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最近の映画談義コミュのキングダムオブヘヴン―天の王国

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コミュ内全体

見に行ってきました。

あらすじは…

時は12世紀のフランス。
妻子を亡くし失意の底にあった鍛冶屋のオーランドブルーム演じるバリアンの元に、十字軍の騎士ゴッドフリー(リーアムニーソン)が訪れる。
彼は「私は父親だ」とバリアンに告げる。
バリアンは葛藤の後、父とともにエルサレム―天の王国を目指す道を選んだ。
 父の死、アラビア人との戦いなど幾多の苦難の後、エルサレムにたどり着いた。
 バリアンは父を継ぎ、キングダムオブヘヴン―理想の王国を作るという理想の下、館(領地)をりっぱにおさめていたが、エルサレムの王女シビアと禁断の愛に落ちる。
 その頃、エルサレムでは、当時、聡明なキリスト教徒の王ボードワンと、回教徒のカリスマ的指導者サラディンによって束の間の平和が保たれていたエルサレムの王の権力の座を狙う一派により、エルサレムの危機が迫っていた。
 エルサレムの危機に、バリアンはどう立ち向かうのか…。禁断の愛はどこまでゆくのか…。

というようなストーリー。

いうなれば、ロードオブザリングと同じような絵でした。
映画は長いんだけど、一つ一つのシーンが短すぎた。
それでほとんど感情移入はできませんでした。
もったいないね。
一つ一つのシーンをもう少し細かく追求し、
減らすモノを減らしていればよかったのに。

まぁオーリーはいつも通りかっこいいんで。

エルサレムって未だに戦争が続いているんでしたっけ?
今は第?次中東戦争ですか?
なーんでイスラム教とかキリスト教とかユダヤ教の聖地って同じなんでしょうかね?
だったら誰のモノでもないはず。
誰がおさめるものでもない。

それに関してサラディンとバリアンの講和条約のシーンでこんなセリフ有りました。

「なんでこの地を求める?このエルサレムにそれほどの価値があるのか?」
「”無”だ。 …しかし、全て、でもある」

このセリフの意味、分かりますかね?
私としては、エルサレムにはそれほどの価値がない。しかし、そのエルサレムを求める過程全てに価値があるのだ、といいたいのかな、と思いました。
イスラム教とキリスト教の共同の聖地にするというボードワンの理想をそのまま現実に、イスラム教とキリスト教、ユダヤ教の合同の聖地にすればいいのにね。
宗教ってほんまムズカシイ。

というわけで評価は★★★☆☆ですな。
理由は上記と、戦争の激しさや考えさせられるセリフが多かったことを省みて良悪半分になりました。
 

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