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時計は夜の1時。
窓の外は真っ暗。
でもこの部屋は明るいし、暖かい。

目の前のパソコンの画面を睨む。
エクセルの表を眺めていると瞼が落ちてくる。

なんで、こう、なってんだっけ。

「あおいタクシー呼ぶけど二台呼ぶ?」

早苗さんの声にはっとして振り向く。

「あ、あー、もうちょっとしてから呼びます、月桂冠さんに数メールいれなきゃなんで・・・」

「さっさと帰んなよー、あたし先に帰るね」

「はい、どうぞ!」

早苗さんは短縮で東京無線に電話をかけて配車をお願いしている。
案内のアナウンスが終わったらしく電話を切った早苗さんはマフラーをぐるぐるに巻きながら

「じゃぁ、5分でくるからもう帰るけど、明日遅刻しないようにね、8時開始でしょ」

「あ、はい、でも明日最初の役者6時半入りなんですよね」

「え、それ7時でいんじゃないの?
 いつも俳優センターいってつけてんの?」

「あ、いやセットでつけてもらってます。
 一応いたほうがいいかなぁとか思ったんですけど・・・」

「いいよどうせおきらんないでしょ」

「・・・ハイ・・・」

「バランス良く仕事するのもプロのうちだよ、仕事はさっさと片付けて帰るようにしな」

「はい!」

「じゃぁおつかれー」

「お疲れ様です!」

早苗さんが出て行って、深呼吸をして椅子にうもれた。

「あー月桂冠さんに発注メールして・・・そうだカメラ使い終わったから返却しなきゃ・・・明日やろうかなぁ・・・でも昼メシんとき時間ないだろうなぁ・・・伝票だけ書いといてリエにやってもら・・・あ、いないんだった」

昨日、見習いのリエはばっくれた。

いやその方がいい、まだハタチなんだし
こんな業界いないほうがいいよ
他でやり直せるならその方が断然いい。

そんな事を考えながらぼーっとしていたらまた瞼が落ちてくる。

突如、電話の音で飛び起きる。
守衛だ。めんどくさくてたまらないけど、電話をとる。

「はい装飾ルームです」

『お疲れ様です守衛ですー、今日どうされますかー』

「あ、あと15分くらいで帰りますー」

『あ、はーいわかりましたー』

「はーい」

電話を切ってパソコンに向き直る。

「よし、ちゃっちゃと片付けよう!」

ここは都内の某撮影所。
あたしは映画の持道具。
今日は朝7時にはここにきて、9スタ(No.9スタジオ)で撮影、
夜の11時半までやってた。
11時半に終わってから、片付けと明日の準備と助監督と明日の小道具持道具の確認をやったら12時半。
倉庫を施錠して装飾ルームに戻ってきてからパソコンでの事務作業。
でも眠すぎて全然効率があがらない。
上の人達が帰りだしたのが12時半すぎ。
帰る前にはコーヒーメーカーを洗わなきゃならない。
あたしコーヒーのまないんだから、飲む人がやってってよ、て思うけど
まだまだ丁稚、ですからね。

やっと月桂冠さんにメールを送信して、パソコンを閉じてタクシーをよぶ。

時計は夜の1時半。
でも明日は、5時半起き。

労働基準法って
それどこにあるの?


コメント(7)

一昨日の撮休の日、見習いのリエはおなかの調子が悪いといったので、
休むように言った。
その時点で予感。
『あ、やめるなこのこ』
次の日、つまり昨日、リエは来なかった。
音信不通。バックレだ。

『やっぱりね』

体調が悪いのが嘘だったとは思わない。
というかどっちでもいい。
でも一日休むと気持ちがくじけてやめたくなる心理は大いにわかる。

そりゃそうだ。
いくら憧れて入ってきたって
毎日毎日朝から晩まで働いて
まだ何もわかんないから言われるままに動いて

理想と現実のギャップに失望したのかもしれない。

おしゃれなんか出来ないし
重い物は持たされるし
しゃがんだ時にちょっとでも背中でたりパンツがジーンズから見えると
やいのやいのいうお姉さまがたはいるし
ピアスが派手だと文句いってくる人もいるし
ガムかんでるだけで怒られたりするし
若いコと喋りたくてちょっかいだしてくる照明部とかを
無視もできないから相手にして喋ってるとやいのやいの言われるし
仕事を怒られるよりそういうトコロ言われる方が多かったしね

わかる、わかるよメンタル面でくるよね、うん。
しかもリエは見習いだから責任感が無いし、
まかされてる仕事も無い。
あたしがいなくなっても大丈夫だろう、て思っちゃうんだろう。
あたしも最初はそう思ってたよ。

でもそれも、時間がたってくると、
わかってくるようになるんだけどね、色々。

あたしにはなんとも言えない。

馬鹿野郎、初めて3年は丁稚だ!
自分の意見なんて無いと思え!
見習いは見て習うんだ!
根性がたりん!

ていう気持ちもわかる。
頑張れよ、とも思う。
だってアンタ憧れてこの世界入ってきたんでしょ。

だけど体調崩してバタバタ倒れた戦友(?)を見てきたり
事故ってやめていったコを見てきたり
ストレスで生理がおくれちゃったコを見たり
弁当食いながら弁当に顔つっこんで寝てるコを見たりしてきた身としては

女の子らしい、健康的な生活を送るには
こんな業界いないほうがいいよ、と本気で思う。

あと、恋人生活も結婚生活もうまくいってない人ばっかりだし。
離婚、不倫問題、日常茶飯事。
いや、うまくいってる家庭も、素敵な人もいますよもちろん。

でも、そら二ヶ月も三ヶ月も地方ロケいきっぱなしだったら
そりゃうまくいかないわよ。

もし自分の子供がこの業界を目指したら全力で止めたい。




あたしは朝に弱い。
寝起きは最悪。

最初は効果テキメンだった爆音目覚ましも、
半年で効力を失った。
全然だめ、全然聞こえない。

携帯のアラームも、アラーム1から10まで時間差で、
全てMAX音量で、スヌーズ機能フル稼働

だけど、
全然だめ、全然聞こえない。

深夜2時に家に帰り着き、
コートを脱いだところでブラックアウト。

この年になっても母親にモーニングコールをちょくちょく頼んでいるのは
誰にも言えない。

おかあさんありがとう。
あたしも早く年をとって睡眠時間が短くなりたいです。
加齢はレム睡眠もノンレム睡眠も減少させるんでしょ。
それは知ってる。

翌朝、やはり目覚ましはあたしの脳には届かなかった。
何回も何回も鳴る着信音にやっと気づいたのは6時。
しかも床の上。
服もきたまんま。

やばい。お風呂入ってない。えーとえーと
今からお風呂入って?7時までにつくには・・・
あれ?まにあわなくない?
やばい眠くて思考回路が回らない。
と、とにかくお風呂だ。

お風呂に入ってカラスの行水状態で飛び出して
えーとえーと電車でいくと、、やばい絶対間に合わない!

あたしはお金持ちでもないくせに
タクシー出勤するようになった。
高速のって5千円もかかる。
ここ数日で、もうとっくに2,3万使った気がする。

でも、遅刻には変えられない。
おまけに乗ってる間化粧もできるし。

出勤だけで、涙物だ。

わかってる。朝起きれればいんでしょ。
でもだめ!全然おきれないの!!!
だって、毎日3,4時間睡眠て、ありえないじゃない!

でも他のみんなはできてます。

はい、すいません。

撮影所につくと、早苗さんがもう部屋のカギをあけていた。
守衛にあるのカギの持ち出し表に早苗さんの名前をみつけて
ヤベッと思った。

急いで部屋にあがって、早苗さんに挨拶して
(よかったまだ早苗さん部屋にいて。持道具のくせにセットに一番のりできないなんてやばいもんな)
すぐに作業着に着替えて部屋を出る。

倉庫に寄って今日必要な小道具のケースを持って、
今日も大好きなセット、9スタへ。
俳優センターの入り口で演技事務のちこさんと
セカンド助監督の谷原さんに挨拶。

「おはよ、今、中丸さんまで入ってるよー。金屋さんは15分遅れてくるみたいだけど、あおい大丈夫だよね?」

「あ、はい、いつもどおり、セットでお願いします。」

顔見知りのスタッフと何人かすれ違いながら、
セットに入る。

持道具-----------
役者の持つ道具。
洋服、靴下以外の装身具。
帽子、メガネ、アクセサリー、腕時計、鞄、靴

それらを集めて、管理するのがあたしの仕事。
持道具の定義はあいまいだけど、大体こんなもの。

小道具も同じ、あたしの仕事。
携帯、手帳、鉛筆、手紙とか、缶ジュースとか
本読んでるとかヒゲそってるかみそりとか
テニスしてるならラケット、ボール、全部そろえてまいります。

あとは消え物、劇中に出てくる飲み物、食べ物もあたしの担当。
レストランやホテルとかで撮影する場合は
その場所にお願いするけど、
セットやロケの時に登場する飲食物はあたしが用意する。
完成品を買ってきたり、自分で作ったり
撮影場所、時間帯、予算など状況で判断して準備する。

セットに入って持道具ベースにいき、
棚にかけておいたビニールシートをはずす。
セットは埃だらけ。
ほっとくとなんでも汚れてしまう。

今日出演する役者の靴を箱から出して、
○○役/○○○○様 と書いた棚に並べ、
腕時計や指輪なども袋から出して並べる。

靴ベらを手に取りやすいようにひっかけて
パイプ椅子を並べる。

今日の朝イチの出番は三人。

主演の金屋さんは寒がりで、靴下にカイロ貼ったうえに、
靴の中に敷くカイロも使う。
だから金屋さんがセットに向かった連絡を聞くと、
すぐに中敷カイロをいれておく。

その父親役の中丸さんは代謝が多いので、
除湿剤の交換周期が短いけど
さすがベテラン、セットに入ると言わなくてもすぐに持道具ベースにきてくれる。
芝居も最高。
くつひもはその都度ほどいてから履く方なので、
あらかじめほどいておく。

準備を終えて、返却するカメラの梱包を始めたところで、
制作部のKPがやってきた。
手にはコンビニのサンドイッチとお茶を持っている。
「あ、おはよKP」
「おはようございます、朝食、おいときますね」

制作部は、あたしの部署(装飾部)と同じく準備パート。
制作部で上り詰めるとプロデューサーになる。
制作部は、いわゆるみんなのお世話係。撮影全体の責任者。
上の人から下っ端まで役割分担がなされていて、
ロケ場所を探してきたり、道路使用許可をとりにいく人、
ロケの時に周辺地図を書いたり、
集合場所に誰よりも先にきて、各車両がちゃんと来てるか確認する人
地方担当でみんなより先に地方に前のりして地元の人と仲良くなっておく人、
みんなの地方移動の手配をしたり、宿の手配をしたり、
トイレどこー?なんて聞かれたら
すぐに答えられるようにしなきゃならないし、
警察がきたりしたら窓口にならなきゃいけないし、
ガンガン(ガソリンスタンドでもらえるオイルの空き缶、主にゴミ箱や灰皿がわりに使われる)もってきてー!とか
ウエス(ボロ布、老人が使う布おむつの古布が主に使われる)もってきてー!とか言われたらもってかなきゃいけないし、
セットで本番のときに本番ランプのスイッチを押す係もやらなきゃだし
撮影がおわって照明を落とすときに常夜灯つけなきゃいけないし・・・

KPは制作部の下っ端で、制作進行という。
食事の手配、お茶場の準備、お菓子の準備、備品の準備、タクシーの手配や
制作部と演出部が使うシーバーの充電なんかもやる。
朝一番にきて、夜最後に帰る。

まだ22歳女子なのにお風呂入る暇もない。

「えっ・・あたし今日7時5分すぎてから入ったんだけど朝ごはんもらっていい?ww」
「もちろんですよw準備パートの分は全員分あるんで。早苗さんのぶんもおいときますね。」
「ありがとうやさしいよKP><」
「あはは、これが低予算Vシネならないですけどね」
「うん、知ってる。朝メシケチるために7時15分集合とかねw」

笑いあって時計を見ると7時25分。
他のスタッフも来始めて、照明部はライトを立ち上げ始め、
録音部も機材を出し始めた。
サード助監督はどうやらもう来てて一番手のシーンをセットの中で勉強してるらしかった。

梱包を終わらせて伝票をはっつけた。
後は昼飯の時に忘れずに集荷依頼をしなきゃ。

持道具ベースの隣が制作のお茶セットになっているので、
KPはコーヒーを飲みにくるスタッフや
マスク(しつこいけどセットは埃だらけだからね)や電池をもらいにくる照明部の相手などしながら話を続けた。

「あ、KP一番手コーヒーでるからうちもお湯わかすんだ。電源かりていい?」
「あ、じゃぁこのポットのお湯つかってもいいですよ。あとコーヒーもつかってもいいですよ」
「え、まじで?いいの?でも一応コーヒーはインスタントあるからそれから使うよ。足りなくなったらもらう。」
「じゃぁこのポットそっちおいといていいですよー。足りなくなったら行ってください」
「ありがと><でも多分大丈夫中丸さんだからNGないと思うし。」

おぼんを出して、ふきんやラップ、コーヒーカップにミルクに砂糖、
インスタントコーヒーなど必要なものを用意する。

「そういえばリエさんあおいさんのいじめに耐えかねてやめちゃったんですかぁ?」
「はぁ〜?!人聞きの悪いこといわないでよね!ww」
「いやーこわいこわい、いじめないでくださいねぇ!w」
「やだいじめる!コーヒーがまずいとかホッカイロ数が足りないとかいってやるー!ww」
「やめてくださいよ〜wあ、靴用のカイロ買い足してきましたよ、まだあります?」
「あ、まだあるけどちょうだいちょうだーい、金屋さんがメシはさむたびにあたらしく代えるから」
そうこうしてたらいつのまにかセットに来ていた早苗さんと、
同じく装飾助手の中島くんがきてセットの机にかけてあるビニールシートをはずし始めたので手伝う。
美術部の三嶋くんが掃き掃除を始めた。
組み付き大道具の高木さんがいつもどおりド派手な赤いニッカポッカと鯉口シャツにモヒカンのいでたちで登場。
いつもどおりみんなに「酒臭いですよ!!」と言われている。
「オレぁ寝てるからおめぇらで適当にやれよ」
と吐き捨てて高木ベースに行っちゃった。

「あれで人の親なんだから恐ろしいわ」
と早苗さんが吐き捨ててみんなで笑う。

机を拭いてはたきをかけて、
小道具のコーヒーのカップをもう置いておく。
もちろん、まだカラね。

監督とカメラマンと照明技師がセットにはいってきて、
色々と話し始めた。
カット割りかたまったのかな。

サード助監督の岩本が声をかけてくる。
「あおいさん、あと10分くらいでみなさん支度おわるそうなんで
 順次セットに来ます。持道具お願いします」

「はいはい、じゃぁ岩本、壁の時計よろしくね。何時かわかってる?」

「14時35分です、やっときます」

壁にかかってる時計を用意するのは装飾部。
でもそれを劇中の設定時刻にあわせるのは演出部(助監督)の仕事。
まぁ、装飾部がやる時もあるけど、
時刻設定は演出部が出してくるので、
あたし達はそれに合わせて準備するだけ。

腕時計の時刻は、俳優さんがリアル時間にしといて、っていう人のが多いから、
リアル時間にしておいて、
手元がうつるカットの時だけ、設定時刻に直す。

持道具ベースに戻って、サンドイッチを一口たべる。

『もう既に眠い・・・』

一個食べ終わる頃に岩本が来た。

「中丸さん金屋さん支度部屋でましたー」
「りょーかい。」
今日もまたファッキンな一日が始まります。
金屋さん用の靴に中敷型のカイロをいれて少ししたら
ちこさんが中丸さん、金屋さんを連れてセットに入ってきた。

「おはようございます。装身具おねがいします」
「おはよう。台本ここにおかせてもらっていい?」
「いいですよー」

パイプ椅子に座ってもらって二人の靴をそれぞれ足元に置いて靴べらを渡す。
中丸さんは机の上に、使い込んだレザーのカバーをかけた台本をポンとおいて
靴を履く。靴紐を結ぶのは自分でやりたい方なので、手は出さない。
その間に金屋さんの方。

「カイロいれてあります。さっきいれたばっかりなんでまだあたたまりきってないかもしれないですけど」
「ありがとー」
「靴下カイロってはってます?」
「あ、衣裳さんとこでもらったから貼ったー」
「わかりましたーもしきれたらいってください。もしくはここに常備してあるんで。」

ネックレスをつけてあげて、時計を渡す。
金屋さんは終わり。ご自前を棚にのせる。
靴をはきおわった中丸さんは自分で時計をしてくださっている。
指輪を渡す。

「設定は何時だっけ?」
「14時35分です」
「この前のシーンでユメコとケンジをみつけちゃったんだよね?俺」
「そうです。」

中丸さんのご自前を棚にのせる。

岩本とめくばせ。
完了。

これで金屋さんは「ケンジ」
中丸さんはケンジの父「恒雄」

「ケンジさん恒雄さん、まず段取りからお願いします」
岩本が二人に声をかける。

岩本はまだだめだめだけど(あたしに言われたくないかもしれないが)
セットに入ったら役者をちゃんと役名で呼ぶところは気に入ってる。
最近役者様々の助監督多いからな。

セカンド助監督谷原さんが声を張る。

「ではまもなく段取り開始しまーす!!」

台本を尻ポケットにつっこんで、
現場バッグをしょってセットの中に向かう。

おはようございますと挨拶が飛び交い、
二人が監督の前に進む。
あたしは恒雄のそばにいきそっとたずねる
「恒雄さん、ここおタバコ吸われます?」
「うん、もらっとこうかな。段取りで吸ってもいい?」
「もちろんです」
「恒雄」のタバコ、マイルドセブンと「恒雄」のライターを手渡す。

助監督が指示する。
「恒雄さんこちらの席で、ケンジさんこちらです。」
二人が席に着く。
ケンジが監督を呼ぶ。
「監督、ここ台本に、恒雄をみているケンジってなってるんですけど、
 この前であんなところをみられちゃったケンジ的には、そんな自信もって恒雄をみつめられないとおもうんですよね。
 ちょっとうつむきつつ、そらしつつっていうか」
「じゃぁ、ちょっとそれで一回やってみて」
「ありがとうございます。」

「それではシーン58段取り開始しまーす」
谷原さんが仕切る。
「はいよーいスタート」
カチン!
岩本のカチンコの音が響く。

二人の芝居が始まる。全てのスタッフが二人の芝居と、
カメラマンの動きに集中する。

芝居の中でケンジがティースプーンでカップをかき混ぜるしぐさをした。
これは砂糖かミルクをいれるんだな、チェック。
恒雄がタバコに火をつけた。
今火をつけるのにてまどったのは芝居だろうか
それともライターのつきが本当にわるかったのだろうか、チェック。

カメラマンの柴崎さんが動く。
周りのスタッフは柴崎さんの視線の先に入らないようによける。

ケンジが立ち上がる。
イスがすべりにくかったみたいだ。
あとでどうにかしなきゃ、チェック。

ケンジがまた座る。
うわ、コーヒーのみほす芝居した!あらら。

そこで監督の声
「はいカット!」

あたしは恒雄のところに携帯灰皿をもっていく。
「ライター付きにくかったですか?」
恒雄さんはタバコをいれながら
「いまちょっと失敗したの、大丈夫だよ」
という。

「えーと、もいっかい返させてください、恒雄さん、このセリフの時に、あとで伏線になるんで、今この『あの日だったから』ってとこはぶいちゃってたんですけど、これは台本どおり言って貰っていいですか?」

「ああ、はいはい、すいません。わかりました」

その間に中島くんがケンジのイスをみてくれてる。


「それからケンジの立ち上がるポイントを、ちょっとおくらせて。」

「わかりました」

監督と役者の会話がおわるのを見計らって谷原さんが声をはる

「はいではもう一回返しまーす」
2年前、撮影所で毎日泣いてた時期があった。

周りの人と合わない
相談できる人もいない
そうなってくると
優しい他部署の人と話してる時でさえ
「仕事、なめてんの?」っていう文字が
背後にうかんでるように感じ始めて
疑心暗鬼

彼氏に話したところで
何をいってもらっても
どうせアンタにはわかんないじゃん!
と思ってしまって

苦しくてたまらなかった。

味方なんて、いない。
あたしは、ダメなんだ。

ぐるぐるぐるぐるぐる
まわりはみんな敵。

自然に涙がこぼれてしまうくらい
追い詰められてた。

別にド新人てわけじゃないから
逃げたくないし、
作品をやりきって始めて得るものがあるのも知っているから
途中でやめたくない気持ちもある。

中途半端な自分が更にいやになる。

とうとうセットの中で涙が出てきて
見られたくなくて逃亡した。
始めて無断でセットから逃亡。

かといって帰る!とも決め切れない自分。
泣きながら歩いていたらバッタリ親方と出くわした。

「撮影中なのに何でこんなとこいんだ?」
「何泣いてんだ、ろくに仕事もできないくせに」

言葉を発する前からそう言われてるような気になって
息がとまりそうだった。
だめだ、もうだめだ。

親方は
「ど、どうした?」
と驚いて声をかけた。

勇気をふりしぼって
「話そう、全部話そう」
と決意した。

人と合わないこと、
準備してもやり直されること、
苦しくなって食事の時とかに一人でいようとすると、
「メシの時はちゃんとみんなと一緒に食えよ」
といわれて余計逃げ場がなくなったこと。
でも全て、自分が悪いんだろう、あたしが間違ってるんだろう、
って思うと何もいえなくて、苦しい事。
頑張りたいっていう気持ちと矛盾してもうしんどい事。

言いながら、呆れられてると思った。

でも親方は一部始終を聞いてくれたあとに言った。

「なんでもっと早く言わなかったの?俺が別の作品かけもちしててなかなか見てあげられなかったからだろうけど、、、別にあいつらだって完璧なわけじゃないんだから、自分だけが間違ってると思わなくていいよ。」

「それに泣いたり、体壊してまでやる仕事なんてないんだよ。
 とりあえず、最後までやらなきゃ、なんて思わなくていいよ。あと一ヶ月やってみよう、とかでもいいから。それでも本当につらかったら、やめてもいいから。別にそれで俺はもう二度と使わないとか思わないから。」

「セットには適当にいっとくから、どっかでジュースでも飲んでから戻ってきな」

風通しをよくしておくことは
とても大切なことだ。

苦しくて苦しくてコミュニケーションがとれなかったあたしは
今思うと滑稽なまでに絶望しかしていなかった。
自分がダメだと思い込んで、否定しかできなかった。

でも親方は、拍子抜けするくらいに優しい言葉をかけてくれたのだった。

怒られる、と思い込んでいたあたしは
急速に救われた。

それからの日々は
合わない人とは相変わらず合わなかったけれど
本当に楽になって
仕事をすることができた。

自分も助手を救う事ができるような人間になろう。
この親方にはいつか嫌われたとしても
下で働きたいと思った。

フリーで仕事をしていても
美術会社に入っていても
だいたいがいつも違うメンバー構成で作品につくこの仕事。
作品のストーリーによって毎回揃えるものも違うし、
監督やキャストによってもやるべき事はだいぶかわってくる。

だから基本がわかっていても
ヨユーになる事なんて、ない。
あたしができないだけかもしれないけど、
いつもやる事が違うから
いつもうまくいくなんて限らない。

だから何年たっても
悩むし、トラブるし、落ち着かない。

もっとできるようになりたいと思うけど
何年やったって、初めてのことはわからない。
たとえ後輩だって、時代劇ばかりやってる人間にはかなわない。
たとえ先輩だって、戦争モノが始めての人ならゲートルが巻けない。
だから後輩から草鞋の編み方を教えてもらう事もあるだろうし、
先輩にゲートルの巻き方を教えてあげることもあるだろう。

自信をもたなきゃいけないけど、
キャリアが上だから絶対知ってる、なんてこともない。

そこがまた、難しい。

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