たーちゃんとお母さんコミュの手紙３３通目　１+２枚

たーちゃん、元気でしょうか？

春の香りが村に溢れてとても安らぐのよ。

お母さん、この頃になるといつも思い出すの。

顔を紅くして鼻息荒く登校したのを。
「行ってらっしゃい！」

返事がないのもいつもの通り。

見送った後、着替えて……お母さん、落ち着けなかったわ。

田中さんの奥さんが迎えに来てくれてやっとこ腰を上げたもの。

校門には大きく「卒業式」と書いてあり、村の豊かな緑が放つ青臭いけれどとても落ち着かせる匂いがお母さんの高ぶる胸に充満したわ。

体育館に入るとすでにたーちゃんもご学友の皆さんも着席しお話をしてる。

たーちゃんも田中さんのお子さんとお話しているけど、目が笑ってなかったわね。

式が順調に進む中、お母さんもきっとたーちゃんと同じ気持ちでそわそわしていたわ。

卒業生を代表しての挨拶と先生がおっしゃって檀上に上がった時、お母さんも興奮が最高潮になり思わず「たーちゃん！格好良いわよ！しっかりね！」って声をかけたら恥ずかしそうに俯き、お母さんを睨むんですもの。

でもお母さんは知ってたのよ。
前夜、遅くまで電気を点けて練習をしていたのをお母さんは知っていたのよ。

「卒業生を代表して……」
たーちゃんの声が耳に届いているようで頭に入らなかったわ。

お母さん、涙もろくなってしまったのかしら。
とめどなく流れる涙が、鳴咽が聞こえないようにハンケチで口を押さえるのに必死でわからないのよ。

たーちゃんも高校生になって、反抗期は一人前になったけど相も変わらずご飯は２人前も食べるしお小遣は余分にねだってくるし（笑）

慣れない「お袋」だなんて呼び名もこの３年間は結局通したけれど可愛いたーちゃんですもの！
いつもハイハイって聞いてしまったわよ。

お母さんは勉強しろとも運動をしっかりしろだとも言わなかったわ。
たーちゃんが元気でいてさえくれればそれだけで良かったもの。

「お袋が来ると恥ずかしいから」と授業参観のお知らせもくれなかったけど、収穫期には水泳部をこっそり休んでは手伝ってくれたのも大切な思い出ね。
一度、マネージャーさんの南さんがその現場を見てしまってお母さん慌てて、そりゃあ慌てて追いかけて口止めしたのよ。
でも南さんは「たっちゃんが収穫期にちょくちょく休むのは知ってました。やはりお母様のお手伝いをなさっていたんですね。勿論口外するつもりは無いですから安心して」だなんて言ってくださったのよ。
とても出来た子だと感心したもんです。

たーちゃんが顔を痣だらけにして帰って来た時はとてもとても心配しました。
お父さんは、そういう時もあるだなんて無責任な事を言ってたけどお母さんは合間を見てはこっそり学校に行ったのよ。

ご友人と楽しげに遊ぶたーちゃんを見ては安心して帰って来たものです。

お母さんが一度だけ、一度だけ怒って叩いたのを覚えてるかしら？
思い詰めた顔して帰ってくるからお母さん、心配でしつこく聞いたの。
やっとこ開いた言葉が
「俺なんて産まれて来なければ良かったんだ！なんで産んだんだよ！人の役にも立っていないのになんで産んだんだよ！」
だなんて悲しい事言うからお母さんの役には立ってる！お母さんの役には立ってる！た思わず叩いたのよ。
部屋の戸を閉めて泣く声がもれてお母さんも泣いてしまったわ。
お母さん、たーちゃんを叩くだなんて駄目な母親だったわ。
感情的な自分に辟易としたもの。

翌朝、いつものようにたらふくご飯を食べて登校する姿に安堵のため息がもれて座り込んだもの。

後で聞いたら大切な恋人を親友に盗られたみたいでお母さん、なんでわかってあげられなかったのか自分を責めたわ。

今となっては大切な大切な思い出よ。

お母さんはね、優しいたーちゃんが様々な困難に立ち向かってそれでも皆勤賞を頂いたのを誇りに思ったのよ。
並大抵の努力でもなしえないもの。

よくぞ立派に卒業式までたどり着いたわね。
たーちゃん、ありがとう。
ありがとう。

鳴り止まぬ拍手に我に返り、たーちゃんと目が合ったらガッツポーズするんだもの（笑）

お母さん涙溢れて溢れてハンケチグチュグチュだったのよ。

たーちゃんはお母さんの誇り。
産まれてくれてありがとう。
たーちゃん、卒業おめでとう。

……あれからどれだけ経ったのか忘れてしまったけど、この村の卒業式は涙と笑いに溢れています。