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日田の歴史って面白くて凄い!コミュの新説 何故日田が應神天皇と素戔嗚尊とつながるのか。答えは「鷹」だ!

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日田は古代「日鷹」と言われているが日田の歴史書を見れば古代日田は「日高・日鷹」と言われており日と鷹の伝承を意味しているとも言われている。そこで、應神天皇の中には鷹という意味が含まれているのではないか?。鷹は素戔嗚尊や武内宿禰も意味しいていると私は思っている。本当の太陽信仰と鷹の意味するものは?

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秦氏の研究  大和岩雄  大和書房

烏=鍛冶屋=巫
 八幡神が鷹として示現した伝承(一六五貢)があるが、「弘仁官符」には、鷹に化した神の心をやわらげた辛島勝乙目は、神殿を立て「鷹居社」と命名し、宇島勝乙目が祝、宇島勝意布売が禰宜になったとある (一六五貢)。鷹=八幡神だが、鷹は鍛冶にかかわる。松本信広は、「インドシナのモイ族の間に於ける鍛冶師は夜鷹と連想されておる。レンガオ族は此鳥を鍛冶鳥と呼んでおる。その声が金しきを叩く槌音に似ておるからであろうと云う」と書いて、次のようにも書く。

このように、「鷹」 の地名、山名・寺号などを調べてみると、秦氏と共に鍛冶伝承が登場する。このことからみても、鷹に化身する八幡神が、鍛冶翁として示現するのは当然であり、こうした伝承の根は「秦王国」 の信仰にあるといえよう。

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八幡信仰と修験道   中野幡能       吉川弘文館
「大神が鷹となって、通行人を殺した」・・・秦氏系辛嶋氏と大和系大神氏が熾烈な権力闘争の時を表現した物

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私見では鉄王、素戔嗚尊(武内宿禰)=鉄鏡=日鷹
西豊記では、南から鷹が飛んできて日田になったという記述もある。日本に広がる日鷹=日高=飛騨(飛騨からも鉄鏡が発見されている)は、景行天皇−日本武尊−武内宿禰ともつながる暗号ではないか。日田と素戔嗚尊(武内宿禰)と日鷹がつながってくる。

ひさ・ひだか・の意味は「鏡=鉄=太陽信仰」を意味している。

秦氏の原型は日田だったのかもしれない。
日田市には「はた」のつく地名や苗字が多い。原田・畑・小畑・羽田町など

 日田にはまだ。古代製鉄は発見されていないが、小金・金場など金のちく名があり、戦時中には川で砂鉄をとっていたという話も聞いている。
 おそらく、卑弥呼の時代後に日田で製鉄が行われていた可能性があり、金銀錯嵌珠龍文鉄鏡を複製してたのではないか。昭和初期に三芳小学校に金銀錯嵌珠龍文鉄鏡はバケツの中に保存していたらしく、どうも、他にも錆びた鏡がいくつかあったという話をする説もある。バケツの中にいくつかの鏡があったのは事実。

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