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街山荘・よしおの著作コミュの連載小説・思春期5 芽生え

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 ペンギン前回http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=49200944&comm_id=3930952


 歩いた。ただ歩いた。
 華やかに賑わう道頓堀の繁華街。寒風に煽られながらも人々の往来は密になっていく。また突き当たられないように周りの気配を読みながらも苦悶の心は張り付いていた。
 誰とも遊離した苦しく切ない寂寞が胸の中でやり切れなく蠢く。
 戎橋を北に折れ心斎橋筋を群衆の流れに身を任せて歩いた。
 人の群れも左右に連なる商店の様々も目には止まっても意識に入らずただ歩いた。大丸百貨店が見えた。その入口の飾られたイルミネーションにフト我に返りあらためて蠢く群集の雑踏が意識の中に入ってきた。
 群れるのは好きではない。しかし今はこの関係のない人の群れの動きの中に自分の孤独が映りどこか隠れていられるような僅かな掬いのようなものを感じた。
 群れて輝きを放つイルミネーション。その一つ一つは鋭いが小さな光でしかない。群れる連鎖が鮮やかで華麗な存在を顕わす。
 皆が同一で群れの中に鎮座して群れの相対だけが浮き出てくる。
 オレはイヤや。どこか独りで輝いていたい。輝かずとも独りの存在でありたい。
 その叫びのような思いの反対に今夜は独りの何と微弱な心で哀しみだけが張り付いて彷徨う矛盾に苛まれている。
 戎橋まで帰ってきた。立ち止まり欄干から濁った川面を眺めた。
 川面を見る。
 涙。欄干に両肘をつき、流れる涙を川面に落とす。
 子供の頃からずっと泣いてきた。泣き虫の汚名も被せられた。今は人前では絶対に涙を見せなくなった。
 子供のころから辛いコトがイッパイあるような気がする。
 いつも胸の底に渦巻く哀しいモノ。征生男にはその正体が掴めない。
 正紀への恐れは今では憎しみになり兄弟でもいつか絶対決着を着けるのだ。ただ兄であり、年が上だけで何で抗えずやられ続けられきたのか。今は正紀への怯えはない。それでもいつも蔑みの眼を冷たく刺してくる。優等生、お利口さんを傘に着ている。相容れない。
 父の征信、いつかは殺す。母への虐待は絶対許せない。
 父と兄を思うと家には帰りたくない。しかし、征生男の居ない時、又いつ征信の暴力が母を捕らえるかと思うと少しでも家に居なければ。
 高校に入って流石に征信の暴力は影を潜めて来た。征生男だけでなく正紀も父を諌める。妹たちも泣いて父を制するようになって来たので以前ほどの不安はなくなった。
 そして、母の千代も強くなってきた。
 だが、今回の条件付処分を聞くと正紀は「恥さらし」と大げさに喰ってかかって来るだろう。征信は直接自分には何も言わない。冷たい一瞥を与えるだけだろう。
 その代わり「お前の育て方が悪い」と子供達が居ない時、母に暴力を振るうかも知れない。
 起こりえる事態を想定して重い憂鬱が生まれ出口の見えないもどかしさ。母さえ居なければ家なんて出た方が良いのだ。幼児の頃からずっとそのコトを思ってきた。
 学校だけではなく、親戚の殆んどが兄の正紀と比較してくる。何でこんな子が花田家に出来たのかねと。
 勝之の父、武松だけが「おいっ、ユキオ」と何時もニコニコ呼び止めてくれるのと従兄弟の四つ上の敏江だけが例外だった。

 照美ちゃん。
 照美の面影が不意に湧いて出た。
 そや、あれからモカには行っていない。勝之を誘うと「俺は又邪魔モンになるやろう。ユキオちゃん一人で行けや」で、一人で行くなど考えもしなかった。かと言って配下の誰を連れて行く気にはなれなかった。
 一人で行って照美と眼が合った瞬間全ての思考が停止して何をどう喋ったら良いのか、それを思うだけで緊張が走る。それを突き破る勇気は自分にない。ずっとそう思い続けていた。
 今夜の自分は違う。緊張や恐れがない訳ではないがそれに打ち勝つ程、無性に照美に会いたいと思った。道頓堀を渡り戎橋商店街を真っ直ぐ南下した。
 モカの前に立って、「えっ、チョッと待てよ」ポケットをまさぐった。やっぱり無い。出てきたのは十円玉三枚。
 珈琲代は80円。
 玉突は常勝するから自分で払うコトはまずなかった。むしろ終わったら僅かだが掛け金が入りそれで遊んだ。
 今夜は玉突もしていない。コーヒー代もない。
 諦めて帰ろう。帰ろうとして歩く。どうしてもモカを中心にグルグル回っていた。
「ユキオちゃん」ハッとして俯いていた頭を上げ前を見た。
「いやーっ。こんなトコでおうて。何してんのん。」
 征生男は言葉も無くしばらく棒立ちになった。
「店に来て。もう直ぐ終わりやし、一緒に帰ろう」照美が眩い。
「オレッ、今夜、カネないし」
「そんなん心配せんでもエエ。ウチが出すし」
 照美が胸をポンと叩いた。叩いた胸の膨らみが幽かにプルンと揺れた。ゴクッ、征生男は思わず眼をそらす。
「アカンの?ウチ、今、出前の帰りやから早よ店に帰らなアカンねんエエやろう。一緒に行こう。」
 トレンチコートに手を突っ込んだまま椅子に座ってテーブルの一点を見つめてはいるものの、チラッチラッと照美の動きを追う。
 ハイヒールを履いた照美の長い足が視野に入り近づいてきた。そのほっそりして躍動する脚線美に目をやるのも眩しく何故か罪の意識を覚える。
「ハイッ、コーヒー。コーヒーで良かった?後10分程したら終わりやねん。ほんだら一緒に帰ろう。待っててくれるやろう。」
 首で大きく頷いて「うん」と言った積りが声にはならない。

 最終電車に乗った。
 人息れで混雑していた。アルコールと汗とが混じったのすえた臭いが充満しいた。
 2人は吊革を握り黙って電車に揺られていた。チラッと照美を見る。
 照美の笑顔が返ってくる。慌てて眼を伏せる。
 鼓動がやたらウルサイ。胸が詰まる。切ない何か。何でどう言う経路で照美と自分が吊革を握り密な人の中で一体して居るのか、喜びの後ろに予期せぬ運命に戸惑いつつ甘い恐れを感じていた。

 コツコツと照美のハイヒールの音が闇にこだまする。所々に点いている街灯が家々の軒を淡く浮き立たせている。並んで歩いてはいても互いの表情は闇の影に包まれ見えない。例え見えても征生男には照美の顔を見つめる勇気はない。
「ホンマぁ、ウチに会いたいってウロツイてたん。嬉しいなぁ。あれからな、絶対、ユキオちゃんまた来ると信じててん。そやけど高校生やしそんな来られへんわな。そやけどユキオちゃんホンマに大人に見えるね。子供の頃と全然チャウもんね」
「照美ちゃん、いつもこんな遅いんか」
「遅番の時はな。ま、半々やねん」
「仕事は喫茶店ばっかりか」
「う〜ん。事務員もやったりしたけど、結局なウチ等みたいな中卒は喫茶店みたいなトコが時給もエエし、今はあそこで落ち着いてんねん」
「そうか、中卒か」
「当り前やん。ウチは昔から貧乏やったやん。ユキオちゃんトコみたいにお金持ちチャウし。働かなアカンねん。と言うても、ま、適当やけどね」
 オレもヒョッとしたら中卒になるかもと脳裏をかすめた。
「テルミちゃん、彼氏は?」
「アホなコト言わんていて。そんなん居れへんワ。ユキオちゃんこそ何人も居るんチャウン。結構悪ぶってる見たいやし大人びいてるからモテるやろう」
「、、、。オレな、、」会いたかってん、言葉が消えた。
「オレ、何?」
「、、、、。ええ、何でもない。それより、こんな時間に帰ってくるんやったらオレの家の前通りや」
「それって、チョッと遠回りなんやけど、何で?」
「いやぁな、そやったらテルミちゃんが帰って来た時にオレでて行けるやん」
「そんな遅い時間までいつも起きてんのん?」
「うん。あの窓な、オレの部屋やねん。見てたら直ぐ分かるやん」
「何でそんなコトするの?。ウチと会いたいん?」
「ハイッ。会いたいで〜す」こみ上げる熱い塊を叩き込んで征生男はワザとオドケて見せた。
「ホンマ、ほんま?都合エエこと言うてんのんチャウやろな」
「違う!オレッ、ホンマ、今夜はテルミちゃんに会いたかってん」
「、、、。」
「今までも会いに行きたかってん。今夜はどうしても会いたかってん」
 突然込みあげてきた。くそっ、何で涙がでる。女の前で。
 白いものがスーッと視野に入ってきた。ハンカチ。
 恥や。女の前で涙なんか。女に涙を拭いてもらう。恥や。
 唇を噛む。顎を上げ首を横向けハンカチを払う。
「ユキオちゃん、、、何か辛いコト、あったんやね」
 征生男の手が照美の掌の中にあった。柔らかい、チョッと冷たい感触。涙と激しい動悸。
「ウチな、ユキオちゃんと何かイッパイ話しがしたいねん。帰ってきたらユキオちゃんの部屋の前を通るコトにするワ。そやけどムリして起きとかんでもエエねんで」
「ウン」何とか声になった。
「ユキオちゃんやないの。何かエエとこ見せ付けてくれるやん」
 突然揶揄する声。ミヨ。
「そ、そんなんチャウわい。何でそんなトコにおるねん」
 不意打ちに狼狽し声が上ずった。
「たまたま通っただけや。綺麗な彼女やな。そんな彼女がおったらウチ等とはもう遊べへんのん。私、殆んどルニーに居るし。邪魔してゴメンな」
 闇の中で街灯に淡く浮かんだミヨの顔は冷たい笑みを浮かべていた。
「ユキオちゃんルニーなんかに行くの。ウチのお兄ちゃんもよう行ってるらしいけど、不良の溜りチャウの。それにあの女の人は誰?」
「うん。玉突きした後、カッちゃんと時々な。そこの常連さんや」
 胃に鋭利なものが突き刺さり胃液が込みあげ胸焼けを苦しく飲み込んだ。
「もう、あんまり行かんとき。その分、ウチと会おか!」
 照美は無邪気にも弾けた笑顔を見せた。


 少し遅れて校門に行くと既に瀬田は待っていた。北村と数人。
「花田も瀬田を説得せえや。仲間で止めようや。」哀しい目の北村。
「北村、くどいで。これは俺の意地や。ケンカとチャウ。決闘や。」
「ま、とにかく皆でナンバに出よう」一人が言った。
「お前等、ここに居る者以外に誰にも言うてへんやろな」全員が頷く。
 土曜の昼。千日前商店街も人通りは少ない。
 映画館の裏。法善寺横町の一つ南の路地。コンクートの塀が続く。塀の向こうは墓地だ。墓地と墓地の間に少し広場があった。滅多に人は入って来ない。
「お前等は来るな。ここで待っとれ。」
 征生男は先に瀬田を行かせ皆を制した。誰も逆らえない。
 冬の日差しがのどかに墓石を照らす。繁華街の中に浮かぶ静かな空間。
「やっぱり、やるんか。」
「負けても恨まへん。今まで通りや。」
「分かった。瀬田っ、来いっ!」鋭い気配が瀬田を包む。張詰めている。
 瀬田はボクシングの構えをした。
 そうか、コイツと一緒にボクシング部に入ったやん。征生男はボンヤリ思い出した。三年の部長が征生男を口説いて来た。縛られたくない。
「エエねん。練習はせんでエエねん。席だけ入れてくれ。花田が入ったら他も入ってくる。もちろん一生懸命やってくれたら一番エエねんけどな。」
 横に居た瀬田が入りたいと言った。花田が入るのならボクシングやりたいと、それで何となくしばらくボクシング部に席をおいた。
 相撲部、バスケット部、空手部の主将が同じように勧誘に来た。
 全部を転々と周り全て抜けた。瀬田は止めずに試合にも出るようになっていた。
 征生男は体を斜に両手をダラリと下げ瀬田を正視した。
 フットワークを使い今にも一撃が飛んできそうな瀬田の構え。
 ビューンと耳の横を一撃。首を傾げるだけで簡単に避けれた。
 二発、三発と瀬田の拳は空を切る。四発目を腕で思い切り払いのけた。
 瀬田の顔が一瞬歪んだ。
「やめよう」が声にならず、切なさで胸が締め付けられる。何故そうなるのか。 顔面に痛撃が走った。左頬にフック。続いて左の股に鈍い衝撃。スボンに瀬田の革靴の土のついた足跡がクッキリ張り付いた。
「本気、出してくれや。本気でやれや」
 叫び声がどこか切ない。瀬田の右手が顔面に飛んできた。
 左に体をかわし右手で瀬田の右手首を掴みグイッと引く。瀬田は反射的にグゥーっと力を込め右手を引いた。その一瞬に征生男の右足が瀬田の背後に回り瀬田の引く力に合わせ右手を瀬田のノド元に押した。
 瀬田は呆気なく仰向けに倒れた。
 サッと馬乗りに跨ぎ両膝で瀬田の両腕を押さえ込み、左手で頭部を押さえ右手はシッカリ喉元を掴んでいた。
 掴んだだけで力は入れていない。起き上がろうとするが足を空しくバタバタするだけの瀬田。目は鋭く花田を捉えたまま。
「もうエエやろう。」自分でも穏やかと思うほど静かな声。
 瀬田は首を左右に振ろうともがいた。掌にズンと力を加える。瀬田は動かなくなった。花田はサッと立ち上がり、瀬田の手を引き上げた。
 見開いた瀬田の目に涙が溢れ出ていた。
 僅か数分の時の流れ。冬の日差しはやはり穏やかで墓地を包む。
 何の音も聞こえてこなかった。
 時が静止したように対峙し相手の目を見つめ合ったのも、実は何十秒か。
「花田、おおきに。俺、今、メチャ嬉しいねん。」
 笑顔の戻った瀬田の目にはまだ涙が溢れていた。



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