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ショート小説〜ホッと一息編〜コミュの猫のスカイライン

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ルーフからオレンジ色の光がひっきりなしに雪奈を照らす。真夜中の首都高速を快走するエンジン音に加え、道路のつなぎ目のドトン、ドトンという音が心地よく体内にこだまして雪奈の胸内をくすぐった。
雪奈は無言で運転するカズを横目で眺めた。カズの顔がオレンジ色に染まったかと思うと、瞬時に闇に隠され、またオレンジ色に染まる。高速道路の照明のせいでもあるがまるでカズの顔が機械のように点滅しているのではないかと思えた。
まるで携帯電話の着信ランプのようだ。
 カズと雪奈が付き合いだしたのは先月のバレンタインデーのことだった。雪奈はクラスメートの明美と夜の渋谷を徘徊していた。特に目的があるわけでもない。祭りのような雰囲気に二人は酔い痴れていた。
 ぶらぶらと歩き、疲れたら座り込み、笑い話をし、タバコを吸い、居酒屋に入ろうとしては断られの繰り返しの中、声をかけてきた二人組みの男がいた。雪奈と明美が同年代と疑わなかったその二人はカズとコウキと名乗った。二人は年齢を後から知って驚いた。自分たちより七歳年上の二十五歳だったのだ。
 最初は乗り気ではなかった雪奈も明美に斡旋され四人でカラオケボックスに入った。しかし、いざ入ってみると自分のほうが雰囲気に流され、夢中になっていた。
 大量の酒を飲みまっすぐ歩けないほどになった雪奈を介抱してくれたのはカズだった。朝まで一緒にいた二人はお互いの電話番号を教えあい、始発で家路に着いた。
 後日、雪奈は明美からあの後もう一人の男、コウキと一緒にホテルに行った事を聞いて何とも言えない劣等感を覚えた。
 その晩、雪奈はカズに二度電話をかけてみたが出る気配はない。仕方なく部屋を暗くしベッドに入り込んだ時の事だ。携帯電話の機械音とともにオレンジ色の光が部屋の中で点滅した。白い壁の部屋にその光は幾度も反射し、まるで壁が淡いオレンジ色に点滅しているようだった。電話の相手はカズだった。
 
     ***

人間はいつもイメージにとらわれて生きているんだ。空は青いもの、海は広いもの。
 猫の名前だってそうだ。気安く『タマ』や『ミケ』なんて呼ばれちゃ困る。特に困るのが『ザッシュ』と言う呼び方だ。砂を掻くようなこの呼び方は俺たちにとってはトイレの音なんだ。汚いったらありゃしないぜ。
 俺の名前はスカイライン。自分でつけた。昼寝をするのに行きつけ車があるんだが、その車がこう呼ばれているんだ。カッコイイだろ?
 大概猫は気に入った名前を自分につける。最近じゃ『コウダクミ』っていうメス猫が多すぎて困っちゃうんだ。メス猫の間じゃその名前がカッコイイみたいなんだけど、全く理解できないぜ。
 そんな俺も実は今晩、七丁目のコウダクミちゃんとデートなんだ。遅れないようにしないと。

    ***

 雪奈は以前から自分の無力さに劣等感を感じていた。車の運転、食事代、ホテルの宿泊料金、どれもカズが支払った。
 自分には何ができるのか?
 雪奈の中で芽吹いた小さな疑問はカズと会うたびに大きく膨らんでいった。
今夜もいつもと同じようにカズが運転し、その横に雪奈が座る。ただそれだけであるのにもかかわらず、雪名はカズに面倒を見られているような劣等感にさいなまれるのであった。
車は高速道路を降り、いつもの駐車場に向かう。
「ねぇカズ、この前の話のこと覚えてる?」確かめるようにカズに問いかける。
「あぁ、俺が雪奈をどう見てるかってやつだろ?確かに高校生だ。でも俺が好きなことには変わりない。雪奈は俺から必要とされたいって言ってたけど、好きってだけで十分必要としてるんじゃん?」カズは前を向いたまま返答した。
そんな彼の子供をなだめるような態度に雪奈は余計に劣等感を抱くのだった。もう思い切るしかない。そう思った雪奈は悲痛を噛締めながらも別れを告げた。
突然、カズがブレーキペダルを踏み車は悲鳴を上げながら停車した。
雪奈は思わず前のめりになり、カズの腕がそれを支えた。雪奈の胸がカズの腕にのめり込む。
「別れるなんて勝手なこと言うなよ。ふざけんなよ」蚊の鳴くような声を発しながらカズは雪奈を睨みつけた。目は薄っすらと濡れている。「ふざけんなよ、ふざけんなよ」声が震えている。
目を合わせていることに耐え切れなくなった雪奈が視線を逸らすと、車はゆっくりと走り出した。二人とも言葉を忘れたかのように閉口している。

      ***

 気合を入れるためにまずは昼寝。おっと、猫は寝てばかりなんてってバカにするなよな。俺たち猫は夜行性なんだ。
 駐車場にいると派手な身なりの男がいつも朝に帰ってくる。俺が名前をちょうだいした車に乗ってだ。俺はじっと遠くからそれを見守るんだ。退屈してきてあくびが三回出た頃、車の下はぽかぽかの寝床になっている。でも気をつけなくちゃいけないことが一つあるんだ。ガソリンの嫌な匂いがボンボン出てくる筒には触っちゃいけない。
友達のローソンをここへ呼んだときのことだ。あいつは好奇心旺盛で何でも触る癖があってその筒につい触っちまった。それから二週間というもの、あいつの肉球はスーパーボールみたいに腫れ上がっちまったんだ。
とにかく俺が言いたいのはあの筒が凄く熱いってことだ。
お?そんな話をしてたら、車が帰ってきたぜ?

あれ?車から出てきたのはいつもの男だけじゃないぞ。女が一人一緒だ。何かもめてるみたいだな。ここにいても「離してよ!」って声が耳をつんざくぜ。
女は一人でカツカツと足を鳴らし駐車場から足早に出て行くのを男が慌てて追いかけてやがる。全くだらしないもんだぜ。フラれてやんの。俺だったらここはジャーキーでも咥えて、お決まりの猫ジョークでもかましてやりゃ一発で仲直りさ!
この前、長毛のシャネルちゃんとのデートに遅刻した時なんかこんなジョークをかましてやった。
一匹の子猫が川べりで魚を取ろうとしていた。しかしなかなか上手く取れない。そんな子猫に魚が顔出し、こう言ったんだ。魚を取る練習なんかより猫撫で声の練習をしろよってね!
どうだ?面白いジョークだろ?でもシャネルちゃんは見向きもせず行っちまったんだ。責めるなよ?シャネルちゃんとはフィーリングが合わなかっただけなんだ。フィーリングが!
ふぁ〜あ。そんな話をしてたら眠くなってきたぜ。あと二回あくびが出たら俺は寝るからな。

       ***

血の気が引いた。
カズは車を駐車場に止めてからやっと口を開いた。
「絶対に許さない。ふざけるなよ」
恐怖を隠すことができなかった。彼は泣いている。
「好きだ、好きだ、雪奈が好きだ」
雪奈が何かを言おうとしてもカズはそれを繰り返すばかりだった。あまりのおぞましさに車から出ようとした。しかしその手をカズが掴んで離さない。
雪奈は必死でドアを開けながら「離してよ」と叫んだ。
その声があまりにも大きく駐車場に響き渡ったのでカズは手を引っ込める。その隙に雪奈足早に彼の元を去っていった。後ろを振り向くと彼が追うのが見えたが車から少しのところで立ち止まっている。小声で何か言っているようだ。
怖い。

     ***

駐車場の近くにある電信柱からヒゲがピクピクするようなうるさいチャイムが聞こえてきたら俺は目を覚まさなくちゃいけない。あのチャイムのおかげでいつも俺は夕方までしか眠れないんだ。まぁそれだけ寝たら十分だけど、起こされるのは好きじゃない。でも嫌な事ばかりじゃあないんだ。不思議な事にあのチャイムが聞こえると公園には誰もいなくなる。
仲間内でも冒険家のコロンブスが言うには、人間の子供はあのチャイムを聞くと家に帰るみたいだ。
さぁてと、俺はこれからセンソウばぁちゃんの所に行くとするかな。七丁目のコウダクミちゃんとはそこで待ち合わせになっているんだ。
センソウばぁちゃんはいつも夕方になると俺たちのメシを用意してくれる優しい人間だ。人間の子供たちの間ではすぐに『センソウ』の話をするからそう呼ばれてるんだ。
俺も一度だけ聞いたことがある。『ビィニジュウク』からの『クウシュウ』を避けるために『ボウサイズキン』を被って『ボウクウゴウ』の中に逃げ込んだ話や、『バクゲキ』がひどくなったので『コウベ』と言う町に『ソカイ』した話や。聞いてるだけで難しい言葉が頭のなかでこんがらがっちゃって俺の眠気を誘ってくる。俺でさえこうなんだから人間の子供にはキツイだろうなぁ。
センソウばぁちゃんの家は駐車場から、何と読むか分からないけど『野田』と書いてある家の庭を通ってすぐの駄菓子屋だ。あのチャイムが鳴り響いて子供がいなくなった頃にセンソウばぁちゃんは俺たちのメシを用意してくれるんだ。
やったぜ!今日はミートローフの余り物だ!
あれ?七丁目のコウダクミちゃん。どうしたんだ?
なに?着いてついて来いって?でもまだメシが……。

     ***

昨日の出来事を吹き飛ばすような強い風が吹いていた。
しかし、それは雪奈の思い違いでしかなかった。下校の時間になって雪奈が下駄箱を開けるとそこには一枚の紙が入っていた。
開いてみてそのまま固まってしまう。カズからだった。雪奈は慌ててあたりを見回し、その手紙をブレザーの中に押し込むと急いで家へと向かった。

駆け足で家の階段を駆け上がり部屋に鍵を閉める。ベッドの上で、寝息を立てていた猫が驚いてこちらを向いた。
机に座り、もう一度紙を開いてみる。
どうしよう、怖い。本当にどうしよう。
頭を抱えている雪奈の目から涙がこぼれている事に気がついたのは、ベッドの上からソロリと降りた猫が部屋のドアを引っ掻いている音がしたからだ。
雪奈は猫をそっと抱き込んだ。首元に顔をうずめてみる。柔らかく暖かい毛並みが頬をくすぐった。
猫はしばらくじっとしていたが思い出したようにくるりと身体をくねらせ、部屋のドアのほうへ歩みだした。雪奈がそっとドアを開けてやると、猫はすっと部屋を飛び出していく。
雪奈は携帯電話を取り出し、明美に電話をかけた。
「どうしたの?」明美は明るい声だ。遠巻きに街の喧騒も飛び込んでくる。
「もしもし、明美?まだ彼氏と続いてる?」それとなく明美の身をたずねてみる。
「うん、なんで?今日ホワイトデーだからコウキの家に行くんだ。雪奈もそうでしょ?カズ君のスカイラインでどこ行くの?」
「その事なんだけど、昨日、別れたって言うか、そういう話したの」
「え!?マジ?」明美の高い声が耳に響く。
「うん、そしたらなんか、怒ってるみたいで――」
「ぜんぜんそんな風に見えないのにね」
「それでね、ちょっと話聞いてもらいたいんだけど今から会えない?」
「うーん。分かった。七時までならいいよ」
「ありがとう」

       ***

七丁目のコウダクミちゃんの家にいけるなんてきっと俺に気があるに決まってるぜ。この部屋の匂いなんだか女の子って感じがするよ。
え?机の上の紙を見てくれって?
いきなりなんだよ?くしゃくしゃのただの紙じゃないか。それより、今日は取って置きの猫ジョークを用意したんだ。それに、俺は字が読めないんだよな?なんて書いてあるんだ?これ。



「ふざけた事ぬかしあがって、殺す。必ずお前を殺す」


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