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魔法使いへの道コミュの第十章 茶の湯ことはじめ?

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新年会に次ぐ大きな行事がお茶会である。
サクラだけでなく、同じクラスの誰もが、この純和風な行事は、
魔法学校には似つかわしくないと感じていたのであるが、
4月の初めに行われるこのお茶会に向けて、
早々にカメリア先生の特別授業が始まった。

「今日から4週にわたって、4月初めに行われるお茶会に向けて、
授業を進めていきます」

「皆さんの顔には、なぜ魔法学校で茶道なの???と描かれていますが、
今日、これからお話しする日本における茶道の歴史について知れば、
きっと納得していただけると思います」

カメリア先生は、にっこりとほほ笑みながら、
生徒たちの心の中にあった疑問をほぐしてくれた。

「この中で、茶道をご存じの方は、いらっしゃいますか?」
というカメリア先生の問いかけに、岡田さんだけが手を挙げた。

「若いころに、花嫁修業として、少しお稽古をしたことがあります」

サクラとモモは、「花より男子」の西門総二郎が、
確か茶道の家元の後継者だったような記憶しかなかった。

「では、茶道の創始者の名前をご存じですか?」
「千利休」皆が口々に答えた。

茶道を知らなくても、その名前だけは、誰もが知っている。
一度聞いたら、忘れならない不思議な響きの名前だ。

「現在では、茶道といえば女性のたしなみと思われていることが多いですね」

「しかしながら、元をたどっていけば、
茶道の創始者とされる千利休は男性ですし、
お茶室は社会的に地位の高い男性のための社交の場でした」

「今の茶道とは、社会における捉えられ方やあり方が、
少し異なっていました」

「そもそも、千利休は魔法使いなのですよ。
ですから、数百年たっても、世界から注目される茶道という体系を
確立することができたのです」

「一切の無駄を省いた、茶室という空間の中で、
利休は一体どんな魔法を使っていたのか? 知りたくありませんか?」

全員が深くうなずいた。

茶道を習っていた岡田さんは、少し驚いていた。
「千利休が魔法使いだったなんて、初めて聞きました。
でも茶道のお稽古をしていると、なぜそのような形の動きがあるのか、
不思議に思うことが色々あったので、実は魔法だと考えると、
少し納得できるような気がします」

カメリア先生は、岡田さんの発言にうなずきながら、説明を続けた。

「この8週間のクラスを通して、奥義ともいえる、
茶道の持つ神秘的かつ偉大な可能性について、
皆さんにお伝えしていきますね」

抹茶ラテしか知らないサクラとモモは、
お抹茶とお菓子につられて、このクラスを受講していたのだが、
その内容に大いに興味が湧いてきていた。

「四月にお茶会をするのには、何か理由があるのですか?」
サクラは、疑問に思っていたことを質問した。

「旧暦の桃の節句に行うのです」

「きゅうれき?」サクラとモモは顔を見合せた。

「現在、私たちが使っている暦は、グレゴリオ暦といって、
明治以降に導入されたものです。
この暦を新暦、それ以前の暦を旧暦と呼んでいます。
グレゴリオ暦は、太陽の運行を元につくられた太陽暦です」

「現在、世界の多くの国で採用しているグレゴリオ暦という暦は、
太陽の運行のみを計算したものです。
それに対して日本の旧暦は、毎年、陰陽師たちが、
太陽と月の両天体を観測し、計算して制定していました」

「そしてこの陰陽師たちも、実は魔法使いです」

確かに、漫画で読んだ安倍清明の活躍ぶりは、
魔法使いそのものだった。

「日本では、卑弥呼の時代から明治時代まで、
陰陽師を国の役人として登用していました。
国のまつりごとを司るにあたって、
あるいは公共事業を行うにあたって、その時期や場所、方法を、
陰陽道にのっとって、魔法使いが決めていたのです」

「当時の権力者たちにとって、
魔法とは良く解らない不思議な力ではなく、
未来の可能性を読み解くためのひとつの学問体系だったのです」

「陰陽道によって、この世界のエネルギーの状態を読み解き、
未来を予見し災いを回避し、またそこにあるエネルギーを使って、
現実を変化させていくのです」

「陰陽寮と呼ばれる正式な官職を制定したのは、
聖徳太子だと言われています」

「もしかして、聖徳太子も魔法使いですか?」

「その通りです。ですから世界最古の木造建造物、法隆寺が、
1300年以上存在し続けているのです」

「この聖徳太子の時代に、遣隋使たちによって、
仏教、陰陽道とともに、お茶も伝来しました。
聖徳太子は、その効能にいち早く気がつき、
大事な政策を決定する様な機会に、リフレッシュし、
集中力を高めるために、利用していたそうです。
しかしながら、日本ではまだ栽培されておらず、
非常に貴重な妙薬として扱われていました」

お茶を飲みながら、十七条の憲法を考えていたのだろうか?

「余談になりますが、聖徳太子の有名な言葉をご存じですか?」

「和をもって尊しとなす」

「そうですね。ではその言葉の意味をご存知ですか?」

「何よりも調和が大切、争わずに仲良くしましょう
という意味だと思います」

サクラとモモもずっとそのように思っていた。

「そうですね。多くの方がそのような意味に解釈されていますが、
本当はもう少し深い意味があるのですよ。
もめないように、お互いに妥協しましょうというのではなくて、
私利私欲を捨てて、お互いの考えや意見を尊重し合いながら議論をして、
全体にとってよりよい方法を見つけましょうという意味なのです。
私利私欲を捨てることは、魔法を使う上でも大切なことですよね」

「さて、お茶の原産地は中国雲南省西南部です。
遣唐使が往来していた奈良・平安時代に、最澄、空海などの留学僧が、
仏教の教えとともに、お茶の種子を持ち帰ったのが、
わが国のお茶の栽培の始まりとされています」

「てっきりお茶は、日本原産なのかと思っていました」

「確かに日本には、山茶とよばれる自生種もあったようですが、
現在栽培されているお茶の原種は中国です。
紅茶もウーロン茶も日本茶も、全ての栽培されているお茶のルーツは
南方中国で、そこから品種が分化していったのです」

「ちなみに、弘法大師空海は、北は山形から南は熊本まで
日本各地で、20か所以上の温泉を開湯していますが、
実は魔法を使っていました。
魔法を使って、大地のエネルギーと水のエネルギー、
そして火のエネルギーを読みとって、温泉の存在を探索していたのです。
これは一種の公共事業ですよね。
温泉によってその地域が活気付き、
そして病気や怪我を負った人たちが癒されます。
魔法を人々の幸せのために使っておられたのです」

魔法というと西洋的なものだと思いがちだけれど、
日本にも古くから魔法が根付いていたのだ。

「平安時代には、茶の栽培が始まっていましたが、
まだこの頃のお茶は非常に貴重で、神仏に捧げるもので、
僧侶や貴族階級などの限られた人々だけが口にすることができました。
宮廷では雅楽とともに、お茶を楽しむ宴が催されることもあったようです」

「また、陰陽師、安倍清明も、
疫病や病気の治療にお茶を使っていました。
お茶に含まれるカテキンには、殺菌作用もありますから、
現代の科学からみても、極めて理にかなっています。
源博雅公の奏でる笛の音に耳を傾けながら、
お茶を楽しんだりもしていたかもしれませんね」

岡野玲子さんの漫画では、いつもお酒が描かれていたけれど、
時には当時、お酒よりも高価だったお茶を楽しんでいたのかもしれない。

「鎌倉時代になって、当時、宋で隆盛を極めていた禅宗を学んだ栄西が、
本格的に茶に関する教えを持ち帰りました。
禅の修行の坐禅の時に、眠気を覚まし集中力を増すために
茶が用いられており、禅宗の広がりとともに茶の栽培も、
京都から日本中に広がっていきました」

「栄西は喫茶養生記という書の中で、
健康のためには五臓という五つの内臓の好む五味、
すなわち酸・辛・苦・甘・鹹のなかで、
とくに心臓を強くする苦味が摂取しにくいので、
苦味を補給する茶を飲むことが必要と説いています」

お茶の苦さには意味があるのだ。
シロップを入れる抹茶ラテでは、
お茶の効能が半減してしまうかもしれないとサクラは考えていた。

「また、それまでのお茶は、固形茶だったのですが、
宋の時代のお茶は抹茶でした。
そのため、栄西禅師は、茶道の開祖と呼ばれています。
このような歴史的背景があり、
禅宗の要素が茶道の中には組み込まれているのです」

「さぁ、今日の授業はここまでです。
では、これからちょっとしたお茶会を、
皆さんにも体験していただきますね。
お茶の効能を感じてみてくださいね」

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