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名作を読みませんかコミュのジャン・クリストフ  262

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 それ以来クリストフは、新たな新聞記事がジョルジュの短気をそそりはすまいかと気をもんだ。

 かつて新聞を読んだことのないクリストフが、毎日珈琲店のテーブルについて新聞をむさぼり読んでる姿は、多少滑稽《こっけい》だった。

 もし誹謗《ひぼう》の記事を見出したら、それをジョルジュの眼に触れないようにするために、どんなことでも(場合によっては卑劣なことでも)するつもりだった。

 そして一週間もたつと彼は安心した。

 ジョルジュの言ったことは道理だった。

 彼の行為は当分のうち吠犬《ほえいぬ》どもに反省を与えていた。

 そしてクリストフは、一週間自分に仕事をできなくさしたその若い狂人にたいして、ぶつぶつ不平を言いながらも、結局自分には彼を訓戒するだけの権利がほとんどないと考えた。

 さほど昔でもないある日のこと、彼自身オリヴィエのために決闘したときのことを、思い出したのだった。

 そしてオリヴィエがこう言ってるのが聞こえるような気がした。

 「放っといてくれたまえ、クリストフ、僕は君から借りたものを返してるのだ。」

 クリストフは自分にたいする攻撃を平気で受けいれたが、そういう皮肉な無関心がなかなかできない者がいた。それはエマニュエルだった。

 ヨーロッパの思想は大革新を来たしつつあった。

 発明される諸種の機械や新たな発動機などとともに、急速に進んでるかのようだった。

 以前なら二十年間も人類を養い得るだけの量の偏見と希望とは、わずか五年くらいのうちに蕩尽《とうじん》されてしまっていた。

 各世代の精神は、たがいに相つづいて、往々たがいに飛び越えて、疾走していた。

 時《タイム》は襲撃の譜を鳴らしていた。

 エマニュエルは追い越されてしまった。

 フランス精力の歌手たる彼は、師オリヴィエの理想主義をかつて捨てなかった。

 彼の国民的感情はいかにも熱烈ではあったが、精神的偉大を崇拝する念と融《と》け合っていた。

 彼はフランスの勝利を詩の中で高唱していたが、それも実はフランスのうちに、現今ヨーロッパのもっとも高遠な思想を、勝利の神アテネを、暴力に復讐《ふくしゅう》する優勝者なる権利を、信仰的に崇拝していたからである。

しかるに、今や、暴力は権利の心中にさえ眼覚《めざ》めていて、その荒々しい裸体のまま飛び出していた。

 戦争好きな強健な新時代は、戦いを熱望していて、勝利を得ない前から征服者の心持になっていた。

 自分の筋肉、広い胸、享楽を渇望してる強壮な官能、平野の上を翔《かけ》る猛禽《もうきん》の翼、を誇っていた。

 戦って自分の爪牙《そうが》を試《ため》すことを待ち遠しがっていた。

 民族の壮挙、アルプス連山や海洋を乗り越える熱狂的飛行、アフリカの沙漠《さばく》を横断する叙事詩的騎行、フィリップ・オーギュストやヴィルアルドゥーアンのそれにも劣らないほど神秘的で切実な新しい十字軍、などは国民を逆上さしてしまった。

 書物の中でしか戦争を見たことのないそれらの若者らは、戦争を美しいものだと訳なく考えていた。

 彼らは攻撃的になっていた。

 平和と観念とに疲れはてた彼らは、血まみれの拳《こぶし》をしてる活動が他日フランスの強勢を鍛え出すはずの、「戦闘の鉄碪《てっちん》」を賛美していた。

 観念論の不快な濫用にたいする反動から、理想にたいする蔑視《べっし》を信条として振りかざしていた。

 狭い良識を、一徹な現実主義を、国民的利己心を、空威張りに称揚していた。

 その破廉恥な国民的利己心は、祖国を偉大となすことに役だつ場合には、他人の正義と他の国民性とを蹂躙《じゅうりん》するのをも辞せないものだった。

 彼らは他国人排斥者であり反民主主義者であって、そしてもっとも不信仰な者までが、カトリック教への復帰を説いていた。

 それもただ、「絶対なるものに運河を設ける」ための実際的要求からであり、秩序の主権との力のもとに無限なるものを閉じこめんとの実際的要求からであった。

 そして彼らは、前時代の穏和な囈語《げいご》者らを、空想的な理想主義者らを、人道主義の思想家らを、ただに軽蔑するだけでは満足しないで、社会に害毒を流す者と見なしていた。

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