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文芸の里コミュのSF 未完〈7〉 ウリ坊の巻

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猪が山から道に飛び出した。目の前に弾丸道路がのびていれば、そこをまっしぐらに駆けるしかない。猪に逡巡とか、試行錯誤はない。緒に就けば、そこを突っ走るだけである。
 テレビでも、そんな猪が突然現れ、白昼の街なかを全力疾走している光景を時々見かける。切り口はどれも猪突猛進。そんな動物の姿に哀れをとどめながら、微笑ましく流している。
 猪突猛進……大いに結構。短距離レースなら、猪に敵う動物は少ないだろう。己の全体重をスピードに乗せて、突っ走るのである。彼等に流線型とかスマートさなどは論外だ。体重があるほど加速に役立つ。速さと重さは等価である。
 かように猪は街なかを疾走するが、彼等が走り出す動機となると、まちまちである。決して等し並みには扱えないことが分かる。
 これから語る猪の仮の名を、Kとしよう。Kは五匹生まれた子どもの中の末っ子だった。最後に生まれてきただけでなく、母親の産道に引っかかって、この世に出てくるのが、さらに遅くなった。
 猪の子は生まれてしばらくは、マクワウリのような縦筋がついていて、そのためにウリ坊という愛称で呼ばれる。どんな動物も子供は可愛いものだが、猪の子のウリ坊は特に可愛いのである。
 ところでこの五匹の子供たちの中で、最後に出て来た末っ子のKだけは、産道に引っかかるというトラブルが影響して、特に母親の庇護を必要とした。他の子供たちが自分で餌を探して食べるようになっても、Kだけは母乳以外は受け付けなかった。むろん他の四匹も、半分は母乳に頼っていた。
 母猪は授乳のために、自らの餌探しが大変だった。乳量を多くする餌となると、山の自然だけでは補いきれなくなり、人間の作物にまで手を伸ばすようになった。
 そうなると、いつも母親について回るKは足手まといになった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃんのところで、待ってなさい」
 母猪は怖い顔をして追い返そうとするが、Kはそこで足踏みするだけで戻っては行かなかった。
 母親が国道を越えて人間の畑に入り、作物をバリバリ食い漁るのを、木の葉や草の繁みに隠れて見ていた。一方母親は自分だけ満腹していきながら、吾が子に与えられない罪悪感を抱きながら、作物のよいところだけを選び食いした。この罪悪感が、吾が子にだけ向けられ、人間には向けられていなかったことが、農家の被害を大きくしてしまったようだ。被害の大きさは犯罪の大きさを意味した。犯罪は罰せられなければならなくなった。
 そんなことが五六回もつづいたある日のこと、銃を構えた狙撃の名手が配置されたのである。
「ダーン!」
 つづいて、二発、三発。
 銃声に驚き慌てて、Kは母親のいる側へではなく、山の方角へ向かって駆け出した。草を薙ぎ倒し、木の少ない山の斜面を選んで、まっしぐらに駆けた。このときの逃走の姿は、恐らく猪突猛進になっていたにちがいない。Kにとっては生まれてはじめての猪突猛進である。
 このときを境にKの運命は変わった。本能の目覚めゆくままにひたすら突進したために、自分がどの辺にいるのかも分からなくなり、母猪が口がすっぱくなるほど言っていた、<お姉ちゃんやお兄ちゃんたちのいる場所>にも、銃声が鳴り響いたとき母親を見ていた場所にも辿り着けなくなった。母親の乳房にかぶりつくしか知らなかったウリ坊が、孤児となって山を彷徨いはじめたのである。
 あまりのひもじさから、口に当ってくる草を銜えて噛んでいるうちに、食物摂取のいろはを覚えていったが、それすら他の動物や鳥の助けがなければ、命を維持するまではいかなかっただろう。静まり返った草原で、チョットコイと小綬鶏に呼ばれて、おずおず寄って行き、小綬鶏も寄って来て、双方の歩み寄りで命を繋ぐといった場面も、幾度かあった。
 Kは小綬鶏と出会う場所がさまざまであったので、別な小綬鶏だと思っていたが、
「その木の芽は駄目。毒があるってこの間教えたでしょう」
 などと諌められて、同じ鳥だと知ることも幾度かあった。その鳥はウリ坊のことが気がかりで、木から木へ空を飛んでついて来ていたのである。
 子供を亡くした鹿が寄って来て、世話を焼くこともあった。ウリ坊特有の可愛さで、得をすることもままあった。いくら優しく呼びかけてきても、相手が狐や山犬だと、寄って行けなかった。舐められているうちに、思いが食欲に転換しないとも限らなかった。中には、相手の善意を曲解して、逃げ回ったこともあった。山猿との出会いに、幾度かそんな場面があった。呼んでいるのか、怒っているのか、その顔と仕草だけでは判別できない猿もいた。、
 猫柳が芽吹いているのを見て、母親と別れて一年経過していることを知った。それと同時に、自分の馬鹿さ加減に気づいて、がっかりした。取り返しのつかないうっかりミスを犯していたのだ。それは山の尾根伝いに歩くか駆けるかしているうちに、山の裏側に出ていたことに気づかず、その裏側の世界を自分が生まれ育った山だと思っていたのだ。取り返しがつかないというのは、もう母親と別れた場所を見つけ出せたとしても、母親には会えないだろうし、兄さんや姉さんの棲みかを探し当てても、自分がウリ坊ではなくなったように、彼らも大きく成長して、お互いを認め合えないと思えたからだった。そんなところに訪ねて行ったら、縄張りに入り込んで来たとばかり、袋叩きにあって、追い出されると分かっていたから、Kは自分の生まれた土地を、遠くから背伸びをして眺めるしかできなかった。古里は自分が生まれた場所ではあっても、帰るところではなかった。
 しかし母親の後をつけて、最後に別れる辛い離れ方をした場所へは、明日にでも探しに行ってみようと思うのだ。あのとき銃声に怯えて逃げ出したことが、心の傷となって、生きる自信の喪失にも繋がり、配偶者を見つける障害にもなっていた。
 あのとき最初の銃声を聞いて、母親のいる畑の方へ飛び出していたら、二発目、三発目の銃声は起こらなかったのではないか。その思いに、ずっと縛られて生きてきたのである。それで自分の故郷だと信じて疑わなかった裏側の山を登ったり下ったり、山裾を何度も往復して、探し回ったのである。しかし母親の入っていたキャベツ畑は見つからず、キャベツどころかいかなる畑も発見できなかった。
 どうしたのだろう。動物に荒らされるので、畑をやめて草原にしてしまったのだろうか。Kはそのときそう考えた。それにしても、あれからそれほど日数が経ていないのに、こんなに早く雑草に埋められてしまうだろうか。畑のこちら側には、草一本ない国道が走っていたのに、これほど早く草がはびこるものだろうか。Kは一年前、子供心にも不思議でならず、何より母親を思う一心から、何度も足を運んで山の麓まで下りて行った。それが山の裏側に当っていたとは、何という運命のいたずらなのだろう。
 一年を経た今、Kはその山の裏側、つまり懐かしい山腹に戻って、母猪のことを考えていた。
 とにかく、明日出かけてみよう。手遅れとは分かっていても、訪れないではいられなかった。
 翌朝、Kは朝日が昇ると、山麓のキャベツ畑を目ざして、一気に山を駆けて下った。葉を内側に巻き込んだキャベツという豊かな葉玉を前にして、Kは一年前の母の心を思いやった。子供たちにこの豊かな実を食べさせてやりたい。おっぱいを離れられない末っ子は、そこまでついて来ているのだ。末っ子に母親が食べるところを見せれば、吸うのではなく、歯で噛んで食べることも教えられるだろう。
 ここが人様の畑とあれば、それは無理な相談なので、せめて木の葉の間からでも、見ていることを祈る。末っ子からよく見えるように、ここは舞台女優のように振舞う必要がある。そう考えて母親は観客第一主義でいこうとした。末っ子から見えるように、山に向かってキャベツに歯を立てるのだ。できたらキャベツを噛む音だけでも耳に入れてやりたい。
 そこに銃声が起こった。末っ子にとっても、まったく予期しない音だ。聞かせてやりたかったキャベツを噛む慈愛の音は、銃声の爆音に掻き消された。
「ダーン」
 子は母の忠告を無視してついてきた罰が当ったと早合点して、山へ向かって走り出した。その子を追うように、二発、三発と銃声が轟く
 一年後のKはすっかり成長して、もうウリ坊の面影はなく、母親への借りを返すように、山へではなく、畑が海のように広がる人間の世界に向かって疾駆した。畑の前にはアスファルトの弾丸道路が、まっすぐ都会へと走っている。Kはしばらく道路の縁に立って、農地の広がりに見入っていた。キャベツ畑は管理が行き届いて、無駄なものは一つもない。どこかに母親が隠れても、すぐにも見つかってしまうだろう。いくら授乳のためとはいえ、こんなところに入り込んだことが無謀だったのだ。母親の骸でもあればと、微かな期待を寄せたが、葉玉と黒土のほかには、余計なものは何もなかった。遠く農家のトタン屋根が朝日をはね返している。
 Kは視線を畑の上から、国道へと転じた。今までどうしても外へ向かっていた意識の揺れがおさまって心の中心が定まった。外部に信条のように置かれていた母が、Kの中枢へと入ってきて、焦点がはっきりした。
 Kは定まった中心に向かって、走行を開始した。行先は国道の延びていく都市である。Kはその大都会へ向かってスピードを上げて行った。Kの猪突猛進がはじまった。彼は心の中にともった灯を見据えて全力で駆け出した。



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