大日本ポエム機構コミュの【歌詞鑑賞】夏をあきらめて

http://music.goo.ne.jp/lyric/LYRUTND3416/index.html
作詞：桑田佳佑　歌唱：研ナオコ

　　　　　　＊

私がこの歌詞を何故好きかと言えば、その理由はただ一つ、「エロい」からです。
このエロティックがどこから来るのかを分析するために、ラブソングの歌詞内容を種類分けしてみましょう（ヒマなので）。するとそれは、歌われている対象「恋」の進展と座標軸を一にすることが分かります。つまり、

1)恋の始まりラブソング
2)告白ラブソング(or告白しようかな〜ラブソング）
3)両想いで嬉しいラブソング
4)両想いだけど悩みがあるのよラブソング
5)別れの予感ラブソング
6)別れて悲しいラブソング
7)別れたけど忘れられないラブソング
8)再会ラブソング

この他に、亜種として、

9)二人のうちのどちらを選べばいいのかしら？ラブソング
10)私の恋は不倫だラブソング

といったラブソングも見受けられます。

では、今回挙げた『夏をあきらめて』をこの分類上のどこにあてはめれば良いかと考えると、3)の「両想いで嬉しいラブソング」しかないのではないかと思われます。
「あきらめて」などというネガティブなタイトルから、一見、4)の「両想いだけど悩みがあるのよラブソング」、或いは、5)の「別れの予感ラブソング」へと分類してしまいそうにもなりますが、よくよく聴いてみれば、この二人が「雨に降られてホテルにしけこんだ」という状況が説明されており、何だ、熱々じゃん！と茶々を入れたくもなります。

　　　　　＊

この歌のストーリーをざっとたどってみると‥

恋人と二人、灼熱のビーチを楽しもうと江ノ島へやって来た。でも、着いたらすぐ雨に降られてしまった。彼女は悔しがり、（俺のせいでもないのに）少し機嫌が悪い。仕方なく二人、パシフィックホテルへ駆け込んだ。今、彼女はシャワーを浴びている。ちぇっ、あの水着を着ている彼女の姿を見たかったゼ。さて、これからやるんだ、彼女と‥

という内容になる訳で、この歌がヒットしていた当時小学生だった私には、情景が大人過ぎて全く意味が分かりませんでした。 しかし、その分からなさが子ども心にも「普通のラブソングとは違う」という強い印象となって残り、長く記憶にとどまる曲となったのでした。

そして、曲がりなりにも30代になった今、この歌詞は、日本のラブソング史上でもかなり稀有な位置にあるのではないかと考えます。
普通、熱い恋のただ中にいる二人を歌った歌詞と言えば、詞のクオリティの高い低いとは関係なく、「あなたを愛している」「あなたを信じている」「この愛は永遠」「生きていて良かった」といったような、「この愛に陶酔度100%」な心の震えを謳い上げることとなります。
しかし『夏をあきらめて』には、そのよう愛への陶酔を表現した箇所は一切見受けられません。けれど詞の内容からしてこの主人公が相手の女に執着していることは明らかであり、そこから、一聴したときすぐ耳につく「あきらめ」という言葉が、むしろ複雑に隠蔽された反語的愛情表現であることに読者は気づかされる訳です。

この歌詞の優れた点は、まず、この、「愛のただ中にありながら愛を直接謳い上げず、見過ごされそうなくらいさり気ない表現で表す」という、にくいほどに大人の話法にあると言えるでしょう。
そしてそのような表現を効果的に浮かび上がらせる、絶妙なストーリー設定。まるで片岡義男あたりが書く短編に出て来そうな、「夏のビーチ、雨、濡れたまま駆け込むホテル、シャワー」‥ストーリーがないと言えばないけれど、やはりそこにストーリーがある、という作り。ともすれば誰にも分かりやすいストーリーを描きがちな歌謡曲の世界にあって、かなりレアな状況を敢えて択んでいるところに、この歌の第2のオリジナリティーがあると言えます。
そして、このような手法を採ることによって、とかく愛の精神性ばかりが強調されがちな両想いソングの中で、この曲が肉体の愛への讃歌をさり気なく打ち出すことに成功していることにも読者は注目するべきでしょう。
恋愛の素晴らしさとは、もちろん、精神的喜びと肉体的喜びが渾然一体となったもの。歌謡曲という枠組みの中で後者を表現することには困難がつきまといますが、それをそこはかとなく行って成功させているところに、この歌詞の第3の優れた点があると言えるでしょう。

　　　　　　＊

以上、長々と書きましたが、要するに、この歌詞は、「大人で、エロい」のです。いつもこの曲を聴きながら、男、38歳、外資系自動車販売会社ディーラー。女、32歳、フィットネスジムチェーン企画部勤務‥などと想像してしまうのは私だけでしょうか‥