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キョンシー・ホラーコミュの【コラム】Hello! Venoms〜"五毒"とふたつの『幽幻道士2』

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赤や青など原色を強調した映像美、狂暴さと強靭さのみをとことんストレートに表出させた親方キョンシーとまさかの極悪キャラ化するベビーキョンシーにより送り出される極限のサスペンス。その果てのあまりに衝撃的なラスト。『幽幻道士2』(87年、画像左)は、第1作の世界観を再構築した上で、"モンスター・ディザスター・ムービー"の迫力と恐怖をも合わせもった、まさに"キョンシー・ホラー"の枠を超えた娯楽作となりました。

勿論テンテンちゃんのキョンシー・ダンスといった心和むサービス・カットもありますが、この映画の最大の見どころは、やはり中盤からラストまで一気に畳み掛けていくハードでシリアスな展開にあります。本作では第1作での趙中興と彼が率いるアクション・チームに代わり、同作で助監督だったワン・ツチン(王知政)がドラマ部分の演出を担当。そしてアクションシーンの設計はチェン・ティエンティー(程天賜)とルー・フェン(鹿峯)が手掛けています。彼らは台湾で京劇を学び映画界に入った後、このトピで何度も紹介してきた香港最大の映画会社ショウ・ブラザースでチャン・チェ(張徹)という巨匠が監督したカンフー映画に主演し、キャリアを積んできた面々です。特に鹿峯は、チャン・チェが70年代後半に撮影したカンフー映画に主演させたアクション俳優たちのユニット"五毒"の主要メンバーでもありました。
実は「幽幻道士」シリーズ以降の台湾製キョンシー映画を牽引していったのは、台湾に残った"五毒"とその後に続いた"張家班(五毒以後にチャン・チェ監督作にかかわった主演者と武術指導家たち)"メンバーだったと言っても過言ではないのです。
とはいえ、いきなり"五毒"だの"張家班"と言われても何のことかわからない皆様も多いと思いますので、あらためてご紹介したいと思います。

"五毒"は、チャン・チェが78年に監督した日本未公開のカンフー映画『五毒拳』(画像中)に主演した5人のアクション俳優たちのことを、当時の香港のマスコミや後年作品に熱狂した海外のカンフー映画マニアたちがある種のユニットのごとく呼称したものです。
『五毒拳』は、邪悪な教義と強力な技で武術界から怖れられた流派から、極意を会得し姿を消した5人の拳士たちの行方を流派最後の弟子が追うなか、流派の存亡を揺るがす財宝を巡って拳士たちが暗闘を展開する異色の時代劇アクションです。冒頭からおどろおどろしいムードのなか、不気味な仮面を身に付けた拳士たちがタイトル通り中国に伝わる毒を持つ5種の動物(サソリ、ヘビ、ムカデ、ヤモリ、ヒキガエル)の動作を模した異様な拳技を見せる演武や、顔も素性もわからない兄弟子を捜す弟弟子のスリリングな冒険行、裏切りが裏切りを呼ぶサスペンスフルな展開と奇抜かつ残酷な拷問シーン、そして全編に展開されるスピーディーかつアクロバチックなカンフー・アクション。これまでにない斬新な世界観に貫かれ、東洋的ムードにもあふれた『五毒拳』は、地元香港は勿論、東南アジアはおろかアメリカやヨーロッパでも公開され、熱狂的な支持を集めました。その時のファンのひとりが、あのクエンティン・タランティーノ監督だったのです。
その上で『五毒拳』を実際ご覧頂くと、『幽幻道士2』につながる部分が相当見受けられることに気付かれるかと思います。

『五毒拳』オリジナル予告編動画↓


チャン・チェ監督の映画は台湾でも大受けしており、その利益を台湾ロケの制作費用に充てていました。彼が制作する映画は時代劇が多かったので、風光明媚で多くのエキストラを動員できる台湾はロケ地として最適だったのです。そのためチャン・チェ監督は、台湾に自らのプロダクションを設立し、地元で武術や京劇を身に付けた若者たちをスタントマンやからみ役として起用しました。
その矢先、チャン・チェ監督がそれまでガッチリと手を組み数々のヒット作を生み出してきたブレーンのひとり、武術指導のラウ・カーリョン(劉家良)が台湾でジミー・ウォング(王羽)監督主演の『片腕カンフー対空とぶギロチン』(76年、画像右)に参加の誘いを受けたことから対立。その後袂を分かったカーリョン氏が監督デビューを果たし続々とヒットを放ったことから、ショウ・ブラザース内でチャン・チェ監督の影響力は急落していました。そこで台湾や香港の有能な若手スタントマンをキャスティングし起死回生の想いで発表したのが『五毒拳』だったのです。この試みは見事成功し、彼らをメインに配役したアクション映画を80年代なかばまで香港や台湾で続々と製作。そのうち数作は21世紀に入ってから日本でもソフト化されています。そしてショウ・ブラザースが映画製作を止めた後も彼らに続く若手のスタントマンたちを主役に様々なタイプのアクション映画を撮り続けました。そのなかのひとりが、程天賜だったのです。

そして今回主題となる"五毒"のメンバーですが、
フィリップ・コク(郭追/郭振鋒)、サン・チェン(孫建)、鹿峯、チャン・シェン(江生)、ロー・マン(羅莽)、ウェイ・ペイ(韋白)。うち孫建、ウェイ・ペイ、羅莽は香港、フィリップ・コクと鹿峯、そして江生は台湾の出身です。
彼らのなかでもっとも早く日本で名前を知られたのは、ウェイ・ペイでしょう。彼は80年にジャッキー・チェン(成龍)がゴールデン・ハーベスト(以下GH社と記す)へ移籍し監督も兼ねて主演した『ヤング・マスター/師弟出馬』で悪の道に走るジャッキーの兄弟子役を演じ、"新進2枚目スター"として注目を浴びました。その後GH社で数作出演後アメリカへ渡り、88年に1作限定で復帰します。その作品が『骸骨キョンシー』(後刻当コミュで紹介予定)です。彼は6人中いち早くこのグループから抜けた格好となったため、以後は残った5名を"五毒"として指すようになっていきます。
孫建は、80年代なかばまでショウ・ブラザース作品に出演後あのフィルマーク・インターナショナルに合流。『ロボハンター 霊幻暗黒團大戦争』『ロボ道士 エルム街のキョンシー』(ともに88年)といった怪しげなキョンシー物やニンジャ映画に武術指導や出演者としてかかわっていくことになります。フィルマーク作品についてはあらためて御案内しますが、フィルマークの活動停止後は数本の映画に顔を出した後実質引退状態となっています。
一方、香港出身組で現在も元気に活躍しているのが羅莽です。羅莽はショウ・ブラザースが85年ごろに映画制作を停止した後も傘下のTVBでドラマにコンスタントに出演。近年も押出しの強いルックスとマッチョな肉体で鳴らした"往年のアクションスター"として再評価が高まり、アクション映画に引っ張りだこ。日本でも公開された『イップ・マン 葉問』(10年)や『グランドマスター』(13年)といった話題作に続々と起用され、2017年には『霊幻道士 こちらキョンシー退治局』で、遂にキョンシー映画にも進出しました。

で、残る台湾出身組。まずは鹿峯や江生同様京劇出身のフィリップ・コクですが、"五毒"としての活動を終えた後一度は活動休止状態に追い込まれたものの、武術指導家として映画界へ復帰。その卓越した身体能力と温和な人柄からジョン・ウー(呉宇森)、チョウ・ユンファ(周潤發)、レスリー・チャン(張國榮)、ミシェル・ヨー(楊紫瓊)といった一流どころの監督やスターから絶大な信頼を受け、国際的な大作のアクションシーンの設計などを多数手掛ける香港有数の武術指導家として一躍その名を知らしめています。『レッド・ブロンクス』(95年)を監督しジャッキー・チェンのハリウッド進出に決定的な役割を果たしたスタンリー・トン(唐季禮)監督や『精霊師団 キョンシー・アーミー』のトピでも紹介しているジャッキー・ヤン(楊毅)も元はフィリップ・コクのアシスタントを務めていました。
また日本との縁も大変に深く、ラム・ナイチョイ(藍乃才)監督の下で『孔雀王』(89年)や『帝都大戦』(89年)、『力王 RIKI-OH』(92年)といった合作もしくは邦画のアクションシーンの構築なども手がけています。

そして…、今回メインで取り上げる鹿峯や江生。"五毒"メンバーのなかで、おそらく日本では間違いなく最も無名な存在ですね、残念ながら…。特に趙中興のデビュー作『バカ拳』にも出演した江生は『五毒拳』で助監督に就くなど、チャン・チェ監督にかなり可愛がられ、海外のマニヤ筋での評価も高いにもかかわらず、晩年は不遇で結局飲酒が要因で早逝してしまいました。鹿峯は現在台湾で武術指導家兼俳優として主にTVドラマをメインに活躍しています。大人テンテンことリン・シャオ・ロウ(林小樓)とも共演しており、『燃えよテンテン 戦え! 十二支の大冒険』(90年)にも顔を出してますね。

リン・シャオ・ロウと鹿峯が共演したTVドラマの一部を抜粋した動画↓

↑長髪の男が鹿峯です。
そんな訳で、作品トピでは鹿峯や江生、そして程天賜が出演している『ベビーキョンシー』と『ギャンブル・キョンシー』を取り上げます。今回ひたすら"五毒"について紹介してきたのは、単に『幽幻道士2』の武術指導をやってるからとか、同作の雰囲気がどことなく『五毒拳』に通じるといったような主観的かつファジーな視点のみからではございません。
作品トピでも詳細にお伝えしますが、実は『ベビーキョンシー』こそ"もうひとつの『幽幻道士2』"というべき何気に重要な作品なんですね。スタッフやキャストもかなり他のキョンシー映画からクロスオーバーしてる部分もありますし。また『ギャンブル・キョンシー』は前述したフィルマーク・インターナショナルの末期に作られたやはり再編集モノですが、それ以前に同社で量産された怪作群とは一線を画す1作です。それはやはり台湾での"五毒"や"張家班"の尽力によるところが大きいので、そのあたりもお伝えしていきます。

※作品トピックについては鋭意準備中です。画像、資料など揃い次第順次アップしていく予定です。しばらくお待ち下さいませ。

最後に『五毒拳』ですが、パラマウント・ジャパンの"ハッピー・ザ・ベスト!"レーベルからブルーレイとDVDが廉価版で再発売済です。
ブルーレイ情報:http://dvd.paramount.jp/search/detail.php?id=8636
DVD情報(画像右):http://dvd.paramount.jp/search/detail.php?id=8637

コメント(6)

"五毒"について語るのであれば、やはりその生みの親であるチャン・チェ(張徹、画像左)監督にふれなければなりません(苦笑)
残念ながら日本で彼の監督作といえば、40年近く前に『嵐を呼ぶドラゴン』(74年、画像中)が公開されただけですが、実際には2002年に亡くなるまでに90本以上の映画を監督。独特の残酷描写と骨太な物語展開で香港のカンフー及び武侠映画の歴史に一時代を築き上げ、「レッドクリフ」2部作などで知られるジョン・ウー(呉宇森)監督を始め、香港や台湾で多くの映画人に大きな影響を及ぼしてきた文字通りの巨匠です。
その国際的な活躍ぶりから"和製ドラゴン"の異名で呼ばれるアクション俳優・倉田保昭さんが初めて出演した香港映画も、実はショウ・ブラザースのチャン・チェ監督作『続・拳撃 悪客』(72年、DVDのみ。画像右)だったのです。
そういえば、『幽幻道士2』のエンドクレジットに"竜咲隼人"という名前が入っていたことを記憶されてる方もいると思います。名前の通り日本人の俳優さんで、実は倉田保昭さんのお弟子さんにあたる方なんですね。
倉田さん自身80年代後半には、お弟子さんたちとキョンシー・ショーを開催していた、というのは知る人ぞ知るエピソードです。
"五毒"と彼らに続く"張家班"は、映画界に入ってすぐに主役につけた訳ではありません。前述したように元々はチャン・チェ監督が台湾でロケしたカンフー映画にスタントマンやからみ役として参加していた面々です。
1970年代前中半のチャン・チェ監督は、前述した『嵐を呼ぶドラゴン』に主演したアレクサンダー・フー・シェン(傅聲)やチェン・カンタイ(陳觀泰)に加え、ティ・ロン(狄龍)、デビット・チャン(姜大衞)、チー・クワン・チュン(戚冠軍)といった若手スターを主役にした様々なタイプのアクション映画がいずれもヒットし、ショウ・ブラザースのトップ監督として映画界にその名を轟かせていました。ちなみにこの時期、彼らに次ぐ存在として悪役などでアクションの腕を磨き奮闘していたのが、後に『ミラクル・ファイター』(82年)、『バカ拳』(85年)、『精霊道士』(86年)といったキョンシー・ホラー関連作に大役で出演することになるレオン・カーヤン(梁家仁)です。

前述した通り、チャン・チェ監督が超一流の武術指導家であるラウ・カーリョン(劉家良)と袂を分かってからは、作品の肝となるカンフー・アクションの構築に台湾側のスタッフやキャストを頼みとするようになります。巨匠の依頼に奮起した彼らは、ラウ・カーリョンの抜けた大きな穴を埋めるべく、協力して作品の質を落とさないよう懸命に創意工夫を重ねていきました。チャン・チェ監督もそんな彼らに信頼を寄せ、徐々に作品へ重用するようになりました。
ラウ・カーリョンが抜けた直後の作品となった大作『カンフー東方見聞録』(75年、DVDのみ。画像左)では、フィリップ・コクを前述のスターたちと並ぶ主演級の大役に抜擢。その後アメリカ・ロケを敢行した『ヒーロー・オブ・カンフー 猛龍唐人拳』(77年、DVDのみ。画像中)ではさらに孫建をアレクサンダー・フー・シェンと並ぶ準主役にキャスティング。香港での公開順は前後しますが、オールスター・キャストの『少林寺列伝』(76年、DVDのみ。画像右)では、初期"五毒"メンバー6人が結集。世界のカンフー映画ファンを沸かせることとなる『五毒拳』誕生への布石は着実に打たれていたのです。
『五毒拳』に続く『南少林寺vs北少林寺』(78年、DVDのみ。画像左)では、主演メンバーは前述した6人のままで撮影されましたが、第3作目にあたる『残酷復讐拳』(78年、DVDのみ。画像中)で、ウェイ・ペイがゴールデン・ハーベストへ移籍したため離れ、以降はフィリップ・コク、孫建、鹿峯、江生、羅莽の5人が"五毒"メンバーとして定着していくことになります。
『残酷復讐拳』は、ある事件から傍若無人の暴君と化した街の大地主親子による残虐な仕打ちで身体にハンディキャップを背負った若者たちが、特訓の末報復戦に臨むという、『五毒拳』に負けず劣らずの過激な内容で、やはり香港のみならず海外でも大きな話題をさらった作品です。

『残酷復讐拳』オリジナル予告編動画↓


『南少林寺vs北少林寺』と『残酷復讐拳』には"五毒"メンバーに加え、台湾出身のディック・ウェイ(狄威、画像右)やヤン・ション(楊雄)というアクション俳優が脇役で参加しています。
ディック・ウェイは、キョンシー・ホラー関連では『霊幻勇士VS黒魔術』(91年、ビデオのみ)に顔を出しているのみですが、80年代のジャッキー・チェン(成龍)やサモ・ハン(洪金寶)主演作がお好きな方であれば、常連の悪役としておなじみの存在でしょう。
彼は元々台湾で武術を学び、『ドラゴン荒野の猛殺』(76年、テレビ放送)といったアクション映画に出演していました。その後チャン・チェ監督作のオーディションを受け、主役こそ射止められませんでしたが、押出しの強いルックスと均整の取れた筋肉質の身体、そしてアクションの腕前を買われ、脇ながら重要な役を与えられ出演を重ねていきます。そしてその活躍を見たサモ・ハンからユン・ピョウ(元彪)主演の『ドラ息子カンフー』(81年、ビデオのみ)での悪役で抜擢されたのをきっかけに拠点をゴールデン・ハーベストに移し、ジャッキー監督兼主演の超大作『プロジェクトA』(84年)でジャッキー、サモ、ユン・ピョウの3人を相手にする海賊のボス役を好演。強烈な印象を残し、その後も彼ら"嘉禾三巨星(ゴールデン・ハーベストの3大スター)"と手の合う悪役俳優として欠かせない存在となっていきました。
その後も『カンフーキッド続集』(86年)や『幽幻道士』のチャオ・ツォン・シン(趙中興)監督作『ドラゴンキッド/少女戦士'88』(87年、テレビ放送)ではリン・シャオ・ロウ(林小樓)と共演するなど引き続き台湾で出演作を重ねつつ、香港ではトップスターとして台頭していたチョウ・ユンファ(周潤發)、『五福星』(85年)や『香港・東京特捜刑事』(88年)では西脇美智子や藤岡弘といった日本人俳優と共演。そしてB級作ではありますが『極道香港・復讐の狼』(88年、テレビ放送)といった主演作を撮る様にもなっていきました。その後もメインは台湾に置きながら、アクション映画を中心に監督・武術指導・俳優として活躍を続けています。

一方のヤン・ションは、元大工という異色の経歴をもち、ディック・ウェイより一足先に70年代前半から台湾のカンフー映画に悪役で出演していました。その後"五毒"メンバーと共にショウ・ブラザースへ招かれ、チャン・チェ監督作を始めとする同社のアクション映画に出演。マッチョな肉体美と豪快なアクションで、眼を見張る活躍を残しました。その後は台湾へ戻り、『バカ拳』(85年、ビデオのみ)のろうそくを頭に付けた怪人役を皮切りに、『キョンシーvs五福星』(86年)、『妖魔伝』(86年、ビデオのみ)、『新桃太郎2』(88年)、『ラストキョンシー』(88年、テレビ放送)といったキョンシー・ホラーや関連作に続々と出演を重ねていきます。
チャン・チェ監督の下で順調に出演作を重ねていたかに見えた"五毒"の面々ですが、79年の時点で既に彼らの作品は興行的に苦戦を強いられていました。ショウ・ブラザース社内ではチャン・チェ監督と袂を分かち既に一流のアクション映画監督と名を馳せていたラウ・カーリョン(劉家良)の監督作が次々とヒットを飛ばしていましたし、何と言っても最大の"敵"はショウ・ブラザースから独立したレイモンド・チョウ(鄒文懷)が設立したゴールデン・ハーベストに所属するスターたちでした。台湾の独立プロから移籍したジャッキー・チェン(成龍)を始め、サモ・ハン(洪金寶)、ユン・ピョウ(元彪)、ホイ(許)3兄弟の出演作が、文字通り破竹の勢いで香港映画界を席巻していたのです。
再度の求心力低下を懸念したチャン・チェ監督は、"五毒"映画のテコ入れを決断します。"五毒"のメンバーは、アクションと演技力については卓越していましたが、皆キャラクターが地味でした。そこでチャン・チェ監督は、1980年最初の香港公開作となった『少林拳対武当拳』(DVDのみ、画像左)に華やかな個性を備えた二枚目の新人スターを加えることにしました。そうして選ばれたのが…、何と!後に『霊幻道士』(85年)の弟子チュウサム役で人気を博すことになるチン・シュウホウ(錢小豪、画像中)だったのです。
ちなみに今は「幽幻道士(キョンシーズ)」シリーズに関連したお話を続けているので、いきなり『霊幻道士』のメインキャストの名前が出てきたことに面喰らわれた方もいるかもしれません。またチン・シュウホウ自体、日本では『霊幻道士』で初めて紹介されたので、その後の作品も含めゴールデン・ハーベストのスターと言うイメージが強いかと思います。実はチン・シュウホウは元々10代半ばでショウ・ブラザースの俳優養成所入りし、わずか2か月でチャン・チェ監督によるオールスターのカンフー映画に主役クラスの抜擢を受け、その後『少林拳対武当拳』を皮切りに"五毒"の後継となる"張家班(チャン・チェ監督作のレギュラーグループ)"メンバーとなったのです。彼が斜陽化したショウ・ブラザースを退社し、ゴールデン・ハーベストで『霊幻道士』に出演するのは、まだまだ先の話です。

チャン・チェ監督がテコ入れしたユニークなキャスティングはさらに続きます。
81年の監督作『仮面復讐拳』(DVDのみ、画像右)では、"五毒"の台湾出身組(フィリップ・コク、鹿峯、江生)&チン・シュウホウの組合わせに、チュー・コー(朱客)という台湾出身の新進アクション俳優を武術指導兼任で主演クラスに迎えています。
…と言われても、朱客って誰? 「幽幻道士(キョンシーズ)」シリーズやテンテンちゃんと何のかかわりがあるんだよ? とお思いになる方もいらっしゃるでしょう。ではこの名前だとどうでしょう? ズゥー・クヨン(朱克榮)…、わかりませんか? ではこれだとどうでしょう、コウモリ道士…、そうです! 朱客はTV「来来! キョンシーズ」の終盤最大の敵として登場したコウモリ道士を演じた朱克榮その人なのです。彼は元々"五毒"の台湾出身組同様、台湾で京劇を学び、70年代後半から『奇門遁甲・吸血拳』(79年、ビデオのみ)や『必殺!!ドラゴン復讐拳』(79年、テレビ放送)といったカンフー映画に脇役で出演していましたが、チャン・チェ監督に認められ香港へ渡って"張家班"の一員となり、後年武術指導家としての腕も磨きつつ、俳優としては"五毒"メンバーやチン・シュウホウと数作に渡って共演を果たします。

「霊幻道士」シリーズと「幽幻道士(キョンシーズ)」シリーズのメインキャストの競演…、チャン・チェ監督の"五毒"映画では、双方のファンにとって夢のような顔合わせが実現しているのです。

『仮面復讐拳』オリジナル予告編動画↓
1981年。"五毒"メンバーのうち、フィリップ・コク、鹿峯、江生の3人は、チャン・チェ監督が映画撮影の拠点を台湾へ移すことに伴い、彼について香港を離れ生まれ故郷である台湾へ戻ることになりました。カンフー映画ファンに強烈な印象を残したユニット"五毒"は、ここで事実上の終焉を迎えたのです。しかしチャン・チェ監督については、勢いが落ちたとはいえ、ベテラン監督としてショウ・ブラザースは重用しており、結局彼は香港と台湾を往復しながら、ショウ・ブラザース新作を撮っていました。
台湾へ置き去りの恰好となったフィリップ・コクら3人は、やはり当時台湾へ渡っていたショウ・ブラザースの大スター、ティ・ロンや倉田保昭の助演を得て、3人の共同監督で『忍者外伝 倭寇掃蕩作戦』(81年、ビデオのみ)を制作するものの、満足な結果を得ることは叶わず、彼らは雌伏の時を強いられることとなります。

一方、この3人が抜けた穴を埋めるべく、ショウ・ブラザースのチャン・チェ監督作『少林拳対五遁忍術』(82年、画像左)にて主役に選ばれ、チン・シュウホウやコウモリ道士こと朱克榮(朱客)に続き"張家班"入りを果たしたのが、チェン・ティエンティー(程天賜、画像中)です。
彼もまた台湾で京劇を学び、70年代中盤から『ヒーロー・オブ・カンフー 蔡李仏拳』や『続・嵐を呼ぶドラゴン』(ともに76年、DVDのみ)といった台湾ロケのチャン・チェ監督作や、ジミー・ウォング(王羽)主演のアクション映画などにからみ役やスタントマンとして参加していました。
精悍なマスクとアクロバットも軽々とこなす高い身体能力は、台湾映画界でも注目を集めており、実際"第2のジャッキー・チェン"を目指し主演作も撮影されたのですが、第一線に浮上することはかなわず、当のジャッキーによる初監督作『クレージーモンキー笑拳』(79年)でも脇役に甘んじます。しかし、この作品ではジャッキーとコミカルかつハードなアクションを演じ、あらためてその実力をアピールすることとなりました。
この頃には武術指導家としても活躍しており、別トピでも紹介済の『キョンシーキッド〜霊冥道士〜』(81年、ビデオのみ)の元ネタである『好小子的下一招』(79年、未公開)などを手掛けています。
チャン・チェ監督が遂にショウ・ブラザースから撤退した後も、彼は"張家班"メンバーとして台湾へ同行し、再合流した鹿峯ら"五毒"メンバーと共にオールスター映画『上海・13』(84年、DVDのみ。画像右)などに出演。90年代からはTVドラマにも進出し、出演のみならず監督も手掛けるようになったようです。
メモリアルな画像を1枚挙げます。
ショウ・ブラザースでチャン・チェ(張徹)監督の下で"五毒"のリーダー的存在として活躍したフィリップ・コク(郭振鋒、左)と、TV「来来! キョンシーズ」(88年)でコウモリ道士を演じたズゥー・クヨン(朱克榮、右)との現在のツーショットです。彼らが、かつてショウ・ブラザースのチャン・チェ監督作で共演していたのは、既に前コメでお伝えした通りです。
真ん中の男性は、やはり京劇出身で台湾の芸能界で現在も活躍するベテランの俳優さんだそうです。

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