゥール、サリフ・ケイタと共に私の度胆を抜いたのが、ライの王者シェブ・ハレドです。ハレドは、ライ発祥の地アルジェリア、オランの生まれで、King of Raiと呼ばれるライのスーパースターです。91年のWOMAD横浜では、ハレドのこぶしに酔いました。
シャムロックの99枚
その36『CROSBY, STILLS, NASH & YOUNG/DÉJÀ VU』(70年)
 高校生の時に友人から誕生日プレゼントに貰ったアルバムです。当時スーパー・バンドとして騒がれていましたが、私が知っていたのはホリーズのG・ナッシュだけでした。このアルバムが大好きになり、以降バッファロー、バーズ、ポコ、F・B・Bとアメリカン・ロックの深みに嵌っていきました。私に取って、エポック・メイキングなアルバムでもあります。
 当時は、YNSCの順に好きでしたが、今ではそんな順位付けはナンセンスだと思うようになりました。
シャムロックの99枚
その37『DELANEY & BONNIE/THE ORIGINAL DELANEY & BONNIE』(69年)
その38『DON NIX/IN GOD WE TRUST』(71年)
 久しぶりの投稿となりました。Dのミュージシャン(アルバム)は魅力的な方が多くて、選考に苦慮しました。
 結果、スワンプの大名盤2枚を選びました。高校生の頃にはじめて聴いた時は、この魅力がわかりませんでしたが、今では大好きなジャンルになりました。これからも永遠に聴き続けるだろうアルバム2枚です。
 2013年3月2日の来日公演でドンのサインをいただきました。
シャムロックの99枚
英米のSSW、白と黒のアルバム
その39『ELTON JOHN/ELTON JOHN』(69年)
 高校時代、我が放送部のアイドルの一人がエルトン・ジョンです。特にこのアルバムは良くターンテーブルに乗りました。シックな吟遊詩人というイメージのエルトン。
 その期待を見事に裏切ったのが、派手な衣装で登場した74年2月の武道館ライブでした。でも「ユア・ソング」のイントロが流れてくると、胸がキュンとなってしまうのは、今もかわりありません。

その40『ERIC ANDERSEN/BLUE RIVER』(72年)
 エルトンと違ってこちらは後追いでした。05年に狭山市で開催されたハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルにマーク・ベノとともにゲスト出演しました。最終日のトリで登場するエリックのステージを観る予定でした。しかし大雨のために後ろ髪を控える思いで会場を後にしました。しかし、リハーサルを観ることができました。場の雰囲気を変えてしまうほど、美しさに満ちていました。(このアルバムのように)
シャムロックの99枚
その41『ELVY SUKAESIH/SYIRIN FARTHAT』(84年)
 何だこのアラビアン・ナイト風のジャケは?と驚かれるでしょう。
 私が90年代に嵌ったワールド・ミュージックは、世界各地へと私を誘ってくれました。特にお隣の国アジアのポピュラー・ミュージックはストレートに入り込んできました。
インドネシアやマレーシア、シンガポール、韓国、中国と音楽の旅をしました。
 エルフィ・スカエシは、インドネシアの労働者階級の音楽ダンドゥットの女王です。バリ島へ旅行に行って、一生懸命にエルフィのカセットを探しましたがみつかりませんでした。
90年代には、エルフィ達のブームは過ぎていたんですね。それを再び盛り返したのが、中村とうようさんや久保田真琴さん達だったんですね。このアルバム、中身も妖艶です。
シャムロックの99枚
その42『FAIRPORT CONVENTION/FULL HOUSE』(70年)
 フェアポートを聴きはじめたのは72年頃からで、『NINE』まではリアルタイムで聴いていました。『ANGEL DELIGHT』や『FULL HOUSE』、『BABBACOMBE LEE』あたりは、今聴いても胸がキュンとなってしまいます。
 今の気分で選ぶとしたら『FULL HOUSE』、ディブ・スワーブリックが正式メンバーになって、リチャード・トンプソンとの掛け合いがスリリング。ブリティッシュ・トラッド最高峰の1枚です。
シャムロックの99枚
その43『THE FLUING BURRITO BROS./THE FLUING BURRITO BROS.』(71年)
 70年代前期に一番嵌ったのが、アメリカのカントリー・ロックとブリティッシュ・トラッドでした。
 グラム・パーソンズとクリス・ヒルマンが中心となって結成したFBB、1〜3枚目、どれも好きですが、グラムが首になり、かわりに加入したリック・ロバーツが大活躍したサード・アルバムが良くターン・テーブルに乗りました。それは、強力なワンツー・パンチ「White Line Fever」と「Colorado」のせいです。
シャムロックの99枚
その44『THE BEST OF FREDA PAYNE』(72年)
 70年2月にリリースされたシングル「Band of Gold」が大好きで買ったアルバムです。
 1973年5月20日、高田馬場の中古レコード店「タイム」で、このアルバムを発見、『チック・コリア/リターン・トゥ・フォーエヴァー』、『中川五郎/終わりはじまる』と3枚買おうとして財布を開けたら、帰りの電車賃がなくなってしまう。仕方なくどれか1枚を返そうと悩んでいたら、店主が帰りの電車賃分をまけてくれました。それ以来、高田馬場に足を向けて寝たことはありません。(使い古したセリフですが)
 ということで、このアルバムも気に入り、フレダのアルバムを見かけるとゲットするようになりました。

シャムロックの99枚
その45『FAIROUZ/MAARIFTI FEEK』(87年)
 アラブ世界のスーパースターフェイルーズが、戦乱の続く祖国レバノン、そしてベイルートへの熱い想いを切々と歌い上げます。こんなにも強く、平和への想いが伝わってくる歌は他に思い当たりません。フェイルーズは、75年にレバノンで内戦が始まった時、国内に留まって歌い続ける道を選んだといいます。
 エミレーツ航空の音楽プログラムでは、フェイルーズのアルバムが多数取り上げられており、その人気が衰えていないことを証明していました。

その46『FELA/ZOMBIE』(77年)
 フェラ・クティは、ナイジェリアの腐敗した民政とクーデターで成立した軍事政権の長きにわたる混乱の時代に、政府、警察、軍を向こうに回し、アフロビートを武器に生涯激しい闘争を繰り広げました。77年リリースの『ZOMBIE』で、軍との対立が決定的なものになり、同年、軍の攻撃を受けます。…(「ポップ・アフリカ700」より)
 まさに反権力の闘士としての生涯を全うします。その覚悟に圧倒されるアルバムです。
シャムロックの99枚
その47『GENE CLARK/GENE CLARK』(71年)
 オリジナル・バーズの中で一番好きなジーン・クラーク。ジーンの数あるアルバムの中でも一番好きなのが、このアルバムです。男の哀愁がにじみ出た、SSWの名盤です。ジェシ・ディヴィスのプロデュース、好演が光っています。
 時々、無性に聴きたくなります。アメリカン・ロックで何かかけてとリクエストされると、このアルバムがターン・テーブルに乗る機会が多くなります。
 他にもディラード&クラークやカーラ・オルスンとのデュオ、73年の『オリジナル・バーズ』等でジーンを堪能することができます。
シャムロックの99枚
その48『GRAM PARSONS/GRIEVOUS ANGEL』(74年)
 フライング・ブリトウ・ブラザーズを首になったグラム・パーソンズが、エミルー・ハリスという最愛のパートナーを得て、リリースした2枚のソロ・アルバム。
 どちらも素晴らしいが、エミルーとのデュオ・アルバムの様相を呈してきたセカンドの美しさは堪らない。グラムの早逝が残念でなりません。
シャムロックの99枚
その49『IAN TAMBLYN/IAN TAMBLYN』(76年)
 このアルバムをはじめて聴いたのは、新宿のロック・バー「ハートフォード・カフェ」でした。事前に自分たちがつくっていたミニコミ音楽誌を送っていたため、マスターは私の好きそうな、しかも私が聴いたことのないレコードをかけてくれました。このお店では、いつも新たな発見がありました。
 カナダのSSWイアン・タンブリンのセカンド・アルバム『イアン・タンブリン』は、1曲目の「ザ・グライダー」を聴いただけですぐに好きになりました。カナダの大自然を思い浮かべるような、優しく美しい歌声とメロディーは、私の好みのタイプでした。また、ひとり好みのSSWが出来ました。
シャムロックの99枚
その50『IT’S A BEAUTIFUL DAY/IT’S A BEAUTIFUL DAY』(69年)
 いよいよ折り返し点に入りました。(?)ロック界最高のジャケの登場です。50年以上も見とれ続けています。
 音の方も時代を反映したサイケデリックなヴァイオリンの音色と幻想的なハーモニーに魅せられます。崖の上で永遠を見つめる少女か空駆ける白い鳥になった幻覚に襲われます。
シャムロックの99枚
その51『JOHN LENNON/IMAGINE』(71年)
 私は、中学・高校時代は、ビートルズよりもストーンズ派でしたので、ビートルズは後追いでした。ですからビートルズ関連で一番ターンテーブルに乗ったのが『イマジン』でした。
このアルバムを聴いて、ジョンがポールに負けないメロディ・メイカーであることに気づきました。「イマジン」「ジェラス・ガイ」「オー・マイ・ラヴ」「オー・ヨーコ」と名曲の宝庫です。
 無人島アルバムの候補ですが、ヨーコへの思いが切なすぎて、無人島に持って行くのは辛いですね。
シャムロックの99枚
その52『JONI MITCHELL/LADIES OF THE CANYON』(70年)
 ジョニ・ミッチェルを知ったのは、「青春の光と影」「サークル・ゲーム」「ウッドストック」などの作者としてでした。ですから、これらの作品のセルフ・カヴァーを収録した1枚目から3枚目のアルバムの私小説的な瑞々しさに魅力を感じています。
 その中でも、3枚目のこのアルバムは、ジャケ、収録曲ともに一番好きです。ジョニは♪愛した男たちを輝きに変えて♪いくミュージシャンですね。
シャムロックの99枚
その53『KATE & ANNA McGARRIGLE』(75年)
 このフレンチ・カナディアンSSWデュオを知ったのは、リンダ・ロンシュタットが歌った「ハート・ライク・ア・ホィール」の作者としてでした。(マリア・マルダーも彼女たちの作品を取り上げています。)
 75年リリースのこのデヴュー・アルバムは、オールドタイム・ミュージックやジャズのミュージシャンも含めた豪華な伴奏陣をバックに、リラックスした二人の歌唱を聴くことができます。ノスタルジックでハート・ウォーミングな得難いアルバムですね。
 それにしても日本盤のリリースが20年以上経ってからというのは、今更ながら残念なことですね。
シャムロックの99枚
その54『THE KINKS/MUSWELL HILLBILLIES』(71年)
 71年にRCA移籍第1段としてリリースされたこのアルバム。当時のロック界の流れに逆行したノスタルジックな雰囲気のアルバムになっています。このイナタイサウンドは、聞けば聞くほど味がで出てきます。
 飛行機嫌いのレイ・デイヴィスが、ロンドン〜ロサンゼルス間の機内で、収録曲を書き上げたというエピソードがあります。レイらしいエピソードですね。
シャムロックの99枚
その55『LAURA NYRO/ELI AND THIRTEENTH CONFESSION』(68年)
 女性SSWのアルバムの中で一番好きなアルバムです。
 高校の放送部の音楽好きの中で、ロック派とフォーク派、ロック派の中でもアメリカン派とブリティッシュ派があって、自分はアメリカン派でした。(別に抗争があった訳ではありません。笑)
 フォーク派の友人がこのアルバムを痛く気に入ってしまい、譲った過去がありました。“後悔後に建たず”とはこのことです。以来、このアルバムを探し続けて、やっと手に入れたのは、何年か前のことです。
 綺羅星のようなミュージシャンたちが取り上げたローラの作品はどれも素敵です。このアルバムでも、「イーライズ・カミン」や「ストーンド・ソウル・ピクニック」などの名曲をセルフ・カヴァーしています。オープニングからラストまで、まるでローラ・シャワーを浴びているような、快感に襲われます。
シャムロックの99枚
その56『LEON RUSSELL/CARNEY』(72年)
 「バングラデシュのコンサート」で一番カッコ良かったリオン・ラッセル。そして手に入れたのが『カーニー』でした。しかし、バングラデシュのリオンと少し違うなと、友人が持っていたジエリー・ガルシアのソロと交換してしまいました。このアルバムに違和感を持ったのは、グラム・ロッカーのようにメイクしたジャケにも一因があるかもしれません。でも、後になった『カーニー』の魅力に気づき買いなおした次第です。
 リオンが優れたソングライターであることは、数多くのミュージシャンがリオンのナンバーを取り上げていることでも実証済みです。後は、リオンの独特の纏わりつくようなシンギングですが、これに嵌ると抜けられなくなります。このアルバムでも「タイト・ロープ」や「ケイジャン・ラヴ・ソング」そして「マスカレード」等リオン節全開です。
シャムロックの99枚
その57『Kenny Loggins With Jim Messina/Sittin’ In』(72年)
 ポコを脱退したメッシーナがロギンスのソロ・アルバムをサポートしたものです。ですからロギンス&メッシーナでなく、ロギンス・ウィズ・メッシーナです。1+1=3とうい化学変化を起こした作品です。互いの良さを引き出す絶妙なコンヴィネーションを生みだしています。名曲「プー横丁の家」や「ダニーズ・ソング」が収録されており、この後に正式にデュオを組むのが頷ける出来栄えです。それにしても、いいアルバムはジャケもいいですね。
シャムロックの99枚
その58『LOS LOBOS/AND A TIME TO DANCE』(83年)
 映画「ラ・バンバ」は、58年にデヴュー後、わずか8か月の間に「カモン・レッツ・ゴー」「ドナ」「ラ・バンバ」の3大ヒットを放ち、一躍スターダムに駆け上ったリッチー・ヴァレンスの伝記映画です。リッチーは、翌59年バディ・ホリー、ビッグ・ボッパーと同乗した飛行機が墜落し、わずか17年の生涯を閉じたチカーノ・ロッカーです。この日(1959年2月3日)は、ドン・マクリーンが「アメリカン・パイ」の中で、「音楽が死んだ日」として歌い上げ、この呼び名が定着しました。
 さて映画の方は、短い青春を走り抜けたリッチーをテキサス出身のルー・フィリップ・ダイヤモンドがかっこ良く演じていましたが、音楽を担当したロス・ロボスが見事に嵌っていて、これでロス・ロボスのファンになりました。
 『アンド・ア・タイム・トゥ・ダンス』は、ロス・ロボスのメジャー・デヴュー・アルバムですが、とにかく勢いがあります。83年度グラミー賞でベスト・メキシカン・アメリカン・トラック賞に輝いた「アンセルマ」、同じくスペイン語で歌われる「サン・アントニオをあとにして」が、テックス・メックス・サウンドを見事に表現しています。
シャムロックの99枚
その59『MARIA MULDAUR/WAITRESS IN THE DONUT SHOP』(74年)
 このセクシーなジャケ、アルバムリリース後まもなく国内盤新品を購入した記憶があります。
 マリアは60年代のはじめから、グリニッチ・ヴィレッジを中心に、イーヴン・ダズン・ジャグ・バンドやジム・クウェスキン・ジャグ・バンドなどで歌い、フォークやカントリー、R&B、ブルース、ジャズなどの音楽と共に活動してきました。バンド解散後、当時結婚していたジェフとのデュオ・アルバムを2枚リリースした後に離婚。
 満を持してリリースされたファースト・ソロ・アルバム『MARIA MULDAUR』(73年)、そしてセカンドの『WAITRESS IN THE DONUT SHOP』は、2枚とも名盤と言われていますが、セクシーさがアップし、しかもリアルタイムで聴いていたので、こちらに軍配が上がります。
シャムロックの99枚
その60『MARC BENNO/MINNOWS』(71年)
 マーク・ベノとの出会いは、05年に狭山で開催されたハイドパーク・ミュージック・フェスティヴァルでした。文字通りの出会いで、一耳惚れしてしまいました。
 そして、名作と名高いセカンド・ソロ・アルバム『MINNOWS』を入手しました。このアルバム、リアルタイムで聴かなかったことが悔やまれる魅力的なアルバムでした。1曲目の「FRANNY」から、レイドバックしたいい味をだしています。南部テキサスの出身らしくブルースやR&Bを基本に独自の世界を作り上げています。参加ミュージシャンもクラレンス・ホワイト、ジェシ・ディヴィス、ボビー・ウーマック、カール・レイドル、ジム・ケルトナーなどの豪華メンバーが参加しています。「SPEAK YOUR MIND」は、男女のすれ違いを歌ったメランコリックなナンバーですが、独特の魅力を持っています。全10曲マークのオリジナルです。
​シャムロックの99枚
その61『MALICORNE/MALICORNE』(74年)
 70年代前半にアラン・スティーベル・バンドのギタリストとして活躍したガブリエル・ヤクーが結成したフランスのトラッド・バンド「マリコルヌ」のデヴュー・アルバム。このアルバムをアヴィニオンのレコード店で発見した時のときめきは今でも忘れません。ボロジャケで若干キズ有りですが、私のお宝レコードの1枚です。

その62『MAURO PAGANI/MAURO PAGANI』(79年)
 PFMのヴァイオリニスト、マウロ・パガーニのファースト・ソロ・アルバム「マウロ・パガーニ」(邦題「地中海の伝説」)は、ジャンル分け不能なアルバムです。プログレでもあり、民族音楽であり、ワールド・ミュージックであり、とにかくさまざまな音楽の要素が入り交じって、スケールの大きな音楽を展開しています。地中海への憧れが募ります。

その63『McDonald And Giles/McDonald And Giles』(70年)
 実はプログレも好きです。ピンク・フロイドやキング・クリムゾン等、良く聴きました。
そんな中でも、このアルバムは、クリムゾンの美しさを凝縮したような印象深いアルバムで大好きです。ビートルズからの影響もうけたというサイケな音づくりも70年という時代を感じさせます。アルバム1枚で解散してしまったバンド、よけいに愛しいアルバムです。

シャムロックの99枚
その64『MATTHEWS SOUTHERN COMFORT/SECOND SPRING』(70年)
 このアルバム、71年に国内盤の中古品を入手していますから、幸運な巡りあわせでした。アメリカン・カントリー・ミュージックを志向して、フェアポートを脱退したイアン・マシューズが結成したバンドの文字通り2枚目のアルバムです。
 当時、イアンの甘いヴォーカルとカントリー・フレイヴァー溢れる優しいバックのサウンドに惹かれました。しかし、ニューロックやアートロックの時代に、軟弱に思えて好きとは言えませんでした。「彼らのアルバム、3枚とも好きです。」と、今なら言えます。
 ちなみに、この国内盤には「ウッドストック」が収録されていますが、本国英国では、サード・アルバム収録のナンバーです。アメリカのリキュールのボトルラベルをそのまま使ったジャケが、アルバムの内容を良く表現しています。
シャムロックの99枚
その65『NEIL YOUNG with CRAZY HORSE /EVERYBODY KNOWS THIS IS NOWHERE』(69年)
 このアルバムは、ニールの2枚目のソロ・アルバムで、CSN&Yに加入する1か月前にリリースされたものです。ニールの初期の傑作群『アフター・ザ・ゴールドラッシュ』『ハーヴェスト』と共に大好きなアルバムです。完成度としては、『アフター』や『ハーヴェスト』に及ばないかもしれませんが、ニールのコンポーザー、そしてギタリストとしての魅力にあふれるシンプルなサウンドのアルバムです。
 「ダウン・バイ・ザ・リバー」「カウガール・イン・ザ・サンド」の2大名曲、そして「シナモン・ガール」もいいですね。時々、無性に聴きたくなるアルバムです。
シャムロックの99枚
その66『THE NEVILLE BROTHERS/YELLOW MOON』(89年)
 ネヴィル・ブラザーズについては、かなりの後追いです。友人に誘われて行った93年の中野サンプラザのライブで彼らの虜になりました。アルバムとしては、『YELLOW MOON』と『BROTHER’S KEEPER』が好きです。
 特に『YELLOW MOON』は、トップの「My Blood」からラストまで捨て曲なしです。サム・クックの「A Change is Gonna Come」、ディランの「With Godon Our Side」に、彼らの想いを感じることができます。もちろんタイトル・トラックは大好きです。
シャムロックの99枚
その67『NEW RIDERS OF THE PURPLE SAGE/NEW RIDERS OF THE PURPLE SAGE』(71年)
 グレートフル・デッドのジェリー・ガルシアが、デッドの弟バンドとして結成したNRPSは、カントリー・ロックの最良の形を具現化したバンドです。当時、カントリー・ロックが大好きだった私の愛聴盤です。名曲「Last Lonely Eagle」をはじめ、「Louisiana Lady」、「I Don’t Know You」など、大好きなナンバーが収録されています。
シャムロックの99枚
その68『NILSSON/SINGS NEWMAN』(70年)
 ランディ・ニューマンの作品を作者のピアノをバックにニルソンが歌った作品集です。このアルバムは大好きです。1973年から、ずっと聴き続けています。
 なにしろ17歳の時に、某音楽誌の入社試験の面接で、「好きなミュージシャンは?」と聞かれて、「ニルソンとJ・テイラー」と答えたくらいですから。
 ニューマンとニルソンの相性はバッチリ、まさに一期一会という表現がピッタリです。「Living Without You」は、マイ・ベスト・ロスト・ラブソングです。切なくて胸が張り裂けそうです。ちなみに邦楽では、「はちみつぱい/塀の上で」です。
シャムロックの99枚
その69『NITTY GRITTY DIRT BAND/UNCLE CHARLIE & HIS DOG TEDDY』(70年)
 このバンドは、大好きでした。73年中野サンプラザ、74年新宿厚生年金会館のライブにも行っています。とにかく、メンバーが多才で、曲ごとに楽器を持ちかえて演奏する様子が見事でした。ウォッシュ・ボードやウォッシュタブ・ベースなども登場して楽しかったですね。
 このアルバムでも、M・ネスミスやK・ロギンス、R・ニューマンと、当時の若手の作品を取り上げていました。特にお気に入りは、愛犬テディの歌声に誘われて登場する「ミスター・ボージャングル」や「プー横丁の家」ですね。
シャムロックの99枚
その70『THE BUTTERFIELD BLUES BAND・EAST- WEST』(67年)
 いつごろこのアルバムを手に入れたか分からないのですが、最初聴いた時はピンとこなくてしばらく放置していましたが、改めて聴いた時に、このかっこ良さに気付き、それ以来、愛聴盤になっています。バンドのベスト・メンバーが集結した傑作アルバムです。
 1曲目の「Walkin’ Blues」から3曲目のブルージィなナンバー「I Got A Mind To Give Up Living」までの流れは最高。いつ聴いてもうっとりさせられます。

シャムロックの99枚
その71『PAUL WILLIAMS/JUST AN OLD FASHIONED LOVE SONG』(71年)
 ポール・ウィリアムスの繊細で美しいソングライティングには定評がありますが、さまざまなミュージシャンに提供した作品をセルフ・カヴァーしたナンバーは朴訥とした歌により味わい深さを感じます。
 このアルバムには、表題曲と「We’ve Only Just Begun」の2曲が収録されているだけでも買いです。
シャムロックの99枚
その72『THE PENTANGLE/Basket of Light』(69年)
 同じブリティッシュ・トラッドでもフェアポートのような親しみやすさを感じさせないペンタングルは、後進を生みださない唯一無二の存在です。もともととソロやバンドでのキャリアを積んだメンバーで結成されたバンドであり、今回、改めてファースト・アルバムを聴きなおして、その完成度の高さに驚きました。あまりにパーフェクトで隙のないサウンドは、時には近寄りがたいイメージを持ってしまいます。
 しかし、そんなアルバム群の中でも一番親しみを感じるのが、サード・アルバムの『Basket of Light』です。最初に買ったアルバムということもありますが、後々歌い継がれる名曲の数々が収録されており、バンドとしての頂点を極めた最高傑作と呼べる作品です。

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