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文芸の里コミュのSF 未完 「13」 姉と弟の巻

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 久しぶりに、小学校の教師をしている姉から電話があった。この街で持たれる児童教育の専門部会に出席するので、帰りに寄りたいというものだった。姉とは十歳も年齢が離れていて、二人の子持ちでもある。両親はすでに他界している。他に兄弟はなく、姉弟だけでこの世にありながら、ぼくがいつまでも結婚もせず自活できないでいるのを気にしている様子だった。その心配は親の生存中から、さんざん聞かされてきて、年齢差もあることから、自分の子に加えて、もう一人子供を抱えているような気になるらしかった。
 親のはからいで、遺産の相続も全部渡すようなことはせず、姉に任せて月々生活費として振り込ませる形を取っていた。
 姉が住んでいるのは、この街から三つ先の駅で、人口は一万ほどの小さな町である。姉の夫も教師で、同じ町の中学校で教鞭を取っている。
 姉が電話をしてきたのは、単なるご機嫌伺と受け取れるが、かねてから弟に勧めている娘を、もっと大胆に売り込む狙いがあると思えた。
「新村圭子ちゃん、知ってるよね。圭子ちゃんが鶏の唐揚げを、たくさん、たくさん作ってきてくれたのよ。それを智彦にも届けようと思って」
 と姉は早口に言った。新村圭子には両親が存命の頃、姉の家で出会っている。血色の良い笑顔の美しい娘という印象がある。姉の教え子の一人で、小学校を卒業後も姉を慕ってよく家に遊びに来るらしかった。圭子の作る唐揚げは抜群に美味かったので、褒めたところ、彼女は来る度に、その唐揚げを持参するようになった。圭子は花屋に勤めており、唐揚げの前は、花を手土産にしていたらしい。
「唐揚げはいらないよ、俺」
 と智彦は電話で料理を押しやるような言い方をした。
「あら、智彦はあんなに好物だったのに、どうしちゃったのよ。街で買うのより、ずっと美味いね、と褒めていたくせに」
と姉は言った。いらないという弟が解せないというようだった。
 姉にそう言われて、ぼくはどうして鶏の唐揚げを受け付けられなくなっているのだろうと、首を傾げた。吾ながら意外だった。しかし食べたくないのは事実だった。ふっと、あの小綬鶏が目に浮かんできた。小綬鶏が現れるようになってから、同じ鳥類ということで、煮たものにせよ、焼いたものにせよ、鶏に食指が動かなくなっているのは確かだった。しかも小綬鶏の漢字を見れば、鶏とまったく同じ字を用いているのである。とても鶏の唐揚げなど、のどを通らない。
「姉さんは知らないと思うけど、この家の窓の下では、小綬鶏が鳴くんだよ。チョットコイって」
「小綬鶏がチョットコイって鳴くくらいは、知ってるわよ。私の住む町にも、ちょくちょく現れるらしいから」
「何だって! 小綬鶏が出るって?」
 ぼくは目を丸くして訊き返した。丸くはなく、皿のようになっていたかもしれない。
「そうよ、この間なんか廊下を歩いていたら、子供が後ろで、チョットコイって呼びかけるじゃない。何よって、私は振り返ったわ。子供は悪戯をするつもりはなく、その朝登校する野道で、鳥にそう呼び止められたらしいのよ。それは小綬鶏って鳥よ。チョットコイではなく、チョットオイデとか、丁寧に鳴くでしょうって言ってやったら、あの鳥は、そんな品のない鳴き方はしない。ぜったいチョットコイだってきかないのよ。その子だけでなく、何人も小綬鶏の声を聴いているのよね。開発の手が伸びて、山から町へ降りてきているのかもしれないね。
 でも智彦、その小綬鶏と、鳥の唐揚げとがどう関係があるのよ。バカげたこと言って」
「関係あるさ。学校の先生なら、先生らしく、漢字を調べてみなよ。小綬鶏のケイは鶏だから」
 姉は黙った。少しぎくりとしたらしい。いや、そうではなく、角度を変えた方向でぎくりとしたのだ。
「智彦おまえ、圭子さんのことも、ケイと呼ぶからって、ひっくるめてしまったの?」
 姉はそう言いながら、ひっくるめてというところに、からげてしまってと言葉が出てきて、慌てて呑みこんでしまった事情が、ぼくには彼女の息づきの変則さから、よくわかった。姉に鶏の唐揚げが大挙して襲いかかった感じだった。
「ぼくには小綬鶏と鶏が別の生きものには思えないだけさ。圭子さんのことなんか、何も考えちゃいないよ。圭子さんが唐揚げを作って、それを姉さんがぼくに食べさせようとしているから、拒んでいるだけだよ。小綬鶏に悪いし、同じ名前を持つ鶏にも悪いことだからさ。姉さんは何かといったら、圭子さんを売り込もうとしているようだけれど、ぼくには結婚を考えている余裕はないよ。これからはそういう時代になっていくさ」
「智彦、あなたは何を寝ぼけたことを言っているの。自分がいくつになったと思ってるの。そんな暢気なことを言ってる場合じゃないでしょう。圭子さんはお前には、もったいないくらいの人よ。性格もよいし、明るくて誠実で働き者だわ。怠け者のあんたには、本当にもったいないわ。亡くなったお母さんも、あんたに一度に遺産を渡してしまうのを心配して、毎月生活費という形で振り込むように、言われているんだけれど、そろそろしっかりした生活の道を固めるときだと思うのよ。それで、圭子さんは花屋さんをしたがっているのよ。あんたは花屋の手伝いをしながら、得意の写真を撮って歩けばいいでしょう。お花だって被写体として申し分ないでしょう。次々季節にあったお花が店を飾るんだもの、それを写真に撮れば、お店の宣伝にもなるし、あんたの写真芸術にもプラスになるというものよ。
 ……そんな話をしようと思っていたの、久しぶりにあなたに会って。でもいいわよ。唐揚げを食べて貰えないんじゃ、わざわざでかけることもないわね。あっ、そうそう、息子と娘の話もしようと思っていたの。でも、それは次の機会にするわ。それまであんたには、圭子さんのこと、身を入れて考えてもらいたいから」
「息子と娘の話って、何だよ?」
 圭子との結婚はまるで頭になかったから、ぼくはこちらのほうが気になった。
「それについては、本当に次の機会でいいわ。息子も娘もそれまでにはまだ間があるし……
。それじゃ、圭子さんのこと真剣に考えてね。決して押し付けるんじゃないのよ。あんたのためだと思うから、言うのだわ。彼女、私を慕ってくるだけあって、智彦のことが好きなんだわ。ある角度から見たら、智彦と私が、そっくりに見えることがあるんだってさ……」
 姉は電話を切った。電話の中に、ドアを開ける音がしたので、家族の誰かが帰って来たのだろう。
ぼくは姉の訪問を受けずに済むので、ほっとしていた。息子と娘のことを話していたが、それは二人が、この街の大学と高校に入ったら、この家に置いてくれというつもりなのだろう。甥にせよ、姪にせよ、ぼくからすれば煩わしいことだ。もしそんなことにでもなれば、自分はこの家を明け渡して、間借りでもしようと思った。
圭子は姉とぼくが似ているというようなことを話していたらしいが、ぼくはそれを心からは信じなかった。それは姉と自分との、性格の違いによるものである。その食い違いを決定的に見せたのは、ぼくが七、八歳で、姉が高校三年か、大学一、二年の頃のことだと思う。
夏祭りで、金魚すくいの露店と向かい合わせに、泥鰌すくいの露店があった。金魚の露店は賑わっていたが、泥鰌すくいの店はひっそりしていた。ぼくはそこでねばって、ようやく一匹の泥鰌をすくい上げた。その泥鰌をビニール袋に入れてもらい、家に持ち帰って、空っぽの金魚鉢に入れた。一つの金魚鉢に、泥鰌が一匹だけ。その泥鰌を観察するのが、ぼくの楽しみだった。上からパン屑やソーセージの切れ端を入れてやると、泥鰌は白い腹を見せて水面に浮上してきて、与えた餌をくわえ、金魚鉢の底でうまそうに食べた。丸い瞳の外ぶちに光線が当たり、その瞳を巡らせてぼくを見ているのが、よくわかった。
ある日姉が帰ってきて、ぼくのたのしみをぶち壊してしまった。
「智彦、一匹だけじゃ淋しいから、お姉ちゃんが魚屋さんから買ってきてあげたよ、ほら」
 そう言ってビニール袋の中に群れる三十匹の泥鰌を、金魚鉢にぶちまけたのだ。それでぼくの一匹は識別できなくなった。ぼくははっきり、一匹のいのちを失ったと思った。群れの中にいるにはいても、あの一匹を見つけ出すことはできなかった。
<何ということをしてくれたのだろう、この姉は>
 ぼくは沈黙したまま、姉を見上げているだけだった。

     「姉と弟」の巻

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