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【青春活劇】中二病疾患 第十二話『私の世界』

【青春活劇】中二病疾患 第十二話『私の世界』 2016年11月16日 14:19
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 モモは本を読むのが昔から好きでした。文章から読み取る情景は現実にモモに『欠陥』している聴力は関係ありません。補聴器のように必要のない雑音まで拾う事はありません。
「じゃ、後は俺がやるから」
 佐藤くんが右から言います。生まれ付き左耳の聴力が弱く、補聴器を使っているモモにとっては嬉しい気遣いです。
「うん、ありがとう」
 佐藤くんはパソコンや細かい作業が苦手なのでモモが行い、代わりに本を運んだり力仕事をしてくれます。目付きは少し悪いしぶっきらぼうなしゃべり方ですが、本当は優しい人なのです。
「この本を探してるんだけど」
 放課後の図書室、いるのは図書委員のモモと佐藤くん、奥の書庫で整理をしている司書の先生だけの空間に西田さんが訊ねて来ました。一学期は男子をいじめたりと色々と怖い人だと思う事もありましたが、実は本好きで繊細な人のようです。紙に書かれた本のタイトルと作者、資料番号を確認します。『アンネフランクを訪ねて』、この間も『アンネの日記』を借りていました。今回はアンネフランクのゆかりの地を巡る手記のような本です。
 モモはパソコンで検索します。
「これなら奥の方の棚だよ。案内するね」
 西田さんは大丈夫とは言いましたが、いつも案内を佐藤くんにやってもらっているので、たまには動かないといけません。司書の先生に声をかけて受付を頼みましょう。

 モモの本当の名前は桃井知美と言います。下の名前から取って『トモちゃん』と呼ばれるよりも『モモちゃん』と呼ばれる方が何だか可愛いくて気に入っています。なので、語りでは自分の事を『モモ』と呼ばせてもらいます。

 ___

「良いよ、高いとこなら私が取る」
 私はそう声をかけたが、桃井は図書委員の仕事だからと踏み台に登った。
 私はクラスの女子の中では二番目くらいに背が高いし、桃井はクラスの女子の中では一番背が低い。だからそんな事をしなくても良いのに。
 グラリと桃井が乗った踏み台が揺れる。桃井が私が読みたいと言った『アンネフランクを訪ねて』を取ろうと手を伸ばしたのだ。
 一瞬だった。
 桃井が横に倒れ、床に転がった。ガタンと大きな音と、次いでピピピと鋭い音が静かな図書室内に響く。
「何があったの!?」
 急いで佐藤が駆け付ける。割りと真面目な性格なのか図書館で騒ぐ相手なら上級生だろうが不良だろうが平気で文句を言う佐藤が、大きな足音を立てて声を上げている。
「桃井さん、大丈夫?」
 桃井の横に膝を着く。桃井はゆっくりと起き上がる。
「大丈夫」
 と弱々しく答える。
 佐藤は私を見た。強い眼差し。押し殺すような声で私に問う。
「何があった? まさか西田さんが押した?」
 とんでもない事を口にされた、とも思ったが私としては疑われても仕方ない。私は一学期にある男子生徒にいじめを行っていたからだ。
 そしてあろう事か桃井も頷いた。
 いや、冷静に考えろ。佐藤は今、桃井の左側に立っている。桃井の左耳の補聴器は今はない。きっと倒れた時に落ちたのだ(ピピピと鳴ったのは補聴器が外れた時の音だ)。つまり佐藤が何を言っているか分からない、何かを言われたが無事かどうかの確認くらいにしか思わなかったのかも知れない。
 桃井が補聴器を拾って耳に付ける。
「桃井さん、保健室の先生を呼んで来る。司書の先生と一緒に待ってて」
 桃井は大丈夫と言いながらも佐藤に連れられて行ってしまった。私は背の高い本棚に挟まれた通路で倒れた踏み台と供に残された。何だか空々しい。
「今、音がしたけど何かあったの?」
「桃井さんが踏み台から落ちて…保健室の先生と担任を呼ぶまでの間、一緒にいてあげて下さい」
 佐藤と司書の声がまるで隣の部屋の話し声みたいに聞こえる。誤解を解かなきゃいけないのに、何だか他人事みたいだ。

 所詮私はクラスのトップから引きずり下ろされたイジメの主犯。西田麗香の言い分なんて誰も聞かないだろう。

 ___

「私は自分から落ちたんです、バランスを崩して。佐藤くんが何か言っていたとは思いますが、ケガはないかとかそう言うのだと思って頷いたんです。絶対に西田さんに押されたんじゃありません」
 モモの左耳が悪いせいで西田さんにもう少しで迷惑をかけるところでした。モモの補聴器が外れた事、佐藤くんが左側から話しかけていた事などが重なって上手く聞こえなかったのです。
 佐藤くんは納得いかないと言う表情でしたが、西田さんが言い訳一つせずに黙っていた事で一応は信じると言ってくれ、渋々ですが西田さんに謝りました。
「じゃ、もう帰る」
 西田さんは別に怒った様子などは見せずに帰ってしまいました。本は借りて行かなくても良いのでしょうか。
「桃井さんも高い所の本は無理に取らなくても良いよ、西田さんなら少し背伸びすれば取れるから」
 灰田先生は優しく言ってくれました。
「佐藤くんもいきなり人を疑ってかかってはだめじゃない」
「でも西田さんは一学期に純をいじめてましたから」
「過ぎた事を蒸し返さないの。それに桃井さんも違うって言ってるし」
「…すみません」
 やはり納得いかないけど謝っています。
「ほら、片付けたら帰ろう。私のせいで遅くなっちゃってごめんね」
 モモのせいで誰かが誤解されるのは嫌です。いい加減に返事をしたモモのせいです。佐藤くん、分かって下さい。

 帰りに病院の前を通りました。
 モモが耳の事で通っている総合病院です。耳鼻科の先生は火曜日と金曜日にしかいません。今日は月曜日なので明日行かなくては。
「もーもーいさん!」
 後ろから声をかけられて振り向くと自転車に乗った野球帽を被った男の子がいました。モモを見てニカッと笑います。
「葉山くん。今、病院帰り?」
 同じクラスの葉山くんです。彼はADHDと言う障害があるそうで、同じ病院に通っています。本人は空気読めない病と公言していて、月に二回通っているそうです。
「うん、今学校帰り?」
「そう。どうだった?」
「いつも通り。ってかさ、聞いてよ。新しく配属された看護師さんがめっちゃ可愛いんだ」
 葉山くんが嬉しそうに言います。きっと顔は大した事はないけど胸が大きいとか、声が色っぽいとかそんな感じでしょう。下手したら単に構ってくれるだけの熟女だと言う可能性さえあります。
「私は明日なんだ。イケメンの言語聴覚士の先生が配属されたけど私の担当じゃないんだよね。神経質そうなおばさんが担当だから内心気を遣う」
「ふーん。何かさ、さっきマサが言ってたんだけど、図書委員の仕事中に西田さんと何かあった?」
 マサとは佐藤くんの事です。佐藤雅希。確か葉山くんとも仲が良かったはずです。
「え? 単に私が踏み台から足を踏み外した時に近くにいただけだけど」
「そうなんだ。何か西田さんが新しいいじめのターゲットに桃井さんをしようとしてるとか言ってたけど」
「完全な誤解だよ!」
 自分で大声を出して響いてしまいました。これだから補聴器は…。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫。ってか、自分のせいだし。そんな事は絶対にないから。葉山くんからも佐藤くんに変な事を言って回らないでって言っといて」
「分かった。多分、俺とアキとヒロくらいにしか言ってないと思う。もし変な広がり方してたら委員長に出て来てもらっても良い?」
「そうして」
 佐藤くん、心配してくれたのは良いのですが、変な誤解はやめて下さい。夕日に染まる道路を自転車で走り去る葉山くんの後ろ姿を見送りながら不安になります。空気読めない病の葉山くんで大丈夫でしょうか…。
 不安なあまり、タライが落ちて来てぐわあーんと音がしました。

 ___

 弟の時生が顔に痣を作っていた。
「どうしたの、その顔」
「転んだ」
 素っ気なくそう言っただけだ。
「ウソ吐け、どうやって転んだらそうなるのさ? サクにやられたんだね?」
「違うよ。転んだだけ」
「サクじゃなかったら学校の誰か? 私がぶっ飛ばしてやる」
 同じクラスなら一年二組の誰か、部活ならサッカー部の誰かだ。
「違うよ、レイちゃんには関係ない。口出しすんな」
 そう言うと背中を向けてしまった。一Kのアパートでは同じ部屋で過ごすから気まずい。別室にも逃げ込めない。
 ママと理彩と茉奈はまだ帰って来ない。サクの所だろうか。
 私は西日のオレンジが眩しい台所に立つ。取り敢えず夕飯の準備からだ。いや、もっと先にしなくてはならない事もある。タオルを水で濡らしてキツく絞る。
「はい、痣のとこに当ててな」
 時生は何も言わずに受け取った。
 私は時生に背を向けて冷蔵庫を開ける。卵が六個に豚肉の細切れ、野菜室にはタマネギ、炒めて麺汁をかければそれなりに食べられるだろう。後このトマトは…匂いを嗅いで異常は多分なし、キュウリも萎びかけているから一緒に使い切ろう。そう言えばガス代払ったっけ?
 ママからまた生活費をもらわないといけない。頭が痛い。
「ママ達、今日はサクのとこに泊まるって。ラインがあった」
 サクはママの恋人で茉奈の父親だ。自称アーティストで縛られるのが嫌いな性分らしく、ママとは結婚していない。親がどこかの老舗デパートの一族だかで三十を過ぎても親からの小遣いで生活しているらしい。私の知る限りでは職歴はなし。
 ママは時生が生まれてすぐに離婚したものの一年後に再婚し、私が五歳の時に理彩が生まれた。その時の父親が交通事故でなくなってからずっと働きながら私達を育ててくれたけど、私が中学に上がるのと同時に藻茶市に引っ越して来た。サクの近くで暮らすためだ。そして二カ月前に茉奈が生まれた。
 サクは時々、時生や理彩を殴っている。ママがいる所でもお構いなしにだ。ママはサクは弱い人だから仕方ない、そう言い続けている。
「レイちゃん、いじめ、やってたんだって?」
 時生が背中を向けたままで言った。
「一学期にちょっとからかった事のある奴がいるだけ」
 ウソを吐いた。明らかに私は川村純をいじめていた。
「学校で何か言われた? そいつに殴られた?」
 時生は答えない。
 明日、時生のクラスに乗り込もうか、いや、嫌がられて閉め出されるな。
 時生は私と同じように体が大きいが気が弱く、軽いいじめや暴力に遭う。
 私はタマネギを細かく刻んで、時生の方を見ないようにした。
 一部屋しかないから自室で隠れて泣くなんて出来ないから、せめて見ないようにする。

 ………

 六月頃、川村純をいじめていた事が公に晒され、私と共犯者の尾瀬由紀はクラスから孤立した。
 由紀は隣のクラスの男子と付き合い始めて、自分のクラスに寄りつかなくなった。
 私はクラスでは一人で本を読んで過ごす事が増えた。元々読書家ではないが、本を読むのは嫌いではない。学校の図書室や市営図書館で借りればお金もかからない。
 それに、本を読んでいる間は誰も話しかけて来ないし、周りの空気を意識しなくて済んだ。
 本の世界に飽きたら、クラスを見渡す。
 私がいなくても皆、平和に楽しくやっている。多少の言い争いやケンカはあるし、ハメを外し過ぎる事もあるが、概ね平和なクラスだと思う。
 純へのいじめが公になる前は私はクラスのトップに立っていた。私と由紀、副学級委員で野球部で期待されていた戸塚佑太、おまけでパシリの純、この四人グループを頂点にクラスの階級は出来上がっていた。
 大抵の女子は私が言う事には賛同したし、男子も佑太の言う事を聞いていた。
 由紀は佑太の事が好きだったが、佑太は純に構う事が多かった。純がいなければ良いとさえ言っていた。
 しかし、純は私達トップグループに必要な底辺だった。その時私はどんな組織でもピラミッドような階級が必要で、トップグループの中にもそれがあるべきだと考えていた。
 もう少し説明すると、自分がトップグループの頂点に立つ事、それを示す事で時生や理彩を守りたかった。西田の姉ちゃんは怖いから逆らわないようにしよう、と言わせる必要があった。何故なら家は性事情にだらしない母親がいるから、そして時生も理彩も気が弱い。
 そのために私や側近の由紀に逆らわずに動く純は必要だった。だが、純が気に入らない由紀の機嫌も執る必要がある。だからいじめた。
 今更何を言っても言い訳だが。

 ………

 豚肉とタマネギの卵とじにトマトとキュウリのサラダ、朝から炊きっぱなしなので少し堅くなったご飯が並ぶ。
「…いただきます」
 時生は泣き止んだ後の小さな声でも、いただきますはちゃんと言う。律儀な奴だ。
 私は黙ってご飯を口に運んだ。やはり堅い。
「何で? 応援部の川村先輩だよね?」
 ボソボソと聞いてくる。
「だからいじめじゃないって。川村が何かあんたに言ったの?」
 いや、純と仲が良くて時生と同じサッカー部なら石松哲也かも知れない。
「レイちゃんが陰湿ないじめをしてたって聞いた」
 誰ともなく広がったうわさだろうか。今更だが。
「それで?」
「え?」
「それを聞いて時生はどうしたの?」
「レイちゃんはそんな事しないって言った…」
 箸を置いて涙ぐむ。
「それで、誰かにウソツキ呼ばわりされて殴られた?」
 また時生は黙ってしまった。
 私のせいか…。

 ___

「踏み台から落ちたって?」
 帰ってから母に訊かれました。
「うん、図書委員の仕事中に。でもケガとかはないよ」
「そう、気を付けなさいね」
 西田さんの事は何も訊かれません。学校としても蒸し返す気もないし、そもそも本当に何もないのです。きっと転倒の事だけ伝えたのでしょう。小学生ではないので別に良いとは思うのですが。
 母とその後、二、三言葉を交わすとモモは部屋に向かいました。制服を着替え、宿題を…する気になれないのですが、一応はします。
 佐藤くんが誤解したままなのが気になります。
『数学の宿題めんどいよー。全然進まない…』
 絵文字でもう少し飾り付けして鈴木くんにメールします。返事はすぐには来ません。まだ鈴木くんは部活中か帰宅中なのでしょう。
 佐藤くんが誤解した内容を広めてしまっていないか訊きたかったのですが…。

 夕食は秋刀魚の素焼きにレモン汁、ほうれん草のおひたし、大根と厚揚げの煮物に秋ナスの味噌汁がリビングのテーブルに並びます。油の乗った秋刀魚にレモンの酸味が心地良いです。
「知美、踏み台から落ちたんだって」
 母が食卓で蒸し返します。ケガもなかったのですし、父と兄にまで報告しなくても良いとは思うのですが。
「大丈夫だった?」
「大丈夫だよ、ピンピンしてる」
 兄に不機嫌そうに答えます。
「お前がじゃなくて踏み台が。壊さなかったか?」
 下らないネタなので無視します。
「もう、全く…」
 母にたしなめられた兄がハハッと軽く笑いました。父は淡々と秋刀魚にレモンを絞っています。
「十月の連休なんだけど、どっか行かない?」
 母が言います。こう言う時に口を開くのは大体母です。
「夏休みに海に行ったばっかじゃん」
 兄が答えます。ご飯を掻き込んだ後でモグモグ言いながら話すのはやめて欲しいのですが、同意します。
「毎年出来るだけ時間作って行ってたじゃない」
「俺はパス。部活サボりたくないし。父さんと母さんと知美だけで行きなよ」
「冷たいんだから、ねぇ」
 母はモモに同意を求めて来ました。お出かけは嬉しいのですが、家族とべったりと言うのもここ一、二年むず痒いのですが。
「私は家でゆっくりしたいよ。丁度中間テストの前だし」
 大義名分を着けて断ります。
「正月で良いじゃん」
「まあ、勝也も知美も大きいしな。そんなもんだろ」
 兄が言うと父も同意したように言います。母は唇を尖らせています。
「はいはい、分かりました。こうやってお父さんとお母さんは忘れられて行くのね」
 いい大人が拗ねないで欲しいのですが。
「ごちそうさま」
 高校に入ってから食べるのが早くなった兄が立ち上がります。
「勝也、ちゃんとお皿とお茶碗…」
 母が言い終わらない内に兄は片付けずに部屋に引っ込みました。
「雑なんだから」
 母は拗ねてばかりです。モモは淡々とご飯を口に運びます。
 因みに我が家では特に観たい番組がない限りはテレビは点けません。モモがよく話し声が聞こえるようにです。

 翌日の学校では西田さんに気を配ります。でも六月の川村くんいじめから皆から距離を取られているのか、西田さんから距離を取っているのか、よそよそしさはあります。見た目だけでは分かりません。
 モモは意を決して、恵美ちゃん百合ちゃんに聞いてみようと思います。
「で、佐藤に誤解されちゃったんだ。私は何も聞いてないよ」
「私も。多分、葉山くんが佐藤くんにモモちゃんと話した事を伝えたんじゃない? 男子達の間ではどうだろう?」
 二人は昨日の経緯を聞いてそう答えました。
「なら良いんだ。変な誤解が広まらないようにこの事は秘密ね」
 念を押しましたが壁に耳あり障子に目あり、誰が聞いているとも知れません。それに、この話しが広まれば佐藤くんもきっと困るでしょう。なのでわざわざ校舎裏の人気ない場所に二人に来てもらったのですが。
 モモ達は教室に戻る事にしました。恵美ちゃんと百合ちゃんには事前に連絡して早くもらったのですが、あまり長居していて誰かに勘繰られるのも嫌です。
 三人で好きなアニメの話しをしながら昇降口に向かいます。昇降口からは同じクラスの竹山さんも来ます。普段は温厚な竹山さんには珍しく怖い顔をしていました。そして同じく不機嫌そうな男の子と気まずそうな男の子を連れています。
「…おはよう」
 一応、挨拶はしましたが、不機嫌そうにおはよう、と返って来ました。
「何、あの子?」
「竹山があんなになるのも珍しい。ちょっと気になるから見てくる」
 百合ちゃんは少しムッとしたようですが、恵美ちゃんは心配なようです。モモも心配なので後を追います。
 三人はモモ達がいた校舎裏に消えました。
「何だよ、ほっとけよ!」
 男の子の怒鳴り声が耳に響き、キンキン鳴ります。

 ___

 竹山? 何で時生を連れてる? そして一緒にいる男の子は誰?
 私はバスケ部の朝練を終えて教室に向かう途中、彼ら三人を遠くに見付けた。廊下を歩いていて、多分昇降口に向かっている。私を見ると時生は気まずそうに下を向いた。
 何だか心配だ。私は後を追った。何か気になる。
 外に出てから木下、相田、桃井を追い越したが、気にしている暇はない。
「何だよ、ほっとけよ!」
 男の子が叫んだ。まだ声変わりしてないのかキンキン響く。
 竹山は構わずに男の子の頭を押さえ付けて無理矢理下げさせると普段は出さない怒りに満ちた声を出した。
「謝りなさい」
「関係ねぇだろ!」
「あんたが何かやらかすとお父さんもお母さんも困るの。謝りなさい」
「うるせぇ、ブス!」
 竹山は男の子を睨むと今度は時生に向き合った。
「ごめんなさい。私からも親からも言って聞かせるから」
 二年生が一年生に頭を深く下げる。
「あの…これ、転んだだけですから」
「そうだよ、時生が自分でこけたんだ」
 竹山は男の子に再び目を向けると手を振り上げた。
 パンッと言う乾いた音が小気味良く響く。
「ちょっと竹山、あんた何やってるの?」
 私の後ろから木下が出て来る。相田も後を追う。振り返ると桃井もそこて、目が合う。気まずそうだ。
「竹山さん、それはないよ。あんた、一年だよね?」
 相田が竹山の平手を食らった男の子に優しく話しかける。
 時生はオロオロし出す。私を見付けて、困ったような顔をする。多分、どうしよう? と、思っている。
「そいつはほっときゃ良いよ」
 竹山が吐き捨てた。
「二年が一年を殴るなんて最低だよ。抵抗できないよね?」
 相田の声に竹山を軽蔑するような、見下げたようなニュアンスが含まれている。
「この人がいきなり俺を殴ったんです。俺、悪くないのに…」
 男の子が泣きながら相田に言う。相田は男の子には穏やかな顔を向ける。
「甘やかさないで」
「あのさ、姉弟ゲンカは家でやってくれる?」
 竹山が怒った声を出すと、木下が言った。相田がキョトンとする。表情をよくそんなにコロコロ変えられるものだ。
「うちのバカ弟のリク。昨日そこにいる同じサッカー部の西田くんを殴ったと鈴木くんから連絡があり、謝らせようとしたけど、反抗したのでビンタかましました」
 相田に説明する。
 話しは繋がった。昨日、時生を殴ったのはそこの竹山弟だったのだ。
「俺は殴ってない。時生もそう言ってる」
「鈴木くんが見てます」
「鈴木先輩は嘘言ってるんだ!」
「いい加減にして!」
 竹山姉弟が口ゲンカを始める。木下がまた顔をしかめる。桃井は大声で少し耳に負担がかかっているようだ。
「時生、あんたはどうなの?」
 私は少しきつめに訊いてみた。一斉に私に視線が集まる。時生はうろたえるように下を向く。
「はっきりしな。本当は殴られたの? 転んだの?」
 今度は優しく話しかける。時生の口を開かせるのには実は一番効く。
「自分で転んだんだよ…」
 時生は俯いたまま答えた。竹山弟は勝ち誇ったような顔をする。泣いたカラスがもう笑った、いや、うそ泣きだったのだろう。
 そして、絶対に時生は嘘を吐いていると確信した。

「ごめんなさい、西田さん。あなたの弟だって知らなかった」
 昼休み、図書室で竹山は深く頭を下げた。
 ちなみに今日は当番は桃井と佐藤ではない。相変わらず図書室は人はまばらだが、一応は奥の本棚に呼び出された。
「別に良いよ。当人同士の言ってる事が一致してるし」
 それ以上は何も言えない。
「絶対にリクは嘘を吐いてるし、西田くんも庇ってるんだと思う。親にも出てもらって絶対に解決するから…」
「良い。家の親は出て来ない」
 いや、竹山の親から来られたら出ざるを得ないだろう。しかし、やる気のない対応しかしないに決まっている。リクが被害者であるのなら尚更だ。早く話しを済ませてサクの所へ行きたいのだ。
「良いんだって。あいつはそう言うウジウジした奴なんだから」
 結局その直後、竹山が親と灰田に言い付けた事で、あの狭いアパートに大人達が集まる事になった。

 ___

 病院での聴力検査や訓練を終えて帰宅します。
 家を見上げます。ローンは後十五年残っていますが、持ち家で二階には兄とモモにそれぞれ自室を持たせてくれています。物干し台を置けばいっぱいになりますが庭もあります。父は会社で役員になれる程ではなくても役職を与えられるくらいの働きをしていて、母はパートに出ていますが身なりにそれなりに気を遣って家事をこなすだけの余裕もあり、兄とは仲良くはないものの険悪な事もなく、今の時代では恵まれている家庭環境にいると思っています。
 だから片耳が悪いくらいどうって事はありません。
 両耳が悪いとか全く聞こえないとかではありませんし、たまに雑音や大きな音のせいで聞こえ辛い時もありますが、概ね健常な子と同じ生活を送れてると思っています。
 モモは知っています。いえ、噂を聞いた事がある、と言った方が正しいでしょう。
 同じクラスには給食費を払っていない子もいますし、生活保護を受けている子もいます。経済的には問題はなくとも家族とうまく行っていない子もいます。そんな話しはモモの障がいと認定された耳にも入って来ます。不謹慎ですが、そう言う部分だけ完全に耳が聞こえなくなってしまえば良い、そう思う時があります。

「桃井さん?」
 振り向くと佐藤くんと田村くんが立っていました。佐藤くんは何だか気まずそうな顔をしています。
「昨日は大丈夫だったのか? 転んだって聞いたぜ」
 田村くんが言います。遅いです。
「見ての通り平気」
 モモは胸を張りました。
「あのさ…西田さんの事なんだけど、ホントに桃井さんが…」
「ホントに私が自分で踏み台から落ちたの」
 佐藤くん、何度も言わせないで下さい。
「そっか。ごめん、何か誤解してて」
「それは西田さんに言う事でしょ?」
 モモが肩をすくめると、佐藤くんはまた目を逸らしました。
「こいつ、何か気にしちゃっててさ。明日、西田にも謝りに行かせるから」
 田村くんが言います。

コメント(10件)

[1]2016年11月16日 14:21
 田村くんが言います。
「その場では謝ってたし、今、西田さんも大変そうだから明日すぐってのは…様子見てみたら?」
 今朝、竹山さん姉弟と西田さん姉弟が揉めていた所です。
「竹山の弟が西田の弟を殴ったって事で?」
「まぁ、私はよく知らないけど、今、西田さんも大変そうだし…」
 本当によく中身を知らないのでそう答えます。田村くんも頷き、佐藤くんは下を向きました。
「それに関してはマサのせいでもないだろ。重なっただけだ」
 田村くんが言います。それでも佐藤くんは俯いたままなので頭を軽く撫でます。お父さんにしか見えません(老けているから、とか余計な事も言えません)。
「マサは連れて帰るわ。じゃあまた明日な」
 田村くんは佐藤くんの肩を叩き、歩かせます。一瞬、田村くんの肩に白いオウムのような鳥が現れて、夕日に向かって羽を伸ばしてから消えたように見えました。いえ、そんははずは…。
 いつまでも自宅の前でぼんやりしているのもどうかと思います。モモは家に入りました。
「ただいま」

 ___

 竹山の弟と両親が家に来る事になった…筈だった…が。
 家へやって来た竹山の両親、弟、時生の担任の江沢、サッカー部顧問の筒路、彼らはママの不在に度肝を抜かれただろう。
 私は部活もあったし、これは竹山弟と時生の問題だ、親が出るのであれば私(竹山も同様)は必要ないので、部活をしてから帰った。
 帰宅すると泣き喚いている茉奈をあやしている竹山母、泣いている時生と理彩、ふて腐れた竹山弟、困惑した竹山父と筒路と江沢に遭遇した。あまり片付けていない一Kに更なる混乱が溢れている。
「何があったの?」
 取り敢えず聞いてみるしかない。いや、茉奈を竹山母から預かる方が先だ。私は答えを聞く前に竹山母に歩み寄り、後は私がやりますからと茉奈を抱いた。生後二カ月のこの妹はまだ首も座っていない。
「さっきおしめを替えたんだけど、多分お腹が空いてるのと知らない大人が沢山いて不安なのと両方だと思う」
 竹山母が言う。おしめは部屋の隅にあったものを使ったらしい。
「すみません」
 私は取り敢えず頭を下げるしかなかった。でもミルクを作らなくちゃ…。
「時生、茉奈お願い」
 私はミルクを作りにかかる。ポットに湯はないから沸かす所から始めなくてはならない。
「あの、ミルク作りながらですが、何があったか話してもらえますか?」
 敢えて敬語を使って大人に聞いている事を示す。
「それが…来てみたらお母様がいなくて、もう帰らないって」
 竹山母がとんでもない事を口にする。
「母さん」
 竹山父が忌々しげに言うが、竹山母もだって、と言うだけだ。
「これ、レイちゃんにママからの手紙」
 理彩が何やら一枚の紙切れを差し出す。
「読んでくれる? 今、茉奈のミルク作ってるから」
 手が離せない。熱湯と粉ミルクを混ぜ合わせる。冷まさなきゃ。理彩はモジモジしていて、中々口を開かない。
「サクちゃんと二人で暮らします。あなたたちの保護者はおじいちゃんに頼んで下さい。
 レイちゃんへ、時生と理彩と茉奈のお世話、おねがいね。
 ママより」
 理彩から手紙を取り上げて読んだのは竹山弟だった。振り向くと愉快そうに口元を歪めている。
「リクもやめろ」
 竹山父が不機嫌そうな声を出す。ミルクはまだ熱い。茉奈の泣き声はいっそう激しくなる。
 何がどうなってるの? サクと暮らすためにママが出て行ったから、ここに集まった大人達が混乱している?
「だってそう書いてあるじゃん。ねぇ時生。サクちゃんって誰?」
 竹山弟は嬉しそうに時生に訊く。
「ねぇ、サクちゃんって誰なのさ?」
 甘えた口調で時生の横にいる竹山弟を手では押しのける。
「ほら、茉奈おいで」
 茉奈を抱くと哺乳瓶でミルクを与える…が、ゴムの匂いを嫌がって飲みたがらない。どうしよう…。
「貸して」
 竹山母が茉奈を私の腕から抱き上げた。哺乳瓶を手に取ると、優しく口に含ませる。茉奈は今度は大人しくミルクを飲み始めた。
 何で?
「いじわる姉ちゃんじゃ嫌なんだ」
 竹山弟の声が遠くに聞こえる。同じ部屋にいるはずなのに。
「ちょっと皆が不安がってたからこの子も不安だっただけ。赤ちゃんの内は特に敏感なの」
 竹山母が言う。柔らかな口調だ。
「あの…母親もいませんし、今日は帰ってもらえますか?」
 私はそれだけ言うのが精一杯だった。
[2]2016年11月16日 14:23

 私と時生と理彩と茉奈、それだけしかいない部屋は普段のペースを取り戻したように見えた、が、この不穏な空気はそのまま残っている。
 茉奈を寝かし付けて、部屋の隅で三角座りをしている時生と茉奈を見る。
「ねぇ、もうママ戻らないのかな?」
 時生が言う。
「そんなのやだ…」
 理彩が俯くとしゃくり上げ出した。泣きたいのはこっちも一緒だよ。
 頼りない弟と小さな妹、赤ん坊を残してママは消えた。竹山の両親が来る事を知っていながら何で?
「もう嫌だ…」
 時生が呟いた。
「わあぁーっ!!」
 時生は突然叫びながら立ち上がるとベランダから外へと裸足のままで飛び出した。
 後を追う気にはならない。茉奈が起きなかったから良しとしよう。もう何でも良い。

 ___

 夕食後、アイスが食べたくなったので兄とスーパーに行きました。モモは一人でも平気だと言ったのですが、見た目が小学生だし暗いから危険だと言われ、兄が付き添う事になったのです。中二にもなって身長が一四六しかないモモですが、兄は人並みには身長はあるようです。それにしても見た目は小学生だから心配とか、親切なのか気に障るのかよく分からない兄です。
「うわっ…」
 歩道もない、電柱の外灯も頼りない住宅街の道路です。兄が突然、前につんのめってよろけました。
「す…すみません」
 後ろを見ると男の子が尻餅を着いたのでしょう、座っていました。もう日が沈むと少し寒いのに半袖のTシャツに裸足でした。顔はよく見えません。
「何だよ、気を付けろ」
 後ろから追突された兄は機嫌悪そうな声を出しました。男の子を睨んでいます。
「ほんと、すみません」
 兄も男の子が半袖なのはともかく裸足なのが気になったようです。
「何だよ、こけた時にサンダルか何か脱げちゃったのか?」
「いえ…多分元々履いてなかったんだと思います」
「はぁ? 何だよそれ?」
 兄は屈んで男の子の手を取ると、引き起こして立たせます。兄と同じくらいの背丈があります。
「ホントすみません」
「あ…西田さんの…」
 モモはつい口に出てしまいました。見上げる形になり、外灯に照らされた顔は西田さんの弟でした。
「えっと…朝の…」
「桃井です」
 弟さんは覚えていてくれたようです。
「知り合いか?」
「うん、クラスの子の弟さん」
 兄に問われたので答えます。頬には涙の後もあります。
「何かあったの?」
 モモが訊いても弟さんは答えてくれません。代わりに、と言わんばかりに俯いて顔を赤くするばかりです。肩が震えているので、泣くのを堪えているようです。
「取り敢えず家に来い。見た所デカいけど、知美の同級の弟なら中一か下手したら小坊だろ。出歩く時間じゃない」
 兄が常識的な事を口にしています。
「…でも…」
 弟さんは口ごもります。
「良いから一旦家に来い。それから君ん家に送る。家に来れば妹のアイスを半分やろう」
 食べ物で訳ありそうな子供を釣って家に誘い込むのは性犯罪の匂いがします。BLならワクワクするのですが、現実だし、兄が兄なのでむしろゲンナリします。それに何より…
「何で私のアイスなの? 普通はお兄ちゃんのアイスでしょ? それに半分とかケチ臭いし」
 ここはきっちりさせなくてはいけません。食べ物の恨みは恐ろしいのです。弟さんもそこには同意したのか頷きました。これで二対一です。

 時生くん(連れ帰るまでの道中で兄が名乗らせました)が玄関で上がりにくそうにしているので、母が濡れタオルを持って来ました。
「すみません」
 時生くんは足を拭くとおずおずと家へ上がりました。
 道中で聞いた話しによると、西田さんで家に竹山さんのご両親と弟さん、先生達と話し合いをするはずが、帰ると西田さんのお母さんがおらず、恋人と暮らすので出て行くと言う内容の置き手紙があったそうです。西田さんと小学生の妹さんは困り果て、赤ちゃんの妹さんは泣き続け、今日の所は竹山さんの家族や先生達には帰ってもらい、落ち着いた頃、時生くんは家にいるのが嫌になって唐突に飛び出して町を彷徨い歩いたり、走り回ったりしていたそうです。メチャクチャです。
 兄が家の両親に経緯を話しています。
「どうする? 泊まって行く?」
 母が時生くんに訊きます。
「いえ、帰ります。心配かけてすみま…」
「男がそんなにホイホイ謝るな」
 兄が言います。そう言えばさっきから謝ってばかりです。父が兄を軽くたしなめました。
 時生くんをリビングのテーブルに座らせます。
「取り敢えずお腹空いてるんじゃない?」
 母はキッチンで手早くガチャガチャ何やら作っています。運動部の男子高校生がいる我が家では食事が余る事はあまりないのです。
 母が作ったのはきつねうどんでした。鰹出汁の香りが鼻をくすぐります。
「すみ…いただきます」
[3]2016年11月16日 14:24
 謝りかけて、次の言葉が思い当たらなかったのか、時生くんはうどんをすすり始めました。モモはそれを眺めながらイチゴ味の牧場搾りをすくって食べていました。兄は時生くんにあげると約束してしまった手前、梨味のガリガリ君は食べないようです。
 モモと家族は時生くんが食べ終わるのを待ちました。
「で、今は中二のお姉さんが妹さん二人を見ているのね?」
 母が訊くと、時生くんは頷きました。
「おじいさんは近くにいるの?」
 今度は父が訊きます。
「戸成市にいます」
「おじいさんはまだ仕事をしてるの?」
「分かりません。藻茶市に移ってから会ってないし、その時にママは縁を切るって言われてましたから。ただ、おじいちゃんも病気で仕事はあまり長い時間できないので今は働いてないかも」
 父は顔をしかめます。母と顔を見合わせます。
「知美、西田さんは携帯持ってるか?」
 今度はモモに訊きます。
「うん、番号も知ってる」
「じゃ、取り敢えず今日は家に来てもらって、対策は明日からだ」

 ___

 桃井からの電話だ。携帯が鳴っている。
「はい」
『えっと…お疲れ』
「お疲れ。何?」
 あまり何も考えたくない。理彩だってようやく落ち着いたのだ。それにいつ茉奈がぐずるか分からない。
『時生くん、今家にいるんだ』
「え? ちょっと代わって」
『家の親が泊まって行けって。ちょっと事情も聞いて、西田さんや妹さん達も来て今日は泊まってもえって』
「どう言う事?」
『子供だけで過ごさせるのは危ないからだと思う。赤ちゃんもいるし。母親が時生くんと迎えに行くから…』
 桃井の声が遠くに聞こえる。竹山弟の悪口の時と一緒だ。
 私、よく分からないよ。どうしたら良い? 何がどうなってるのさ?
 取り敢えず、桃井に礼を言って電話を切った。

 夢は見なかった。気付くと桃井の部屋のベッドの上にいた。
 フローリングにカーペットが敷かれた四畳半か五畳くらいだろうか。私のよく知らないアニメのポスターが壁に貼ってある。机の上は整理されていて、やりかけの国語のワークブックが開いたままになっている。ベッドの脇にはハローキティの片手に乗るくらいのぬいぐるみが置かれている。窓のカーテンは淡い水色。白い本棚に白いタンス。
 思ったよりも乙女チックじゃないな、と思った。もっとピンク系の、ぬいぐるみとかが沢山あるような部屋を勝手に想像していた。いや、そんなの私が勝手に抱いていたイメージだ。
 桃井はカーペットにちょこんと座っていた。
「部屋に着いたら寝てたらしいよ。理彩ちゃんが突然寝ちゃったって。陸夫くんと家の母親で運んだの」
 桃井が言う。
「ありがとう…」
「ちょっと家の親を呼んで来るね。灰田先生に聯絡したら、来てくれてさ。一緒に呼んで来る」
 桃井が部屋を出る。
 そう言えば、電話を切ってからブツリと世界から切り離されたみたいに記憶がない。
[4]2016年11月16日 14:24

「これを中学生の君に言うのもどうかと思うけど…」
 桃井父と灰田が真剣な眼差しを向ける。時生から大体何があったかは聞いているらしい。
「その前に確認しておきたいの。お祖父さんは今は働いているかどうかは分からないの?」
 灰田が訊く。
「働いてはいるようです。ただ、若い頃に働き過ぎで体を壊してますので、勤務時間は短くしてもらっているみたいです」
「時生くんは働いているかどうか分からないって言ってたけど」
「私はたまに祖父と連絡を取ってましたから、母が母ですので。ただ、祖父も生活がカツカツなので私達の面倒を見るのは難しいみたいです」
 灰田は少し俯き気味になる。
「単刀直入に言うね。お母さんの携帯に連絡したら男の人が出ました。私があなたの担任である事を告げると、もうお母さんはあなた達と関係ないと言って電話を切られ、その後繋がらなくなりました。これは遺棄と言って、まだ育児の必要な子供を置き去りにする犯罪行為に当たる可能性がある。まだ今日の内だからそれに当たるかどうかはわからないけど、何日もほったらかしにしていたら確実に遺棄した事になる」
 遺棄と言う名称は思い浮かばなかったが、そんな事は私にだって分かっている。
「で、私達はどうすれば良いんですか?」
「あなたがお祖父さんと連絡を取り合っていたのならすぐにお祖父さんに連絡して、あなた達の保護が可能か確認して欲しい。もしあなた達の面倒をお祖父さんが見られないのなら、児童相談所に任せるしかない」
 灰田は言った。児童相談所…。
「それは、バラバラに施設に入ると言う事ですか?」
「おそらくそうなる」
 時生や理彩や茉奈と離れて施設に入る。
 学校が変わってしまうかも知れないと言う事に不安はなかった。そもそも私は孤立しているし、純の一件が公になってらはクラスメイトからも意図的に距離を置いていた。だから、私が学校を変わる事に関してはあまり関心がないのだ。
 だが、時生や理彩は心配だ。もし施設や変わった先の学校でイジメに遭ったら…。そう考えると頭が痛くなる。
「母には期待してません。育ててもらった恩はありますが、男性関係をよく持ち込んでは私達を放っておいた事もありますから。今回も二、三日したら帰って来るんじゃないかってどこかで思っています」
 私は自分でもヒイてしまうくらい冷静に言ってのけた。
「まぁ、今夜は内に泊まりなさい。明日はここから学校に行けば良い」
 桃井父は目尻にシワを寄せて笑いながら言ってくれた。
「ありがとうございます。本当にすみません」
 私は頭を下げるしかなかった。

 その日は桃井の部屋に私と理彩で泊まり、時生は桃井兄の部屋で、茉奈は桃井の両親が寝かせてくれた。

 翌日は学校を休んで、お祖父ちゃんに電話した。すぐにでも私達を引き取りたいが、経済的に難しい。でも、役場関係にも聞いてみて補助がどのくらいあるのかなどを調べてくれると言ってくれた。
 どの道、まだ首も座らない茉奈は乳児院に行く事になるだろう。義務教育中の姉や兄、短時間とは言え働かなければならない祖父、置き去りにした母では誰も茉奈の面倒を見られない。
 弱々しく手足を動かす茉奈を抱えながら、胸の中が寂しさや虚しさで満たされて行くのを感じた。
 午後からは児童相談所の人が来てくれるらしい。
 私と茉奈のために桃井母は仕事を休んでくれている。
「ずっと赤ちゃんの面倒見るのも大変でしょ?」
 なんて声をかけてくれる。何だかその度に胸を満たしていた寂しさや虚しさが暴れようとするから、押さえ込もうとするけど、それは私の中をチクチクと刺激するだけだった。
 チクチクを押さえながらリビングを見渡す。
 ホームドラマみたいだな、と思う。
 そこそこ裕福で、小ぎれいな家。優しそうな両親と二人兄妹。私はこんな家に生まれれば良かったと少しだけ羨ましくなる。

 ___

「え? どうして?」
 昼休みに西田さんから電話がありました。
 西田さんのお母さんと恋人の男性が車の中で心中未遂(未遂なので生きています)したのが見つかったと警察から連絡があったそうです。
『で、児童相談所はキャンセルせざるを得なくなった。で、お祖父ちゃんも警察に呼び出されてさ、これから行くんだ。しばらくお祖父ちゃんの家にいる事になったの。モモちゃん、色々とありがとうね』
 返す言葉が見つからない内に、電話は切られました。
「西田、何て?」
 恵美ちゃんが訊いてきます。こっそり耳打ちします。
「どうなるかはまだ分からない訳か」
 恵美ちゃんは深くため息を吐きました。
[5]2016年11月16日 14:26

 放課後の廊下は楽しげです。授業から開放された生徒達が部活へ、または帰宅して行きます。
「桃井さん」
 振り返ると佐藤くんが立っていました。
「あのさ、西田さんって今日は来てないの?」
 佐藤くんは何だか不安そうな表情をしています。短く切られた髪も、二学期になってから少しだけ精悍になった顔も、何て言ったら良いのかよく分からない口下手な佐藤くんの中身を隠しきれません。
「私の家にいるって誰かから聞いた?」
 佐藤くんは一瞬キョトンとした表情を浮かべると、首を横に振りました。開け放された廊下の窓から入って来た風は少しだけ涼しく感じます。
「何で桃井さんの家にいるの? 何か色んな話しがごちゃごちゃになってて…俺、よく分からないよ」
 下駄箱まで歩きながら、モモは出来るだけ簡潔に昨日時生くんを保護した辺りから話しました。
「まだ桃井さん家にいる?」
「分からないよ。電話も繋がらないし、ラインも未読だし」
「俺、ちゃんと…」
 佐藤くんはぶっきらぼうで目付きが悪くて、ガサツな所があるけど、本当は優しくて繊細な人です。言葉が足りなかったり、伝えるのが苦手で不器用で、真面目な話しをする時はよく言葉に詰まったり赤くなって下を向いたりしますが、本当に大切な事は分かっているし、いつもモモや友達の事を大切に扱っています。
「ごめん、立ち聞きしてた」
 振り返ると、恵美ちゃんと百合ちゃんがいました。
「鈴木、行くとしたらモモちゃん家、次に西田の家だよ。おじいさんのとこで暮らすって言ったって何も持たずに、なんて有り得ない。身の回りの物の整理くらいして行くはずだから」
 恵美ちゃんが言います。確かに着替えや制服は昨日、モモの家に持って来ていました。
「ありがと」
 佐藤くんは頷くとスニーカーに履き替えて、走り出しました。
「世話が焼ける」
 恵美ちゃんがマンザラでもない笑み(ダジャレではありません)を浮かべながら言います。
「ホント、恒川さんも手がかかるだろうな」
 二人は否定していますが、佐藤くんは恒川さんと付き合っ…
「あんたにだよ、ニブチンモモ子」
「え? 私?」
 恵美ちゃんは私の右耳にそっと内緒話しをするようにゴニョゴニョと話しかけます。
「佐藤が好きなのはあんた。恒川が好きなのは鈴木。あんたと鈴木が付き合うまでは行かなくても両想いなのを知ってるからあいつら遠慮してるの」
 え? 確かにモモと鈴木くんは両想いです。でもお互いにもっと大人になるまでは付き合うとかそう言う関係になるべきではないと話し合って…。
「私だってあんた達が気付くまでは言う気なかったけどさ、アホな鈴木はともかくあんたまでずーっと気付かないんだもん。
 西田があんたをいじめたんじゃないかって誤解して佐藤があんなに怒ってたのは、好きな子が心配だったから。いい加減に気付いてやりなよ」
 そんな事、初めで知りました。あまりの衝撃にまたタライが頭に落ちて来て、ぐわあーんと音を立てた程です。

 ___

「本当にお世話になりました。後の事は児童相談所と祖父に任せるしかありませんが」
 私は桃井母に頭を下げた。時生と理彩も頭を下げる。
「何もしてあげられなくてごめんね」
 桃井母が哀しそうな顔を見せる。傾いた太陽が照らす。
 何で桃井母が謝るのだろう? 何かする義理も責任もない人だ。むしろ丸一日近く世話になって感謝している。
「いえ、おばさんがそんな事…。あの、モモちゃ…知美ちゃんにもお兄さんにもありがとうございましたって伝えてもらって良いですか? 多分、祖父の所であれ養護施設であれ転校すると思いますし、携帯も解約しますので、伝えられるかどうか分かりませんから」
 桃井母は頷くと手を振ってくれた。
 私達姉弟は歩き出す。角を曲がる。
 茉奈は戸成市の乳児院に保護された。大丈夫だ、いつだって会いにいける。自転車を漕いでだって…。体力には自信があるから。
「うわぁっ…!!」
 時生が大きな声を出して前のめりに倒れる。その上に北二中の制服を着た男の子が倒れている。
「ご…ごめんなさい」
 男の子がのくと、時生が謝った。
「いや、こっちが悪いから。ごめんなさい」
 男の子は同じクラスの佐藤だった。
「何してんの、あんた?」
 泣きそうな顔をして時生を起こしている佐藤に言葉をかける。
「あ、西田さん。良かった」
 佐藤が顔をほころばせた。
「えっと、弟さん、本当にごめんなさい。曲がったらいきなりいたからぶつかって…えっと…」
「走って来たの? 何か用?」
「うん、西田さんに用」
「弟と妹も西田なんだけど」
「いや、今はそう言うギャグじゃなくて…えっと…」
 本当に言いたい事をはっきり言えない奴だ。
「ごめんなさい、桃井さんとの事、誤解してた」
[6]2016年11月16日 14:27
「あ、あの図書室のこと。それならもう解決したじゃん。あんたも謝ったし」
「でも…先生に言われて嫌々だったから」
 そんな事をバカ正直に言うなよ。
「あの後、わざと西田さんが桃井さんを倒したってちょっと噂になったみたいだ。桃井さんが否定してたから大きくはならなかったけど」
 初めて知った。それよりも家の事が大変で気に留めてなかった。
「たったそんだけのために? 走り損じゃん」
「そうじゃなくて…俺、話すの苦手で目付きも悪いから誤解される事多くて…。
 あの! 竹山さんの弟いるじゃん。あの子に西田さんが純をいじめてたの教えたの、俺だ。俺、学校の外でフットサルサークルしてるんだけど、竹山さんの弟もたまに参加するんだ」
 なるほど、話しは繋がった。
「でもあんたが誰かを傷付けるためにそんな卑怯な事を言うとも思えない、あんたバカだし。どうせ世間話的な感じだったんでしょ?」
 佐藤は改まった顔をして呼吸を整える。

 ………

 うん、世間話し…かな? 何て言えば良いんだろう。
 竹山さんの弟、リクって言うんだけど、ホントは明るい人懐っこい感じの奴なんだ。
 俺ん家さ、すげー優秀な兄がいるんだけど、お父さんは長男第一主義の人で、お兄ちゃんばっか可愛がられてたんだ。夕食は父と兄だけ一品多い、とか。父は俺には興味なさそうな感じだし。兄と母は気遣って優しくしてくれるけど、余計に寂しくなるし。
 で、リクの話し。リクも家でそんな感じみたい。お父さんもお母さんもリクをただ息子だから家に置いてるだけって感じで、お姉さんの竹山さんばっか可愛がってるんだって。何か他人に思えなくってさ。
 大会の時とかさ、純も応援部として応援に行くだろ? その時にリクが川村先輩って変声期なのにすげー声張ってて気合い入ってますね、とか言ったんだよ。
 で、純もさ、お姉さん二人は優秀だし、お父さんは男の子だからって純に厳しいらしいだろ? だから、その話しをしたらリクが食い付いて、どこの家庭も似たような事情抱えてるんですね、って。それで調子こいて、純は一学期いじめられてたのにそれに耐えるだけの忍耐力もあるんだって、話しちゃったんだよ。
 しかも西田さんの弟を殴ったって言う日はリクにそれを話した翌日だったし。それで弟さんに確認して否定されたから嘘吐いてるだろ、とかちょっと言い合いになって、カッとして殴ったらしい。
 だから俺のせいでもあるんだ。

 ………

「西田さんも弟さんも本当にごめんなさい」
 佐藤はまた頭を下げた。
「まぁ、事情は分かったけど、もう良いよ。時生もそれで良いって言ってるから」
「あと、竹山さんの前でもかなり捻くれてただろ、リクって」
 そう言えばそうだ。うそ泣きまでして竹山を陥れようとしていた。
「俺が勝手に言って良い訳じゃないし…噂でしかないかも知れないんだけど…」
 佐藤ははっきりしない言い方をしている。
「何なの?」
「うん、実は…竹山さんとお母さんが違うと言うか…リクって愛人の子らしい。小学生の時にちょっと噂になっただけで真相は分からんけど。だから親も竹山さんも腫れ物扱いなんだ。だから、お姉さんの事を信頼してる弟さんが羨ましかったり、ムカついたり、そんなのもあったんだと思う。だから許してあげて欲しいんだ」
 確かに、竹山の父親は藻茶市と戸成市にいくつもチェーン店のあるスーパーマーケットの社長だ。安っぽいドラマの世界なんかだと愛人がいてもおかしく…って、現実にそんな事はあるのか? しかし、家もママがママなので、別に愛人程度では驚かない。むしろキチンと扶養している時点でママより立派だ、少なくともサクと暮らすために子どもを捨てて家出して、自殺未遂するママよりは。
「だから時生も人にいつまでも怨みを持つような奴じゃないって」
 時生も頷く。
「とにかく、私はしばらく学校を休む事になる。家庭の事情で転校するかも知れない。色々とあるけど、何もはっきり言えない状況なんだ。
 それから、これ」
 私はまだ読みかけだが本を差し出す。『アンネフランクを訪ねて』だ。桃井が取ろうとして踏み台から落ちた元凶の本。
「しばらく休むし、最悪転校するから今の内に返しておく。本当は図書室のカウンターで返すのが筋だけど出来ないかも知れないから。頼んだよ、図書委員くん」
 私は佐藤が本を受け取り、頷くのを確かめる。
「あの…レイちゃんと僕のためにありがとうございます。佐藤先輩ってクラブチームでしたよね、Jの下部組織の。小学生の時に何回か試合を観た事あります。上手く言えないけど、そんなカッコイイ人にそんなに気を遣ってもらえて嬉しいです」
 時生は佐藤に頭を下げた。いや、話す内容、それで良いのか? 確かにこいつもサッカー好きだが。
[7]2016年11月16日 14:29

 佐藤と別れて駅に向かう。後のアパートの荷物は後日、おじいちゃんと取りに行けば良い。
 なるようにしかならない。
 私は、早く大人になりたい。自分の事は自分で決められて、時生や理彩や茉奈を守れるような大人に。

 ___

 明日からはもう十月です。なのにまだ日中の陽射しは強く、日焼け止めもかかせません。いえ、十月と五月こそ紫外線に気を付けなくてはいけないんでしたっけ?
 西田さんが学校に来なくなっても、学校の時間は進んで行きました。

 実は佐藤くんと付き合っていなかった(!!)恒川さんが生徒会長に当選しました。十月からは正式に生徒会長に就任します。うちのクラスから生徒会長が出るなんて素晴らしい事です。

 恵美ちゃんは佐藤くんと恒川さんが付き合っていなかったと言う事実を鈴木くんにも教えました。鈴木くんも二人が付き合っていると思っていたのでビックリしていました。
 そう言えばモモと鈴木くんが一緒にいる時に佐藤くんが不機嫌そうだったり、恒川さんがやけに目を逸らしていたりして、思い当たるフシはいくつかありました。
 モモが鈴木くんから告白を受けた辺りを境に二人が甘酒をよく飲むようになっていたのですが、それは失恋のショックによるヤケ酒だったようです(ノンアルコールなのに…)。
「いや、俺が告白しても多分同じ理由で断られるから、結果的にああなってたと思うよ」
 佐藤くんは優しくそう言ってくれました。

「アンネの日記?」
「そう、今、部活でこれを和訳してるんだ」
 昼休みの図書館で佐藤くんは得意気に言います。
「佐藤くん、英語部だよね? アンネの日記ってオランダ語だよ?」
「うん。一度英訳された文章を和訳してる。ややこしいな」
 佐藤くんは辞書を引きながら言います。
 西田さんが『アンネフランクを訪ねて』を佐藤くんに返すように頼んだ事が引き金になっているのでしょうか? ちなみに佐藤くんは西田さんから本を託されたその日の内に日本語版の『アンネの日記』を借りていました。
「しかしアンネって子は凄いな。どんなに閉鎖的な場所でも夢や希望を失わない。もしかしたら強がりな妄想少女だっただけかも知れないけど。俺も一年前にサッカー辞めちゃう前にこれを読んでたら少しは今が違ったかも知れないなって思う」
「でも、今サッカー辞めたお陰で本の楽しさを知ったんじゃない? その前はほとんど読まなかったんでしょ?」
「どうだろ?」
 佐藤くんは何かを懐かしむように窓の外を眺めます。口元には穏やかな笑みが浮かびます。
「本を読むようになったのは図書委員になったからってのと…まぁ、アレだよ。桃井さんが本好きだったから…あー、もう、こんな事聞かなかった事にして」
 佐藤くんは顔を真っ赤にしながら俯きました。

 帰りのホームルームの時間に西田さんはやって来ました。
「どうしたの、その頭!?」
 恵美ちゃんが素っ頓狂な声を上げました。
「葉山くんにでも訊いて」
 丸坊主になった西田さんは席に着きました。葉山くんは思い切り目を逸らしています。何があったんでしょうか?
「はい、皆、席に着く。帰るのが遅くなるよ」
 灰田先生が教室に入って来て、ホームルームが始まりました。いつものホームルームです。何の変哲もありません。西田さんについても触れません。ホームルームはいつも通りに終わりました。
 今日は放課後に図書室を開けると言う委員会の仕事があります。
 それを狙ったのか、モモと佐藤くんの元に西田さんがやって来ました。
「戸成市のおじいちゃんの家で暮らす事になったから。
 時生と理彩はその学区内の学校に転校。私はもう中学生活も折り返し地点だから地元の学校か北二中に残るか決めろって言われて、電車通になるけど北二中に通う事を選んだよ。
 二人とも色々ありがとうね。モモちゃんや家族が優しくしてくれたり、佐藤も色々と話してくれて嬉しかったよ。
 あと、これ。実はまだ読みかけだったんだ。だからまた借りるね」
 西田さんはそう言って『アンネフランクを訪ねて』をカウンターに差し出しました。
 手続きを終えると颯爽と帰って行きました。
 川村くんをいじめていた時の…表現が悪いですね。クラスのスクールカーストとやらの頂点にいた時のような凛々しい後ろ姿が図書室から消えます。
「ねぇ、西田さんに何を言ったの?」
「恥ずかし過ぎて言えない」
 佐藤くん、そんなきっぱりと…。
「じゃ、何で西田さんは頭を丸めたの?」
[8]2016年11月16日 14:30
「タケが言うには昨日突然タケのじいちゃんとばあちゃんの理髪店に現れて、さっぱり短くしたいと言ったらしい。おばあちゃんとタケの二人でふざけて三ミリ坊主を提案したらそうしてくれと言ったと。で、改めて聞き直したら、三ミリ坊主でと言って聞かなかったと。どうにかおじいちゃんおばあちゃんとタケの三人で説得して九ミリ坊主に留めたんだとよ。
 何でそんな事をしたのか訊いてみたら、気合いを入れて新しい自分になるため、と笑いながら答えたらしいんだ」
 確かに、あの西田さんの自信に満ちた顔や体全体から発していた輝くような雰囲気は…って、いや、坊主ですよ?
 それにしても葉山くん、説明するの大変だろうな。丸投げされちゃってましたからね。
 モモと佐藤くんはお互いに顔を見合わせました。そして小さくモモが笑うと佐藤くんは目を逸らしました。少し頬が赤いのは見ない事にしてあげます。
 さて、モモも文芸部の活動のテーマを決めなくては…などと考えます。
 こう言うのはどうでしょう? アンネフランクが現代の日本の女の子になったら、どんな手紙を友達に書くか…。

 【了】
[9]2016年11月16日 14:30
【オマケ】

桃井「いやぁ、西田さん転校しなくて良かったぁ」
佐藤「そうだね。ってか、アンネの日記何気に人気だよね。俺達のマイブームって感じで」
西田「いや、私はそんなには」
桃井、佐藤「!!!?」
西田「まぁ、友達になりきってアンネへの返信を考えるのもつまらなくはなさそうだけどさ」
桃井「ツンデレだ」
佐藤「でもさ、西田さんの弟と竹山さんの弟が部活もクラスも一緒だっただなんてね」
西田「私も竹山さんがリクくんだっけ? 連れて来るまで知らんかったしね」
桃井「鈴木くんは知ってたみたいだよ。うん、そうだよって、あっさり言ってた」
西田「割りと面倒見良いらしいしね。鈴木くんと言えばさ、佐藤くん、今回明白にフラれたよね」
佐藤「ぐはっ…」(タライが落ちて来た)
桃井「うん、佐藤くんはそう言う対象としては見られないってフッた」
佐藤「うわーっ!!」
桃井「そんなに動揺しなくても…」
西田「意外と純情なんだ…」
佐藤「男はデリケートな生き物なんだよ!」
桃井「いや、佐藤くん割りとガサツな男子として女子から見られてるよ」
佐藤「う…思い当たるフシが…」
西田「そうそう、普段は雑なのに傷付くような事があるとウジウジ引きずる辺りとか…」
佐藤「やめて。やめてやめてやめて…」
西田「はいはい、じゃ、このくらいにしとくか」
桃井「それよりさ、佐藤くん結構恒川さんとお似合いだと思ってたけど。今更な気もするけど、付き合っちゃえば?」
佐藤「えー? 何で恒川さん出て来るんだよ? 興味ないし」
西田「でもさっさと次の好きな人作るのは良い事だと思うよ。その内ストーカー化しそうだし」
佐藤「ストーカー…」
桃井「それキモい」
佐藤「…」(膝抱えて蹲る)
西田「うわ、拗ねちゃった!? いや、ちょっと…顔上げなって」
桃井「二、三日このままっぽいな」
西田「いや、モモちゃん。その私のせいみたいな言い方って。半分ばかりあんたの…」
葉山「人に面倒事を押し付けといてずいぶんと楽しそうだな」
西田、桃井「…!?」
葉山「全く…クラス全員に事情説明するの大変だったんだぞ」
西田「いやぁ、それはご苦労様」
桃井「今回は結構暗躍してたもんね」
葉山「そうだよ。マサがヘンな噂を広げないように説得したり、桃井さんにきちんと確認させたり、心配だからそれにアキを同席させたり」
西田「どうせ委員長にしてもらったんでしょ?」
葉山「今回はアドバイス程度で裏で動いたのは俺だけ。だからほら、今回は委員長、ほぼモブだっただろ?」
桃井「そう言えば…。いつもなら実は面白がって首を突っ込むのに…」
葉山「色々あったらしいよ、前回。いつまで大人しくしてるか分からんけど」
西田「あんたみたいに立ち直り早く…」
桃井「いや、早そう」
葉山「委員長はああ見えて図々しいんだから、今頃立ち直る頃合いを見計らってると思う」
西田「そうなんだ…」
桃井「さて、そろそろ予告いく?」
葉山「次回は宅間さんと務が語り手」
桃井「不思議アイテムを使って即興コントを…!?」
西田「どんな内容だよ!」
葉山「ほら、マサもいつまでもいじけてないで…」
四人「次回もお楽しみに!」
[10]2016年11月16日 14:33
第一話 空色デイズ 四月終わりから五月始め頃(作中での時間軸)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=79801665&comment_count=11
第二話 イタい子達のレクイエム 五月後半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=79881780&comment_count=20
第三話 イタい子達のレクイエムパート供]桟鄙鞍昇
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comment_count=24&comm_id=3656165&_from=subscribed_bbs_feed&id=79984800&from=home_comm_feed
第四話 アジサイの季節に 六月後半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80063539&comment_count=28
第五話 雨上がりの屋上 七月前半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comment_count=18&comm_id=3656165&_from=subscribed_bbs_feed&id=80171943&from=home_comm_feed
第六話 それいけ! アホ娘! アホ男! 七月中頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80216531&comment_count=22
第七話 夏時間 七月終わり頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80298492&comment_count=18
第八話 寄り添って眺める朝日 八月前半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80410141&comment_count=17
第九話 涙色の夕日 八月後半頃
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第十話 守るって何? 九月始め頃
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第十一話 クラゲと一緒に旅に出よう! 九月中頃
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