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短歌点コミュの短歌点806△お題 :「月」

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コミュ内全体

短歌点801△お題「ススキ」からバトン受け取りました。

今回のお題は「月」で。(4回目)


明後日、10月21日は、旧暦9月13日で十三夜。
平安時代、宇多天皇が「本朝無双の明月」と仰せられたとかで
「後の月」とも呼ばれるようになった奴っすね。
今年の中秋の名月は曇りだったので、見れたらいいな。

ひらがな、カタカナ、ローマ字OKってことでお願いしゃす。



深き夜の家路に詠める

寅ひとつ東の夜にチェシャ猫のつれなき笑みの逆さ三日月   愚詠




ルール
1:出題者が、お題を出します。
2:お題は、何でもありで面白そうなもの。50題以前に出されたものであれば、既出のお題でもOKです。
3:出題者じゃない人はお題を詠み込んだ短歌を書き込みます。(一人一首のみ)
4:一週間以後、出題者が(独断で)もっとも素晴らしいと思った短歌を1つ選び、その選出理由を書き込みます。
5:次のお題は、最優秀短歌をつくった人が出すことになります。(新トピックの番号は「自分が選ばれたトピック番号+5」)
6:その後は、みんなでワイワイ感想をかわします。
※2012年4月17日一部改定
(基本ルールに「特定の単語文字列を指定してください。」を加筆。)

コメント(88)

では、
短歌点806△お題 :「月」の一等賞は

>>[2] ユッコさん

厚い雲両手で押し広げるように風が動けばまんまるな月


です。
感想にも書きましたが一番共感できたからです。
バトンよろしくお願いいたします。
そんじゃワイワイタイムで。
感想を書かせていただきましたが、解釈が違う!と思われた方。
ぜひとも後主張をお願いします。

短歌に限りませんが、
一度、世に出されたものは作者の手を離れるなどとと良く聞きます。
作者とコンタクトがとれない、またはとりくい作品は
物理的に仕方ないと思うのですが、
ここには、歌を詠んだ人が話し合えるほど近くにいるのですから、
俺は是非、聞きたいです。

もちろん、三十一文字で勝負してるので
多くは語らないのが美学という方もいらっしゃるとは思います。
それもありだと思うので、どうすべきという主張ではありません。

ただ聞かせてもらえるとありがたい。
というだけです。

よろしく、おないしゃすw
>>[38]
選歌、評、お疲れ様でした。
一つ一つに丁寧な読みをされていて、感心させられました。

そして、拙歌への読み、ありがとうございました。(って、実は待ちかねてました。)

拙歌のもとは実話です。雨ではなく、朝露に濡れた屋根でした。

月のウィンクは、数年に一度起きる月のイベント。私の勝手な思い込みによる表現ですので、分かりにくかったですね。

眠気が来てるので、また、改めて書きます。
まずはお礼まで。
おおっと、今気づいた;;;;

すみません。皆様。歌の作者のところに「さん」が抜けてました。
返信機能を使わずに、メモ帳にコピーしてたもんで。

大変、失礼をば。
申し訳ありませんでした。

>>[50]

こんばんはるんるん

講評ありがとうございました

お忙しそうですね
丁寧な読み解きお疲れ様でした




ユッコさん
一等賞おめでとうございます




>>[51] ごじょうさん

数年に一度ってことは
皆既月食かな、もしかして。
超ゆっくりですが確かにウィンクだ。

なるほど、ならば合点がいきますな。
ただ「濡れた屋根」はミスリードになるかと思います。
>>[033]

講評選歌お疲れ様でした。
一等賞とは嬉しいかぎりです。
ありがとうございました。

歌意は解釈の通りです。
>>[43]
ふざけて作った歌なのに真面目に読んでくださったみたいで申し訳ない。
よって歌の心などあるわけもなく、そのそも俺にとって、
歌の心ってなんぞって感じ。
俺はかなり邪道な歌詠みをしていて短歌点でも冷めた目で見られているので
もしどなたか歌の心というものをおしえてくれたらなあと
おもいました。
>>[49]

お忙しい中ご講評ご選歌下さりありがとうございます。
どのお歌も満ちてはかける月ならではの風情がありましたね。拙作にも多方面に広がるお話を下さり本当にありがとうございました。
まずはご挨拶を。後でゆっくりとワイワイしに来ます^^*

ユッコさん、一等賞おめでとうございます!
>>[43]

作者は「ふざけて作った歌なのに真面目に読んでくださったみたいで申し訳ない。」とお書きですが、ふざけた歌だから真面目に読まなくて良いとは、私は思っていません。
どのように思って出した作品であれ、発表されたからにはそれを目にした人の感じるところは色々であり、作者にとっては驚くことや失望も多々ありますよね。
それがまた面白いと私は思っています。

「わからない」も感想の一つではありますが、団長さんの読みのように掘り下げていかれるのも、拝見するものとしては脳みそをくすぐられる感じです。

「末っ子」という解釈は目からうろこでした。
なるほど、と思いました。
>>[58]

いい短歌だと思いましたよ。
でがらしの精液で作られたって表現、面白いし。自分は愛あるセックスで生まれてきたのかどうか、って問いは多分自分は生まれてきて良かったのかという問いとイコールだと思う。出がらしの精液っていう言葉から、そういう気持ちがもともとみやまさんの中にあるんだろうなぁと感じた。とてもストーレートな言葉だと思う。
下僕で飛躍してるんだけど、文字数的に下僕って言葉を当て嵌めたのだと思うのね。本当はもっと違う言葉を言いたかったんじゃないかな。

月野うさぎにしばかれているっていう言葉には現実逃避の日々を自嘲しているようなニュアンスを感じたり、そこには自分は出がらしでは無い充足を感じているという、ちょっと面白い対比も感じました。

歌心なんて、ふとあらわれた言葉のニュアンスやこの言葉を選んだ動機みたいなものだと思いますよ。

誰だって漠然とした中で短歌を作っていると思います。
その漠然を説明会しろと言われたら説明出来ませんが、
その漠然の中で短歌というかたちに言葉を整わせて行く時に、自分が見えてくるのではないでしょうか。最近こういうことをかんがえているとか、心に残っているものや、やたら悲しい言葉を綴りたかったりとか、些細なものであることもあるでしょう。それがいわゆる歌の意味ということになるのではないでしょうか。

みやまさんには自分を捉える強さがあるとおもいます。自分は何を述べたいのか。捉えていらっしゃると思います。それが歌の意図であり、歌の心だと思います。

それから短歌点で冷めた目でみやまさんを見ているのは誰であろう、みやまさんご自身ではないでしょうか。

私だって自分のことを、下手な短歌を投稿して、しったふうな口調でもの言ってって冷めた目で見ていますからね。やれやれですよ。

短歌は、自分をさらけ出すほど意味不明になってしまうものなんだけど、自分でも自分の短歌の意味が分からないというのはまた座りの悪い話で、
そう思ったと言えば済むのよ。なんかそう思ったんだよねって言っていいのよ。それで十分なの。
と私は思ってます。

時間なくて乱文でごめんね。

気分悪くしたらごめんね。言葉ってむつかしくて。
>>氏ネ氏ネ団団長さん

講評選歌お疲れ様でした。
大変読み応えのある講評を楽しませていただきました。
いろいろな方向から歌に寄り添って謎を謎のままに終わらせまいぞ…という前向きな読みにはほんとうに頭の下がる思いです。
読みは読み手の数だけあって良いと思います。
自分と奇しくも同じ部分があると嬉しくなりますね。

私のところから「さん」が無くなっちゃったのですよ(笑
なんか親しげに語りかけてくれる感じが私はけっこう気に入りました^^v
>>ユッコさん


一等賞おめでとうございます。
私も一番好きなお歌でした。
お題の月をしっかり主人公にして詠まれていることにとても好感が持てました。
何気ない風を装って、実は大変技巧をこらしている。
そこを見抜く氏ネさんの確かな選択眼も素晴らしいですね。
次回、よろしくお願いします。さっそくのあなたらしいお題が楽しいです。
>>[61]

優しいなぁ。
温かい文章です。
傍観者の私が、心打たれたしまいました。
>>[63]

感想ありがとうございました。
身に余る光栄です。
ふわふわとした私の歌が自信の持てる歌となりました。
>>[50]

私の短歌はほぼ団長さんの読んだとおりです!

ほら、宇宙探索、開拓の一環みたいな感じじゃない。探索機あげて、宇宙ステーションなんか作ったりして。ロケットや探索機ひアポロとか色々神話の登場人物の名前をつけて。

どんな謎を解き明かしたいのかって思った時に、宇宙人の有無より神話の有無を未だに私達は知りたがっているのかもしれないなぁと思ったんです。

かぐや姫とったどーみたいは(笑)

ほんとにビックリドンキー!
>>みやまさん

良い歌だと思います。
しっかりインパクトがある。力もある。
「精液の出がらし」で、末っ子とか高齢のお父様から生まれたとか望まれずに生まれた、とかの自虐を感じました。
主体は鬱々としたものを感じながら生きにくい日々を送っている。
清廉で美しさの象徴として月野うさぎが出てくる。
そしてダメな自分に制裁を加えてもらう、それによってどうにか生きていけるんだよね…みたいに読み解きました。

ミステリの分野に「イヤミス」というのが台頭してきました。
みやまさんのお歌にはそういうジャンルを感じます。
誰にでも詠めない、あなたしか詠めない、これはとても素敵なことです。
その感性を大切になさってください。
>>[64]

みやまさんはいつも面白いのよ。正直な短歌だなぁっていつも思うのよ。
>>[67]

そうね。月野うさぎに気合い入れてもらってるのね!いいね。本物の月野うさぎに私もお仕置きされてみたい!あのながい脚で(笑)どんなだろうねぇ^^*
>>[61]
>>[67] 蓮紫子さん

ありがとうございました。
ただ今回に限ってはお褒めの言葉をいただくのが恥ずかしい。。
本当にふざけ半分遊び半分で作ったものなので。
>>[70]

そんなこと言わなくていいのに(笑
正直な人だね^^
>>[036]

こんばんはるんるん
丁寧な講評と選歌
お疲れさまでした

ユッコさん
一等賞 おめでとうございます花束


コオロギのすだきを
楽しんだ十三夜
充分に読み取って戴き
ありがとうございますコアラるんるん


…別の仕掛けは[月の形]
Oよりも月のD

るんるん月ぬかいしゃ
とぅかみいか(十三夜)
と歌われてる様に
歪な円の美しさも
隠し詠みしてました手(チョキ)

…また 謎解きしちゃった
>>[75]

ほーい〜ちょーが〜♪

謎解きレベル高すぎ!w
でも、上手いっ!

それにしても、
沖縄でも十三夜を愛でてたってのは知らなかった。面白い。
十三夜を愛でるのは中国には無く、日本ならではと
どこかで読んだのだが、怪しくなったな。
「月ぬ美しゃ」が、いつごろ生まれた歌なのか分かると
また、面白いのだが・・。




分かった・・ような気が・・
すみません。まだ全て読みきってませんが

>>[27] ジョジさん

穭田の道化に注ぐ黄金や飛蝗の羽根に透ける月夜の


やはりポイントは道化ですな。
道化が何か分かればとは思ってたのですが、
ひつじ田がヒントでした。
収穫が終わった田だからこそ
いたとしても道化にしかならないのは、案山子ですな。

で、月夜の光が案山子に注ぐ
という感じでしょうか。
あとは・・

「飛蝗の羽根に透ける」が読み解ければOKかな。

まあ、歌の心は分かったような気がします。

収穫が終わった田に、取り残された案山子。
今は人を驚かせたり笑わせる道化のような存在となってしまった。
そんな案山子に、飛蝗の羽根を透かしたような、
うす雲の掛かった柔らかい月の光が労うように注いでいる。

という感じでしょうかね。
まあ、案山子は収穫が終われば殆ど撤収されるので
残されてるのはあんまし見たことないのですが。
さだまさしの歌にもありましたなあ。
案山子もまた詠み草ですね。


それにしても・・

>>[12] ごじょうさん

少年はウインクしてる名月を見届けたくて濡れた屋根に立つ


>>[27] ジョジさん

穭田の道化に注ぐ黄金や飛蝗の羽根に透ける月夜の


「ウインクしてる名月」=「皆既月食」。
「ひつじ田の道化」=「残された案山子」。
どちらも素晴らしいっすね。
まさに源俊頼の言う「珍しき節」。

「ウインク」は「見届けたく」で、
「道化」は「ひつじ田」で、気がつくべきでした。
最初に読み解けなかったのが悔しい限りです。いやマジで。
って、まだ正解と確定したわけじゃないですがw。

でも皆既月食は当確でしょう。
数年に一度のイベントですからね。


さて、ではお詫びと言うわけでもないけど
源俊頼の歌から「珍しき節」のお手本だなあと、俺が思う歌を紹介しときます。

源俊頼  散木奇歌集(三一八)

山里はこやのえびらにもる月のかげにもまゆのすぢはみえけり



【俺的品詞分解】

山里 :名詞
は  :係助詞
こや :名詞
の  :格助詞(連体格)
えびら:名詞
に  :格助詞(目的格)
もる :四段動「洩る」の連体形
月  :名詞
の  :格助詞(連体格)
かげ :名詞
にも :連語 格助詞「に」+係助詞「も」
まゆ :名詞
の  :格助詞(連体格)
すぢ :名詞
は  :係助詞
みえ :下二動「見ゆ」の連用形
けり :詠嘆の助動詞「けり」の終止形


【俺訳】
山里では小屋の箙(えびら)に溢れた月明かりに繭の糸が見えるのだなあ。


【俺的解説】
源俊頼の鋭い観察眼によって顕れる山里の美しい風物を詠んだ歌。
この歌の「珍しき節」が「こやのえびら」。
箙(えびら)ってのは辞書引けば分かるが、
基本的に弓矢の矢を入れておく武具である。
少なくとも平安時代、箙と言えば矢を入れる武具のことを指す。
しかし、更に前の時代、蚕を育てる升状の蚕箔(さんぱく)のことも
えびらと言っていたらしい。
さておき、ここで間違い無く言えるのは「箙」と「蚕箔」は形が似ているということ。
大きさは違うけどね。
で、歌を読んだ人は最初「こやのえびら」に「?」となった筈だ。
「腰のえびら」なら分かるが「小屋のえびら」ってなんじゃらほい、と。
そして下句、「繭の筋は見えけり」まで来て、「なるほど!蚕箔のことか!」
と気がつく仕組みになっている。
最初に「おやっ」と思わせて最後に「なるほど!」となるよう歌を構成する
小野小町も得意とする和歌のテクニックですな。
この歌の解説をぐぐって読むと「こや」とは「蚕屋(こや)」のことで〜
などと書いてあるのを見かけるが、俺からすると台無しな解説だなと思う。

この歌の素晴らしさは、まだあるのだが、
ちょい時間が無くなって来たんで、続きはまたの機会に・・

>>[79]
ありがとうございます。
推察の通り、皆既月食を詠んだ歌です。
長くなりますが、歌の背景など記しますね。


40年前、私が中学1年生で、二学期が始まって間もない頃のことです。「日曜の朝方に皆既月食が見えるなんて、一生に一度あるかないか。宿題にはしないけれど、是非欠け始めから戻るまでをしっかりと観察してほしい。きっと一生の宝物になる。」そんな言葉を理科の先生から聞きました。付け加えて、「東京では月が元に戻る前に沈んでしまうようだけれど、この場所でなら最後まで見えるかも知れない。」といった話もありました。

「本当に一生の宝物になるのかな?」とか、「どうせなら最後まで見れたいいのに。」等と漠然と考えてました。そして土曜日の夜、いつもより早く寝て、日曜日午前2時より少し前、目覚まし時計で起きました。外に出て、月を見上げるとまだ真ん丸に見えました。「なんだ、まだ何にも起きてないじゃん。」とちょっとがっかりしたのですが、地面を見ると、自分の影がくっきり写っているのが見えました。その時は、夜でもこんな影ができるということにまず驚きました。

振り返ってみると、それが私にとって、初めての天体観測だったように思います。今まで知らなかった世界がこれから始まる、そんな興奮を覚えました。漠然と眺めるくらいのつもりが、家に戻るとすぐ理科のノートに「月は真ん丸、自分の影がはっきり見えるくらい明るい。」そんなことを書きました。もう一瞬たりとも見逃すものかってくらいの意気込みでした。

とは言え、月食で月が欠けるスピードでも、12歳の少年にはとてもゆっくりで、空を見上げ続けることは思ったより楽でなく、首は数分で痛くなるし、不意に眠気もくるしで、念のために目覚まし時計を30分ごとにセットしなおしながら、外に出たり家に入ったりを繰り返してました。満月ってあまりにじっと見ていたら目が痛くなるというか、ぼやけてくるというか、もう欠け始めてるのかな?いや、まだかな?なんて思いつつ、ノートには月の様子を描きこむための小さな円を、幾つか全面うすい黄色で塗りつぶしてました。

結局、いつから欠け始めはわかりませんでした。気づいたら欠け始めていたって感じ。当初のあれ程のワクワク感はどこへやらですが、少しずつ欠けていく月を、15分おき位に外に出ては月を見上げ、家に戻ってはノートに描く作業は続けてました。それはそれで、未知なる世界を観ているという実感はありましたが、しばらくは予想の範囲内でのできごとでした。

それが皆既食の始まり頃から、どこか異様な世界に入り込んだ感じになりました。見たこともない暗い赤の月。自分の影も見えにくくなってました。茶色い月になるとは聞いていましたが、月の色は一色ではなく濃淡の差がムラになって見えました。それまで、月の様子を黄色一色しか使わず、形だけしか見てなかったことを後悔しました。そして、初めて肉眼で月が平面ではなく立体であるのを実感したのです。この日、二つ目の衝撃でした。月に凸凹があるって知識は小学校5年で習っていたのに、全然わかってなかったことに気づきました。

皆既が終わって、月が戻り始めた時には、月を塗る色が増えていました。もちろん明暗が正確に描けるはずもありませんが、見た目の雰囲気だけでも違えたい思いからです。

程なくして、三つ目の衝撃に遭遇しました。夜空が明けていく色の変化です。それまでに初日の出を見に行ったことはありましたから、夕方とは真逆の色の変化の仕方なのは知っていましたが、太陽が出るであろう方向しか気にしてなかったので、空全体を見ながら色の変化を感じることはなかったのです。でも、この時、本当に刻一刻、色が変わっていくのを感じました。満ちてくる月を見て、そこからゆっくり日の出近い空を見回しながら、視線を元の月に戻したら、もう月の周りの色が変わってる感じがします。

(続く)
(続き)

既に、この時間には家に戻れなくなっていました。月から、空から、片時も目を離せない感じです。月が満ちるスピードも沈んでいくスピードも速くなってる気がするし、月と反対側の日の出の空は赤みから白みに変わっていき、先程までの日の出の赤みは月の周りの空の色になっていこうとしてる。そうして、私の立つ場所からは、月が隣の家の屋根に隠れ始めました。庭から道路に移動します。再び月が見えます。その月はまだ欠けている部分がありました。でも、月は私から隠れるように、山の稜線に近づいていきます。沈むのが先か、満ち終わるのが先か、そしてそれを見届けられるのか。私は上り慣れてる実家の塀の上に、そこからテラスに、そして屋根に手を置いたとき、冷たくてつるっと滑るのを感じました。夜露に濡れた屋根。それでも慎重に屋根を上る。そして何とか屋根の上にに立ちあがり、月を見る。しかし月は私が上るのに合わせて沈んでいくかのよう。そればかりか、今にも沈まんとする赤い月は、いつの間にか低い空に現れた細い雲に隠れてしまう・・・・・・。


 少年はウインクしてる名月を見届けたくて濡れた屋根に立つ


月の満ち欠けを、月が地球に向けて、一月かけた熱いウインクだと考えたのは、高校の冬です。
皆既月食はそれを一夜で行ってしまう特別な日。
あの時の皆既月食が名月だったとわかったのは、「月」のお題を知り、歌を作るためにいくらか検索をしていた時です。今の時代は、情報収集がほんとに簡単ですね。
1978年9月17日、日曜日、空が明ける前の皆既月食。
日曜日は憶えてましたが、月日は失念していました。
なお、正確に言えば、あの時の皆既月食の月は名月ではなく、明けて日曜日の夜が中秋の名月だったそうです。
名月が満月とは限らないと知ったのは10年ほど前のこと。

いろんな情報が、記憶をより正確にしてくれた部分はありますが、私の住んでいたあの場所で、月が満ち終えることができたのかどうかはわかりません。シミュレーションソフトを使えば、もっとはっきりするかも知れないのですが、山の稜線や、屋根の高さ等もあり、答えは雲の中でいいように思っています。実際、手にしたものは、屋根についていた夜露ばかりですが、この夜露は、思いの外消えることなく、一生の宝物の一つとして記憶にとどまっているのです。


またまた長文になってしまいました。ただ、この記憶も幾らかは知らず知らず想像で補完している部分があるとは思います。その辺、ご容赦くださいませ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
>>[080]

おおっと!
もしかして易の話で盛り上がれたりしますかね?
俺も一時期はまりましたよ〜高い城の男。
Barやスナックで占ってみせたりw。
ただいろいろ読んでくと
酒に酔ったときや房事の後は駄目とか制約があって、
マイブームは下火に。
でも、易は
数理としても面白いし、中国文化の歴史としても面白い。
ドラマは一話で先が読めた感じがして挫折しましたが。。

ていうか、
なるほどそれで飛蝗っすか。
イナゴだった気がしてた。

>>[082]

おおっ
月食と、曙の共演はさぞ心に残る景色だったでしょう。

春は曙なんて言いますが
曙の刻一刻と変わる空の美しさは
夏も秋も冬も絶景っすよね。

藤原良経の新古今の歌

見ぬ世まで思ひ残さぬながめより昔にかすむ春のあけぼの


ちょい難解な歌ですが
一度でも曙を見たら解る気がする歌です。

ちなみに皆既月食は
一度だけ、見たような感じの
ぼやっとした思い出しかないっす。
やっぱ、時間が長いんですな。

見届けるような根性は無かったんでしょうな自分にw
>>[84]

9月17日は秋口でしたが、気候的にも恵まれていたように思います。多少の肌寒さはありましたが、上着もいらず動きやすい恰好でいられましたから。天体観測初体験が冬だったら、きっと寒さに負けてたように思いますもん。

それにしても、「春」「あけぼの」から、さらっと和歌が出てくるところが団長さんの魅力の一つですね。私の知識では、枕草子の「春はあけぼの。」で打ち止めです。

見ぬ世まで思ひ残さぬながめより昔にかすむ春のあけぼの

う〜ん。第一感「未来?死後?まで続いてほしいこの眺めは、ずっと昔から続いているのだろう、春のあけぼのという景色は。」という感じでしょうかね?
私には、まだまだ読みは難しいです。

> 一度だけ、見たような感じ
思うに、皆既月食が休みの朝方というのは、先生の言った通り、一生にあるかないかの好条件だったと思います。平日だと、なかなかゆっくり見られない。休日の夜はなにかと予定や用事が入りやすい。これまでで、あれほどじっくり見られた皆既月食はありません。また、天候にも恵まれいたのも、大きな要因だったと今ならよくわかります。

あの日の月食観測は、ほんとに貴重な経験でした。「月」のお題のおかげでそのことを再認識できました。
ありがとうございました。
>>[86]

詳細に体験を書いて頂いたので、自分まで
その場で見たような臨場感を感じることが出来ました。
こちらこそありがとう。

藤原良経

見ぬ世まで思ひ残さぬながめより昔にかすむ春のあけぼの (風雅1435)


この歌の解釈はホントひとそれぞれでいいのかなと思いますが
一応、現時点の自分の解釈を書いておきます。

歌の本体というか歌意、つまり一等言いたいことは
「昔にかすむ春のあけぼの」だと思います。

曙の美しさは、ごじょうさんも体験されたように
刻一刻と変化する空の美しさです。
例えば、それを歌に詠もうとじっと眺めても
次々と心を奪われる景色に変わるため、少し前がどんな美しさだったのか
思い出すのが難しいほど。
つまり、ほんの少し前の景色なのに、はるか昔の景色のように
かすんでしまうほど次々と美しい景色へ移り変わる。
心に留めておきたくても、それが出来ないほど。
もどかしいほどに心惹かれる景色だ。
ということを詠んだ歌だと俺は解釈しました。

「見ぬ世まで思ひ残さぬながめより」は、
その「昔」というのが、どれほど昔のことなのか強調するための
言わば序詞(じょことば)のような役割をしていると考えられます。
素直に解釈しようとすると難解なのですが、
ここは歌の歌意からの逆算で、意味づけします。

「見ぬ世」とは死後の世界、あるいは来世という意味です。
「来世まで思い残さぬ眺め」とは、文字どおり
たとえ死んでも思い残すことはないと思うほど味わった素晴らしい景色、と解釈できます。
そのような素晴らしい景色が記憶の中で霞むのには、長い時間がかかるはずです。
霞んだとしたら、かなりの昔に見た景色と言えるでしょう。
つまり、それほどの長い時間よりも更に昔と思うほどに、ということです。

まあ、ネット上で読んだ解釈には納得できなかったので自分なりにした解釈です。
最終的にはひとそれぞれで良いと思いますが、
実際に曙の景色に感動した経験がないと伝わらないかなとも思います。

この歌は、mixiの和歌のコミュで知り合った人に教えて貰った歌です。
彼はもうmixiを辞めてしまいましたが・・。新古今が好きだと言ってたので
この歌も新古今かと思ってたのですが、今検索したら風雅和歌集の掲載歌でした。

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