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蕭錦文コミュの蕭錦文的悲情城市

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「蕭錦文的悲情城市」という本※が出版された(2016.2)ようですが、入手方法をご存知の方、ぜひ教えてください。

※  http://www.thinkingtaiwan.com/content/5212

コメント(4)

かなり間が空いてからのコメントですが、この年明けに台湾旅行し、縁あって蕭さんご本人から、この本を一冊頂いてしまいました。

二二八紀念館・総統府で精力的にガイドを続けていた蕭さんの視点で見た歴史を、市政府が本としてまとめたものだそうです。
確かに奥付に、「出版者:臺北市政府文化局/台北二二八紀念館」とあります。
私の中国語力では、ごくゆっくりとしか読めませんが、蕭さんへのインタビューも収録されています。
DVDつき(中身は蕭さんの台湾語インタビュー。リージョンフリー、繁体字字幕つき、37分30秒)。

スレ主さんのご質問については、蕭さんご自身に伺ったのですが、一般書店に流通しているかどうかは分からないとのこと。
途中立ち寄った台北市立図書館分室のWeb OPAC(インターネット蔵書検索システム)で検索してもヒットしませんでした。

同じく奥付に、「定價(定価):新台幣300元」とあるので、非売品という訳ではなさそうです。
上記の出版者の表示からすると、購入できる可能性がもっとも高いのは、蕭さんご自身がボランティアをされていた二二八紀念館かと思われます。
(私自身は今回紀念館を訪ねる時間がなかったため、確認はできませんでした。申し訳ありません)
LILIN 様

 詳細な情報をいただき、ありがとうございます。
 何よりも、蕭錦文さんがお元気だということを知り、ほっとしています。 
 昨年9月、台北に行ったのですが、MRT「臺大病院前」を下車したものの、紀念館には寄りませんでした。ちょっと足を伸ばせばよかったのに、残念です。
 しかし、おかげさまで、本の重要な手掛かりが分かったので、今後手を尽くしてみたいと思います。
 
 ちなみに、蕭錦文さんとお会いしたときの感想をブログに書きました。ご笑覧ください。

http://blog.goo.ne.jp/torumonty_2007/e/b9239ac7b192e0c484f980073debe93e

                              TORUMONTY(秋間 徹)
TORUMONTY様

1年以上経ってからのコメントだったにもかかわらず、早速のコメント返し、誠にありがとうございます。

私も実は今年1/5の現地時間お昼ごろと夜7時前後に「臺大医院」駅付近にいたのですが、

・お昼に1番出口付近で行われていた、原住民の権利を主張する運動
・夜7時前後、総統府前で行われていた何らかのデモらしき運動(TV車数台、野次を飛ばす人少数、警官恐らく数百人がいて物々しい雰囲気。今に至るも何の騒ぎだったのか分かりません)
・夜7時半から、やはり駅1番出入口で行われていた、台湾正名運動の旗手・日台ハーフの劉敬文さんによる講演

などに気を取られ、紀念館に足を運べませんでした。ところで…

なんと、あのブログの著者さんでしたか! 
貴ブログには、「海角七號」を、大好きな台湾映画に変えてくださった恩義があります。
実は私、最初に観た際には友子(田中千絵)の感情的な面ばかりが気になって、どこが良いのかよく分からなかったのです。しかし貴ブログ閲読後、

 冒頭の日本語教師の台詞「君を捨てたんじゃない。泣く泣く手放したんだ」。
 クライマックス直前の阿嘉の台詞「留下來,或者我跟你走」(行くな、でなければ俺も一緒に)。

これらが終戦後日本人引揚時の日台両国民の心情と二重写しになっているのでは、ということを念頭において再度観たところ、まるで別の映画に見え、台詞の一つ一つが実に胸に迫るようになりました。と同時に、魏徳聖さんという才能が若い世代から出てきたことを、心から頼もしく思いました。

「海角七號」の試写会、蕭さんも日本でご覧だったのですね。道理で、この映画の話が出た際、「あぁ、『海角七號』か」と、懐かしそうに目を細めていらっしゃいました。

ちなみに同日、魏さん経営のカフェ「特有種商行」にも行きましたが、「海角七號」や「KANO」関連のグッズは減り、「セデック・バレ」のグッズや、日台3部作と無関係なグッズが増えていました。そして当日(1/5)封切りという、「幸福路上」というアニメ映画を大々的にプッシュしていました。魏さんは監督ではなく、声優として出演しているそうです(下記動画の0:15あたりから登場するメガネの青年の声)。
https://www.youtube.com/watch?v=C3amadHyLyI

コミュ違いなのでこれ以上は止めておきますが、こうしてお話ができたことをたいへん光栄に思います。
どうか、TORUMONTY様がご本を首尾良く入手できますよう、心より願っております。

※写真1: 原住民権利主張運動と同じ場所で行われていた、劉敬文さんによる台湾正名運動の講演。
 写真2: 台北総統府前の騒ぎ。実際にはこの他にも黄ジャケットの警官が数百人出ていた。
 写真3: 「特有種商行」に展示されていた、「幸福路上」プロモ用のノート。
     小学生のノートという設定らしく、一部、漢字ではなく注音字母で書かれている。
LILIN 様

 私のブログを読んでいただいたとは、ちょっと驚きました。ありがとうございます。
 
 もう9年ほど前、澎湖島・馬公で中国語のレッスンを受けたとき(いまでも全然進歩ナシ)、先生だった蒋強さんという青年(パイワン族)が「私は外省人よりも日本人が好き。祖父はベッドの下に陸軍歩兵銃を隠し持っていて、時々手入れしていた。祖母は日本名があり”雨雨降れ降れ”など日本の童謡を歌ってくれた」と聴き、それまでの台湾に対する既成知識、先入観が崩されました。私の世代は、毛沢東か、蒋介石か、どちらが「一つの中国」の正統的代表者なのか、というような話ばかりに惑わされてきましたので、台湾人の視点が全く欠けていたんですね。

 いろいろ考えたことはありますが、私が一番引っかかっているのは次のような話です。数年前、成蹊大学の外交史の准教授(井上先生という人?)が「1971年、国連中国代表権問題が緊迫する中、昭和天皇が佐藤首相(当時)に”蒋介石を支持するように”と指示した」という事実を、公開された外交文書を分析して明らかにしたことです。この当時、中華民国が「国連からの追放」されることを危惧した自民党議員団が、蒋介石に「中共の国連復帰を受忍し、台湾は台湾国として新加盟するという解決策を勧めたにもかかわらず、蒋介石は断固これを拒否して、「ひとつの中国」にこだわった。その席には金美齢氏が自民党議員の通訳としていたそうで、YouTube映像でも証言していますね。金美齢女史はこの時のことを評して「蒋介石は台湾を裏切った」「臺灣が世界の孤児となる(国連からの追放)か、ならないか(台湾国として加盟)の一瞬で、台湾を見棄てた」と言っています。

 マスメディアは、上記の昭和天皇発言をタブー視して報じていません。「平和憲法」下の象徴天皇にこのような発言が許されるのか。象徴天皇としてもこんな発言が可能なら、開戦、和平交渉、敗戦の決断がすべて「軍部」の仕業だったなどと思い込むこと自体が不自然ですね。
 蕭錦文さんとお会いしたとき、真っ先に私に下さったのが「教育勅語」のコピーでしたから、台湾人「日本語世代」の心情と戦後の日本は、何と乖離してしまったんだろうと思いました。昭和天皇は蕭錦文さんのような日本語世代を二重の意味で裏切ったことになります。

 私は、左翼ではありませんが、昔の左翼的風潮はよく覚えているので、このような複雑な心境になります。

 そんなことを考えながら、いろいろ本を読んだりしています。今後とも何か情報交換ができれば幸いです。

                                                 TORUMONTY


 
 

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