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史跡コミュの伊予国分寺塔跡

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 愛媛県今治市桜井国分4丁目

 大正10(1921)年03月03日指定

 真言律宗金光山(コンゴウザン)最勝院伊予国分寺は、天平13(741)年に聖武天皇が発した詔によって建立された諸国国分寺の一つで、寺伝によれば行基菩薩が開創し、後に弘法大師空海が長期に亙って逗留、五大明王像を残したとされています。本尊は薬師瑠璃光如来です。
 史実としての創建年は不明ですが、『続日本紀』には天平勝宝8(756)年に伊予国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり、この頃には完成していたものと思われます。
 四国八十八箇所霊場の第五十九番札所となったため、律令制衰退後に国分寺の多くが荒廃して行く中で信仰の場として維持される事となりました。
 天正13(1585)年春の長宗我部元親による伊予侵攻の際、焼き討ちにあって荒廃しましたが、後に再興されています。
 現在の境内は伊予国府の比定地の一つですが、本来の境内は東へ100程離れた位置で、東塔の礎石が残されています。
 東塔跡基壇には1辺17.4mの正方形で12個の礎石が現存し、そのうちの心礎、北東隅の側柱礎石3個、西北の四天柱が原位置を保っており、その他は移動または傾いている事が判明しています。心礎の南27mの地点で南回廊と思われる北側幅4m・南側幅6mの2本の溝に挟まれた幅6mの整地部分が確認されています。

+伊予国分尼寺塔跡
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=398257&id=86303780

コメント(4)

 横転?している礎石もありました。
 真言律宗金光山最勝院伊予国分寺です。

左;本堂
中;鐘楼
右;大師堂

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