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聖書解釈コーナー。

聖書解釈コーナー。 2016年11月05日 22:44
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今年の始めにレーマという特殊な賜物を授けられ、聖書の解釈ができるようになりました。
聖書の中で理解できない箇所があれば書き込みして頂ければ解釈させて頂きます。

コメント(138件)

[99]2016年11月26日 17:43
>>[098] キリストと天の父のことは理解していましたが、話をしたのは天の父に対してです。
詩編の解釈をする時は、キリストとなりますが、現代人に対して解釈するとそういうことになり、ダビデ本人が誰に話していたのかということを追求すると天の父ということになります。
[100]2016年11月26日 19:19
>>[99]

現代人が聖書を解釈するときは、ダビデにキリストの啓示が与えられているように理解されやすいが、実際はダビデにキリストの啓示が与えられていなかったので、ダビデは天の父に話していたと、そのように聖霊から教えてもらったということですか?
[101]2016年11月26日 19:21
>>[100] 啓示は与えられておりましたがその時はキリストはいませんでした。
[102]2016年11月26日 19:24
>>[101]

「私の主」は、ダビデにキリストの啓示が与えられていた表現ではあるが、実際に話しかけていたのは父なる神ということになりますか?
[103]2016年11月26日 19:24
>>[102] そのような意味です。
[104]2016年11月26日 21:58
>>[103]

了解しました。ありがとうございます。

Lisaさんは、聖霊に聞けば、イエス様が語ったたとえ話の霊的意味や聖書の教理的に難解な聖句も教えてもらえるのですよね。

私は、1984年9月30日に信仰告白し、すぐに聖霊のバプテスマを受け、霊の祈りができるようになりましたので、その頃から聖書を深く理解できるようになりました。

まさに、すべての真理は聖霊によって導き入れられるという体験を繰り返ししています。

ただ、聖書解釈については、32年にわたる信仰生活によって、いろいろなメッセンジャーから影響を受けた面があり、一つ一つの解釈が聖霊に導かれたものなのか、人間的な考えに基づくものなのかを吟味する必要を感じています。

そこで、今までに私が聞いてきた聖書解釈を、Lisa さんに吟味していただくことは可能ですか?


[105]2016年11月26日 21:59
>>[104] 可能です。
[106]2016年11月26日 22:58
>>[105]

それでは、イエス様が語った「良きサマリヤ人」のたとえ話の霊的意味についての吟味をお願いします。

信仰を持ち始めて、まもなく、ルカ10章の有名な良きサマリア人のたとえ話の霊的意味について、メッセンジャーから教えを受けました。

まず、ルカ10章30節から35節までの良きサマリヤ人のたとえ話の聖句を引用します。

30
ある人が、エルサレムからエリコへ下る道で、強盗に襲われた。強盗どもは、その人の着物をはぎ取り、なぐりつけ、半殺しにして逃げて行った。
31
たまたま、祭司がひとり、その道を下って来たが、彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
32
同じようにレビ人も、その場所に来て彼を見ると、反対側を通り過ぎて行った。
33
ところが、あるサマリヤ人が、旅の途中、そこに来合わせ、彼を見てかわいそうに思い、
34
近寄って傷にオリーブ油とぶどう酒を注いで、ほうたいをし、自分の家畜に乗せて宿屋に連れて行き、介抱してやった。
35
次の日、彼はデナリ二つを取り出し、宿屋の主人に渡して言った。『介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。


たとえ話の霊的意味ですが、

「ある人」とは人類で、強盗に襲われて半殺し状態になったとは、最初の人間であるアダムとエバが罪を犯したために人類に罪が入り、死が支配し、人類は神との関係を持てなくなって半殺し状態となり、罪の贖いがなければ人類は滅んでしまうような状態となった。

「祭司」は、アブラハムの時代など、律法が与えられる前の良心の時代を意味し、神は人間の良心に働きかけたが、人類は悔い改めなかった。
→ 祭司は反対側を通り過ぎて行った。

「レビ人」は、律法の時代を意味し、モーセに与えられた律法によって、神の聖さの基準が示され、律法を守れば主から祝福を受けるが、人類は律法を守ることができなかったので、律法ののろいを受けるようになってしまった。
→ レビ人は反対側を通り過ぎって行った。

「サマリヤ人」は、イエス・キリストを意味し、かわいそうに思い、強盗に襲われた人を介抱したのは、人類の罪を贖うための十字架の救いであり、オリーブ油とぶどう酒は、イエス様が父の約束として示した助け主なる神、聖霊を意味し、聖霊の癒しと油注ぎが与えられるということです。

サマリヤ人は通り過ぎずに強盗に襲われた人を宿屋に連れって行ったのは信仰によって救われる恵みの時代を意味し、宿屋は教会、宿屋の主人は牧師をそれぞれ意味します。

恵みの時代、クリスチャンの霊的成長や主の弟子になるための訓練を、主は教会によって導こうとしました。

サマリヤ人は、宿屋の主人にデナリ二つを渡したが、1デナリは当時の1日の労賃です。

サマリヤ人は、「介抱してあげてください。もっと費用がかかったら、私が帰りに払います。」と言ったのは、宿屋の主人に2日分の労賃を渡したことから、2日間の介抱を依頼し、2日経ったら宿屋に戻る意図がありました。

最初に宿屋に連れて行くのが、初隣のイエス様、宿屋に戻るのが再臨のイエス様。

その間は2日間

第二ペテロ3章8節の「主の御前では、一日は千年のようであり、千年は一日のようです。」を適用し、

宿屋で介抱を受けたのは2日間
→ 教会歴史は2000年間

初代教会誕生がイエス様の復活後50日経ったペンテコステの日曜日であり、仮に、ペンテコステがAD33年に起こったとすると、イエス様の再臨は2033年頃であることを霊的に示している。

これらの霊的な解き明かしは、聖霊に導かれたものですか?
[107]2016年11月26日 23:21
>>[106] 二日間というところにそこまでの大きな意味はありません。
キリストも隣人を愛しました、だからそのようにしましょうというような例え話です。
サマリヤ人はキリストでもあるしクリスチャンでもあるというような意味です。
[108]2016年11月26日 23:32
>>[107]

ある人、祭司、レビ人、サマリヤ人、宿屋などの霊的意味はどうですか?
[109]2016年11月26日 23:47
>>[108]
ある人→思い煩っている人、祭司、レビ人→律法的な人、サマリヤ人→人を愛する人、宿屋→助ける場所
です。
[110]2016年11月26日 23:59
>>[109]

助ける場所は、霊的にケアーするという意味では教会は助ける場所ですよね。教会というのは建物の意味ではなく、ギリシア語でエクレシア→ 召し出され者 という意味です。

主に召し出されたクリスチャンが集まり、霊的にケアーできる場所が教会です。

それゆえに、宿屋 → 助ける場所 → 教会 と考えていいのではないですか?

[111]2016年11月27日 00:12
>>[110] 深読みのしすぎのように感じますー(・・;)
助ける場所なのでもっと曖昧かつ広範囲の話です。
どこで助けても良いですし、時と場合によって人がどのような助けを必要としているのかは違うと思いますが。
[112]2016年11月27日 00:24
>>[111]

これは私が深読みしているのではなく、教会歴史2000年を導くための霊的な解き明かしとして、私の所属教会では繰り返し語られている内容です。

それで、宿屋 → 教会 と置き換えて霊的な解き明かしがなされています。

Lisaさんは、教会歴史2000年という解き明かしは聖霊に導かれた解釈ではないと感じているのですか?

教会歴史の年数について、聖霊はどのように教えているのですか?
[113]2016年11月27日 05:31
>>[112] それは違うと語られました。そこまでではありません。長い期間というようなニュアンスです。
[114]2016年11月27日 05:54
>>[112] 但し聖霊様はどうしても間違いという解釈以外、これはダメと押さえつける方ではないのでそういった解釈でも構いません、とは言われました。
[115]2016年11月27日 08:59
>>[113]

私の質問の意味が伝わっていないようですね。

聖書には、教会時代が2000年であることを示唆する御言葉が多数あります。聖書で2000年を示唆しているので、この点について聖霊様が何と言っているか聞いてみてください、とLisaさんに依頼しました。

そこまではありません、ということは2000年には達しない長い期間というのが答えですか?

でも、もうすぐ2000年に達しますよ。

もう一度、聖霊様に聞いていただけないでしょうか?
[116]2016年11月27日 09:02
>>[115] はっきりした年数は言いません、ニ千年というのは長い期間という意味です、と言われました。(因みに千年王国というのは千年という意味ではなく永遠という意味だそうです)
[117]2016年11月27日 09:03
>>[114]

聖霊様は聖書解釈については多様性を認めるということでしょうか?

教会時代2000年を解き明かしたメッセンジャーも、聖霊様の啓示によって解き明かしていると言っていましたが。
[118]2016年11月27日 09:07
>>[116]

え?

イエス様の再臨後の千年王国はないということですか?

[119]2016年11月27日 09:10
>>[118] 千年間という意味ではなく永遠という意味だと示されました。
多様性というか、キリストは多くの解釈を認める人ということだと思います。
[120]2016年11月27日 09:28
>>[119]

そうすると、良きサマリヤ人のたとえ話で、宿屋、デナリ二つなど、キリストが霊的意味を込めて語っていると言えるのではないでしょうか。

もちろん、キリストがどのような霊的意味を込めて語ったかも、聖霊様によって啓示していただかないと、人間の知性だけでは解き明かすことができないものですよね。

あと、キリストがあえてユダヤ人ではなくサマリヤ人をたとえ話に登場させたのも、キリストは何らかの意図を持って語っていますよね。

その意図とは何だと思いますか?
[121]2016年11月28日 10:46
>>[120] デナリふたつ→大変少ないという意味
サマリア人→異邦人という意味です。
[122]2016年11月28日 12:21
>>[121]

サマリヤ人を異邦人という意味で、たとえ話に登場させたのであれば、サマリヤ人を登場させるのではなく、エジプト人でもローマ人でもよかったということになります。

キリストが、異邦人の意味として、あえてサマリヤ人を登場させた意図を、聖霊様に聞いていただけないでしょうか。

Lisaさんの答えと私がメッセンジャーから聞いた聖霊による啓示と比較する目的で質問しています。
[123]2016年11月28日 12:41
>>[122] サマリア人は当時差別され、嫌われている人達でした。そのような人でも人を愛する人をキリストは愛するという意味です。
[124]2016年11月28日 12:54
>>[123]

なるほど、私がメッセンジャーから聞いた聖霊による啓示と概ね同じです。Lisaさんもしっかり聖霊様に聞いていますね ^_^

さらに発展させて、なぜ、サマリヤ人はかわいそうに思って強盗に襲われた人を介抱したのですか?

サマリヤ人のどのような心の状態から、かわいそうに思ったのでしょうか?

キリストの心とサマリヤ人の心を裏付ける聖句を引用して、説明していただけないでしょうか。
[125]2016年11月28日 13:00
>>[124] 単純に、可哀想に思ったからです。キリストの心を持った人という意味です。
[126]2016年11月28日 18:37
>>[125]

Lisaさんは繰り返し聖書を読まれていますよね。聖書の御言葉を心に蓄えているのであれば、私の質問を思い巡らすときに聖霊様が御言葉を示してくださるはずです。

強盗に襲われた人をかわいそうに思ったサマリヤ人が、キリストの心を持った人であることはそのとおりです。

私が聞いているのは、この場合のキリストの心とはどのようなものかを説明した御言葉と、サマリヤ人が、なぜ、キリストの心を持つようになったのか、その点を裏付ける御言葉を、聖霊様によって示されていませんか? ということです。

良きサマリヤ人のたとえ話に適用できるキリストの心に関する聖句を挙げていただければ結構です。
[127]2016年11月28日 19:51
>>[126] 特に沢山聖書は読んでいませんが敢えて挙げるなら『人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない。』 ヨハネによる福音書 / 15章 13節
などですかね。そのような心を与えられたということです。
[128]2016年11月29日 00:00
>>[127]

ヨハネ15章13節は、究極の愛が示されていますね。キリストが私たちの罪の身代わりとして十字架にかかり、究極の愛を示されました。

これがキリストの心であることは、そのとおりです。

ただ、私が質問しているのは、なぜ、サマリヤ人が強盗に襲われた人をかわいそうに思ったのか、そのサマリヤ人に養われたキリストの心を、聖霊様に示された御言葉で説明して欲しかったです。

Lisaさんには、聖霊のバプテスマを授ける賜物、聖書の御言葉を霊的に解き明かすことができる啓示の賜物が与えられていますので、もっと繰り返し聖書を読んで、御言葉をしっかりと心に蓄えるといいですね。

聖霊様は、蓄えた御言葉を通して、さらにレーマを与えますから。


サマリヤ人が強盗に襲われた人をかわいそうに思ったのは、その人の心の痛みがわかったので、その人を放置して通り過ぎることができなかったということだと思います。そのようなキリストの心を持った人の象徴として、イエス様は、あえてサマリヤ人を登場させました。

Lisaさんがお答えいただいたとおり、サマリア人は当時差別され、嫌われている人達でした。

その様子は、ヨハネの福音書4章のイエス様とサマリヤの女とのやりとりにも表れています。9節に、ユダヤ人はサマリヤ人とは付き合いをしなかったとありますから、ユダヤ人はサマリヤ人のことを相当嫌っていたようです。

サマリヤ人にとって、ユダヤ人から嫌われることは悲しいことであり、心の傷つくことでした。

実は、サマリヤ人というのは、ユダヤ人から差別を受けるという悲しみの中で、心が傷つく分、同じような状況に置かれた人に対して、同情を寄せる心が養われていきました。

すなわち、良きサマリヤ人とは、憐れみの心が豊かに養われた人を意味します。

イエス様は、そのようなサマリヤ人を、キリストの心を持った異邦人として、たとえ話に登場させました。

このようなキリストの心を持ったサマリヤ人を思うときに、第二コリント1章4節から6節までの御言葉が示されます。以下、引用します。

4
神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。
5
それは、私たちにキリストの苦難があふれているように、慰めもまたキリストによってあふれているからです。
6
もし私たちが苦しみに会うなら、それはあなたがたの慰めと救いのためです。もし私たちが慰めを受けるなら、それもあなたがたの慰めのためで、その慰めは、私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐え抜く力をあなたがたに与えるのです。


武田鉄也のヒット曲の「贈る言葉」の歌詞に、「人は悲しみが多いほど 人には優しくできるのだから」という部分は、キリストの心を持った良きサマリヤ人のことを言っているように思ってしまいます。

この歌詞があるから、「贈る言葉」という歌はいい歌だなぁと思います。

ちょっと脱線しましたが、良きサマリヤ人が持っていたキリストの心というのは、憐れみの心だと思います。

憐れみの心とは、同情する心であり、人の心の痛みがわかるから同情できるのです。

憐れみの心は、同じような苦しみを通っている方を見過ごすことはできません。

それがキリストの心であり、キリストは憐れみ深い方です。

キリストが憐れみ深い方であることを示す御言葉は多くあります。その一部を引用します。

13
『わたしはあわれみは好むが、いけにえは好まない』とはどういう意味か、行って学んで来なさい。わたしは正しい人を招くためではなく、罪人を招くために来たのです。」
(マタイ9:13)

28
すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。
(マタイ11:28)

4
しかし、あわれみ豊かな神は、私たちを愛してくださったその大きな愛のゆえに、
5
罪過の中に死んでいたこの私たちをキリストとともに生かし、――あなたがたが救われたのは、ただ恵みによるのです――
6
キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。
7
それは、あとに来る世々において、このすぐれて豊かな御恵みを、キリスト・イエスにおいて私たちに賜る慈愛によって明らかにお示しになるためでした。
8
あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。
(エペソ2:4〜8)

字数の関係で引用はこのくらいにします ^^;
[129]2016年11月29日 00:32
>>[128] わたしの賜物は啓示の賜物ではなく、レーマによる解釈です。
あと、そこまで理解しているならわたしに質問する必要はないと思いました。
[130]2016年11月29日 00:40
>>[128] 聖霊充満で聖書を読まなくても愛されていることを常に実感できるため、聖書はほとんど読まないのですが、もう少し読もうかなと思います。
[131]2016年11月29日 00:44
>>[129]

レーマは、聖霊による啓示ですよ。

繰り返しになりますが、私がメッセンジャーから聞いた聖霊による御言葉の解き明かしと、Lisaさんのレーマによる解釈とを比較する目的で質問しています。

概ね、同じですが、霊的意味の捉え方でズレがあります。

それはキリストが複数の解釈ができるように語っているという理解でいいですね。
[132]2016年11月29日 00:56
[133]2016年11月29日 00:57
>>[130]

はい、聖書はしっかり読んだほうがいいです。

Lisaさんの所属教会ではどのように教えられているかは知りませんが、信仰の歩みは、聖書の御言葉を土台として聖霊の導きによってなされるものです。

御言葉と聖霊は、いわば車の両輪のようなものですが、土台は御言葉です。
[134]2016年11月29日 06:13
>>[133] そうですね。
ただわたしは、ど根性ガエルの如く聖霊と会話をして(レーマを常にきくことができて会話ができる)、聞いたことを書いているので解釈の賜物というよりはレーマ自身が解釈をしている感じです。
冗談にも付き合ってくれたり、(ネッシーはいるのかという話とか(^^;)全く普通の人のように会話して下さいます。
[135]2016年11月29日 17:18
>>[134]

その賜物、かなり特殊な賜物ですので、聖書の御言葉を土台として用いるようにしたほうが安全だと思います。

所属教会の牧師にも、賜物が与えられていることを知ってもらう必要がありますね。

私の以前の所属教会にも、聖霊様と普通に会話ができる姉妹がいました。その姉妹も聖書を読むことがそれほど好きではなかったような感じでした。

ところで、Lisaさんは、聖書を沢山読んだわけではないということですが、聖霊様に聖書解釈コーナーのトピックを立ててもいいかを聞いた際に、聖書をもっと読んでからにしなさい! と言われなかったのですか?
[136]2016年11月29日 21:33
>>[135] 解釈の賜物を与えているのでそれはそれで良いという感じです。
ここまで至るまでにはある程度時間はかかっています。
聖書の知識は既にある程度はあるからそれほど読まないということもあります。
[137]2016年11月30日 07:22
>>[136]

そうですか。

聖書の御言葉は霊的な食物ですから、毎日いろいろ御言葉を食べるようにしたほうがいいですよ。
[138]2016年11月30日 09:03
>>[137] そうですね。

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