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小説ー交換ーコミュのKREVAに告れば

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菜園通りを少し外れたところにある、小さなミュージックバー。3台で埋まる真っ暗な専用駐車場の迎えに、こぢんまりとしたネオンが光っている。茉莉はやっと、1杯目のビールを飲み干した。

コメント(20)

「今日ね、わんちゃんを見てきたのよ、由希子に誘われて。子犬って本当にかわいい。」
メニューにぐっと顔を近づけながら、茉莉は言う。真剣にお酒を選びながら発せられる「かわいい」には、とても気持ちがこもっている。
高校で初めて話をした時も、茉莉はこうだった。放課後の教室で、週末課題を始末する手を休めず、視線も僕に与えずに話しかけてきた。しかし彼女の言葉に僕は、彼女自身の本質のようなものを―あるいは向けられていないはずの視線さえ―はっきりと感じた。
グラスホッパーを注文した茉莉は、今度は煙草に火を付けた。
茉莉とはずっと付き合っていくのだろう、と僕は思っていた。それでも別れる時に2人で話し合ったとおり、こんな風に「被害の生まれない関係」になった事には、なんの不思議も抱かなかった。
僕達は昔の話を滅多にしない。そもそも、付き合っていたころの僕達の思想、質感、距離、全てが詞にはしがたい、ある種の詭弁のようなものだった。
そして僕はそれを思い返すこともなく、思い返すべきことも分からない。これこそが2人の求めた快楽の姿なのだ。
人が過去を振り返るから、被害は生まれ得るのだろう。
「最近は何をしてるの?」
唐突に茉莉が質問をしてきた。
「何も、特に何もしてないよ。毎日仕事に行き帰ってくる。月曜には映画を見るけれど。」
「やっぱりあなたは変わらないのね。」
ふっと笑いながら、茉莉は煙草の煙を吐く。
「由貴のところへは?」
「会っていないね、かれこれ半年近く。」
今度は僕が煙草に火を着ける。
大学生だった茉莉は、妹の由貴と二人暮らしをしていた。その日、茉莉は千葉にある実家へ帰る予定だった。

なにもかもを紛らわすような雨の中、茉莉のいない部屋で僕と由貴はセックスをした。
身体が、精神が果てるまで、自分の女の妹と、僕は体を重ねた。時に姉を思い出し、比べながら。


ふと気付くと時計はかなり進んでいて、終電も無くなりその日は泊まっていくことにした。僕は飲み物を買いに行こうと靴を履き、煙草を加え、玄関を開けた。

茉莉が立っていた。
「ねぇ、話があるの。」
茉莉は言った。

僕は茉莉がそこにいることに驚き、うろたえた。
胸の奥で渦めく動揺を押し殺し、ずぶ濡れの茉莉を傘の中に入れた。

「実家にいくんじゃなかったのか?とりあえず外で話そう。」

茉莉はいつから帰ってきてたのだろうか‥


2人はいつものバーに向かった。

茉莉の耳にはいつもの星のピアスが光っていた。

しかしいつもの笑顔がそこにはなかった。
その後のことはあまり覚えていない。記憶にあるのは、一本目の煙草に茉莉が火をつけてくれたことと、由貴との話に一度もならなかったことだ。

一週間後、僕と茉莉は別れた。
僕は全く茉莉の話を聞かず、きょとんとしていた。

茉莉はいつもの優しい笑顔で僕を見つめていた。

「今日はとことん飲もうよ。」

茉莉の天真爛漫な性格は癒やされる。

茉莉はいつも義理堅いが、楽天的で、礼儀には少々うるさい。
しかし、僕にとって一番信頼できる人間だった。

だからこそ、被害の生まれない関係を僕は望んだ。

好きだからこそ。

しかしそれは大きな間違いだった。

僕は茉莉に、寂しい思いをさせてしまったのだ。




しかしあの時、由貴の僕に対する真剣な気持ちを、無視できなくなっていたのは確かだ。
「人が罪を犯す時っていつだと思う?」
茉莉がゆっくりとグラスを指でなぞりながら、言ってきた。
「またあの推理小説を読んでるのかい?」
「そうじゃなくて。誰かに懺悔するべきような事とか、何かうしろめたいこととか。」
茉莉の口元は怪しく緩み、何故か僕はわずかに緊張していた。
「私はね、その人が自分に負けた時だと思うの。だって誰が何をしようと、その人自身が認めない限りは罪にはならないでしょ。ルールブックがあるわけじゃないもの。本人がそれを後悔したり自分を正当化しきれなくなる、つまり自分に負けた時点で、はじめて罪となるの。」

言葉を切らず一気に言い終えると同時に、氷の溶ける音が鳴った。
振り返ったところで茉莉がもういないことを僕はもちろんわかっていた。


茉莉はグラスの中にある透明度の低い氷のように溶けてしまったのだ。


少なくとも僕の頭のなかでは。


僕は店をでて煙草を吸いながら僕が誰かと寝ることを想像した。
半年後、僕には新しい彼女ができた。営業部の先輩にあたる聡美という女で、僕達はすぐに同棲生活を始めた。会社で顔を合わすことはあまり無かったが、普遍的で心地の良い日々を過ごしていた。

あの日以来、茉莉からの連絡は一度も無かった。

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