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文芸の里コミュのSF〈6〉未完 レッサーパンダの巻

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 二十数年前、東京へ出て来ても仕事がうまくいかず、悶々と生きるだけの明け暮れに、動物園にでも行けば
気晴らしになるかと、上野動物園を訪れた。夏のこととて陽炎が立ち、いたるところに埃が舞っている気がしたものだ。人でごった返していたが、その中には人いきれだけでなく、動物のいきれも、多分に混じっていたことだろう。パンダ舎の中などは、特に人で溢れ、小さな子は大人に肩車されて、パンダを探すのに躍起になっていた。肩車をされた子供同士がいがみ合い、騎馬戦ならぬ、肩車合戦が起こってもおかしくなかった。なぜ人は、面白くもおかしくもないものを、いかにも重大で、これを見なければ、一生の損失をこうむるとばかりに、囃し立て、祭り上げようとするのだろう。
 僕は気晴らしをするつもりで来た動物園で、そんなどうでもいい人間の怒涛の渦に巻き込まれるのは、うんざりだったから、人だかりのしているほうへは足を向けなかった。
 しかし順路通りに進むには、その群集の中を通らなければならないことが分かった。逆周りに行くのも馬鹿げているし、しばらく歩みを止めて、人だかりが薄くなって背後を通れるようになるのを待つことにした。
 そうやって僕が足を止めたところには、別な動物がいた。猛獣ではないから、いかめしい鉄の囲いもなく、ちょっとした堀があって、動物とそれを見に来た者を仕切っているだけだった。地面では数匹の茶褐色の犬ほどの動物がじゃれ合っている。耳と顔の半分が白く、腹部が黒い、愛らしいどうぶつだ。一匹だけは僕に近い位置に来て、二本足で立っていた。何という動物だろうと、名称の書かれた立て札を見ると、レッサーパンダとある。
 レッサーパンダ、僕はその名を一語一語、口でなぞってみる。見物人は一組の老夫婦がいるだけ。
 何とこの見捨てられたような動物も、パンダなのである。
「レッサーパンダ」
 そう囁く声が聴こえたのか、レッサー君は信頼感のようなものを僕に寄せてきて、ひとつ小さく唸るような声を発した。
そのときパンダ舎に、喚声とどよめきが起こり、レッサー君が首をそちらに向けた。立ち上がったまま、顔だけパンダ舎へ振り向けたのだ。
「あんなに人間が群れて、いったい何があると、いうのかなア」
 ふと洩らしたレッサー君の声は、そんなふうにも聴こえた。僕も思わず、動物の身振りに合わせて、そちらへ視線を向けたくらいだから、レッサー君のそのときの表情につられたのかもしれなかった。
「愚かだねえ、何も見えていないのさ、あの人たち。あんな熱気の中から、その昔、十字架につけよなんて声が生まれて、民衆の声になってしまったんだよ」
 これは実際にレッサーパンダが呟いた言葉ではない。僕がそのときのレッサーパンダの外観から、そんな台詞を受け取っただけである。だが次なる情報は確かにあった。僕が上野動物園を訪れて間もなく、上野動物園から、千葉の動物園に一匹のレッサーパンダが移譲された。
 そのレッサーパンダが、二本足で立ち上がったという情報が流れて、騒ぎになった。新聞でも一地方の記事ではなく、全国版に載った。僕もその写真と記事を見ているが、そこに写っているレッサーパンダは、横顔ではなく、真っすぐカメラを見ていた。そして周囲には人だかりができていた。多くの人垣に囲まれ、そのレッサーパンダは恥じらいつつも、誇らしげだった。
 この報道には、一つ事実誤認がある。二本足で立つレッサーパンダは初めてと出ているが、僕は上野動物園で、同じレッサー君が二本足で立つのを目撃しているのである。皆が皆パンダに気をとられていて、気がつかなかったのである。
 その時からだいぶ年月が流れたが、今ふと思いついたことがある。僕が上野動物園を訪れたと同じころ、見捨てられたようなレッサーパンダと賑わうパンダ舎を交互に見て、僕と同じ疑問を感じた記者がいたのではなかったか。その記者は
一匹のレッサーパンダが、千葉の動物園に移されたのをチャンスと見て、大きく取り上げたのだろう。それからというもの、日本各地の動物園で、レッサーパンダは二本足で立つようになった。



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