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仏教コミュの日蓮正宗について

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コミュ内全体

こんにちは初投稿の継命と申します。

日蓮正宗について語るトピがあってもいいかなと思い作成させていただきました。

日蓮正宗門徒の方もそうでない方も日蓮正宗について自由に語りましょう。

誹謗中傷はやめましょう。

コメント(59)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E6%AD%A3%E5%AE%97%E5%AF%BA%E9%99%A2%E4%B8%80%E8%A6%A7

日蓮正宗は寺数が少ないの。

で、創価学会も今では知らん顔なんで、こんなもんでいいんじゃないかな?
日蓮正宗であれ、浄土宗であれ、
私が保有する真理としては、人間の動きと言うのは因果律を超越し、さも、素粒子のように動くということです。
というわけで、宗教やりたければ自由にやってもいいけれど、宗教やっていない人に布教はあまりよくないものの、素粒子としての人間なのでその動きを邪魔するつもりはありませんが。
例えば、
風呂にある時入ろうとしたとき、後に入らなかったり。
ご飯を食べようと思っても、後に食べなかったり。
因果律では説明できない現象と言う物があります。

というわけで、素粒子の物理学上の動きが、人間とフラクタル構造である以上。
後期密教群で説かれた、一切欲享受によって、真理の最高の座に至るであろうと言う。
その経典の中身の内訳、どうしようもなさを説明しました。

私は人生生命をほこりに喩えます。
ほこりは、上る時有れば、下る時があります。

そして、仏教の創造神話としては風によってできたのだと言う神話がありますが。
ほこりみたいなものであり、そのフラクタル構造でもある人間生命なので、
そして、天上にへばりつくほこりがないのであれば、
上り切れば下るということです、これが天孫降臨の訳です。

正直、どうしようもありません。

宗教と言う罠にひっかっから無ければ普通死後天へ帰っていくのですよ。
少なくとも、天部へ帰る。
もしくは、地獄かもしれません。

そのあたり、宿様の占いでは、28宿中、3宿は天へ至ります死後にね。
地獄は、28宿中、1宿地獄へ入ります。

天へ入るのは、牛宿、箕宿、氐宿です。
地獄へ入るのは胃宿です。

他は天にも関係しないし、地獄にも関係しません。
以上でした。
>>[21]

おはようございます。

貴殿のプロフィールを閲覧させて戴きましたよ。

理系人の思考法から診ると宗教の世界観と自然科学の世界観を錯綜され、誤認混同(勘違い)されている状況(状態)が判明出来ましたよ。

集合論的な診方をされ、宗教の精神的な次元界と自然科学の物質次元界に区別、分析されて、夫々精査解析されていけば錯綜観、誤認混同観は解消できるからなのです。

重合された領域(範囲)は夫々相関関係にあり、リンクされているのです。

ここをどのように解釈・考察されるかにあるのです。

上記のコメントで最後部に書かれたことは比較実験して検証してみた結果の話であれば理解、納得出来ますが、只頭の中で考えたことで、特定できる世界観を理系人は持っていませんよ。

検証できる世界は比較実験を繰り返し、精査・考察し、結論(特定)が得られるのです。

検証出来ない世界は、仮定とか推定して、論拠に矛盾、理不尽な点がなければ、その仮定、推定は正しいものと見做すという判断基準ですよ。

「真理は同一(同質)である」と賢者が言っておりますよね。

理系人の思考法では、縦横いずれかに宗教(宗派)・倫理・哲学の項目を表し、他方に特性要因(要件)を表し、夫々、マトリックス図法を活用して、共通項(共通点)が見出せたところが「真理」に該当・相当すると想っているのですよ。

まあ、マトリックス図法解析の前に、長年特許(パテント)管理に携わって培った「パテントマップ」&「ポートフォリオ」による解析を活用していますよ。

多くの聖職者(高僧、お坊さん、神主、宮司、神父、司祭、牧師、宣教師、伝道師)のプロが「真理」に気づけず、他界されましたよね。

世界の人類の健全化に向けて、「真理」に気づかれる研鑽にチェレンジしてくださいね。

誹謗中傷合戦が古代から現代まで続いてきている状況です。

このままでは人類いつになっても平安・平和は訪れませんから、お互いに、「真理」の気づきに精進していきましょうよ!!

日蓮正宗であれ、浄土宗であれ、皆それぞれ勝手に我儘(わがまま)を言い合って誹謗中傷合戦やっている場合ではないのですよ。

長年、知的財産権(特許法、実用新案法、意匠法、商標法、不正競争法、著作権法、その他)に従事してきて培った様々な思考法を駆使し、大量の情報知識を系統化、統一化して、知恵に替えれば、自分自身のスタンス(姿勢、生き方、生かされ方)&ライフスタイル(生活、生活習慣)に活かされるのですよ。

小学生から学習してきた諸々の情報知識をスタンス&ライグスタイルに活かせなければ、本当にマスター(学習)したことにはならないのです。

多くの人が、学校で習ったこと、大人になって種々のセミナーで習ったことは、全く役に立たないと嘆いていますよね。

知識を知恵に替えられないため、役に立たない訳ですよ!!

まあ、お互いに世界の健全化のために、精進できたら嬉しい限りですよ。

毎日毎日が新たな発見(気づき)であり、発見できたことへの感謝の日々になるように共に精進していきたものですから。

合掌・感謝




>>[22] お返事有難うございます。
早い話、真理なんてないけれどね。
各々、これが真理だと言い張っている状態です。

そも、そのものの状況と宗教が合致しない場合が多い。
堕ちる人は堕ちるんです、そして上る人は上る。

これを埃に喩えただけです。
そして、仏教では風が創造神話で話されます。

科学的知見を持ち出したのは不味かったですが。
仏教だけ持ち出すと、風がうごめいているだけなんですよ。

それを後期密教では一切欲享受と表現されます。
それ以外ないんですよ。

全てが成仏する、そんな世界観です。
では。
どんな宗教でも、無我でなければ天界に入れない、と思う。
泥に塗れた山椒魚は岩屋からすら出られない
>>[23]

おはようございます。

コメントを頂戴し有り難うございました。

考え方の相違観は、止むを得ませんよね!!

世界中の様々な宗教においての聖典&経典に描かれている神話の絡繰りをご存知でしょうか。

大半の人が、描かれている出来事(事件)をこの世の物質次元界で起きたと想っているのですよ。

この誤認混同している錯綜状況で、今までに世界の人類の悲劇・不幸が起こってしまったのです。

神話の内容(中身)はこの世の事件でないことに気づくべきなのです。

これに気づけない人々が誹謗中傷合戦している有様なのです。

「早い話、真理なんてないけれどね。」と言われておりますが、それはそれでイイですよ。

大半の人が貴殿と同様の意見を言っていることも認識していますから。

宗教や科学に対する追求度の相違でありますから、止むを得ないことです。

「そもそも、そのものの状況と宗教が合致しない場合が多い。堕ちる人は堕ちるんです、そして上る人は上る。」と言われておりますが、聖職者のプロ達が宗教の本質を認識されていないため、合致していないのですよ。

宗教自体は悪くありませんが、宗教に携わっている人自体が悪いのです。

「これを埃に喩えただけです。そして、仏教では風が創造神話で話されます。」との記述も面白い表現ですね!!

本件トピの日蓮正宗での法華経を閲覧されたことはありますか。

私は高校生1年(1963年)時、立正大学附属高校で、必須科目として、1年生時に「日蓮上人の生涯」を学習し、2・3年生時に「法華経」を学習しましたよ。

教師は校長で、日蓮宗の高僧でしたよ。

宗教の授業が終わり、放課後、校長室で、校長と一対一で、禅問答のような形式で、質問回答合戦をしていましたよ。

日蓮上人の一連の宗教活動の可笑しさ、なぜ、鎌倉幕府から嫌われたのか、をはじめ、日蓮上人の理不尽さを追求していったのですよ。

法華経には、「仏と仏との会話」と「仏と我々凡人との会話」から構成され、後者は比喩のお話しになっているので理解し易いが、前者は我々凡人には難解過ぎる話であると言っていましたね。

聖書をはじめユダヤ書、コーラン、仏陀の言葉(スッタニパータ)に描かれている神話の内容(中身)は全て比喩(たとえ話)ですよ。

「仏と仏との会話」は我々の精神的な世界観の問答になっているのです。

一例を挙げましょうか。

他界先はどのようなイメージ(場所、空間)かですよ。

「全てがあり、何もなく、何もなくて、全てがある」と言った表現で語られていくのですよ。

到底、我々凡人には容易に理解、認識出来ないでしょう!!

もし、これを理解、認識できれば、本質(真理)が見出せますよ。

どうぞ、多面的に、多角的に、精査され、本質を見極めて下さいね!!

宗教も科学も本質(真理)を追求する学問ですよ。

ご興味がありましたら、私のプロフィール&日記(10年分のバックナンバー)に全体公開(開示)してありますので、ご閲覧下さい。



合掌・感謝
「全てがあり、何もなく、何もなくて、全てがある」
そして、すべて自分自身であると。

理解した上で発言しています。
>>[27]

おはようございます。

ご理解されたうえでのご発言、感謝致します。


上記に記述した法華経は、本門(ほんもん)と迹門(しゃくもん)に分れ、夫々の中心課題は、「本門」が「仏と仏の会話」、「迹門」が「仏と人の会話」と回答して、校長(日蓮宗の高僧)から100点を戴きましたよ。


日本書紀や古事記に描かれている色々な物語も、この世の物質次元界で起きた事件ではありませんよね。

卑弥呼や聖徳太子の様々な逸話は、神話の世界観ですよね。

卑弥呼や聖徳太子がこの世に存在した証拠物件(甲第1号証)が何一つもありませんから。

今までに発掘された案件、或いは歴史書で言われてきた事件は、エビデンス(科学的根拠)を示した証拠物件は一つもありませんでした。


mixiを初めて10年余り、「全てがあり、何もなく、何もなくて、全てがある」 の解釈に、只一人だけ正解をコメントされたコメンターがいましたよ。

私は「ビーカー内の水」と「塩」の関係で説明してきましたが、「塩」でなく「インク」で述べていましたよ。


理系人でも理解、認識できる解説、説明を追求してきたのです。


「歓喜の人生」を共に謳歌していきたいものですね!!




合掌・感謝
http://www.correct-religion.com/ryouran/html/souka_top.html

これは、知恵袋で見つけたものですが、
これは何を目的に作られたものでしょうか。
>>29
このサイトについてのところに
当サイトは、日蓮正宗の一信徒が制作・管理・運営いたしております。あくまでも一個人の私的なサイトであり、日蓮正宗および所属寺院、また法華講連合会等とは一切関係ありません。
とあるから、個人的な見解を述べているサイト、

日蓮正宗は正しく他は邪宗としている、
折伏を目的としているのかな
(公式もこんな感じなのかしら?)

ただ突っ込みどころは多いかも、
もうちょい邪宗って言ってるところも深くまで勉強しましょうよって思う。

正直邪宗なんてないんだけれどね。
個人の受け取り方次第で苦しみにもなるし、苦しみにもなるし、苦しみにもなるだけなんだよね。
天部に最低限至らないと楽を体験できない、たとえ、苦しみはなくても楽ではないというのが、宗教信者の理想的な在り方ですからな。
>>[30]

おはようございます。

本論:

ご記述された「日蓮正宗は正しく他は邪宗としている、折伏を目的としているのかな(公式もこんな感じなのかしら?) ただ突っ込みどころは多いかも、もうちょい邪宗って言ってるところも深くまで勉強しましょうよって思う。」に対して所見を記述しましたのでご参考に供されれば幸いです。


結論:

他を邪と診る扱い方は、宗教の本質(真理)を認識しているとは判定できません。



補足(蛇足):

他(他宗・他派・他教)をどのように診ているのか、どのような捉え方をしているのかの判断基準でジャッジすると、貴殿の宗教のスタンスが診得て参ります。

鎌倉時代の末法思想で、多くの高僧(お坊さん)が登場しました。

日蓮さん、親鸞さんをはじめ、大半の高僧は、他を邪(邪宗、邪派、邪教)と診え捉えております。

他を邪と診え捉えていない上人は、弘法大師空海さん、道元さん、良寛さん、一休さん の4人ぐらいしか見当たりません。

俺の宗教が正道で、他は邪道だと言っている訳ですよ。

ここに、宗教の限界(点)があると、長年私が開催してきた「バッハの音楽に親しむ会」の「マタイ受難曲」セミナーをはじめ、種々の宗教・倫理・哲学セミナーで伝授して参りました。

この考え方は、利己中(自己中)のスタンスそのものですよ。

宗教の本質(真理)を認識されていない状態であることが判明できるのです。

私は高校1年生時(1963年)、立正大学附属高校に入学し、1年生時に「日蓮上人の生涯」を、2・3年生時に「法華経」を必須科目として、授業を受けました。

教師は校長で、日蓮宗の高僧でしたよ。

日蓮上人は、十界の一つ手前の「菩薩」の領域に達したと教わりましたが、上記の判断基準に照らし合わせ診れば、とても「菩薩」の領域に達したとは判定できませんね。

日蓮さん、親鸞さんをはじめ、多くの高僧は、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)を行ったり来たり、堂々巡り状態であると判定したのです。

宗教の周辺に、倫理と哲学がありますよね。

これらを集合論的な診方で捉えると、宗教・倫理・哲学の行いべき行動(活動)範囲ないし、領域が限定されるのです。

多くの聖職者のプロが、この3つの分野を誤認混同し、錯綜状況が延々と続いてきております。

行うべき修行(実践・研鑽)活動範囲を限定すれば、誤った行動は起きないはずなのです。

サリン事件、ジハード事件は、代表的な見本(サンプル)の事案です。


宗教の第1ステップ:

「利己中なスタンス(自己中心的な生き方)」から「利他中なスタンス(相手を思いやり、共に分かち合う生かされ方)」に変心(心、魂、気持ち)させることなのです。

第2ステップ:

利他中なスタンスを自分自身のライフスタイル(生活様式、生活習慣)に活用することです。


スタンス(姿勢、生き方、生かされ方)


第3ステップ:

変心が出来たところで、「真理は同一(同質)である」ことを検証すればイイのです。



このように考察していくと、日蓮さん、親鸞さんはじめ、多くの高僧は第1ステップも達していないことが認識、判定されるのです。

如何でしょうか。

文系人の思考法と理系人の思考法を抱き合わせて、実践・研鑽活動を通じて、精査、考察を繰り返していけば、本質(真理)が診得てくるのです。


どうぞ、多くの体験・経験を味わい、多面的な多角的な全方位的な視点で、観察・精査・考察を繰り返し、勉強してみてくださいね!!

毎日毎日が新たな発見(気づき)であり、発見出来たことへの喜びと感謝(有り難いと想う気持ち)の日々になりますように、お互いに精進していきたいものですね。



感謝



自分はこのサイトを見てどういうところか言っただけです。
オウム真理教などをみるなら邪宗はあるかな、って思いますよ、
自分的には真言宗、浄土教、禅宗、テーラワーダ仏教、キリスト教はほぼ同じって思ってますよ。
(自分がこれまでに学んできた宗教、宗派)
>>[32]
なんか勘違いされてるような気がするので、
もうちょい話の流れを見てください。
>>[33]

おはようございます。

宗教の本質(真理)が認識されれば、どの宗教も同一ですよ。

本質(真理)は同一(同質)でありますから。

どの宗教も正しいのでありますが、聖職者や信者達が真理を認識されていないため、信仰している人が悪いのです。

鎌倉時代の高僧をはじめ多くの高僧が真理に気でづけぬうちに他界しています。

真理に気づかれれば、他を邪教と診たりしませんよね。

他を邪教と診ている段階の高僧は、まだ、真理に気づけたとは判定できないのです。

感謝
教相判釈は、本来であれば、
その教えがどのような相をしているか、という研究であって、経典の優劣を決定するものではないでしょうな。

他宗教は知らないけれど、仏教でいうとそういうことだと思います。

正当に理解して、正当に使えば、どの経典も無限大の利益がある。

理解や使い方には、その個人、集団、時代っていうので相性ってのがありますから、
今の私には、これは合わない、これが合ってるなんてことが起きます。

鎌倉時代の祖師方は、そんな方法論的な優劣を言ってるんじゃないかと思います。

法然上人くらいになると、全部わかった上で、これを選びましたって言っている。
他のが悪いんじゃない、自分にはこれが良かった。菩薩ですから、衆生の機縁というのが見えているから、あなたにもこれをお勧めする、と言っている。
高僧のみなさん真理や自分のしていることは知ってたんじゃないのかなって思いますよ。
別トピで光明真言が出てたので意味調べてたら西方浄土に行き当たったんですが、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E6%98%8E%E7%9C%9F%E8%A8%80
やっぱり秘密荘厳(真言宗)と荘厳された浄土(浄土経)は同じものっぽいですよ。

法華宗はどんな感じなのかもうちょい聞かないとわかりません。
>>[42]

>ぜひぜひ教相判釈をしなかった高僧を あげてみてください

仏教は中国を経由しただけとは、限りません。

だから上がりすぎちゃって困るんですがw

そのくらい小学生でも判るんですけどね?
>>[36]
たとえば、仏経において、
‘鷯荳酳を否定している経

二乗作仏を示す法華経
明らかに異なり、同一とは言えません。
,郎絞未あり、△鰐戯絞綿薪です。
だから、どれも同じであると即決はできないのでは?
だから、宗教をひとつひとつ比較し、どれがより完全な教えかを読み比べる作業がどこかで必要になるのでは?
>>[32]
日蓮は利他だからこそ、二乗作仏をはじめとする皆成仏道の法華経を根本にしているのです。
最高最大の利他となるための教えが何なのかを調べて選択すべきでは?
皆様、おはようございます。

色々な貴重なコメントを頂戴し有り難うございました。

私は、一つの判断基準として、「他」をどのように評価しているかを基準に、判別・判断した結果であって、鎌倉時代の高僧達の誹謗中傷を主張しているつもりはありません。

色々な診方で判断基準は種々あるでしょうから、一つの判断基準を示したものです。

夫々のコメントは尊重していますよ。


感謝
あんまり経典のことは知らないけれど、法華経以外の二乗、縁覚と聞声の扱いは、
浄土教なら足りてない良く整えられていないだし、真言宗ならまだまだ先がある、
>>[49]
万教同一の思考を見直すべきでは?
もちろん共通するところはあります。
その共通するところは、ほぼみんな誰もがわかっている前提のようなものです。
その、共通する理想のための具体的な事柄は万教ごとに異なるところがあります。
普遍性のある面と、それを実現するための異なる道程があるわけです。
だから、他を批判すること自体を悪と決めつけてもなりません
良く整えられた=荘厳、
足りないところは足りるように行(五念門)をすればいいんですってのが浄土教っぽいよ。
自力の修行のようなものはないって思ってたんだけどあったっていう、
(でも影ながら支えてくれてるのは阿弥陀様)
そこ(たぶん無上正等覚)に至るために各宗派でいろいろな行をしている、
批判する理由がないような、

山頂に行くのにどの道通ってもいいかも、
でもその道、急勾配で登りづらいんじゃない? ってのはあるかも。
急勾配でも登れる人はそこ行けばいいし、足腰弱い人は登り易い道行けば良い。
それじゃ、全部が山頂に行けるってのが前提だけど、実際は、ほとんど行けないよ?
本質的言えば行くところは判っているって事。

だからって行ける訳じゃ無いんだよ。

>>[58]
我等が一身の妙法五字なりと信心する時一瞬で行けますexclamation

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