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コリアキネマ倶楽部コミュのてじょんさん追悼

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やっと時間が出来たので、てじょんさんを追悼するトピックを立てました。

何か思いのある方、資料のある方は追悼の書き込みをお願いします。

コメント(6)

2018年2月1日に、てじょんさんが奉職されておられた「大泉バプテスト教会」
   http://ooizumi.holy.jp/ooizumi/
で、「前夜式」(仏教で言う"お通夜"に相当)が執り行われたことは、本コミュニティの"イベント"機能で なちょ さまがご案内下さっている通りです。

今回、その大泉バプテスト教会の木村一充 牧師さまから、前夜式でされた説教「永遠の命に生きる」の原稿をご提供いただいたので、掲載いたします。快く転載を許可して下さった木村牧師さまに感謝いたします。
                「永遠の命に生きる」       第一コリント15:50〜55

大田雅一先生は、今週の月曜日(1/29)午後8時30分ごろ入院先の板橋区内の病院で、主の御もとに召されました。59歳と3か月でいらっしゃいました。2014年の4月に当教会協力牧師として着任されて以来、これまで4年間にわたってさまざまな意味で先生にご指導をいただき、またお力になって頂いた私ども大泉教会の会員一同は、いま深い悲しみと失意の中に沈んでおります。60歳にも届かないお年で、通常であれば、まだまだこれから、というときに、先生が御国に行ってしまわれることは、痛恨の極みであり、残念でなりません。しかも、このことは単にわたしどもの教会にとって大きな痛手であるだけにとどまりません。当教会だけでなく、連盟の教会全体にとっても大きな損失であります。わたしどもは、この出来事を前にして、いったい神さまのみこころが何であるか、そのみ旨がどこにあるかを探りかねております。ただローマの信徒への手紙8章で使徒パウロが語るように、「神は神を愛する者たち、すなわちご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益としてくださることを私たちは知っている」とのみ言葉を信じ、万事を益としてくださる神さまを信頼して、今宵の前夜式を通してもなお神さまのみ名があがめられますようにと心から祈り願うのであります。

<長文なので、分割します。続きます>
<続きです>
大田先生が、私どもの教会の礼拝に、初めて訪問してくださったのは、今から4年前の1月第3週のことでありました。わたしどもの教会でいわゆる「お見合い説教」をするために礼拝に足を運んでくださったのです。当時の執事会議事録を見てみますと、協力牧師の候補として大田先生のお名前を執事会に提示させて頂いたのは、その前の年の11月のことでありました。その年の秋、東京バプテスト神学校神学専攻科の卒業論文の準備をなさっていた大田先生に、このころ神学校でお会いしたときに「卒業後の赴任先は決まっていらっしゃいますか」とお聞きしたら「まだです」と言うのです。そこで、「ならば、わたしどもの大泉教会で協力牧師としてお力を貸して頂けませんか」とお尋ねしてみた。そしたら、大田先生は「わたしのようなもので良ければ、喜んで・・・」と言ってくださいました。うれしいお答えでした。
その年わたしどもの教会は、ちょうど教会創立50周年に当たっていて、創立50年記念の文集を作ったり、聖歌隊の50周年記念CDを作成したり、東久留米教会の音楽牧師ジョン・チャヌさんを招いてのバイオリン・コンサートを開催したりしていたのですが、先生は11月のジョン・チャヌさんのコンサートのときにもこれに出席されています。まだ、役員会にお名前を紹介する前の段階でしたが、先生はいち早く大泉の集会に参加してくださったのです。このように、先生はとてもフットワークの軽快な方でした。
12月にはいり、先生はガンの手術のためにさきほどの板橋の病院に入院されます。わたしも、何度か病院に足を運び、お見舞い方々、協力牧師招聘の話の進捗状況を先生にご報告いたしました。ベッドの横にはパソコンがあって、入院中もいろいろな仕事をこなしておられるご様子でした。2月になって、大田先生をお招きすることが教会の臨時総会で承認されたことをお伝えすると、先生はとても喜んでくださいました。   以来、当教会にきて協力牧師としてはたらくことを本当に楽しみにしていらっしゃいました。ただ、その年の4月にはいって、先生はもういちど手術を受けられます。ご病気がご病気であるだけに、無理はできないということでしっかりと治療するようにお勧めすることしかできませんでしたが、先生は大泉教会で働くことを心待ちになさっていたようです。あるときは、病室にうかがうと教会の50周年の記念誌を見ておられた。教会員の写真が掲載されているページを見ながら、ひとりひとりの名前と顔を覚えようとされていたのです。
大田先生が、協力牧師として当教会の礼拝に出席されたのは、新年度の5月下旬からのことでした。それ以来、教会学校成人科の教師として、準備のゆきとどいたみことばの解き明かしをしてくださいました。それだけではなく、病気療養で休職されていた期間に、教会の活動を知りたいということで、教会で行われている家庭集会に精力的に出席されました。さらに、翌年からは上野のホームレスの人たちの集まりに参加し、そこでの礼拝の責任者となるなど、じつにエネルギッシュにさまざまな集会に関わろうとされました。2年目から、先生は教会の伝道委員会のメンバーに連なり、地域のかたがたむけに映画会の企画をされます。とくに先生はコリアン・シネマに深い関心をお持ちのようで、たしか、当教会での最初に上映会を催したときの映画もコリアン・シネマだったと記憶しております。

<長文なので、さらに分割します。続きます>
<続きです>

 大田先生には、原則として月に一度、日曜礼拝の説教奉仕をお願いしておりました。先生の説教の思い出ですが、先生は都立高校の国語の先生でいらしたということもあって、しばしばその月になくなった作家のことを話題にし、その作品を紹介するなかでみ言葉を解き明かすということをなさいました。太宰治、宮沢賢治、芥川龍之介、尾崎紅葉などの名前が浮かび上がってまいります。単に、なくなった作家の作品のあらすじや物語の結末の紹介だけにとどまりません。しばしば、彼らのお墓がどこにあって、先生自らその墓参りをしたこと、それがどんなお墓だったか、などということも話しておられました。さきほど、先生のフットワークの軽さのことをにふれましたが、作家の墓参りなどもそのあらわれと言えるでしょう。
久美子夫人によりますと、先生は思い立ったら急に何の前触れもなく旅に出る、ということがしばしばあったそうです。たとえば、ふらっと1週間韓国に旅に行く、というようなことがあった。最初は、久美子夫人も驚いたそうです。しかし、それが先生の流儀だった。そのような大田先生の生き方は、まことに自由人としての生き方であったと言えるかも知れません。イエスさまを信じる信仰に生かされて、聖書を原文で読みたくなった。さらにみ言葉のときあかしをしたい、と思うようになられた。そうして、神学校に学び、伝道への熱い思いを胸に蓄えながら、病いによる制約はありつつも、今のご自分にできることはすべてやってみようとなさった、わたしにはそのように思われるのであります。

<長文なので、さらに分割します。続きます>
<続きです>

この夜、わたしどもに与えられている聖書のみ言葉は、使徒パウロがコリントの教会の信徒たちに、イエス・キリストの復活に対するみずからの考えを明らかにしているところです。コリントはギリシャのアテネの西方にある港のある街ですが、教会の中には、死者の復活を否定する人たちがいました。当時のギリシャ人たちは、霊魂の不滅を信じていましたが、かれらにとって、肉体とは霊魂を封じ込める牢獄のようなものであって、死によって霊魂は肉体から解放され自由になる。霊魂は不滅だが、からだはほろびゆくのであって、そのからだの復活など信じられない、と考えていたのであります。
 しかし、パウロは、神がつくられたひとつひとつの被造物、獣や鳥やさかな、月や星にそれぞれのカタチ、体があるように、死者が復活する時も体をもって復活するのだ、と言います。その体とはどのような体か。それは、「霊のからだ」です。パウロはそれを、種まきのイメージで説明します。朽ちるもので蒔かれ、朽ちないものによみがえる、卑しいもので蒔かれ、栄光あるものによみがえる。肉のからだでまかれ、霊の体によみがえる、というのです。朽ち果てるべき肉体が、朽ちないものもの、つまり霊の衣を着ること、死ぬべきものが死なないものを着ること、イエス・キリストを死人のなかからよみがえらせた神さまの、いのちの御霊がわたしたちの全存在をすっぽりと包んでくださること、それが復活のときにおこるといいます。そのとき、わたしたちは変えられる、と言うのです。
 復活とは、地上の生がもう一度繰り返されることではありません。単なる古き生の再生では、ありません。そうではなくて、わたしたちの生全体が変容することです。神さまの永遠の命のなかで、人間は新しい霊のからだを与えられるのです。よみがえりとは、その霊の体において人間が救いの完成・成就を見ることなのです。
大田先生もまた、神さまの命が充満している天上の世界へと上げられました。先生にしてみれば、ご自身に与えられた地上の生を立派に走りぬかれ、ご自身にできることはすべて果たし終えたご生涯であったように思います。先生がわたしたちの教会で示してくださったひとり一人に対する配慮と、温かい愛のまじわりをわたしたちは決して、忘れません。
さらに、先生の一番の祈りの課題であったお連れ合いの久美子夫人のバプテスマが、昨年の6月に現実となったことも、わたしたちは決して忘れません。いま、大田雅一先生を御国にお送りするにあたって、神さまが先生を通して当教会で働いてくださったことを深く実感させられております。そして、心から神さまがなさったみわざに心から感謝をいたします。どうか、残されたご家族の上に、神さまの憐れみがゆたかにありますようにと祈ります。さらに、今宵の前夜式に参列され、深いかなしみとなげきの中にあるおひとりおひとりのうえに、神さまの慰めと平安が尽きせずありますようにと、心からお祈りするのであります。

                                   お祈りいたします。

<転載・終わり>
。。。それにしても。私、てじょんさんからもご不興を買っていたんですよね(喧嘩っぱやくてスミマセン)。

植田さんにせよ、てじょんさんにせよ、私と対立する人は、皆、私より先に逝くなぁ。。。何の役にも立たない私がまだ地上にいるのに。

私ゃ魔太郎体質なのかも。歩くデスノート?って、追悼トピにふさわしくない書き込みですみません。。。

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