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石原莞爾平和思想研究会コミュの身を殺して仁をなす

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身を殺して仁をなす 2016年11月13日 07:21
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第二次世界大戦で日本国が負けた時、悲しみと新たなる決意をしたのは、石原莞爾1人だけではありませんでした。アジアの多くの民族が同様の悲しみと決意を抱いたのです。後年、このことを最も端的に表明した論説があるのでここに紹介します。タイの元首相ククリット・プラモード氏が、タイの新聞『サイヤム・ラット』紙に発表した『12月8日』と題するものです。

「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話が出来るのは、一体誰のおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意をされた日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない」

8月30日。コーンパイプを横にくわえにした、得意満面のマッカーサー連合国軍最高司令官が、9月8日。マッカーサー司令官は東京へ入り、日比谷の第一生命相互ビルを接収し、ここに連合軍総司令部(GHQ)が開設され、9月15日、GHQ英軍代表部の指令で、マラヤからの南方特別留学生第一期生8人のうち5名が、国際学友会の大久保寮へ集合させられました。

ラジャー・ノンチック(東京大学、セランゴール州)
ラジャー・シャヘラン(京都大学、ペラ州)
トンク・アブドラー(京都大学、スンビラン州)
ハシム・ナエマット(横浜警察学校、マラッカ州)
ボスタム・クルシ(福岡高等学校、シンガポール)

(注)サイド・オマール(ジョホール州)とニック・ユスフ(ケランタン州)の2人は、広島の学校に在学中、8月6日の原爆で死亡しました。さらにサイド・マンソール(ペナン州)は、熊本医大(現・熊本大学)に在学していたが、この時期、病気のために熊本病院に入院していました。そして残念ながらこの年12月中旬、マンソールは、ノンチックに見守られて熊本病院で病没するのです。

マラヤ留学生は、GHQ英軍代表部の指令で、マラヤへ送還されることに決定した。日本の敗戦直前、F機関から東京へ派遣されていた同志アブドラー・カミールは、かつて開戦直後、反英活動のために英軍に逮捕され、シンガポール・チャンギー監獄に投獄されたことのある身であり、この時期、たいへんに危険な立場になっていました。「カミールさんが危ない!」と直感すると、ノンチックは、わが身の前途を深く考えている暇がなかった。ノンチックは、日本の敗戦で、ふたたび英軍がマラヤを占領することに我慢がならなかった。そして、危険な立場になった同志カミールをともなって、九州へ逃亡する決心を固めたのです。まさに身を殺して仁をなし自らも実践していたのです。

コメント(2件)

[1]2016年11月13日 10:36
昨日 図書館で 東久邇宮稔彦さんの伝記を読みました本東久邇宮さんは石原さんの事をお好きだったんですね・・・。何だかお二人の温かい関係がわかるような気がいたしました・・・わーい(嬉しい顔)
[2]2016年11月20日 07:53
>>[1] そうでしたか。戦後初の内閣である東久邇宮に内閣顧問を委嘱された石原莞爾は、難病と東亜連盟運動に専念する理由からこれを拝辞したが、東久邇宮に、国民総懺悔など石原莞爾の考えを伝えた後、東京の逓信病院に入院した。

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