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沖縄と福島を根底から考えるコミュの大激戦・大接戦の沖縄県知事選 翁長知事の遺志をつぎ、デニー候補必勝のため総力をあげよう 党県委員会必勝集会 志位委員長の訴え

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大激戦・大接戦の沖縄県知事選
翁長知事の遺志をつぎ、デニー候補必勝のため総力をあげよう
党県委員会必勝集会 志位委員長の訴え
2018年9月27日しんぶん赤旗【特集】
 日本共産党の志位和夫委員長が25日、沖縄県知事選(30日投票)での玉城デニー候補の必勝をめざして開かれた党県委員会主催の「必勝集会」で行った連帯のあいさつは次の通りです。
 沖縄県党組織のみなさん、全国からオルグで頑張っているみなさん、こんにちは。ともに最後までたたかう決意を込めて、連帯のあいさつをいたします。
 きょう(25日)は翁長知事の四十九日にあたります。そこで国政野党会派合同の「慰霊」を行おうということを考えまして、きょう4時から糸満市の魂魄(こんぱく)の塔に集まり、翁長さんへの追悼と、翁長さんの遺志をついでこの選挙に必ず勝つ決意を固めあうことにいたしました。
勝利のカギ―「翁長知事の遺志をつごう」、このことを心に響く言葉で県民に訴え切ろう
 投票日まであと5日。歴史的な沖縄県知事選挙は、文字通り一票一票を争う大激戦、大接戦となっています。
 私は、最終盤にあたって、3点ほどお話ししたいと思います。
 第一は、この大接戦を制するカギ――勝利のカギがどこにあるかということについてです。
 一言でいいますと、「翁長知事の遺志をつごう」。このことをどれだけ心に響く言葉で県民に伝えきるか。ここに勝利のカギがあると思います。
 翁長知事は、最後の瞬間まで、沖縄の未来のために命の炎を燃やしました。辺野古の埋め立て承認の撤回表明を行った記者会見の前日は、公舎の玄関から寝室までのわずかの距離を歩くのに20分もかかったと、夫人の樹子(みきこ)さんが言っておられました。文字通り命を振り絞っての撤回表明だったわけです。この翁長知事の姿は、多くの沖縄県民のみなさんの心に深く刻まれていると思います。そしてこの翁長さんの姿を見て多くの県民の方々が「何ができるか」「どうしたらいいだろうか」、そのことを真剣に考えておられると思います。
 そういうときに、相手陣営がとっているやり方はいったい何か。安倍官邸が権力を総動員して沖縄県民に文字通り襲いかかってきています。きょうこちらにうかがいましたら、これは公明党・創価学会が使っているとみられる内部資料ですが、「沖縄 緊急事態」「断じて逆転へ!! 全国から猛攻撃を」とあります。「猛攻撃」ですよ。まさに権力を総動員して県民に襲いかかり、押しつぶそうとしているのです。
 22日の「うまんちゅ大集会」で、翁長樹子夫人は、このひどいやり方を痛烈に告発しました。私も樹子さんのあの訴えをインターネットで見ておりまして、胸が熱くなりましたが、こう言われました。「今度の選挙は静かに結果を待とうと思っていたけれども、日本政府のあまりのひどさ――権力を総動員して沖縄の民意を押しつぶそうとする日本政府のやり方に『何なんですかこれは』という気持ちでこの場に立った」と。
 あの樹子さんの訴えは、デニー候補の力強い決意表明とともに、県民の心を深く揺さぶったと思います。翁長夫妻がどんなに強い愛情で結ばれていたか。翁長さんがどれだけ温かい気持ちで沖縄を愛していたかもひしひしと伝わる訴えだったと思います。多くの参加者が涙を流して聞き入ったとお聞きしました。
 みなさん、私たちがたたかっているのは相手の候補者ではありません。その背後にいて、総がかりで県民の意思を押しつぶそうとしている安倍官邸が私たちの相手であります。絶対に負けるわけにいかないではありませんか。(拍手)
 みなさん、この激戦に競り勝つ勝利のカギは明瞭です。「翁長さんの遺志をつごう」。このことを訴え切ることです。「翁長知事の遺志を引き継ぎ、辺野古に基地は絶対に造らせない」。そして、「デニー候補が知事になれば辺野古に決して基地は造れない」。この二つの点を、県民のみなさんの心に響く訴えで、すべての県民に広げきれば勝利をつかむことはできる。私はそう確信します。
 どんな世論調査をみたって、辺野古の新基地建設は70%の県民が反対です。沖縄県が行った埋め立て承認の撤回についても、70%の県民が賛成じゃないですか。県民のすべてに訴えを広げきれれば、大激戦を制することはできる。そのことに確信をもって残り5日間、頑張りぬこうではありませんか。
沖縄県民が一つにまとまれば、必ず歴史は動く―そのことは歴史が証明している
 第二に、今度のたたかいの意義を戦後の沖縄県民のみなさんのたたかいの歴史のなかで、考えてみたいと思います。
 翁長知事が繰り返し、「ウチナーンチュが心一つになって団結したとき、私たちが考えている以上の力を発揮できる」。こう言っていたということが伝えられました。その通りだと思います。これは私たち日本共産党も言い続けてきた真理であります。沖縄県民が一つにまとまれば、必ず歴史は動く。沖縄県民のたたかいの歴史はそのことを教えているのではないでしょうか。
 私は、その点で、いま振り返るべき大事なたたかいとして、1950年代の「島ぐるみ」の土地闘争と、それにつながる60年代の祖国復帰闘争をあげたいと思います。
 今から65年前の1953年、米軍は、「土地収用令」を公布して、「銃剣とブルドーザー」による土地強奪を進めました。これに対して、当時の琉球立法院は、全会一致で、土地取り上げの軍用地料一括支払い反対など、「土地を守る4原則」という要求を突きつけました。ところが、米国は、この要求を踏みにじって、軍用地料一括支払いと新たな土地強奪を内容とする悪名高い「プライス勧告」を発表した。この暴挙に対して、数十万の民衆が「プライス勧告反対」「4原則貫徹」を掲げてたちあがり、文字通りの「島ぐるみ」の大闘争に発展しました。
 この闘争は文字通りの「島ぐるみ」のたたかいでした。沖縄人民党の瀬長亀次郎さんも、翁長雄志さんのお父さんの翁長助静さんも、同じ陣営の中で肩を並べてたたかったわけであります。
 私は、去年、翁長知事に最後にお会いしたさいに、沖縄の基地問題の前途についてつっこんでお話をしたことを思い出します。私は、その時に翁長さんに一つの歴史的文書を手渡したんです。1956年7月に日比谷野外音楽堂で開かれた、沖縄問題解決国民総決起大会を報じた「アカハタ」1面の記事であります。このときに沖縄から超党派の代表団が来るんですね。その中に、当時、真和志市長を務めておられた翁長助静さんも入っている。翁長助静さんのインタビューを「アカハタ」がやっていて、それも掲載されている。私が、この「アカハタ」のコピーを、翁長さんにお渡ししましたら、たいへん喜んでいただいて、「大切にします」とおっしゃっていたことが忘れられません。わが党とこのような歴史的接点があったのであります。
 この「島ぐるみ」のたたかいは、1960年の沖縄県祖国復帰協議会の結成へとつながります。そして1969年、日米両国政府は、沖縄の本土復帰で合意したのであります。サンフランシスコ条約第3条では、沖縄の施政権はアメリカが持つんだと書いてありますでしょう。ですから条約上は本土復帰というのは不可能なんですよ。不可能の壁を越えた力というのは、「島ぐるみ」の沖縄県民のたたかいだった。
 沖縄県民が「島ぐるみ」で一つになれば、その声は太平洋を越えて日米両政府を動かし、そして歴史を変えるということは、沖縄県民のたたかいが証明していることではないでしょうか。(拍手)
 そして、私が訴えたいのは、今たたかわれている「建白書」の実現をめざす「島ぐるみ」のたたかいは、米軍の直接統治下での「島ぐるみ」のたたかいを、まっすぐに引き継ぎ、発展させたものだということです。「島ぐるみ」のたたかいは、沖縄において戦後連綿と続いているわけですけれども、その大きな高揚期をいまつくり出しつつあるというのが、沖縄のみなさんのたたかいの今日の歴史的な位置だと思うんです。
沖縄人民党以来の沖縄党組織の誇りある歴史に確信をもって
 さらにみなさん、私が訴えたいのは、沖縄の党組織――祖国復帰前は沖縄人民党(1947年〜73年)、復帰後は日本共産党沖縄県党組織(1973年〜)は、どんな困難なもとでも、統一戦線の立場で頑張ったということです。つまり、思想・信条の違いを超えて、沖縄県民の「島ぐるみ」の力によって沖縄を変え、日本を変える。この立場で戦後一貫して頑張ってきたのが沖縄の党組織の誇りある歴史だということを私は言いたいと思います。
 沖縄人民党が1947年に結成されたときに、どうして「人民党」と言う名前をつけたか。古堅実吉さん、ここに元気でおられますけれども、古堅さんがおっしゃっておられますが、反ファッショ人民戦線――統一戦線にちなんで「人民党」という名前をつけたそうであります。統一戦線の力で社会を変えるという立場は、沖縄人民党が日本共産党に発展してからも同じです。統一戦線の立場を不屈に貫いてたたかってきたからこそ、その先頭にたってどんな弾圧にも負けないで頑張りぬいてきた瀬長亀次郎さんや古堅実吉さんは、今日、沖縄において政党・政派の違いをこえて尊敬をあつめているのではないでしょうか。
 みなさん、こういう誇りある党の頑張りどころの歴史的瞬間がこれからあとの5日間であります。沖縄県民が一つにまとまれば、必ず歴史は動く。そして沖縄人民党以来の沖縄の党組織は、県民が心一つにたたかううえで、歴史的貢献をしてきました。このことに確信をもってあと5日間頑張りぬこうではありませんか。(拍手)
沖縄の勝利は、市民と野党の共闘の前進につながり、沖縄の前途の大展望をひらく
 第三に、いまのこの沖縄の選挙戦は、全国のたたかいにとってどんな意義をもっているかについて話したいと思います。
 デニー候補は、「うまんちゅ大集会」でこう言いました。「きょうは県外からも大勢の方々が来ていただいています。皆さんが私の手を握って『頑張りましょう』と言ってくださいました。それはなぜか。沖縄の県知事選の勝利が自分たちの明日の勝利につながると信じているからです」。いい言葉ですね(拍手)。「沖縄の県知事選の勝利が自分たちの明日の勝利につながる」。これは日本全国で沖縄のたたかいに連帯してたたかっている人々の共通の思いであります。
 みなさん、市民と野党の共闘はどこから始まったか。ここ沖縄から始まりました。2014年です。保守・革新の垣根を越えた「オール沖縄」がつくられ、2014年に行われた名護市長選、県知事選、総選挙、すべてで自民党を打ち負かして勝った。
 この沖縄のたたかいから私たちは、たくさんのものを学びました。まずリスペクト(尊敬)の精神です。私は、翁長知事の言葉が忘れられません。「これまでは基地を真ん中において、保守と革新が対立してきた。それで一番喜んでいたのは日米両政府だった。もうこんなことはやめよう。これからは保守は革新を尊敬し、革新は保守を尊敬し、力を合わせてやっていきましょう」。互いにリスペクトの気持ちをもって、みんなで力を合わせる。この共闘の精神を私たちは深く学びました。
 もう一つ、学んだものがある。それは、「勝つ方法はあきらめないこと」。どんな強圧や困難があっても、あきらめないでたたかいを続けていく。不屈の頑張りを私たちは学びました。
 「オール沖縄」のたたかいから、私たちはたくさんのものを学び、それは全国に広がりました。「沖縄のようにたたかおう」。これが合言葉になりました。2015年、安保法制=戦争法反対のたたかいのなかから、全国的な規模での市民と野党の共闘が生まれ、発展していきました。
 それから3年たちまして、いろいろな困難もあります。逆流もありました。曲折もありました。しかし、私は、共闘は着実に前進していると考えています。この沖縄の問題についても、それはいえるではありませんか。これまでは野党共闘の課題に、沖縄の問題がなかなか据わりませんでした。しかし今度の選挙では、デニー候補を、国政野党は一致して支援しているではありませんか。ここにも共闘の前進はあらわれているではありませんか。
 全国に広がった市民と野党の共闘の源流になったのが、沖縄のみなさんの先駆的なたたかいなのです。ですからみなさん、今度の沖縄県知事選挙で勝利を勝ち取るならば、その意義は沖縄のみなさんの未来を開くだけにとどまりません。市民と野党の共闘の前進にとっても素晴らしい推進力となるでしょう。
 そしてみなさん、この共闘が本格的に成功して、野党連合政権がつくられたらどうなるか。沖縄問題を一挙に解決する展望が開かれるではありませんか。辺野古の基地建設をきっぱり中止させる、普天間基地を即時返還させる、日米地位協定を抜本改定させる、これらの展望が大きく開かれてくるではありませんか。
 この沖縄の知事選で勝つことが、次の全国での勝利につながり、その全国での勝利が沖縄の未来にとって大展望をひらくことにもなるのであります。
 残る5日間です。私たち日本共産党中央委員会としては、全国の同志のみなさんとともに、沖縄のすべてのつながり――知人、友人、ありとあらゆる沖縄のつながりを生かして支持を広げるためにいま全力をあげているところです。全国も頑張りますので、心一つにあらゆる力をつくし、次の日曜日には、素晴らしい勝利を必ずおさめようではありませんか。頑張りましょう。(指笛、大きな拍手)

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