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明治神宮野球大会コミュの歴代高校日本代表

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コミュ内全体

現在カナダで高校日本代表チーム(U18)が優勝目指して戦っていますが、歴代の高校日本代表チームのトピです。

ホントは高校野球のコミュに立てれば一番いいのでしょうが、高校野球のコミュには入っていないので、唯一高校つながりということでこちらに立てました。

コメント(131)

【01年代表チーム◆

この年も一昨年に続いて日台親善高校野球が開催されました。
12:24〜27日まで。五試合行ない4勝1分の成績でした。

そのため明治神宮大会出場校の中から選手を選出。

明治神宮大会優勝は報徳学園、準優勝は関西、4強は中京大中京、日大三

【監督】
永田 裕治(報徳学園監督)

【コーチ】
角田 篤敏(関西監督)

【投手】
尾崎 匡哉(報徳学園2年)
石井 孝一(報徳学園2年)
宮本   賢(関西2年)
中根慎一郎(中京大中京2年)
井上 敦之(広陵2年)
中谷 圭佑(福井商2年)
金刃 憲人(市尼崎2年)

【捕手】
荒畑   圭(報徳学園2年)
萬浪 鉄平(関西2年)
村田 貴史(尽誠学園2年)

【内野】
松下 享平(報徳学園2年)
長滝雄太郎(報徳学園2年)
千代永大輔(九州学院2年)
田井   亘(関西1年)
幸内 正平(日大三2年)

【外野】
多胡 美孝(関西2年)
菅原 久晃(中京大中京2年)
水野 高志(日大三2年)

金刃のみ神宮大会に出場していませんが、兵庫県高野連の推薦で選ばれたそうです。

神宮大会では報徳の永田監督がセンバツに備えてエース大谷を登板させなかったんですよね。
いわば大谷を隠したわけです。
エース温存でも優勝してしまったわけですね。

ちなみに報徳から2人投手が選ばれていますが尾崎はショート、石井はサードでした。

また中京大中京の菅原は代表メンバーに選ばれながら、センバツでは「背番号15」に甘んじています。
ケガでもしたのか一冬越えて他のメンバーにレギュラー取られたのか。

この年も一昨年同様投手はなかなかのメンバーでした。
宮本は早稲田、中根は慶大、金刃は立命。

萬浪は同志社でした。松下と幸内は明治でしたかね。石井と菅原は近大だったかなあ。

荒畑は報徳の主将でしたが卒業してからは名前聞きませんね。
宮本は関西の主将でしたね。



 【02年代表チーム】

夏の甲子園優勝は明徳義塾、準優勝は智弁和歌山、4強は川之江と帝京。

【監督】
馬淵 史郎(明徳義塾監督)

【コーチ】
高嶋   仁(智弁和歌山監督)

【投手】
田辺 佑介(明徳義塾3年)
田林 正行(智弁和歌山3年)
高市   俊(帝京3年)
鎌倉   健(川之江3年)
小嶋 達也(遊学館2年)
大谷 智久(報徳学園3年)

【捕手】
筧  裕次郎(明徳義塾3年)
岡崎 祥昊(智弁和歌山3年)
笹沢   学(帝京3年)

【内野】
本田 将章(智弁和歌山2年)
今村 正土(明徳義塾3年)
三好 丈己(川之江3年)
中東 信二(広陵3年)
森岡 良介(明徳義塾3年)

【外野】
沖田 浩之(明徳義塾2年)
梅原 健太(鳴門工3年)
上森 清伸(尽誠学園3年)


この年はアメリカ遠征。
4試合行ない全勝で帰国しました。

この年のメンバーは結構覚えています。

田辺は関大、田林は同志社、高市が青学、大谷が早稲田、岡崎は慶大、笹沢と本田は早稲田、今村は東海大、中東が近大でした。
みんな大学でも投打の中軸として活躍した記憶がありますね。

田辺は関大では弟の真悟捕手と兄弟バッテリーを組んで話題になりました。
プロに行くかと思ったのですが4年で不振というか確かひじを痛めてトヨタ入りしました。

大谷はセンバツ優勝投手でした。

この年印象に残っているのは鎌倉。名前が印象的でよく覚えています。
長身の投手で川之江初の4強に貢献。
甲子園では本塁打も放ちました。

小嶋は遊学館野球部の第1期生ですよね。創部1年で甲子園出場でずいぶん話題となりました。

明徳の沖田浩之いましたね(笑)。アイドルの沖田浩之と同姓同名でした。
そのため覚えています。

私はこの夏明徳が優勝したので馬淵監督が代表チームの監督辞退するのではないかと思っていましたが辞退はせず高野連も代表監督やらせたんですね。

松井敬遠から10年たっていたので禊は済んだと思ったのでしょうか。


【03年代表チーム】

夏の甲子園優勝は常総学院、準優勝は東北、4強は桐生第一と江の川。

【監督】
前田 三夫(帝京監督)

【コーチ】
高橋   広(鳴門工監督)
中井 哲之(広陵監督)

【投手】
西村健太朗(広陵3年)
平岡 政樹(徳島商3年)=開幕投手
藤井 宏海(福井3年)
グエン・トラン・フォク・アン(東洋大姫路3年)
磯部 洋輝(常総学院3年)
真壁 賢守(東北2年)
服部 大輔(平安2年)

【捕手】
白浜 裕太(広陵3年)
大大二郎(常総学院3年)
那須亮友樹(近江3年)

【内野】
秋月 良宏(今治西3年)
上本 博紀(広陵2年)
藤田 敏行(桐生第一3年)
坂   克彦(常総学院3年)
小窪 哲也(PL学園3年)

【外野】
大西 輝弥(近江3年)
沖田 浩之(明徳義塾3年)
吉良 敏則(柳ヶ浦3年)

この年のメンバーてはタイで開催された第5回AAAアジア野球選手権大会に出場した代表チームです。
AAAの大会のため昨年のように夏の大会のご褒美のような選出方法ではなく、夏の甲子園に出場していない選手からも選ばれています。

日本は予選A組2位で決勝トーナメント進出。
しかし準決勝で韓国に延長11回3-4とサヨナラ負け。
3位決定戦では中国を5回コールド15-0と下し3位を確保しました。

代表監督は帝京の前田監督。
前年の馬淵監督に続いて2年連続「問題監督」が代表監督に就任です。
前田監督今回は辞退しなかったみたいですし高野連も年月が経っているからと不問に付したのでしょう。
前田監督は名前からして三男なんですかね(笑)。

常総の木内監督あたり前年はセンバツ優勝、この年は夏優勝で代表監督にふさわしいと思うのですが高齢で高野連関係者が心配したのかも。

アンはベトナム国籍のため特例として日本代表メンバーに加わったようです。
そもそもアンは夏の大会に出場していません。

アンが有名になったのはこの年の春センバツでセンバツ史上に残るであろう花咲徳栄と延長15回2-2で引き分け再試合があってからですね。センバツで引き分け再試合になったのは延長15回制になってから初めてでした。

再試合もすごい試合で5-5のまま、またも延長戦。春夏通じて引き分け再試合が延長になったのはこの試合が初めてでした。

最後は延長10回裏先頭打者が三塁打。花咲徳栄は満塁策をとるも、2-2からの次打者への5球目がワイルドピッチとなりあまりにもあっけないというか非情な幕切れでした。

この時アンと投げ合った花咲のエース福本は(再試合はともに先発を避け途中から両投手が登板)現在同校のコーチだそうね。

話はそれましたが、今回のメンバーから真壁が福祉大、服部が日大、上本が早稲田、藤田が東洋、小窪が青学、沖田が亜大でした。

服部は東北との試合でダルビッシュと投げ合い延長11回0-1と敗れたものの奪三振17奪いました(ダルビッシュは15)。小柄ながらイキのいい投球でしたがこの試合が彼のベストピッチでした。大学ではあまり活躍出ませんでしたね。

藤田は顔がゴリラに似ているところから「ゴリ」という愛称だったようで。高校時代は投手もこなしていましたね。

アンが選ばれてダルビッシュは選ばれていませんが理由は分からないです。ダルの代わりかどうか真壁が選ばれています。
真壁は翌年のセンバツ準々決勝での済美戦の悲劇を思い出してしまいます。
あの試合は春夏通じて一番残酷な試合だったと思いますね。

大崎は高校野球ファンなら知っていると思いますが「大崎3兄弟」の次男ですね。
私は兄弟ネタに詳しい知人から教えてもらいました(笑)。

ところで「那須亮友樹」という選手は初めて知りましたがどこまでが姓でどこからが名なんですかね(笑)。

また藤井は福井高校ですが、このころはまだ福井高校と言っていたようです。
06年あたりから「福井工大福井」「工大福井」という表記をマスコミも使い始めたようですね。

西村・白浜のバッテリーは言わずと知れたこの年のセンバツ優勝バッテリー。




『那須 亮友樹』さんは
【なす・あきゆき】と読みます

以上、失礼しました
>>[1]

畑   隆幸さんは、西鉄ライオンズへ行かれましたよ。

何故、知っているかというと、私の好きな作家、ムツゴロウさんこと、畑正憲さんのイトコだからですわーい(嬉しい顔)
>>[16]

井口さんは、同志社大学の後、トヨタ自動車に進みました。

私が社会人野球を見始めた頃、辛うじて現役でいらしたんですよねわーい(嬉しい顔)
>>[17]

田中泰さんは、日本通運に進み、都市対抗で久慈賞を受賞しています。

大好きな選手でしたわーい(嬉しい顔)
>>[19]

朝山さんは、仰る通り、本田技研です。キャプテンを務めていましたよわーい(嬉しい顔)
>>[22]

中島さんは、東洋大→住金鹿島です。

中島さんも好きな選手です。マネージャー後、監督をされて、一度社業に就いたのですが、又、監督に戻りましたわーい(嬉しい顔)
>>[32]

帝京の平山 勝は、私の小学・中学の1年後輩です。

青山学院大学に進み、マネージャーをしていました。

因みに実家は、お茶屋さんでした(現在は、分かりません)
>>[29]

中原 耕造さんは、本田技研熊本へ行かれましたねわーい(嬉しい顔)
>>[101]

たくさんの情報ありがとうございます。

小倉の畑選手を知っているとはすごいですね。私は知りませんよ(強調)。

井口は高校時代の印象が強いですね。というか大学、社会人では見たことないです。
小柄な投手でしたよね。

田中泰は打席でオーラがありましたね。プロ行くと思ったのですが。

中島、平山はさほど知らないんです。

また進路教えてくださいね。
木内監督が夏の決勝戦でダルビッシュ有の東北に逆転勝ちで優勝。この大会で勇退すると言われておりまさに「木内マジック集大成」でした。結局はこのあともまだ続けたんでしたか、ちょっと定かでないですが。

春の優勝投手西村は巨人ドラ1。プロでもクローザーとして活躍しましたがこの数年不振です。今年は復活なるか。
平岡も巨人入りし、入団早々からかなり高い評価を受けていましたが大成は成らず残念でした。
藤井はロッテ入り。小柄ながらセンスも高そうで期待したのですがこちらもプロでは結果を残せませんでした。
真壁と服部は、甲子園では素晴らしい投球でした。この頃がピークだったのかもしれませんが印象的な選手です。

捕手では白浜が広島ドラフト1位。プロでは結果を残せていませんが今年も現役。今年は母校の後輩の中村奨成が大きな期待とともに入団。先輩としてはいろいろな意味で複雑かもしれませんがどんなプレーを見せるんでしょうか。

内野手は坂が近鉄ドラフト指名。
小窪は青学大進学から広島入り。
上本も、早稲田大進学から阪神入りですね。
桐生第一の藤田。三塁手兼リリーフ投手として甲子園で活躍。ゴリというニックネームだったそうですが、その名とおりのゴツい風貌とともに印象的です。東洋大でも活躍しました。

外野手は吉良が近鉄ドラフト指名。長打力のある打者として高い評価でしたがプロでは故障もあり活躍出来ませんでした。


>>[104]

そうでした。木内監督はこの夏で引退すると言われていましたね。
だから代表監督はさせなかったのかも知れません。

このころは「木内野球」の全盛期といいますか総決算でしたね。
ただ智弁和歌山や明徳同様、常総出身でプロで活躍した投手はあまりいないんですよね。

服部はダルビッシュに投げ勝ったのに大学ではパッとしませんでした。
真壁もあの済美戦が彼のベストピッチでしたかね。服部同様大学では結果残せませんでした。

桐生第一の藤田はあのごつい顔で印象に残っていますわーい(嬉しい顔)

>>[38]

イケババこと、池葉 一弘は、東洋大→NTT東京→NTT東日本です。

社会人で、長く在籍されていましたわーい(嬉しい顔)

私は、帝京のイメージの方が、ないですねわーい(嬉しい顔)
>>[106]

池葉選手は、帝京高時代は、外野手兼エース吉岡の2番手投手だったと思います。
東京都大会では投手の出番があったのかもしれません。そこまではさすがに記憶がありませんが、甲子園ではほとんど吉岡が投げぬいたと思います。
確か、吉岡が夏の都大会時点ではケガの影響があり本調子でなかったのが甲子園入りしてから劇的に回復し調子を上げて優勝まで投げぬいた、というエピソードだったように記憶しています。
【04年代表チーム】

夏の甲子園優勝は駒大苫小牧、準優勝は済美、4強は東海大甲府と千葉経大付。

【監督】
渡辺 元智(横浜監督)

【コーチ】
松本   稔(前橋監督)
永田 裕治(報徳学園監督)

【投手】
鈴木 康仁(駒大苫小牧3年)
福井 優也(済美2年)
小椋 健太(中京大中京3年)=開幕投手
湧井 秀章(横浜3年)
ダルビッシュ有(東北3年)
浅香 明生(日大三3年)
岩見 優輝(熊本工3年)

【捕手】
糸屋 善典(駒大苫小牧3年)
梅田 大喜(明徳義塾3年)

【内野】
佐藤 俊司(横浜3年)
松島 侑也(日大三3年)
神戸 宏基(PL学園3年)
石川 雄洋(横浜3年)
佐々木大輔(日大三3年)
小山 琢也(浦和学院3年)

【外野】
鵜久森淳志(済美3年)
甘井 謙吾(済美3年)
大沼 尚平(東北3年)

この年は「第21回AAA世界ユース選手権大会」に出場した代表チームです。
2年は福井だけなんですね。
日本は予選A組5連勝で1位通過。

決勝トーナメント準々決勝でパナマに1-0と降雨コールド勝ちで辛勝。
準決勝は台風で中止。
国際野球連盟の裁定で予選A組1位の日本とB組1位のキューバで決勝戦ということになり、決勝は0-4と敗れて2位でした。

この年の代表チームは涌井、ダルビッシュ、石川と大物が揃っていたんですね。
まあしかし当時も今もこの代は「ダルビッシュ世代」でしょうね。

大学に来たのは福井が早稲田、開幕投手の小椋は中京大、浅香は日大、岩見は亜大、梅田は明治、佐藤と松島は法政、神戸は福祉大、佐々木と小山は明治、甘井は早稲田、大沼は福祉大でした。

浅香は珍しく日大に(日大と日大三は昔から折り合い悪く日大に進学する選手が少ないと聞いたことあります)。
開幕投手の小椋はどこかの大学に落ちて中京大だったのかもしれません。

熊工の岩見いましたね。不思議なことに熊工から六大学に進学する選手はあまりいませんよね。

この年は済美がセンバツ初出場初優勝、夏も決勝まで進み相手は北海道の駒大苫小牧ということで済美の春夏連覇間違いないと思ったのですがも駒大苫小牧奇跡を起こしてくれました。

とにかく糸屋がよく打ったなという感じです。糸屋を中心とした強力打線で弱体投手陣をカバーしましたね。
駒大苫小牧はもう1人岩田という投手がいましたね。

敗れたとはいえ済美は「上甲スマイル」、ユニークな校歌に加えて、鵜久森、甘井に加えてこの年のセンバツで東北真壁からサヨナラ逆転3ランを打った高橋など強力打者をそろえていましたね。

進学校の前橋松本監督がコーチと言うのも珍しいですね。
まさに「ダルビッシュ世代」だと私も思います。
この辺の年代だと、現役でいまも頑張ってる選手が多いですね。
といいつつも、ダルビッシュも涌井もいまやベテランの域に差し掛かったとは思いますが。ついこの前に甲子園を沸かせていたという印象ですが、月日が経つのは本当に早いもので。

なんといってもダルビッシュ。日本ハムのドラフト1位。涌井は西武ドラフト1位ですね。
福井は早稲田大学に進学してからプロ入り。
岩見は亜大〜大阪ガスを経てのプロ入り。高校・大学・社会人と常にドラフト候補に上がり続け、社会人を経由しての満を持してのプロ入りと思いましたがプロ(広島)では何故か活躍出来ませんでした。
優勝投手となった鈴木は確かJR東日本に進んだと思いますが社会人では名前を聞くことはありませんでした。

捕手では糸屋がJX-ENEOS入りもこちらも活躍出来ず。
梅田は大学で野球をやめたように記憶してます。

内野手は石川ですね。横浜入りして活躍。
佐々木は明治大〜東京ガスと進み大学・社会人の舞台でも活躍を見せましたがプロ入りはしませんでした。

外野手は鵜久森ですね。日本ハム入りして今はヤクルト。
>>[109]

ダルビッシュは2年夏の甲子園大会で審判の判定にクレームつけたりかなり問題児扱いされました。

当時の若生監督は大会本部から注意されたようですね。

新チームがスタートすると若生監督はダルビッシュを主将に指名したんですよね。

百戦錬磨の若生監督ならではと感心しました。

このダルビッシュ、真壁を擁していた時が「東北勢悲願の日本一」に一番近づいた時期だったのかも知れません。

大越の頃の仙台育英とどちらが強かったですかね。

糸屋に関しては懐かしくなりちょっと調べたら甲子園の打率は7割だったそうです。決勝戦まで進出しての打率7割は驚異的ですね。

佐々木主将もイケメンでよかったですね。

この年は北海道に春夏通じて初の大旗が渡った年ということで語り継がれるでしょうね。
【05年代表チーム】

夏の甲子園優勝校は駒大苫小牧、準優勝は京都外大西、4強は大阪桐蔭と宇部商

【監督】
迫田 穆成(如水館監督)

【コーチ】
永田 裕治(報徳学園監督)

【投手】
田中 将大(駒大苫小牧2年)
好永 貴雄(宇部商3年)
辻内 崇伸(大阪桐蔭3年)=開幕投手
古川 秀一(清峰3年)
山口   俊(柳ヶ浦3年)
片山 博視(報徳学園3年)
景山 一旗(玉野光南3年)

【捕手】
鶴岡賢二郎(春日部共栄3年)
水野 祐希(東邦3年)

【内野】
林   裕也(駒大苫小牧3年)=主将
加藤 政義(東北3年)
船引 俊秀(関西3年)
堂上 直倫(愛工大名電2年)
正木 修平(神戸国際大付3年)
川端 慎吾(市和歌山商3年)

【外野】
平田 良介(大阪桐蔭3年)
柳田 隆宏(鳴門工3年)
小島 宏輝(鳴門工3年)

この年のメンバーは「第6回AAAアジア野球選手権大会」のメンバーです。
大会は日本予選リーグ2勝で1位突破で決勝トーナメントへ。

準決勝でB組1位の中国に7回コールド11-1で圧勝。
決勝の韓国戦は延長10回5-4とサヨナラ勝ちで優勝しました。辻内完投でした。
日本がこの大会で優勝したのは松坂らを擁した98年以来のこと。

この年は駒大苫小牧が甲子園2連覇を達成した年でした。
それ以上に大阪桐蔭が今日の常勝軍団の基礎を作った年と言えるかも知れません。
エースの辻内と中軸の平田。二人とも高校時代はすごかったですよね。

辻内は2回戦の藤代戦で大会タイの19奪三振を記録。
準決勝では駒大苫小牧の田中から本塁打も打っています。

平田もすごかった。確か1年夏からレギュラーで新チームになった1年秋から四番を打っていました。
この年準々決勝東北戦で清原以来の一試合3本塁打を放ち、甲子園通算5本塁打。

準優勝の京都外大西すらは一人も選ばれませんでした。
エースは本田でしたが近大に進学して不祥事を起こし退部しましたね。当然退学でしょう。

大学組は少ないですね。
古川が日本文理大、鶴岡が日体大、林が駒大、加藤が九国大、正木が国士大、小島が早稲田でした。
この年で言うと「辻内・平田世代」でしたね。

【訂正】
糸屋の名前は義典でした。



私も、このメンバーを見ると「辻内・平田世代」だなあと思いました冷や汗

投手陣では辻内が巨人ドラ1。山口俊は横浜のドラ1。片山は楽天のドラ1。
古川は日本文理大に進学しオリックスのドラ1。逸材揃いですね。
ただし辻内はプロ入り後は度重なる故障に泣かされ1勝も挙げることも出来ず。高校時代の大物感はすごかったと思うのですが残念でした。
山口俊は横浜で最初はクローザー。それから先発転向して活躍。FAで巨人に移籍しましたが移籍初年度の昨年は公私に散々な結果でした。すっかり存在感も薄まってしまいましたが今年は巻き返しなるのか。
片山は楽天でリリーフ投手として活躍を見せましたが故障の影響で昨年戦力外に。今年はBCリーグ武蔵に入団して再起を期すそうです。
古川は在籍6シーズンで未勝利に終わり戦力外。高校・大学までは活躍したのにプロでは結果が出ませんでした。
好永は社会人の西濃運輸。宇部商は伝統的にいい左腕投手を輩出するんですよね。好永のときも4強進出。好投手の印象が強いです。
影山(現姓 川尻)はトヨタ自動車で今も現役で頑張っています。
田中将は言わずと知れた「マーくん」ですね。

捕手は鶴岡が日体大から独立リーグを経て横浜入り。水野はヤクルト入りしました。2人とも既に現役は上がっています。

内野手はやはり川端ですね。2015年には首位打者。NPB屈指の巧打者として活躍中です。ただし昨年は故障で全休でした。今年は復活なるか。
加藤政は九州国際大から横浜入り。
堂上はマーくん世代(ハンカチ世代?)で翌年プロ入り。
甲子園で2年連続全国制覇、涌井(横浜高〜西武)からサイクルヒット、3年時は主将と高校時代は栄華をきわめた感のある林は駒大から東芝。こちらも現役で頑張っており東芝でも主将を務めているそうです。
船引は日産自動車に入社も休部のため富士重工に転籍しました。

外野手は平田ですね。今や中日の主力打者ですがこちらも昨年は故障で不本意な成績。中日浮上には平田の活躍が欠かせないですね。
>>[112]

この時の駒大苫小牧は田中の他に「背番号1」をつけた松橋という投手がいましたね。

初優勝の時は鈴木、岩田の2本柱で、この年は松橋、田中の2本柱でした。

京都外大西との決勝戦も先発は田中ではなく松橋でした。
明治に進学したんですよね。

林は大学でも主将でした。卒業時とと東芝入社からも解禁年から毎年のようにドラフト候補にあがりましたが縁はなかったですね。

山口は神宮大会優勝投手でセンバツで騒がれましたよね。

宇部商はたしかにいい左腕を輩出しますね。
玉国監督の時ですよね。懐かしい。

内野は川端を忘れていました。
高校日本代表の選手が首位打者獲得したというケースはあまりないのではないでしょうか。
【06年代表チーム】

夏の甲子園優勝は早稲田実、準優勝は駒大苫小牧
4強は鹿児島工と智弁和歌山

この代表チームはAAAの選手権ではなく単なる親善試合。
アメリカ遠征で5試合行ない3勝1敗1分でした。
学年は全員3年なので学年表記はなし。

【監督】
和泉   実(早稲田実監督)

【コーチ】
中迫 俊明(鹿児島工監督)

【投手】
斎藤 佑樹(早稲田実)
田中 将大(駒大苫小牧)
榎下 陽大(鹿児島工)
乾   真大(東洋大姫路)
駒谷   謙(福知山成美)
金城 長靖(八重山商工)

【捕手】
鮫島 哲新(鹿児島工)
橋本 良平(智弁和歌山)
秋場 拓也(日大山形)

【内野】
中沢 竜也(駒大苫小牧)
広井 亮介(智弁和歌山)
今吉 健志(鹿児島工)
後藤 真司(早稲田実)=主将
林崎   遼(東洋大姫路)
宇高 幸治(今治西)

【外野】
船橋   悠(早稲田実)
本間 篤史(駒大苫小牧)
塩沢 佑太(帝京)

「ハンカチ世代」の登場ですね。

今回調べていていろいろ驚くことがありました。

まず八重山商工からエースの大嶺を差し置いて金城が選出されました。
こんな選手いたかなと思って調べたらセンバツでは一塁、夏は二塁守っていたのですね。
背番号4から投手で選出されたのは東海大浦安の浜名以来でしょうか。

もう1人は鹿児島工の今吉。
名前聞いて代打だけの選手が選ばれたのかと驚いていたらあの今吉ではなかったです。

甲子園で有名になった今吉は晃一といい健志のイトコだったとか。
晃一選手の方がインパクトありましたね。
腰を痛めていたとかで代打専門。「流れを変えたい」と思っていた場面で起用されました。
「シャー」と打席でさけぶ姿は強烈な印象を残しました。
甲子園では4打数2安打。鹿児島大会からだと10打数7安打だそうですよ。

鹿児島工はこの夏が初出場でしたがそれ以来甲子園出場はありません。
たまたま榎下、鮫島ら有望選手が集まったんでしょうね。
センバツは2年後の08年に出場していますがセンバツもこの1回のみ。

大学組は斎藤早稲田、榎下九産大、乾東洋大、駒谷京産大、鮫島中央、中沢国学大、広井関西国際大、後藤早稲田、林崎東洋大、宇高早稲田、本間亜大、塩沢筑波でした。

広井は確か4本塁打打ちましたよね。もっと有名な大学からも声かかったと思いますが。
本間はあの人の好さそうな顔でよく4年間亜大で続けられたなと思います。
榎下は福岡六大学で馬原以来の30勝投手になりました。

船橋は好きな選手でしたね。大学の野球部に入って退部したのか、そもそも野球部には入らなかったのか。
大学は卒業したのですかね。

あとコーチは香田監督ではなく鹿児島工の中迫監督だったんですね。
香田監督は前年、前々年と連覇したときは世界ユース選手権、AAA選手権だったため経験豊富な監督が代表監督を務めたので香田監督は一度も代表監督やコーチの経験はなかったことになります。

マー君はこの大会必ずしも調子が良いわけではなく準決勝、決勝、決勝再試合と3試合続けて菊地が先発していたんですよね。

駒大苫小牧は決勝で勝てば甲子園3連覇だったんですよね。
戦前中京商が1931〜33年にかけて唯一達成していますが、73年ぶり大記録に並ぶかという試合を早実がストップをかけました。

ちなみにセンバツで甲子園3連覇はありません。連覇は戦前1929.30年の第一神港商と戦後81.82年にPLが達成しています(81年は西川、82年は榎田でした)。



「ハンカチ世代」ですねぇ。
選手権大会中から大会後のフィーバーたるやものすごかった。
プロ入りしてからの実績、となると「マーくん世代」と言い直さなければいけなくなりますが、甲子園での斎藤佑樹の輝きは確かにすごかった。

投手で、高卒で即プロ入りは田中将だけ(楽天ドラフト1位)。
斎藤・榎下・乾は大学を経てプロ入り。斎藤佑樹は今年もなんとか日本ハムで現役続行ですが榎下と乾は昨年まででNPBからは戦力外。榎下は日ハムの球団職員。乾は独立リーグのBCリーグで現役続行でしたかね。
金城は社会人の沖縄電力でしたね。まだ現役続けてるんでしょうか。

捕手は橋本が阪神入りもプロでは活躍できず。戦力外になったあと社会人のパナソニックに入りましたが確かもう現役は上がったのではないでしょうか。
鮫島は中大〜新日鐵住金鹿島。大学・社会人といつもドラフト候補に名前は出てきましたが結局指名はありませんでした。

内野手は林崎が東洋大を経て西武入りしましたがこちらもプロ1軍での活躍はあまりなし。
宇高は早大〜日本生命と、アマチュア野球のエリートコースとでもいえる経歴ですね。
後藤は早大〜日本製紙石巻と進みましたがこちらも現役は上がっています。しかし、優勝した早実ナインのなかで、斎藤佑樹以外で大学以後も野球を続けたのは後藤だけではなかったでしょうか。
あのときの早実選手達は打倒駒大苫小牧・打倒田中将大という壮大な目標を甲子園で見事に果たした反動というか、野球に関しては燃え尽き症候群になってしまったんですかね。

外野手は本間が亜大〜JR北海道と進み昨年限りで現役引退。
駒大苫小牧では投の田中将大、打の本間篤史という看板選手といった存在でした。いずれ、駒大苫小牧の指導者になるかもしれませんね。



>>[115]

誰が「ハンカチ王子」と名付けたのでしょうね。
西東京大会の時は「ハンカチ王子」とは言われていなかったと思いますし、人気も爆発的なものではなかったですよね。

甲子園での斎藤は確かにすごかった。
神宮でもいきなり大学選手権優勝投手となり、大学野球の七不思議と言われた早稲田の明治神宮大会優勝ゼロの謎にも最後4年の秋に全国制覇しましたよね。

斎藤のエピソードをあげるなら高校時代死球を与えても決して帽子をとらずに謝らなかったことですね。

その真意は後日インタビューで読みましたが「帽子をとって謝ると自分に負けたことになる。だから帽子は取らなかった」のだそうです。

顔に似合わず強気な性格だなと感じました。

高校時代は春夏とも延長15回引き分け再試合を経験して、大学では入学時と卒業時に日本一を経験。
高校大学時代の実績は文句なしですね。

坂本勇人や前田健太もハンカチ世代です。
松坂世代ほどではないですが優秀な人材が多い年でしたね。

あと印象に残っているのは榎下ですね。
たぶん東京や関西の大学からもたくさん声がかかったと思いますが九州に残ったんですね。

神宮大会に出てきて某大学と対戦した時「某大学は負けるな」と直感で思いました。案の定負けましたけど。
某大学は全国初出場なのに九産大は常連でしたからね。
九産大の監督は試合前「相手は初出場なんだ。お前たちの方が全国大会の戦い方を知っているはずだ」とゲキを飛ばしたといいますが、この時点からもう九産大に飲まれていたのでしょう。

そういえば神宮大会で初めて第4試合を見たのはこの試合でしたね。

優勝した早実ナインは確かに燃え尽き症候群だったのかも知れません。
いまはみんな一流の会社で働いているみたいですね。

鮫島はプロでもやれたと思っていただけにいささか残念です。
林崎はもろろつともっと活躍できると思いましがねえ。

>>[116]

斎藤佑樹で私が印象的なのは、大学時代に確か雑誌「ナンバー」のインタビュー記事だと思いますが、まあ当時は確かに同期生達が「ハンカチ世代」などと呼ばれたように、斎藤はその世代のトップ選手・牽引役という周囲の評価だったと思いますが、斎藤自身の発言で「将来的にWBCにも出て活躍したい」「世代を引っ張っていく責務がある」というようなものがあったように記憶しています。
確かに強気な性格の一端とも思いますが、いくらドラフト1位指名ほぼ確実とはいえ、まだプロ入りもしてない大学生なのにいささかビッグマウスが過ぎるのでは、と鼻白んだ記憶が強いです。
だからというわけではないでしょうが、プロ入り後は不本意な結果しか残せておらず、高校時代は一応ライバルだった田中将大とは果てしなく差を広げられてしまいました。
まあ、冷静になって考えれば、投手としてのポテンシャルはやはり、田中将大と斎藤佑樹では全然違ったということでもあるんでしょうが。
>>[117]

まあ斎藤の弁護と言いますか斎藤サイドに立てば、投手は斎藤に限らず一匹狼みたいな存在ですから多少のビッグマウスはいいかなとは思います。

斎藤についてはまだ書きたいこともありますが、いずれ大学でも出てくるでしょうからそこでまた書ければと思います。

斎藤に限らず甲子園優勝投手でプロで大成した投手は少ないですよね。
【07年代表チーム】

この年もアメリカ遠征。
3試合で2勝1敗という成績でした。
前年に続き全員3年なので学年表記は省略。

夏の甲子園優勝は佐賀北、準優勝は広陵、4強は常葉菊川と長崎日大。

【監督】
百崎 敏克(佐賀北監督)

【コーチ】
金城 孝夫(長崎日大監督)

【投手】
久保 貴大(佐賀北)
野村 佑輔(広陵)
浦口 侑希(長崎日大)
田中健二朗(常葉菊川)
熊代 聖人(今治西)
森田 貴之(大垣日大)
佐藤 祥万(文星芸大付)
佐藤 由規(仙台育英)

【捕手】
市丸 大介(佐賀北)
上戸   彰(長崎日大)
石岡 諒哉(常葉菊川)

【内野】
副島 浩史(佐賀北)
土生 翔平(広陵)
長谷川裕介(常葉菊川)
渡辺 侑也(聖光学院)
中村   晃(帝京)

【外野】
櫟浦 大亮(広陵)
持田 達也(日南学園)

本来ならコーチは選手権準優勝の広陵中井監督のはずですが体調不良で金城監督に代わったそうです。

外野はわずか二人しか選出されず。
そのため投手の野村、浦口、熊代、森田、佐藤祥は外野も兼ねる布陣になりました。

ハンカチ世代の翌年ですが決勝戦は今でも語り継がれますね。
副島の逆転満塁弾。

この年は常葉菊川が強くセンバツで優勝。夏も準決勝まで勝ち上がり春夏連覇まで「あと2勝」としたのですが佐賀北に敗れました。

佐賀北は久保とサウスポーの馬場がいましたね。
春を制した常葉菊川も田中と戸狩の2本柱でした。

大学組は久保が筑波、野村が明治、市丸が早稲田、副嶋が福岡大、櫟浦が関学でした。
他にもいると思います。

久保は大学では今一つの成績でした。高校時代で燃え尽きてしまったのかな。
馬場は中央の準硬式でした。

一度久保を見に首都大学リーグ見に行ったことがいい思い出です。

副島は堅実に地元の福岡大に。
94年同じ佐賀勢で佐賀商が全国制覇したときに決勝でやはり満塁弾打った西原はあの1打席で人生がかわり東京の駒大に進学しました。

副島も東京から声はかかったと思うのですが九州に残ったんですね。

【注】
本来この07年は第7回AAAアジア野球選手権が台湾で行なわれ高野連はこの大会に代表選手を派遣する予定でた。

ところが今大会から木のバットを使用するということが韓国・台湾主導で決定したため高野連は選手派遣をボイコット。

代わりに日本野球連盟が社会人、クラブチーム、専門学校から18歳以下の選手でチームを結成して、社会人では初となるAAA大会に出場しました。

成績は6チーム総当たりで日本は3位でした。
【08年代表選手】

この年は4回目となるブラジル遠征。
8試合で7勝1敗の好成績でした。
学年は前年に続いて全員3年なので学年表記省略。

夏の甲子園優勝は大阪桐蔭、準優勝は常葉菊川、4強は横浜と浦添商。

【監督】
西谷 浩一(大阪桐蔭監督)

【コーチ】
佐野   心(常葉菊川監督)

【投手】
福島 由登(大阪桐蔭)
土屋 健二(横浜)
近田 怜王(報徳学園)
田村   圭(慶応)
岩下   圭(鹿児島実)
赤川 克紀(宮崎商)
斎藤 圭佑(千葉経大付)

【捕手】
山城 一樹(浦添商)
土井 翔平(智弁学園)
地引 雄輝(木更津総合)

【内野】
萩原 圭梧(大阪桐蔭)
坂口 真規(智弁和歌山)
森川 真雄(大阪桐蔭)
町田 友潤(常葉菊川)
松本幸一郎(横浜)
前田 隆一(常葉菊川)
浅村 栄斗(大阪桐蔭)

【外野】
奥村 翔馬(大阪桐蔭)
伊藤 慎吾(常葉菊川)
井上 貴晴(報徳学園)

代表20人のうち優勝した大阪桐蔭から5人、準優勝の常葉菊川から3人選ばれていますね。

↑で「この年は常葉菊川が強かった」と書きましたが、今年のチームも強くて連覇を目指した春は初戦は勝ったものの2回戦で千葉経大付に敗れたものの、夏は甲子園準優勝と、「常葉菊川の時代」でしたね。
ただ決勝は0-17の大敗でした。

優勝した大阪桐蔭は福島は結構点を取られた印象がありますが、4番の萩原と奥村が甲子園で3本塁打と爆発。浅村も2本塁打でした。

大学組は福島が青学、田村が慶大、地引が早稲田、萩原が関学、塚口が東海大、松本が立教、奥村が関大、伊藤が法政でしたね。

萩原は「はぎわら」ではなく「はぎはら」と読むそうです。
大学卒業時にドラフト候補に灯りましたが指名はなかったですね。

田村は力道山の孫ということで話題になりましたね。

【09年代表選手】

この年は第8回AAAアジア野球選手権が開催されましたが甲子園大会と重複したため、甲子園大会に出場できなかった関東地区の代表チームを高野連は派遣しました。

そのAAAチームは後日書くとしてこの代表チームは従来通りの甲子園大会後の派遣メンバー。
アメリカに遠征して4試合戦い2勝1敗1分の成績でした。

夏の甲子園優勝は中京大中京、準優勝は日本文理
4強は花巻東と県岐阜商。

【監督】
大藤 敏行(中京大中京監督)

【コーチ】
佐々木  洋(花巻東監督)

【投手】
堂林 翔太(中京大中京)
伊藤 直輝(日本文理)
山田 智弘(県岐阜商)
新西 貴利(都城商)
佐藤 朔弥(東北)
庄司 隼人(常葉橘)
岡田 俊哉(智弁和歌山)

【捕手】
原口 文仁(帝京)
河野 元貴(九州国際大付)
山崎 裕貴(関西学院)

【内野】
武石 光司(日本文理)
柏葉 康貴(花巻東)
河合 完治(中京大中京)=主将
猿川 拓朗(花巻東)
今宮 健太(明豊)

【外野】
伊藤隆比古(中京大中京)
高橋 義人(日本文理)
江崎 秋馬(県岐阜商)

この年の夏の甲子園決勝も語り継がれる試合でしたね。
8回まで中京大中京が10-4と大きくリードしながら日本文理は最終回二死から5点を返し1点差まで詰め寄ったあの試合です。エースはプリンス堂林でした。

またこの大会は関西学院が70年ぶりに夏の甲子園に出場して初戦突破して2回戦でも優勝した中京大中京相手に互角の戦いを見せましたが9回裏河合にサヨナラ弾を浴びて4-5と惜敗しました。

大学組は私の知る限り伊藤が福祉大、山崎が関学、河合が法政、猿川は東海大、伊藤が立命でした。
山崎は高校時代は捕手と投手掛け持ちでしたが、大学では捕手一本でした。
大学でも4年秋に関学野球部史上初の明治神宮大会出場を果たしました。
高校、大学とも最後に甲子園、神宮に来られて幸せな野球人生だったと思います。

猿川も高校時代は内野手でありながらマウンドにも上がっていましたが大学では投手になりました。
大学卒業時ドラフト候補に挙がりましたが指名はなかったですね。

優勝した中京大中京の主将山中は東西の大学から声がかかったといいますが、そのまま中京大に進学しましたね。

【前年の訂正】
原口→坂口
灯りましたが→挙がりましたが(笑)







【09年代表選手◆

【監督】
森    士(浦和学院監督)

【コーチ】
片桐 幸宏(桜美林監督)
日向野久男(栃木工監督)

【投手】
中川 貴昭(牛久)
中田 智暁(栃木工)
渡辺 景仁(高崎商)
芹澤 拓也(埼玉栄)
渡辺   圭(東海大甲府)=開幕投手
真下 貴之(東海大望洋)
大野 瑠哉(早大学院)
白村 明弘(慶応)

【捕手】
神田 直芸(真岡工)
西村 裕希(春日部共栄)
佐野 広弥(身延)

【内野】
京屋   陽(二松学舎大付)
河井 甚哉(水戸桜ノ牧)
高野   桂(前橋商)
亀山 拓也(横浜創学館)
筒香 嘉智(横浜)
島津 裕真(浦和学院)=主将

【外野】
黒田 圭宥(銚子商)


この代表選手は↑にも書きましたが、韓国で開催された第8回AAAアジア野球選手権大会に出場した選手団です。外野手登録は一人だけなんですね。

学年は全員3年なので学年表記はなしです。アメリカ遠征のメンバーも全員3年です。

↑では甲子園大会と重複したと書きましたが、この大会は8/26〜29にかけて行なわれています。
この年の夏の甲子園決勝は8/24でした。ですから重複はしていませんね。
ただ24に甲子園決勝が終わり、26からAAA大会が開幕したのですから準備期間とかを考慮して間に合わなかったのは明らかです。

ホントは高野連はAAA大会に甲子園組の選手たちを派遣したかったと思いますが間に合わないと思い、最初から夏の甲子園に出場していない関東の高校選抜を派遣したのだと思います。

しかしなぜ全国からではなく関東の高校選抜なんでしょうか。
そこがよくわかりませんが。

日本は予選リーグで韓国、台湾に敗れ2敗と1勝もできずに決勝トーナメントに進出。
準決勝の台湾戦も0-5の完敗。

やっと3位決定戦の中国戦で5回コールド28-0と圧勝して3位を確保しました。

高校一覧を見ると牛久、栃木工、早大学院、真岡工、身延、水戸桜ノ牧、横浜創学館はまだ一度も春夏通じて甲子園に出場したことないのではないでしょうか。

大学組は渡辺圭が東海大、白村が慶大、京屋が亜細亜大ぐらいしか思い浮かびません。
早大学院の大野は早稲田大でも野球部に所属したかどうか把握していません。
この当時の早大学院はまださほど強くなかったと思います。今ではそこそこ強くなりましたがね。

京屋は騒がれた記憶があります。なぜプロ行かずに大学に進学したのでしょうねえ。
騒がれたと言えば東海大望洋の真下も予選の段階から注目を集めていましたね。

白村は前年の神宮大会優勝投手。
センバツでは優勝候補に挙がっていたのですが開星にまさかの初戦敗退でした。

渡辺圭は東海大では↑の猿川とともに2本柱として活躍しました。

この代表選手に筒香がいるんですね。
当時はともかく今では2つの代表チームを見ても「筒香世代」と言えると思います。



【10年代表選手】

この年もアメリカ遠征。
4試合で3勝1敗の成績でしした。
学年は全員3年。

夏の甲子園優勝は興南、準優勝は東海大相模、4強は報徳学園、成田。

【監督】
我喜屋 優(興南監督)

【コーチ】
門馬 敬治(東海大相模監督)

【投手】
島袋 洋奨(興南)
一二三慎太(東海大相模)
中川   諒(成田)
大西 一成(報徳学園)
池田   駿(新潟明訓)
渡辺 政孝(九州学院)
木村 謙吾(仙台育英)

【捕手】
山川 大輔(興南)
磯村 嘉孝(中京大中京)
山口 元気(北大津)

【内野】
真栄平大輝(興南)
国吉 大陸(興南)
我如古盛次(興南)
福山   亮(東海大相模)
山田 哲人(履正社)

【外野】
伊集院  駿(東海大相模)
八代 和真(報徳学園)
後藤 駿太(前橋商)


この年は興南が沖縄の高校としては初となる春夏連覇を達成しました。
沖縄勢が夏の甲子園を制したのはこの年の興南が初めてです。
そういう意味もあって結構覚えています。

磯村は前年中京大中京が夏の甲子園を制した時の2年生捕手でした。
またトリプルスリーの山田が選ばれているんですね。

大学組は島袋が中央、池田が専修大、大西が龍谷大、渡辺が関東学院大、山口が龍谷大、真栄平と国吉が明治、我如古が立教、福山が駒大、伊集院が亜細亜大、八代が立命でした。
【11年代表選手】

夏の甲子園優勝は日大三、準優勝は光星学院、4強は関西と作新学院。

【監督】
渡辺 元智(横浜監督)

【コーチ】
斎藤 智也(聖光学院監督)
森     士(浦和学院監督)

【投手】
吉永健太朗(日大三)
原    樹里(東洋大姫路)
釜田 佳直(金沢)
歳内 宏明(聖光学院)=開幕投手
松本 竜也(英明)
北方 悠誠(唐津商)
野田 昇吾(鹿児島実)

【捕手】
道端 俊輔(智弁和歌山)
近藤 健介(横浜)
佐藤 大貢(東海大相模)

【内野】
板崎 直人(作新学院)
横尾 俊健(日大三)
宮内 和也(習志野)
高橋 周平(東海大甲府)
谷田 成吾(慶応)

【外野】
畔上   翔(日大三)
北川倫太郎(明徳義塾)
臼田 哲也(東海大相模)

このメンバーは第9回AAAアジア野球選手権大会に出場した日本代表チーム。
高野連はこの大会に3大会ぶりに高校代表チームを派遣しました。
学年は全員3年。主将は不明。
この年は日本開催(横浜スタジアム、保土ヶ谷他)ということで日本チームも気合が入っていたようです。

日本は予選リーグB組で3連勝で1位通過。
決勝トーナメントでも準決勝でフィリピンを7回コールド13-1と圧倒。
決勝は韓国と対戦し吉永が完投して6-1と快勝して優勝。
日本チームの優勝は05年の第6回大会以来3大会ぶり4回目となりました。

鹿実の野田と相模の二人はセンバツ大会出場選手。
高橋と谷田は春夏甲子園に出場できませんでしたが選ばれました。

大学進学組は吉永が早稲田、原が東洋、道端が早稲田、横尾と谷田が慶大、畔上が法政でした。
【12年代表選手】

夏の甲子園優勝は大阪桐蔭、準優勝は光星学院、4強は明徳義塾と東海大甲府。

【監督】
小倉 全由(日大三監督)

【コーチ】
吉田 洸二(清峰監督)
大野 康成(今治西監督)

【投手】
大谷 翔平(花巻東3年)=開幕投手
岡野裕一郎(聖光学院3年)
佐藤 拓也(浦和学院3年)
蒲原  友(東海大甲府3年)
濱田 達郎(愛工大名電3年)
藤浪晋太郎(大阪桐蔭3年)
大塚 尚仁(九州学院3年)

【捕手】
田村 龍弘(光星学院3年)
中道 勝士(智弁学園3年)
森   友哉(大阪桐蔭2年)

【内野】
菅原 拓那(常総学院3年)
田端 良基(大阪桐蔭3年)
城間 竜兵(光星学院3年)
伊予田一起(明徳義塾3年)
北條 史也(光星学院3年)
金子 凌也(日大三)

【外野】
呉屋 良拓(浦添商3年)
笹川 晃平(浦和学院3年)
高橋 大輝(龍谷大平安3年)
水本   弦(大阪桐蔭3年)

この代表チームは第25回AAA世界野球選手権に出場した代表チームです。

日本は一次予選B組で4勝1敗と2位通過で二次予選へ。
しかし二次予選は2勝3敗で5位となり、順位決定戦(5位決定戦)でも韓国に0-3と敗れ6位でした。

「藤浪・大谷世代」ですよね。
他にも光星学院から田村、北條の主砲二人と背番号4のエース城間となかなかのメンバーです。

大谷は夏の甲子園は出場できませんでしたがセンバツ出場ということで代表入り。
センバツではいきなり大阪桐蔭と当たり藤浪から本塁打打ったんですよね。

この年は大阪桐蔭の春夏連覇でしたが、光星学院は2年連続夏の甲子園準優勝。もっといえば春のセンバツも準優勝でしたから3季連続甲子園準優勝。

長い高校野球の歴史をみても3季連続で甲子園の決勝まで勝ち進んだチームは光星学院だけです。

大学組は岡野が青学、佐藤が立教、神原が東海大、城間が福祉大、伊予田が専修大、金子が法政、笹川が東洋大、水本が亜細亜大でしたね。

佐藤は大学で野手転向になりましたが高校時代はあのかわいい顔で投手だったんですね。
田端は亜大に推薦入学が決まっていたのですが1週間もしないで退部したと聞いています。
センバツでは大谷から本塁打打ったんですよね。

神原は大学ではパッとしませんでした。水本は大学でも日本一になっています。
【13年代表チーム】

夏の甲子園優勝は前橋育英、準優勝は延岡学園、4強は日大山形と花巻東。

【監督】
西谷 浩一(大阪桐蔭監督)

【コーチ】
仲井 宗基(八戸学院光星監督)
島田 達二(高知監督)

【投手】
飯田 晴海(常総学院3年)
松井 裕樹(桐光学園3年)=開幕投手
山岡 泰輔(瀬戸内3年)
田口 麗斗(広島新庄3年)
高橋 由弥(岩国商3年)
高橋 光成(前橋育英2年)
安楽 智大(済美2年)

【捕手】
内田 靖人(常総学院3年)
若月 健矢(花咲徳栄3年)
森   友哉(大阪桐蔭3年)

【内野】
園部   勉(聖光学院3年)
逸崎 友誠(明徳義塾3年)
奥村 展征(日大山形3年)
熊谷 宏宥(仙台育英3年)
竹村 春樹(浦和学院3年)
渡邉   諒(東海大甲府3年)

【外野】
森   龍馬(日大三3年)
吉田 雄人(北照3年)
上林 誠知(仙台育英3年)
岩重 章仁(延岡学園3年)

この年の代表チームは、台湾で開催された第26回IBU野球ワールドカップに出場した選手たちです。

一次予選は5連勝で1位通過。二次予選もアメリカに次ぐ4勝1敗で2位。
そしてアメリカと決勝戦をおこなったわけですが2-3と惜敗し惜しくも2位でした。

2年生からも夏の甲子園優勝投手の高橋光、センバツ準優勝投手の安楽が代表入り。
森友は2年連続での代表入りでした。

このメンバー今見るとかなりいいですね。
松井などはサムライジャパンにも選ばれていますし。上林や森友もプロで結果を出しています。
田口も今や菅野とともに巨人のエースと言っていいほど。

1年先輩の「藤浪・大谷世代」より活躍度は上ですね。

まだまだ彼らは成長し続けるでしょうから将来が楽しみです。

大学組は飯田が東洋大、高橋由が駒大、熊谷が立教大、竹村が明治大、森龍が法政大でした。
飯田、熊谷、森龍の3人は昨年所属大学で主将を務め、竹村も昨夏のユニバーシアードで日本チームの主将でした。
【14年代表チーム】

夏の甲子園優勝は大阪桐蔭、準優勝は三重、4強は敦賀気比と日本文理。

【監督】
高橋   広(鳴門渦潮監督)

【コーチ】
大藤 敏行(前中京大中京監督)
比嘉 公也(沖縄尚学監督)

【投手】
岸 潤一郎(明徳義塾)
森田 駿也(富山商)
山城 大智(沖縄尚学)
飯塚 梧史(日本文理)
高橋 光成(前橋育英)
小島 和哉(浦和学院)

【捕手】
栗原 陵矢(春江工)=主将
岸田 行倫(明徳義塾)
岡田 耕太(敦賀気比)

【内野】
安田 孝之(明徳義塾)
吉田 有輝(履正社)
安里   健(沖縄尚学)
峯本   匠(大阪桐蔭)
岡本 和真(智弁学園)
香月 一也(大阪桐蔭)

【外野】
脇本 正人(健大高崎)
徳本健太朗(龍谷大平安)
浅間 大基(横浜)

このメンバーは第10回BFAUアジア野球選手権大会に出場した代表チームです。学年は全員3年。

日本は予選リーグ3連勝で1位通過。
決勝トーナメント準決勝の台湾戦は9回表まで1-2とリードされていましたがその裏2点をあげ逆転サヨナラで決勝進出。
決勝では惜しくも韓国に1-2と敗れ2位でした。

監督の高橋監督は高校時代代表チームの監督やったことあるのですか。知りませんでした。
コーチの大藤氏は前中京大中京監督とあるので、14年の時点では監督辞めていたのですね。

パッと見た感じ前年のチームの方がいいですね。
前年の神宮大会決勝で壮絶な試合をした沖縄尚学と日本文理のエース・山城と飯塚も代表入り。
この代表メンバーのうち夏の甲子園に出場できなかったのは6人います。
昨年の春夏甲子園優勝投手の小島と高橋、主将を務めた捕手の栗原と岸田、内野の吉田と外野の浅間の6人。高橋は前年の森友に続いて2年連続の代表入り。

大学進学組は岸が拓大、森田が法政大、山城が亜細亜大、小島が早稲田大、岡田が駒澤大、安田が大院大、吉田が明治大、安里が亜細亜大、徳本が青学大でしたかね。

もっとも入学の段階の資料なのでもう辞めている選手もいるかもしれません。
拓大の岸は1年春から出ていましたが今は辞めてしまったのか。
【15年代表チーム】

夏の甲子園優勝は東海大相模、準優勝は仙台育英、4強は関東一と早稲田実

【監督】
西谷 浩一(大阪桐蔭監督)

【コーチ】
仲井 宗基(八戸学院光星監督)
島田 達二(高知監督)

【投手】
佐藤 世那(仙台育英3年)
成田   翔(秋田商3年)
高橋 樹也(花巻東3年)
小笠原慎之介(東海大相模3年)
上野翔太郎(中京大中京3年)=開幕投手
高橋 純平(県岐阜商3年)
森下 暢仁(大分商3年)
勝俣 翔貴(東海大菅生3年)

【捕手】
伊藤 貴士(中京大中京3年)
郡司 裕也(仙台育英3年)
堀内 謙伍(静岡3年)

【内野】
平沢 大河(仙台育英3年)
津田 翔希(浦和学院3年)
清宮幸太郎(早稲田実1年)
宇草 孔基(常総学院3年)
杉崎 成輝(東海大相模3年)
篠原   諒(敦賀気比3年)=主将

【外野】
豊田   寛(東海大相模3年)
オコエ瑠偉(関東一3年)
舩曳   海(天理3年)

このメンバーは日本で開催された第27回U18野球ワールドカップに出場した日本代表チームです。

日本はファーストラウンド5連勝と1位通過。スーパーラウンドでも5連勝と1位通過で無敗でアメリカとの決勝戦を迎えましたが惜しくも1-2と敗れ優勝はなりませんでした。

清宮が輝いた夏でしたね。
1年で日本代表に選ばれたのは95年の星稜山本省吾以来20年ぶり。

オコエも勝俣も東京の高校球児から3人も選ばれました。

勝俣は投手で選ばれましたが試合では野手でしたね。
森下は春夏の甲子園に出場できませんでしたが選ばれましたね。

大学組は上野が駒大、森下が明治、勝俣が武道大、郡司が慶大、津田が東洋大、宇草が法政、杉崎が東海大、主将を務めた篠原が筑波大、豊田が武道大、舩曳が法政でした。

伊藤がわかりませんでした。




【16年代表チーム】

夏の甲子園優勝は作新学院、準優勝は北海、4強は明徳義塾と秀岳館

【監督】
小枝   守(元拓大紅陵監督)

【コーチ】
大藤 敏行(前中京大中京監督)
米澤 貴光(関東一監督)
東   哲平(敦賀気比監督)

【投手】
寺島 成輝(履正社)=開幕投手
藤嶋 健人(東邦)
堀   瑞輝(広島新庄)
早川 隆文(木更津総合)
藤平 尚真(横浜)
高橋 昴也(花咲徳栄)
今井 達也(作新学院)
島   孝明(東海大市原望洋)

【捕手】
九鬼 隆平(秀岳館)
渡辺 雄大(いなべ総合)

【内野】
小池 航貴(木更津総合)=主将
伊藤 優平(八戸学院光星)
入江 大生(作新学院)
佐藤 勇基(中京大中京)
松尾 大河(秀岳館)
林中 勇輝(敦賀気比)

【外野】
納   大地(智弁学園)
鈴木 将平(静岡)

このメンバーは第11回U-18アジア野球選手権に出場した日本代表チームです。
学年は全員3年。
外野手登録が二人なので藤嶋が外野も兼任。

日本は一次予選3連勝で1位通過、二次予選(セミファイナルラウンド)も中国、韓国を下し決勝へ。
決勝の相手は台湾。1-0と競り勝ち優勝を飾りました。

島は前年の森下同様、甲子園には届きませんでしたが代表に選ばれました。
納はセンバツ優勝メンバーでしたね。

投手陣は早川を除いて全員プロ入りしましたよね。

大学進学組は早川が早稲田大、主将を務めた小池が帝京平成大、伊藤が八戸学院大、佐藤が法政大、゜林中が立教大、納が東洋大でした。

代表チームの主将を務めた小池が帝京平成大とはいささかびっくりしました。
どこか志望校の推薦に漏れて帝京平成大に進んだのですかね。








【17年代表チーム】

夏の甲子園優勝は花咲徳栄、準優勝は広陵、4強は東海大菅生と天理。

【監督】
小枝   守(元拓大紅陵監督)

【コーチ】
大藤 敏行(前中京大中京監督)
米澤 貴光(関東一監督)
東   哲平(敦賀気比監督)

【投手】
清水 達也(花咲徳栄3年)
川端 健斗(秀岳館3年)
三浦 銀二(福岡大大濠3年)
山下   輝(木更津総合3年)
桜井 周斗(日大三3年)
磯村 峻平(中京大中京3年)
徳山 壮磨(大阪桐蔭3年)=開幕投手
田浦 力丸(秀岳館3年)

【捕手】
中村 奨成(広陵3年)
古賀 悠斗(福岡大大濠3年)

【内野】
西巻 賢二(仙台育英3年)
鯨井 祥敬(東海大市原望洋3年)
清宮幸太郎(早稲田実3年)=主将
安田 尚憲(履正社3年)
小園 海斗(報徳学園2年)
井上 大成(日大三3年)

【外野】
丸山 和都(前橋育英3年)
伊藤 康祐(中京大中京3年)
増田   珠(横浜3年)
藤原 恭大(大阪桐蔭2年)

このメンバーはU18野球ワールドカップに出場した日本代表チーム。
監督・コーチは前年と同じで大学と同じ「2年計画」なんですかね。
清宮は2年ぶりの代表復帰。
小園と藤原の二人が2年で選ばれました。

日本はオープニングラウンドを4勝1敗の2位通過。
第二ラウンドは2勝2敗の4位。
3位決定戦でカナダ下し3位でした。

大学進学組は三浦と山下が法政大、磯村が明治大、徳山が早稲田大、古賀が中央大、鯨井が東海大、井上が青学大、丸山が明治大のはずです。

まだ入学前なので変更等あるかもしれませんが、スポーツ紙やネット情報だと上記のようになります。

【補足】
前年の日本代表主将小池は最初から帝京平成大に進学する予定だったみたいです。



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