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BOOKS Hariyコミュのるろうに剣心アンソロジー「十六夜の晩に……」(後編)

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翌日、剣心は巴と共に街に買出しに出ていた。

小萩屋の女将に頼まれたのであるが、剣心が、巴だけでは昨日今日の自分の行いである、何か妙な事になっても困るから、と荷物持ち兼案内役を買って出たのだ。

自分や、長州に関わる人は、小萩屋への出入りも十分に気をつけているが、巴にそういった自覚があるかどうかは、はなはだ疑わしいものである、との剣心の考えだった。

女将の注文どおりに、米と味噌を買い終えると、それを剣心は小脇に抱え、巴と並んで京の町を歩いていた。

そろそろ祇園の祭りがあり、京の界隈はその準備の段階ですでに少なからずの賑わいを見せていた。

巴は、別段剣心に関心を払っているようには見えず、祇園の祭りに誘おうと言った素振りも見せなかったし、剣心のほうでも、その日はその日で、飯塚あたりに半ば無理やりに誘われて街に出るのではないか、との思いがあったので、巴を誘おうなどとは思わなかった。もっとも、巴が剣心と共に行こうと思っていても、その巴の態度に、剣心が気づくかどうかは、大きな疑問であるが。

気付くと昨日の暗殺現場の側を通りがかっていた。

まずい、と剣心は思った。今まで、少なくとも数日間は自分が暗殺をした現場の側には、近づかない事にしていたのだ。 

いまさら道を引き返すわけにも行かず、剣心は何事もないかのようにその場をしのごうとした。

だが、道を歩く二人の耳に、若い女性の悲痛な叫び声が飛び込んできた。

「父上!!兄上!!!」

そして、野次馬たちの会話も聞こえてきた。

「おい、聞いたかよ、あのコ、来月祝言だって言うぜ」

「村越の旦那も、娘の晴れ姿見れねぇで、逝っちまうなんて、かわいそうなこった」

「あの兄妹、仲がいいって評判だったのにねぇ」

巴は、その自分の父と兄の亡骸にすがって泣き崩れる娘の姿に、半年前の自分の姿を重ねていた。祝言を前に先立たれた自分に、共通するものを見つけたのかもしれない。

……清里様…………

そして、自分をその不幸に落とした張本人である、隣にいる剣心に目を向けると、剣心の額には汗が流れており、心なし肩で息をしているようにも見えた。

さらに、そんな剣心に追い討ちをかけるように、街の人たちの声が飛び込んでくる。決して大声ではないのに、剣心には、耳元で叫ばれてでもいるかのように聞こえるのだ。声はふつうでも、内容は剣心にはとても耐えられないものだった。

「全く、幕府だか長州だかなんだか知らんが、いいかげんにして欲しいもんだぜ」

「おちおち外も歩けへんわ、ほんまになぁ、早く終わらせて欲しいものやねぇ」

「結局のところは、自分たちのためとちゃうん?」

剣心には、その街の人々――実際に自分たちの”正義”の結果を見ている人たち――の目にどう写っているかを聞いて、気が狂いそうだった。

自分たちは、ただ新時代のため、街の人々のため、と信じてこなしてきた事が、その自分が働いている人にとって見れば自分はただの――――

そこまで考えて、剣心はその場を駆け出していった。

後に残された巴は、その後ろ姿をただ眺めているだけだった。

 

何処をどう歩いたのか、何時の間に日がくれていたのか、自分自身でもよくわからないまま、剣心は鴨川のほとりを歩いていた。

「自分のしている事は、本当に正しいのか」―――

それは、いつも剣心の心の奥にあった疑問だったから、今日のような街の人の生の声を聞いてしまうと、その疑問が大きく鎌首をもたげてしまう。

――自分がしている事は、本当に正しいのか?

――平和に暮らしている人を殺して、何が正義なのか?

――たとえ、新時代のためとしても、その家族や、愛する人から見れば、自分がしているのはただの――――

殺人。

殺戮。

虐殺。

――――ちがう!!!

剣心は無理やり自分に言い聞かせた。

――そうじゃない、これは新時代のためなんだ、決して殺戮なんかじゃ―――

――俺は、一年前に誓ったではないか、自分の穢れた血刀と、失われた命の果てに、誰もが平和に暮らせる新時代があればいい、と。それだけで、自分は満足だ、と。

だが、如何に剣が強くとも、年の程15の少年には、その事実を自文の中で正当化し、湧き上がるさまざまな疑問を心の奥底に閉じ込める事は、到底無理な話だった。

ひとつの命が事切れる瞬間の、あの目。

口から血を吐きながらも、立ち上がろうとする、その姿。

最期の瞬間につぶやく、自分が愛する者の名前。

それら全ての光景が、彼の目に、耳に、脳裏に蘇り、剣心の心を侵食してゆく――

剣心は、その心の迷いを振り切ろうと、近くに生えていた柳の木に向かって、剣を抜いた。

 

巴は、あの後、小萩屋に戻り、剣心が夜中になっても戻らない事に少なからずの動揺を覚えた。あのときの剣心の表情は、何か今まで耐えてきた事に耐えられなくなったかのようだった。

巴は、剣心の生い立ちも知らない。

ただ知っていることは、剣心が、自分の夫となるはずだった清里明を、惨殺した人物だと言う事だけだ。

あのとき、清里の死に疑問を感じ、居ても立ってもいられなくなって京都に上り、剣心暗殺の計画に手を染めてしまったが、巴は今、正直迷っていた。

自分の夫となるはずの人物を殺した相手に抱いていた憎悪が、日に日に静まっているのを感じているのだ。

世間一般の、維新志士へのイメージとは、全く正反対の剣心に、巴の心は戸惑っていた。

その理由は、剣心の純粋さにあった。

剣心は、優しすぎる。

とても、彼が伝説の”人斬り抜刀斎”とは思えないのである。

むしろ、自分の罪に深い悔恨を感じ、感情の揺れ動きに対処しきれなくなっているような印象を受けるのだ。それが、巴の心に、深い同情を与える。

何とかしてあげたい………最近は、そんな事すら思うのだ。自らも姉であり、また母親が早くに死亡したゆえ、生まれたばかりの弟の母として過ごしてきた巴には、この自らの罪に悩む人斬りの力になってあげたいとすら思う。

巴は、まだこの街のどこかを歩いているであろう剣心の身を案じていた。自分でも、驚くような心情の変化である。

 

無機質な金属音を響かせ、刀は柳の木に食い込んだ。

斬れなかった。

いつもなら、軽く真っ二つにできる程度の太さのこの木が、斬れなかった。それが、剣心に大きな驚愕をもたらした。

………斬れ…ない……?

剣心は、刀を、深く食い込ませている木から、半ば強引に引き抜くと、鞘に収めた。

――刀ってのはな、持ち主の心を汲み取るもんだ――

比古の言葉が、耳に聞こえた。

――持ち主に迷いや戸惑いがあっちゃあ、何も斬れねぇよ――

………師匠……

剣心の頭に、比古の元を喧嘩別れして飛び出したときの事が蘇った。

あの時、幕末の紛争に、維新志士として参加するという剣心の意見を、比古はガンとして受け入れなかった。

「この動乱の時代を、この自分の力で終わらせて、誰もが安心して暮らせる新時代を作りたい――」

一年前の剣心が、比古に言った言葉である。そして、今もその気持ちは少しも変っていない。

「そのための飛天御剣流ではないのか―――」

剣心には、比古が反対する理由がわからなかった。

「俺の取って置きをくれてやる」 

確かに9年前、剣心が6歳の時に比古はそう言ったはずである。

この力を今使わないで、一体何時使うのか――!!

剣心は、もう一度、同じ柳の木に抜刀術をはなった。

 

「ありがとう、今日はもういいよ」

「小萩屋」の女将が巴に告げた。巴は、剣心の部屋に居候になって以来、この女将の手伝いをして日々を過ごしている。

「無愛想だが、よく気が回り、仕事が早い」

女将をはじめ、「小萩屋」に滞在している長州藩の面々がそう言って巴を褒め称えた。

「笑っているのを見たことがない」というのも、巴の魅力を引き立てるのに一役買っているのかも知れない。昔の日本の妻の理想と言っても過言ではない。「緋村と一緒で、愛想が全くない」とも意見もあるが、皆「緋村とお似合いだ」とでも思っている節も多々ある。

巴が、黒髪をまとめていた手拭いを頭から取り外しながら、二階への階段を上っていき、襖を開けた。

すると、そこには、昨日からいなくなっていた剣心がいつのまにか帰ってきて、窓辺に腰掛け、刀を抱え込んで眠っていた。

巴はしばらくその姿を見つめていたが、剣心の寝顔に、あのときの自分と同じように悩みに悩んだ、苦しみに苦しんだ跡を見つけた。

巴は、最愛の人を失った事への苦悩。

剣心は人を切ることへの深い悔恨を感じての苦悩。

巴の心に、あれ以来一度も抱いたことのない感情が湧き起こった。

あれ以来、人を愛する事なんて、ないと思っていた。最愛の人、清里明を奪った張本人が目の前にいるのに、巴の心はときめいた。

そして、自分のショールを剣心に掛けてあげようとした。

その瞬間、剣心は目を覚まし一瞬のうちに刀を抜いて巴の襟を掴み喉元に刃を押し当てた。

剣心の顔には汗が流れ落ち、瞳は血を求めるが如く、とてもいつもの優しい顔をした剣心と同一人物とは思えない。

巴も、予想外の剣心の行動にただただ目を丸くしていた。死すら感じた。

その瞬間、剣心は急に我に帰ったようになり、巴を突き飛ばした。

肩で苦しそうに息をし、全身汗で濡れていた。左手は、まるで勝手に動くもののように刀を握った右腕を必死で押さえ込んでいた。刀を握るその右手は、爪が柄に食い込んで痛ましいほどだった。

「……すまない……」

苦しそうに喘ぎながら剣心は言った。

「市井の人は斬らないと大口叩いたところで、今の俺はこの有様……」

そんな剣心を巴は悲しそうな目で見ていた。

「もう出ていってくれ、でないと俺はいずれ本当に君を………」

巴は、自分のショールを剣心に優しく差し出した。

顔を上げた剣心の目に、ゆっくりと落ちてゆく柔らかい絹布を差し出した、巴の表情は何よりも綺麗に映った。

「もうしばらくここに居させて頂きます」

巴は優しい瞳でそう言った。

それは剣心をはじめとする維新志士をはじめ、幕府のものも、市井のみんながこんな顔をできるような新時代の象徴のようだった。そんな自愛に溢れた顔であった。

「今の貴方には狂気を抑える鞘が必要ですから」

剣心の心に、深い安堵感が舞い降りた。

それはいつも心の奥で剣心が求めていたものだった。五歳で親と死に別れ、奴隷商人に売り飛ばされ、その中で巡り合った、自分が守らねば、と思った三人の女性は、一日でまた死に別れる事になった。

思えば、あれ以来自分は、「死」ということに必要以上に敏感だった。ただ一人優しくしてくれた師匠・比古から学んだものも、結局は殺人の技でしかなかった。

ただ、怖かった。自分が相手に確実な「死」をもたらしているという事が。 

死ぬ、ということがどれだけ残された者にとって辛いか、自分には痛いほどわかっているのに、今まで自分が繰り返していたのは、ただの虐殺。殺戮。

その事実が剣心の、決して完全には発達してはいない心を、侵していったのだ。

でも、と剣心は思った。

この女性の、この顔を見ていれば、自分の罪も救われる気がする。

穢れるのは自分だけでいい。他の人が新時代を楽しく平和に過ごせるのならば。

そう剣心は自分に言い聞かせ、巴のショールを強く握った。

巴にだけは、伝えておかないと―――

「ずっと前の問いの答――君が刀を手にしたら斬るか否か……」

剣心はうつむいたまま言った。

「答は『斬らない』」

「斬らない」のではない、「斬れない」のだ。自分には決して。が、そこまでは告げずに、自分の決意を言った。

「俺は斬らない。どんなコトがあろうとも君だけは絶対に斬ったりしない。」

たとえ、どんなコトがあろうとも。剣心は、もう一度心の中で繰り返した。

それを聞いたとき、巴の顔に初めて表情と呼べるものが現れたのだが、うつむいていた剣心はそれに気がつかなかった。

「君だけは……絶対に………」

夜の闇が迫る六月の夕暮れの中、緋村剣心は初めて女性を愛した。

 

桂は、「小萩屋」の二階にある剣心と巴の部屋の前で足をとめた。襖を軽く叩く。

「失礼するよ、緋村、巴君」

部屋に入った桂が目にしたものは、まるで姉に寄り添うようにして眠る剣心の姿だった。巴は、その隣で日記帳のようなものに何かを書きつづっていた。

「お静かに。緋村さん、もう寝てますから」

桂には、その事実が意外だった。

あの緋村が……

このようなことになろうとは、夢にも思っていなかった。

桂は、軽く微笑った。

「そうか、失礼したね、おやすみ」

「はい」

巴も、微笑っているというわけではないが、桂が初めて見る柔らかい表情で応えた。

桂の足音が遠ざかっていくと、巴は剣心の寝顔を眺め、そして、窓の外に目をやった。月が出ている。今夜は十六夜だった。

巴は、満月が少しかけた、見事な黄金色の月を見上げた。

この日は、元治元年六月四日。

幕末の動乱は、明日の「池田屋事件」を境に、大きく揺れ動く事になる。

が、巴はそんなことを知ろうはずもなく、何時までも上りかけた月を見ていた。

これから、欠けてゆく月を……

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