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文芸の里コミュの少年の夢 未完16

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「担任の先生が、来るかもしれないよ。そんな話してたから」
 マリエの話で家の中が静まってしまったとき、幹太が思い出したように言った。
「ええっ、大越先生が来るって!」
「電話をしても、誰も出ないし、誰か知らないかって、言ってた。車が入らないだろうとか」
「先生に来られたら困るわ、お茶もないのに。明日私が学校に行けばいいよね。でも、今日来たらどうしよう。電話すればいいかしら。明日学校に行くって」
「今日は来ないと思うよ。風が強いし、車を降りてから、だいぶ歩くことを考えたら、天気のいい日を選ぶよ。その前にマリエちゃんが出席すれば、それで全巻の終わり」
「マリエちゃん、足は大丈夫みたいだけど、肩どうしたのよ。立ったときたいぎそうにしてるよ」
 とリカが訊いた。
「それ、それなのよ、私が学校に行けなかったのは。足は学校を休んだら治ったのに、続けて休みもあったしね。歩くのにはぜんぜん不自由しなかったの」
「マリエちゃんの足を踏んづけたのは、誰なんだよ」
 幹太がマリエの話を中断して訊いた。
「それが分からないのよ。この間リカちゃんにも言ったけど、私が踏みつけられた足を庇っているうちに、次々と踏みつけて逃げて行ったから」
「薄ぼんやりとでも、分からないのかよ。たとえば、三木田みたいとか、里島みたいだとか、輪島みたいとか……」
 幹太は、何人か想像してそう言った。
「分からないの。後姿しか見ていないし、私は踏まれた足を気にしていたし、本当よ」
 とマリエは、怒っている幹太をかばうように言った。
「分かれば、そいつらの足を踏みつけて、思い知らせてやるつもりだったんだ。右足で踏みつけて、つづけて左足で踏んで、それでは一人足りないけど、思い知らせてやるつもりで、ここまでやって来たんだ。そのうち、あんまり遠いので、自分の足のほうがくたびれてしまって、そいつらのことが、少し遠のいて行ったけど、マリエちゃんが、ギクシャクして歩いているのを見たら、またかっかとしてきたんだ。ぼんやりとでもいいから、イメージとか言ってよ」
「歩き方がぎくしゃくしてるのは、足じゃなくて、肩なのよ。白状してしまうとね、私、コクワをとりに木に登って、木から落ちたのよ」
「マリエちゃんが木から落ちたって? どうして木になんか登ったのよ、足が痛いのに!」 
 リカが呆れ返って言った。
 マリエは痛いところを突かれたが、心の状況をありのままには語れない弱みがあった。
 包み隠しなく話せば、こういうことだ。そのときマリエは、たまたまラジオのローカル放送にチャンネルを合わせた。するといきなり、柿の木坂小学校の名前が飛び出して、少年野球チームが優勝したと報じていたのだ。びっくり仰天で、自分の耳を疑ったくらいだった。しかし教室に幹太の姿を見かけず、野球の練習に身を入れていることは知っていた。いつとは分からないながら、近く地区大会があることも承知していた。
 何とそれが、いきなり電波に乗って、優勝したと告げたのである。疑っているときではない。ローカル放送に、一度流れれば、二度は放送しない。少年野球の結果を知る手がかりはいっさいない。信じる以外にないのだ。幹太のチームが優勝したんだわ。そう確信した。それなら、お祝いしなくちゃ。そのとき目に飛び込んできたのが、野生のコクワの実だった。コクワの実が豊かに稔っている場所を、マリエは知っていた。コクワは羆の好物でもある。熊に取られる先に、収穫しなければならない。幹太のチームが優勝したと知った今こそ、行動に移さなければならなかった。少し残っている足の痛みなど、かばってはいられなかった。
 20分ほど山に入ると、コクワの稔っている現場に着いた。少し前に来て見たときと、いくらか様子が違っている気がした。落葉しているとはいえ、地面が荒れているのだ。コクワの蔓が這いのぼっているイタヤの木の前に立ってみて、荒らした正体が歴然とした。イタヤの細い幹が熊の爪に引っ掻かれて、傷だらけになっているのだ。幹が細すぎて、熊の巨体を支えきれなかったと見える。二メートルほどは何とか登っているが、その先には爪痕はない。そして下へは木の皮が無惨に剥かれた状態になっている。やはり羆にはこの木は細すぎたのだ。といって、木を曲げて取るほど、イタヤの木は柔軟ではなかった。
 マリエは三発持参した癇癪玉の一発を鳴らし、二発を背中にぶら提げて幹を登りはじめた。七八メートルまで登ったところで、地面に目をやった。下から見るより、上から見たほうがずっと高さを感じる。コクワの生っている枝までは、まだ二メートルはある。
 イタヤの細木は、マリエの体重にも、しなやかに揺れた。そしてついに、その枝に手をかけた。枝に手をかけただけでは、コクワの実は手に入らない。コクワは幹から三メートルは離れた枝に絡んだ蔓に稔っている。そこまで行くには、細い幹を離れて、さらに細い枝に全身を委ねなければならないのだ。今羆が現われたらどうしよう。そんな不安も頭をもたげてくる。背中に垂らしてきた癇癪玉を確認し、枝に体を移した。幹から二メートル三メートル、あと三十センチでコクワに手が届くところまで、マリエは枝に支えられた。と、強固な枝が、急に柔軟になって、傾いできたのだ。その呆れるばかりのあっけなさ。空中に斜線を描くかのように枝は垂れ下がり、イタヤの幹は片腕を下ろしていった。ついでばりばりっと生木を裂く音も弾けて、マリエは地面へと急な角度で傾いていった。転落ではなかった。イタヤの幹の寵愛によって腕の下ろし方が緩やかだったからである。
 しかし地面につくまでそうだったのではない。最後の何メートルかは、純然たる落下をしたのである。あの体操選手がするような足による着地ではなく、肩から転落した。痛みはなかった。よほどコクワの実への思いが強かったのだろう。裂けて落ちた木の枝や、羆が動いて荒海のようになっている雑草を踏みしだき、乗り越えて泳いで行き、コクワの実のあるほうへ移動した。
 羆を警戒しながら、コクワの実を残らず収穫した。持参した布袋に詰めると、それを引き摺るようにして家に辿り着き、倒れこんだ。痛みが出て、肩が動かなくなったのは、その後だった。母親と妹が、マリエの肩を揉んだり、水で冷やしたり、膏薬を貼ったりして、動き回った。
「どうして、羆が来るような木に、マリエちゃんは登ったのさ?」
 リカがマリエの話を聞いて、そう言った。(幹太へのおいわいのために) マリエはそれが言えなかった。言えない分が、リカと幹太には、謎として残された。そのコクワは、家族で食べたが、良いところは全部取ってあった。
 コクワを保管してあるのは、この母屋の中ではない。庭を挟んだ空地に掘った穴蔵である。この穴蔵について語るには、身の上話をした上に、コクワ取りの体験まで話して、マリエの呼吸が整っていなかった。マリエは自分のことを二人に理解してもらうには、どうしても、その穴蔵を見せなければならなかった。見せるには、その穴蔵を掘った動機からはじめなければならなかった。
「私の一番大切なお家は、ほかにあるのよ」
 とマリエは切り出していた。幹太とリカは、何を言い出すのか、という顔をしてマリエを見た。これまでもマリエには驚かされているので、マリエの口から何が飛び出してくるか、不安もあった。
「他にあるって、それはどこなの」
 とリカが単刀直入に訊いた。ほかに本当の母親がいるとか、そういう話でなければいいけれど、とそんな心の働きがあった。
「このお家のすぐ前の空地よ。すぐ前だから見てもらうわ。幹太君とリカちゃんに見てもらったら、私だけでなく、その小さな穴蔵の家も落着くと思うの。まさかこんなに早く、話をすることになるなんて、想像していなかったけど、私学校の行き帰りには、いつも、安心して住める自分の家があればいいと考えていて、六月頃から取り掛かって、ようやく完成したんだわ、私のお家が。小さくて狭い場所だけど、その家があるから、私は安心していられるの。普段はここで生活しているけど、いざ波が強まったりしたときなんか、そこに潜り込んで、何時間も過ごすの。そこで一夜を明かすこともある。その穴を掘るときは大変だった。母親と妹を納得させることがね。もし私に穴蔵がなかったら、家出するかもしれないって、母に言ったの。そのとき穴蔵があれば、そこに入り込んでいたら、落着いてきて、心が元に戻って、元気になる。そんな私の心の安全弁のような、穴蔵の必要性を言って聞かせたの」
「地下壕みたいなものね」
 とリカが言った。
「『地下壕』いい言葉だわ。それがぴったり。私にはその言葉が浮かんでこなかった。リカちゃん凄いわ、詩人みたい、とマリエはリカを褒めて、本格的に穴蔵について話しはじめた。

  未完

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