ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > その他 > 先住民族 アイヌ民族 > トピック一覧 > 北 アイヌ・蝦夷 と 南 沖縄...

先住民族 アイヌ民族コミュの北 アイヌ・蝦夷 と 南 沖縄:奄美 の流れ 風土

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

1、
北の北海道に礼的な礼拝をしてイランカラプッテ・アンナー 南の奄美に「とうとがなし」という言葉があります。
双方「ありがとうございます」 という意味で使われている挨拶ですが、「とうとながし」この言葉を漢字で書くと「尊尊我無」我を無くした時「尊重しあう」「尊大な心」になると解釈してます。
一方アイヌでの出会いの礼的な挨拶は、
礼拝の意味も含めて。
オン・カムイ、手を胸の左側に合わせ、右に左に作法で、最後に胸の前で下から上に巻き上げる作法でお辞儀をして終わるさまです。
我と言う存在を無くし祓い清め相手を招き入れる。
奄美の「とうとがなし」と同じで「尊重しあう」「認め合う心」になると同じ様に解釈してます。
我を無くして人がカムイと言う自然と言う神々と語り合える、お互いに我を無くし偉大な心尊重しあう事で向か入れる事で通じ合うと言う事でもあると思ってます。
アニミズム・シャーマニズムの極致かとも思っています。

2、
萱野茂氏『アイヌの文化神オキクルミ・カムイはカムイ・シンタ(神のゆりかご)に乗って東の空からユラユラトゆれながらやってきた。アイヌの伝承:『アイヌ語辞典』
手元にある2000年『アイヌ歳時記』―二風谷のくらしと心 (平凡社新書) | 萱野 茂 |本 | 通販 ...には「最後に神は人間を自らのおろかさで自滅させようとしているのではないだろうか。 それが原子力なのである」・・・(略) と書いてありました。

私はアイヌの2箇所別々の場所の長老3人から、人間は人間の作り出した愚かさで滅んでいくと、聞かされました。
そうでしたか、萱野茂氏もですか・・・4人目です。
一人目と二人目は、阿寒コタンの(故人)秋辺エカシとトコヌプリさん
三人目は札幌のポ〇〇さんです。

3、
仏教だってキリスト教だって、古神道も唱えた時点では新興宗教だった
世界観が一部の権力者支配の為宗教になった。
シャーマニズム:アニニズム=土着性共同体の世界観

土着性共同体
そこに住む民にアニミズムの考え世界観と今までの旅から学んだ事を長とシャーマン:審神者が教え同時に物事を解決して行ったと思うのです。
ですから、海洋民族なら潮の流れで混じり合い融合します。
奄美:沖縄の地域信仰と言えるユタ・ノロです。

下記は https://kumejimalife.com/about_noro/  〜引用
【ノロ】
職種:公務員的
条件:血筋や家柄で任命
交信する対象:守護神やニライカナイの神々

【ユタ】
職種:個人事業主的
条件:能力があれば(一応)誰でも
交信する対象:祖先の霊や人間の魂

琉球を支えた神女『ノロ』について紹介!ユタとの違いは?当時のお給料は?
https://kumejimalife.com/about_noro/

八百万の神々(ヤオロズノカミガミ)
八百万のなれ合い
和合の中

全て一つになっていた。
巫女・審神者・お告げ人・口寄せ・道祖神・アラハバキカムイ・渡来神・占いお婆

和合の中、全て一つになっていた。

4、
魂が シャーマン系で今現在の生は審神者
多重人格者など一人二役を本人が意識しないで知らないで行う姿を何人も見ています。
私自身も含めて社会で精神「病者」と言う人と多く出会い付き合うからこの様な経験しているのだと思います。

■日本における審神者の歴史は大変古く、古神道における帰神法(神憑り・かみがかり)には不可欠の存在です。
https://matome.naver.jp/odai/2142448799143155401

5、
しんりゃくしゃはまとめたがり巨大になる
縄文の時代は小さな共同体が国家に当たるものでした。

「アイヌで言えばコタンはエカシ(伝統に則ったカムイノミを行える伝承者で、精神的指導者。物事を広くよく知りトラブルなど解決し祈りと儀式をつかさどる祖父長老)を長としてるコタン「集落」、または「部落」が一つの国家として有るのです

コメント(50)

>>[009]

何度か目は通してます、が
そんな歴史を意識しすぎるのも逆に失礼と思い、忘れて接していました

本心としては熱心に語って頂きたかったです、背負う伝統を今に紡ぐ事を誇り高く……

そんな過去がありながら、今に繋いで来たのだから尚更?

アイヌ民族である人が、自身の文化を貶めるような態度なんか期待してないんです
残念通り越して、悲しい

所々で民族とか関係なく人格否定されては

流石に角たちますよ?

アイヌ・シリキが家紋なのも知ってます、でもその前にも何かしらの歴史があった

そこを深く知りに来たのに、一方的に漫画の見すぎとかないでしょう?

かつては風水も取り入れていたアイヌ民族、故にその理を意識した部分はあったのか…

それを踏まえて聞いてるのに、細かい説明もなく

"キモイ"

人としての問題では?

屈折した人生辿ってきた私がこんな事言うのもなんですがね?

ってか、ディスって無いし。

悪口言うのと、客観的な感想言うのと違うし。

それに、うちの、母方の爺さんは、白老で色々貢献してきましたが、風水なんか知らないし(笑)

第一、風水って中国文化じゃん。(笑)

漫画の見すぎ。
漫画に影響されすぎだよ。

そう言われても仕方ないと思うよるんるん
ちなみに、うちは、旦那が本州のほぼほぼ真ん中海無し県出身なんだが、
食べ物の文化の違いで、よく喧嘩してますよ(笑)

>>[012]

いや、資料あさればしっかり出てきますよ?

神の信託を授かる、イクパスィと言う占術用の器具だって売られております…

イクパスィが風水と関係あるかは疑問ですがね?

寧ろそんな漫画どこにありますかね、教えて頂きたい
解らないなら、絡まないでいいんじゃないですか?
恐れてるような自称アイヌを私は気取る気はありません
そう言う人が本当にでたら、その人に言って下さい

ただアイヌの優れた部分は優れてると思い学びとり、自分の技術にとりこみたかったまで。




>>[15]

誰が言ってたんでしょうかねえ…。
アイヌ文化に風水は聞いたことが無いです。
どなたの説か是非とも
知りたいところです。
そもそもチセを建てたりするのに
今でも風水は用いていません。
周りの年寄りからも
聞いたことが無いです。
>>[16]

パスィは祈りを捧げるときに使うもので
占いとは違います。
>>[16]

イクパスイは、占いじゃないからw
勿論、風水でもございません。
中国と交易があった際に流れて来た文化です、陰陽道も追求したとも記されていた筈……

殆ど古いクリル・アイヌの栄えていた時代でしょうがね。

アイヌに関しては亡くなった兄が夢で勧めてきたもの

私も最初は半信半疑、自然崇拝民族にそこまでの技術の追求があったのか?

その根拠を求め、資料漁ったのが懐かしいです。

>>[021]

なら栗田民芸店に講義なされては?

>>[23]

講義なら、祖父がやっているので、結構でするんるん
教鞭なら、学生の時に経験したので、もう結構でするんるん
とりあえず
「w」や「♫」無しで
話しませんか。
誤解されているだけかも知れないので。
>>[024]

あー抗議でしたね?

いや昔書いてあったんですよ、申し込みホムペに

チャーリーゲームに似た要領でお椀にのせて

それが違うならいいじゃないですか、私の間違え

喧嘩腰すぎでは?

…なんか気に入らないから叩きたいだけって魂胆丸見え、本州の人間とたいして変わらないですょ?

本州の人がまるで、必死に質問ブロックしてるみたいで嫌になりました正直(溜め息)

ひょっとして○ちゃねらー?

それが率直な感想です。

でも確かに中国との交易の際あった"らしい"です、資料の内容が別に絶対だ!とはいってないですよね?

て言うか、元々私はアイヌの人と喧嘩したい訳じゃないんで

資料より詳しく話が聞けると思い来たんです、雰囲気悪くなるし投稿やめますね?

中国との交易の歴史はない、それでいいんですよね?どんな調べても絶対でてこないと(゚ー゚)?

どうも
アイヌに関しては誤解や偏見
過剰な美化など、
少数民族なゆえに
いろいろなことが付きまといます。
それが何度も繰り返されて
「またか」と思ってしまう。
それでつい、
キツい言い方をしてしまいがちかも。

しかしながら、
自分たちも生活がありますから
一人ひとり誤解を解いていく
時間もありません。
先程は貼り付けたURLが読めないと
言われたので、
スクリーンショットを貼って
いましたが、
用事もあるので
途中で止めました。

白老のアイヌ博物館や
北大のアイヌ先住民研究センター、
アイヌ文化財団などを、
検索して頂くことをお勧めします。
>>[027]

今までの人がどんなかは解りませんが、本来のアイヌ文化や尊厳無視して

こうだとかえらそうに間違えた知識を振るうつもりないですよ…

どう言う理由かは色々諸説ある女性の口回りの刺青とか無視して、美少女妄想する気も?

なんか"それやる前提"で叩かれてる気がしましたよ?
調べたいだけです、或いは本当に詳しいカリスマがいらっしゃるなら聞きたいと…

こう言うの聞いたんですがに対して、いきなりモマエバカダナと言った対応は…

納得いく答えを確かめたかったんです、純粋に

失礼しました。

>>[26]

アタシも、しょたこたママさんと、同じ意見です。

美化しすぎだし、
どこからコピペしてきたか理解できませんが、他サイトからの張り付け満載で、私含め他のアイヌの人達には伝わりません。

それと、私は、ちゃんねラーではありません。
人を勝手に決めつけるの辞めた方が良いですよ。(笑)
あと、調べたいなら、直接、博物館に行く事をお勧めします。

白老の博物館も北大の博物館も漫画に感化されたミーハーな奴らが沢山居るので、一緒に教えて貰えば良いって思うよ。

まぁ、博物館の人達も実際には純血アイヌ人って人は少ないって感じですけど。
特に、札幌とか小樽や函館など、大きな街は、血が混ざってるのが実状だけど。
>>[030]

何年先になるか解りませんが、是非伺いたいです

多々衝突しましたが、実際のアイヌ民族の方と話せたのは良い経験でした

時間割いて対応して頂きありがとうございます(^^)

こんにちは、

旭川には、イラッ・ウポポ(うたぐり踊り)といって、パスイとトゥキを使って行う占いのようなものを踊りにしたものがあります。
これのことでしょうか。

ただし、その中でパスイはあくまでお神酒を神様に上げる道具として使われます。
トゥキを落としてそれが上を向くか下を向くかで真偽を判定します。

これのP.10以降をご覧ください。
https://www.frpac.or.jp/manual/files/asahi_chitose_teshi.pdf
それから「イランカラプテ」は、「ご挨拶申し上げます」という挨拶言葉ですから、「ありがとうございます」という意味にはならないと思います。
また、アン(人称接辞)は後ろにつきません。

与論語の「トートゥガナシ」に「尊尊我無」という漢字をあてるのは当て字であり、この言葉は漢語ではなく、固有語のようです。
http://manyu.cocolog-nifty.com/yunnu/2008/05/post_0f9b.html

何よりも事実に基づく、冷静な議論が大事だと思います。
特に観光客向けのお土産屋では、根拠の怪しいアイヌ文化/アイヌ語を説明に使っていることもあります。
商品を売るための作り話です。
ハスカップがアイヌの不老長寿の果実だなんて説明も作り話であることが最近分かりました。

あと悪気がなくても、聞きかじりや本に載っているトンデモな説明を鵜呑みにしてお客さんに語ってしまう人もいます。

アイヌ文様=魔よけ説も、最近、かなり根拠の怪しいことが研究者の努力によって分かってきました。
>>[33] イランカラプテは、(ありがとうございます➔「イアイライケレ」)ではなく「今日は」「ご挨拶申し上げます」挨拶言葉です。
明らかに私のミスですごめんなさい、とんでもない間違いでした重ねて謝ります。
「トートゥガナシ」は神様ありがとうございますです。
漢字に関しては、当て字説が有力ですが奄美群島島々の一つに固有に有ると思い、「尊尊我無」表現として使いました(当て字説が有力と書くべきでした)。
されど、戻します。
「自我を消して、あなたを尊びます」
これはアイヌ語のありがとう「イアイライケレ」に当たると思います
感謝は我と言う存在を消して他者を敬うことであります。

また、オンカムイしてのイランカラプテアンナーは、平取地方で見聞きして。
今日はと言う意味も有り:謹んで申し上げます、あなた様の心にそっと触れさせてください。
あなた様は、森羅万象の世界の一つの現象や物(家・臼など)や動物(クマや鮭)にもなると聞きました。
思うにアイヌは「知恵が有り行動力と説得力のあるエカシ」が収めるコタン範囲の部族社会、ですからコタンをはなれ地のコタンに行くと先ほどまでのコタンの部族の言葉や風習や風俗も少しずつ異なりエカシがこうだと言えばこうだと言う事になると言う事です。
カムイノミやイチャルパの儀式はエカシが祭司をします、祭司指示は絶対となっています。
また言葉の違い「供養祭」では、旭川アイヌコタンでは遺骨返還引き渡しでは「イアレ」=「埋葬」供養祭は、地方により呼び名が違います、他では「イチャルパ」、若しくは「シンヌンラッパ」になります。(言葉の表記に関しては若干の違いが有りますと思います)

繰り返しますが、コタンはエカシを長(中心)にした国(家)にも当るものです。
ココが難しい概念なんです。
アイヌコタンは自然と大地などの神々と緩やかに共存したゆえ「君主のいない政体」で共和国性と州独自のコミュニティー=地域社会の共同体です。
>>[032]

探してくれたんですね、ありがとうございます(^ー^)
確かそのような内容で書かれていました。

URLの内容は見れませんでしたが(ΤΤ)
新しいトピを立てる事か迷いましたが重ね重ねの連投なので、ココへ書き入れます。
アイヌモシリへ二度目の埋葬、こんなことが有っては成らない(モシリ=大地)

アイヌ民族の話になります、実は此方で知り合った友人の勧めでアイヌ差別問題などの支援する団体:〇〇カ全国実行委員会 | ボランティアグループに関わり、この度北海道大学保管旭川アイヌ7体の遺骨返還及び「イアレ」=埋葬供養祭(地方により呼び名が違う、平取などではイチャルパ、若しくはシンヌンラッパ)が行われましたが、私がその遺骨引き渡し確認の立ち合いと祭壇に運ぶ事を手伝う事になり程なくすみましたが、報道各社が幾つも来てその様子を撮影していました。
昨日今日その映像を北海道テレビ放送では今日放映してたそうですが、旭川まで100キロを超える道なりと儀式の緊張で疲れで見ることが出来ませんでした。
HTBは、6時15分からアイヌ遺骨和解成立で返還…土に返ると言う題名でした。
また、NHKは7月27日に北海道地方に限り特番で1時間かけて放映、その後内地向けに編集しなおし放映されると言う事です。
返還されたアイヌの遺骨は先ほども言いましたが7体でした、盗掘と言っていいくらいに奪われたアイヌの遺骨、学實調査の名前を借りた無礼で失礼で根源に優生思想が有るアイヌ遺骨盗掘問題。
こうして持って行かれたご遺骨はいまだに東京大学はじめ医科歯科大・・・各地に確認されただけで100体を超えているそうです。
関係者が確認した時は段ボールに入れられているのを見ると、粗雑に扱われて居たと思います。(遺伝子調査などでは骨を削る事をしますから、遺骨の破壊行為が有ったと思われます)
また、身元不明者は内閣府で進めている2020年完成:白老ポロト湖畔に. 国立アイヌ民族博物館・国立民族共生公園に返還すると言うアイヌ協会と、遺体出土地域に返還すると言う地方のアイヌの運動体と対立も見られます、旭川アイヌ遺骨盗掘返還、埋葬の儀礼にアイヌ協会としての参加は一人もいませんでした。
地方のアイヌ民族団体は(〇〇アイヌ古式舞踊保存会〇〇アイヌ文化保存会の名であります)
私の思いは、ココでも地方と中央の対立の姿が見えて、中央が地方を切り捨てる現状でなく歩み寄り互いに支え合う関係が出来てない事に課題が残されている事に気が付かされました。
今回地方のアイヌ団体に返還された回数は今回で4回目だそうです。
現在平取・伊達有珠・静内・などの地方でもアイヌ遺骨返還を求めて進めている事を知りました。

遺体の埋めなおし儀式、こんなことは初めてで有っては成らない事だと祭司
考えて見ればわかる、自分のご先祖さんの遺骨を墓から掘り返し学實調査だと言われて副葬品と共に持って行かれる事を誰が許そうか。
責任の存在と謝罪を強く申し入れた、祭司の娘さん(それでも北大は謝罪しなかった)

日本は単一民族と言った、差別ぼんくら政治家、日本と言う天皇制と議会制政治と言う建前の政治権力と言う様に二つの権力支配、それにもみくちゃにされ続けているアイヌ民族。
イランカラプテアンナー:謹んで申し上げます、あなた様の心にそっと触れさせてください。
埋葬の儀式に歌われていったウポポの輪唱が澄んだ声と共に空高く空高く吸い込まれて行った。
                                     礼拝
>>[037]
PDFを見れる環境で見てみてください。
>>[36]

お返事ありがとうございます。
納得されるかどうか分かりませんが、私の見解を書いておきます。

繰り返しになりますが、イランカラプテはいわゆる間投詞ですので、人称接辞アンはつきません。
少なくとも沙流川筋でアイヌ語をメインで暮らしていた世代(鳩沢ワテケさんや平賀サダモさんなど)は、こういう言い方はしません。
萱野茂さんもアンをつけた言い方はしません。

ただし、それ以降の日本語で育った世代が、イランカラプテアンとか、エチイランカラプテのように、本来なかった表現を使うこともあるようです。

ただし、ウウェランカラプアンuwerankarap=anという言い方はあります。ウウェランカラプは「お互いに挨拶する」という意味の言葉です。

イランカラプテが「あなたの心にそっと触れさせていただきます」という意味があるという解釈は萱野茂さんによるものです。
萱野さんの受け売りでなく、自身の解釈としてそう説明したアイヌ語話者による解釈は聞いたことありません。
アイヌ語研究者からは以前より異論が出ています。

イランカラプテキャンペーンでも、そのことを認識していて、ウェブサイトには「あなたの心にそっと・・・」は、言葉の意味ではなく、あくまでキャンペーンのメッセージだと言い訳じみたことを書いています。
http://www.irankarapte.com/content/outline.html

なお、オンカムイに、「我と言う存在を無くし祓い清め相手を招き入れる」という意味があるなどという説明は初耳です。
ピリカ・メム・ワッカさんの独自の解釈でしょうか。
なお、イランカラプテについては、私も最初素晴らしい意味だと鵜呑みにしていましたが、疑念が生じてその根拠をご本人にお聞きしたことがあります。

問題は、rankarapをram+karapと分解できるかどうかどうかと、karapに「そっと触れる」という意味があるかどうかです。
結論から言うと、これはかなり無理のある独自解釈(いわゆる民間語源説)だと私は考えています。

なお、十勝ではこの挨拶はinankarapteといいますが、nanは「顔」の意味ですから、「あなたの顔にそっと触らせてください」という意味になるかというと、それはまずないと思います。
イランカラプテアンナーは平取町荷負に居たアイヌの元大家さん(大家さんから私は家を買い私は荷負に在住しています)の友人から直接聞きました。
また、平取アイヌ文化保存会主催の平取景観案内の中で、会議場に集まりました全体の人にイランカラプテの末尾にアンナーが付くと謹んで申し上げますあなた様の心に触れさせてくださいと言う意味になるのですかと聞くとアイヌの古老がそうだよと言い肯定してくれました。
この言葉は、二風谷ユーカラの語り部の会に参加している人よりも聞きました。
私は思うに、地方の平取にも:荷負コタン:二風谷コタン:シケレぺコタンと言う様に16のコタン・イオル伝統的生活空間が有ります。

https://www.frpac.or.jp/about/files/sem1705.pdf#search=%27%E8%8D%B7%E8%B2%A0%E3%82%B3%E3%82%BF%E3%83%B3%27

ココが問題です、16のコタンが有れば16人のエカシ(長)が居る、では16人のエカシが一つの言葉の概念を統一してたかです。
私は、ことわりましたエカシがこうだと言えばこうだが、そうですになる世界です。
言葉はニュアンス発音やアクセントで、その人エカシの心の表れで「私はこう思うが絶対にもなる世界です」たとえ民間語源説でも・・・
1+1は4になるのです、さらにですが1+1は2に決めましたと言う絶対主義で無い世界です、自然と愛しみながら暮らしていた戸籍係もしていたエカシと共に緩やかな共同体に暮らしていたからと解釈しています。
イランカラプテ
中川裕氏の辞書には「本来は通常の挨拶言葉ではなく、あらたまったとき に男性のみが用いる言葉だったが、現在はもっと軽い感じで使われている」と言います。

オンカムイに、「我と言う存在を無くし祓い清め相手を招き入れる」という意味は、11人程で知床世界遺産を通り〜クナシリメナシの供養祭へ行く道中、車の中で私とアイヌのお方(名前は忘れましたが)でオンカムイが「我と言う存在を無くし祓い清め相手を招き入れる」と言う意味合いも有るのではと言う事で「我を無くして人がカムイと言う自然と言う神々と語り合える、お互いに我を無くし偉大な心尊重しあう事で向か入れる事で通じ合うと言う事でもあると思ってます。 」で同意し合ったと言う事です。
クナシリメナシの供養祭でご祭司をやりましたトコヌプリさん:アイキベさんとお話が出来た事そして腰が低い事に驚きと優しさを感じながら思い出しております。
この時ですが、オンカムイの意味を失礼ですが教えてくださいとトコヌプリさんが祭司をやっていた時私は私が考えるのですがと前置きして先ほどの事を話しました時そうした意味合いも有ると思うが古くからの伝統で有ると言われました。

私が人称 二人称 三人称を伝えることがへたくそで正しく伝えないですいませんでした。
>>[42]

お返事ありがとうございます。

先ほど書いた「それ以降の日本語で育った世代が、イランカラプテアンとか、エチイランカラプテのように、本来なかった表現を使うこともあるようです」に尽きます。

私が、アイヌ語について考える際の判断の基準は、アイヌ語をメインで暮らしていた世代の使っていたアイヌ語に置いてます。
もちろん単独の記録をもとにするのではなく、過去の複数のアイヌ語話者の記録をもとにした上でこれが共通のルールに照らし合わせて判断しています。
沙流については、福満や二風谷に限らず、紫雲古津や貫気別、ペナコリなど、複数の地域の記録がありますので、それを参照した上で論じています。

ただ、お互いの「基準」が違うならば、話はかみ合いません。

過去の記録に照らし合わせて本来なかった表現であっても、今使っているからそれで正しいんだという見解もあるでしょうから、それならば一人でもそれを認める人がいれば「正しい」ということになるでしょう。
それならば、すべてが肯定されますので、正否について議論することも不要になります。

「古老」といっても、いろいろです。
今いらっしゃる、70代、80代で、子供の頃アイヌ語を聞いたことがあるのでおぼろげながら記憶しているという人や、大人になってからアイヌ語教室に通ったり本を読んで勉強した人も現代の「古老」ということになります。
その人たちがOKすれば正しいということならば私からは何も言えません。

オンカムイについては、「・・・と言う意味合いも有るのでは」という一人の方の見解がもとになっているのですね。

正直、そんな意味が本当にあるのか疑問ではありますが、その方の個人的見解ということで聞いておきます。
(というのも無我とか、祓い清めるという概念が和人的に感じるので、もともとあったとは思えないからです。)
いずれにせよ情報ありがとうございます。
なんだかツイッター上では、「和人が営利目的でアイヌ文様を使うことの是非」にかんして
著作権や歴史的観点でさまざまな意見が出ているようですね。

ところで「津軽こけし」には「アイヌ文様」とされる模様で装飾がなされていますが、これはいいのでしょうか。

https://www.google.co.jp/search?biw=1366&bih=570&tbm=isch&sa=1&ei=wwsyW46dK8al8QWY4KtI&q=%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E3%81%93%E3%81%91%E3%81%97%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%96%87%E6%A7%98&oq=%E6%B4%A5%E8%BB%BD%E3%81%93%E3%81%91%E3%81%97%E3%80%80%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%8C%E6%96%87%E6%A7%98&gs_l=img.12...2708.5618.0.7973.13.13.0.0.0.0.188.1296.8j5.13.0....0...1c.1j4.64.img..0.1.114...0i30k1j0i24k1.0.w4AWP11J5bs#imgrc=_&spf=1530006476815

アイウシやシクやモレウ、あるいはルウンペやカパラミプとは相当異なったデザインですが。
下記は本をコピーして有ります。
少しコピーを
http://www.aritearu.com/Influence/Native/NativeWorld/Books/Upashikuma.htmlアイヌの「お産ばあちゃん」

写真は、アイヌの青木愛子さん(1914年〜1995年)の左手です。青木さんは、古代から継
されてきた産婆術だけに留まらず、診察・治療のための特殊な手、そしてウエインカラ(何で
も見える千里眼)を通してシャーマン的な役割を担ってきた方です。愛子さんのウエインカラ
は、初対面の人と対座した時だけでなく、電話の相手でもその人の過去と未来がわかる特
殊な力を持っていました。
同じく沖縄・奄美には現在でもシャーマンがいます。沖縄では「ユタ」(殆ど女性です)と呼ば
れていますが、例外なく全ての「ユタ」が出来るならユタにはなりたくなかった、と話されてい
ることは共通しています。それはユタが犠牲と奉仕に貫かれた生活を送ることを小さい頃か
ら見て知っていたからです。「ユタ」として神から召し出される人(自分の意思や世襲ではなく、
文字通り神のお告げを受け入れた人)にも、人には見えないものが見える千里眼を持つよ
うになります。
尚(¹は、パチンコでお金を使う様になりです・・・)
アイヌのオンカムイ:オンカミこの二つの言葉は、儀礼の時の作法で( 拝礼する)です。
儀式の作法やカムイに対する意識などには、多くの地域で共通してみられる決まりごとや考え方がある一方で、地域ごとに、あるいは人によって異なる点もあります。(3度同じ意味で繰り返しましたことをお詫び申し上げます)
アイヌの御幣=ヌサが神道の祭祀で用いられる紙を使う御幣に変わる様に、表現方法も変わります。

*アイヌの世界観はシャーマニズムですシャーマニズムの中に当然ながら必ずシャーマンが存在しています。
アイヌのウポポ(歌)を歌い続けることで若しくは踊り続ける(コタン対抗の踊りも有ったそうです)事で無我(トランス状態)になりカムイを向かい入れることに成ります時も有りました。
(歌を歌い続けることでカムイが入ってきましたと言う、この音声の録音を聞きました)
これはいかんとしがたい事実です。

先祖供養イチャルパ(イアレ)では、埋葬されている墓から帰る時は、代表のお方が柳の葉で参列者一人一人に払う行為をしますその行為は祓い清めるに通じます。

また、ヌササン(ヌサ「山・コタン・熊・川・などの依り代「神霊が寄りつくもの」が幾つも有る場所)の多くと一緒に束ねたクマザサが有りますが、神道や山岳信仰の儀式でも使われています、また囲炉裏の四隅に塩を置く事も有りますこれらは、清めるとしてです。

私にとってアイヌの「古老」と言う言葉は、70代後半以降を差しますしエカシは行動力と知恵が有り人から慕われて統率力があると意味で解釈して使っています。
人から慕われて統率力があるでなければ、アイヌ儀式の祭司を長を出来ません。

このエカシの世界観はある意味、表現が合っているか分かりませんが「学ぶ覚えると言う経験と実戦経験」で「すべてが肯定される世界観」であります。
その究極はチャランケでありまして、物事がもめているような場合何日でもかかって話し合いで解決する様に知恵を出し双方の和解をする審判役(古神道だと審神者に当たる)に双方を知るエカシが大概なると聞きます。
審判役ですからもちろん「えこひいき」や差別など有りません、限りなく中立なのです。

これは、哲学で言う「テーゼ」命題(問題)
「アンチテーゼ」(命題に対立する考え)
「ジンテーゼ」統合(対立する意見をまとめていく)
「アウフヘーベン」止揚(対立する二つの意見をまとめてより高次元の新しい考えを提示し解決して行く)
と言う事をエカシがおこなっていたと言う事になるのです。

「アウフヘーベン」止揚(対立する二つの意見をまとめてより高次元の新しい考えを提示し解決して行く)
それでも状況が変わらなければ、「アウフヘーベン」止揚が「テーゼ」命題(問題)になります。

さらにエカシも含む場合も有りますがシャーマン =「トゥスクル」は民とコタンと「カムイ」とをつなぐ役割を果たすことから、畏怖と尊敬を集めてきました。アイヌにも複数のシャーマンの存在が確認されています。

アイヌのシャーマンとそのエネルギーを持つ人は「トゥスクル」と言われています。
ですから、トゥスクルはアイヌの巫術師または霊媒師の呼び名で有ります。
「トゥスクル」のエレルギーを持つ人はある意味で「政治的なリーダーでありまするエカシ長老」を本来はサポートする精神的なリーダーとしてアイヌ文化の「コタン」の中心として存在し続けてきているのです。【*トゥスクルとは http://xn--230ao56b.com/p096/ 】

平取で言うとアイ子お婆の名で晩年近く¹まで親しく呼ばれた「青木 愛子」さんで(本の名は)アイヌお産ばあちゃんのウパシクマ―伝承の知恵の記録で「シャーマンの役目やイムの背景も詳しく載っています」(ウパシクマ―人間のユーカラ「昔話とも」)
*稀に「イム」すると言う感情表現をします、脅かしたりビックリすると今までしていた表現や動作を真逆や投げだすと言う(周囲は滑稽な事ととらえる事が多いです、滑稽さが場を和らげるのです)行為をするのです。(私は、この「イム」と言う行為と思われる現場を見てます)
*奄美与路島だと「エカシの役目がノロさん(儀式を司る)です」ユタさんは「トゥスクル」です。
奄美と沖縄でも言われる言葉【医者半分、ユタ半分】という言葉。
沖縄の人なら、ご存知かと思います、そのくらいポピュラーな言葉です。
最近は如何だか分かりませんが、奄美だとイキナリ大きな声を出し露地を彷徨う人など(一般に精神錯乱状態)者はユタさんになる素質が有ると言われてユタになる修行を先輩のユタさんから教わると25年程前TVでユタさんの姿と共に紹介されていました。
誤記:代表のお方が「柳の葉」…「ヨモギを束ねた物」で参列者一人一人に払う行為をしますその行為は祓い清めるに通じます。
(柳の葉で祓い清めた事が一度有りましたがヨモギが無いので代用品と思いましたが、質問しなかったので?です)
コタン対抗の踊りも有った(補足します)昔はよく夜をてっして行う事も有ったそうで、どちらかのコタンの踊り手が倒れるまで行った時も有ったと平取の70代のフチより聞きました。

祭壇に飾られるイナウ¹・ヌサ[祭壇]の材料は、主に節の少ない柳の木を使います。(他にも2・3有りますが忘れてしまいました)
イナウケ(イナウ作り、イナウを作る時の様、一削り一削り祈りをささげているものだと秋辺エカシから聞きました)

イナウ¹(アイヌの祭具のひとつ。 カムイや先祖と人間の間を取り持つもの(贈り物・メッセンジャー・神霊の依り代)とされる。 強いて言えば神道における御幣に相当するが、それよりも供物としての性格が強い。)

:参考に
*同化政策とアイヌ語の衰退
1869年、大日本帝国は蝦夷地を北海道と改められ、和人が次々とその地に開拓を図るようになっていった。同時にアイヌ民族に対して狩猟/漁業の規制を設け、アイヌ民族の伝統的な暮らしを強制的に変えていくこととなる。和人は旧土人学校(アイヌ学校)を設け、アイヌ民族の風習や振る舞いを野蛮なものとして教育し、アイヌの文化を意図的に衰退させ、和人への同化政策を取り計らった。 1899年、北海道旧土人保護法が制定され、アイヌ人保護という名の元に、以下の取り組みが行なわれた。

アイヌの土地の没収
収入源である漁業・狩猟の禁止
アイヌ固有の習慣風習の禁止
日本語使用の義務
日本風氏名への改名による戸籍への編入
…以下略以上は下記からのコピー
http://linguistics.hatenablog.jp/entry/2015/04/14/032732

*神社でお供えされている葉っぱのようなものは何で出来ていますか
「玉串たまぐし」といいます。常緑樹である榊さかきを使うことが一般的です。いつも青々としている榊は、生命力や繁栄の象徴と考えられてきました。
地域によっては、樫かし、柘植つげ、樅もみ、イチイ、ソヨゴなどが用いられることもあります。
以上は下記からのコピー
http://www.dazaifutenmangu.or.jp/sittoku/ask/4

*奄美・沖縄でノロさんやユタさんが頭に被り物をしますが、沖縄のノロがトウヅルモドキの冠をさ
らに頭に被るのと同じく、加計呂麻島ではキイカヅラを輪型にしたカブリカヅラをかぶるそうです)
以上は下記からのコピー
http://kawa721.com/essey/essey05/essey5/utaba.html

*琉球文化圏では古くから、「ユタ禁止」「ユタ征伐」「 ユタ狩り」など、琉球王国時代から幾度もユタを禁圧した歴史があります。
ユタの禁圧
時の為政者はユタを目の敵のように弾圧してきた。
社会の混乱の要因をバッコするユタの活動に求め、結果として権力に対する批判をそらそうとしたのであろう。

向象賢は『羽地仕置』でユタ・トキを禁止(1673年)。
首里赤田村のユタ、夫とともに斬罪(1712年)。
蔡温は『教条』でトキ・ユタを禁止(1732年)。
ユタの医療行為禁止(1884年)。
琉球新報でユタ批判(1898年)。
那覇署の「ユタ征伐」(1912年)。
特高警察の「ユタ狩り」(1938年)とつづく。

このようなユタ弾圧の理由は「人心を惑わし、社会の混乱を引き起こす」というものである。ところがどっこい、沖縄社会からユタが消えたためしがない。ユタの存在を認める一定程度の勢力が必ずあり、社会の要請があるからにほかならない。
ユタと聞くだけで、マユをひそめる御仁も多いのは確かだが、そんな彼らも、沖縄の祖先祭祀にユタ社会の考え方がどの程度反映されているかを知ろうとはしない。
以上は下記からのコピー
http://www.ugwan.com/?p=1114

ログインすると、残り14件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

先住民族 アイヌ民族 更新情報

先住民族 アイヌ民族のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング

mixiチケット決済