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高橋信次先生の八正道を実践するコミュのヨグマタ相川圭子の八正道

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 先日、カレー屋でヨグマタの本がご自由にお持ち帰りくださいと3種類あったのでもらって帰りました。その時、新しく八正道の本が出たと書いてあったのですぐに取り寄せて今半分ほど読んでいます。

 八正道を初めて知る人にはとても入りやすいと思うのですが、この人の本にはいつも世界に2人しかいないシッダマスターからのパワーを受ければより自分が高まりますと、自己PRが沢山入っているので注意が必要です。

 
 

コメント(9)

 先ほと一気に読み終わりましたが、残念な結果でした。
なぜなら「正しさ」の基準が書いてなかったことと、「反省」という言葉が1箇所?しかなく、ヒマラヤ秘教を教わったシッダマスターからパワーをもらって浄化するということが強調されていたからです。
 八正道とは、公平な第三者の立場で自分の心を見つめ直して反省をし、自分の心の曇りを取っていく(浄化する)自立の道であるはずなのに、そのことが一言も書かれていませんでした。
先日行ったカレー屋で、ヨグマタの本がご自由にお持ち帰りくださいと3種類あったのでもらって帰りました。その時、新しく八正道の本が出たと書いてあったのですぐに取り寄せて 先ほと一気に読み終わりましたが、残念な結果でした。なぜなら「正しさ」の基準が書いてなかったことと、「反省」という言葉が2箇所?(p152,p197)しかなく、ヒマラヤ秘教を教わったシッダマスターからパワーをもらって瞑想をして心を浄化すれば正しさがわかるということが強調されていたからです。

 八正道とは、公平な第三者の立場で自分の心を見つめ直して反省をし、自分の心の曇りを取っていく(浄化する)自立の道であるはずなのに、そのことが一言も書かれていませんでした。

 ブッダ(釈迦)は、当時流行していた色々な宗派を遍歴し、それらによっては真理に到達できないとわかったので、師に頼らずに5人の弟子とともに難行苦行に打ち込んでいたのでした。そして29歳で出家してから6年目にこのままでは肉体が限界を超えて死んでしまうと気がつき、村娘の歌
「弦の音は、強く締めれば糸は切れ
 弦の音は、弱くては音色が悪い
 弦の音は、中ほどに締めて音色がよい」
を聞いて、どちらにも偏ってはいけないと、中道に気がつきその娘から牛の乳をもらい、肉体も大切にするように修行の方針を変えたのでしす。それをみて離れていった弟子とも別れ、一人で自分の過去を振り返り反省の禅定をして中庸という正しい基準を見つけていくのでした。

ですからこの本の前書きにある、
「ブッタは当時の2500年前からあるヒマラヤ聖者の教えを源流とする悟りの教えに学び、悟りを得て、そしてブッダの教えを伝えていったのです。・・・そして6年の修行の末、息も絶え絶えになって、菩提樹の下で深い瞑想に入られ、悟られたのです。」には、違和感がありました。

 また、「私は、ヒマラヤの聖者を信頼し、その教えによって修行を行い、『究極のサマディ』という解脱の体験で真理を悟ったのです。その体験の知恵から、ブッダの教えの要である八正道を解き明かしていきましょう。私の解くブッダの八正道は・・・」
とあるので、やはり別物と思ったほうがいいと思います。

 根本的に違うのは、
 瞑想をして心が浄化されると正しさの基準がわかってくると言ったくだりで、本当の八正道は日常生活をそれが正しかったかどうかを自分で反省して(正定)正しさの基準を高め自分の心の曇りを取って(浄化して)悟りに至るものだからです。

 八正道を初めて知る人にはとても入りやすいと思うのですがこの点を間違えないで欲しいです。
 この人の本にはいつも世界に2人しかいないシッダマスターからのパワーを受ければより自分が高まりますと、自己PRが沢山入っているのでご注意ください。
そうかな?まだ途中ですが良い本だと思います。
なんのための反省かといえば浄化のためで、
単に日常を反省するより、瞑想によって内観した方が余程浄化に繋がると思います。
反省という言葉の捉え方にもよるでしょうが。
この本で敢えて使う必要は感じていません。
コメントありがとうございます。

 私は書評を書くためにほぼ2回目を通しましたが、瞑想するときに自分の中に正しい基準がないと良い瞑想ができないからです。「内観」という言葉をどういう意味で使われたか判りかねますが、内観とは高橋信次の反省禅定を吉本伊信という人が最後に取り入れて完成したものであって、正定の要素が含まれています。

 高橋信次のことを知っておられるようなのでご理解いただけると思うのですが、ヨグマタは瞑想をして悟りを得ると「正しく見る」ことを正しくできるようになってくると真逆のことを言っています。

「ヒマラヤ瞑想を進めると、命の科学からの知恵で、心が浄化され、心を越えて究極の存在に還ることができます。・・・・・・・ヒマラヤ瞑想には様々な種類がありますが、それらで心身を清め、無限からのパワーをいただいて変容します。・・・・・・八正道の教えも知恵の教えであり大切なことはその道を信頼することです。・・・・・・・信じる力は、そのパワーの恩恵を引き出します。それによって、進化の道を安全に進めていくことができるのです。」

 と良いことが書いてありますが、ヒマラヤ瞑想を無理に八正道に結びつけようとしているように思えてなりません。だから、反省禅定のない八正道というものはないので、初めての人は気をつけてくださいと言っているのです。

 



 
普通に八正道っていうと、仏陀が初めての説法で解いた四諦のうちの道諦を具体化したものとして、仏教の根本思想の一つだと思います。
高橋さんの本は、不勉強であまり読んでいませんが、人間釈迦などでその重要性を書かれているのは知っていますが、具体的にどうおっしゃっているかは知りません。
ただ、普通の仏教で教えられている八正道とヨグマタさんの言っている事は、今のところあまり違和感を感じていません。
もっとも、正定のところはまだ未読なので、気持ちが変わるかもしれませんが。(^^;
 先日行ったカレー屋で、ご自由にお持ち帰りくださいとヨグマタの本が3種類あったのでもらって帰りました。その時、新しく八正道の本が出たと書いてあったのですぐに取り寄せて 先ほと一気に読み終わりましたが、残念な結果でした。
 なぜなら「正しさ」の基準が正しく書いてなかったことと、八正道の一番大事なの「反省」という言葉が2箇所?(p152,p197)しかなく、ヒマラヤ秘教を教わったシッダマスターからパワーを貰って浄化して、心を空にして瞑想をすれば正しさがわかるということが強調されていたからです。

 八正道とは、公平な第三者の立場で自分の心を見つめ直して反省禅定(正定)をし、自分の心の曇りを取っていく(浄化する)自立の道であるはずなのに、そのことが一言も書かれていませんでした。

 ブッダ(釈迦)は、当時流行していた色々な宗派を遍歴し、それらによっては真理に到達できないとわかったので、師に頼らずに5人の弟子とともに難行苦行に打ち込んでいたのでした。そして29歳で出家してから6年目にこのままでは肉体が限界を超えて死んでしまうと気がつき、村娘の歌
「弦の音は、強く締めれば糸は切れ
 弦の音は、弱くては音色が悪い
 弦の音は、中ほどに締めて音色がよい」
を聞いて、どちらにも偏ってはいけないと中道に気がつきその娘から牛の乳をもらい、肉体も大切にするように修行の方針を変えたのです。それをみて自分の元を離れていった弟子とも別れ、一人で自分の過去を振り返り反省の禅定をして偏りのない中庸という正しい基準を見つけていくのでした。

ですからこの本の前書きにある、
「ブッタは当時の2500年前からあるヒマラヤ聖者の教えを源流とする悟りの教えに学び、悟りを得て、そしてブッダの教えを伝えていったのです。・・そして6年の修行の末、息も絶え絶えになって、菩提樹の下で深い瞑想に入られ、悟られたのです。p6」には、違和感がありました。

 また、「私は、ヒマラヤの聖者を信頼し、その教えによって修行を行い、『究極のサマディ』という解脱の体験で真理を悟ったのです。その体験の知恵から、ブッダの教えの要である八正道を解き明かしていきましょう。私の解くブッダの八正道は・・・p4」
とあるので、やはり別物と思ったほうがいいと思います。根本的に違うのは、
 瞑想をして心が浄化されると正しさの基準がわかってくると言ったくだりで、心を空にして瞑想しても(心は空にならないですし、空にしようとすると危険です)一時的には気持ちが良くても身につきません。

 本当の八正道は、他人には嘘がつけても自分には嘘がつけない善我なる自分の心で、日常生活の、見る、思う、語る、業(行う・仕事)、命(生きる・生活する)、精進(努力する)、念じる、の7つが正しかったかどうかを反省して(正定)正しさの基準を高め、自分の心の曇りを取って(浄化して)から瞑想をして悟り(大自然、大宇宙、神仏の心=*)に至るものだからです。
 ブッダは悟ってからもう自分は死んでも良いと思いましたが、当時の無学文盲で間違った信仰や修行をしている人のために秘法などとはせずに、自ら無料で教えて回ったのでした。イエス・キリストも然りで、どちらも最初は純粋な教えだったのですが寺院や教会ができてだんだん歪められていったのです。特に仏教の本質は、毎日の生活を八正道によって見直し修正していく事によって悟り(*自分の心に内在された偉大なる叡智)に目覚める事でした。

 八正道を初めて知る人にはとても入りやすいと思うのですがこの点を間違えないで欲しいです。私は30年前に八正道を知ったのですが、この本を読むと綺麗な言葉が並んでいてとてもわかりやすそうですけれど、本質的なことが抜けていて判ったようなつもりになるだけです。この人の本には、いつも世界に2人しかいないヒマラヤサマディのシッダマスターからパワーを受ければより自分が高まりますとか、布施は欲望や執着を取りカルマを清めることができますなど、自己PRが沢山入っているのでご注意ください。

 八正道を語るなら、
 「八正道の教えも知恵の教えであり、最も大切なことはその道を信頼することです。その道を解くブッダを信頼し、マスターを信頼します。それは究極の真理を悟る道です。」(p44)、ではなく、

 「八正道の中道の尺度を使って、自分自身がどこまで厳密に、公平に、自分の心を見つめることができるかである。言い換えると自らの心で己の心の影をどこまで洗い出せるかにかかっている。」ので、
 言われたり書かれた事を鵜呑みにするのではなく、疑問を持って探求し回答を得て悟っていくものだ、と言わなければなりません。

2017.8.21,29,31 加筆

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