エリザベス１世あれこれコミュの１２）メアリ１世の妊娠その１

フェリペがザウザンプトンの港に着いたのは１５５４年７月２０日でした。
結婚式は７月２５日、ウィンチェスター城の教会で行われました。

フェリペ２７歳、メアリ１世３８歳。

すでに1度結婚して子供もあるフェリペ、次のスペイン王となるフェリペには
この結婚の意味がよくわかっていました。
すなわち「政略結婚」。

でもメアリは、自分の一挙手一投足を見守り助言を与える夫、
自分が生む子供の父親が欲しかったようです。

フェリペを「女王の夫」でなく「（女王を妻にした）イングランド王」と見せるためにさまざまな工夫が行われます。
たとえば「フェリペは帰国したイングランド人である」という物語、
実際にフェリペはイングランド王エドワード３世の血を二重にひいているのです。
でも当時、ヨーロッパの王室は婚姻を繰り返していましたので、
むかしむかしをたどればみんな「親戚」になってしまうんですよね。
もともとどこの国の人間だったか、とか言い出すと
メアリ１世本人すら「スペインとイングランドの混血」ということになってしまいますし。

メアリ１世の「妊娠騒ぎ」は二回あります。

一回は、フェリペと結婚した年。
１５５４年１１月２４日に枢機卿があいさつに来たとき、
メアリは「赤子が胎内を蹴った」と言ったのです。
枢機卿が「マリアの祈り」（聖母の受胎を寿ぐ祈り）を唱えた直後というタイミングのよさでした。

胎動を感じるのは今の医学では妊娠２０週過ぎ、これで計算すると予定日は４月後半です。
メアリがホワイトホール王宮からハンプトンコートに移って「産室入り」したのは４月４日。
当時も、分娩予定日推定はかなり正確に行われたということですね。

赤子の洗礼式で役割を果たすためにエリザベスが呼び出され、
１５５５年４月２４日（ころ）にはハンプトンコートに着きました。
まだ「正式に女王から罪をゆるされた」わけではないので、
裏口からこっそり入らされ、エドワードが使った皇太子宿舎をあてがわれます。
訪問者には会えますが女王を恐れて訪れるものは少なく、
食事も部屋でとらされて、広間でのパーティーや正餐には呼ばれませんでした。

この部屋を訪れた数少ない訪問者のうち、特記すべきはやはりフェリペでしょう。
フェリペはこのとき初めて義理の妹に会いましたが、
姉とくらべて格段に若くて美人で、頭のいいエリザベスを、フェリペはどう思ったでしょうか。

４月３０日に教会の鐘が鳴り、かがり火が焚かれ「王子誕生」と伝えられました。
ところが翌日「昨日のは誤報」であったと訂正されました。
メアリは一カ月ちかくそのまま産室で「ねばり」ましたが、
ついに医師団に「もうお産になる可能性はない」と告げられました。

エリザベスは「王子誕生」とそれが「誤報」であった、とは聞きましたが
その他は何もわからず放っておかれていました。
５月末の夜、急にメアリの部屋に呼び出されたエリザベスが
暗殺を思っておびえていたのは無理もありません。

映画にもこのシーンがあります。
膝をついて「自分は忠実な臣下」であると言うエリザベスにメアリは、
「不実な妹を持った上に子供は生まれず夫は帰国」とわが身の不幸を嘆くのです。

この面会は、フェリペがメアリにそうするよう勧めた、という話があります。
何を言うにも妹なのだからこの際会ってやったらどうか、と助言したのです。
メアリが子を産まないなら世継ぎはエリザベスなのですから、
フェリペとしては少しでも点数をかせいでおきたかった、というところでしょう。
帰国する前に魅力的な義妹にもう一度会っておきたかった、ということも、あったかも知れません。

カール５世がいよいよスペイン王位を息子に譲る、という知らせが来たのです。
即位のために、というのは、早く帰国したかったフェリペには都合のいい事情でした。
体調の悪いメアリはグリニッジの船着き場までしかフェリペを見送ることができませんでした。
８月２９日のことです。

エリザベスはこのとき、姉に付き添ってフェリペを見送りました。
さんざんひどい仕打ちを受けてはいても、さすがにこのときは
姉のことを気の毒に思っていたのではないでしょうか。