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文芸の里コミュのちょっとこい

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ーちょっとこいー

そんな小綬鶏の鳴き声に誘われ、山に入った。

ーちょっとこいー

鳴き声はしているが、姿が見えない。

ー何だ、この鳥は
人間をなめているなー

そう思えたから、

ーおまえこそ、ちょっとこいー

と言葉を返してやった。
小綬鶏はしばし鳴きやみ、
山深く入って行った。
逆になめられた人間の僕は、
山からの帰り道を探っていた。

ーちょっとこいー

あらぬ方角から声がかかった。
それはさっき向かってきた山の入口の方で、僕にとっては好都合だった。
 それでそちらへ身を運んで行った。

ーちょっとこいー

そう誘っている小綬鶏の、頭から首筋にかけての青い色が、草の中に見え隠れして進んで行く。

ー人間に山を見せたかっただとか、生意気を抜かしてー

そんな小綬鶏について来てしまった自分の馬鹿さ加減に、腹を立てながら言った。

ー山に入って、あんたが不機嫌そうにしているから、急に心が変わったのよ。いい所を見せたかったけど。

ー何だ、そのいいところというのはー

ーそれはこの次のおたのしみ。そんな機会が巡ってきたらー

と小綬鶏は言って、山を下って行った。

ー気を持たせるじゃないかー

僕はそう言って、さらに小儒鶏を責めはしなかった。これ以上追及すると、

ーもったいぶっている訳じゃないわよ。なら、行く?ー

とまた山へのコースに変更されるとたまらなかった。
少しでも早く家に帰って、コーヒーを啜りながら、テレビの野球観戦でもしたかったのだ。読みかけのカフカの城も、ページを開いたまま出て来てしまったのだ。
 最初に小綬鶏が、

ーちょっとこいー

と誘った池の近くに来た。池ではカイツブリがさっきと同じ位置で水に潜っている。その水の輪が池の畔を進む小綬鶏と僕の傍に寄せてきた。
小綬鶏は水輪を一瞥しただけだった。

ーもう山に帰ってもいいぞ。ここまで来れば一人で帰れるからー

僕がそう言うが早いか、

ーそれじゃお言葉通りー

小綬鶏はそう言い残して、僕の横をささっと草を薙ぎ倒して、後方へ走って消えた。
この次の機会はいつにするのか、そんな約束に繋がるものは一切なかった。

ーどぼんー

カイツブリが池に潜る音がした。


ーーちょっとこい の巻 了



ー梟ー

小綬鶏に山に誘われた日から三週間になるが、その後、
ーちょっとこいー
 と声がかかることはなかった。僕はときどき、カイツブリのいる池には出かけていたのだ。カイツブリは依然同じ場所で、水に潜る動作も仕草も変わっていなかった。出かければ必ずいたし、していることもまったく同じなので、不安になったり、脅かされるようなことはなかった。
 それに比べると、−ちょっとこいー の小綬鶏のほうは、気を持たせてみたり、鳴き声も、ちょっとこい一辺倒ではなかった。ちゃとか、げぇとか、わけの分からぬ声を、単発的に発しておき、だんだんに纏まり、高まって、ちょっとこいに発展していくのだった。ちょっとこいは謂わば、小綬鶏の鳴き声の完成した姿といってよかった。完成するまでは、どこにでもいる諸鳥が、気まぐれに発している声と何ら変わっていなかった。
 そんなわけで、さまざまな声の沸き立っている野の中で小綬鶏と特定するのはとても難しく、また見つかれば、小綬鶏以外には、絶対鳴かない鳴き声なのである。
 
 僕はいいものを見せてやると言った、ちょっとこいを心の底で待ちながら、それを表には出さず、カイツブリの水に潜る様を厭かず眺めていた。カイツブリの平凡この上もない営みをなめてかかると、とんでもないしっぺ返しを食らうという経験をこれまでの人生で味あわされてきた思いがあった。彼女あるいは彼の浮かぶ池にしても、ここに水溜りがあることを発見したときから、池と名づけていたが、これは池というより沼と呼んだほうが正しく、しっくりするのではないかと、あるとき気づいた。沼としたほうが、単純にして朴訥なカイツブリの水に潜る営みを汚さないばかりか、逆に位を上げることになると考えた。今日それをカイツブリに伝えて長い間の自分の不埒を詫びたいと思っていた。それをどう切り出したものか、それこそ小綬鶏ではないが、機会を窺っていたのである。そのときである。遠くから、喉が詰まったような、冴えないぶっきらぼうな鳴き声が、単発的に耳に飛び込んできたのである。声のどこかにふんだんな懐かしさがあって、耳を傾けていると、ついに完成の域に達した、
ーちょっとこいー
 が出て来た。醸成されて出て来たと言ったほうが相応しいだろう。
 カイツブリは、この声を聴くのが厭だとばかりに、ポチャンと水音を弾かせ、沼に潜った。あとには水輪が膨らんで岸に寄せてくる。
 小綬鶏が近づいて来るのと、水輪が岸に到達するのとは、ほとんど同時だった。小綬鶏は、水輪が土手の縁に届いて、ピチャッとひそかな音を出すのを聞きとどめて、やおら僕に、
ー行く?− 
 と伺いを立てた。僕は小綬鶏を待っていたと思われるのが癪なので、
ーどこへ?−
 と惚けて訊く。
ー決まってるじゃん。私の山によー
ーあれは、おまえの山かー
 小綬鶏は、何を言うのかと口を尖らせて、
ーそうじゃないけど、そうしておかないと、私のプライドが持たないのよー
 とすぱっと言った。
ープライド?−
 と僕は小綬鶏を上から見下ろして訊いた。鳥から思いがけない言葉を聴かされた気がしたのだ。
ーそれは縄張り意識のことじゃないかなー
 と僕は、自分なりに納得できることばに置き換えてみた。動物の中にある縄張り意識なら、分からないわけじゃない。犬だって自分の生きる範囲を主張して尿をふりかけ、匂い付けにやっきになるではないか。
ーなに? なわばりってー
 と小綬鶏は訊いてきた。プライドは分かっても、縄張りは分からない。こんなものだろう。それが動物と人間との違いなのかもしれない。本来同じものとして生まれついているのに、別な言語に置き換えてきたのが人間の歴史だ。学校などで学ばない鳥や獣は、最初から高級な方へ意識が飛んでいるのだ。さきほどカイツブリに池を沼にしなければならないと拘っていたのも、そんなところに根がありそうだった。
ーおまえたちに具わった闘争本能にみたいなものさー
 今遭遇した動物の言語感覚からいくと、さっきは君と呼んで、今おまえとしたことも、訂正しなければならないのかもしれなかった。
ーつまらないことを、ぐだぐだ言わなくていいよ。これから私の山へ行って、いいものをみせるんだからー
 小綬鶏はそう言って、僕の足元をひょこひょこと一巡りすると、それで人間の歩行の権利を獲得したとでも言うように、山へ向かって歩き出した。
 僕は小綬鶏の後につく。足を進めながら沼に目をやると、まだカイツブリは水面に出ていなかった。よほど小綬鶏が気に入らないのだろう。僕が沼に顔を振り向けていると、小綬鶏はそんな僕の素振りが気に染まないらしく、
ー旦那ー
 と呼びかけてきた。
ーダンナ?−
 僕は旦那呼ばわりされたことが心外で、声も荒くなった。−この前は確か、町の大将とか、若大将とか呼ばれたと記憶するがー
ーその帽子じゃ、若大将じゃねえっすよー
ーそうか、うっかり鳥打帽をかぶってきてしまったもんな。鳥に会うのに鳥打帽じゃなー
 意味が通じたのか、通じないのか小綬鶏葉黙ってしまった。
 山に来て、森に入った。森のはじまりは陽も射して明るかったが、五十メートルも進むと、辺りは暗くなり、闇が覆ってきた。
 一本のクヌギの樹に、梟が目を光らせている。
 小綬鶏は梟にうやうやしくおじぎをして、何やら鳥にしか分からない鳥語を二言三言話した。
ーオーケーー
 とかいう声が、梟から洩れて、梟はすぐ、クヌギの樹のてっぺんに向かって飛び、そこの幹に翼を半分開いたままとりつき、梢を割って届く太陽光に向かって声を発した。神に伺いを立てているような様子だ。入山許可が必要らしい。梟がここで見張っていて、取り仕切っているようなのだ。面倒な所へ踏み込んでしまったと、僕はしかめっ面をしていた。
ーその人間とは、どういう関係なのかー
梟は太陽光の滴りを取り次いで、そう訊いた。
ー人間の友人です。何の取り柄もない、普通のー
 小綬鶏は僕が言いもしないのに、そんな返事をしたようだ。
ー銃は所持していないかー
ー銃もピストルも持っていません。丸腰ですー
 僕が応える先に、小綬鶏は次々とそんな取次ぎをした。丸腰などと、よくもそんな言葉を知っていたものだ。
ー分かった。分かったが、その鳥打帽は脱げ!−
 それは太陽から雫となって滴る託宣のようだった。僕は鳥打帽を脱いで、手に持った。
 入山の注意はこれで終わりかと思ったら、まだ続いていた。
ー熊よけの癇癪玉は、持っていないか。あったら、そこで岩山に叩きつけて、爆発させていくこと。熊は昨日尾根を伝って、向うの山へ脱出したので、脅しの武器もいらなくなった。そこに出して、出すだけでなく叩きつけて爆発させ、癇癪玉の役割を完了させて行きなさいー
ーそんなもの、持っていないよー
 僕は脇の下に隠していると疑われないために、両腕を翼みたいに広げて見せた。
ーなければ、それでよろしい。以上は光の神様からのお告げだよ.ここからは梟に戻って言いますよ。よい旅をしてきてね。小綬鶏さん、あとは頼むわよ。このかたをあなたの好みのままにご案内してー
 僕は梟の言葉で、少し不安に駆られた。人間を喰らう熊は出て行ったと聞いたが、殺傷力を持つサソリや蝮や雀蜂はこの山のどこかに潜んでいると思えた。そんなところに好みのままに案内されたら、たまったものでない。しかしこの小綬鶏は気の小さいところがあり、残忍性はないので、安心してもよさそうだった。同じ雉科の山鳥だと、蛇を喰らう性質もあるので、蛇の棲む好みの場所へ連れて行かれるかもしれなかった。蛇好みではないにせよ、臆病な小綬鶏がーちょっとこいーなどと呼びかけるのが、どうしても分からないところだった。たまたま僕みたいなおとなしい人間だったからよかったものの、人間の中には人殺しだってする凶悪なものだっているのである。鳥を絞めて焼き鳥にしてしまうものなら、何倍いるか知れたものではない。
 それはさておき、今新たに浮かんできた疑問がある。それを梟の入山許可をとって、すぐ前を気分良さ気に歩く小綬鶏にぶつけてみることにした。
ーおまえはさー、前回僕を山に連れてきたとき、いいものを見せるとか言っていたよな。ところが僕が不機嫌そうにしていたことにかこつけて、それはこの次の機会にするなどと、いい逃れて、何の収穫もなく山を下ったんだ。もしかしてあのとき、僕を梟に合わせて入山許可を取ろうとしたんだけど、生憎その梟が不在で、それがならず、あんな満たされない不満足を抱えて下山したんじゃなかったのかなー
 僕がそう言うと、小綬鶏から即言葉が返ってきた。
ーご名答ー
 小綬鶏はそう即答しておいて、説明に入った。−あなたは確かに要領を得ない不満足を抱えて山を下ったと思うー
ーその通りさ。ちょっとこいなんて誘っておいて、金品を騙し取るゆすりなんて、人間の世界にごろごろいるからね。おまえもそんな人間の手口を真似た悪質なタカリじゃないかと、自宅に着いてから、インターネットの検索で調べてみたりもしたさ。するとおまえの一族の日本での歴史は浅くて、大正時代に飼い鳥として輸入したものを、同じ大正時代に、狩猟用として放鳥したらしいんだな。
 そんな先祖を持つおまえと会うのに、鳥打帽をかぶってきた事は、不謹慎だった。こんなものは棄ててしまえばいいんだー
 僕は言って、手にしていた鳥打帽を、ちょうど通りかかった谷底めがけて放った。小綬鶏はさっと身を低くして、拾いに飛び立つ構えを見せたが、持ち返ることは鳥撃ちを奨励することに繋がると合点したらしく、帽子を追って飛び立つことはなかった。
ーそれで、検索で出てきた資料に基づいて、僕なりに考えてみたんだが、大正時代に飼われていた小綬鶏を呼ぶのに、ちょっとこい、ちょっとこいと、叫んでいたに違いないんだ。それで野山に放鳥されたおまえたち一族が、主客転倒して、ちょっとこいと自分たち以外のものに呼びかけるようになったのさー
ー知らなかったわ。そんな歴史があったのね、私たちの先祖にはー
ーあなたの言う主客転倒であるかもしれないけど、ちょっとこいが、私たちを表すのにもっとも特徴的な名称になっていることは、確かよね。ちょっとこいを抜かせば、小綬鶏なんていないも同然よー
 小綬鶏はそう息巻いて言って、しょぼんとなった。気落ちしたために、言わなければならないことを忘れてしまったらしい。
ー最初に出会ったとき話していた、次の機会に面白い所に連れて行くと約束した、その面白い所に連れて行ってくれるんだよー
 僕がそう渡りをつけてやると、
ーそう、それそれー
 と身を乗り出してきた。
ーその場所というのは、この草道を進んでいけば辿り着けるのかな、小綬鶏ちゃんー
 と僕は、今やちょっとこいよりも、小綬鶏そのものを持ち上げてやらねばならない必要を感じて言った。
ーあなたはもう、そのど真ん中を通って来たのー
ーど真ん中を来たって? まさかあーー
 僕は解せないものに覆われてしまった思いにかられ、それを振り払うべく、帽子のない頭を力いっぱい揺すった。
ーそうなの、会って来たの。入山許可証を発行した梟さんこそ、そういう存在なの。この山の鳥や動物たちの中では、女王様ってとこねー
ー梟がそういう存在だって! 確かに厳かな風格で、女王然とはしていたさ。しかしおまえがこの間前宣伝したようなおもしろさなんて、これっぽちもなかったぜー
ーそれはこれから徐々に効いてくるものなの。良質のワインみたいなものねー
ーふーん、そんなものかね。そんなに貴重な存在なら、あまりにも呆気なく過ぎてしまったな。おい、小綬鶏ちゃん、これから戻ってもう一度ご尊顔を拝してこようじゃないかー
ー駄目よ、そんなことしちゃあ。彼女をなめてかかっているというので、とんだ懲らしめを受けるわ。彼女がそうするんじゃなくて、彼女を見守っている霊的な存在があって、その目には見えない方が、介入してきてどうしようもなく、そうされてしまうんだから。この山から追い出された熊だって、彼女からもっと薬効が欲しくて、クヌギの木の下に座り込んだから、目に見えない強大なな力が熊に襲い掛かって、引きずり出されたのよー
ーおまえもその薬効欲しさに、梟の周辺をうろついている口だな。おまえが僕をちょっと来いと誘ったのだって、
女王の前に出る口実だったのかもしれないなあ。そうでもなければ、金も地位も名誉もない僕が、ちょっとこいなんて誘われる理由なんてないからねー
ー鳥にお金なんて何の役にも立たないわ。食べ物だっておなかをいっぱいにするだけで、ためておく場所がないから、欲しくない。でもねえ、これだけは信じて欲しいの。あなたは、私が梟の所に行くための口実にしたと言うけど、それがまったくなかったとは言えないけれど、
何より大きかったのは、あなたが女王から豊かな恵みを受けて喜ぶ顔か見たかったのよー
ー悪かったよ。善意のおまえを疑ってかかってー
 と僕は素直な気持ちになって謝った。そしてこの素直な気持ちになれたということが、梟からのプレゼントに違いないと思えてきた。

ーー梟の巻 了

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