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文芸の里コミュの少年の夢 未完 19

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少年の夢 未完 19 2016年11月23日 14:57
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「何、その馬ちがいっていうのは?」
 と幹太はくらいついてきた。
「堂田さんが必要としている馬は、その友達のお母さんじゃないっていうことよ」
 桃子はびしりと言ったつもりだった。それでもまだ足りない気もした。しかしそれを言葉にする機が熟していない思いも、どこかにあった。
「それじゃ、堂田さんに合う馬はどこにいるんだよ」
 幹太は少しじれったさを感じてそう言った。
「その友達のお母さんにとっては、堂田さんはいい馬かもしれなくても、それだからって、堂田さんにもいい馬とは言えないでしょう。どちらか一方には良くても、もう片方が、いい馬と思わなければ駄目なのよ。結婚はお互いが良くなければ、成立しないのよ」
「分かった。桃子おばちゃんは、堂田さんとその子の母親とを、一緒にさせたくないんだね、そうでしょう」
「当たり前でしょう。その母さんというのは、二度も結婚した人よ。堂田さんはまだ一度も結婚していないのよ。男の人と女の人の出会いというのはね、人を助けるとか、正義感とか、人道的なこととは、違うのよ」
 桃子が、マリエの母親が二度結婚していると言ったので、幹太は意外だった。幹太はマリエに妹がいるとは話したが、父親のことは話していなかったのだ。
「桃子おばちゃんは、マリエちゃんの母親のこと知ってるの?」
 桃子は口が滑って、幹太が喋らなかったことまで話してしまったことに気づいた。しかしこの際、そうしなければならないところまで来ていると思った。
「知っているわよ。そのお母さんはね、村では評判の人ですからね。東京まで男の人を追いかけていったり、銀座でクラブで働いたり、それも長くは続かなくて、その頃村からS市に引越していた親のところに帰りたかったんだけど、親もその人の面倒をとても見切れない状況で、結局、子供を連れて自分の生まれた土地に帰って来たんだから、それは可愛そうな人だとは思うわよ。でも、その人が自分で蒔いた種でもあったの。人間って、本能のままに炎のようには、生きられないってことなの。
 幹太のパパも、西里の奥地で二人の子供を抱えての生活だからと心配して、いろいろ村会議員の人とも話し合っているらしいんだけど、村は今町として名乗り出ようとしているでしょう。町になるためには、ある程度の民家の密度が確保される必要があるのよ、それがぽつんと、西里の奥に一軒家があると、人口密度を薄めてしまって、町として申請されにくくなるの。だから分校も造れないでいるの。学校に通うのが大変なことは分かってもね…」
 幹太は桃子がいろいろ知っているのに驚いた。幹太は父親が村会議員の人と電話で話しているのを、盗み聞きした程度の知識しかなかったのである。
 学校で子供たちが、マリエに冷たくするのも、そのあたりのマリエの母への醜聞も重なってきているのかもしれないと、頭をめぐらせていた。当然幹太への風当たりも強くなるわけである。
 しかしそれだからといって、引き下がることのできないのが、幹太の生来の正義感である。少年野球にのめりこめるのも、どこまでも正義を貫いていけるからだった。野球では駆け引きも、正義のうちなのである。
 リカは幹太の近くに寄って、電話のやりとりを、余すところなく聴き取っていた。知ったものを、自分の母親に隠しておくのが、大変だと思っていた。はたして隠し通せるだろうか。母親に自分が変だと思われはしないだろうか。そんな心配まで持ち上がってきた。
 どうやら、桃子おばちゃんは、堂田という人を本気に好きみたいだと、リカは感じ取った。その点では、幹太の上をいっていた。幹太は桃子にさんざん言われて、桃子に堂田を押し付けたのも、自分の判断だけで動いたいたらなさではなかったかと、反省も沸いて、堂田と桃子を結ぶ線をこのあたりで取りやめ、その代わりにマリエの母親と入れ替えるのも、今言われたところの自分だけの判断としたら、この際、そんな面倒な大人を引き離してしまおうと思った。
 その上でマリエと堂田を引き合わせて見ることを、本気考えはじめた。堂田がマリエを不憫に感じれば、その母親にも心を動かさずにはいられないのではないかと憶測した。
 近いうちにマリエを堂田に会わせよう。幹太は桃子の話をそっちのけにしながら、そう考えていた。
 桃子は桃子で、幹太が遠く感じられるのは、幹太が堂田を桃子に勧めたのは、よけいなことをしたと受け取られてしまったのではないか。そうなると自分は、堂田から離される方向に事が運ばれていくのではないかという不安が、頭をもたげてきた。これには早く手を打たなければならない。そう考えて桃子は電話を切ろうとした。
「おばさんは仕事中だから、電話切るわよ。今夜のお赤飯楽しみにしていくからね。そうそう、お友達に貰ったコクワもね」
 携帯をたたんでしまった幹太は、額に皺を刻んで、一時に十歳も歳を重ねた人のように見えた。
 兄と妹は並んで歩みを進めながら、お互いに別のことを考えていた。リカは堂田と桃子の結ばれていく光景を、幹太はマリエと堂田、そこにマリエの妹アユミを加えて、ゆくゆくは今日顔を出さなかったマリエの母親も入れての、おおらかで明るい家庭が出来上がっていった。
 リカと幹太は、双方食いちがった夢をあたためながら、すっかり風の収まった田舎の道を歩いて行った。足に疲れはあっても、これから持ち上がってくる新たなるものへの抱負で胸がいっぱいになっていた。


 桃子は翌日出勤すると、堂田の病室に出向いて、幹太に頼まれたからと取り繕って、一通の封書を手渡した。
「昨日、幹太が少年野球で優勝したお祝いをしたの。お祝いといっても、身内のものだけのひっそりしたもの。それで幹太から、これ堂田さんに渡すように頼まれたから」
 同室の患者の手前、桃子はそんな策をつかった。他の患者の目を諮ったのは二度目ということになる。一度は堂田の友人夫婦のいる前で、医師からの呼出しという手をつかった。他人の目をごまかすのだから、ある程度の勇気がいるが、追い立てられると知恵も浮かんで動ける桃子であった。
「幹太君、何だろう。これからは中央大会で、練習が大変なんだろう」
 そう言って、一度置いた封筒を手に取った。桃子は堂田が開封する前に、病室を出て行った。

 =幹太からの手紙というのはフイクションです。私からあなたへのメールです。実は昨日昼間、幹太から携帯の電話があって、いろいろ話したんだけれど、緊急にお話しなければならないことがあるの。それで私は明日、火曜日が代休なんだけれど、堂田さん外出できないかしら。外出願いを出して。会う場所は、以前あなたを車で拾って、病院に送り届けたあたりはどうかしら。病院からまっすぐの道で、分かり易いと思うのだけれど。キリンビールの看板が出ていたわね。大きな立て看板が。それが分からなければ、携帯で電話してください。私の携帯番号は+++++ 時間は午後一時30分。ではそのときに。
 堂田道太様       桃子より

 堂田は桃子の走り書きを読み取ると、難しい顔を俯けた。難しい顔をすることもなかったが、逆に明るくもできなかった。桃子が堂田の土地を購入してくれると言われたことから、彼女の心は読める気はしたが、堂田には、その線に沿って事を推し進めていくことに、実感が持てなかった。堂田の心がどうのというよりも、堂田の存在自体が空に浮いて、希薄だったのだ。
土地があって、馬鈴薯、玉葱、玉蜀黍などを、細々とながら収穫し、農協へ出荷している間は、自営農家として成り立っていたのに、馬車から振り落とされて、それがなくなり、農地から離されてみると、急に自分がいなくなってしまったのだ。土地を手放して、その収益で生活をはじめるとしても、それでは自分がいないも同然だった。足が地についていないとは、こういうことなのかと、農作業を離れてみて、これまでの自分の価値を認識したのである。しかし今からその土地に帰還するとして、この何ヶ月かの遅れを取り戻せるだろうか。もう馬で収穫物を農協へ届けるのは不可能だ。馬が再度後ろ足で立ち上がり、馬車から振り落とされでもしたら、今度こそ命を落すかもしれないのである。飼主の馬方を虐めることを覚えた馬が、いつそれをやらないとも限らない。堂田がそれを怖れていれば、馬にそれが伝わり、林檎のあるなしにかかわりなく、後ろ足で立ち上がることも考えられる。林檎を食べたいとかにかかわりなく、厭な事がぁれば、鬱憤晴らしに立ち上がるかもしれなかった。
 ともかく堂田は明日のために、外出願いを出しに行った。不許可になるとは考えられないが、もしそういうことになったら、その旨を桃子に伝えるためにも、彼女が出勤している時のほうが都合よかった。
 けれども外出願いを提出した後で、桃子の携帯の番号が封書の中に記されてあったのを思い出し、慌てる必要もなかったと考えた。これまでお互いに、病院内で顔を合わせる以外、連絡の取りようのないところにいた事が不思議でもあった。
 ナースステーションに外出願いを出したとき、桃子は中にいたが、彼女は素っ気なくしていて、堂田を振り向きもしなかった。その桃子の態度を観察している看護師仲間も、いないようだった。もしいたら、桃子のそっけなさを、逆に怪しんだかもしれなかった。
 外出の許可は、三時の検温に回ってきた別の看護師に手渡された。
「堂田さん、お酒は駄目ですよ」
 とその若い看護師は言った。
「分かってますよ、そんなこと」
 と堂田はいけぞんざいに応えた。
「久しぶりだから、お家が恋しくなったでしょう」
「いいや、ぜんぜん」
 と堂田は言った。家に村木さんみたいな可愛い奥さんでもいれば、別だけどね」
「あら、そんなこと言って。決まった人がいるくせに」
 厭な受け答えをする看護師だと、堂田は思った。まさか桃子とのことが、陰でそんなふうに囁かれているわけでもあるまいに。
「僕に、決まった人がいるって? まさかァ。そんな人がいたら、紹介して貰いたいもんだ」
 笑い飛ばすように堂田は言った。明日、桃子との約束があるので、その余裕だな、と堂田は一人でそう思った。
 看護師は検温になると、厳しい表情になり、無駄口はきかなかった。

 明くる日堂田は、パジャマを脱ぎ、最初の外出許可が出たとき自宅から持出したスーツを着て外出した。
 約束の五分前に、キリンビールの立て看板のある場所に着いたが、既に桃子の車は来て停まっていた。
 桃子は堂田を助手席に乗せると、二度三度前進後退をして、車の方向転換をすると走り出した。
 繁華街の方には向かわず、逆方向に走って、国道に出ると、フルスピードで走り出した。
「S町の中でと思ったけれど、狭い町だから、誰に会うか分からないでしょう。だからこのままP市に出るわね。帰りはちゃんと消灯前に送り届けますから、心配は要らなくってよ」
 桃子は前方を睨んでアクセルを踏んだ。いつもこんな顔で運転しているのか、と知らない桃子を見た気がした。
「幹太から、私のまったく想像もしていなかった新事実を聞いちゃった」
 と桃子は言った。前方を睨む彼女の厳しい表情に、そのことも含まれているのかと、堂田は頭を巡らせていた。
「何、それは?」
 堂田は、そう訊くしかなかった。
「人間って、恋はいつ頃芽生えるのかしらね。まさかとは思うんだけれど、幹太の年齢で、そんなことないわよねえ」
「幹太君に、そんな新事態が持ち上がっているんだ」
「幹太の姉が、私に教えたことも理由にはなっているんだけど、同級生の女の子に、幹太がリボンをプレゼントしたらしいのよ。それもそのリボンを姉の蒐集箱から抜き取って与えたようなの。P子が自分の蒐集箱を調べたら、一本だけリボンが消えていたんですって。それもP子の友人が小学校に通っている妹から聞いた話をP子に教えて、それでP子が自分の引き出しを調べてみたら、一本だけ抜き取られていたんですって。P子はあれで、よくできた大人だから、幹太を叱ったりしないで、どうなっていくか様子をうかがっているらしいのよ」
「恋の芽生えか?」
 堂田は自分の経験を想い出そうとして、そう言った。「個人差があるだろうけど、普通は中学生頃じゃないかなあ」
「それは堂田さんの体験?」
「まあ淡く過ぎていったけれどね。淡くもないか、ラブレターを出したくらいだから。修学旅行のバスガイドだった。十和田湖に向かって、奥入瀬川の渓流を車窓に見ながら走っているときの、バスガイドの甘く高い声が、せせらぎと重なり合って突き刺さってきたんだね。そのバスガイドが僕のことだけを見て観光案内をしたり、歌ったりしているような気がしたものさ。白く砕ける瀬音と車窓すれすれに流れる青葉のきらめきが、バスガイドの声と同調して、僕の心にしまわれてしまった。それで修学旅行から帰ると、バス会社に宛てて恋文を綴ったものさ。それが童話を書く原点になったのかもしれない。バスガイドからの返事はなかった。それでおしまい」
堂田はそこまで言って、気持ちよく笑った。無駄なことを話した気もしたが、日頃人と話をしていないので、止めようもなく口から出てしまったのだ。話してしまってから、幹太が被さってきているようにも思えて、それなら幹太は恋をしてその子にリボンを贈ったのだ。姉のリボンを盗みまでして。
「幹太君のも、そういうものかもしれないね」
 と堂田は自分の回想をしめくくった。
「だって、幹太の相手は、同級生なのよ。お互いに若いんだし、別れなければならない理由なんてないもの、もし本当の恋だったら、大変なことになるわ、どうしよう」
 桃子はそう言って、ハンドルに顔を伏せるようにし、片手で額を抑えた。次にその反動が襲い掛かりでもしたように頭を起こすと、前を見据えてアクセルを踏んだ。スピードに乗った車は、別の車のように走り出した。
「あなたが、初恋の話をしてくれたんだから、私も話すわね。そうするのが、順序の気がするから」
 何の順序なのか堂田は理解できなかったが、黙って聞き役に回った。
「私の初恋はあなたみたいに淡くはないわよ。それを聞いて、あなたに嫌われたら、嫌われたで仕方ないわ」
 桃子はそう前置きして、おもむろに語りだした。
「その頃、柿の木坂村にトンネルを掘って列車を通す計画があったの」
 堂田もトンネルの話は聞いていたので、頷いていた。
「東京から専門の技師がやって来て、測量が始まったのよ。はじめは三人いたんだけど、二人はほかへ回るとかで、一人だけが残されたの。足りない人手を現地の人で賄うことにして、短期のアルバイト要員として、父の口利きで私が採用されたわけ。そこで私は、その技師に夢中になってしまったのね。その人には東京に奥さんも娘もいたけど、私は恋の病に取りつかれてしまい、その人の助手になって、それはそれはまめまめしく働いたわ。指図されるままにポールを持って飛び回ったり、彼が試掘した岩石を東京の研究所へ送ったり、目まぐるしく働いたわ。
 一箇月も技師の助手をしているうちに、彼の東京の家庭についても、奥さんからかかってくる電話で、窺えるようになったの。雨の日で外で仕事ができなかったり、図面を描いたりするのは、村の旅館を使って、私も泊り込むこともあった。
 そんなとき、奥さんからかかってきた電話に私が出てしまったのよ。彼の会社からだと思って、受話器を手に取ると、それが奥さんからだったのよ。『宇崎はただ今、席を外しておりますが、帰りましたら伝えますので、ご用件をうかがっておきます』って丁寧に応対したけど、もう駄目。奥さんは電話を切ってしまった。ジェラシーがピークに達してしまったのね。私はそのときはまだ、ただの助手で、生娘だったのよ。旅館に帰った彼に、奥さんとの電話のことを伝えると、宇崎はうまくいっていない夫婦生活について、ぐちりだして、奥さんとの交わりが冷えてしまっていること、僕が愛しているのは君だって、告白されたの」
 助手席の堂田が、重苦しい雰囲気に包まれていき、沈み込むのが手に取るように分かった。
 桃子の初恋の男との濃密な話は、佳境に入っていく。「その夜私は彼に身を任せたわ。妊娠の兆候に気づいたのは、トンネルの掘削が地質的に不可能なことが判明して、彼が東京に引き上げてしまってから。私は重たくなってくるお腹を抱えて、彼を追って東京へ行ったわ」
 堂田の身動きがギクシャクとして、
「車を止めてくれ。最初のデートから、こんな荒波に襲われるとは、予想もしなかった。甘い夢を見ていたようだ。僕と君との間には、何もなかったことにして、これでおしまいだ。実際何もなかったんだ」
「あら、私の初恋の話は、もっとつづくのよ。東京へ追っては行ったけど、実らず、出産して、育児の世話を焼いてくれた保育園の保父さんが、第二の彼となって、第二子の誕生」
 堂田は青褪めてしまい、何も言葉を発しなくなっていた。どうやったら、桃子が車を止めるか、そのことだけを思案している様子だった。
車は丘陵を縫うようにして走っていたが、前方に視界のきく平原が見えてきた。平原の中に民家が点在しており、そのなかにパ−キングエリアらしきものがある。そう看板も出ている。桃子はそこを目指してハンドル切っていた。堂田は息をつくというよりも、そこで二人の間が断たれた後の、言いようのない障碍をどう治めていったらよいものか、その心配が急激に押し寄せてきていた。
 どんな桃子でもいいから、つづけて付き合っていきたいという思いはなかった。あまりにショックが大きく、それを乗り越えていける自信は、とても出てきそうになかった。
 桃子はパーキングエリアに車を乗り入れて行き、一番近いスペースに入ると、車を止めると同時に、
「今の話は嘘よ」
 と言った。しかしその顔にゆとりはなく、青褪めた堂田と同じように厳しかった。下唇を噛んで、いかにも悔しそうだった。
「それならどうして、あんな嘘を言わなければならなかったんだよ。嘘と信じたいけど、僕の頭の中は、黒く渦巻いたままだ」
「それは私のほうが言いたいくらいだわ。私の話を鵜呑みにして、私がそんな軽はずみなことをする女かどうか、疑ってみるくらいには、日頃の私を見ていて欲しかったわ」
「付き合いが薄すぎたんだね、僕たちは。日数は経っているけど、一度も外で会ったこともなければ、メールのやりとりもなかった。一般の会社員のように、昼食を一緒にすることもなかった。昨日なんか、もし外出願いが許可されなかったら、連絡のしようがないから、君が出勤しているうちに、許可を貰えるように焦っていた。昨日貰った幹太君の手紙の中に、君の携帯番号があったのを、忘れてしまっていたんだ」
「それは私も悪かったわ。あなたの携帯も訊かなかったし、自分の携帯をようやく昨日書いたくらいだもの。でも、本心はいつも、近く感じていたのよ、あなたを。だからさっきみたいに、車を止めれ、なんて言われて、そのショックがまだ治まらない」
 桃子はそう言って、ワンピースの上から胸のあたりを抑えた。堂田は彼女のワンピースの色に、今はじめて気づいたかのように、淡い花柄をあしらったピンクの地色に見入っていた。
「煙草吸って頂戴。我慢していると、スムースに話しが伝わらないと困るから」
「そうだった」
 と堂田はスーツのポケットを探って煙草を出した。苛苛していたのは、煙草が切れていたせいかなと思ったが、そんなはずはない。煙草など忘れるほど、彼女の話は毒々しかったのだ。
 桃子は紫煙が及んでいっても、気にしなかった。
「私の嘘話にはねえ、モデルがいるのよ。幹太がリボンを贈った女の子の母親。その++という人が、危険な魔女のようになって、私を襲ってきていたの。幹太がその子を恋しているなんて、あなたが言ったから、急に話さなければって思ったの」
「どうして幹太君の恋心と、その魔女のような母親と関係あるんだよ」
「だって、そうでしょう。恋していれば、その女の子が第一で、ほかはまったく見えなくなってしまうでしょう。
 私なんかどうでもよくなって、その母親と、あなたを結び付けようとするんじゃないかしら。それは一昨日の幹太との電話でも感じていたの。私の話が伝わっていかないなーって」

 未完

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