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はまかず文庫コミュの【月砂】四:駆ける異能

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  Interlude…


 屋敷の床を、波紋が奔った。

「なっ!!?」

 アレイスターは、余りの出来事に眼を剥く。
 自らの展開する擬似固有結界『 法の書 』が、唐突に緑生い茂る青空の草原に置き換わったのだから。
 空を覆う抜けきった青空はひたすらに遠く、しかし迫り来るように近く。足元に生い茂る若草をすり抜ける涼風が心地よい。
 清涼とした大気を小鳥が舞い、そんな中で悪魔を従える自分がひどく滑稽に思えた。


「ボオォォ…オ、オオ」


 そんな生命溢れる世界で、なぜか目の前に立つバフォメットが苦しみはじめた。
 おかしい。
 確かにおおよそ、この悪魔とは不釣合いな情景だが、しかしここに聖なるモノは何も無い。あるのは、ただ生気に満ち満ちた世界――――


「オグウゥゥゥーーーー…」


 突然、さらにセカイが塗り変わる。澄んだ大気が在り得ざるモノの侵食を受ける。
 大地を覆う若草は一瞬にして枯れ萎み、満ちた生気がその量をみるみるうちに減らしてゆく。


 血色の天球。
 緑の抜けた草木。
 黄色い地面がむき出しの漠土。
 生命の亡い、終末の地平。


 草木の萌える草原が、荒涼とした大地へと転換する。
 雲さえ一切無い、赤い空に唯一浮かぶ、白金の月。
 真円を描き妖しく輝くそれから伸びる月光は黒く、美しく、結界の要たる少女をやさしく濡らす。

「ま、まさかこれは!!」

 アレイスターはほんの一瞬だが、呆我した自分を叱責する。
 なんということか。あの生命力に満ちた草原は、吾のためにあったはずのマナを用いて再現されたものだったのだ。
 そしてそれが枯れ果てた今、この空間にマナは微塵も残っていない。

「オ、グ、ガッ」

 終に存在の限界を迎えたバフォメットの軀がボスウ、と気の抜けた音を残してボロボロと崩れ落ちる。
 それは余りにも異常。
 一定以上のダメージを受ければ消滅するように組んだ魔術式を、一瞬で崩されたのと同義であるのだから。
 さらに――――

「く、は……」

 自身の身体に襲い掛かってくる倦怠感。水分が、そして魔力が次々と大気に略奪されていく。
 からからに渇いた皮膚を摩るとヒリヒリと痛み、ささくれ立つ。
 この死都の主が側女とした女死徒どもから、性交によってかき集めた魔力がどんどんと抜け落ちていく。
 命の危機を感じた彼は即座にCapのカードに篭められた魔力をCoinのカードを用いて自らに還元しようとし、

「バカな。吾の『法の書』が、すでに崩されているだと!?」

 驚愕した。
 既に“思うだけ”では魔術は発動せず、あわてて取り出したカードに溜め込んだ魔力も、みるみるうちに吸い出されていく。

「―――――本物の……、それも魔力潰しの固有結界か、これは!!」

 アレイスターはその身体を僅かに震わせながら、黒い月光に照らされるさつきを睨みつけた。


  Interlude Out

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月砂の孫娘
四:駆ける異能


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 固有結界『枯渇庭園』

 突然に、理不尽な運命によって吸血鬼へと堕ちた少女、弓塚さつきの心象世界。
 そこは生命(シアワセ)の枯れ果てた庭園(世界)であり、自己で完結するはずの悲観が他者を飲み込み、自らと同じ運命を、魔力(シアワセ)と水分(命)を刈り取る。
 搾取された魔力と水分はそのまま結界内にて分解され、結界外へと霧散してしまうために、結界内には何も残らない。
 ただひたすらにに空虚な世界。
 その唯一の例外が黄金の月から降り注ぐ黒い月光に包まれた彼女であり、その黒光が彼女を照らす限り、結界は彼女に牙を剥くことはない。

 それが、正史との相似点。
 絶望の淵から、余りにも鮮やかな“奇跡”によって救い出された彼女の心象風景に創造された、あの黒き騎士王の象徴。


「ふうぅぅぅ……、すぅ――――」


 呼吸を整え、ギアをトップに戻す。
 そもそもオーバートップは、大出力な代わりに身体と魔力への負担が大きすぎる。それ故の“奥の手”なのだ。
 瞬間的な爆発力は素晴らしいが、ただでさえ魔力消費のキツイ固有結界の中でいつまでも使い続けるものじゃない。


「ふっ…」


 復元呪詛によって回復した身体で結界を踏みしめ、また、構え直す。

 この固有結界の特性なら、すでにシエルによって解明済み。
 非常に強力な固有結界であるが、そのぶん魔力の消費は桁外れで、射程も短い。野外での行使では、敵に射程外への離脱を赦すほどのソレである。

 だから、使った後の詰めは素早く。師に教えられたとおりの歩法で、跳ぶ。


「   ッ!」


 枯渇庭園の欠点は消費魔力の多さと射程の短さ。だがその結界特性はそれを補って余りある。
 たとえ相手が固有結界であろうと、その素となる魔力を枯らされては、世界の修正にあながう術はない。
 だから、こうやって愚直に突っかけても、不安要素は何も無い!


「それッ!!」

「ちぃっ!」

 基本に忠実な、長い左ストレートで相手との距離を潰す。
 今度の返しは底からさらに左フッ…


「リード! ―――」


 変更! もう一回、左ストレート!!
 フックとして弧を描き始めた左拳の軌道を強引に曲げ、やはり盾として出現した磔の男との距離を正す。

「やぁッ!」

 その磔の男へ、さつきの右の足先が突き刺さる。
 アルトリア直伝の右前蹴りが男を後方へと突き飛ばし、アレイスターと衝突させると、彼は反射的に磔の男を消してしまった。


(狙い通り!!)


 これを、彼女は狙っていたのだ。

「―――ッ!!」

 瞬間に放たれる、鋭い右ストレート。前蹴りからの繋ぎ故に、踏み込む足もまた右。


「く…あ……」


 パァン! と小気味のよい音が周囲に響き、彼女の右拳はアレイスターの視界を奪い去る。
 右足を前にした右の突きは、逆の足で踏み込む場合と比べて威力は落ちる反面、拳のキレは増す。
 貫くような破壊力はないが、これもまた強力な一打。相手の脚を止めるには充分である。


「そ、れぇッ!」


 視界を失ったアレイスターに振るわれるハチェット。
 踏み込んだ右足の膝を起こし、つま先が掴むように地面に吸い付いた。
 そこから腰の連動で体幹を回転させ、その延長にある左膝を跳ね上げる。同時に足先が地面を擦り上げて半円を描き、地面から離れた足先が膝を蝶番にして跳ね、相手の頭へと迫る。
 地面から対象への最短距離を奔るさつきの左ハイキックが、アレイスターの側頭部を狙い、放たれた。


「く、ああぁっ」


 だが、彼とていくつもの修羅場を潜ってきた男。簡単には殺られない。
 詰まる声を口から零し、動かぬ身体で強引に身体を逸らした。


 アレイスターの決死のスエーバック。けれど、甘い!!


 上段蹴りの軸である右脚の膝に力を篭め、僅かに曲がっていたソレを、蹴りの勢いに任せて伸ばし、さらに軸足ごと跳ぶ。
 それはムエタイの技法にも存在する高等技能。師から教えられた、数少ない応用技のひとつ。
 彼女の身体はハイキックの体勢のまま平行に移動し、左足がアレイスターの側頭部を薙ぎ払った。

「〜〜〜〜っ!!」

 左脚から脳に伝達される、必要充分な手応え。




「いっくよ〜〜〜ッ!!」




 それに呼応して、再びギアをオーバートップに入れる。
 同時に枯渇庭園の維持を放棄し、魔力を肉体強化へと振り変えた。

 これは師ではなくアルトリアから習った技法。身体に残る全魔力をコンマ数秒で最大まで解放し、魔力放出の要領で爆発的な攻撃力を生み出す。
 此度の対象は右腕とその周辺。
 注ぎこまれた魔力に軋む腕。聖装に包まれた上腕筋が吼える。


「やあぁぁぁーーーッ!!」


 力が決して逃げぬように、左腕を身体に密着させて脇を締め上げる。


 ――――大丈夫、わたしと、還ってきた“私”ならやれる。


 数メートルを跳ぶのと同じだけの力を使って近距離を擦るように走り、地面を砕く震脚を持って急制動。行き場を失った運動エネルギーが腰の回転に導かれ、野球のオーバーハンドスローのように振るわれる右腕へと集約される。


 ――――いくよ。これがわたしの、最高の攻撃なんだからっ!!


 さつきの必殺技。全膂力を総動員したクロールフック!!
 握り締められた拳で輝く蒼銀のナックルガードが、全てを砕くウォールハンマー成って
真正面からアレイスターに襲い掛かる。



 ――――いっ、けぇぇぇーーーーーッッ!!!



「リード!!―――――The Char…」



 さつきの拳が、アレイスターが放つ最後のアテュに召還された者と衝突する。
 恐ろしく硬い金属が砕ける大音響が、さつきの意識下から外れて崩れ始めた固有結界に響いた。


-----

  Interlude…

 相手は成ってから二年の、新米の吸血鬼。確かに埋葬機関の下で鍛え上げられたその戦闘力は驚愕に値するものだった。
 だがそれでもなお、全く想定していなかった本物の固有結界の発動。


『かまわん。一切の遠慮なく―――そうだな、『 法の書 』でも展開してやれ。いい経験になる。
 ボロボロになっても、吸血鬼には復元呪詛という便利なものがあるからな』


 そう言われた理由が今ならわかる。
 あのクソ女、吾を、この代行者への噛ませ犬に使いおったな!


「   ッ!」


 驚愕と怒り。その二つが彼の中で混ざり合い、不覚ににも、目の前にいるさつきの踏み込みへの反応を遅らせた。


「それッ!!」

「ちぃっ!」


 それでも彼は、第一打目は何とか躱した。
 さつきの踏み込みの速度や技の錬度には目を見張るものがあるが、いかんせん彼女の動きが単調で、熟練の戦士にあるべき“上手さ”というものが足りないのだ。
 真っ直ぐ最短距離で顔を狙ってくると解っているなら、彼にも何とか避けられる。

「リード! ―――The Hanged Man」

 即座にカードの概念を開放する。
 発動の最中で、単調なのは吾の方かと彼は自嘲した。
 ―――とはいえ、彼のもつトート・タロットの中で単数での守備が可能なカードはこれくらいしかないのも事実。
 それが、

「やぁッ!」

「―――っ!!」

 なぜか彼のほうに飛んできた。動きが制約されるのを嫌った彼は、咄嗟の判断で磔の男を消す。


 ――――それが彼の失策。


「く…あ……」


 パアンと響く、小気味のよい音。
 鼻っ柱をモノクルごと叩かれたことで、レンズが眼球を圧迫する。鋭く速い右ストレートがアレイスターの視界に火花を散らし、意識を一瞬奪い去った。

 ―――シュウ……

 飛びかける意識を、彼の中で起こった出来事が繋ぎ止める。彼の精神に巣食っていた異物、それが唐突に消滅したのだ。

「それぇッ」

 その事実に構う暇も無く、真っ白く染まった意識の端で、アレイスターは己の首に迫る手斧の刃を幻視した。
 吐き気を催すような危機感が彼の意識を繋ぎ止め、断片的に欠け堕ちた視界で竜巻のように唸るさつきの姿を捉える。

「く、ああぁっ」

 動きと角度から推定するに、右側頭部を狙ったハイキック。フェイントのような小賢しいものを使うような女ではないから、おそらく間違いない。


 簡単に、殺られるものか。


 詰まる声を口から零し、動かぬ身体に渇をいれて強引に身体を逸らす。
 決死のスエーバック。上手くすればハイキックは空を切り、その隙に離脱できると彼は踏んでいた、が、


「〜〜〜〜っ!!」


 その蹴りが、伸びた。
 躱した筈の蹴りは彼の右側頭部に突き刺さり、今度こそ意識を脳内から弾き出す。


「いっくよ〜〜〜ッ!!」


 崩れ落ちる膝。刹那のタイミングで舞い戻った意識がそれを戻す。
 倒れれば、全て終わる。
 あの女は『最悪、殺して責任は問わない』と言った。ならば逆も叱り。そもそも、この代行者はそんなことを一切伝えられていないのではないか。
 歪む視界とぐずぐずの思考の中で、彼は己を不運を呪い――――そこへ、声が届いた



『全部隊長、および協力者に連絡。目標の滅却を達成。作戦、成功です』



 朦朧とする意識。頭の中いっぱいに広がった霧が、唐突に鼓膜を震わせた女の声によって晴らされる。モノクルに仕込まれたイヤホンによるこの作戦の隊長からの通電であった。


(―――何だ、アレは…)


 目の前の代行者の右腕の、膨大な魔力が収束している。
 最高のタイミングで掛けられた声によって保たれた意識。晴れた霧の向こうで彼が見たのは、大質量の“暴力”そのものだった。



 ――――まずい。あれは、あれを喰らっては、流石に、死ぬ!!



 命の危機を感じ取ったアレイスターはノーアクションでモノクルに仕込まれた通信装置を起動する。そして件の女隊長に応援を呼びかけた。


『おい! あの女主を殺したのだろう、ならば、いま直ぐ防御を固めて此処へ来い!!』


 それと同時に、ガラガラと崩れ落ちる世界を背にしたさつきが、その腕を振りかぶって地面を蹴った。



「やあぁぁぁーーーッ!!」



「リード!!―――――The Chariot!!」



 タイミングはギリギリ。向こうがアレイスターの召還に応じるかどうかは運しだい。それでも、これ以外に彼が助かる術はない。


(こんな事ならば、初めから全力で決めにかかればよかった!!)


 走馬灯とともにアレイスターは毒づく。
 だが果たして、彼の召びかけに相手は最高の形で応え、黄金の魔方陣が出現する。
 二人の間へと割り込んだその女は即座に剣を実態化させ、合計六本の刃がさつきの拳と衝突。恐ろしく硬い金属が砕ける大音響が、崩れ始めた固有結界に響いた。


「―――本当にギリギリですか。相変わらず物凄いパワーですね、弓塚さん」


  Interlude Out

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NEXT・・・・・・

五:月夜を行く
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=33039000&comm_id=2744850


感想はこちらにわーい(嬉しい顔)
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=868359910&owner_id=7647459

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