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キリスト教(聖書)への素朴な疑問コミュの使徒継承性とは何か

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コミュ内全体

ロマ・カトリックは、使徒ペトロを初代に置いて
使徒継承性を主張されていますが、客観性はありません。

そこでイエス・キリストにあっての
真の使徒継承性とは何かを問いたいと思います。

それぞれのお考えをお聞かせ下さい

コメント(1000)

闇を肯定することは、詭弁にすぎない( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

はっきりと言えば、闇を肯定することは、光を否定することになるのである( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[960]

逆に、カトリック教会が求めている使徒継承と言うのは何を見つめているのでしょうね?
まっ、使徒継承はとぎれたようです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

コピペ、引用元、使徒継承はとぎれた( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

西ローマ帝国が滅び、ゲルマン人オドアケルの勢力が衰えると、その地の支配者は東ゴート族のテオドリックとなる。彼はアリウス派に属していたが、東ローマ帝国のユスティヌス1世がアリウス派の弾圧を始めると、ヨハネス1世を教皇位につけて使節団と共に東ローマ帝国に派遣する。しかしヨハネス1世は高齢であり、和睦の役目を果たせずローマに帰り、テオドリックの怒りに触れて獄死する。ヨハネス1世が死去すると、使節団の一員だった助祭のうち、テオドリックの意に解する者としてフェリクス4世として教皇に選ばれた。前教皇とは異なり、5年間の期間を王宮で平穏に終える。
そもそも「使徒継承」ですが、私は「信仰による救い」が保たれていればそれで良いのでは?と思うので、使徒継承に対して反対も賛成もありません。
使徒制度と言うのは、あってもなくても信仰に支障を来すものでもないです。

ある教師たちは、「使徒制度」自体終わったとも言ってます。

これは、意識の問題でもあります。

絶対に、私は信仰に対し使徒継承が必要事項だと言うなら、それを大事に取り扱うカトリック教会や正教会に身を置けば済む話です。

mixiレベルで、人の意見を倒してでも得たいとか思いません。
>>[965]

一日は千年のようであり、千年は一日のようである( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
いや、まあ、その、なんだ、
あまり大きな声では言えないが、
使徒継承はとぎれた( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

コピペ、引用元、あまり大きな声では言えないが、使徒継承はとぎれた( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

(ローマ教皇)
ヨハネス20世(Ioannes XX)は実在しないローマ教皇である。

11世紀の歴史家は、ヨハネスという教皇が対立教皇ボニファティウス7世と正統な教皇ヨハネス15世の間に存在したと信じていた。そのためヨハネス15世からヨハネス19世にかけての教皇は、誤ってヨハネス16世からヨハネス20世として数えられた。後に、これらの教皇は正しくヨハネス15世からヨハネス19世と数え直された。

しかし、ヨハネス21世からヨハネス23世は、こうした混乱が正される以前にヨハネス21世の前に20人の教皇がいるという誤った前提の元に勘定された。したがって、ヨハネス20世という教皇は存在せず、歴代の教皇表では飛ばされている。今日では、個々の教皇の呼称はすっかり定着しているため、新たな数え直しはほぼ不可能なように思われる。

何人かは、ヨハネスという教皇にまつわる数え方の混乱を、女教皇ヨハンナが実在した「証拠」として使っている。


>>[967]


そんな事もあろうかと、、、、

何かその、、女教皇ヨハンナが準備されたと言うことですか?
イエス様は12使徒に女性は含まないのに?
いや、まあ、その、なんだ、
あまり大きな声では言えないが、
女性教皇が創作なのと同じく、
ヨハネス20世も存在せず、
使徒継承はとぎれた( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
あと、まあ、その、なんだ、
あまり大きな声では言えないが、
ぺトロは、初代ローマ司教ではない( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

つまり、まあ、その、なんだ、
あまり大きな声では言えないが、
初っぱなのぺトロから、ローマ司教ではないので、
初っぱなから、ローマ教会に使徒継承はとぎれたのである( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

コピペ、引用元、初っぱなからとぎれた使徒継承( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

episkopos「監督/司教」、diakonos「執事/助祭」が役職として明記される『I テモテ』、および教父文書の『12 使徒の教え(ディダケー)』が書かれるのが 1 世紀後半〜 2 世紀初頭と思われるので、ペテロが生きているときはまだ司教/主教制度はない。それゆえ、ペテロを「司教」とするのは司教制度が確立された時代の後付けであり、時代錯誤ではある。

けれども、司教制度が確立される前からローマ教会が存在していたことはパウロの『ローマ書簡』から分かる。だから、ローマ教会をはじめから支えてきたペテロを、いわば「名誉司教」として扱っているのだと。これは全く異論の余地がない。

では、本当にペテロがローマ教会に関わっていたのか。これについては異論の余地はある。少なくとも、パウロがローマに護送されて処刑されるまでの数年間は、そこにペテロがいたという形跡がない。ただ、パウロが「他人の土台」という言い方をしていることから(ロマ 15:20)、パウロはローマ教会に関わってはいない。

しかし、新約外典の『ペテロ行伝』『パウロ行伝』『ペテロとパウロの行伝』あるいはイレナエウスなどが、ペテロとパウロがローマで死んだことを伝えている以上、少なくともローマ教会の中に「ペテロとパウロが土台となった」意識があったことを否定する理由はないだろう。

---

ローマに住むユダヤ人の多くは解放奴隷で、貧しい地区に暮らしていたとされる(アンティオキアやアレクサンドリアとは対照的)。そして、遅くともクラウディウス帝のときまでには、そこにクリスチャンが分かれ住んでいた。

M. ヘンゲルは、現在の司教制度のおおもとはヤコブを首位とするエルサレム教会ではなかったか、と想像する。この主張にはそれほど根拠はないのだが、ただ、パウロの書簡や使徒行伝に見られるような「家族」としての教会と、「I テモテ」に見られる組織化された教会の間にはギャップがあり、そこに何かがあったはずだ。

まあヘンゲルの直観を信じるなら、小さなエルサレム教会の首位権制度が、そこから来たユダヤ人説教師らによって、アンティオキアへ、そしてローマへと、西方へ流れていったという。そしてそれが教会のネットワークにも適用され、大教会が生まれる。

つまり、どこかの教会で揉め事があった場合、そこを監督し、仲裁する教会というのができた。その最終的な監督を務めるのが、ローマ教会ということになっていく。

これは遅くとも 2 世紀半ばには意識されていたことで、すでにローマ司教ヴィクトル 1 世が、東方の諸教会に対して「復活祭を日曜日にしろ」と通達を出している。過越祭の日程に従っていた東方諸教会はそれに反発し、激論になった。記録に残っている限りでは、これが東西教会の最初の喧嘩とされている。

「首位権」という言葉をはっきり使い始めたのは 3 世紀半ば過ぎ。ローマ司教ステファヌス 1 世が、「ローマ教会はペテロの直系、他の教会はペテロが間接的に関わったにすぎない」と主張した。

ローマ帝国の混迷の時代、教会も混迷を深めた。その騒ぎは十数年に及び、結局「ローマの司教とアンティオキアの司教のどちらが上か」という裁定をあろうことかローマ皇帝アウレリアヌスに求め、「ローマが上」というお墨付きをもらったという。
つまり、まあ、その、なんだ、
あまり大きな声では言えないが、
初っぱなから、ぺトロは、ローマ司教ではない( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

したがって、ステファヌスが間違ったことを言い、
キリスト教に関係のない人に、認めてもらうという、
ヘタレっぷりを発揮したのである( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

コピペ、引用元、ヘタレのステファヌス( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
「首位権」という言葉をはっきり使い始めたのは 3 世紀半ば過ぎ。ローマ司教ステファヌス 1 世が、「ローマ教会はペテロの直系、他の教会はペテロが間接的に関わったにすぎない」と主張した。
>>[971]


そう言うことは、聖書を読めば普通に気が付く問題です。

気になるのは、「鍵」の行方でしょう。
>>[973]

天と地をつなぐ鍵は、
クリスチャンに与えられる力であり、
奇跡は、ローマに関係なく、クリスチャンが奇跡をおこしてきました( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[974]

と言うことは、イエス様は初めての信者としてぺテロに記念品として鍵を贈呈されたのでしょうか?
>>[975]

イエスをキリストと告白したぺトロに、
天と地をつなぐ鍵を与えたのです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

しかし、ローマやぺトロに関係なく、
クリスチャンには、天と地をつなぐ鍵が与えられ、
ローマやぺトロに関係なく、奇跡をおこしてきたのが、クリスチャンです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[977]

ところで、信仰によって全てのものが継承できたものは天の国です。
>>[974]
クリスチャンが奇跡を起こすことについても、イエス様のお墨付きです。
>>[979]

あっちでは相手にしてもらえなかったの w

彼では 無理だね。
ルツ、リベカ、エステル( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

罪の罠を、柔和に、華麗にすり抜ける、知恵ある女性( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

リアルには、思ったよりも、たくさんいる( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[947]


>気にしなければ良いと思います。

***
気にもしていなければ、気にもしていないんだよ
端からw

しかも、どうして嫉妬をしていると
思うかも尋ねてるのもこちらサイドw
なのに、嫉妬をしていると。散々
気にしてくれと、執拗して来るのは
貴女ら。(笑)

どんだけ〜自己中心よ?(爆笑)

しかも、話がものの見事にすり替わってまんがな。w

嫉妬していると、感じるなら
ソレこそ、貴女にその言葉を
そのまんま返すわ!w


>気にしなければ良いと思います。

***

いい歳こいて、明けても暮れても・・
他人のせいにばかりしてからにぃ〜w

もういい歳こいてんならば、そのくらいチトは
たいがい覚えなさい。




(爆笑)








>>[964]

>mixiレベルで、人の意見を倒してでも得たいとか思いません。

***
なら、
他人のカトリック教会の意見を倒しまくり
旧い皮袋だ!と言う事は

他人の意見を倒して無いとでもいうのかよ?!

そんな無視のいい嘘の綺麗事や誤魔化しが
通じるとでも思うのか?

他人の質問には答えられない、そのくせ、無責任な事は平気で吐きまくる事を
人の意見を倒してまで、得ようとする事を言うのよ!

本物のバカですか???


>mixiレベルで、人の意見を倒してでも得たいとか思いません。

ご自分で倒せないからって、他人に倒して貰おうと、他人に
媚諂って毎回毎度、(イイネ!作戦やらw)連れ込むんだろが?
(笑)

ポチさんも、自称姫様も、パンちゃんも、・・他大勢が
あなたの犠牲者だよw

その中、メッセで相談をされた事もあったんだよw
なんで、そんなに幼稚な事をしてまで
何を得ようとすんのさ?
www



>>[982]

中でもルツ、ナオミ、又エステルは素晴らしいですね。

たまに思うのは、何故「師士」じゃなくて使徒なのかです。
>>[986]

エバンゲリオンのファンなのかも(笑)( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[971]

そうカトリックの使徒継承は、初っ端から「ウソ」です。

問題はなぜ「ウソ」をついてまで
「使徒継承性」にすがったのかです。

私の推測はこうです。
カトリックには聖霊のバプテスマがなかった。
それで「ウソ」を必要とした
>>[988]

ええ、まあ、その、なんというか、
あまり大きな声では言えませんが、
ぺトロは、初代ローマ司教ではない(ボソッ)( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

つまり、まあ、その、なんというか、
初っぱなのぺトロから、ローマ司教ではないので、
初っぱなから、ローマ教会に使徒継承はとぎれており、厳密にはローマ教会ではなく、エルサレム教会(ボソッ)( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

コピペ、引用元、エルサレム教会ではなく、ローマ教会にあてはめてしまったので、初っぱなからとぎれた使徒継承( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

episkopos「監督/司教」、diakonos「執事/助祭」が役職として明記される『I テモテ』、および教父文書の『12 使徒の教え(ディダケー)』が書かれるのが 1 世紀後半〜 2 世紀初頭と思われるので、ペテロが生きているときはまだ司教/主教制度はない。それゆえ、ペテロを「司教」とするのは司教制度が確立された時代の後付けである。

けれども、司教制度が確立される前からローマ教会が存在していたことはパウロの『ローマ書簡』から分かる。

しかし、新約外典の『ペテロ行伝』『パウロ行伝』『ペテロとパウロの行伝』あるいはイレナエウスなどが、ペテロとパウロがローマで死んだことを伝えている以上、少なくともローマ教会の中に「ペテロとパウロが土台となった」意識があったことを否定する理由はないだろう。

ローマに住むユダヤ人の多くは解放奴隷で、貧しい地区に暮らしていたとされる(アンティオキアやアレクサンドリアとは対照的)。そして、遅くともクラウディウス帝のときまでには、そこにクリスチャンが分かれ住んでいた。

M. ヘンゲルは、現在の司教制度のおおもとはヤコブを首位とするエルサレム教会ではなかったか、と想像する。この主張にはそれほど根拠はないのだが、ただ、パウロの書簡や使徒行伝に見られるような「家族」としての教会と、「I テモテ」に見られる組織化された教会の間にはギャップがあり、そこに何かがあったはずだ。

まあヘンゲルの直観を信じるなら、小さなエルサレム教会の首位権制度が、そこから来たユダヤ人説教師らによって、アンティオキアへ、そしてローマへと、西方へ流れていったという。そしてそれが教会のネットワークにも適用され、大教会が生まれる。

つまり、どこかの教会で揉め事があった場合、そこを監督し、仲裁する教会というのができた。

これは遅くとも 2 世紀半ばには意識されていたことで、すでにローマ司教ヴィクトル 1 世が、東方の諸教会に対して「復活祭を日曜日にしろ」と通達を出している。過越祭の日程に従っていた東方諸教会はそれに反発し、激論になった。記録に残っている限りでは、これが東西教会の最初の喧嘩とされている。

「首位権」という言葉をはっきり使い始めたのは 3 世紀半ば過ぎ。ローマ司教ステファヌス 1 世が、「ローマ教会はペテロの直系、他の教会はペテロが間接的に関わったにすぎない」と主張した。

ローマ帝国の混迷の時代、教会も混迷を深めた。その騒ぎは十数年に及び、結局「ローマの司教とアンティオキアの司教のどちらが上か」という裁定をあろうことかローマ皇帝アウレリアヌスに求め、「ローマが上」というお墨付きをもらったという。
はっきりと言えば、ローマ教会は、パウロが直接、司教の役割を果たしており、
ぺトロは間接的にすら、あまり関わっていない( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

ローマ教会は、パウロの、異邦人教会だったからである( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

したがって、ローマ司教ステファヌス 1 世が、「ローマ教会はペテロの直系、他の教会はペテロが間接的に関わったにすぎない」と主張したのは、根本から大間違いであり、
正しい主張は、
ユダヤ人のエルサレム教会はぺトロの直系、
他の教会、異邦人のローマ教会などは、ぺトロが間接的に関わったにすぎないという主張が、
根本から正しい主張となります( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

当時の教会からすれば、はあ?な主張でしたが、
クリスチャンからすれば、はあ?な主張を、
キリスト教に関係なく、
キリスト教に関係ない人に懇願するヘタレっぷりで、
結局「ローマの司教とアンティオキアの司教のどちらが上か」という裁定をあろうことかローマ皇帝アウレリアヌスに求め、「ローマが上」というお墨付きをもらったという。

なんというヘタレっぷり、
当時の教会、当時のクリスチャンからすれば、
おいおい、ノンクリに懇願したぞ、
と、
目が点になったでしょう( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆


>>[988]

失礼致します。

多分、それもあるかも知れませんが、おそらく「国教化」をとりあえずは先に急いだ結果とも考えられます。

焦らなくてもローマ教会は正教会との協力で大きくなって支配できたと思います。

でも、ローマ・カトリック教会を確かなものへとさせていくためにも、そうせざるを得なかったのだと思う事もあります。
>>[989]


この際ですから、、、、

私が思うことですが、使徒継承が最初からぺテロがイエス様に頼まれてなっていたのが事実としても、そうなればわざわざイエス様に十字架に付いて頂く必要さえ、、、、、


ごめんなさい、、、、。


>>[990]



それを言うと、元も子も無くなるんですが、、、、。
>>[992]

十字架の時に、ペテロは3度もイエスを否定しています。

使徒継承を自分で否定したわけです
カトリックも、イエスを否定するような教会なのかもですが
>>[995]

使徒継承にこだわると、
イエスキリストを誇りとするのではなく、
自分や、自分の教会の主張が正しいと、
自分や、自分の教会を誇りとする罠に陥るのです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

イエスキリストだけが誇りです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
>>[994]

使徒とは復活のイエスを信じる人ですよ?

ペトロの三度の否認は、復活のイエスへの三度の愛の告白が対応します。

わたしの羊を飼いなさい

聖書のことばですw
まっ、理性、良心、使徒、論理、
この世界には色々ありますが、
イエスキリストだけが誇りとなるのです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

この世界の価値観では、
理性、良心、使徒継承、論理などを誇りたくなります( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

しかし、この世界の価値観は、まゆつば物であり、
さらにふみ込んで言えば、
理性、良心、使徒継承、論理はあてにならない、まゆつば物である( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

イエスキリストだけが、誇りです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆
これは、まことの初代教会、エルサレム教会から、
現在に至るまで続く、
イエスキリストだけを誇りとする真理への、
尽きることのない攻撃だからです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

しかし、まことの初代教会、エルサレム教会から、
現在に至るまで、
イエスキリストだけを誇る真理は、
光として、
輝き続けているのです( ^-^)ノ∠※。.:*:・'°☆

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