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原秀行コミュの思ひ出(初めての方はこちらにどうぞ)

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在籍した時期(支障のない範囲で(゜ω゜) ニャ?)や原先生との思い出をどうぞ。

コメント(21)

89−90シーズンに本校LEクラスに在籍していました。
本科の「英文法B」で原先生にはお世話になりました。
この他、「基礎英語」「総合英語」を単科で受講してました。
(似たような内容だったので、基礎英語は2・3学期からはやめましたが・・・)
夏も冬も原先生一本の受験英語でした。もう完璧な信者。

講義は録音禁止でしたけど、コッソリ録音したましたねw
なつかしい…(爆)。
86年頃、私大文系(早慶)のクラスの英語がこの原先生でした。

「父親3浪、母親2浪…。生まれた子供が潮田五郎〜!」
ってのを今だにおぼえております…。

当時のテキスト、まだ持っているので、ひさしぶりに開いてみようか…。
先生のギャグをたくさんメモってた記憶があるので何か変なこと書いてあるかもしれません(笑)。
こんなCommunityがあったなんて。。。
原先生の授業は単科で取っていました。いつも一時間ぐらいは席取りで並んでいましたね〜。

先生は独、仏、西、伊に堪能でたぶんロシア語あたりもいけたのではないか。とにかく語学に関してはプロ中のプロ。英語が全然わからなかった僕に目覚めさせてくれたのが原先生です。これまで仕事で英語を使ってきていることを考えると、一生忘れてはならない先生です。テキストの最後にあった「入試に出るかもしれない英単語2525(にこにこ)(訳してカモ単)」は今でも使っています。入試だけでなく、英語という語学をやっていく上で重要な単語を並べていることに感謝しております。
また、クラシック音楽や美学にも、とかく強い関心をもっておられたように思います。

昨年、代ゼミの本科のパンフには先生の名前があったような気がしますが、今はおられないようですね。どこに行かれてしまったのか。。。語学の恩人にまたお会いしたいところです。
mixiに入ったばかりなのですが、原先生のトピックまで
あるとは感激しまくりです。

私は1988年に代々木校で単科ゼミを受講していました。
基礎強化ゼミで月曜日17時からだったような気がします。

少しでもいい席を取るために1時間前くらいから並んで
いた記憶があります。
階段下にあった店でヤキソバ買って食べてたりしたなあ。

1度だけテキストの誤植を指摘するために講師室にに行って
話をしたことがありました。
「おお、ホントだ。ありがとう」
みたいなことを言ってくれて感激したことを覚えています。

分厚いテキスト、もうなくしてしまったのが残念です。
はじめまして。こんなコミュニティがあるなんて、感動です(笑)
私は、1991年に代々木校で単科ゼミを受講していました。
原大先生元気にしてますかね!
英語勉強してたというよりは、先生の毒舌やギャグばかり吸収してました(笑)
「and」があったら「最終回」「so」があったら「that」を探せ等、名言が多くいまでもしっかり覚えてます!!

第一志望合格して、先生のところに挨拶行ったら、とても嬉しそうな顔してくれたのが印象的でした。
今苦手だった英語また勉強したいなと思っていますので、もしチャンスがあれば、もう一度先生の授業聞きに行きたいな〜

牛尾徹朗先生は、元気かなあ。受講人数も少なく、地味な先生だったけど、単科講座は問題レベルも的確で、板書も綺麗だったし、説明も的確でよかったなぁ
初めまして。

昭和62〜63年にLF(早慶上智文系・文教育外国語クラス)に在籍していた者です。LFに来ていた講師で、受講してカルチャーショックを受けたのは、土屋さんと田村さんと原さんでした。3人とも直前講習まで大分お世話になりました。あと、LFに来ていたわけではないのですが、人伝に聞いて潜りに行って、感動してその後、1/3は正式に受講したのが宮尾さんでした。

私の英語は文法が原さんによって、読解が宮尾さんによって作り上げられたようなものでした。

そうですか、原さん行方不明なんですか。悲しいですねぇ。
http://00kay.blog52.fc2.com/blog-entry-12.html
原師の学歴って慶大(文・美学)−慶大大学院だとばかり思っていたのですが、そうではないそうです。
89年度に、前期LE3組・後期LE2組に在籍し、原先生には「英文法B」でお世話になりました。

しかしながら、単科は何を血迷ったか己の英語力も省みず中村稔先生の「総合英語」と「ハイクラス英語(あれ?「ハイレベル英語」だっけ?)」を受講し、自爆しました(苦笑)。

冬期講習では原先生の総合英語、直前講習ではBlack Listを受講しました。

思い出をいくつか…

[1] クラシックがお好きとのことでしたので、自分が高校時代に在籍していたオーケストラ部のコンサートにお誘いしたところ、二つ返事で「行く」と約束してくださり、実際に来てくださいました。お忙しい中、本当にありがたく思い、感激しました。

[2] 冬期講習で貢物といっしょに「代ゼミ講師のアイコラ」を置いたのは私です^^;。ご存知の方、コメントを。

[3] 授業中に、「私は、馬鹿です」と仰ったので、「?」と思い聞いていると、「私は、サンスクリット語もマスターできない馬鹿です」…馬鹿のレベルが違いすぎます。語学については、「英語、フランス語、ドイツ語、中国語、ラテン語、ギリシャ語、イタリア語、韓国語、ロシア語の9ヶ国語を独学で(文法のみ)マスターした」と原先生が最初のころの授業で仰っていました。

[4] 直前講習の日(2月1日のあたり)、私は菅野先生の日本史を最前列で受講するために朝5時前に代々木に着いて待っていましたが、その日、東京は大雪で、寒さをこらえるために雪だるまを作り始めました。やがて登校してきた友人といっしょに仕上げ、原先生の顔写真を拡大コピーして雪だるまの顔に貼り付け、原先生といっしょに記念撮影しました。

…ということで、一体自分は代ゼミに何をしに通っていたのだろうかと思うような一年でしたが、原先生は今でも心の師匠であり、その時の影響で予備校英語講師になった今も、決して超えることのできない大きな山であります。
なつかしい〜
こんなコミュがあるとは!

私は86年に代ゼミにいました。
夏期、冬期、直前の講義をとりました。人気ゼミだったから朝早くから並んだな〜。
原先生のおかげで英語力は確実にアップしました。今は面影なしですが(w。

当時の講師陣で覚えているのは(以下敬称略)、
国語・・田村、土屋、多久
英語・・芦川、佐藤、宮尾、潮田、青木
日本史・・白井

もうだれもいないようですね。
昭和62年4月〜63年3月まで早慶上智文系に在籍してました。代々木校の大教室(63B?)で、潜りの受講生もいっぱいいたなー。
幼稚園の時のおばあちゃんとの思い出話で、友達に制服をビリビリに破かれた話、感動的でした。
>nobutaさん
「父親3浪、母親2浪…。生まれた子供が潮田五郎〜!」 自分らの時も言ってましたよ。
精選構文の授業で一橋大学クラスの潮田先生の授業潜ってました。
こんなコミュニティがあり感激しています。

無機質になりがちな受験勉強を、知的かつユーモアたっぷりにご教示して頂いた人生の恩師です。

代々木の街に、ひっそりと咲く男かすみ草、原秀行です。
腕組み:生意気です
録音:集中力が下がります

「こん中に、高3いるか?…じゃ高2?…高1?中3?
中3ってw」

「現在進行形」ではなく「現在時制未完了相」。
「相(aspect)」という概念。

大学入学後、英語塾講師になり「現在時制未完了相」などと言っていたら、年配の先生に「レベルが高すぎる」と怒られましたw
89、90年頃の単科生でした。最後の授業の後で「生涯青春」と書かれたサイン貰いました。いまだにとってありますよ。「日本ではmanファースト、Ladyセカンド、ばばぁラストです。」うけましたねぇわーい(嬉しい顔)
はじめまして!
原先生を超える話術をもつ講師はいないでしょうexclamation ×2
「return」の単語を使った話最高でした!!

確か死ぬときは教壇の上でチョーク握ったまま死にたい!
って言ってたような気がしますが、どこかで先生やってるんでしょうかね?
トピ立てるのも何なのでこちらに(「代ゼミ」コミュにトピが立たなかったのは意外)。

代々木ゼミナール創設者の高宮行男さん死去
http://www.asahi.com/obituaries/update/0701/TKY200907010324.html
高宮 行男さん(たかみや・ゆきお=代々木ゼミナール創設者・理事長)が6月30日、心不全で死去、92歳。葬儀は近親者で行った。喪主は妻清子(きよこ)さん。お別れの会は6日午後1時から東京都港区元赤坂2の2の23の明治記念館で。連絡先は代々木ゼミナール総務部(03・3379・5221)。

尊師の天敵といえば高い宮様。ついにお亡くなりになられたそうです。
戦後裸一貫から代ゼミを作りオベリスクまで立てて本望だったでしょう。合掌。
はじめまして。私は2000年度の代ゼミ生です。代々木校に通っておりました。その当時,原先生は単科をお持ちではなかったのですが,講師紹介には載っておりました。「なんだかやけにオーラのある方だなあ」と思って注目しておりましたが,原宿校での医系英語が中心だったようなので,受講する機会もなく,現在に至ります。30歳を超え,つい最近になってふと先生のことを猛烈に調べたくなり,ついにこちらに到達いたしました。ミクシィも先週始めたばかりです笑 こちらのコミュニティの全文は拝読いたしました。大変おもしろかったです。ありがとうございます。

はじめまして、確か86年に早慶コースで原先生の講義を受けていました。
代ゼミの事業縮小のニュースを聞いて代ゼミで浪人していたときのことを思い出し、原先生をググったらここにたどり着きました。

私の思い出

原先生
『ハイ次、

 ”He happened to be sick.”

この「happen to 動詞 」は、「偶然〜する、たまたま〜する」という意味だから、

「彼はたまたま病気だった。」

と訳さなきゃならん。

「予備校の帰りに彼氏のところに寄ってみたら、彼はたまたま病気だった」、という感じですかね。

しかし、 はい、ここ注意、

「彼は玉玉病気だった。」

と発音すると、全く別の意味になってしまうので気を付けるように。(爆笑)』

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