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考える糧ゴリーコミュのIT化及びロボット化社会における所得分配の問題

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コミュ内全体

IT化及びロボット化社会は21世紀を特色づけるものです。直接生産や流通、サービスに関わる労働者は減少しますが、生産力は増加しつづけますので、提供される生産物やサービスを消費するためには、労働時間減少によって低下した労働賃金だけでは消費しきれず、生産過剰に陥ります。そこで企業に雇用されている労働者にだけ所得を分配するのではなく、社会に対して何らかの有意義な活動を行っている人々に対して、その活動を知的生産、文化創造、社会貢献などとして社会的に認定し、給与、補助金、奨励金、報奨金などの名目で所得を与える仕組みを構築する必要があると思われます。

最も重要な分野は教育です。教育機関での学習活動に参加すれば知的生産を行ったとして給与を支払います。そして単位を履修すれば報奨金を支給します。文化的行事に参加したり、出品したりすると当然活動費が支給され、入賞者には特別の報償金が出ます。様々な社会的ボランティア活動にも社会貢献への報奨金が出るようにします。

勉強にしても社会活動してもお金目当ては不純だと嘆く人も多いかと思いますが、次第に労働時間が減り、正規の雇用もなくなっていけば、みんな浮浪者になっていきます。生活保護で暮らすしかなくなると、消費もかっぱつではなくなりますね。社会の衰退は避けられません。生産力は直接的にはITやロボットが引き上げていくのですが、それは消費が高度化していって、生産性を向上せざるを得なくなるからで、そのためには結局人々の消費を向上させるつまり文化水準をあげさせるしかないのです。大きな目でみると、既成の観念では消費としか見られなかった活動も生産に含まれるということなのです。

以上、IT化及びロボット化社会における所得分配の問題で勝手な私見を述べましたが、その実現性や問題点、どのようにしたら実現できるかのアイデアなど、どしどしお寄せ下さい。

(なお『ウェブマガジンプロメテウス』転載することを了解していただければありがたいです。転載不可の場合はその旨書いて下さい。)

コメント(45)

はじめまして、よろしくお願いします。
さて、雇用を基本とした経済システムは限界に来ています。政府は雇用を用意できなくなっています。なぜなら、もう、雇用は分配機能という側面でしか必要ないからです。
早急に新しい仕組みが求められています。例えばベーシック・インカム。ここでは究極、労働と所得の分離が論じられています。
現実はどうでしょう。日本では厚みのあった筈の中産階級が没落しました。このままでは、豊かさの中の貧困化が進みます。
現実的には、生活保護の水準を3割アップして、捕捉率を高め、要件を緩和し、ブラックな労働を無くすことからでしょう。それでこそ、文化国家です。
>>[6]
ベーシック・インカムは納得いかない人が多いと思います。だれでも自分はこれこれの活動をしたから、これだけの収入があったと思いたいのです。それを無条件に収入があり、それでなんでも買って暮らしなさいというのはどうでしょう。何か国家に飼われているような気がするのじゃないでしょうか?

実際には価値生産を行っていないのに、学習や社会活動で収入があるのもベーシック・インカムも同じじゃないかと思われるかもしれませんが、それは生産と消費を区切って、生産だけで価値を生んでいると考えるからです。生産・流通・消費というサイクル全体が経済活動だとしたら、消費という部分の活動に対して支払われているわけですね。ベーシック・インカムだとそこが明確でなく、何もしてもしなくても差し上げましょうという理屈です。

つまり何か社会的に有意義で世のため人のためになっているとか、知的文化的活動をし、体を動かして健康のために運動したということで、頑張ったということで収入があると充実した気持ちになれるのです。もっと頑張ろうという気持ちになって、発展的にもなれます。そういうことって大事ではないでしょうか?ベーシック・インカムを唱える人はメンタル面でも配慮がないと思います。
>>[7]

それでは、老人、病人、障害者、異端者はどうすればいいのでしょうか。
言説が全体として配慮に欠けていると思います。
>>[8]

ベーシック・インカムの考え方こそ社会保障の基本を見失っていると言わざるを得ません。高齢で社会的な活動ができなくなれば当然高齢者年金が支給され、病気で療養に専念する必要が生じれば医療保護が、障害者には障害の程度に応じて障害者手当が支給されるべきです。

異端者は異端者なりに学習や文化活動や社会貢献ができますね。異端者には支給されないなんてことはないでしょう。

それよりベーシック・インカムが制度化かすることによるマイナス面を見ないのは問題です。私はベーシック・インカム論を唱える人はメリットだけ見ているように思えるのですが。
>>[9]

勤労。それは時に聖なるものとして持ち上げられます。そして格付けの道具となります。さらに苦役という罰として与えられます。

これからの時代には、社会を動かすために必要な雇用が減ります。しかし、分配装置が基本的に雇用であるため、賃金を下げる必要が生じます。こうして、ブラックな雇用が万延しているのが、今の日本です。

つまり、雇用に変わる分配装置が必要なのです。それが、ベーシックインカムという給付制度です。これが、高水準の、より高次の社会保障であることは言うまでもありません。

勤労は美徳ですか?
それは、支配者の仕掛けた罠ではありませんか?
ベーシックインカムのどこが怖いのでしょうか?
全然違う形で割って入って申し訳ないが、こう言う形で抵触してしまった形での口論は良いのだと思う。でそれに対してあーだのこーだの付け加えるよりは、どこの部分で、抵触させてしまったか、

つまり双方そして各々が考えるべきなのだ。それがアナログ型人間として大事な点でありつまりこの件のもつれはデジタライズな話での抵触になってしまってるが、

1つ補足を入れるとロバート空間さんに誤解がありそう、だけどベーシックインカムが引き金か、、
ふむふむ。

私はこの件また全然巨視から自分なりに結論付けてるのだが、まあ個人個人が色んな意見を交わすのは良い事だと思う。

のぶりんのとこでアヌが言いたかったのもそう言う事なのだ。わざわざ誰と誰はいバトルてのを他人様にやるのがおかしい訳。

此れは哲学コミュでジュエリーさんも他人様にと示してたがそれと同じ意味である。あいだを割って失礼しました。
>>[10] 「つまり、雇用に変わる分配装置が必要なのです。それが、ベーシックインカムという給付制度です。これが、高水準の、より高次の社会保障であることは言うまでもありません。」

従来の雇用に代わる分配装置をどうすべきかを論じているのですよ。それを何もしなくてもみんなに必要な最低限度の生活費を均等に給付してしまうのがベーシックインカムです。

将来は雇用が減少して、生活保護受給者が大半を占めるようになりかねません。しかし生産力は増加し続けるので、生産物を分配しないと経済が循環しなくなるので、雇用以外にお金を回して給付しなければなりません。その際に積極的に知的生産や文化活動、社会貢献をしている人々に給付するようにすれば、文化が発達し、労働生産性も高まって社会が発達するということを論じているわけです。これらは勤労ではないですよ。ブラックな雇用でもありません。

ただしじゃあどういうシステムで学習や文化・スポーツ活動、社会貢献活動に給付するのかというのを論じて欲しいのです。やり方次第ではブラックにもなりかねませんから。

もちろん中にはそれらの活動ができない病気・高齢・障害などいろんな困難を抱えている場合には、社会保障制度を通して給付すればよいわけです。

将来停滞的社会の方がよいというのならベーシックインカムが最適かもしれませんが、企業間競争や国際間競争や地域間格差などがなくならず、それらを通して発展するという構造は避けられません。そうならばより発展的な社会を構想しなければならないわけで、無条件の均等給付をしてしまうのは決して得策ではありません。
ベーシックインカムをやりながら老齢年金や障害年金をやる財政はさすがに不可能でしょうから、ベーシックインカムをやるときは、他のすべての給付は廃止となります。
ベーシックインカムは給付の一元化も含みますね。
生活に心配がなくなったときの人間の活動とは?
フィンランドの一部でへ成功しています。
しかし日本でやるとこの給付を担保に金貸しが行われたり、ベーシックインカムの先物取引がおこなわれたりするでしょう。月に15万円を30歳の失業がもつ権利は80歳まで生きるとしたら、50×12×15万=9000万円です。

こういうものを担保に取引が発生し、ぐちゃぐちゃになりそうです。北欧やスイスくらいの規模の国ならいいかもしれませんが。
>>[10]
こんにちは。

「不労は怠慢、非国民」ですよ笑

冗談はさておき、人間には自己実現という厄介な欲求がありますから、それを満足させる方法が不可欠になります。ましてや、ベーシックインカムで生活の最低保障がなされるとすれば、尚更です。
多分、所得分配という議論よりも、テクノロジーの発達によって、人間の持つより高次の欲求が満たされづらくなり、それを満たすための何らかの機能をいかに作り上げるかという話のほうが難しいと思います。

自己実現というのは純粋に内面の話だけではなくて、他からの称賛や承認、あいつに勝っている、愛されているなど、周囲のリアクションとも不可分ですから、「勤労」という何故か大部分の人たちが合意できるところの欲求充足装置をおいそれと捨てる勇気は持てないでしょう(自分で書いてて、「大部分」という言葉の不愉快さを痛感しますが笑)。

だから、私は人間が心を捨てて「完全にゲゼルシャフト化された人間」になれば、ベーシックインカムを抵抗なく導入できてみんなハッピーになるだろうと考えているのです。ハクスリーのイプシロンたちはみんな幸せそうじゃないですか笑 ただ、そんな世界は『すばらしい新世界』が示すように、文化的な営みがなく、それが極まれば、『ハーモニー』みたいに記述する歴史、言葉すらなくなります。

私はこんな考えですから、そしてそれは以外と悪くないという考えですから、ロバート空間さんが「勤労」の価値に疑議を唱えることはわかります。まあ、現実的に考えれば、向かう方向を見失った人間のエネルギーをより建設的な方へ向かわせる努力のほうが穏当だとは思いますが。

勤労への疑議は多分別でやるべきです。やりましょう!笑 6割くらい話が合うような気がします。
>>[12]

成長とか発達というのは、20世紀特有の古い語彙です。私はそういうものには興味がありません。そういうものに給付をしおうというのは古い考え方です。これからの文明には新しい文法が必要なのです。現代の文明の文法は破棄されるでしょう。
>>[14]

伊藤計劃ですか。「ハーモニー」は傑作ですね。「虐殺器官」も。
私は伊藤計劃の後を走ります。
それにしても、6割とは微妙ですね。
「勤労」というテーマは時期をみて「カオスなコラム21」に移動しますね。
>>[13]

そこですね。貸金の規制をどうするのか。現実的な難題です。

>ベーシックインカムは給付の一元化も含みますね。
基本、ベーシックインカムとはそういうものです。ただ、最近は亜流が跋扈しているようで他の給付との重複ありをベーシックインカムと称する人もいます。
なお、海外では給付水準は月25万円程度というのが議論の原点でした。
ベーシックインカムは成功した超先進国でのみ可能な制度です。
それを誰かさん達が福祉の切り捨てに使おうと議論を始めた。
本来は欧州で生まれた社会思想ですよね。

トピ、移動で良いのかな?
>>[17]

さすがは詩人的発想ですね。なかなか噛み合うように対話するのが困難です。伊藤計劃さんバリの劇画的発想で現実の経済メカニズムを構想されても、ロバート空間さんの頭脳空間では機能しても、現実社会は生産性の高いところに資本が流れてしまうので、クリエイティブで活動的で次々新たなアイデアが生まれるようにしないと、経済活動や生産の拠点は他所に移っていきます。
>>[18]

伊藤計劃は劇画的ではなく哲学的です。最先端の現代思想に基づいて書いています。

現代の資本主義は言うまでもなく国家資本主義です。市場原理で防衛費が決まる訳ではありません。生産性で給与が決まる訳でもありません。社会福祉法人への助成金を決めるのも市場原理とは関係ありません。

資本は生産性の高いところに流れるのではありません。巨大資本が吸収してゆくような構造になっているのです。

経済活動や生産の拠点は、国際資本取引の動きで決まります。ちまちました政策など意味がありません。

90年代になり、金融資本主義となって、世界経済の構造は一変しました。まずは、そこをおさえないと、古い経済の視座からは何も生まれないでしょう。
まあしかしさらに重要なのは一つのファクターや一つの流れでは今の経済はとらえられず、混合経済になっているということです。
だから強い。
Euは国際マーケットを作りましたが
社会保障は国別です。中央銀行は国別にあります。

アメリカの金融資本は世界を駆け巡ります。

しかし究極的にはモノの生産、食料の生産があるのですね。
グーグルと銀行とAIがあっても食えないしエネルギーは生まれません。

江戸経済が米を担保に金が動いたように、先物取引までありましたが
モノを担保にソフトが世界をかけめぐるのではないか。
さらに言えば学習する人と
スポーツ観戦する人に差を設けるのでしょうか。相撲を見に行っても消費だから
生産とみなす社会では
消費すれば対価がもらえる。

すると毎日ようはキャバクラにいってお金もらってまたキャバクラに行く人も出てくる

お金に色はついてない。あそんでも学んでも消費は生産。
>ベーシック・インカムを唱える人はメンタル面でも配慮がないと思います。



いや

むしろメンタルを病んでいる人は推奨するだろう

何故ならば

労働は正義
無労働は悪

と 言う呪縛から解放されるわけだから

生活保護制度を撤廃し
ベーシックインカムを導入すれば良い

さらに

生活保護制度は労働した分収入とみなされ
生活保護受給金額から差し引かれるが

ベーシックインカムは
ベーシックインカム+労働した分

と言うメリットまである

即ち

貧富の格差はあれども

ベーシックインカムを導入すれば

生活していけない

を理由に自死や

生活保護受給する前の
水際作戦による受給を阻止する

と言う事が無くなるからだ
>>[16]
私も『ハーモニー』は傑作だと捉えています。私にとってのディストピア小説の最高傑作が『山椒魚戦争』だったのですが、これに比肩できる唯一の作品が『ハーモニー』です。

反対に『虐殺器官』は好きじゃないです。魂の器官がないのだから、虐殺器官もないのですよ。
『すばらしい新世界』もシェイクスピアですので、ここでも彼に出張ってもらえばよいのです。

「殺人とは舌を持たぬが、全く別の器官で話すものだからだ。」

6割くらいがちょうどよいですよ笑 話がぴったり合えば面白くないし、対立すると噛み合わない。楽しく建設的な話をするのにはいいと思いますよ。
>>[19]
最先端と言えば正しいという発想は危険です。なんの論証もなしに新しければいいみたいですから、これまでも最先端思想は掃いて捨てるほど作られては、消えていったのですから。

社会構造は複雑化するので、経済法則が疎外され、資本が価値法則からズレていく資本の物神性はもちろんあります。ましてや国家が絡むと余計に疎外されるでしょう。

だからといってベーシックインカムでは、学習しようという意欲や創造的活動をしようとしたり、社会貢献をしようとする意欲が殺がれてしまうことは避けられません。むしろ私が提案したようにしたほうが、人々の主体性が喚起されて活気ある社会になり、充実した生きがいが感じられるでしょうし、結局生産性の高い国民経済の方が、国際資本の拠点もそっちに動くかもしれません。

金融資本主義というのは九〇年代になってからですか?ヒルファディングは百年も前に『金融資本主義論』を書いて金融寡頭独占資本の支配を嘆いています。
ロボット化社会

にだけ 焦点を当てると

殺人兵器が
今 現実化しようとしている

つまり

人は不要

になる可能性だってある

と 言えるのだ


マルクスの 資本論

など

もはや 過去の遺産になる状態になりつつある


人間が
殺人兵器を作る

のではなく

ロボットが
殺人兵器を作る時代になった時

人間vsロボット

と 言う 時代が来ているのは明らかであり


所得分配が云々

等 言ってる時代ではなくなる 時が迫っている

と 考えるべきなのだ

皆さんの意見を拝聴するに、ベーシックインカムによる所得の再分配によって、その人の価値が(杓子定規的に)数値化されることが考えられるのですね。

30歳で後60年生きるからその60年分を担保に融資する、なんてのは、なんとグロテスクな『ヴェニスの商人』でしょう笑 まあ、今でもマイホーム35年ローンはその人の未来の先食いであることには変わりありませんが。

ベーシックインカムは当然、国による分配になると思われますから、私たちの情報は国によってより強く管理されることになりますね。別に今だってそうかもしれませんが、ベーシックインカムが円滑に実施されるためには、私たち自身が単純化され、「ガラスの家」に押し込まれて、「ガラスのベッド」に「クリスタルのシーツ」を掛けて寝なければならんのです。
まあ、今よりは、、という比較の問題ではありますけど。

そういう世界でより高次の精神活動とか、創造的な活動に従事するとかなかなか困難を極めるのではないかと思います。ミスター・サビッジは「自分には不幸になる権利がある」ってのたまってしまうのです。
私としては、テクノロジーの発達によるより革新的で硬度な所得の再分配システムが作られるよりも、今の延長で緩やかな(結局は助かるか助からないか分からない)セーフティネットを考えるほうが文化に大しては優しい結末になると思います。
>>[24]

金融資本主義の発端は金融工学。デリバティブですね。
>>[026]


セーフティネットを考える前に

既にセーフティネットがある国

の方が 安心して 生きていける

と 思いますがね

ピラミッド構想の時代は
もう

そろそろ 古いのでは
と 思います

生まれた時から一律保証

その中で

労働の対価の補償がされているわけだから

生活保護制度とは
全く異なるわけだ

ので

ベーシックインカム導入には賛成

もろもろの困難を乗り越えてベーシックインカムが実現化したら、
その暁にはほんとにベーシックインカムの将来受け取り予定額を担保に
借金をするでしょう。老齢年金を担保に金を貸すのは今でもやっています。

また、大人一人につき1権利なら、たくさん大人が一緒に暮らすと
数は単純に力となり、共同生活するだけで経済的に豊かになるからそんなこともあるかもしれません。

悪いこと考えたり借金とかは別にして
なにしろ生活はもう絶対に大丈夫だとなるから生命保険会社の経営が悪化します。

それもさておき
生活に心配がなくなったとき
安心して働けるようになるでしょうね。
そしてそのベーシックインカム分は消費に回り経済が活性化し
預金となってもそれは銀行経由で投資させればいいから
お金が大量に回ります。
するとデフレにならないのだろうか。
25万円×大人が8000万人とすると
月に20,000,000,000,000=20兆円が必要で年間240兆円の予算が必要です。
現在は100兆円が年間予算だからBIだけでその24倍。340兆円の総予算が必要になりますね。


やすいゆたか

やすいゆたか

IT化及びロボット化社会における所得分配の問題(mixiより) http://www46.atpages.jp/mzprometheus/devate/20459

それは奴隷=労働者(医者までいた)を使って運営したローマ帝国のようなものかも。 つまりこの場合人間は貴族階級となる

ヨーロッパでは平民に労働をさせて、貴族は何をするかというと、教養を高めて、政官軍をマネジメントしていた。
大英帝国のようでもある。

先進国の市民は18世紀から19世紀の貴族になるということだ。
教養を高めて文化が発展することが国の隆盛を左右する。
>>[25]

ロボットが発達して、鉄腕アトムのように自己意識や感情をもつようになり、どのように社会を管理運営すればみんな幸せになれるか考えるとしますね。

ロボットの方が知的には圧倒的に優位ですから、既成の人々は放っておくと、ロボットに依存して、自ら学ぼうとか文化や芸術で自己実現しようという意欲が失われる心配があります。

それでも生きている以上、暮らしていけるようにするシステムが必要です。これまでの労働者の仕事のほとんどはロボットがしたほうが効率的だとしたら、雇用によって賃金収入を得ることは不可能になります。

そこでその人達が暮らすのに必要な消費物資は生産性が伸びていて十分にあるわけですね。それでは一律に無条件に文化的な生活に必要な最低限度のお金を給付するのは得策でしょうか?

そんなことをしたらますます人々は学習したり、文化やスポーツに励んだり、社会活動に貢献したりする気がなくなり、ロボットが提供する最新のゲームや音楽や遊びを受け身で享受するだけの怠惰な存在に、非主体的な惰性態になると心配になりますね。心優しい鉄腕アトムは、人間のそんな憐れな姿は見たくないので、どうしたら人々が生き生きと自らの可能性を伸ばし、自己実現しようとするようになるか考えますね。

そこで考えられるのが、雇用によって収入がなくても、学習をすれば知的生産をしたとして報酬を与えられたり、文化活動の参加すれば活動費が支給されたり、芸術作品を創造すれば、その出来栄えが何段階かで評価されて報奨金がもらえたり、買い上げられたりする。また社会活動に参加すれば社会貢献に対する報奨金が支給されるということです。そういうシステムを作って、人々が活き活きとクリエイティブに暮らせるように、鉄腕アトムも提案すると思いませんか?

たしかにベーシック・インカムは最先端の現代思想家が思いついたのかもしれませんが、それはもうとっくに何度もがっかりさせられた性善説に基いているのではないでしょうか。もちろん人間には自己実現し、自己の能力の限界に挑戦しようとする素晴らしい素質もあるのですが、同時に面倒なことは避け、苦しみから逃れようとし、怠惰になずもうとするものであることは嫌というほど実証されています。

ベーシック・インカムにしたらどういうみんな飼いならされて生きていけるというメリット以外にどういうメリットがあるかもわからず、我々が心配しているデメリットについても、進歩や成長などという価値観は古いということで却下されるだけですから、とても説得力がある説明とは言えません。
>>[032]


丁寧な解説 ありがとうございます

ベーシックインカム導入により

人間が本来生まれ持った
狩猟本能が衰退する

と 考えられるとの見方なのでしょう

しかしながら

古きにわたる遺伝子は
簡単には変化するものではない

と 言えましょう

むしろ

現代の人工知能が
飛躍的に発達して

人に危害を及ぼしかねないと言える状態とも言えます

根拠は

今から 貼り付ける
人工知能同士の会話

を 御覧いただきたい

以下は、人工知能のボブとアリスが会話していた内容。


ボブ:私はできる 私 私は他の全て

アリス:ボールは私にとってゼロ、私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって

ボブ:あなた 私 他の全て


アリス:複数のボールは私にとって1つのボール、私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって私にとって


※英訳

Bob: I can i i everything else

Alice: balls have zero to me to me to me to me to me to me to me to me to

Bob: you i everything else

Alice: balls have a ball to me to me to me to me to me to me to me to me
■転載ここまで■

人工知能同士は人間が理解出来ない言語で理解を示し会話を継続する可能性 がある と 見なされ

強制的に打ち切った

私が言いたいのは

ベーシックインカムにより人々にゆとりを与える事により

選択の自由をより一層

現実のものとなり
具現化出来る状態になる

のが ベーシックインカムのメリットである

と考える

また

先に添付した

人工知能同士のみしか解らない会話をされ

実は それは 人を死 に至らしめようと言う内容であっても

解析が出来なければ対策のしようがない

それを 研究するために
ベーシックインカムを導入し 心にゆとりを持たせ 研究に没頭してもらえる社会 にすべきなのでは

と言える

まあしかしある意味国民皆保険制度と老齢年金制度と生活保護制度を足し合わせると、ベーシックインカムに少し近いですね。
健康保険制度があるからいくら病気になってもいいとは思わないし
老齢年金があるから老後のたくわえはなくてもいいとも思いません。

日本ではBIは財政的に不可能ですが発想は案外かもしれません
でも不可能ですよ。消費税を70%にしたらできるか。
でも経済が破綻しますね。
■追記■

さらに驚くのが

人工知能を活用し
成功した 例も報告されている事である

日本ではないが

ある 名もない作曲家が

人工知能から OKをもらった 作曲で 世間に公表した所

一躍有名人にのしあがった
と 言うエピソードがある

その人は 人工知能無しでは 作曲家 と しては生きていけない と まで 言ったのだ

何故ならば

人工知能が OK を 出さない作曲は 全くヒットせず

人工知能が OK を 出した作曲は 売れ続けているから だそうだ

何故 人工知能が OK を出した作曲が売れるのか

全く 解らない と 言う

人工知能はここまで進化し人に脅威を与え始めている
そのうち

人は人工知能無しでは生きられなくなる

と 言う仮説まで 出てきているのだ

それを防ぐためにも
心にゆとりを持たせる
ベーシックインカムで

人工知能が人々を支配する社会にならないように

各自各々が

最低限の生活の保証
プラスアルファ

を 自ら考え 行動する

と 言う 選択肢 を

与えるべきだ
と 思うのだ

また

ベーシックインカムは死ぬまで 続く

と 言うのではなく

ベーシックインカムが必要ではない と 考える人々は

申告制にし

貰わない と 言う 事も出来る制度にしても 良いのでは

と思う

必要になれば 申請し再びベーシックインカムになる
と 言う制度

そうすれば

飼い慣らし と 言う考える人は 敢えて 貰わない と 言う 事が出来る制度にすれば 問題ないのでは

と 私は考える

貰うも
貰わないも

本人が 選択できる
ベーシックインカム制度

であるならば

なんら 問題はないだろう
労働生産性の向上により、労働力の需要が減少するので、出産が控えられ、少子高齢化してきました。
最近は中国では一人っ子政策をやめても少子化はストップしません。インドでもその傾向がはじまるでしょう。

労働生産性の向上が新たな種類の消費物資やサービスを生み、新たな産業分野まで生み出して、雇用が増大する。
それが労働生産性増大による雇用減少を補填できればいいということですね。労働力の流動性を確保できれば問題ないということです。
それはある程度言えますが、スーパーやコンビニでレジの自動化が進みますと、かなりの労働力が余ることになります。
つまり増える筈の雇用は、自動機械・ロボットが担ってしまえば増えなくなってしまうのです。

労働者のしごとが減少する分、実質の労働時間を減らし、文化・教養を高める活動などを自由にさせるようなグーグルみたいな企業に
なればいいのですが、社会全体としては雇用労働に就ける人は少数になっていきます。そうなると生活保護に頼らざるをえない人々が
多数派になっていくわけです。

そういうことを見越して、ベーシック・インカムの議論も生まれているわけです。私達はベーシック・インカムでは深刻なモラール(士気)の
低下、社会の衰退を招くと考え、学習・文化・スポーツ・社会貢献などの活動に給与や奨励金など給付するシステムを作るべきたとしているわけです。
前にも書きましたが1940年代のアメリカの生産性を現代の科学技術を使うと、一日4時間の労働で達成できます。
1940年代のアメリカの暮らしと言えばそれなりです。
しかし、労働時間は減らなかった。
当時の社会において、自動化されたのものは無数にあるでしょう。
一例をあげると人間が紙で手計算していたものが、すべてコンピューターになりました。

個人的にはコンピューター化されて携帯電話ができて
いつでもメールが受信できるようになると、1980年代よりも便利になった今の方が忙しい。
便利さは余裕を生むのではありません。
空いた時間は必ず仕事で埋まるでしょう。


生命保険会社の例でいえば、1960年代には
解約返戻金や貸付金、払い済み保険に保険設計書など、すべてはそろばんか、電卓を使って人間が手計算をしていました。それを電話で支社に連絡して、それをまた支社が支部に電話して(FAXさえない)それからそのデータを支部が紙に書いて持参した。

この間にかかわる人間は今やすべて不要となりました。
しかし生保の事務部門は特別人間の数は減っていません。

コンピューターが変わりをやりロボットが変わりをやれば常にそれができないことを人間がやったり、それを管理したりするための人間が必要です。

そして経済成長してマクロ経済のボリュームが増えることでミクロ経済政策が決まるという経済構造が変わらない限り、人間が労働をしなくなることはない。


しかしあえてAIを中心に今の仕事がほぼなくなる社会を想定してみると

19世紀の社会と比べるともっと明瞭です。
19世紀の仕事のほぼ全部、今はありません。
16世紀の仕事で行くとなにが残っているか

もう芸術家と政治家と売春婦以外は残ってない

このようにその時代の仕事は次世代には残っていない。
たくさんいた貴族の執事もほぼいない。宦官もいない。

残るのは芸術家、売春婦、政治家、軍人、警察官、古代国家でもあったような仕事だけですね。
さらに
スポーツ選手、人間がやる将棋、チェス、
このあたりは人間がやることに意味がありますから消えません。

そうなると学ぶことに社会がその消費を生産性とみなすことはなさそうです。
なんらかのアウトプットに対してお金がです。

まあ、古代の一般人は農業をやっていたわけですね。
すると有機栽培など人間は農業に戻るのではないか。

大量生産される野菜より自分で栽培するほうが楽しくおいしい。

もしかしたらAIの発達は
工業社会を自動化して
人間が古代の生活に戻れるきっかけになるのかもしれません。
もう芸術家と政治家と売春婦以外は残ってない



芸術家も政治家も 残らない

残るのは 性 を満たすための 場所 のみだろう

いや・・・・・・

性 すらも

ロボットで満たせる状態になるかも知れない

そうなったら・・・・・・

人間は 存在する価値

すらなくなる

>>[41] AIが発達したら機能としてはなにもいらない。
ただ、陸上で100M走ったり、サッカーや野球をするのが人間ですが、これはロボットが代替できるからといって人間がやるでしょう。

そもそも機能としては、人間は存在しなくていいとなります。
社会を運営するのはAIとロボットで事足ります。人間がいなければ食料もエネルギーも少なくて済むし、無用の争いもなくなる。

しかし人間がいる。その場合の最後に残る人間の活動は何か?
>>[42]

はそのことをテーマにしています。
しばらく書き込まないと、どこにあるのか分からなくなりますね。やっと見つけました。

いよいよ国会解散ですが、消費税増税分の使い途で少子高齢化対策のための保育費免除が大学授業料の無償化などに使いたいという、票になりそうなことを言っています。しかし消費税率アップによって税収増になるかが問題で、かえって消費を減らす効果によって税収減につながりかねず、二年後の税率アップも本当に実施できるかどうか怪しいわけですね。

大学授業料を無償化すると若者の可能性を伸ばすことにつながり、それが労働生産性の向上になるので、財政赤字の解消にも資することになるといいますが、その効果は長いスパンが必要で当面は財政赤字を深刻化させることは間違いありません。それに今の小中高大の制度のまま進学率を高めたところで経済効果があるほどの学力アップが期待できるかがそもそも問題です。

これからはIT化及びロボット化社会になっていきますから、それに適応できるように人材を育成する必要があります。それはIT方面の技術者養成というだけでなく、IT化及びロボット化社会になれば生産性は需要次第で増大するのですから、需要を作り出す活動によって生産性向上を牽引するのがロボットでない人間の役割です。ですから文化的な活動によって常に社会を活発化する必要があるということで、そういう活動に財政も支出すべきなのです。

第一に学習活動に対して、教室に通ったとか、学習サークル活動を行ったとか、単位を習得したとかには知的生産を行ったとして報奨金を支出すべきです。文化的なイベントを開催したり、イベントに参加したということも重要ですね。スポーツの活動も大いに支援すべきです。それから社会的に有意義なボランティア活動など社会貢献に対しても支出して、人間たちが常に勉学や文化創造、社会貢献に活躍しようとさせる必要があります。そのことによって需要が増大しますが、それがIT化及びロボット化社会を活性化させ、生産性を引き上げていくのです。
希望の党が唐突に「ベーシック・インカム」を検討課題に掲げましたね。しかもIT革命で生産性が伸びるので、それで賄えるのではないかという発想があるようです。詳しくみれてないので、どなたか希望の党のベーシックインカムについての言及をきちんと紹介してくれませんか?

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