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文芸の里コミュの少年の夢 未完 18

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 幹太とリカは、来るときよりは軽快な足取りで歩いていた。風もいくらか弱まっているようだ。来るときは向い風だったが、今は追い風だ。
「マリエちゃん、明日来るよね」
 とリカは幹太に言った。声にはいくらか心配がまじっている。
「肩がぶり返して、痛くなったりしなければ来るよ」
 と幹太が言った。明日は来ても、またしばらくは出て来ても、登校をつづけられるかどうか、幹太は心配していた。
「何といっても遠いからなあ、人間なんて何か目的がなければ、つづけられないもんだから」
「目的って何?」
 とリカが兄の横顔に目をやった。
「僕は野球があるから、学校に行っている。目的っていうのは具体的なものさ」
「具体的ってどういうこと?」
 とリカが突っ込んできた。
「何か形があるっていうのかな。たとえば野球で言えば、今日はどうしても、ヒットを一本打つとか、一つもエラーをしないとか、そういうことさ。監督にいつも言われているからなあ。具体的な目標を持って、それに向かえって。どんなに小さくても、形で現わせるものを狙っていけって」
 先日、マリエを待ち伏せして、彼女の話を聞いたときも、マリエは言ったものだった。幹太がいるから、遠い道のりでも、学校に通っていけるのだと力説していた。それがマリエの具体的な目的だったのだ。けれどもそれを今、兄には言わなかった。またそのことで幹太はマリエを心配しているのだった。つまりマリエには、登校する具体的な目標がないと思って。
 兄には野球があり、マリエには幹太がいる。はたして自分にとっての具体的な目標とは、何なのだろう。何人かの友達の名を挙げてみて、その人たちに逢うのが自分の目標なのだとしたら、そしてその人たちに逢えるから毎日学校に通っているのだとしたら、少し淋し過ぎる気もした。しかし人間には、そのくらいの目的でも、なければ日々が虚しくなるのかもしれなかった。マリエには、地下壕を掘ることも、目標になったはずだった。そして今は、それも完成してしまったのだ。
 マリエが幹太がいるから学校に通っていると語ったように、リカにも一つ上の学年に幹太がいて、彼が通っているから自分もごく自然にそうしているのだと、何故か強くそう思った。
 幹太は自分がマリエの目標になっているなどとは露知らず、何か彼女のために力になってやらなければと考えていた。そうでもなければ、とても通えない距離だと思えた。そのとき表面に出てきたそうにしていながら、蟠り燻っていたあの堂田道太が、吾道を行くとでもいうように、堂々と大手を振って登場して来たのである。むろんこれは、幹太の意識の中だけのことである。 
 堂田のおじさんに話してみよう。幹太は密かにそう思った。そのためには、堂田にマリエを引き合わせることだった。マリエに会って、彼女の窮状を知れば、ほっては置けなくなるのではないか。マリエに妹のあることを知れば、なおさらである。どうして幼い二人の子供を、西里の山奥から小学校まで通わせることができるだろう。自分(堂田)が引き取って、学校に近い家に置く、そう考えるだろう。堂田に限って、そうなるに違いないと思えた。自分が命の恩人だからなどという、偉ぶった思いなど、もうとうなかった。
 幹太の考えた方向に事を進めていくには、桃子の了承を取り付けなければならないだろう。桃子が堂田の事を大切に思っているのであれば、幹太の計画は白紙撤回となる。いや、白紙撤回はするが、別口で進行をはじめるかもしれない。幹太は次々と頭に閃いてきたものを転換させながら、一人で笑っていた。
「お兄ちゃん、何かよいことあったの?」
 と隣りから妹が訊いた。
「べつに」
 と幹太は言ったが、この際リカに今頭に浮かんだものを教えても構わない気がしていた。リカもマリエのこれからの大変さは分かっているはずなので、その大変さを少しでもやわらげてやる助けになればと考えていた。
「桃子おばちゃんに、今電話してみるよ」
 と幹太は携帯を取り出しながら言った。
「桃子おばちゃんに何て、私が堂田おじさんに会えって言った、そのこと?」
「どう運んだらいいのか、順序がばらばらだけど、話がまとまるときって、こんなものなんだよ」
日曜日で休みだと思っていた桃子は勤務していた。十分したら、桃子から電話すると言った。人に聞かれない場所を探すなと、思えた。
 電話を待つ十分の間、幹太とリカは無口で歩いた。具体的な目的があることとは、こういうことなんだとリカは考えていた。何のことかまったく分からないながら、不安と期待が半々くらいにあった。
 桃子は何を話すつもりなのだろう。幹太には不安のほうが大きかった。
 その時が来た。
「今日家でお祝いするんだってね。おめでとう」
 と桃子は言った。「朝、お姉さんが電話をくれて、桃ちゃんも来ないかって、誘ってくれたから、行くって言ったわ。そこにリカもいるの?」
 桃子は筒抜けみたいに、すべて知っていた。
「いるよ、リカ」
 と幹太は言った。
「僕が話したいのは、赤飯のことじゃないんだ。堂田さんとのことだよ」
 そう言うと、桃子はぴたりと呼吸が止まった。それが聴診器を当てたように、幹太に伝わってきた。桃子は随分長いこと黙っていた。
「幹太、あんたはその人に会って、そんな話までしたの?」
「その人って?」
 幹太は狐につままれたような気がした。その人とか、そんな話とか、まるで見当もつかないことを、桃子はびしびし叩き込んできたのだ。
「あなたがお見舞いに行った、お嬢さんのお母さん」
「会ってないよ。僕とリカがいる間、畑から帰って来なかった」
「本当に会わなかったのね」
 桃子は念を押すように、そう言った。
「僕とリカが出かけたのは、同級生の見舞いに行っただけで、その子の母親に会うためじゃなかったからね」
 幹太の言葉で、桃子は平静を取り戻していくようだった。
「それは分かったわ。その友達にも、話さなかった? 堂田さんのことを」
 桃子は依然追及の姿勢を崩さずに、問い詰めてきた。リカは何の問題が持ち上がっているのかと、幹太の傍によって、聞き耳を立てていた。
 桃子には、そんな状況も想像できた。若い女の子には大体その傾向があるが、利発な子というのが、桃子の頭の中にはあったから、事の本質が見抜かれるのは時間の問題だと思えた。リカから、母親に知られるのも、そう先のことではなさそうだった。
「話さなかった。僕とリカはほとんどその友達の話を聞いているだけだった。友達と友達の妹と二人の母親のことを。羆のことや羆の好きなコクワの実の話も聞いたけどね。そのコクワの実を、彼女、いやマリエちゃんは、木に登って、取って来たんだ。それを貰ってきたから、桃子おばちゃんにもあげるよ」
「それはよかったわ。楽しみにしてるわ。そのコクワの実が食べられるのを。それで幹太」
 と桃子はまだ片付いていない、もっとも関心のあるところへ、話を持っていこうとしていた。
「幹太が私に電話してきた目的は、何だったの? さっき堂田さんがどうとか言っていたけれど」
「うんそれなんだ。僕が一番頭を悩ましてるのは、リカにもちょっと洩らしたけど、中身については、何も言ってない。ただ、僕が最初におばちゃんに勧めた堂田さんとの結婚の話は、気が向かなかったのかなって、考え始めていたのさ。それをリカに言ったら、当たり前だって言われたよ。自分の親に彼氏を勧めるようなもんだって。僕はそうは思ってなくて、子供の勘みたいなもので、ぴったしだと感じたから勧めたんだけど、おばちゃんが乗り気でなかったら、堂田さんに別の馬に乗り換えてもらうのはどうかなって、まったく不意に思いついたんだ。その女の子を訪問してその帰り道に気がついたんだ」
「駄目よ、だめよ、それは」
 と桃子はことばを挟んできた。「堂田さんが馬から車に乗り換えなければならないのは、分かるけど、それは馬ちがいよ」
 と桃子は言った。

未完

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