ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ホーム > コミュニティ > 芸能人、有名人 > 玉川 徹 を 応援する > トピック一覧 > 雑談

玉川 徹 を 応援するコミュの雑談

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コミュ内全体

雑談トピックをミスタッチで削除してしまいましたあせあせ
ごめんなさいお願い
新しく作りましたので、こちらにどうぞ。

コメント(24)

今日は丸の内に来てます。
意外と来る機会が少ない東京駅周辺。
威圧感がある建物ばかり。
東京駅の古めかしさだけがちょっと懐かしくていいですよね。
なんか和食にしたいと思い、かこいやさんへ。
ちょっとカロリーが気になりますがあせあせ
それにしても、トピックって恐ろしく簡単に削除できちゃうんですね冷や汗
なんておっちょこちょいなんだろう。
じわじわ〜っと落ち込んできましたがく〜(落胆した顔)
>>[3]
コメントを頂いた旨の表示があったのでクリックしたけど、何も無い・・・?!と思ったら
そういう事だったんですか〜。
過去のコメントがもう読めないのは確かに残念ですが、お気になさらないで下さいね☆
それより、また興味深いコメントを楽しみにしています!
今日と明日は横浜と金沢八景で学童保育全国研究集会の取材です。
横浜でそばと漬け丼。
ちょっと早めの昼ごはんです。
金沢八景に来ています。
取材する会場の近くはほとんどお店がありません。
1軒だけ見つけたのは、ステーキハウス。
コテコテのハンバーグを頼むしかありませんでした。
でも、あれ?ライスついてない?
それもありかな。糖質制限だ!
と思ったら、サラダバーコーナーにちゃんと置いてありました。
しかも、ゼリー各種、ソフトクリーム、フルーツなど、スイーツもいろいろ。
なんて危険な店なんだ・・・あせあせ
糖質制限どころか、糖質たっぷりのお昼になってしまうではありませんか。
とか思っていたら、そろそろ午後の取材がスタートする時間です。
ホッとしたような、ガッカリしたような・・・あせあせ
山崎拓が安倍外交をボロボロに言ってます。
女性蔑視で首相を辞めた人ですけど、恥ずかしいことに福岡市出身。
こういう人が、良識的に感じてしまうご時世なんだな、と思いますあせあせ

「安倍外交は失敗、進次郎は徒党を組め」 元自民党副総裁・山崎拓の進言

<https://line.me/R/msg/text/?%E3%80%8C%E5%AE%89%E5%80%8D%E5%A4%96%E4%BA%A4%E3%81%AF%E5%A4%B1%E6%95%97%E3%80%81%E9%80%B2%E6%AC%A1%E9%83%8E%E3%81%AF%E5%BE
%92%E5%85%9A%E3%82%92%E7%B5%84%E3%82%81%E3%80%8D%20%E5%85%83%E8%87%AA%E6%B0%91%E5%85%9A%E5%89%AF%E7%B7%8F%E8%A3%81%E3%83%BB%E5%B1%B1%E5%B4%8E%E6%8B%93%E3%81%AE%E9%80%B2%E8%A8%80%0Ahttps%3A%2F%2Fnews.yahoo.co.jp%2Ffeature%2F1118>
自民党総裁選挙で3選を果たし、続く内閣改造で「全員野球内閣」と銘打った安倍晋三首相。盤石な体制と映る状況下、そんな首相に厳しいスタンスで物申す人物がい
る。「ヤマタク」こと山崎拓・元自民党副総裁(81)である。1990年代初頭、党主流派だった旧経世会に反旗を翻し、小泉純一郎(元首相)、加藤紘一(元幹事長・故人)とともに盟友関係「YKK」を形成した。長く権力の中枢に身を置いてきた山崎氏に、いまの自民党政治がどう見えるのか聞いた。(鈴木毅/Yahoo!ニュース 特集編集部)

安倍3選は「終わりの始まり」

――9月20日の自民党総裁選で安倍晋三総裁の3選が決まり、3年後の任期満了までの長期政権が視野に入りました。いまの自民党をどう見ていますか?

まず総裁選に石破(茂・元幹事長)さんが出馬したことはよかったと思います。それが民主主義ですし、安倍さんの一強支配と言われている状況では、党内を活性化さ
せ、党内論争が起きることが望ましい。
私は長く中央政界にいて数々の総裁選にかかわってきましたが、ここのところ自民党内では、みんなが安倍首相の顔色をうかがっているような状況になってしまって。下から上の顔色ばかり見ている「ヒラメ現象」――そう私は呼んでいるんですが、なんとかそういうよどんだ空気を一掃できないかと思っていたところです。
――総裁選の結果は、地方票と国会議員票の総計で安倍票553、石破票254でした。
石破さんは善戦したと思います。議員票の約8割は安倍首相でしたが、地方票との総計で3割強の得票。これで石破さんは、ポスト安倍のトップバッターになったんじゃないですか。
残念だったのが、岸田(文雄・党政調会長)さんが出なかったことですね。これで本人の評価も下がったし、自民党リベラルの宏池会を継承した岸田さんが出ないこと
で、党内のリベラル勢力が崩壊した感じになった。岸田さんが総裁選に出ていれば、石破さんの得票と合わせて決選投票に持ち込み、2位3位連合で安倍政権は続かなかったかもしれません。

――3選で安倍一強体制は強化されたんでしょうか。

いや、3選で任期は終わりだから、「終わりの始まり」になったわけで、権力が強化されたということはありません。 “総裁任期”が延長されただけです。

――終わりが決まっているということは、大きなことなんですか。

大きなことです。レームダック化が進行します。政治は「一寸先は闇」ですから、途中で政権が倒れる可能性だってあります。大きなハードルは来夏の参議院選挙、それに安倍首相が公約に掲げている憲法改正もどうなるか。

憲法改正の発議は衆参両院の本会議で総議員の3分の2以上の賛成が必要ですから、参院選前にやりたいところですが、公明党の反対もありますし、政治的に難しいと思います。これができなくなると、それ自体が安倍さんにとって致命的です。

選挙の公認権をもつ党執行部に従う議員たち

勢い込んで話したかと思うと、「うーん」としばらく目をつぶって考え込む。議員の座を退いて9年が経つが、山崎氏は政治への進言を続けている。

1972年に衆議院議員に初当選。1991年、宮沢喜一内閣で建設大臣に就任。同時期に小泉純一郎、加藤紘一とともに「YKK」を結成、派閥とは異なる存在感を打ち出していった。2001年、小泉政権が発足すると、党幹事長、副総裁を歴任した。党内の苛烈な派閥争いに直接触れている世代でもあり、そうした派閥勢力を無力化した小泉政権時代には党の中心にいた。そんな山崎氏からしても、いまの「安倍一強」は異様に映るという。
いいニュース!!!

安田純平さん:解放の情報 シリアで3年間行方不明
10.23 23:10毎日新聞社
 菅義偉官房長官は23日夜に緊急記者会見し、内戦下のシリアで2015年6月に行方不明になったフリージャーナリスト、安田純平さんが解放・保護されたという情報がカタール政府から入ったと明らかにした。
去年の記事だけど、北海道のブラックアウトがなぜ起きたか、九電の原発依存のようなベース電源の考え方は間違ってることを示唆している気がします。
三菱総研の理事長もこういう立場なんですね。


日本も原子力発電ゼロは「達成できる」
今や再生可能エネルギー「後進国」
三菱総合研究所理事長 小宮山 宏
・ PRESIDENT Online
「日本も原子力発電ゼロは「達成できる」 今や再生可能エネルギー「後進国」:PRESIDENTOnline - プレジデント」

経団連など日本の経済界は「原発ゼロは不可能」としている。だが、三菱総研理事長で元東京大学総長の小宮山宏氏は「できるに決まっている」と断言する。小宮山氏は「脱原発は世界の潮流。米国や中国も再生可能エネルギーに舵を切った。このままでは日本は乗り遅れる」と警鐘を鳴らす――。

再生可能エネルギーのコストが原発を逆転

実際のところ、311(東日本大震災)の東京電力福島第一原発事故の後、何年間も、日本は原発ゼロの状態でやってきました。いまさら「やれるか」「やれないか」という議論をするなんてムダ。全く話になりません。
もう少し、前段の流れから説明しましょう。エネルギー源は、石油や石炭などの化石資源から「非炭素資源」に変えていかないと、地球温暖化の問題は解決できません。
私は、21世紀中に変えざるをえないと考えています。
では、ここで言う「非炭素資源」とは何か。選択肢は大きく2つ、原子力か、再生可能エネルギーです。ここまでは、議論の余地はありません。
選択には、「どちらが安いか」という、コストを考える必要があります。私は1999年に『地球持続の技術』(岩波書店)という本を出していますが、この本をまとめていた1990年代は、まだ原子力発電による電力コストの方が相当安いとされていました。
当時は、ようやく太陽電池が家庭の屋根に載り始めたころで、風力発電の発電規模もかなり小さかった。再生可能エネルギーで、大量のエネルギーをまかなえる状態ではありませんでした。
しかし私は、技術の進歩を考えると、いずれどこかのタイミングで、再生可能エネルギーの供給規模やコストが、原子力と逆転すると考えていました。
実際は、私が当時予測していたよりも圧倒的に速いスピードで逆転しました。再生可能エネルギーのコストが安くなる一方で、原発についてはリスクの大きさがコストに加わるようになった。今や原発を新設するよりも、再生可能エネルギーの発電所を新設する方が安いのです。
実際に、2016年に世界で実行された発電所投資額の70%が、再生可能エネルギーに向けられています。ちなみに投資額の25%が火力発電所で、原発の投資額は5%に過ぎません。
再生可能エネルギーには大きく5種類、水力、風力、太陽光、バイオマス、地熱があります。このうち、その土地で一番安いものを選べばいいのです。日照時間は短くても風が強いというところは風力、水が豊富なところは水力、森林が豊富なところはバイオマス、アイスランドのように火山が多いところは地熱発電を使えばいい。世界では、その国や地域に合った再生可能エネルギーを選択し、どんどん開発を進めています。それがこの、投資額の70%という数字に表れています。

原発を「作ってしまった」日本の難しさ

世界でこうした流れが進んでいる一方で、日本の再生可能エネルギーの取り組みはまだまだです。日本の難しさは、これまですでに30兆円も原発に投資し、設備を作ってしまったことにあります。
原発は、「作るとき」と「使い終わった後」に非常にお金がかかります。でも、使っている間はとてもコストが低い。これだけ原発を作ってしまったわけですから、使い終わった後のことを考えず、使い続けていれば費用は安くすみます。つまり、今の日本は、「使い終わった後をどうするか」という問題を先送りにしているのです。
ただ、日本は東日本大震災で深刻な原発事故を起こしました。世界の国々は、「日本ですら事故を起こしたのだから、うちの国も起こすかもしれない」と、原発の稼働や新設を止めた。欧州では、新設や稼働はもちろん、将来にわたって原発は使わないと決めた国も出てきています。中国やベトナム、トルコなども、新設計画はありますが実際は進めていない。それが世界の潮流になっている。それなのに、事故を起こした当の日本が、なぜまだ原発を推進しようとしているのか。
さらに、政府は「今後もベース電源は原発で」と言っているようですが、今、「ベース電源」という考え方をしている国は、日本くらいじゃないでしょうか。
確かに風力や太陽光は、気候などによって発電量が変わりますが、水力やバイオマス、地熱は安定電源です。
さらに、風力や太陽光でも、水力と組み合わせることによって、電源としての不安定さを解消できます。
水力発電では、余剰の電気があるときに、タービンを逆回転して下流の水を上の貯水池に上げておき、必要なときに水を落として発電する「揚水発電」ができます。いわば電気を蓄えておく蓄電池の役割を果たします。これは非常に効率がよくて、「貯めた」電気の85%くらいは後で使うことができます。
揚水発電はもともと、原発の電気が需要の少ない夜に余るため、それを活用するために開発されたものです。でも、太陽光や風力など、供給が不安定な電力の余剰電力を貯めておくのにも使えます。九州電力では今年のゴールデンウィークに、需要の70%以上を太陽光で発電しパンク寸前になりましたが、揚水発電がフル稼働して問題を解決しました。

再生可能エネルギー「後進国」日本

水力発電は、さらに大きな可能性を秘めています。現在主流の、大型のダム開発を伴うような水力発電所は、すでに作れるところには作ってしまっており、新設は難しくなっています。しかし、出力規模1万kW以下の小水力発電のポテンシャルは高く、全国で約1000万kWと試算されていて、原発10基分に相当します。このすべてを開発するのは難しいかもしれませんが、原発3基分くらいなら十分可能です。
こうした小規模の水力発電は、ダムを使いません。水力発電は、要は、上から下に流れる水の力(位置エネルギー)を使えばいいので、ダムが造りにくいようなところであっても、小さなためを作って管路で落とし、下でタービンを回せさえすれば可能です。
例えば、和歌山県の有田川町では、県営ダムの放流水を使った町営二川小水力発電所を運営しています。ダムは通常、下流の生態系を維持するために、常に一定量の放水を行う「維持放流」をしています。この放流水にタービンを入れ、最大200kW、年間120万kWhの電力を作っているのです。日本では、ほとんどのダムで維持放流をしていますから、開発の可能性は非常に大きいといえます。
今後の電力システムは、従来のように大きな発電所で集中的に発電して電気を配る、というやり方ではなくなるでしょう。揚水発電のほか、電気自動車やプラグインハイブリッド車などに搭載された電池も、太陽光や風力発電の余剰を貯める蓄電装置として使えます。こうした多様な蓄電機能と、発電パターンの異なる複数の再生可能エネルギーを組み合わせて、電力を供給する技術が求められます。
残念ながら日本は、こうした再生可能エネルギーの分野では後進国となってしまっています。ドイツでは、電力供給の30%以上が再生可能エネルギー、中国でも昨年は28%に達していますし、アメリカももうすぐ20%になります。日本は2015年現在で、わずか4.7%です。

2050年以降エネルギーコストはゼロにできる

こうした現実を見ると、エネルギー問題について悲観的になるかもしれませんが、その必要はありません。
まずは2050年の日本を描きましょう。人口は今より2割以上減少していますし、技術革新で省エネルギー化も進み、エネルギー消費量は今の半分以下になります。今よりずっと楽になります。それくらいの量は、再生可能エネルギーで十分供給できます。
5つの再生可能エネルギーをどんどん開発する。それがもっとも負担を伴わない方法なのです。次世代に対して、2050年以降はタダになるエネルギーを残すことができます。その上、現在化石資源の輸入に使っている25兆円が、すべて内需に振り向けられるようになります。都市よりも地方に落ちるお金となり、地方再生の中核となるビジネスになりえます。
現在日本では、原発に反対している人の方が多いのに、原発を稼働させ、原発事故が起きたときの避難演習をしたりしている。ほかにも、サイバーテロに襲われたらどうするか、北朝鮮が原発周辺に爆弾を落としたらどうするか、と、リスクや不安要素は本当にたくさんあります。こうした不安を抱えて「イヤな思いを持ち続けるコスト」を、将来も抱え続けるのは本当にいいことなのか。しっかりと考えるべきでしょう。

小宮山 宏
三菱総合研究所理事長。1944年生まれ。67年東京大学工学部化学工学科卒業。72年同大学大学院工学系研究科博士課程修了。88年工学部教授、2000年工学部長などを経て、05年4月第28代総長に就任。09年4月から現職。専門は化学システム工学、CVD反応工学、地球環境工学など。サステナビリティ問題の世界的権威。10年8月にはサステナブルで希望ある未来社会を築くため、「プラチナ構想ネットワーク」を設立し会長に就任。
沢田研二のコンサート、かなり政治的だとは聞いていたけど、ここまでとは思っていませんでした。
ウェブロンザ、途中までしか読めませんが・・・。

今のジュリーは、だから公演中止だってOKなの
矢部万紀子 コラムニスト

 これから私が書くことは、沢田研二さんのファンならみんな知っていることだ。
「今さら感」満載に違いない。
 だけど、テレビで沢田さんの「公演ドタキャン」が取り上げられても、きちんと「最近のジュリー」を話す人がいなくて、やっぱりテレビだと話せないんだなと思い、書くことにした。ごく個人的な体験を通した「最近のジュリー」の話だ。

毎年3月11日に新譜

 始まりは、2016年の夏の終わり頃、出版社を定年退職したフリー編集者とのランチだった。「行けない人が出て、ジュリーのコンサートのチケットをもらったの」。彼女がそう話し出した。
 「昔の歌なんて、ほとんど歌わないのよ。ずーっと知らない曲を歌っててね。何だろうと思って、じーっと聞いてたら、全部、反原発の歌なのよ。私、感心しちゃっ
た」
 そういう話だった。
2013年には「ザ・タイガース復活コンサート」が大いに話題になっていた。その中心にいたジュリーが反原発? 興味を持って、早速調べた。驚いた。
 2012年からジュリーは、3月11日が来るごとに新譜を出していた。大手のレコード会社からではなく、 <http://www.co-colo.com/top.html> 自分のレーベルからだった。当時、すでに5枚そろっていたアルバムのタイトルを、2012年3月11日リリースから並べていくとこうだった。
 3月8日の雲→Pray→三年想いよ→こっちの水苦いぞ→un democratic love
 被災地への思いが、タイトルだけで伝わってきた。毎回4曲収録で、作詞はすべてジュリー。その頃シニア女性誌の編集長をしていたので、これは記事になると思った。当時、ジュリーは68歳。同世代の読者がたくさんいるから、今の彼を知りたい人は多いはず。そう思い、5枚のアルバムを買って聞いてみた。これまた驚いた。
 ストレートだった。だけど名曲ばかりだった。2曲だけ取り上げる。
 まずは「三年想いよ」に収録された「一握り人の罪」。
 「原発に怯える町 原発に狂った未来 繰り返すまい明日に 一握り人の罪 嗚呼無情」。そう終わって、そこから子どもたちの合唱が入る。「はーいろ、はいろ。輪の中、はいろ」。
 「かーごめ、かごめ」の調子だ。輪の中に入りましょうと呼びかける相手の名を呼んでいく。「ふくちゃん、げんちゃん」から始まり、「つるちゃん、もんちゃん、おなちゃん」のあたりでオヤっと思い、「とまちゃん」で膝を打つ。「敦賀」「もんじゅ」「小名浜」「泊」なのだ。はいろ=廃炉。夜、一人でこれを聞いていて、その仕掛けがわかった瞬間、ちょっと鳥肌がたった。ジュリーの気迫が、子どもの声から伝わってきた。
 もう1曲はアルバムタイトルにもなっている「un democratic love」。
 「もしかしたら君は 本当の愛 知らない」で始まる。ラブソングの出だしっぽい。こう続く。「怒らないで君は 勝手だから いつもなし崩しだ 会話にならない」。ん?と思っていると、「祈りますとも 君と国のため 君と同じくらいに 自由が好きでも」と続く。サビはこうだ。
 「君の愛は束縛 君の愛は強権 心の深さに届かないんだ 君の愛は軽率 君の愛は簡単 un democratic love don't love me so」
 「君の愛」は、まだまだ続く。君の愛は「冷酷」。以下、不遜、脆弱、違憲、狡猾、蹂躙、ダダっ子と来て、最後は危険。

 メロディアスなラブソングの仕上がりだが、聞くたびに口元が緩んでしまう。「安倍さーん、そんなに愛さないでって、言われてますよー」。
 当時、こう理解した。これは「我が窮状」に連なる系譜だな、と。
 2008年にリリースされたジュリーの還暦記念アルバム。中に収録された1曲が「我が窮状」だった。作詞はジュリー、作曲は大野克夫。「この窮状 救うために 声なき声よ集え 我が窮状 守りきれたら 残す未来 輝くよ」。ステキなバラードだ。
窮状=9条。伸びやかな声で、憲法の窮状を歌う。なんてオシャレなんだ、ジュリー。
 ということを把握している程度には、ジュリーが好きだった。3・11シリーズを記事にしたいと思い、即、取材を申し込んだ。そこからの話は後で書く。

「同窓会」度の低いコンサート

 昨今の「ドタキャン事件」に話を戻す。コンサートが開かれなかったさいたまスーパーアリーナの映像が、翌日のワイドショーで何度も流れた。「契約上の問題が発生した為、中止する」という手書きの張り紙に加えて、「本日のセットリスト」がチラッと映った。
 「カサブランカ・ダンディ」が1曲目、少し下に「F.A.P.P」とあって、これには見覚えがあった。
 2012年リリースの「3月8日の雲」の3曲目だ。「バーイバイF.A.P.P、バーイバイ原発」。そんなサビを高い声で歌う。ジュリーに似合う、明るい歌だった。FukushimaAtomic Power Plant= F.A.P.P。ああジュリーは、そういうコンサートを続けているのだな。
 そう思って確認した。 ・・・
ボブ・ディランのフォーエバーヤングという歌があるのですが、詩人のアーサー・ビナードさんが、日本人の訳はとても変だというんですよね。
「永遠に若く」とか、ドモホルンリンクルのCMみたいだって(笑)
ヤングは、ここではそういう意味じゃないよっていうんです。
毎日が新鮮に、溌剌として、成長の過程にあって、生き生きとして・・・そういう、ずっと進歩しつづける人のイメージ?
アーサー・ビナードさんが、それを絵本にした際の訳が「はじまりの日」っていうんです。
毎日がはじまりの日でありますように、っていう感じ。
生まれたわが子に贈った歌詞なんですって。
なんか、元気が出ますよね。

May you grow up to be righteous
May you grow up to be true
May you always know the truth
And see the light surrouding you
May you always to be courageous
Stand upright and be strong
May you stay forever young

Forever young, forever young
May you stay forever young

May your hands always be busy
May your feet always be swift
May you have a strong foundation
When the winds of changes shift
May your heart always be joyful
And may your song always be sung
May you stay, forever young
社会の歪みを受けて、汚れて腐ったウソだらけの人間にはなるな
自分の中の誠実さとピュアさを大切にして生きなさい、そう言われているみたい。
堅い話はこのくらいにして、ちょっと、のんびりモードになろうと思います。

今日は、午前中、カイロプラクティックへ、午後は近場の板橋のプラネタリウムへ。
次女が「プラネタリウム〜」とうるさいのですあせあせ
「プラネタリウム〜」か「ディズニ〜」なんですよね。
で、手近なところですませることにしました。
今日のテーマは、「宇宙人は存在するか?」
おもしろそう〜。
でも、次女の関心は、「サンタは存在するか?」なのです(笑)
「少なくとも、空を飛ぶというのは、違うよな〜って思うでしょう?
じゃ、いったいどこから入ってくるかが問題なんだよね〜」って(笑)
ファンタジーな世界を、ロジスティックに考えようとしているところが面白くて、ウソを突き通す私顔(サングラス)
どんなふうに事実を知ることになるのか、そのとき親への評価がどうなるのか?
怖いような、楽しみなようなあせあせ
>>[15]
ジュリーの件も反芻してたのですが、コメントする前に力尽きて寝落ちしちゃうんですよね(苦笑)。
窮状、なるほど〜!
コンサート、一度行ってみたいですね!

次女さんのプラネタリウム好きが続いてますね。
ただのマイブームでは終わりそうにない・・・楽しみです。
サンタは存在するか?という疑問を持つものの、プレゼントが欲しいとか世俗的な事は仰らないところがオトナ〜ウッシッシ
>>[16]

沢田研二のコンサート、おもしろいかもしれませんね。
わが窮状は、何年か前から話題でしたけど、まさかそんなに全体的に政治の歌を歌っているとは・・・。
で、そういうコンサートに、そんなに人が入っているとか・・・。
さすがジュリーとしか言いようがありません。
吉川晃司とかもね、イマジンをアレンジして歌ったりしてるみたいですけど、忌野清志郎以来じゃないですかね。
こんなにはっきりと表明している人って。

次女のクリスマスの話題は、もちろん、まずはプレゼントからですよ(笑)
もう、早くからポケモンのオモチャと決まってるんです。
私が、ポストにサンタさん宛ての手紙を投函したことになってます(笑)
で、誕生日も12月なのですが、それは望遠鏡なんですって。
望遠鏡って、高い割に、ふつうの子どもには使いこなせないグッズなんですよね〜。
困るなぁ、と思いつつ、せっかくそういう方面に興味を持ってるなら、買ってあげなきゃですよね〜。
この前は、星座盤を欲しがってたので、買ってあげたんですけど、なんでそんなに興味が湧いているのか不思議です。
たぶん、最初はお姉ちゃんが話して聞かせた神話がきっかけだったんじゃないかと思うのですが、やっぱり宇宙って好奇心をそそるんでしょうね。
英雄という言葉が、いまひとつ好きになれないというか、なかなか自分の口から出てこない言葉だな、と思っています。
「君たちはどう生きるか」という本で、ナポレオンが英雄として出てくるけれど、気持ち悪いなぁ、という感じがしたんですよね。
小林多喜二は左翼の英雄と書いたけれど、これは、こう書かざるを得ない感じがしたんですよ。
アーサー・ビナードが被爆者の谷口すみてるさんを「僕の英雄」と書いたけれど、これは本当に、英雄という言葉をピュアな感覚で使っているな、と思ってしまうんですよね。
「僕の英雄」って、少年の憧れの響きがあって、誰にも抗えないものを感じるじゃないですか。
子どもの時に、スーパーマンでもウルトラマンでも、未来少年コナンでも、誰でもいいんだけど、まっすぐに憧れられる存在。
おとなになると、なかなかそういう人なんていないんだけど、「谷口すみてるさんかぁ、アーサー・ビナードさんにとって、あんなにタフでカッコいい人はほかにいなかったに違いない」と素直に思ってしまえるんですよね。
英雄の共通点は、自己犠牲だと思うんですよ。
こんなに苛酷な運命を乗り越えて、正義を成し遂げたよ、という物語に、誰もが心を揺り動かされてしまう。
とても危険ですよね〜(笑)
それに憧れて、自分を犠牲にすることをいとわない追随者を生み出してしまうんです。
大河ドラマとか、白虎隊とか、赤穂浪士とか、よくあるじゃなきですか。
悲しげなBGMが流れて、雪の中、志士たちが次々と打ち果たされていくの。
あのイメージ。
好きですよね。
左翼的に言うと、小林多喜二なんですよね〜。
ボコボコに殴られながら、絶対に転向しないという・・・。
憧れちゃいますよね〜。
危険だと思う(笑)
英雄とかって、褒められるって、けっこう危険なことだと思うんですよね。
軍事政権下ならともかく、民主主義の下では、まず自分を大事にすることがいいのかもな、と思います。
私ね、「賢母」という言葉は絶対に拒否って思ってるんですよ。
何がきっかけかというと、これも西尾幹二の本だったと思うんだけど・・・。
似たような話が石原慎太郎の文章にもあったような気がするんですよね。
曰く、自分の母は「賢母」と呼ばれていた。兄が予科練に志願するというとき、短剣を兄の前に置き、もしも捕虜になるようなことがあったら、これで自害せよと言った・・・と。
たしか、こういう話だったんですよ。
で、戦争で負けた後、月の夜に母親は、じっと闇の中を佇んでいた、背中を見ているととても声をかけられないようなすべてを拒絶する背中だった・・・っていう、こういう文章だったんです。
読んで、つらいなぁ、って思いましたよね。
自分が「賢母」と評価されるために、この人は、わが子の命を差し出したんですよ。
絶対にやっちゃいけないって思いました。
愚母でいい!って心の底からね。
この開き直りが大事だと思うんですよ。
社会が歪みはじめたときに、何が指標になるかっていう話なんですけどね。
それが、国家のためであろうと、革命のためであろうと、人間を犠牲にする正義ってないんじゃないかなって思うんですよ。
小林多喜二を否定しているんじゃないですよ。
人間を一番大事にする選択を、いつも心がけたいなあっていう話なんです。
わが子を犠牲にする賢母なんていないし、人を殺しまくる英雄なんていないよな、私の中では・・・っていうことなんです。
そして、みんなに、自分を大事にして欲しいし、子どもがいるなら、子どもを大事にしてほしいんですよね。
評価なんて気にせずに・・・。
次女がサンタさんにお願いしているサンタさんのプレゼント。
ポケモンのゲームとニンテンドースイッチのセットなのですが、値段を見て、目玉が飛び出ました。
4万円近くするんですよ!
高すぎるでしょ!
で、次女に
「こんなに高いと、サンタさん困っちゃうんじゃない?。もうちょっと安いのにするとか・・」
と説得を試みるも、
「サンタさんなら大丈夫だよ」
と意味のわからない自信。
こういう都合のいい解釈が、詐欺に引っかかる土壌になるんじゃないか?と思いつつ
「サンタさんだって、高いのは困ると思うよ」
というと、
「パパに言ったら、それじゃあ、パパの分もサンタさんに同じのを頼んどいてって言ってたよ」
との返事。
ええ〜っっ!
なんっつう無責任な・・・。
「それってさぁ、ありえないほど図々しい親だよねむかっ(怒り)
サンタさんに親の分のプレゼントまで、子どもを通して頼むなんてありえないっっむかっ(怒り)
と私が答えると、次女はケラケラ笑ってますあせあせ
その後、パパに抗議すると、
「ちゃんとサンタさんが大変だよって言ったんだよ。
次女が、サンタさんは工場でプレゼント作ってるから大丈夫だっていうからさ」
だって。
当事者意識ゼロむかっ(怒り)
もう、そっちでお金出してよ!って感じですむかっ(怒り)
で、次女に
「サンタさんだって、お金がいるんだよ。
あんまり高いと大変だよ」
と説得を試みたのですが、
「サンタさんは偽札作ってオモチャ買うから大丈夫だよ」
ととぼけ続けるんですむかっ(怒り)
「それじゃあ、サンタさん、犯罪者じゃん!」
と私がいうと、ケラケラ笑って、
「じゃあ、駅前でプレゼント用の募金を集めてるんだよ」
「誰が、そんな募金をしてくれるんだよ!」
とツッコミ、
「もう、そんな高いのを頼むんじゃ、サンタさんからのプレゼント来ないかもしれないよ」
というと、
「え〜っ、それはイヤだ」
って、どこまでわかってて言ってるんだか・・・あせあせ
ほんと、変な知恵がついてきて困ります。
>>[19]
た、高いっ(汗)!
それでプレゼント、どうするんですか??
まさかスイッチ本体だけ〜、という訳にはいきませんしねぇあせあせ

でも次女さん、カワイイウッシッシ
そうなゆですよね〜。
なんとか、分割にしていただけないでしょうかって感じなんですけど(笑)
どうしますかねぇ。
ちょっと考え中ですあせあせ
BTS騒動、過熱していますね。
なんとも、モヤモヤしてしまいます。
こういう時に、韓国政府は、広島にいた韓国人、朝鮮人もたくさん犠牲にあったんだということを、一言国民に伝えてほしいですよね。
そんな「正義」は存在しない。
もし、原爆を正義の鉄拳の象徴のようなつもりでTシャツを着たのだとしたら、それは違うんですよね。
そういうものを掲げたくなった気持ちはわかるけど、表現の仕方が明らかに間違ってる気がします。
アルジャジーラだったかな?海外のメディアが、この騒動が日本の戦争犯罪に目を向けるきっかけになるだろう的な報道をしている海外メディアがあるだろうというのを読んで、モヤモヤしてたんですよね。
もし、そうだとすると、原爆というものを知らなすぎるから出てくる言葉じゃないのかな?と。
人道に対する罪・・・。
原爆こそ、それだと思います。
もちろん、重慶爆撃も、南京虐殺も、慰安婦も、人道に対する罪だけど。
人道に対する罪は、どんな理由があったとしても、やってはならないものだと思う。
原爆の被害だけが世界に知られていて、慰安婦や日本による虐殺の被害が知られていないのは、割に合わないという考えはわからなくはないけれど・・・。
誰が加害者で、誰が被害者かというと、国家が加害者で、庶民が被害者なんですよね。
どこの国でも、権力者は生き残り、戦後も豊かな生活を享受し、庶民は原爆や爆撃や虐殺やレイプで、戦後も苦しんできたんです。
そこの対立軸がおかしくなってるんだろうなぁ、という気がします。
日本はたしかに加害者なんですよね。
あの戦争をはじめた罪は消えない。
虐殺や強制労働や戦時性奴隷制度の罪も消えない。
原爆の被害によって、あがなわれるものではないんですよね。
もう一方で、原爆で傷つけられた被爆者たちの痛みを世界中に知ってもらうことの意味はほんとうに大きいと思うんですよね。
それは、未来を忌まわしい時代にしないために絶対に必要なことで、そのために自分の痛みに耐えて世界に訴えた被爆者たちもいるのだから。
左翼が加害について、あれこれ言いはじめたのは、実のところ、海外で原爆の被害を訴えてきた被爆者の体験が下敷きにあるんじゃないかと、私はそんな気がしているんですよね。
「はだしのゲン」なんて、まさにそういう作りになっているのだけれど、最初はありったけの怒りを込めて、原爆投下の罪について、アメリカへの怒りも含めて描いているのだけど、後ろの方になってくると、旧日本軍の加害がいかにヒドかったかが、これでもかと言わんばかりに出てくるんです。
被爆者が海外で語り部をしていて、たとえば韓国などで会場から「日本も韓国に対してひどいことをしたのに、被害者づらするな」的に言われた体験などが出てくるんです。
それで、その人は帰国して、日本の加害について勉強して、語り部の中で必ず、日本軍の加害についても語るようにしたというんですね。
それをやらないと、素直な気持ちで聞いてもらえない、と周りの被爆者たちともずいぶん議論をしたというのです。
「はだしのゲン」はアメリカの大学で教材になっているし、世界中の言葉に翻訳されて読まれているのですが、それができるのも、日本の加害について描かれているし、日本政府が戦争に反対するゲンの父親を拷問したこと、その父親さえも悲惨な死に方をしたこと、韓国人の朴さんが親切で、その父親も悲惨な死に方をしたことなど、戦争の被害国にも十分に通用する描き方になっているんですよ。
これは、ものすごい偶然で、作者の父親がそういう反戦活動家だったからこそできたことなんだけど、私には、ほとんど宿命的とも運命的とも言えるというか、こういう作品を残すために生まれて生きてきたような人だったんだと思うんですけどね。
私が、BTS騒動で、釈然としないのは、これで最初に騒ぎ出した人たちって、「では、原爆の悲惨さを海外に知らせる努力をしてきましたか? 韓国の人たちに、こんなにひどいんだったら正義だなんて言うのはやめた方がいいと思ってもらえる努力を何かしてきましたか?」って聞きたくなることなんです。
韓国の若者がなんにも知らないで、ああいうことをやってしまったのは、私たち日本人がちゃんと伝える努力をしてこなかったからでもあるんですよ。
私、ネトウヨに言われましたもん。
「原爆の悲惨さを言い立てるのは左翼だ」って。
「共産党が自分の陣地を広げるためにやってるんだ」って。
また出たよって思うんですよね。
そんなこと言ってるから、核兵器のおぞましさを知らないままに、政権に就いてしまう金正恩とかトランプみたいな人が出てくるんでしょう。
誰が何を言っていても、やらなきゃいけないことはやらなきゃいけないんですよ。
で、ネトウヨにこう言われたこともあります。
「南京虐殺とか言うけれど、日本だって原爆投下されて悲惨な虐殺を受けている。だけど、日本はアメリカに対して、後になっていろいろ言い立てたりしてないじゃないか」って。
だから、こんなことになってるんじゃないですか。
アメリカを怖がって、言うべきことを言わずにきたから、「核兵器で自国を守る」という考え方の誤りが未だに正されず、人々は核戦争の可能性におびえてなくてはいけない。
化学兵器は禁止になったのに、それよりも非人道的な核兵器は禁止にならない。
挙げ句の果てに核開発競争に興じている。
「あなたたちがそういうことを言っている間に、被爆者と私たちの仲間は、アメリカに出かけて行って、ちゃんと訴えているんですよ。
1人でも多くのアメリカ人に核兵器を使うことのおぞましさをちゃんと知ってもらう必要があるから」
私の父も、被爆者に同行してアメリカに行ったことがあります。
父に何か大したことができたわけじゃないと思うので、お世話係か何かだったと思うんですけど。
だから、草の根からコツコツと知ってもらうことがどれだけ大変なことか、なんとなくわかります。
砂漠に水を撒くような果てしない仕事だったんじゃないですかね。
そういう努力もしないくせに、こういうときだけ「反日だ」とか言って騒ぐって、不毛な人たちだなぁって思っちゃうんですよね。
言ってることは間違ってないから、批判はしないですけど、そんなに騒ぐんならもっと原爆について伝える活動をしようよ、そして、その時に日本が加害行為について「いつまで謝罪しなくちゃいけないんだ」という態度をとることが、どれほど原爆について知ってもらうための障害になっているか、知っておこうよ、って思うんですよね。
こういう風に、日本と韓国の若者たちが、無知ゆえにもめている状態が、情けなくて、先立たれた被爆者たちに申し訳がない気持ちになってしまいます。
BTSの人たちには、ぜひ広島長崎に来てほしいですね。
広島も、おそらくリニューアルされて以降そうなってるんじゃないかと思うのだけど、長崎の平和資料館はたくさんの韓国人が訪れているし、韓国の人たち向けに、韓国人の語り部の話もいくつか放映されているし、韓国人被爆者がいかに苦労したかが展示でわかるようになっています。
そして、原爆が投下されたから終戦になったんじゃないというのも、大事な事実です。
本当はすでに終戦の見通しが立っている中で、原爆の威力を確認するために落としたんですよ。
相手がアジア人で、罪悪感があまりなかったから。
実際、朝鮮戦争のとき、マッカーサーは北朝鮮に原爆を落とそうとしていたんですよね。
世論が猛反発して、ストックホルムアピール署名が猛烈な数集まったりしたから、さすがに「悪魔の兵器」は使えなくなった。
日本人もものすごい数の人が署名をしたんですよね。
そういう国際世論がなかったら、北朝鮮だって原爆の悲劇に直面したかもしれないんです。
そういうことも、北朝鮮と韓国の人々は知っておいた方がいいんじゃないかと思います。
日本では、アメリカのプレスコードの下、ゲリラ的に写真パネル展などをやったりして、原爆の悲劇がゆっくりと伝わっていった。
でも、それが本格的に爆発したのは、アメリカのビキニでの水爆実験で被曝した第五福竜丸の事件が起きたときでした。
それまでは、日本人もあまり実相を知らないまま、あのままだと風化してしまったかもしれないんですよね。
無知って怖いなぁと思います。
何にも知らないままに、韓国と日本の国民は騒いでいるけれど、この対立をほくそ笑んでいるのは誰でしょう?
韓国人は原爆の悲惨さを知らないままに、日本人は日本軍の性奴隷制度の悲惨さを知らないままに、またいつか権力者たちが核兵器を使ったり、兵士たちを戦場に送り出したりする時代が来てしまうかもしれないんです。
そうならないように、お互いに戦争の悲惨さをよく学び合うことこそ、知恵なんじゃないかなと思うんですけどね。
本当の加害者は権力者。
第二次世界大戦でいうなら、軍国主義の日本政府と、原爆を投下したアメリカ政府。
戦争で悲惨な思いをするのは、いつだって、声を上げることすらできない一般庶民なんです。

被爆者は、自分が痛みと怒りを知っている。
海外で「日本だってひどいことをした」と罵倒された被爆者は誰だったかなぁ、とネットで調べていたら、韓国じゃなくてマレーシアの話が出てきました。
リベルタスとかいう名前がついたホームページから、該当部分をコピペします。
また、ちょっと長くなっちゃって、すみません。
 事情はほかのアジアの国々でも変わらない。1989年3月8日の毎日新聞広島市内版に、「なぜ原爆の被害面しか訴えぬ?」との見出しの記事がある。華人系マレーシア人留学生は、広島の原爆資料館を見学した母国の一行のひとりが「該死(ガイスー)!」とつぶやいた、という話を明らかにしている。「死んで当りまえ」という意味だ。留学生はこれを通訳するのをためらったが、彼が小学4年生で広島の原爆投下を学んだとき、教科書の記述、先生の教え方は「日本がマレーシアに残酷なことをした報復」という内容だったという。 
 
 「東南アジアと日本 終戦記念日に寄せて」と題する読売新聞(夕刊)の1984年8月13日からの連載で、フィリピンの著名な作家フランシスコ・ショニール・ホセは、日本軍の侵略後に人びとが過ごした苛酷な年月をふりかえり、1945年に米軍がフィリピンにもどってきたときの心境をこう記している。「われわれの多くにとって、たった一つの願いは(米軍の)日本進攻に加わって、日本軍がわれわれにしたことを倍にして仕返しすることだった。広島に原爆が投下されたとき、われわれは日本に対する憎悪の余り、東京、京都など日本の都市全部を見逃した米軍は手ぬるいと思ったほどだった」 
 
 日本でも、こうしたアジアの声に耳をかたむけ、相互理解を進めていこうという動きが出てきた。原爆で左足を失い、「広島を語る会」の「語り部」をつとめてきた沼田鈴子がその一人だ。 
 
 沼田は長いこと、修学旅行生たちに被爆の苦しみだけを語りつづけていた。ところがある日、広島を訪れたマレーシア人から、「マレー半島で住民を次つぎに虐殺していったのは広島の歩兵第十一連隊だった」と聞かされた。沼田は1989年、マレーシアに行き、日本軍の犠牲者や遺族らに頭を下げ、「日本人が憎いかもしれないが、被爆の実態も知ってほしい」と語りかけた。原爆の悲惨さを初めて知ったマレーシアの人たちは、沼田の手を握りしめ「被爆者の苦しみがよくわかるようになった」と語ったという。 
 
 沼田によれば、「原爆投下で自分たちは助かった」と思いこんで、広島を訪れるアジア人は中国やフィリピンからの人にも多い。だが、初めて被爆の惨状をしると、自分たちの原爆認識を反省し、アジアの人びとも広島の人びとも同じ戦争の犠牲者として、平和の貴さを語り合える場がひらかれていくという。そして「原爆投下を正当化しようとする米国の切手は絶対許せない」と主張しながらも、アジアの人びととの交流をつうじて「真実をしっかり見つめること、そして戦争には加害と被害の両面があることから目をそらさないことが第一歩」と説く。 
 
 加害・被害の関係を超えてアジアとの共生関係を築くための試みは、メディアにも出てきた。中国新聞は1992年から93年にかけての連載「亜細亜からアジアへ」で、日本の戦争犯罪の跡とアジアの人びとの思いを検証した。記者たちはシンガポール、マレーシア、韓国、台湾、インドネシア、タイ、フィリピン、中国で取材をかさねた。
一冊にまとめられた同名の本によると、被爆地の新聞として、被爆者の心情をかんがえると、企画にためらいがなかったわけではないという。だが、読者の反響は「賛否両論に分かれながらも、投稿者の全員がヒロシマを問い続ける意義を見据えていたといえる。この結果は救いだった」と総括されている。少数ながら、アジア各地で反核運動にとりくむ人たちから「被爆の実相をもっとアジアに伝えてほしい」という要望もあった。

ログインすると、残り1件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

玉川 徹 を 応援する 更新情報

玉川 徹 を 応援するのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。