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ナザレのイエスコミュの「かいばおけ」に寝かされたイエス(1)ー歴史書としての福音書ー

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コミュ内全体

 (このコミュに参加させていただいて以来 なにもしてないので 思い切って投稿しました。
 いろいろ ご教示いただければ 幸いです。 
 イエス様の神聖を貶めるつもりはまったくありません。ただ福音書の作者たちが苦心して伝える歴史上のイエス様の実像に迫りたいという思いです。)

 イエスはユダヤのベツレヘムで生まれたという。さらに、イエスの伝記絵本の挿絵か何かの印象が強いためか「イエスは馬小屋で生まれた」というイメージがある。
 しかし、先入観なしで共観福音書を読むとそのいづれにおいてもイエスは馬小屋で生まれた、とは書いてないのである。イエスが馬小屋で生まれたというのは後世の誤解と言えるのではないだろうか。

 マルコとヨハネはイエスが生まれたときの様子を伝えていない。マタイが伝えているのは、イエスが生まれた数ヶ月後(あるいは数十日後)のことで、生まれた直後のことは書かれていない。
 唯一ルカの福音書に次のように書かれている。
 「ところが、二人がそこ(ベツレヘム)にいる間に、マリアはお産の日が満ちて、男の初子を産んだ。そしてその子を産着にくるみ、かいばおけに寝かせた。宿屋には、彼らのために場所がなかったからである」(2−6、7)と。
 このように、二人が泊まったところが馬小屋とは明記されていない。
 主の使いに告げられた羊飼いたちがベツレヘムへ急いで行った場面でも、「マリアとヨセフと、飼い葉おけに寝ている乳飲み子を探しあてた。」2−14という。この節にも馬小屋とは出てこず宿屋かどうかも伏せられている。
 つまり、「宿屋にはヨセフとマリアのために場所がなかった」こととイエスが「かいばおけに寝かされた」ということが自動的につながって、イエスは馬小屋で生まれたにちがいないとなったようだ。しかしそれは私には釈然としない解釈である。

 私がひっかかるのは「彼らには場所がなかった」と「かいばおけに寝かせた」という言葉である。(ギリシャ語がわからない私にはこの正確な日本語訳が頼りであるが)
 まず「彼らには場所がなかった」(部屋がなかった」ではない)は、どういう意味か?
 普通の宿屋なら、先客がいっぱいで部屋がなかったなら、ダビデ王血統のヨセフとアロン血統のエリザベツの親戚であるマリアというセレブな夫婦に対して、他の客を動かしてでも部屋を確保すべきところだろう。つまり、ヨセフとマリアが泊まったところは、普通いうところの宿屋ではなかったということだ。
 推測すれば彼らが宿泊したのはエッセネ派の信者たちが宿泊する施設のような、いわばエッセネ派の拠点の施設だったのではないか。そこには、彼らを受け入れる部屋ならぬ「場所がなかった」。それは、なんらかの理由で王家の者としてふさわしい扱いを受けられなかったということであろう。いったいどういう理由があったのか。
 考えられることは彼ら夫婦が赤子連れということだ。赤子はエッセネ派の厳しい戒律を守れるわけがない。いうなれば不浄な存在である。エッセネ派の人々にとっては夫婦関係にあるヨセフとマリアもまだ不浄な存在であったろう。エッセネ派の人々にとっては、不浄な存在とは距離をとらなければならなかったはずだ。
結論として、ヨセフとマリアの夫婦は馬小屋に泊まったわけではなく、エッセネ派の施設に泊まった。だが、彼らは一般信者からは汚れた存在として隔離されなければならなかった。と解釈される。

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