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夢想権之助と、その周辺♪コミュの【小説】杖と巫女と権之助

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【第一章 : 着杖】

<1>

 五月雨が静かに降り続け、旅の者も余り通らない細い街道。
そんな中でも人目を避けて木々を飛び移り、ひたすら京を目指す。

 そう、拙者は又吉。そう、忍びの者でゴザル。

 ある密命をとある藩主から受けての一路、僅かな関わりごとでも任務に支障をきたす可能性があれば
それを避けて通るのが忍びとしての在り方というもの。
 しかし余談ながら、木々間飛翔の技を世間では「猿飛の術」などと称されているようだが、拙者は
はなはだ不満でゴザル。ナニゆえにエテ公の名を借りねばならんのか!
木々の間を駆け抜ける獣は多い。栗鼠でもモモンガでも猫でも良いではないか…

 などとどうでも良いことを自問答しながら進んでいると、前方に人の気配がする。

 おっと危ない…この雨音と肌寒さで少ない旅人は傘を被り俯いて先を急ぐとはいえ
用心に越したことはない。木枝の上に気配を殺して留まり、下の様子を見ると荒い息を吐きながら
若い女子がこちらに向かって走ってくる。

 京からはここでも少し離れている。しかし、女の格好は旅をする様なモノではなく
どうやら追われている様子。
 確認するまでもなく奥から、物騒なヤクザ者どもが追ってきた。

 雨でぬかるんだ街道は只でさえ移動が困難な上に、下駄ひとつで走る女に
ヤクザ者どもが追いつくのは時間の問題である。


「あっ!」そんなこと言うが早いか、足を取られて女が転ぶ。


 追いついてきたヤクザ者どもはそれでも息を切らせながら必死だった様子。
「てめぇ!ザケやがって」「調子こいてくれたなコラ!」等三下らしい台詞で
女を囲む。
 見る感じ、女郎から逃げ出した借金持ちの娘をショバを仕切るヤクザが三下使って
追わせたといったところか。

 無論、拙者は助けない。最初にも言ったが、我等忍びは任務遂行が至上命令なのだ。
今更義勇心などというものを持っても意味はない。
 まあ、助けて京入りに役に立てても良いが、リスクとは釣り合いが取れないと判断する。
忍びのものは冷静でなくてはならない。

 女は少し遊ばれてから連れ戻され、元の鞘に納まるといったところか。
命までは取られまい…そういう読みもある。

 ところが、息を整えたヤクザ者たちは問答無用で腰のものを抜く。
「例のものを返してもらうか?」
リーダ各らしき一人が詰め寄る。

 どうやら、単純な話ではないようだ…興味がわく。

 と、その時、街道に響く凛とした鈴の音が響いた。

 ヤクザ者たちは顔を見合わせる。
拙者もそれまで感じなかった気配に慌てる。忍びになってコレまでこの範囲内で他人の気配を捉えることが出来なかったことなど無い…のだが!

その人物はいた―!!

コメント(75)

〈七〉

武蔵は日本一の剣客では無く、その類希無い他の才能にてこの地に赴いていた。

京とは言え、外れに位置するこの一帯の治水区画整理監督として呼ばれたと言うのだ。
この庵を逗留の場所としたのも、近い上に近場に温泉があると言う好条件で庄屋が用意したものらしい。

今乗り込むにしても、役人に伝えるにしても、証拠が足りないと言うことで、探りを入れると言う事になった。

拙者の出番である。

…と意気込むと、取り敢えず紗世と伊織が街にでてそれと無く情報を得ると言う事になった。

どうも拙者は味噌っ滓扱いであるらしい。
もっけの幸いと、このまま武蔵の側で更なる情報収集…とも考えたが、何となく癪に触るので、庄屋に再度忍ぶことにする。

「さて、今日のところはこの辺であろう。
街に出るなら、良い頃合だ。」

武蔵の一言で取り敢えず解散となった。

おもむろに立ち上がった一行の中、先程伊織を一括した扇子で突然武蔵は正面から紗世を斬り付けた。

一瞬の殺気に、場が凍り付く。
神速の上段からの斬り付けに、しかし紗世は慌てず半歩右足を左足の前に踏み出す入り身の動きだけで背中に躱す。
「お戯れを…」
「よくぞ反応した。
夢想殿との再会が楽しみだ。」
殺気を飛ばして予告したとは言え、あの一太刀は並みには躱せまい。
紗世の熟練から師に当たる夢想権之助という剣客の成長振りを計って満足…といったトコロか?

しかし、その夢想権之助とは一体何者なのだ?
【第七章:霞】

社務所に戻ると、待っていたのは最悪の事態であった。

お燐が居ない。
かかる事態に備えて、部屋を代わってもらい、一歩も動かないよう申し合わせたのだが、やはり場所を変わらないと意味は無かったと言う訳である。

牙神は無事…と言えるのか微妙だが、布団から出ていない。

「うむむ…しかる事態になっては、隠し立ても出来まい。」

衰弱した牙神から事情を聞けば、ナルホド、我巫女殿の推察通りであった。

「お燐は紗世殿に止められたにも関わらず、薬を求めて境内をでて一人のところを捕らわれた様だ…
先程神主からこれを預かった。」

手紙である。

まぁ、ありきたりな取り引き条件がそこには記されていた。

「割札がやはり今回の鍵と言う訳ですね…
紗世さん、どうします?
聞き込んで情報収集も何も無くなってしまいましたね…」

どうやら、伊織は紗世とのデートが潰れた事の方が残念と言った感じである。
呆れた顔で眺めていたら、察したのが判ったらしく苦虫を噛潰した顔をして、あっちに行っててくれと言った。

丁度良いので、偵察に出る事にする。

「牙神殿とは別に手馴れを雇ったとも書いてあります。
知っていますか?」

「庄屋の旦那は粘着のオタクだからな…腕が立つと聞けば、誰彼構わず呼び込むのさ。

だが、報酬は払わない。

まぁ、拙者のざまを見れば、説明の必要もあるまい。」

「阿片中毒にして飼い慣らすと言う訳ですね…なかなか狡猾ですね…」
伊織がひとしきり感心している…だから坊やなんだよ。

「では、街に出ます。」
と、紗世。

「ど、何処へですか?
まさか割札を持って庄屋へ!?
それとも役所ですか?」

「伊織殿、両方とも違います。
先ず、乗り込む件ですが、相手の手の内が分からない以上、迂闊に動けません。
人質の事もあります。

次に役人に伝える方法ですが、この地の庄屋が黒幕である以上、信用出来ません。
信用したとしても大事になるので、やはりお燐さんが危険過ぎます。」

流石と言うべきか…

「先程武蔵様にも話ましたが、この京に私の捜し人でもあります権之助様がいらしてるはず。

会って事情をお話すれば、きっと力になって下さいます。」

…って、アレ?
幾ら何でも、その夢想権之助という者を盲信し過ぎでは無いのか?

と言うか、何で敬語?

…偵察に出ようとしていた拙者が振り向くと、アングリ口を開けている伊織の顔。
〈二〉

唖然とする伊織。
偵察に出ようと縁側に立った拙者からは直接窺う事は不可能だったので、改めて部屋に戻り、伊織の視線の先を追う。

まぁ、結果から言えば、予測は出来た。
だが、実際見るまで信じられ無かった。
想像が出来なかったとも言える。

冷静で、頭の回転早く、隙も無い鉄面皮の美少女巫女は、今その想い人の話をしながら溢れる感情を隠しもしていない。

両手を紅く染めた頬に添えていやんいやんをする目の前の紗世は、本当に同一人物なのか?!

伊織と顔を見合わせて相槌を打つ。


「これが、アノ有名な【ツンデレ】かっ!!」…と。


一体ここまで想われている夢想権之助とは…何者なのか、是が非でも知る必要がありそうだ。

伊織は分かりやすく、自分が入り込む隙が無いと知ってどんより落ち込んでいる…

「…と言う訳で、伊織殿、権之助様を探す手伝いをお願いしたいのです。」

紗世も場の雰囲気読んで無ぇ〜

取り敢えず、今度こそ拙者はここから別行動で偵察に行くことにする。

泣くな伊織。
拙者も同じ気持ちだ…
〈三〉

少々あのデレッとなった紗世に一抹の不安を抱きつつ、とにかく偵察に庄屋まで行く事にする。

まぁ、あの二人がそろってやられる事もあるまい。


京の喧騒は、江戸等の発展途上の街と比べるとかなり落ち着いた感じである。
決して活気が無いのでは無い。
なんと言うか、人々のざわめきに気品…とまでは言わないが、喧しくしないみたいな暗黙のルールがある。

祇園の様な色町の一画でさえ、伝統と言う名の風格が備わっている気がする。

だからどうした?と言う訳では無いが、この一種独特の雰囲気の中に潜む陰謀に、一抹の不安を抱かなくはない。

紗世達は、無事夢想権之助とやらに会えるのか?

ともあれ、一路庄屋を目指す。


着いて見ると、先日の様な殺気立った雰囲気は無く、落ち着き払った余裕さえ感じる。
まぁ、前回の様にチンピラを集めても、役人にもし通報されれば、少々面倒になるし、乗り込まれれば、武蔵を筆頭の手馴れのあの二人には無駄であることも判っていての今回の人質である。

対して、こちらは面子が割れている上に、無策である。

もっとも、拙者の存在は余り意識されていない気がする。
屋根伝いにアッサリ先入を成功する。

先ずは、お燐の居る場所を確認する。

元々お燐はここの女中である。
例えば、役人に話を通したところで、失敗した女中を反省の為に座敷牢に入れた等、言い訳は幾らでも立つと。

案の定、お燐はアッサリ見つかった。
〈四〉

座敷牢に捕らわれたお燐は、泣き疲れた様に眠っている。
恐れたのは、拷問の類や阿片漬にされていることだが、まぁ、役人の乗り込む可能性がある以上、すぐには無茶はしないであろう。

声を掛けようとしたが、見張りらしき他の女中が来たので、止まる。

「全く、用心棒と駆落ちしようなんざ、近頃の若い娘は…」
帯の長さはお燐の倍は必要そうな、恰幅の良い年増の女中はそんな事を言い、全く何で私があんたの見張りなんか…と不満たらたらで居座ってしまった。

お燐は阿片の事は、それとなく分かっていたが、屋敷に勤める人間が全員庄屋の裏の稼業に気付いている訳では無い様だ。

ご丁寧に、お茶と饅頭まで用意しているので、しばらく退くまい。
恐れたのは、その饅頭で買収されたな…

場所は頭に入ったので、次に庄屋自身の様子を探ることにする。

こうして屋根裏伝いに移動すると、この屋敷は想像以上に広い。

そして、そこに住み込み女中を含めて、事件に関係無い人間が多い…
乗り込むのは、難しいかも知れない。

そうこうして、主人の部屋に辿り着いた。
天井の板越しに話し合いが漏れている。
天井板の隙間から下を伺う。
〈五〉

天井越しに、気配を消して近付く。

どうも最近簡単に察知されてばかりなので、自信無くすけど、忍の本懐は隠密にあるのだ。

そっと様子を伺う。

見えたのは、庄屋の頭だけ。
取り敢えず、聞き耳を立てると、どうやら新しく雇い入れた用心棒との密談の様である。
グッドタイミング。


「とにかく、わたくし共としましても、困ってしまいまして…。
何せ相手の方が高名な宮本武蔵様ですからね…」

おいおい…困ったちゃんはお前ダロ!…と心の中でツッコミつつ、話相手が誰なのか伺う。

「相手があの宮本武蔵となれば、確かに一筋縄では行きますまい。
しかし、かの剣豪が何故に御身に害を成さんとするのか、拙者には想像出来ないで御座る。」

武蔵と比較しても、張りのある太い声である。
姿をここからは確認出来ないが、体格も良く、教養があり、健康な成人男性である。

直感で、出来ると判る。

そしてそれは、次の一言で、確信に変る。

「先程から上にネズミがいる様ですな。」

だが、庄屋の主人は動じることも無く応じる。
「御心配無く。ネズミ退治の為に、猫を飼っております」
「ニャア〜」


忍法空蝉…
では無く、リアルに後ろからその声は聞こえて来た。

振り向くと、三毛猫が既に臨戦体制になっていた。
〈六〉

本当にネズミ扱いかよ!!
「忍法口寄せ…」問答無用で飛び掛かって来る三毛。

チィ!

思わずまともに受ける。もつれて天井板を突破って落下する。

「ほう、随分大きなネズミが掛かったな。」
嬉しそうな庄屋はさておき、忍が天井から落ちて来たのを眉ひとつ動かさず。その成り行きを見守る浪人。

座して分かるその巨躯と端整な体付きはかなり鍛え上げられたモノと一見して分かる。
この者は…!

刹那、殺意の塊が、後ろから襲って来た。

躱すその場の畳に、障子を破って食い込む分銅。

その後ろに連なる鎖。

再び分銅が障子の向こうに消える。
狙い撃ちである。
おもむろに側にあった打ち掛けの裏に入る。

掛けてある羽織は良いモノらしく襟には羽根飾り付きである。

激しいフラッシュバックが走る。
最近何処かで聞いた?!

だが、それを考えている間も無く分銅の二発目が羽織越しに飛んで来た。

幸い丈夫な作りらしく貫通する事無く打ち掛けごと倒すに止まる。倒れる打ち掛けに合わせて、奥間に抜ける。

「一心殿、その辺で…
拙者の一張羅を破かないで頂きたい。」
浪人はあくまで冷静である。
一緒に掛けてあった襷を頂き、とにかく撤退。

後ろから舌打ちを受けつつ、廊下を抜けて塀を越えて脱出成功。

全く仕方あるまい。

塀を乗り越えて着地したトコロで意外な者と再会した。
〈七〉

「お主達!?」
何というタイミングなのか、紗世と伊織である。

警戒していたが、追っ手は無い。
あくまで迎撃に専念か。
まぁ、外で大立ち回りを日中にしでかせば、流石に人目もあるからな…

取り敢えず、警戒を解いて紗世達に向き直る。


「何だ、お主か。」と紗世。
「何だ、我らに先じて諜報してくれていたのか?」と伊織。

忍が相手先に乗り込むのに諜報以外になにがあると言うのだ?
どうも伊織とは仲良くなれないな…なる気も無いがな。

「お主達こそ、何故こんなトコロへ…」
拙者の質問は紗世の詰問でかき消された。

「その襷は?!」
拙者が先程去り際に拝借した襷である。

「これは今し方…イテ!」
問答無用で毟取られた。

「まさか、権之助様が!?」
そう。そのまさかである。

【夢想権之助が、庄屋に付いた】と言う事である。

状況はかなりマズイ。
紗世の頼みの綱である夢想権之助が、相手側に付くのは想定外である。

とにかく、一旦撤収して策を…って、紗世はとっくに走り出しているよ!
おそらく裏口から乗り込むつもりであろう。

伊織を見ると「やれやれ…」と言った感じで肩を上げると、追って走る。

せめて武蔵に連絡と思ったが、この際である。

とにかく紗世を追う。

〈八〉

紗世達が庄屋の屋敷の裏口に辿り着いた処で追い付いた。
どんだけ早いんだよ…

裏口はしっかり閉じていたのを既に確認済みである。
今度こそ拙者の出番である。
裏に壁越えて先に入り込んで…

「権之助様〜!」
って紗世は周り見えないよ!

きぃ。

アッサリ扉が開いた。
お〜い、拙者の出番無さ過ぎですが!

勿論開いた裏口からは出迎えではある筈も無い。
権之助が出て来るタイミングでも無い。

何より姿を確認する前から肌に感じるこの殺気…

ユラリと現われた男は見るからに剣客であるが、手にした得物は余りに歪で禍々しさを放っていた。


「鎖鎌!?」
伊織が抜刀する。

その刹那、破壊と殺意を纏った分銅が最前列にいる紗世を襲う。

ヤバい!!

だが紗世は、手持ちの杖を手前に縦に翳しおもむろに半
身になって相手から見て細い杖の裏側に入る様な構えを取り、一撃を躱した。

「杖の内に入りて霞む…夢想流霞の構え」紗世は正中線を杖で隠し、完璧な半身になって分銅を防いだのだ。

さっきまで「権之助様〜」とか黄色い声をだしていた同一人物とはとても思えない。

「ケケケ…お前もあ奴と同じ、棒使いか…」

不気味に笑う鎖鎌の男。
一撃を躱しても変化自在な分銅の攻撃は読み切るのは難しい。

さて〜果たして?!
〈九〉

鎖鎌と言えば、武蔵が破った宍戸梅軒という兵法者が居たらしいが、意外にも流派の看板を掲げ正当に伝承しようと言う風潮があるらしい。

拙者は元々忍者の使う暗器という認識だったのだが…

しかし、紗世の前に立ちはだかったコノ者の鎌は、そうした流れから考えても、凶悪と言えよう。

一尺程度の持ち手柄はご丁寧に握りの部分にガード用の金具が付き、本来鎌の部分は諸刃の胴太貫の様な刃が付いているのだ。

柄尻から伸びた鎖と分銅は、当たる物全てを粉砕し、太刀及びそれに類推される得物に絡み付き奪い取り、無力化する。

間合も自在なこの武具に打ち勝つのは容易ではない。

その分銅を音を立てて振り回し、確か逃げ出す際権之助が「一心殿」と言っていたか、男が間合を詰める。

紗世は「霞の構え」から動かない。

と、そこに割って入ったのが伊織である。
「鎌との対戦に置いては、義父上からその対処法を聞いております。」

その手には既に抜身の二刀が握られて居る。

「んっふっふっふ…梅軒が武蔵の二刀に敗れたのは既に周到。その対策が無いとでも思うたか?!」

言うが早いか、分銅が飛ぶ。
左手の小太刀で払う様に受ける伊織。
一心が手をかえすと絡み付く分銅。

武蔵は此処で残った刀を投摘によって倒したと聞き及んだが、伊織は違った。

何と、受けた小太刀を、絡んだ分銅諸共地面に突き刺し、柄を踏み抜いて、縫い付けてしまった。

すかさず紗世が杖の一撃を加える。一心はアッサリ昏倒した。

「私は義父上の様に太刀投摘の名手ではありませんからね。でも、ちゃんと考えていますから。」

〈十〉

二人掛りとは言えど、アッサリ敗れた一心という武芸者は伊織がその鎖鎌の鎖で後ろ手に縛り上げてそのまま入ったところの庭先に転がした。

どうにも例の阿片で中毒にされていた様である。
少なくとも、万全であればもう少し…いや、相当な脅威になっていたに違いない。

屋敷に入ると、先程拙者が潜入した時と同じく、余り警戒厳重と言う感じでは無い。

取り敢えず、お燐の救出が先決である。

「拙者がお燐の所に案内いたす。付いて来てくだされ。」
「伊織殿、どうやら案内してくれるそうだ。」
明後日の方向を調べようとしている伊織に紗世が声を掛ける。

「大丈夫ですか?」
お前程じゃないわい。

…と思った矢先目の前に例の三毛猫が廊下の真中に鎮座していた。
【第八章:太刀落】

〈一〉

「ニャア!」

どうもアノ三毛には足元掬われる巡り合わせらしい…

ヤバい!!と言う勘も空しく、仕掛け床の口が開き、我等は地下に掘られた穴に落とされてしまった。

全く一生の不覚である。

穴の深さは一間半はある。紗世と伊織が肩車をしても届かない。
四方も一間はあるので、手足を突っ張る方法も使えない。
垂直の壁は石垣で補強され刀通らず、継目も強固である。
枯れた古井戸を利用したなどと言う簡易な作りでは無く完璧に進入者に対しての備えと言う訳だ…思った以上にかなり以前から用意周到で狡猾に秘密を探る者などには容赦無くやって来て居るらしい。

どうも仕掛け含めて大袈裟過ぎる。
一介の庄屋だけの単独犯では無さそうだ。

役所に駆け込むといった安易な方策は元から無かったと言う事だ。
そういう事では今迄はうまく立ち回って居たと。

しかしここへ来て最悪の展開になってしまった。

何が最悪って落下した時拙者は怪我した。
紗世は怪我は無い様だが、打ち所は悪かったらしく昏倒してしまった。

「又してもネズミが掛かったようですな…」
〈二〉

仕掛け床の上から庄屋が覗き込む。

「おやおや、随分大きなネズミが掛かった様ですね」

「かような扱いを受けるいわれは無いですよ!」
突っ掛かる伊織だが、所詮遠吠えである。

「おやおや、貴方様は武蔵様のお連れの…」
「息子の伊織でござる!何故に…」
「ほっほっほ、家宅侵入に、我が家の客人を襲って置いて、何故に…はありませんでしょう?」
「正当防衛でござる!」
「聞こえませんな。
それより、例のモノを持って来てくださいましたかな?」「割札の事であるか?!此処には無いぞ!」
「ほほう〜そこまでご存じとあらば、お出しする訳には行きませんな。」
「何だと!?」
仕掛けが閉じて暗闇に包まれた。

…コノバカ正直者が…
まんまとカマ掛けに乗せられて、現状を全て話ちゃったよ…状況は更に悪くなった。

拙者は怪我で猿飛の術が使えない。
内開きの仕掛け扉はこちらからは手が届いたとしても開けるのは難しいであろう。

武蔵が駆け付けたトコロで、我等が此所に捕らわれていることを伝えるのは難しい。

さて…

「う、う〜ん」

紗世の意識が回復した様である。
〈三〉

「こ、此処は?」
目を覚まし、辺りを見回す紗世。

「地下に掘られた仕掛け穴のようです。
面目ござらん、相手の術中に陥ってしまったようです。」かしこまって答える伊織。

更に手の内を知られ、状況は最悪である…とは言わない。
「脱出は不可能の様です…」周りを暗闇に慣れた眼で見渡せば、白骨が無数に転がっている。

「あ、安心して下さい!義父上がきっと助けに来て下さいます。」

「武蔵様には行き先を告げておりません。確証が無いまま迂闊に動いた我等を助ける為に乗り込む様な事はしますまい。」

「そ、そうですか…ね?」

冷静な紗世のツッコミに慌てる伊織。

まぁ、動くとしても、我等が庄屋に捕らわれたと推測するのに、最短一日明けて何も連絡が無ければ、武蔵としても動く可能性はあるが、確証も無く乗り込んだとて、庄屋はしらを切るであろうし、無理に踏み込めば、同じ様に罠にハメられる可能性もある。

…分は悪い。

「少し待ちますか。」
紗世は余り困った風でも無く、しれっと言ってのけた。

「え!…いや、あの…」
うろたえる伊織。

「大丈夫です」





……

…………。

沈黙が訪れた。
〈四〉

沈黙による上への意識集中。
気配があれば、何らかのアクションを起そう…と言う事なのか…しかし、紗世にはそんな素振りは無い。

もっとも、紗世との出会いを思い出せば、無理な集中など必要無いと言えよう。

先程から座禅を組んだり、立って天井を凝視したりしていた伊織が遂に根負けしたのか、胡座をかいて脱力してしまった。

戯け、忍は忍ぶと決めたら、十日十晩でも不動で忍ぶぞ!
「紗世さん、せっかくなので、お訪ね申す。」
黙って居るのも飽きたらしい。
まぁ、怒鳴ったトコロで声は漏れない様になっているであろうが…やっぱり未だガキだなぁ〜

「何でしょうか?」

「紗世さんにとって、夢想殿はどう言った方なのですか?」

うわぁ〜随分直球な質問だな!!(笑)
もしかして、それを聞くか否か悩んでいたのか?!

…まぁ、拙者も是非聞きたい。

「私が宝満山竈門神社に仕える巫女であることは既にお伝えした通りです。

夢想様は神道流の剣士としてそれなりに名を通した方でしたが、剣に置いて武蔵様に挑むも及ばず、単身宝満山に籠り修行をされていました。

単身修行と言われても、山を領る竈門神社としても放置は出来ません。

そこで、私が見取りを…いえ、監視を命じられました。」
「宝満山は霊峰としても、その名を伝え聞きます…しかし、義父に敗れてから随分と経ちますが、よく諦めずに…」
その我慢とそれを支える執念は少し見習った方が良くないか?

「武蔵様の二刀は、そのくらい夢想様の心を捉えて放さなかったのです。

私が見取る様になってある日、私の身に御神託がありました。」



【丸木を以て水月を突け】

〈五〉

「丸木を以て…」
伊織は少し考えるようにしてから、突然理解したとばかりに手を叩き、立ち上がって興奮して捲し立てる。

「夢想殿が創始されたと言われた紗世さんが使う【夢想流杖術】は、紗世さんから夢想殿に神託として伝えられたと言う訳ですか?!」

「そうです。

夢想様はその時祠でお休みでしたが、神託は時も場所も選びません。
聞き逃せば、それはそれまでです。

しかし、夢想様はその神託をしっかり受け止めて、杖術を大成されたのです。」

【丸木を以て水月を突け】か…残念ながら拙者には今一つ分からないのだか…開眼のきっかけ等そんなモノなのかもしれない。

「私はその時から、ただの監視者では無くなりました。

そう語る紗世はデレデレである…
ハニカミながら頬を紅く染めているのが、この暗闇の中でも判るくらいである。

「でででは、紗世さんが仕える山を降りて京迄来て…の理由とは…」

伊織は一体どんな想像をしたのか…まぁ、拙者には手にとる様に伝わって来るが(笑)
仕方あるまい。この紗世を見たら、誰でもそう思う。

「神託がありました。

但し、それは夢想様にでは無く、私に対してでした。

ふふ。」

ふふって!なんだよ!?

と思ったら、隣りで伊織が悶絶してるよ!!(笑)

〈六〉

「さて、おしゃべりはココまでの様です。」

紗世が宣言すると、上の方からドスバタと騒音が…
どうやら、誰かが乱入し、暴れているようだが…
まさか武蔵が駆け付けたのであろうか?

「権之助様!!」

紗世が絶叫する。
しかし、この位置から上へは残響音も石壁に吸われて上には…

仕掛け床がドカンと音を立てて開いた。

何故!?

…そして気付いた。
そうである。紗世と出会った時に、彼女は隠れて様子を伺う拙者に掛けた技…

「口寄せの術」

彼女はおもむろに昔話をただして居たのでは無かったのだ。

夢想権之助にメッセージを送っていたのだ…。

「よう、紗世殿。

久し振りであるな。

この様な再会は驚くばかりだが、元気そうで何よりでござる。

一緒にいる方々は紗世殿の仲間であるかな?」

おもむろに上げた右手には庄屋が襟首掴まれてぶら下がっていた。

「おぬしの言うネズミとやらは、拙者の連れであるが、そこのトコロは説明頂けるかな?
見れば、多くの骸がある様だが…一々聞くまでも無さそうであるな。」

何と言う呆気ない幕切れであろうか。
紗世はこのことさえ分かっていて罠に飛び込んだのか?
ここまで出来過ぎだと、そもそも夢想権之助と共謀しての潜入捜査では無いか?と疑いたくなると言うもの…

紗世を顧みると、彼女は少し笑って

「お告げのお陰」

と言った。
【第九章:雷打】


〈一〉

広大な京の街の一部とは言え、庄屋が役場と癒着して大陸との密貿易を行なって、阿片密売で多くの一般人を巻き込んでなおかつ暴こうとする者を秘密裏に謀殺するなどと言った大騒動(スキャンダル)は流石に御上が動いた。

天皇御所の御膝元というのも大きく影響した。
過分に公家の一部堕落した家系の処罰も(これを機会とばかりに)断行された。

我等が動いただけでは、例え状況証拠が揃ったトコロで、揉消されたであろうが、宮本武蔵て夢想権之助の名は無視出来るものでは無かったらしい。

結局権之助は、様々な手を使われて阿片を処方されたらしいのだが、全て看破して殆ど口にしなかったらしい。
まぁ、庄屋屋敷に逗留した期間も短かったのは幸運だったのかもしれない。

紗世の口寄せが決定打になったが、誘われるがままに屋敷に入った瞬間から怪しいと思ったらしい。

「正気を失って居る者が見受けられたからな。

いや、屋敷にでは無く、街にである。

半径を絞って行くと、ココに辿り着いた。」

では、最初から潜入して内から探るつもりだったのであろうか?
伊織も同じ疑問だったのか同じ様なことを聞いて居た。

「ただの偶然…でもないのかな。
紗世殿と再会は本当に驚いたが、拙者にはひとつの目的がある故に、此所を目指して来たとも言える。」

「それは…やはり」

少し動揺する伊織に権之助はハッキリと答えた。


「左様。宮本武蔵殿と立ち会う為でござる。」
〈二〉

「あ、あの…権之助様。」
しおらしくハニカミながら紗世が権之助に声を掛ける。

全く信じられ無い光景と言える。
正にツンデレ。

「うむ、紗世殿、久しゅうござる。

かような可憐な乙女になろうとは、この権之助、想像もつかなんだ。

宝満山にて修行して居る時に、拙者に付きまとって居た時にはほんの童子かと思って居たがな…」
がははと笑う権之助は紗世の気持ちに果たして気付いているのであろうか?

先程から伊織は、納得いかなそうな、しかしどこと無く隙の無い立ち振る舞いに自分の義父である武蔵と同じ気配を感じ取ってか、黙っている。

「権之助様。紗世は…」

「うむ、武蔵殿と立ち会いの段取りを付けて下さったのであるな。
誠に感謝でござる。」

いや、違うだろ…気付いてやれよな…
〈三〉


朴念仁の権之助にイライラしつつ、伊織を見やればそちらは成り行きにハラハラの様子。
なんだかなぁ〜と思ったが、一人の乱入により、空気は一変した。

「久しゅうござるな、夢想殿。」

「ご無沙汰でござる、武蔵殿。」


庄屋の一騒動は、街の腐敗と共に一応の落ち着きを見せた。

その事件と一部の人間の働きが、今、この邂逅を促した。
この様な事件が無くとも、二人の因果が深ければ、いずれ巡り逢い、決着を導き出すであろう。

しかし、事件は起きた。
引き寄せられる様に二人の剣豪はこうして出会った。

そして、その場に拙者が立ち会えた事に、因果を感じずには居られない。

【拙者の任務のタメにも】

この対決は、此所で起きる事に必然があるのだ。

〈四〉

京に入って最初に訪れて、結果、活動拠点となった神社境内。

静かな夜明けの朝霧の中、触れれば切れそうな、しかし荒々しく無く、漂うその霧の如く、だが確かにそこにある殺気…いや、達人のみが纏うことが許される闘気が、相対する二人の間を埋める。

一人はこの時代に、いや、古今東西、そして未来永劫敵なしと謳われる剣豪…

名を【宮本武蔵】

一人は乳切りの長さの杖を持ち、金彩きらびやかな羽織を背に立つ巨漢。

名を【夢想権之助】

ココ迄来て今更言う訳では無いが、当人では無く紗世と言う巫女ひとりとって見てもその手に持つ杖から繰り出される技は、目を見張るものがあるに違いない。

緊張と共に、巡り逢いで此処に立ち会えた事を感謝せずには居られない。


二人は、元からそこにある銅像の様に動かない。

静かなせめぎ合いが拙者には感じ取れないまでも、起きて居る事は容易に想像出来る。
拙者は、そんな中にあって、我主人を、その命である任務を思う。

「宮本武蔵を監視し、その人となりを観察。我が藩に禄を持って迎えるに値する人身か見極めよ」

また、

「武蔵にその資格無しとする、又はソレを超える資質と器を持つ人物と巡り合えたなら、監視は武蔵に限らず見極めて報告すべし。」

二人の対決結果は、拙者にとっても非常に重要な試金石と言えよう。

さぁ、いざ…
〈五〉

朝焼けが東の空を焼く中、遠方の山の裾に僅かに掛かる黒雲に光が瞬く。

遅れて天に響く空気が焼き裂ける音響。

これから起きる波乱を暗示するかの様な雷鳴…

おもむろに武蔵が口を開いた
「息子伊織から夢想殿のお弟子の巫女殿が如何に優れた技を使うか伝え聞いて居るが、何故剣に置いてアレだけの才覚を持ちながら太刀を置き、かような細木の杖にて一派興そうと思われたか?」

「全てを話すには、少し時間が必要でござる。

…強いて言うなら【天啓】があったと。」

「左様か…」

武蔵鯉口を切ると抜刀して構える。
剣士が相手と語るのは言葉では無いのだ。
【第十章:正眼】

〈一〉

抜刀した武蔵は一回り大きくなった様にも見えた。
だが、特に改めて殺気が膨張した訳でも無ければ勿論実際武蔵が大きくなった訳でも無い…

いや、自然体に立つ状態から太刀を抜き、正眼を制した構えになったのだ。その姿勢に些かの歪みも力みも無い穏やかなものであっても、その間合に入れば必殺であることは言葉に置き換えることは出来ずとも【体中の細胞が感じて居る】ことを考えれば、大きくなったのだ。

それに対して、夢想権之助は特に構えをとるつもりは無いらしい。
いや、紗世が見せた杖の技の数々は、構えを限定していない。

千変万化。

伊織から幾つかの技については、武蔵に伝わっているであろう。
だが実際に武蔵自身はその妙技を目にはしていない。

未知の技と対決する時程、対応に困る事は無い…武蔵は正眼に構える事で、間合はひろがったが、必殺はその刃に集中したことになる。

抜刀したことで、間合を広げたことで、逆に限定されたのだ。


武蔵はそこに気付いてか、構えを変える。
ゆっくり小太刀を抜く。

大小の二刀。

それこそ宮本武蔵の名を不動のモノにした二刀流。

権之助は、一太刀合わせる事も無く、武蔵に奥の手を出させた事になる。

先に動いたのは、権之助であった。
〈二〉

辺りは雨雲に覆われ、雷鳴も近くなって来た。
武蔵は立ち会いが養子の伊織のみ。
一方の権之助側も、紗世のみである。

世紀の大決戦は、場末の神社の境内でひっそり始まった。

先に動いた権之助は、無造作に間合を詰める。

武蔵は応じて左手に持つ小太刀を正眼に構え、右手の太刀を上段に被る。

小太刀で間合を制して、そのままなら当然一刺し。払えば右手の太刀でバッサリ。

攻防一体の構えと言えよう。
対して踏込んだ権之助は右手に無造作に杖の中ほどを握って下げているだけ。

間合に入る瞬間、権之助は左手を右手に持った杖先に掛けると、そのまま体を捻りつつ武蔵の小太刀を腕ごと払う様に打ち据える。

武蔵は特に逆らわずに打たれた左手を上体ごと流して食らい、その反動を利用して上段に被っていた太刀を一気に振り下ろす。

打ち据えた姿勢の状態から体制を戻して居ない権之助は、振り下ろした杖を払い上げてその太刀をいなす。

両の太刀を払われて武蔵の胴から上が開かれて隙となる。
権之助は払い上げた杖で八相に被って万全の構え。

「むう」
唸る武蔵。
だが、広がった両の手の太刀は死んでいない。

それも承知で権之助は顔面に打ち込む。
杖の間合は手元の持ちを変化滑らせてそこから伸びる。

それでも半歩更にに下がり、ギリギリで躱す武蔵。

一進一退の攻防に見受けられる。
しかし顔色は圧倒的に権之助の方が悪い。

果たして?
〈三〉

権之助の杖は僅かに外れる。

刹那の攻防だが、終始攻めているのは権之助である。
武蔵の構えに、初動を与えず先の先、動きを誘導しての後の先を制しつつ、だが、最後に詰めきれなかったのだ。

言い換えれば、武蔵はそれらの技を受けてなおまだ上を行っていることになる。


打ち込んだ杖先をその場に残せば、今度は武蔵の小太刀がそれを払い、大太刀が権之助を分断するであろう…

しかして権之助は渾身一擲の打ち込みを外されてその場に杖先を残す愚は犯さなかった。
杖先を地面に着けるまでそのまま打ち込んだのだ。

この事で杖を払われて仕舞うことは無い。
しかし、打ち込んだ姿勢は当然頭部を晒す結果になる。

俄然不利に代わりない。

だが、それに応じた武蔵の所作は、拙者の上を行っていた―!

〈四〉

やや前屈みで杖先を地面に着け、頭部を晒す権之助に対して、武蔵は大小を降り下ろす事をせず、権之助にに応じる様に左右から大小の太刀で杖先を抑えて来たのだ。

成る程、晒した頭部にもし太刀を大小ともなく斬り付けたとしても、下から払いあげられれば再び権之助有利である。

杖先を制しつつ武蔵は一気に間合いを詰める。既に太刀の間合いである。

権之助も応じて抑えられた杖先で無闇に抵抗せずに引き付ける。

太刀の間合いであるが、武蔵の次の一手の前に杖を手中で滑らせそれまで杖尾だった部分を杖先に変え武蔵の頭部を打つ!


武蔵、下段から攻めた両刀を頭上にかざしてその一撃を受ける。


それまで傍観を決め込んでいた伊織が初めて反応した。
「義父の勝ちだ!」

〈五〉

権之助の反撃は武蔵の頭上にて交差した二刀にガッツリ受け止められていた。

元より武蔵の誘いに乗ってしまったのかもしれない。

思わず立上がり、養父の勝ちを確信して叫んだ伊織。
「二天一流十字留…前回権之助殿を破った技でござる!」

その言葉が正しいのか…武蔵と権之助の動きはピタリと止まってしまった。




朝霧が晴れて眩い朝日が二人を差す。

小鳥の囀りが聞こえる。


朝日は武蔵の後ろから昇り始めた。

武蔵は天の理、地の理、時の理を利用する事を常に気を配ると言う。
今拮抗する二人の間は、僅かな要素で簡単に崩れるであろう。

そして、その隙を武蔵は逃すまい。

開始の時刻も互いの立ち位置も、元より計算されていたのであるなら、豪快無比な語り口からは想像も付かない程の繊細緻密な戦略家であることがここに証明されたことになる。

我主人に成果として報告するに値する成果である。



それから如何ほどの時が流れたであろうか?
朝日は中空まで昇り、武蔵の巨漢をそのまま盾にして直射日光を避けて来た権之助にも避け様の無いトコロまで来た。

稲光をたたえた雨雲は山間から広がることなく止まっている。

果たして…
〈六〉

お互い一歩も引かず退けず、だが刻一刻と武蔵に有利になる中、座して沈黙を貫いてきた紗世がすっと立ち上がる。

「権之助様!そこで水月!!」

その言葉に何の意味があるのか?
そんな疑問が浮かぶより早く権之助は動いた。

武蔵も僅かな反応をみせるが、それが隙になったか否かは分からない。

権之助は一気に間合いを詰めつつ武蔵の十字留をそのまま押し上げ密着、そしてその一手が決着になった。


「ムウ…うむむ、見事」
構えを解いて下がる武蔵。

その前には方膝を着き、水月にそれまでの持ち手を僅かにずらして掲げ、半身で突きの姿勢で留まる権之助。

「……」
技を極めた本人さえもその驚きを隠さない。
「その技が故にその杖なのでござるな…」
水月を抑えてなお健在の武蔵は既に太刀を収めて臨戦体制を解いている。

権之助の勝ちである。
【第十一章:乱留】

〈一〉


「きゃ〜!!」
突然の黄色い声に面食らう。

「権・之・助・様〜!!」
シリアスな雰囲気ぶち壊しである…勿論声の主は固まる権之助に抱き付く紗世である。

「ちょ、紗世殿、うら若き乙女が…」
慌てる権之助をモノともせず紗世は畳み掛ける。
「紗世の神託、お聞き下さいましたね!」

「…」

神託だと?

そうか、紗世の突然のあの言葉は単なる助言では無かったのだ!
少し考えたら判る様なモノだ…紗世は此処に来た目的は「神託があった」と言って居た。
拙者はその時拙者自身がその真の目的を明かさなかったと同様に、紗世も竈門神社を降りて京に入ったのは「神託にある目的が別にある」と勝手に思い込んでいたが、天啓神託の類がそれ程具体的である筈も無い。
神託は「京に上がれ」程度で、そこから先は無かったのかも知れない。

ただ、その後「人を探している」とも言っていた。
権之助が絡んでいることも承知していて、再会も望んでいたに違いない。

旅の途中、牙神との絡みで、行き先にあの宮本武蔵がいることも確信した紗世は、間違なく二人の決着があると踏んで、動いたのだ。

〈二〉


「紗世殿、少し離れて頂けるかな」

ヒョイと両脇に手を差し入れて紗世を持ち上げ、脇によける。
完全子供扱いに紗世はウレシはずかし怒りで顔色がクルクル変わっている。

しかし、権之助が立ち上がってしまえば、その身長差で、幾ら纏わりついてもやっぱり子供が戯れて居る様にしか見えない。

何かが色々壊れる音がする気がする…

特に伊織は、義父の武蔵が敗北宣言をしてから放心していたが、その紗世の究極のデレブリに膝を着いて凹んだまま立ち上がれない。
おそらく、コノ勝負で一番ダメージ絶大だったのが、伊織であろう。

権之助はそんな状況さておきな感じで武蔵に向き話だす。
「聞いての通りでこざる。
拙者が武蔵殿に打撃を加えること叶ったのは、この杖術を編み出したと同じく、天啓でござった。

拙者の実力を持ってしてでは無い。

故に、無効試合としたい。」

「な、何言って居るのですか権之助様〜?!!」
突然の権之助の申し出に紗世は錯乱する。

そして武蔵は…
〈三〉

おもむろに武蔵は着衣の懐を引きちぎり開く。

水月(鳩尾)の位置に丸く痣が浮き出ている。
「此れをご覧召されい。
権之助殿の技の精度と威力を物語る何よりの証拠で御座ろう。

巫女殿を通じての御神託、確かにあったのかも知れぬ。

だかこの印、実体無き神の御詞が如何に崇高なモノであっても現実としてこの武蔵の体に刻むことなど出来る訳もなく、まごうことなく権之助殿の技。

拙者とて、日の出を背にし地の理を我が技の一部として挑んだのだ。

ソレを権之助殿がもしソレが理由に敗れたとしても卑怯とは申すまい。」

「そうですよ権之助様、勝つためにあらゆるモノを利用するのは勝負の鉄則です!」

「いや武蔵殿、地の理、時の運、人のありしを全て持ってして勝負に挑むのは拙者とて理解しております。
だが、今回の神託は拙者の力及ばないところからの助力に外ならず、実力とは言え無いかと…」


「ふ、ハッハッハ…」食い下がる権之助を武蔵は笑い飛ばす。

「それこそが時の運を呼び込んだ結果で御座ろう。

拙者が納得しておるのだから気にする必要なかろうが、まぁ、そこまで言うなら再戦は一向に構わんが?」

敗れたと自称しながら不敵な武蔵。
だが、既に体からは隠しもしない殺気が滲み出している。

権之助もやや半身にて杖を構える。

「ふん、対策無しに挑むのを連続は辛いな。
二度は先程の技は食らわんが、互いに消耗が過ぎたとは思わんかね?」

ニヤリと笑う武蔵に権之助も応じる。

「未だ突き詰める余地が拙者にも有りそうで御座る。

再戦はまた後日」

「そうなれば、飯の時間であるな。」

うははと笑い合い社に戻る両者に先程迄の真剣勝負の肌チリチリ焼け総毛立つ雰囲気は微塵も無い…

むしろ立ち合った伊織と沙世の方が精神を削り取られた様で、立ち去る武蔵と権之助を力なく見送っていた。

勝負の終わりである。
【第十二章:乱合】

〈一〉

先程迄空の一部に顔を見せ、稲光を放っていた暗雲はそれ以上辺りを暗くすることなく薄く拡がり日の光が差すなか小雨を降らせ始めた。

その雨に濡れながら立ち竦む紗世と伊織。

西の空に大きな虹が掛かる。

未だ師であり養父であり、大いなる目標であった宮本武蔵という剣豪の敗北宣言を受け入れられず呆然とする伊織。

かたや導きに依り神託を伝え、想い人に勝利をもたらした神託の巫女であるその諸行を、勝敗の辞退と言う形で否定されてしまった竈門神社の紗世。

共に頬を濡らすのは小雨だけではあるまい。

「虹が綺麗で御座る」
おもむろに伊織がつぶやき、傍らに立つ紗世に向く。

「今回の試合の結果の暗示でしょうか?」

紗世はツと虹を見上げて初めてソレを見たように目を細め、濡れた雫が光る中に天女の微笑を浮かべ、トンデモ無いことを口にした。

「伊織様、私達の決着を」
〈二〉


虹を見上げたまま一瞬、紗世の言葉に硬直した伊織だったが、ふう、と一息ついてから視線を紗世に戻し、穏やかに言った。

「いいですよ。」

「結構ですこと」

既に戦闘体制と言わんばかりにその手に杖を持つ紗世。

「ひとつ、条件があります」

伊織は試合用に木刀を取ることもせず、おもむろに抜刀する。
つまり真剣勝負なのだ…いったい何を条件にしようと言うのか?

「私が勝ったら…」

「既に勝ったおつもりですか?」
紗世の声は厳しい。
…先程の勝敗にこだわる理由が何か有るのだろうか?

「…勝ったつもりではありません。
しかし、勝つつもりです。
私の決意をこの剣に賭けて真剣勝負としたいと思います。

元より紗世さんもソレをお望みのはず。
受けて立ちます。

ですから、私の決意と引き換えにお願い申し上げたい」

「承知しました。
伊織様がそこまで私の想いに応じて下さるのなら、お聞きしましょう」

「不思議なモノですね…散々言いあぐねた言葉も、命と剣を賭ければ言い淀まずに済みそうです」

そう言った伊織は長さの余り変わらない大小を抜き放ちながら言った。

「拙者が勝ち、紗世さんが未だ存命なら、嫁に迎えたい」

「…」

一瞬面を食らった顔をした紗世だったが、少し哀しみの表情を浮かべ、だが納得したように頷いた。

「その条件、どれだけ無意味か分かっておいででは無いようですが是非もありません。お受けしましょう」
〈三〉


二本を抜刀して何気にその剣先をダラリと垂らして佇んでいる様に見える伊織だが、以前の様な油断も傲慢も無い。

直前の権之助と武蔵の立合いを見て、当然ながら感じるところが大いに合ったのであろう。

武蔵の圧縮されたような闘気を孕んだ迄のモノで無くとも、少なくとも拙者の目からは隙が無いように見える。
大した成長と言えよう。

片や後数寸でその太刀の間合に入ろうと言う傍らに杖をやはり何気無いように真ん中を持って佇む紗世も冷静ソノモノである。

よく知った冷静な巫女がそこにいた。

「では…」
〈四〉


拙者又吉から見て、権之助の杖術は後の先、つまり相手に応じて動くが基本である。

相手の技をを封じると同時に自分の技を掛けて制する、一見何の変てつもない丸木の杖ならではの特性を見事に活かしている。

だが、一見ただの杖が実際その通りのモノで、仕込もなくただの白樫である以上、触れれば必殺の刀とはその特性が違い過ぎる。

創始者たる夢想権之助は言うに及ばず、この目の前に佇む美しい巫女、紗世がその天性の使い手であることも実際見てきた。


…が、だとしても。

それでも、特性不利に加えて相手は仮にも剣豪宮本武蔵が実力を認めて養子にとった伊織が二天一流、その本質である二刀をもってして対するのである。

正直、勝てない。

忍として数々の任をこなして来た拙者の本質は潜入観察である。
その拙者の見立てである。

当の本人は気にしていない様であるが、それも含めて理解していないとは思えない。

となると、それらを含めて秘策があるのであろうか?

伊織もそこを警戒してか、寸分の間合を潰すことも切ることも出来ず、まんじりと動けない。

何より、勝負を仕掛けたのが紗世である。

果たして?
〈五〉


どれだけの間、二人はにらみ合いを続けたであろうか。

遂に伊織が動いた!
と同時に紗世も動く。

その動きに軽い既視感を覚える。

…!!

激しい技の応酬。
その一つ一つがそう、直前の武蔵と権之助の技の応酬と寸分違わないのだ!

偶然?

…いや、あり得ない。
良く視れば、武蔵と権之助と、伊織と紗世では体型、間合いは違う。
しかし、その差を全く感じさせない互いの補正が技に合わせて意識、無意識に行われている様だ。

そして、最後に伊織が十字受にて紗世の杖を受けた。

さっきは、ソコで権之助に対しての紗世の神託があって決着したのだ。

果たして今回は?!
〈六〉


「引き落とせ伊織!」
「かち上げよ紗世殿!」

拙者の背後から怒号が飛ぶ。
びっくりして飛び上がってしまった。

いつの間にか武蔵と権之助が背後に立ち、二人の立合いを見ていた。

最終決着の対策は相互にあった様で、声を掛けてから互いを見合い、ならばと
「いや、体をひねり突き落とせ」「うむ、ならば体を入れて張り付け」「そう来るなら刃を返して引き斬れ」「そこは体を更に入れ込め」…勝手に想定立合いをはじめてしまった。

当の伊織と紗世は十字留で受けた形のまま硬直してしまっている。
そして…「ぷ」と二人で吹き出し、

「ふふふ…」
「ははは…」

互いに技を解き納めてしまった。
何だか良かったのか良くなかったのか…

「紗世さん、やはり貴女はとても素晴らしい女性です。美しく聰明でしかもお強い。
先程は思い返すも恥ずかしい申し出を突然にしてしまい、不快に思わせてしまったかも知れません。
お許しください。」

あ、伊織、諦めて一歩引いたよ…

当の紗世は特に意に介した様子もなくニッコリ笑って言った。

「お気になさらずに。
実はここに神託あって訪ねる事になった際、更に二つの条件がついていました。

一つは『その時に必要な追加の神託』

これは権之助様と武蔵様の立合いで成された『水月』と言うモノ

もう一つは、『神託を成し、試練に打ち勝った者と私が結ばれる』というモノです。

権之助様が勝利を受け入れないと申しましたので、それがつまり私との縁を拒絶と捉えて動転して仕舞いましたが…
よく考えれば権之助様が武蔵様に一撃を与えたことこそ試練に打ち勝ったということ。

伊織様と改めて立合いましたのは、神託の再現を試みただけです。

結果は変わりませんでした。改めての神託はなく、『私の勝ち』でした。


ですから、伊織様の申し出は無理と申し上げました。


凍り付く伊織。

唖然とする権之助。

からからと笑う武蔵。

「お待ちください紗世さん、神託の件は納得行かないまでも理解しました。
しかし、紗世さんの勝ちとはどうにも解せません!」

「お前が負けたからだたわけ者」
武蔵が呆れるように言う。

「ワシが声を掛けた時、既に勝敗決していたのだ。あの声に対応できなかった時点でお主の敗けだ。」

「し、しかし…そんな」

〈八〉


「あの後で権之助殿とワシは社に戻り、立合いの再考を試みてみたのだ」

武蔵はニヤニヤが止まらないと言った風情である。

「実際権之助殿の理合は素晴らしいな。結局最後の一手に至るまで互いに極め手にかけた。

まぁ、頼みもしないのに、ご丁寧に再現して見せたお前達が一番分かっているだろうがな…

権之助殿の杖な、これは『十字留破りの道具』なんだよ。

神託と言ったが、蓄積のない者が耳にしても只の戯言だ。

ソレは既に体の中にある流れをあるきっかけで発露するモノなのだ。

お前がワシの声に反応出来なかったということは、お前の中に対応の選択肢が無かった」
「では、では…」
唖然とする伊織に武蔵は追い討ちする。


〈九〉


「伊織、お前は実際大したモノだ。若さゆえの吸収力、発想力、判断力。

どれをとっても万人に無い才能だ。」

武蔵の言葉は続く。

「だか、一つ足りないモノがある」

「父上、それは」

「そうだ、経験だ。」

そうなのだ、結局この天才青年剣士は経験が足りていないのだ。
知識を越えるものというのは厳然として存在する。

考えるより感じる、思考するより行動する事が必要なときが沢山あるのだ。

「で、では、私は紗世殿に経験で劣ったと言うことでしょうか?」

「経験の差は、年齢の差にはならんよ」

いったい、紗世はどんな経験を積んでここに立っているのか…

見上げる拙者の視線に紗世はニッコリ笑って応じる。

分かっていたのだ、忍たる拙者からも彼女が距離以上に遠い存在であることに。

そもそも忍が忍ばずこうして調査対象に普通に接してしまっているこの不可思議な現象に一体何の因果が…

だが、目的は達せられた。
【終章】

〈一〉


宮本武蔵と夢想権之助の対決に決着はなかった。

だか、次世代を担う双方の弟子の対決は夢想流と言うべきか、その杖術を身に付けた紗世の勝利と言う形で決着した。

この場に拙者が居合わせた事実は、単なる偶然では無いと確信する。

そう、拙者の任務は宮本武蔵、又はその養子伊織の人となりと剣術の見極めである。

その目的は我らが仕える黒田藩に仕官勧誘である。

まぁ、その交渉は拙者ではなく、正式に藩の役人が行うであろう。

しかし、今回報告し、仕官推挙の手配を願う相手は指名のあった宮本武蔵ではない。
将来楽しみな伊織でも無い。

「夢想権之助」

拙者が見たことはすべからく報告し、黒田は武士だけに留まらす広く伝承可能な杖術を手に入れる事になるだろう。


既にあの後で武蔵達と権之助達は別れ、それぞれ道を歩み始めている。

拙者は迷わず権之助と巫女の紗世の奇妙なペアに同行している。

いずれ先行して我が主の元へ走る事になるだろう。

「ふふふ、お主は宮本武蔵が目的だと思っていたが、それは変わったのかな?」

紗世が拙者を見やって語る。

「紗世殿、先程から気になっているのだか、一体【誰に】語りかけているのでござる?」

拙者の動きが止まる。

「拙者には其所には…」

「勿論分かっていますわ権之助様。」
紗世は特に動じた風もなく応じる。

「其所に居るのは…」










「…猫です。」

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